その昔 この世の果てに すべての「悪」が籠められた箱があった… その箱をパンドラという女が… 開けてしまったのだ…
この世のありとあらゆる邪悪なるものが 飛び散っていった… 世界は暗黒の闇に閉ざされたのだ… 平和だった人間界には魔物モンスターが巣くい 人々を苦しめ 数々の悲劇が生まれた…
己の罪深さに嘆き悲しんだ パンドラであったが… 箱の中から最後に希望がでてくる……
はずだったんですけど……
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北ヨーロッパの山間部。大荷物を背負った少年・ビオラが、山中の森を歩いている。
ビオラ「不気味だな この森… 昼でも暗いし… 魔物でもでそうだよ」
♪ ♪ ♪ ♪ ♪
ビオラ「な なんだろう?」
木にもたれて座っている青年が、自分の身長ほどもある巨大バイオリンを肩に担いで奏でている。主人公のハーメル。
ビオラ「なんて美しい人なんだろう (優しさと悲しみが同調したかのような瞳の… そう── この曲と同じだ 弾き方はマヌケだけど とても美しくて素敵な…… 心の奥まで澄みとおるような暖かく優しい曲…)」
胸のペンダントの中に、母と幼い自分の写真。
ビオラ (まるで母さんみたい)
音楽に導かれるように、数羽のハトがハーメルのもとに舞い降りる。
ビオラ「えっ? (こっ… 幸福と平和を象徴するハトが… この人…… 神様……!?)」
すると突如、ハーメルは人が変わったように巨大バイオリンを振るい、ハトたちを叩きのめす。
ハーメル「うおりゃあぁ」
ハトたち「げぇ」「ぐぇっ」「ぎぇ」
ビオラ「へぅ?」
さらにハトを焚き火で焙り、むさぼり食べ始める。
ハーメル「けっ 今日もハト肉かよ しけてやがるぜ」
相棒のカラス・オーボゥがハーメルをど突き、ハーメルの顔を炎の中に叩きこむ。
オーボゥ「えーい アホ者──!」
ビオラ「!! えっ?」
ハーメル「何しやがんだ てめぇ! この俺様のビューティフル・フェイスがこげちまったじゃ」
オーボゥ「やかましいわ アホ者──!! おまえはそんな事にしかバイオリンを使えんのか」
ハーメル「ハラ減ってたんだからしょーがねーだろ──が!! てめぇも食っちまうぞ!」
ビオラ「カッ カラスがしゃべってる」
ハーメル「んっ 誰だ おまえ」
オーボゥ「おやっ?」
ビオラ「えっ あっ その…」
オーボゥ「ホホホ これはとんでもないトコ見せてしもうたの……」
ビオラ「すっ すいませんでした のぞくつもりはなかったんですが… あまりすばらしい曲だったもので つい…」
ハーメルはハトの焼き鳥に夢中。
ハーメル「ほめたって わけてやらんぞ」
オーボゥ「食うんじゃねーよ! おめーは!! まったくこやつは… そろそろいくぞ!」
ビオラ「旅の方… ですか?」
オーボゥ「左様……」
ハーメル「北へ… わざわいを鎮める旅をしている」
一転して真剣な眼差しで言い放つ彼に、ビオラは呆然とする。
ビオラ「あ… あの旅人さん よかったらボクのうち きませんか? すぐそこなんで…… たいしたもてなしはできませんが お客さんは大歓迎ですよ」
ハーメル「家……? こんな山の中に住んでいるのか?」
ビオラ「えぇっ… ボクはビオラっていいます あっ こっちですよ」
その様子を陰から、大柄な魔物が見ている。
魔物「へへへ… 旅芸人かい 金 持ってるかもしれねェな しかも あのガキんとこにいくたぁ ちょうどいい… まとめてぶっ殺してやるぜェ!」
ハーメルたちはビオラの家へ招かれる。
ビオラ「すこしボロだけど いい家でしょう… まってて 今あったかいスープ入れるから」
オーボゥ「すまんの 他に人が見えんが…… 親はどうしたんじゃ?」
スープを温めながら、ビオラはオーボゥの問いに肩を震わせる。
ビオラ「母さんは死にました」
言葉を失うハーメルたちに、ビオラがスープを勧める。
ビオラ「山の中で不便で貧しかったけど ボクと母さんは平和で幸せに暮らしてました… あいつがくるまでは!」
幼い頃の回想。ビオラと母に、巨大な魔物が迫る。
母「お願いです この子だけは! この子だけは助けてあげて下さい! この子だけは!!」 ビオラ「母さん!!」 魔物「ケッ! 貧乏人が! 金も持ってねぇくせによ…… 死にやがれェ!」 母「!!」 ビオラ「……」
母は必死にビオラを抱きしめ、自らを盾とする。
ビオラ「かっ…」
優しくビオラに笑みかける母に、魔物の攻撃が直撃──
ビオラ「かぁさぁん!」
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話しながら、ビオラは涙をあふれさせている。
ビオラ「母さんは…… ボクを守って最後まで笑ってたんだ ボクに心配かけまいと 最後まで……」
オーボゥ「なんとも気の毒な話よのう まだ母を恋しむ幼き子に このような仕打ちを…」
ハーメルが優しい笑みを浮かべ、ビオラの肩に触れる。
ビオラ「たっ 旅人…さ…ん…」
ハーメル「おかわりはないのか?」
ビオラ「へっ?」
ビオラの語りをそっちのけで、ハーメルはスープを鍋ごと平らげはじめる。
オーボゥ「おめーは人の話 聞-とらんのか── すっ すまんのう ビオラくん 本当はいい奴なんだが 見ての通りの大バカ者でなあ…」
ビオラ「え えっえ わかってますよ あんな素敵な演奏する人だもの すばらしい人ですよ 最初見たときは 神様かと思ったくらいだもの」
ハーメル「演奏で思い出したが……」
ハーメルがビオラに1枚の紙を差し出す。「請求書 1000000円 すげーすばらしー演奏代として」。
ビオラ「これは……?」
ハーメル「請求書だ 俺の演奏を聞いたんだからな…」
ビオラ「…… はっ 払うんですか? これっ」
ハーメル「あったりめーだろーがぁ!! ボケぇ~!!」
ビオラ「……」
ハーメル「ちょっと聞くだけで気分はレッドゾーン!! このサイケデリックバイオリニストの俺様の演奏を聞いたんだからな──!!」
ビオラ「はっ はい…」
ハーメル「この超特大バイオリンからかもしだされる甘美なハーモニーは ウィーン交響楽団がハダシで逃げ出してとほほほするほど すげ──んだぞぉ 光栄におもえ──い!!」
オーボゥ「こっ こりゃあ おい いいかげんにせんか!!」
ハーメル「じゃかまし──!」
オーボゥを殴り飛ばすハーメル。
オーボゥ「ぐほっ!!」
ハーメル「だいたい このせちがらいこのご時勢に あんなドまずいスープだけで元とれると思ってんのか──!! け──っ これだからガキってのはよ──!」
ビオラ「ごっ ごめんなさい」
ハーメル「この世で何が一番モノいうかってーと やっぱ金よ! 金持ってる奴がエラいんだよ──! あとはみんなクズだぁー!!」
ビオラ「あ あくま…… で でもウチは貧乏だし… お金なんてこれっぽっちも……」
ハーメル「…… それならしかたない」
ビオラ「えっ! いいんですか──!! (よかった… ちょっと冗談がすぎる人だけど 本当は……)」
ハーメルは家の中をあらかた盗み始める。
ビオラ「ああっ!」
ハーメル「けっ ろくなもんがねーなァ」
ビオラ「まって下さい! それをもっていかれると生活がぁ──!」
ハーメル「じゃかぁしいわい! 金払えんって言ったのは おまえやろが──!! これが社会のルールじゃあ よくおぼえとけ ボケ──!!」
ビオラ「母さん たすけて」
ハーメル「常識もわからん奴ぁこまるぜ ったく親のツラがみてぇや……」
オーボゥ「そりゃあ おまえじゃあ ボケェ──!!」
今度はオーボゥがハーメルを吹っ飛ばす。
ハーメル「何しやがんだ てめー!」
オーボゥ「どアホ者! おまえには人の心がないのか! だいたいだなハーメル! おまえはいつもカネ金かねとかな…」
ビオラ「ハーメル…… この人の名前…… まさか…」
突如、大きな振動。
ハーメル「!?」
声「わははは 人間共 出てきやがれェ──!」
オーボゥ「なっ なんじゃあ いったい?」
声「出てこねェと 家ごとふっとばすぞ──!!」
ビオラ「こっ この声は!」
先ほど様子を伺っていた魔物が、姿を現す。
魔物「うわっはは へへへ てめぇら金出しな!! 殺されたくなけりゃあな!」
ハーメル「野党の魔物か!」
ビオラ「やっぱりこの魔物は……」
オーボゥ「ビオラ!」
ビオラ「母さんを殺した奴だ──!」
ビオラが飛び出すが、あっという間に魔物に殴り飛ばされ、踏みにじられる。
オーボゥ「ビオラ!」
魔物「なんだぁ このガキゃあ~ 人間の分際で魔物様に逆らいやがってよ… わははは けっ 見たところ前にきた時と変わっちゃいねぇな… フン 貧乏のままだぜ! スズメの涙でも蓄えがありゃあ 俺の根城にたんまりあるお宝のたしになると思ったが 役にたたねェクズめが!」
ハーメル「……」
魔物「しかたねェ 死んでもらうか」
さらにビオラが棍棒で殴り飛ばされ、血が飛び散る。
魔物「わははは!」
ビオラ「よっ よく…も かっ 母さ…ん を…… 母さんを!」
ビオラはボロボロになりががらもヨロヨロと立ち上がり、目に涙をためつつ、図太い魔物の脚を殴り始める。
あまりに弱々しいその拳は、とうてい魔物に通じるわけもない。
ビオラ「よ… よくも… 母さんを…… 母さんを!」
魔物「こっ このガキがぁ!! ナメんじゃあねーぞ コラぁ!! 俺はこの手で何百人も殺してんだ! てめぇのババァなんざ知るかぁ──!」
魔物はボロボロのビオラを、さらに痛めつける。
ビオラ (母さん ごめんね)
魔物「オラぁ とどめだ 死にやがれェ」
ハーメル「それくらいにしとけ!」
ビオラ「た 旅人さん…」
魔物「さっきの旅芸人か… おまえは金持ってそうだな…… 死にたくなけりゃあ有り金残らずよこすんだな!」
ビオラ「に 逃げて! 殺されます」
ハーメル「だまれ 悪魔が」
魔物「なに?」
ハーメル「きさまには地獄の鎮魂曲がふさわしい!! 聴け! 邪悪な魔物! 魂の演奏を──! 『シューベルトの子守歌』だ!」
ハーメルが巨大バイオリンを担ぎ、奏で始める。
魔物「なっ あんだあ こいつ…? マヌケなカッコで楽器なんか弾き始めやがって (しかしこれは)」
ビオラ (さっきの曲とはちがう…… もっと力強く それでいて繊細な… 心に静かに優しく暖かく 入りこんでくる…)
演奏の中、ビオラの視界に夢とも幻ともつかない情景が広がる。
空から何人もの幼い天使たちが舞い降り、ビオラを囲み、笑いかける。
ビオラ (天使…… これは夢?)
そこは一面に広がる草原と花畑。彼方に人影── それは、今は亡き母の姿。
ビオラ「かっ 母さん 母さん!」
優しく微笑む母の胸に、ビオラが涙をあふれさせながら、飛びこんでゆく。
ビオラ「わ──ん!」
ハーメル「芸術的な歌曲を数多く作り『歌曲王』と呼ばれたシューベルトが 母親の優美さ いとしい我が児への愛情を自然な音の動きで見事に表現した名歌曲だ……」
ビオラ「母さん…… すごく優しくてあったかいな」
声「ううう…」
ビオラ「!?」
魔物が目を潤ませ、滝のように涙を流してビオラを抱いている。自分が抱きついたのは母ではなく、魔物。
ビオラ「ゔわ゙──っ゙!!!!」
魔物「うっうっ わーん ごめんよー~ 俺がわるかったよ──! 俺は今までなんてひどい事をしてきたんだ──!! 許してくれェーい!」
ビオラ「バ バイオリンのすばらしい演奏によって 凶悪な魔物を改心させてしまった この人 神様?」
魔物「ごめんよぉ 俺がわるかったよー!! たのむ 俺をなぐってくれェ~ 気のすむまでなぐってくれェ~!」
ビオラ「あっ あの…」
ハーメル「よっしゃあ なぐったるわい!」
またもハーメルの態度が豹変し、魔物を叩きのめす。
ハーメル「おらおら このくれェじゃ気はすまねーぞ おめぇもなぐるんなら今だぞ──!!」
ビオラ「い いえ…」
ハーメル「聞くが… おまえの根城はどこだ……?」
魔物「あっ あの山の向こうですが…」
ボロボロになった魔物が、泡を吹いて気絶する。
ビオラ「あ ありあとうございました なんてお礼をいえばよいか… おかげ母の敵がとれました」
ハーメル「礼などいらん! 金もな ゆくぞ オーボゥ」
ビオラ「なっ? あ… あの旅人さん あなた もしや」
その実力は大魔王でさえ凌駕するといわれる 辺境最強の戦士── しかも武器らしいものは何ひとつ持たず 魔物を倒す勇者ハーメル!!
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夕陽の彼方へ颯爽と去ってゆくハーメルの雄姿を、ビオラが見送る。
ビオラ「やっぱりそうだよ (母さん 本当に神様だったのかもしれないよ…)」
「北へ」
「ゆくまえに……」
魔物のアジト。ハーメルが魔物の貯め込んだ財宝に歓喜している。
ハーメル「わははは あのバカモンスター こんなにためこんでやがった──!」
オーボゥ「おまえは勇者としての自覚がないのか──!」
そしてビオラの家では、母性愛に目覚めた魔物が、割烹着姿で目を潤ませている。
魔物「お母さんて呼んでもかまわないのよ ビオラちゃん♥」
ビオラ「助けて ハーメルさ…んっ」
最終更新:2014年08月04日 11:21