地獄少女・閻魔あいが、依頼者に藁人形を渡す。 あい「あとは、あなたが決めることよ」 雨の夜の住宅街。 1台のオートバイがスリップし、転倒する。 目の前には地蔵堂が迫る。 事故を起こしたオートバイのそばに、壊れた地蔵の頭が転がっている。 運転手の青年、茂木達也の葬儀。 父の博之、妹の恵美が、参列者たちに挨拶している。 母の和子が泣き崩れている。 和子「あなたのせいよ! あなたが達也にオートバイなんか、買わなければ」 博之「……こんなところで、何言ってるんだ!?」 和子「あなたのせいよ……」 博之「お前が『達也が欲しがってるから、買ってやれ』って……」 和子「言ってないわよ、そんなこと! 私のせいにする気!?」 博之「お、俺は反対だったんだ!」 恵美「やめてよ、2人とも」 和子「達也…… 達也ぁ……」 #center(){|BGCOLOR(black):COLOR(red):CENTER:&br()&big(){&big(){&bold(){絆}}}&br()&br()|} 後日、茂木家の夜。 恵美「お母さん」 恵美が和子の部屋を覗くと、和子は真っ暗な中、パソコンに向かっている。 恵美「お母さん。ご飯、できたよ」 和子は自身で立ち上げたホームページ『息子は何故死んだのか』で、生前の達也を紹介し、達也の事故の理不尽さを必死に訴えている。 恵美が食卓に降りると、博之がビールを煽っている。 博之「やっぱり、駄目か?」 恵美「ホームページの更新してる。お父さんは、まだいい?」 博之「いや。もう、食べるよ」 恵美「そう」 博之「せっかく、恵美が作ってくれたのになぁ」 恵美「お母さん、お兄ちゃんのことで頭が一杯だもん」 博之「もう、四十九日も過ぎたっていうのに……」 恵美「……仕方ないよ」 23時近く、和子が外出しようとしている。 恵美「今日も行くの? 雨だよ、お母さん」 和子は答えずに、玄関を出る。 博之「またか?」 恵美「うん……」 博之「毎晩毎晩、達也が事故に遭った時間に現場へ行って、何の意味があるっていうんだ……」 雨の中。 事故現場の地蔵堂は、地蔵の頭が壊れたまま。 地蔵堂を見つめる和子に、恵美が傘を差し出す。 和子「どうして…… 達也……」 恵美「風邪ひいちゃうよ。帰ろ」 恵美が帰宅する。 自室の机の引き出しに、地獄通信の藁人形がある。 声「どうするつもり」 恵美「誰!?」 地獄少女・閻魔あい。 恵美「地獄少女……!? じゃあこれ、やっぱりお兄ちゃんが?」 あい「そうよ。それは私が、あなたのお兄さんに渡した物。その赤い糸を解けば、私と正式に契約を交わしたことになる。怨みの相手は、速やかに地獄へ流されるわ。ただし、怨みを晴らしたら、代償を支払ってもらう。人を呪わば穴二つ。契約を交したら、その人の魂も地獄へ堕ちる── 死んだ後の話だけど。契約はまだ、果たされていない」 恵美「お兄ちゃん、誰を? 誰を地獄に流そうとしたの?」 あい「わかっているはずよ」 恵美「……これ、私でも使えるの?」 あいが姿を消す。 後日。市役所から出てきた和子と恵美に、記者陣が群がる。 記者たち「来た!」「茂木さん、いかがでした!?」「息子さんの事故について、市から何らかの回答がありましたか?」 和子「いえ……」 記者たち「明確な答は無かったんですね!?」「市の対応について、どうお考えですか?」「市がちゃんと、道路の整備に取り組んでいれば、息子さんがこのような事故に遭うことは無かったと、思われますか?」「茂木さん、いかがですか?」 恵美「あの、すみません、通してください」 記者「どうなんですか、茂木さん?」 恵美「あの……」 記者「自己は息子さんの過失という話もありますが?」 和子「達也は悪くありません! 道路のせいです! 達也は殺されたんです……」 泣き出す母に、フラッシュが焚かれる。 恵美「お母さん……」 記者「妹さんはいかがですか? やはりお兄さんは、殺されたと思いますか?」 恵美「お願いです、通してください」 記者たち「待って!」「妹さん、答を聞かせてください! あなたもお母さんと同じ気持ちなんですか?」「どうなんですか!?」「妹さん!」 恵美「通してください、通してください!」 記者陣から逃れた和子と恵美が、公園のベンチに掛けている。 恵美「私、午後は学校に行くね。ちょっと休み過ぎちゃってるし。陸上部の仲間も心配してるから」 恵美が和子に、サンドイッチを差し出す。 恵美「はい。少し、食べた方がいいよ」 達也と同じ年頃の青年たちが通りかかる。和子が立ち上がる。 恵美「……お母さん?」 和子「達也!」 恵美「違うよ、お母さん。あれはお兄ちゃんじゃなくて」 和子「達也ぁ!」 恵美「お母さん!? お母さん、お母さんってば!」 青年たちに駆け寄ろうとする和子を、恵美が必死に追う。 学校。恵美が陸上部の練習で、高跳びを決める。 そこへ、取材記者に扮した一目連が現れる。 一目連「ナイス・ジャンプ! こんにちは。こういう者ですが」 一目連は「石元」を名乗る名刺を出す。 恵美は学校を終え、一目連を無視するように帰宅路につく。 一目連「待ってよ、恵美ちゃんってば!」 恵美「私、お話しするようなことはありませんから」 一目連「いやぁ、ちょっと待ってよ」 恵美「しつこいと、警察呼びますよ!」 『達也は殺されたんです!』 傍らの電気店。 テレビの報道番組で、和子を捉えた映像が流れている。 『問題のカーブは見通しが悪く、以前にも車や自転車の接触事故が起きていたということなんですね』 『それで今回は、不運にも死亡事故が起きてしまったと』 『そうなんです』 『それは、この『魔のカーブ』を市が放置したせいであると、茂木さんは訴えているわけですね』 『はい。しかし、市からは今もって、きちんとした誠意のある対応は為されていないんです』 『茂木さんとしては、やりきれませんね』 和子『達也は、どれほど無念だったか…… 怨んでも、怨みきれません……』 一目連「一昔前なら、神社で五寸釘ってとこかな。『我が子の怨みを思い知れ』って」 恵美「母にとっては、兄がすべてでしたから」 一目連「えっ?」 恵美「失礼します」 恵美が立ち去る。そこに骨女も、顔を出す。 骨女「取材記者ってのは、失敗だったね」 一目連「骨女……」 後日の茂木家。博之が凧を作っている。 恵美「大丈夫?」 博之「ん? 何が?」 恵美「う、うぅん。相変らず、上手だね」 博之「ハハ、唯一の趣味だからな」 恵美「昔は、皆でよく河原に行ったよね」 恵美の幼い頃の回想。 父の作った凧を、兄妹で上げる。その様子を両親が、微笑ましく見守る。 遊んだ後は、ピクニックシートを広げて、一家4人で楽しく食事── 博之「楽しかったなぁ、あの頃は」 恵美「うん……」 和子が現れる。 和子「お父さん。このチラシ、すぐにコピーしてきて。300枚ね」 博之「あぁ、行ってくるよ」 博之はチラシを受けとり、また凧を手にする。 和子「何やってるの!? 急いでって言ってるでしょ!!」 和子が博之の凧を奪い、クシャクシャに潰す。 和子「呑気にこんな物、作って!!」 恵美「お母さん!?」 和子「お父さんは達也のことなんか、どうでもいいと思ってるんでしょう!?」 博之「そんなことないよ」 和子「これじゃ達也も浮かばれないわ……」 博之「これ、達也が好きだったからさ」 和子「そんな物、好きじゃないわよ! 全部捨てちゃいなさい!!」 和子が立ち去る。 恵美「お父さん……」 博之「お母さんも、辛いんだよ」 恵美「うん、わかってる……」 あいの住む、夕暮れの里。 咲き乱れる花の一つを、あいが手にして咥え、蜜を吸う。 きくり「美味しい?」 あい「……」 きくり「ねぇ! それがいい」 あいの手にした花を、きくりが奪い、口に咥える。 きくり「不味い……」 後日の茂木家。電話が鳴る。 和子「はい。──えっ、道路整備が!?」 和子が嬉しそうに、恵美に話す。 和子「市が道路整備に乗り出すんですって! 今、電話があったの! 良かったわぁ~、頑張った甲斐があった! ねぇ、恵美?」 恵美「えっ? う、うん」 和子「明日、記者会見ですって。あっ、そうだ! ホームページで報告しないと」 恵美「お母さん……!」 恵美がほっとした様子で、博之のもとへ。 恵美「お父さん!」 博之「あぁ」 骨女「糸を解かずに、済んだようだね」 一目連「あぁ……」 骨女「何だい? 浮かない顔して」 一目連「いや、別に」 そして記者会見の会場。 大勢の記者陣、恵美、達也の遺影を抱いた和子が、会見のときを待つ。 恵美「お母さん。今日の夜、レストラン予約したんだよ」 和子「……え?」 恵美「レストラン。お父さんと3人で、ご飯食べようね」 和子「あ、そう…… わかったわ」 広報部長が現れ、記者会見が行われる。 部長「──以上の道路状況を鑑みまして、北通りの道路拡張工事、並びに周辺の整備をこのたび実施することにいたしました。市といたしましては、これまでも住民の皆様の安全に十分配慮をしてまいりましたが、より良い町作りのため、さらなる向上を目指し、今回の道路整備に踏み切りました」 記者「ちょっと待ってください! 道路に問題は無かったというんですか!? 市に責任は無かったと!?」 部長「責任ということに関しましては、聞いておりません」 記者「では、茂木達也さんの事故については、どうお考えですか?」 和子の顔が強張り、遺影を手にした手が震える。 部長「事故に関しましては、警察の担当になりますので、こちらからお話しするようなことは、特に……」 今にも怒鳴り声を上げそうな和子を、恵美が必死になだめる。 部長「他にご質問が無ければ、これで」 記者たち「あぁっ、ちょっと待ってください!」「おかしいでしょ、それ!?」「逃げるんですか!? 市の対応として、それでいいんですか!?」「市長が工事会社と癒着しているとの噂もありますが!?」「南町のごみ処理場に無断で産廃が持ち込まれたという噂をご存じですか!?」「部長! 部長、待ってください!」 会見場を去る広報部長を、記者たちが追ってゆく。 和子と恵美が、タクシーで帰途に就く。 恵美「問題の道路は改善されるんだし、お母さん、頑張った甲斐あったね! これで事故も無くなるよ。お兄ちゃんもきっと、天国で──」 和子は恵美の言葉が耳に入らない様子で、ブツブツ言っている。 和子「すいません!! Uターンしてください! 家に帰ります!!」 恵美「どうして!? だって今夜は3人で……」 和子「運転手さん、急いで!!」 恵美「お母さん!?」 帰宅した和子は、パソコンに向かい、ホームページの更新にとりかかる。 掲示板には、道路工事開始を祝うメッセージが多数、寄せられている。 和子「こんなことで済まされてたまるか……! 有耶無耶にされてたまるか!」 居間では博之が、何本ものビール缶を空けている。 博之「恵美、わかってやりなさい。お母さんにとって大事なのは、達也が誰のせいで死んだのかってことなのさ」 恵美「大事!? じゃあ私たちは? 私たちはどうでもいいっていうの!?」 博之「恵美……」 恵美「お兄ちゃんはもう死んじゃったのに。お兄ちゃんが死んだのは、事故なのに…… 犯人なんて、いないのに。そうでしょ、お父さん!? おかしいよ! こんなの、おかしいよ!!」 博之「おかしいのはわかってるんだよ!!」 声を大きくした恵美に、博之も声を荒げ、ビール缶を握り潰す。 博之「わかってる……」 市役所の前に、和子と恵美が佇む。 1人の取材記者が出て来る。 記者「くそぉ、いねぇのかよ」 和子「すいません! あの、達也のことなんですが」 記者「それはまた、今度聞きますよ。おっ、帰って来た!」 車から広報部長が現れ、すかさず記者が駆け寄る。 和子「あっ、待って!」 記者「部長! 市長の愛人の件なんですけど」 部長「──」 記者「ちょっと、ねぇ!」 和子「あ、あの……」 記者「もうネタは上がってるんですよ!」 和子「息子の、達也のこと…… 聞いてください! 待って!」 市役所内に帰る部長を、記者が追い、和子は記者を追う。 恵美の隣に、一目連が並ぶ。 一目連「もうどこのマスコミも、お兄さんのことは取り上げちゃくれないよ」 恵美「石元さん……」 一目連「陸上部、辞めたんだって? どうして? これからは君ががんばって、お母さんを喜ばせてあげないと」 恵美「お母さんは、私ががんばっても喜ばない……」 一目連「えっ?」 恵美「今までだって、そうだった。大会でいくら優勝しても、お母さんは『おめでとう』すら言ってくれなかった。お母さんには、お兄ちゃんしかいないの。お兄ちゃんだけいればいいの。お母さんにとって家族は、お兄ちゃんだけなの」 一目連「恵美ちゃん……」 和子が市役所から現れ、泣き崩れる。 恵美「失礼します!」 恵美が駆け寄り、和子を必死に助け起こす。 茂木家の居間に、布包みがある。 恵美がそれを開くと、中身はあの、壊れた地蔵の頭。 恵美「ど、どうして、こんな物……!?」 和子が鞄を抱え、晴れやかな笑顔で現れる。 恵美「お母さん……?」 和子が鞄から、次々に札束を出す。 恵美「何これ? どうしたの!?」 和子「ホームページを見た人がね、達也の本を出してくれるって! このお金で作ってもらうの」 恵美「こんな大金…… 借りたの?」 和子「達也がどれほど素晴しい子だったか、日本中の人に知ってもらうのよ! 素敵でしょう~? 写真も一杯載せてもらうのぉ~!」 恵美「お母さん……」 和子「待っててねぇ~、た~つ~や~!」 和子が地蔵の頭を抱き、愛しい我が子のように頬ずりする。 その目はもはや、完全に正気ではない。 恵美の頭の中で、何かが壊れる。 恵美が自室で、藁人形を手にする。 あい「それはもう、あなたの物よ」 声に振り向くと、あいはすでに姿を消している。 あいの声「あとは、あなたが決めることよ」 夜。家事を放棄した和子に代り、恵美が夕食を作っている。 恵美は大音量のテレビの前で、テレビなど目に入らない様子で、地蔵の頭に頬ずりを続けている。 恵美「お母さん。テレビの音、下げて」 和子「達也……」 恵美「お母さん!」 博之が、酔っぱらった様子で帰宅して来る。 恵美「あっ、お父さん! ねぇ、お父さん。お母さんってば、あんなにお金借りてきちゃって……」 博之「金ぇ!? じゃあ、家でも売るかぁ?」 恵美「えっ?」 博之「足りなきゃ、お前が働け! 俺ぁもう、駄目だぁ」 恵美「何、言ってるのよ……?」 博之「嫌んなちゃったよ。お父さんも、何もかも、嫌んなちゃったよ……」 和子「た~つ~や~」 博之「た~つやぁ! アッハハハハ!」 恵美「やめてよ! お母さん、テレビ消して!」 和子「た~つや……」 恵美「お母さん!」 恵美がシチューをテーブルに置くが、苛立ったあまりに手が滑り、皿が床に落ちる。 床に広がってゆくシチュー、地蔵に頬ずりする母、酔っぱらって眠ってしまった父── どんどん壊れてゆく家庭の様子に、恵美が我慢できずに、自室に駆け込む。 恵美「がんばってきたのに…… 一生懸命、お母さんが喜ぶと思って、がんばったのに……」 達也の事故の直前に交した会話。 (恵美『また峠? お母さん、心配するよ』) (達也『だから行くんだよ。うちにいると、うるさいからさ。いちいちいちいち、あぁしろこうしろって。俺は母さんの人形じゃねぇっつうの! さっさといなくなってほしいよ。母さんがいなきゃ、家族はうまくいくのに』) (恵美『そんなこと言っちゃ、駄目だよ……』) (達也『恵美にはわからないさ』) 恵美「わかりたく……なかったよ……」 恵美が、藁人形の糸を解く。 「怨み、聞き届けたり──」 和子が気がつくと、三途の川、あいの漕ぐ木舟の上。 一目連も同乗している。 和子「ここは……?」 あい「地獄へ行くのよ」 和子「地獄……? 達也に逢えるの?」 一目連「いや。多分、逢えな──」 和子「嬉しい!! 達也に逢えるのね? 達也、今行くわよ!! アハハ、達也ぁ、達也ぁ~!! 達也、お母さんが行くからねぇ!!」 一目連「……」 あい「この怨み、地獄へ流します──」 和子「達也ぁ、達也ぁ~!! 達也ぁぁ~!!」 翌日の茂木家。和子に加え、博之の姿も無い。 「おかあさんをさがしにいってきます 父」との置き手紙が残されている。 恵美「フフッ。変なの。み──んな、揃ってるのに。ねぇ?」 恵美が1人、食卓につく。胸元には地獄流しの証。 テーブルに一家4人の写真が飾られ、4人分の食事が並べられている。 恵美は笑顔で、声も明るい。 しかし、心なしか、眼差しは正気を失っているようにも見える…… 恵美「いただきま──す!」 #center(){&big(){(続く)}}