バイクルが、とある派出所を訪ねている。
バイクル「それじゃあ、また何かあったら連絡してちょよ」
巡査「ご苦労様です!」
バイクル「よう降る雨だわ……」
雨の中、1人の女性が傘もささずに、びしょ濡れで佇んでいる。
バイクル「あっ! ありゃ、あかんわ。かわいそうに。よし! ちょっと傘、借りるでね」
巡査「どうぞ」
バイクルが派出所の傘を借り、女性のもとへ駆け寄り、傘を差しかける。
バイクル「あ、あの、これ。良かったら使ってちょうだい。風邪ひいちまうわ。これ、この派出所の傘だけど、持ってってちょうだいや」
女性「すみません……」
女性が傘を受け取り、その手がかすかにバイクルの手に触れる。
女性「すぐに、返しに来ますから。お借りします」
女性が笑顔を見せ、雨の中を駆け去っていく。
バイクル「わぁ~! 素敵な人だがね~」
バイクルは、女性の手が触れた自分の手を見つめる──
東都化学中央研究所。
所長の高山が、車に乗り込もうとしている。
所員「高山所長、お電話です」
高山が研究所の方へ戻ると、途端、車が大爆発。
所員「所長、どうしたんです!?」
高山「わからん! いきなり爆発したんだ!」
竜馬たちウインスペクターが、研究所の捜査にあたる。
竜馬「本部長!」
正木「使われたのは、特殊な爆弾だ。この研究所で開発されたばかりのジェット燃料らしい」
純子「でも一体、誰が?」
正木「桐本光男。先日まで、ここに勤めていた男だ。問題のジェット燃料は、この桐本が開発したものだ」
竜馬「同機はあるんですか?」
正木「怨恨だろう。狙われた高山所長は、この桐本の研究を、自分の研究として発表したらしい」
竜馬「研究を横取りされたことへの復讐?」
正木「恐らくな」
バイクル「まぁ、悔しい気持ちもわからんこともないけど、でも許せんがね!」
正木「その通りだ。とにかく、何としてもこの桐本を捜し出すんだ!」
一同「了解!」
その夜。
犯人の桐本光男は、アジトに潜んでいる。
桐本「高山の悪魔め。今度こそ、必ず!」
そこへ竜馬たち、ウインスペクターが踏み込んで来る。
竜馬「特警ウインスペクターだ! 桐本光男、殺人未遂の容疑で逮捕する!」
桐本がランプを投げつけて部屋を火の海にし、部屋から飛び出す。しかし、バイクルが退路を塞ぐ。
バイクル「待て、爆弾男! このバイクルが逃さんでね!」
桐本「まだ、まだ捕まるわけにはいかないんだ!」
桐本が爆弾を投げつけ、バイクルが爆炎に包まれる。
バイクル「わぁ──っ!」
ウォルター「バイクル!?」
逃げようとする桐本を、竜馬が取り押える。
バイクルは、煙を吹いて倒れている。
ウォルター「バイクル、バイクル! 隊長!」
竜馬「バイクル、大丈夫か!?」
バイクル「もう、駄目だわ……」
ウインスペクター本部。
バイクルは、メカニックの野々山の修理を受ける。
バイクル「はぁ…… 素敵な人だがね……」
野々山「バイクル、しっかりしろよ。本部長、修理は終わったんですが、様子がおかしいんです」
正木「おかしい?」
野々山「幻覚が見えるらしいんです」
竜馬「幻覚?」
バイクル「しとしと、しとしと、雨が降っとるがね……」
バイクルの脳裏に浮かぶ映像。
雨の中に佇むバイクルに、冒頭の女性が、笑顔で傘を差しかける。
バイクル「あの子はわしに、黙って傘を差しかけてくれるんだわ…… それからわしらは、ずっとずっと、どこまでも遠いところに歩いて行くんだわ…… わし、恋する男になりました……」
純子「バイクルが、恋を?」
デミタス「そんなぁ!? そんな、馬鹿な!」
正木「しかし、ロボットに幻覚症状が現れるなんて、聞いたことがないな」
野々山「恐らく、爆発のショックで認識回路に障害が。それで、記憶に残っていた女性のイメージを膨らませてしまったのでは?」
正木「修理はできないのか?」
野々山「はい、あとは自然に回復するのを待つしか」
正木「そうか……」
竜馬「バイクル、目を覚ませよ!」
本部のスーパーコンピューター・マドックスが警報を鳴らす。
マドックス『緊急連絡です! 高山所長が爆弾を投げつけられ、負傷しました!』
竜馬「また爆弾!?」
純子「それで、高山さんは?」
マドックス『幸い軽傷です。現在、救急病院に収容されています』
正木「事件はまだ、終わっていなかった! 桐本には、共犯者がいたのかもしれん」
竜馬「そんな!? いくら取り調べても、桐本の単独犯行だと」
正木「もう一度、桐本の周囲を洗い直すんだ」
一同「はい!」
バイクル「ちょ、ちょっと待っちょよ。隊長、わしも行くがね!」
竜馬「バイクル! 大丈夫なのか?」
野々山「時々幻覚が見える以外は、基本的には問題ありません」
正木「よし、出動!」
一同「了解!」
竜馬たち一同は、捜査を再開する。
竜馬「桐本に共犯者がいたなんて…… 一体、誰なんだ?」
竜馬と純子が、桐本の住んでいたアパートを訪ねる。
大家「桐本さんを訪ねてくる友達なんて、いなかったみたいですよ」
竜馬「そうですか」
大家「でも時々、妹さんが訪ねて来てましたよ」
竜馬「妹?」
大家「えぇ。これが妹さんですよ。優しい娘さんでねぇ」
大家が、花屋で働く妹の写真を示す。
竜馬「妹がいたのか…… 細田生花店?」
竜馬たちは、その花屋を訪ねる。
店員「真弓ちゃんはですね、昨日突然、辞めちゃったんですよ」
竜馬「辞めた?」
純子「それで今、どこに住んでるんですか?」
店員「裏のアパートだったんだけど、引っ越しましたよ。あ、そうだ。これ、彼女の忘れ物なんですけどね」
忘れ物は文庫本。
高山所長の写真が挟まっており、ペンで「悪魔」と書かれている。
竜馬「悪魔? ……病院だ! 高山さんが危ない!」
一同にウォルターとバイクルも合流し、高山のいる救急病院へ急行する。
バイクル「隊長、本当だがね? 桐本の妹が高山所長を狙ってるっちゅうのは?」
竜馬「間違いないだろう、共犯者は妹だ。この病院に爆弾を仕掛けている可能性がある。調べるんだ」
一同「了解!」「はい!」
バイクル「よぉし、がんばったるでね!」
竜馬「バイクルはここに残って、見張りを頼む」
バイクル「な、なんでですか!?」
竜馬「とにかく、ここにいてくれ!」
バイクル「えぇ……?」
デミタス「お前はまだ、半病人だからな」
バイクル「は、半病人!?」
デミタス「そうそう。へへっ、仲良くしようね、ウォルター」
ウォルター「こら! 調子がいいぞ、デミタス」
竜馬「よし、行くぞ!」
バイクル「も、もう! 勝手にしてちょ!」
バイクルを玄関に残し、竜馬たちは病院内を、そして高山の病室を調査する。
高山「君たち、本当なのかね? 犯人がこんなところまで襲ってくるというのは」
竜馬「その可能性があるということです」
純子「竜馬さん!」
見舞いの果物かごの中に、時限爆弾が仕掛けられている。
竜馬「やっぱり!」
高山「爆弾だぁ!」
夫人たち「きゃあっ!」
高山「わしを置いて逃げるなぁ!」
高山や見舞いの家族たちが逃げ出す。すんでのところで竜馬が信管を抜き取り、爆破は阻止される。
窓の外を見ると、部屋の方を睨みつける真弓の姿。竜馬の視線に気づき、駆け去る。
竜馬「あれは!? バイクル、桐本真弓がそっちへ行った! ブルーのワンピースを着ている!」
バイクル「了解!」
真弓の退路を、バイクルが塞ぐ。
バイクル「待て! 逃がさへんで!」
真弓「あっ!?」
バイクル「あぁっ……!?」
桐本真弓── それは、あの雨の日にバイクルが出会った女性であった。
真弓「あのときの!?」
バイクル「おみゃあさんが、桐本真弓!? そんな……!? そんなバカな!?」
バイクルが動揺している隙に、真弓が逃げ去る。
そこへ竜馬たちが駆けつける。
バイクル「あぁっ、あの人が…… あの人が、桐本真弓…… そんな、あの人が……」
竜馬「何やってるんだ、バイクル!?」
純子「逃げられたの!?」
バイクル「あの人が、桐本真弓……」
竜馬「バイクル?」
バイクル「わしには、わしには彼女は捕まえられへんわ……」
純子「……どういう意味?」
竜馬「どういうことなんだ、バイクル?」
バイクル「捕まえられへん、捕まえられへんわ……」
ウインスペクター本部。
正木「バイクルが犯人を逃がした!? どういうことなんだ?」
竜馬「例の、幻覚症状のせいです。偶然にも桐本真弓が、バイクルの幻の恋人だったんです」
正木「何が幻の恋人だ、そんな理由で」
純子「でも、バイクルにとっては……」
正木「みすみす犯人を逃がす刑事がどこにいるんだ!?」
雨の公園で、バイクルが項垂れている。
バイクル「わし、このままじゃ刑事失格だわ…… 何とかせにゃ、何とか」
バイクルの脳裏に浮かぶ映像。 バイクルと真弓が雨の中、一つの傘で歩いている。
バイクル「あの、わし…… わし、君とは一緒になれんがね」 真弓「えっ?」 バイクル「何も、何も聞かんでちょよ。何も……」 |
バイクルの頬に雨水が垂れ、あたかも涙のように見える。
純子「バイクル、泣いてるみたい……」
ウォルター「ロボットにも、泣きたいときはあります。この雨が、バイクルの涙かもしれません」
再び、バイクルの脳裏の映像。 バイクルが真弓に別れを告げている。
バイクル「もう、さよならだがね! さよなら、さよなら!」 真弓「待って、待ってぇ!」 |
やがて雨がやみ、空に虹が架かる。
バイクル「あっ、虹だがね!」
純子「わぁ、きれい……」
バイクル「あれっ? みんな、ずっとそこにおりゃった?」
竜馬「いや。今、来たんだ。なぁ?」
純子「え、えぇ」
バイクル「あっ、そう? 恥しいとこ見られんで良かったわぁ。隊長、すべて吹っ切れたわ! 幻の彼女は、今の雨と一緒に消えたがね!」
竜馬「バイクル……! ハハッ!」
そこへ、正木本部長から通信が入る。
竜馬「こちら、香川です」
正木「桐本真弓が高山所長の娘さんを拉致して、芝浦の操車場へ逃げ込んだ!」
竜馬「何ですって!?」
バイクル「彼女が!?」
正木「すぐに急行してくれ!」
竜馬「了解!」
真弓は高山の娘・久美子を拉致して操車場に潜み、警官隊に包囲されている。
警官「桐本真弓、おとなしくしなさい!」
久美子「助けてぇ!」
高山「久美子、久美子ぉ!」
真弓が警官隊や高山に爆弾を投げつけ、爆炎が上がる。
高山「娘を助けてくれぇ! 早く!」
正木本部長や竜馬たち、ウインスペクターが到着する。
竜馬「本部長!」
警官「ご苦労様です! 近づこうとすると爆弾を投げつけてくるもんで、手も足も出せんのですよ」
久美子「助けてぇ!」
正木「真弓は、何か要求してるんですか?」
高山「わしの命だ。わしに、ここで自殺しろと言ってるんだ! 娘は大切だ。でも、わしだって死にたかない…… 冗談じゃない!」
警官「本部長、あの中には大量のガソリンがあるそうです」
正木「何っ!? 桐本真弓、人質を釈放するんだ! その中には爆発物がある! 引火したら死んでしまうぞ!」
真弓「私は、私は死んでも構わない! ただ、その高山が許せない! 兄の気持ちを踏みにじった高山が許せない!」
再び真弓が爆弾を放り、爆炎が上がる。
正木「桐本! ……竜馬!」
竜馬「はい。行くぞ!」
一同「はい!」
正木「バイクルは待て。お前はここで待機だ」
バイクル「えぇっ!?」
竜馬「SPカード・イン!」
『着化!』
竜馬が特殊強化服クラステクターに身を包み、ファイヤーとなる。
バイクル「本部長、わしにも行かしてください!」
正木「お前には真弓の逮捕は無理だ」
バイクル「そんな…… 無理じゃないがね! 確かに一度は逃がしてしまったけど、でも、だからこそわし、わし、この手で真弓を捕まえんと…… わかってほしいがね、本部長!」
正木「……」
バイクル「本部長!」
正木「失敗は許されんぞ」
バイクル「はい! ありがとうございます、本部長!」
真弓は久美子を捕えたまま、施設の奥へと駆け込んでゆく。
久美子「助けて、助けてぇ!」
真弓「叫んでも無駄よ! あなたのお父さんは、自分のことしか考えられない悪魔なのよ!」
ファイヤーの愛車ファイヤースコードが突入してくる。
真弓が爆弾を投げつけるが、ファイヤースコードは爆炎をものともせずに突き進む。
さらにウォルターも駆けつけ、ファイヤーと共に真弓を挟み撃ちにし、久美子を救う。
純子「ファイヤー! さぁ、こっち!」
純子が久美子を引き受け、ファイヤーとウォルターは、逃走する真弓を追う。
真弓の前方に、バイクルが立ち塞がる。
突如、爆発の衝撃で鉄骨が倒れて来る。
バイクル「あぁっ、危ない!」
バイクルがとっさに真弓をかばい、自ら鉄骨の下敷きとなる。
ファイヤー「バイクル!?」
真弓が逃げ出す。
バイクルがどうにか、鉄骨の下から抜け出す。
バイクル「隊長! あの人は、わしに任してください!」
ファイヤー「……わかった。ウォルター、消火だ!」「ケミカルディスチャージャー!」」
ウォルター「マルチパック・ファイヤーバージョン!」
ファイヤーとウォルターは消火にあたり、バイクルは単身、真弓を追う。
やがて真弓は、川岸に追いつめられる。
バイクル「桐本真弓、ここまでだがね!」
真弓「……」
バイクル「もう、観念しや。わしにも、兄さんの研究を横取りされた、あんたの悔しさはよぅわかる。しかし……」
真弓「兄さんも私も、そんなことが悔しくて高山を狙ったんじゃない!」
バイクル「えっ?」
真弓「兄さんは、平和利用のためのジェット燃料を開発してきたのに、それをあの高山所長は、強力な武器に改造して、人殺しの道具として世界中に売りつけようとしたのよ!」
バイクル「ほ、本当だがね!?」
真弓「兄さんが、あの研究にどれだけ情熱を込めてきたか…… それを、悪魔の道具に作り変えられて、どれだけ悔しかったか…… わかるわけないわよ! ロボットに!」
バイクル「わ、わし、ロボットだけど、その気持ちはよぅわかるわ」
真弓「嘘つかないで!」
バイクル「嘘じゃあらせんがね! わしには、あんたは本当は優しい人だということも、わかっとるわ」
バイクルは、初めて真弓に出逢ったときの、彼女の笑顔を想う。
バイクル「でもわし、やっぱりあんたを逮捕せにゃならん。刑事だから!」
真弓「……」
正木本部長や竜馬たち一同も駆けつける。
バイクル「わし…… わし、ロボット刑事なんかに生れてこなきゃ良かったと今、思っとるわ…… でも、そうやって生まれてきてしまったもんは、仕方があらせんわ。わし、あんたと、こんなふうに会いたくなかった! こんなに悲しい、辛い思いはしたくなかったがね!」
真弓「……」
バイクル「あんたと、もっともっと…… さよなら……」
真弓「……さよなら」
バイクル「桐本真弓! 爆破並びに誘拐容疑で逮捕する! ハンドワッパー!」
バイクルが真弓に手錠をかける。
──突如、バイクルの全身に火花が飛び散る。
バイクル「う、うぅっ!」
竜馬「バイクル!?」
バイクルは、体中から煙を吹き上げてふらつく。
竜馬「バイクル、大丈夫か!?」
バイクル「ちと、回路が…… オーバーヒートしたらしいですわ」
正木本部長が、真弓を連行する。
真弓「あのロボット、どうして突然?」
正木「人間以上に、人間らしい心を持ったんだ」
真弓「えっ……?」
バイクルが、わなわなと岩場に手をつく。
雫がポタポタと落ちる。
その目からは大量のオイルが、まるで涙の滴のように、次々に流れ落ちている。
バイクル「なんでかわかりゃせんが、流れてくる…… 涙が、流れてくるがね…… うっ、うぅっ……」
その様子に、一同が言葉を失う。
竜馬「君のために泣いたロボットがいたことを、忘れないでほしい」
真弓「私のために、泣かないはずのロボットが、泣いてくれた…… 私のために」
バイクルの姿を見つめる真弓の目にも、次第に涙が滲む。
バイクル「止まらんがね…… 涙が止まらんがね……」
ロボット刑事として生まれ、 ロボット刑事として生きるバイクル。 悲しみを乗り越え、立ち直れ。 それが、ウインスペクターみんなの願いだ。 甦れ、バイクル!
|
最終更新:2018年07月25日 08:05