かつて── 全ての魔族を封じ込めた箱がありました。
それは"パンドラの箱"と呼ばれていました。
長い年月によりその箱に綻びが生まれ、 そこから魔族達が世に溢れ出しました…。
そして人々は… “千億の絶望"に苦しめられました…。
しかし―――
勇者と、その仲間が現れて、 世界を闇から救ったのです。 |
だけど―――
世界を覆った闇はまだ…… 完全に消えてなかったのです…… |
幼い少年が、巨大な怪物に追いかけられている。
「うわああ…… うわああ あっ… たっ! たあすけてェエ」
怪物の爪が少年を捕え、牙が少年に噛みかかろうとしたそのとき──
強烈な魔法の攻撃が炸裂する。
怪物はバラバラに吹っ飛び、肉片と骨の残骸と化す。
救い主が少年に微笑みかける。
前作でも登場した魔法使い、クラーリィ・ネッド。
ボクを… 救ってくれたのは…
スフォルツェンド魔法兵団といいました…
あれから… 10年…
「そうだっ…! トンネルを抜けると いよいよ…」
蒸気機関車が、魔法大国スフォルツェンド公国へと近づいてゆく。
主人公の少年・シェルが、デッキの窓から顔を出す。
シェル「うわぁぁっ 大きいなぁ… さすが魔法大国──スフォルツェンドだぁぁ── 先の大戦で魔族を倒して以来…… 人間界の中心となって 世界の治安を守っているだけあるッ ここから…… ボクの…運命が── 変わるんだッッ」
首から提げている裁縫箱が、かすかに動く。
シェルが裁縫箱に語りかける。
シェル「なんだい? まだ眠いのかい? ごめんね 何度もデッキに出てきてるから… でもさっ! ついに来たんだよ スフォルツェンドに… いよいよだよ ピロロ… ボクらの挑戦が始まるんだ ね ピロロ 寝ボケてないで… 出てきたらっ? ボクなんか踊り出したい気分だよ フフフ…」
声「うるせェんだよォッ!」
客室を見ると、いかつい大男が、女性客の連れている赤ん坊を取り上げ、怒鳴り散らしている。
大男「オレは赤ん坊の泣き声が大嫌ェなんだよォ! 泣くんじゃねェ コラぁぁ!」
母親「やめてください やめてェェ」
シェル「なっ」
母親「ぼうやっ」
シェル「ちょっとお…… やめてあげてください かわいそうじゃないですか…」
赤ん坊「オギャアア」
シェル「それじゃあ よけいに赤ちゃん泣いちゃいますよ!」
大男「なっ」
すかさずシェルが赤ん坊を奪い返し、あやす。
シェル「ボクがおもしろい魔法 見せてあげるよ! ボク シェルっていうんだっ!! ヨロシクね…!」
母親「マホーって あなた… “魔法使い”なの?」
シェル「いえ… 違いますけど… 今は… 何もできないけど… いつか… 必ず… 立派な大魔法使いになるんだ そのために スフォルツェンドに来たんだ!」
再び、首から提げた裁縫箱に語りかける。
シェル「ほらっ 出ておいでよっ ピロロ… みんなにアイサツ! ねェ… 赤ちゃんを喜ばせて! どうしたの? ほらっ! 早く出といでよ! 気まぐれさんだから しょーがないなー ほらっ! ピロロ!」
大男「フザケんな──っ!!」
たまりかねた大男がシェルに殴りかかり、赤ん坊が泣きわめく。
赤ん坊「オギャァ」
母親「キャアァ」
大男「黙ってりゃあっ! なめやがってぇよ! ガキがあああ この“ハンマーボルト”のブルトン様にタテつきやがってよおお!! チビめ」
ブルトンと名乗るその大男がイラついた様子で、シェルを殴り続ける。
ブルトン「おまけに… 魔法使いになるだとぉぉ ハハハ 笑っちまうぜェェ!! おいおい 魔法がどんなモノが知ってんのかよ!? そりゃああスゲェェ特殊能力よぉぉ! 全長10メートルもある巨人族すらブッ飛ばしちまうって話だからなぁ──っ! そんなすげェェことできんのはぁ 10万人に1人っていうしなぁ!」
シェルがブルトンに締め上げられ、窓の外に突き出される。
ブルトン「凡人にゃあできねェェ! おめぇにそれができんのかよぉぉ! しかも大魔法使いだとぉ? ハハハ」
乗客たち「そ… 外に…」「落ちる…ゾォォ!!」「ひっ ひどいっ」
ブルトン「その… 自慢の…マホーとかでよぉぉ この危機を…なんとかしてみろよぉぉ!」
シェル「…… ボクは… 絶対… 大魔法使いに なるんだああっっ!!」
ブルトン「けっ!!」
♪ ♪
乗客たち「んっ? 何かしら?」「これは?」「曲…か?」「なんとも楽しそうな…」「愉快な気持ちになる…」「踊りたくなるような…」「曲じゃのぅ…」
ブルトン「な… なんでェ… いったい?」
その音楽に合せるように、シェルの裁縫箱から小さな妖精が飛び出す。
乗客たち「えっ?」「何っ!?」「妖精!?」「妖精…だぞっ!!」「妖精が…っ」
妖精のピロロ。
2枚の翅で宙を舞いつつ、裁縫のハサミをダンスパートナーに見立て、音楽に合せて踊り出す。
乗客たち「布切りバサミと踊ってるっ!! 曲に…合わせて…」「すごい… この妖精が奏でてるのかしら…?」
シェル (違う… この曲は… 妖精の能力じゃない これはバイオリンの曲… いったい誰が……?)
赤ん坊「プッ きゃっ きゃっ キャキャ…」
母親「ぼっ ぼうや…!」
赤ん坊が笑いだす。
さらにピロロは、ブルトンにも手を伸ばす。
ブルトン「お? うぉっ なんだっ……?」
シェル「!?」
バイオリンの音色とピロロのダンスに導かれ、ブルトンまでが踊りだす。
ブルトン「ぐっ… 体が ゆーこと…… きかねェッッ…! 勝手に… 踊って… ちきしょ──っ!!」
乗客たち「ワハハハッ」
ブルトン「笑うんじゃねェ──っ!」
バイオリンの演奏の主が姿を現す。
もう1人の主人公の少年、グレート。
シェル「こっ… この人が…?」
ブルトン「くっ てっ てめえかっ! ちきしょ── こんな目にっっ」
グレート「謝んな… これだけ迷惑かけてんだ…」
ブルトン「なっ ザケんな…」
乗客「うわっ」
ブルトン「オレぁ腕っぷしが自慢で通った… “ハンマーボルト”のブルトン様よぉぉ── 誰が謝るかぁ──っ」
シェル「!!」
ブルトンが殴りかかるが、グレートは臆せずにバイオリンを構える。
グレート「ベートーヴェン作曲… 《エリーゼのために…》!!」
再びバイオリンの音色が流れ始める。
乗客たち「おおっ」「なんだ」「この曲はぁぁ」「なんて… 美しい曲なんだッ」「優雅で甘美で切ない旋律」「まるで きれいなお花畑を恥じらうように歩く乙女のようだ──っ!」」
グレート「これは… ルートヴィッヒ・ヴァン・ベートーヴェンが1810年 秘かに愛したテレーゼ・マルファッティのために贈ったピアノ詩曲 ベートーヴェンからテレーゼへ… 純粋で清らかで可憐で儚くも美しいその姿を想い── 心を込めて作曲った愛情溢れる少女の曲なのだぁあ──っ!」
バイオリンを奏でるグレートの背後に、音色とともに、ベートヴェンとテレーゼの美しい情景が浮かび上がる。
シェル「(すごい… ベートーヴェンの純愛が見えるみたいだ… 穢れた心が洗われていく…… まるで… まるで…) ──! ハッ……?」
見ると、その音色を浴びたブルトンもまた、恥らう乙女のような顔つきに変貌している。
しかし体格はゴツイ大男のまま、顔だけが乙女で非常に不気味。
ブルトン「ああ… ごめんなさい…… 私がいけなかったの… ああっ 私… 今まで何…やってたんだろ… ごめんなさい みんな… ごめんなさい… でも… 私の心は今…… 雪が解けた春のように… 温かいの こんな優しい気持ち… ブルトン初めて…」
乗客たち「ひいいっ 腕っぷしが自慢の“ハンマーボルト”のブルトンがああ──っ 恥じらう乙女にィィ──っ!!」
ブルトン「あら かわいい赤ちゃん フフフ」
赤ん坊「オギャア──っ!」
母親「ひぃぃ やめてくださいィっ!」
乗客たち「ギャ──っ 逃げろぉぉ」「気持ち悪ィィ──!」
シェル「地獄絵図だな… (でも すごいっ… あんな凶暴な人を ここまで変えるなんてッ これは 魔法…?)」
グレート「おまえも… スフォルツェンド魔法学校に入るのか?」
シェル「えっ?」
最終更新:2014年08月06日 04:21