ハーメルンのバイオリン弾きの第1話(テレビアニメ版)

雨の降りしきる夜。
地面に異形の怪物の肉片が蠢いている。手傷を負った異形の魔物。そして、魔物に挑む5人の者。

「く、くそぉ…… てめぇらなんかにやられてたまるかよぉ…… 何が5つの希望だよぉ! なんとか言ってみろぉ! ハーメルゥゥ──ッッ!!」


太古より人と魔族の戦いは、
その姿と形を変えつつ幾度となく繰り返されてきた。
だが、後に
「第2次スフォルツェンド大戦」と呼ばれる聖戦の幕を
あの美しくも哀しい1曲のバイオリン演奏が開くとは、
誰が想像したであろう──


平和でのどかな村。どこからか光の壁が村中を駆け抜け、森の中の大岩から、魔物が姿を現す。


スフォルツェンド公国の王城。十数人の術師が、魔法陣を囲んで祈祷を捧げている。
しかし、術師が1人、また1人と倒れてゆく。

「第18結界師ビオラ様、倒れました!」「第27結界師シタール様、倒れられました!」

「どうした!? ヤツの結界返しを止められんのか!?」
「このままでは、千日手結界を越えて、完全にこちらの世界へ入ってくるぞ!」

謎の声「ハッハッハ。いい覚悟だ。わかっているではないか」

「結界師タンブラー様、お倒れになりました」


魔王軍の本拠地、北の都。魔王軍王長・ベース。

ベース「ついにこの日がやって来たのだ。貴様らの張ったうっとうしい結界のおかげで、我々はこの15年間、この北の都に追いやられ、身動きできなかった…… しかし、もうそれもおしまいだ」

スフォルツェンド公国・女王、ホルン。

ホルン「そうはさせません! 私がここにいる限りは、千日手結界、好きなようにさせるものではありません! 魔界軍王、冥法王ベース!」
ベース「フフフ…… 久しぶりだな。女王様」

再び村中を光の壁が駆け抜け、大岩から現れた魔物が、岩の中に戻る。

ベース「さすが、世界一の法力使い…… しかし!」

魔法攻撃の衝撃がホルンを襲う。

ホルン「うぅっ!?」
ベース「思った通り…… 貴様も自分の身体の限界は、どうにもならんと見える」
ホルン「いいえ、命に代えても!」
ベース「いぃや、ムダなことだ! なぜなら、すでに運命の歯車は回り始めた!」
ホルン「!?」
ベース「そうだ。大魔王の復活をかけた運命がな」



鎮魂歌(レクイエム)



ここは、平和でのどかなスタカット村。
水車小屋に1人住む主人公・ハーメルが、鏡を覗き込む。頭に1本の角が生えている。

ハーメル「なんだ、これは? 今朝起きたら急に…… なぁ。何だと思う、オーボゥ?」

窓際に止まっているカラス、オーボゥに語りかけるが、オーボゥは答えない。

ハーメル「なぁ、オーボゥ?」

女性の声「それは2つの道──」
ハーメル「えっ?」

どこからか女性の声が聞こえるが、周りには誰もいない。

女性の声「そう、あなたの2つの道──」

そこへ、幼なじみの少女・フルートが駆け込んで来る。

フルート「ハーメル──! 何してるの、ハーメル? もう朝ごはん食べたの? あら、食べたのね。お片づけやお掃除やお洗濯は、今日じゃなくてもいいでしょ? 何グズグズして……」

ハーメルはとっさに、角を隠すために帽子をかぶる。

フルート「あら、なぁ~んだ。お出かけの支度してたとこなのね。じゃ、早くぅ!」

ハーメルを連れて家を飛び出したフルートが、養父でもある村の長老、レシクと鉢合せする。

レシク「おっと。おいおい、そんなに急がなくたって」
フルート「だって、今日は年に一度の収穫祭よ! お日様が昇ってお月様が高くなるまで、ちょっぴりの時間もムダにしたくないの。ほら、去年だってハーメルったら、お昼過ぎまで寝ちゃってて、気づいたらもう…… その前もうっかりして、麦畑で1日寝てたり!」
レシク「おはよう、ハーメル」
ハーメル「長老、おはようございます」
レシク「もう~、ダメじゃない! 肝心のバイオリン忘れちゃあ! オーボゥも早くいらっしゃい。お爺さん、先に行ってるね!」

フルートがハーメルの手を引き、村人たちに声をかけつつ、村道を急ぐ。

フルート「おばさん、おはよう!」
村人の女性「おはよう、フルート」
フルート「すてきな朝ね!」
村人の女性「あぁ、いい祭りになりそうね」

村人の男性「ハーメル! 今日もいい曲、頼むぞ!」
ハーメル「あ、あぁ!」
フルート「大丈夫よ。ほら、バイオリンはしっかり……」

慌てた末にフルートが石につまづき、ハーメルを巻き添えにして転倒。

村人たち「ハッハッハ!」「よぉ、いつも仲がいいねぇ!」「ご両人!」
フルート「もう…… 行くわよ、ハーメル!」
ハーメル「あっ! おい、バイオリン!」


丘の上の森の中から、1人の老人が村の景色を見渡す。

老人「間違いない、ここだ」

1羽の小鳥を捕え、足に手紙をくくりつける。

老人「さぁ、到着したことだけでもお伝えせねば」

その小鳥を空へ放つ。しかし、木々の間から不気味な触手が飛び出し、小鳥を捕える。

老人「何っ! まさか!?」
謎の声「見つけたぞ── 確かに見つけた── あいつを見つけた──」

老人が剣を抜き、思念を込める。

老人「行け……!」

小鳥が触手から解き放たれて空へ飛び立つが、老人自身が触手に捕われてしまう。

老人「うわぁぁ──っ!」

丘の麓を行くフルートたちが、悲鳴に気づく。ちょうど目の前に、あの老人が傷だらけで転げ落ちて来る。

フルート「きゃあっ!」
老人「う、うぅっ……」
フルート「誰? 知らない人…… ケガ? ケガしてる! ひどい……」
老人「あな……たは……」
フルート「しゃべらないで」
老人「も……もしや…… フ、フルー……」
フルート「ハーメル、何してるの? 手伝って! ねぇ、ケガしてるんだから早く!」
ハーメル「……あぁ、わかった」

ひとまず老人は、ハーメルの家へ運び込まれる。

オーボゥ「大丈夫か?」
ハーメル「さぁ……? でも、今は寝てるみたいだ」
オーボゥ「いや、その旅人を連れて来たことじゃよ」
ハーメル「掟のことか?」
オーボゥ「村には決して、よそ者を入れてはならん」
ハーメル「……」
オーボゥ「しかし、不思議とは思わんか? この、どこから見ても平凡でのどかな、平和そのもののような村に、なぜそのような掟が必要だと思う?」
ハーメル「さぁな…… 嫌いなんだろう、よそ者が」
オーボゥ「それじゃあ、どうしてわしらはここで暮せている? その、よそ者のわしらが」

そこへフルートが、荷物を抱えて現れる。

フルート「お待たせ。その人はどう?」
ハーメル「大丈夫。寝てるよ」
フルート「本当、大変なことになっちゃったよね。今日はお祭り」
ハーメル「そろそろ行かないと」
フルート「あ、待って。じゃあ、これ!」

荷物の中から、黒い布を広げるフルート。

フルート「へへ…… えいっ!」
ハーメル「わぁっ!」
フルート「ちょっと、おとなしく!」
ハーメル「や、やめろ!」

フルートの手により、ハーメルは黒い演奏用衣装をまとった姿となる。

ハーメル「これは……」
フルート「今度のステージ用の衣装。私が作ったのよ。でも、すっごく似合うわね」
ハーメル「行くぞ!」
フルート「これも!」

家を飛び出すハーメルが、フルートの放った帽子を受け取る。

フルート「ハーメル…… 本当、本当に良く似合ってるわ……」


一方で老人の放った小鳥は、ホルンのもとへ辿り着いていた。ホルンが小鳥の手紙により、事の次第を知る。

ホルン「頼みましたよ…… 一刻も早く!」
ベース「そう、うまくいくかな?」
ホルン「はっ!」
ベース「この15年の間、わしらが何の仕掛けもしなかったと思っておるのか?」
ホルン「仕掛け……?」
ベース「種はしっかりと蒔いておいた。貴様の術が弱まり、結界が緩むにつれて育つ種をな」

小鳥の体が弾け、無残な死体と化す。


夜、スタカット村の広場。祭りが催され、ハーメルたちの奏でる音楽に合せ、皆が楽しく踊り、歌う。
皆の様子を眺めているレシクのもとに、2人の村人がやって来る。

村人「どうしました、長老?」
レシク「あ? あ、あぁ。それがな…… フルートがおらんのじゃよ」
村人「フルートが?」
レシク「あんなに祭りを楽しみにしてる子が、ここがおらんとは……」
村人「ははっ。そんな心配しなくても」
レシク「うぅむ…… どうも気になるんじゃ」

レシクが、頭上の星空を見上げる。

村人「まさか……?」
レシク「やはり、星が多すぎるように見えてのぉ」

ハーメルのバイオリンの音色が響き渡る。

村人たち「いつ聴いても、大したもんだのぉ。あいつの演奏は」「あぁ。いつの間にか、あれはすっかり村の一員だ」
レシク「思い出すのぉ。どうやってか、わしらが、外からは入れぬはずのこの村にやって来て、本当ならたとえ子供であっても村に住まわせることはできんのに」


フルートはハーメルを連れ、家へと急ぐ。

フルート「早く早く!」

ハーメルの家では、あの老人が汗まみれで、苦しそうにうなされている。

フルート「見て。急にこんなになっちゃって。熱もどんどん上がっちゃって…… どうしよう、ハーメル? ねぇ。でも、お医者さんっていっても、村には連れて行けないし…… ねぇ。ねぇ、どうしよう?」

そこへ、レシクが現れる。

フルート「はっ、お爺ちゃん!?」
レシク「どうも様子が変だと思っていたら! フルート、この村の掟は知っておろうが! ハーメルもだ!」

家の隅に置かれている、老人の剣に気づく。柄に十字の紋章。

レシク「こ、これは……!? 2人とも早く、広場に戻りなさい!」
フルート「でも、この人が……」
レシク「後は私が何とかする。早く行くんだ!」
フルート「え、えぇ……」

レシクに押し切られ、ハーメルとフルートが家を出る。

レシク「そうか。ついに、お迎えが来たのか」
老人「は、はい…… 事態は、急を告げております……」
レシク「では、やはり結界が?」
老人「このままでは…… 一刻も早く、ひ、姫様を…… あ、あぁ……!?」

老人の口から、魔物の大量の触手が飛び出す。

ハーメルたちが異変に気づき、家を振り返ると、家から巨大な魔物の触手があふれ、レシクが捕われている。

レシク「フルートぉ! お逃げ下さい、フルート…… フルート姫様……!」
フルート「えっ……? 『姫』!?」
レシク「お逃げ下さい…… フルート姫……」


ホルン「まさか、あの子を!?」
ベース「そうだ。種は実った。それに、15年前に蒔いておいた種は、1つだけではない」

王城内の彫像が動き出す。

ベース「わしの声が届くのも、そやつらのおかげ──」

彫像が魔物と化してホルンに襲いかかるが、そこに現れた大神官クラーリィが、魔法の一撃で魔物を吹き飛ばす。

ホルン「クラーリィ!」
クラーリィ「ホルン様…… 無断でお部屋に入りました。お許しください」

さらに衛兵たちが駆けつける。

衛兵たち「ホルン様!」「ホルン様!」
クラーリィ「もう終わった。静まれ!」
衛兵たち「大神官クラーリィ様!」


(『お逃げ下さい、フルート姫!』)

ハーメルとフルートが広場へ急ぐ。魔物が触手を振るい、後から追ってくる。

村人たち「なんじゃ、あれは!?」「魔族じゃないのか!?」「そんなバカな!?」
レシク「守れ──っ! フルートを!」
村人たち「フルート!?」「フルートだ!」「ハーメルも追われてるぞ!」
レシク「フルートを守れ、各々方!」
村人たち「承知しました!」「ヤツを止めるぞ!」「囲みを作れ!」「鍬でも鎌でも、武器になるものを取れ!」」「女たちは剣を取りに行け!」「火だ! 火を取れ!
フルート「ヴォカリーズさん! アダージォさん!」
村人たち「早くお逃げ下さい!」「ハーメル、姫を頼む!」
フルート「姫!? 姫…… 姫って!?」

村人たちが必死に農具を振るって魔物に立ち向かうが、触手の1本がフルートを捕える。

レシク「姫様ぁ!?」
ハーメル「フルートぉぉ──っ!」
村人たち「逃がすな! 姫を取りもどすんだ!」
魔物「捕まえたぞ── 姫を捕まえたぞ── 捕まえたぞ──」

そのとき。夜空に満ちていた星々の光が無数の光の粒子と化し、空中に形を成してゆく。

レシク「こ、これは……!?」
村人たち「ま、まさか……!?」「おぉっ、ホルン様の結界が!?」

ハーメル「わ、わぁぁ、わああぁぁ──っっ!?」」

途端にハーメルが激昂し、その脳裏に様々な記憶がよぎってゆく。
幼い自分が鎖に手を縛られ、誰かに引きずられていく様子。女性が箱を開き、中から無数の魔物が飛び出す光景。

ハーメル「何だ……?」

地面を埋め尽くす無数の屍を乗り越えてゆく、幼い自分。巨大な水晶柱の中に閉じ込められた美女。

ハーメル「だ…… 誰だ、これは……?」

そして、その美女がハーメルの家で、幼いハーメルにバイオリンを教えている光景。

女性の声「そう。それは、あなたの道── よく聞いて、ハーメル。2つの道は、あなたにとって……」


ベース「ハッハッハ! 消えた、消えたぞ。ついに結界が消えたぞ。これで、再び世界は我々魔族のものとなるのだ」

どこからか、バイオリンの音色が響く。

ベース「むっ…… バイオリン?」


魔物を前にして、ハーメルがバイオリンを奏で始めている。

村人「ハーメル……」「ハーメル!」
魔物「舐めるなぁ!」

そこへ、オーボゥが飛来する。

オーボゥ「ハーメル! 曲を弾き続けるんじゃぁ!」
レシク「オーボゥが、しゃべった!?」

魔物の触手がハーメルへ迫る。バイオリンの音色が勢いを増してゆく。

レシク「おぉ…… こ、この曲は!?」
オーボゥ「左様、モーツァルトの『鎮魂歌(レクイエム)』」
レシク「レ、レクイエム? 死者の霊の安息を祈るミサ曲……」
オーボゥ「しかもこれは、音楽史史上最大の天才児モーツァルトが、自らの死を予感して、自分のために書いたといわれる最後の名曲!」

魔物の触手に捕われていたフルートとレシクが解き放たれる。

オーボゥ「魔物とは、もともと魔界の力が苦しむ魂を召喚し、人間界に甦らせたもの。そしてレクイエムとは、死者の霊を慰めるためのもの。それゆえ、魔物の魂は安らぎを得て、その存在を自らかき消してしまう!」

触手がみるみる消滅してゆき、その中にいた、ハーメルたちに救われたあの老人が地面に投げ出される。


ベース「レクイエム…… フッ、気のせいか。が、ちょうどいい。まさしく人間世界への、鎮魂歌(ちんこんか)よ」
ホルン「いいえ。これこそは祝福の曲。そう、祝福してくれているのです。これから起こる戦いの中、世界の運命を左右する『パンドラの箱』! それを守る、5つの希望の誕生を……」


虫の息の老人に、フルートたちが駆け寄る。

老人「フルート姫…… スフォルツェンドへ…… は、母上、女王陛下がお待ちです……」

老人が事切れる。

フルート「女王陛下……? お母さん……?」


女性の声「2つの道は、あなたの道──」


(続く)

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最終更新:2014年08月04日 18:17