かつての戦乱の時代。 兵士たちが城に攻め入り、もはや落城寸前となっている。 美しい女のいる座敷に、1人の侍が踏み入る。 その手に、討ち取った敵将の首が携えられている。 女「殿……!?」 侍「言ったろう? お前を手に入れるためだったら、何だってすると」 侍が刀を振り上げる。 女「あなたの妻になるくらいなら、地獄に堕ちたほうがマシ!」 その刀が、人の耳には聞こえない声で訴える。 刀『早まるな、生きてくれ! 頼むから、生きてくれ!』 女「斬るがいい!」 刀『なぜ、人間は……!?』 そして現代。夕暮れの里に佇む一目連を、骨女が呼ぶ。 骨女「仕事だよ」 一目連「わかった」 #center(){|BGCOLOR(black):COLOR(red):CENTER:&br()&big(){&big(){&bold(){沈黙のまなざし}}}&br()&br()|} 地獄少女・閻魔あいが、依頼人の少女である寧々に、藁人形を渡す。 あい「あなたが本当に怨みを晴らしたいと思うなら、その赤い糸を解けばいい。糸を解けば、私と正式に契約を交わしたことになる。怨みの相手は、速やかに地獄へ流されるわ」 寧々「は、はい」 あい「ただし、怨みを晴らしたら、あなた自身にも代償を支払ってもらう」 寧々「……?」 あい「人を呪わば穴二つ。契約を交わしたら、あなたの魂も地獄へ堕ちる。死んだ後の話だけど」 寧々「私、すぐに死ぬんですか?」 あい「知らない。私には関係のないこと」 寧々「だったら、ずっと先の話…… わかりました」 一目連と輪入道が、その後の寧々を監視する。 一目連「ターゲットは母親、か」 輪入道「この時間にまだ帰ってないってことは……」 母親の穂波は、夜遅くまでデザイン事務所で、服のデザインに取り組んでいる。 穂波「あ──、駄目。なんか違う。コーヒーでも飲むか」 一目連が自分の能力で、事務所内のその様子を見ている。 穂波の顔を見て、愕然とする。 一目連「なんてこった……」 輪入道「あぁ、よく憶えてる。11年も前だ」 寧々が赤ん坊の頃の回想。 父親の平太郎が、穂波と寧々に暴力を振るう。 穂波「やめてよ……」 平太郎「何、『やめてよ』? 『やめてください』だろぉ!? 何べん教えたらわかるんだ、この馬鹿!」 一目連「あの女の子が、今回の依頼人だったとはな」 輪入道「それにしても、どうして母親を地獄に流そうだなんて……」 再び回想。 寧々を寝かしつけた後、穂波は藁人形を取り出し、契約の糸を解く。 穂波「寧々のためにも!」 寧々が学校帰りに、自宅ではなくどこかへ向かう。一目連と輪入道が、監視を続ける。 一目連「どこに行く気だろう?」 輪入道「あぁ。家に帰っても、誰もいないしな。まさか、逢引きとか?」 一目連「逢引き?」 公園で、祖母の沼子が寧々を迎える。 沼子「寧々!」 寧々「お婆ちゃん!」 一目連「お婆ちゃん?」 三たび回想。 穂波が幼い寧々の傷の手当てをする傍ら、沼子は酒を煽る。 沼子「いつまで泣かせとくんだよ、穂波。平太郎がもうじき戻って来るよ。知らないよ」 穂波「寧々……」 沼子「そういう態度を取るのがいけないんだよ、平太郎が怒るのも、もっともだよ。どうしてこんな嫁、貰ったんだか」 沼子「寧々、甘栗だよ。お食べよ」 寧々「いらない……」 沼子「いらないのかい? お前が食べるかもと思って、わざわざ買って来たのに」 寧々「……やっぱり、貰おうかな」 沼子「そうしなよ! お食べよ、ほら」 輪入道「あの婆さんが関係してるってことか」 一目連「……」 輪入道「あぁ?」 沼子「平太郎にそっくりだよ」 寧々「そうなの?」 沼子「平太郎が今のお前を見たら、どんなに喜ぶか。小さいとき、あんなに可愛がってたからねぇ」 寧々「私も、もっとお父さんと一緒にいたかった……」 沼子「本当にねぇ。平太郎がいてくれたら、私だって、こんな寂しい1人暮しなんかせずに済んだのに…… それを、穂波さんが」 顔を険しくする一目連に、輪入道がタバコを勧める。 輪入道「どうだ?」 一目連が首を横に振る。 輪入道「そうかい」 沼子「ところで、決心はついたかい? 穂波さんと別れて、お婆ちゃんと暮す決心は」 寧々「私なら。でも、もし反対されたら、これで」 寧々が鞄から、藁人形を取り出す。 沼子「何するんだい?」 寧々「お父さんの仇を討つ!」 沼子「えっ!?」 輪入道「因果だねぇ…… 亭主を地獄に流した母親が、今度は娘から流されることになるなんざぁ」 一目連が背を向け、無言で歩き出す。 輪入道「おい、どこへ行く!? ──あの野郎」 穂波のデザイン事務所。スタッフたちが、穂波のデザインした服に目を通している。 「これって胸の露出、大胆ですねぇ」 「着る人を選ぶ服ですね。私たちが着たら下品にしか見えなぁい」 「そうよね。やっぱり、穂波さんがモデルするしかないですよ」 穂波「アハッ、私は駄目。私は駄目よ」 スタッフ「えっ、何でですか?」 洗面所で、穂波が服を緩める。 胸元には地獄流しの証が浮かび上がっており、これでは胸元の露わな服を着ることができない。 穂波「!? 誰かいるの!?」 穂波が視線に気づいたように、周囲を見渡す。スタッフの1人が入って来る。 スタッフ「あっ、どうしたんですか?」 穂波「誰かに見られてる気がして……」 スタッフ「えぇっ!?」 穂波「たぶん、気のせいよ。それに、いやらしい感じじゃないの。優しく見守られてるって感じ」 スタッフ「あぁ。だったらそれ、穂波さんの守護天使ですよ、きっと」 デザイン事務所の外には、一目連が佇んでいる。 「知らせてあげたら」 いつの間にか、きくりがいる。 きくり「黙っててあげるから」 一目連「ふざけるな。こういうことには慣れてる」 きくり「一目連って、&ruby(つくもがみ){九十九神}でしょ?」 一目連「!?」 きくり「元は道具だったけど、百年経って妖怪になった、九十九神~! フフッ!」 一目連「どうして、それを? 誰から聞いた?」 きくり「聞かなくても、わかるよ~、それくらい! 何だったの? 鍋? それとも、窯?」 一目連「……」 きくり「あぁ~、わかったぁ! ちょうつがいでしょぉ!?」 一目連「はぁ!?」 きくり「知ってるよ。本当は、刀でしょ?」 一目連「……あ、あぁ」 きくり「何人くらい斬ったの?」 一目連「知るか」 憶えちゃいない、何人斬ったのか。 何人、持ち主が変わったのかさえ。 色んな使われ方をした。 戦場でお互い名乗り合っての斬り合いから、金を奪うため、女を奪うためにも。 しかし、どう使われようが、俺は何も言えない。 ただ見てるだけ。 そうやってたくさん、人の血を吸って来た── きくり「誰にも言わないよ。だから──」 一目連「失せろ!」 きくり「へぇ~、藁人形になっても、心は刀のままなんだぁ。つまんなぁい!」 輪入道が駆けて来る。 輪入道「このイタズラ娘が! おしりペンペンだ!」 おしおきをしようとする輪入道の手から、きくりがひょいと逃げ去る。 きくり「悔しかったら、ここまでおいでぇ! ハ──ゲ!」 輪入道「ふぅ…… あの子に何か言われたか?」 一目連「別に」 その夜。穂波がデザイン事務所から、寧々に電話を入れる。 穂波「寧々ちゃん、遅くなってごめんね。今から帰るから。何食べたい? お昼は何食べたの? パン? カレー?」 寧々「……」 穂波「パスタでいいかなぁ? いいよね? じゃ、30分くらいで帰るから」 寧々「……」 帰りの穂波の車が、赤信号で停車している。 穂波「……はっ、また!?」 歩道の人々に目をやる。一目連がいるが、彼の正体に気づくよしもない。 穂波が前方を向き直り、ふと歩道を見ると、一目連の姿が藁人形に変わっている。 穂波「えっ!?」 後ろの車がクラクションで煽る。すでに信号は青であり、慌てて穂波が車を出す。 穂波「今のは、藁人形…… まさか!?」 一目連が車を見送る。背後に輪入道が立つ。 輪入道「お前、今、何をした?」 一目連「何も」 輪入道「俺たちは情に流されちゃいけねぇ。忘れたわけじゃねぇだろ?」 一目連「さぁな」 輪入道「おい!?」 一目連が去る。いつしか輪入道のそばに、あいがいる。 輪入道「どうだろう、お嬢。今回の仕事から、あいつ外した方が良かぁねぇか?」 あい「──今回だけ外して、それで済むことなの?」 穂波と寧々の夕食。 穂波「食べないの?」 寧々「うん、食欲なくて」 寧々は夕食も食べずに、入浴する。その間、穂波が寧々の部屋で鞄を調べ、藁人形を見つける。 やがて、寧々が風呂から上がって来る。 寧々「何してたの!?」 穂波「何って、着替え持ってきただけよ。ここ置いとくね」 寧々「お父さんの写真なら、ないわよ」 穂波「……何のこと?」 寧々「別に」 穂波「そう。何で、急にお父さんのことなんか言うの?」 寧々「お婆ちゃんに会ったの」 穂波「!?」 寧々「母さんって、お父さんのこと、何も話してくれないのね」 穂波「……お父さんのことは、いずれ話すつもりよ。お前が、もう少し大人になったとき」 寧々「いいよ。別に聞きたくないから。私、お婆ちゃんのとこ行きたい」 穂波「えっ?」 寧々「母さんと、いたくないの」 穂波「……そう、なんだ。わかった」 寧々「反対、しないの?」 穂波「反対しても、出ていくんでしょ?」 寧々「う、うん……」 寧々は荷物をまとめ、家を出る。 (穂波『気が向いたらでいいから、連絡ちょうだいね。生活費は、本当言うと寧々ちゃんの口座作ってあるの。そこから引き出して。使った分、また振り込んでおくから。キャッシュカード取られないように、気を付けるのよ。お婆ちゃんにも言っちゃ駄目よ。無くなったとき、疑うのは嫌でしょ?』) 沼子の家。 沼子「さぁさぁ、お上がり。狭いけどね」 寧々「お世話になります、お婆ちゃん」 沼子「こちらこそ。フフッ! それにしても穂波さん、よく許してくれたわねぇ」 寧々「うん……」 翌朝、寧々が元気に登校する。 寧々「行って来まぁす!」 沼子「あぁ、行ってらっしゃい。気を付けるんだよ!」 一目連と輪入道は監視を続けている。寧々と入替りに、穂波が沼子の家を訪れる。 穂波は沼子に、分厚い銀行の封筒を差し出す。 沼子「手切れ金、ってわけかい?」 穂波「弁護士を立てるのもどうかと」 沼子「裁判だったら、受けて立つさ。でも、そっちはいいのかい? 平太郎のこと、時効まであと2年もあるのに」 穂波「何か誤解されてるようですね。あの人がやってきた、私と寧々への暴力の数々、寧々が知ったらどんなに悩み苦しむか。あんな男でも、寧々にとっては父親ですから!」 沼子「人殺しのあんたよりはマシだろ!?」 穂波「人殺しとおっしゃいますけど、何か証拠でもあるんですか!?」 沼子「証拠がなんだい!? 動機だけありゃ十分だろ!? やられた仕返しに殺したんだろ!?」 穂波「虐待のことは認めてくださるわけですね?」 沼子「う…… 平太郎を返せぇ! 返せ、返せぇ!!」 いつしか寧々が帰っており、2人の口論に涙を浮かべている。 穂波「ね、寧々!?」 沼子「違うんだよ、寧々。お前のお父さんは……」 寧々「……みんな大っ嫌い!!」 穂波「寧々!?」 家を飛び出して街を走る寧々を、穂波も追う。 一目連も彼女らを追い、輪入道は危なっかしい走りで一目連を負う。 穂波「寧々、待って!! 待って、お願ぁい!!」 街中の歩道橋の上で、寧々が転倒する。穂波が駆け寄ろうとする。 寧々「来ないでぇ!」 穂波「寧々……」 寧々が藁人形を取り出し、穂波に突きつける。 寧々「来ないでって言ってるでしょ!? 来たら、この糸を引くわ! 引いたら母さん、地獄に流される! 信じてもらえないかもしれないけど……」 穂波「……信じるわ」 寧々「嘘!! 信じてなんか、いないくせに!」 穂波「嘘じゃない! だって母さんも、地獄少女にお願いしたから…… 父さんの暴力から解放されるために」 寧々「え……!?」 歩道橋の階段の下で、一目連が2人を見上げている。ようやく輪入道が追いつく。 輪入道「はぁ、はぁ…… わかってるな? 手出しは無しだぜ」 一目連「そのつもりだが、どうかな? いざとなったら、どうするか俺にもわからねぇ」 輪入道「そのときは、俺だってわからねぇ。黙って見逃すことはできねぇからな」 穂波が服を緩め、胸元の地獄流しの証を見せる。 寧々「な、何、その入れ墨? 私を脅そうってつもりなら……」 穂波「怨みの相手を地獄に流した証。地獄少女から聞いたはずよ。死んだ後、頼んだ人間も地獄に流されるって」 寧々「流されたっていい! もう、どうなってもいい! 母さんも、私も、お婆ちゃんも、みんなめちゃくちゃになればいい!」 寧々が藁人形の糸に手をかけるが、穂波が寧々の手を包み込み、それを止める。 穂波「私だけでいい!!」 寧々「えっ!?」 穂波が寧々を抱きしめ、涙をこぼす。 穂波「わからない? 寧々ちゃんがその糸を引かなくても、願いは叶うのよ。私は地獄に流される…… あなたまで地獄に逝くことない。逝かせたくない!」 寧々「……」 穂波「でないと、母さん…… 悲しい……」 穂波が腕を緩め、歩道橋の手すりから体を乗り出す。眼下は何台もの車が行きかう。 とっさに一目連が、歩道橋を駆け昇る。 輪入道は一目連を足止めすべく、火の玉を投げつける。 足元に何発もの炎が命中するが、一目連はそれに構わず、階段を駆け上る。 輪入道「わざと外してんのがわからねぇのか!? 止まれ! この大馬鹿野郎!」 なおも輪入道が火を放とうとするが、あいが立ち塞がり、無言で首を横に振る。 輪入道「お嬢……!?」 穂波が寧々に寂しげな笑顔を遺し、車道へと墜ちてゆく。 穂波「幸せになってね……」 寧々「母さん!? 駄目ぇぇ!!」 寧々が穂波に手を伸ばそうと、手すりから身を乗り出す。 駆けつけた一目連が、寧々を救い、母の最期を見せまいと顔を覆う。 寧々「母さぁん!! 母さぁん!! 母さあぁぁ──ん!!」 一目連の体に顔を埋め、寧々が泣き崩れる。 寧々「母さぁん!! 母さぁぁん!!」 三途の川。あいの木舟に、穂波が乗せられている。 川の水面には、一目連が寧々を守っている姿が映っている。 穂波「あの人だったのね。私を見守ってくれていた人は」 あい「あなたのことは、特に気にかかっていたみたい」 穂波「嬉しいわ…… そうだ、あの人に頼んでもらえないかしら? 寧々のことも、見守ってくれないかどうか。そして時々、寧々が今どうしているか、知らせてもらえたら……」 あい「……」 穂波「でも、きっと迷惑よね。忙しくて、そんな暇はないでしょうし」 あい「……伝えとく」 あいの返事に穂波が泣き崩れ、地獄へと流されてゆく。 何日か後。穂波の骨箱を抱いた寧々が、並木道を行く。 一目連が木陰で、その姿を見守っている。隣に、輪入道と骨女が並ぶ。 輪入道「余計な心配、させるない」 骨女「まったくだよ。一目連がいなくなったら、輪入道と2人っきり。一気に線香臭くなっちまうとこだった」 輪入道「ん!? 誰が線香臭いんだい!?」 一目連「プッ!」 いつもの調子で吹き出す一目連に、輪入道も顔を緩める。 輪入道「憶えてるか? お嬢と初めて逢ったときのことを」 一目連「あぁ」 戦場跡。 無数の死体が転がる中、あの刀が突き立っている。 そこへ、あいと輪入道が訪れる 刀「どうして俺を誘う?」 あい「捜してるものがあるんでしょう?」 刀「あるが、あんたらといて、それが見つかるのか?」 あい「見つかるかどうかは、あなた次第── どうする?」 刀「……ま、ここも飽きたしな」 あいが刀に手をかけ、引き抜く。 刀が人間の姿── 一目連に変わる。 骨女「仲間って、いいもんだよ。ひとりぼっちで悩んでるとさ、ここんとこがチクチク傷んでしょうがない」 骨女が胸に手を当ててみせる。 一目連「悪いが……」 輪入道「ん?」 一目連「俺はお前たちのことを、仲間だなんて思っちゃいない」 骨女「あら! 仲間じゃなくて、何なのさ?」 一目連「……家族、かな」 一目連は小声でそう呟き、背を向けて歩き出す。 骨女「えっ!? ねぇ、今、何つったの?」 輪入道「さぁなぁ……?」 骨女「ひょっとして、仲間と思ってるのは私だけ? あんたは何だい?」 輪入道「俺は、恋人かな? ハハッ!」 骨女「もういいよ。みんな私をからかうのが楽しくて、仕方ないんだね。フン!」 一目連 (フン、俺らしくもねぇ) 一目連が木漏れ日を浴びつつ、並木道を行く。 そっと、胸に手を当てる。 一目連 (確かに昔ほど、痛くもないか……) #center(){&big(){(続く)}}