特警ウインスペクターの第25話

バイクルが、とある派出所を訪ねている。

バイクル「それじゃあ、また何かあったら連絡してちょよ」
巡査「ご苦労様です!」
バイクル「よう降る雨だわ……」

雨の中、1人の女性が傘もささずに、びしょ濡れで佇んでいる。

バイクル「あっ! ありゃ、あかんわ。かわいそうに。よし! ちょっと傘、借りるでね」
巡査「どうぞ」

バイクルが派出所の傘を借り、女性のもとへ駆け寄り、傘を差しかける。

バイクル「あ、あの、これ。良かったら使ってちょうだい。風邪ひいちまうわ。これ、この派出所の傘だけど、持ってってちょうだいや」
女性「すみません……」

女性が傘を受け取り、その手がかすかにバイクルの手に触れる。

女性「すぐに、返しに来ますから。お借りします」

女性が笑顔を見せ、雨の中を駆け去っていく。

バイクル「わぁ~! 素敵な人だがね~」

バイクルは、女性の手が触れた自分の手を見つめる──



雨に泣くロボット


東都化学中央研究所。
所長の高山が、車に乗り込もうとしている。

所員「高山所長、お電話です」

高山が研究所の方へ戻ると、途端、車が大爆発。

所員「所長、どうしたんです!?」
高山「わからん! いきなり爆発したんだ!」


竜馬たちウインスペクターが、研究所の捜査にあたる。

竜馬「本部長!」
正木「使われたのは、特殊な爆弾だ。この研究所で開発されたばかりのジェット燃料らしい」
純子「でも一体、誰が?」
正木「桐本光男。先日まで、ここに勤めていた男だ。問題のジェット燃料は、この桐本が開発したものだ」
竜馬「同機はあるんですか?」
正木「怨恨だろう。狙われた高山所長は、この桐本の研究を、自分の研究として発表したらしい」
竜馬「研究を横取りされたことへの復讐?」
正木「恐らくな」
バイクル「まぁ、悔しい気持ちもわからんこともないけど、でも許せんがね!」
正木「その通りだ。とにかく、何としてもこの桐本を捜し出すんだ!」
一同「了解!」


その夜。
犯人の桐本光男は、アジトに潜んでいる。

桐本「高山の悪魔め。今度こそ、必ず!」

そこへ竜馬たち、ウインスペクターが踏み込んで来る。

竜馬「特警ウインスペクターだ! 桐本光男、殺人未遂の容疑で逮捕する!」

桐本がランプを投げつけて部屋を火の海にし、部屋から飛び出す。しかし、バイクルが退路を塞ぐ。

バイクル「待て、爆弾男! このバイクルが逃さんでね!」
桐本「まだ、まだ捕まるわけにはいかないんだ!」

桐本が爆弾を投げつけ、バイクルが爆炎に包まれる。

バイクル「わぁ──っ!」
ウォルター「バイクル!?」

逃げようとする桐本を、竜馬が取り押える。
バイクルは、煙を吹いて倒れている。

ウォルター「バイクル、バイクル! 隊長!」
竜馬「バイクル、大丈夫か!?」
バイクル「もう、駄目だわ……」


ウインスペクター本部。
バイクルは、メカニックの野々山の修理を受ける。

バイクル「はぁ…… 素敵な人だがね……」
野々山「バイクル、しっかりしろよ。本部長、修理は終わったんですが、様子がおかしいんです」
正木「おかしい?」
野々山「幻覚が見えるらしいんです」
竜馬「幻覚?」
バイクル「しとしと、しとしと、雨が降っとるがね……」

バイクルの脳裏に浮かぶ映像。
雨の中に佇むバイクルに、冒頭の女性が、笑顔で傘を差しかける。

バイクル「あの子はわしに、黙って傘を差しかけてくれるんだわ…… それからわしらは、ずっとずっと、どこまでも遠いところに歩いて行くんだわ…… わし、恋する男になりました……」

純子「バイクルが、恋を?」
デミタス「そんなぁ!? そんな、馬鹿な!」
正木「しかし、ロボットに幻覚症状が現れるなんて、聞いたことがないな」
野々山「恐らく、爆発のショックで認識回路に障害が。それで、記憶に残っていた女性のイメージを膨らませてしまったのでは?」
正木「修理はできないのか?」
野々山「はい、あとは自然に回復するのを待つしか」
正木「そうか……」
竜馬「バイクル、目を覚ませよ!」

本部のスーパーコンピューター・マドックスが警報を鳴らす。

マドックス『緊急連絡です! 高山所長が爆弾を投げつけられ、負傷しました!』
竜馬「また爆弾!?」
純子「それで、高山さんは?」
マドックス『幸い軽傷です。現在、救急病院に収容されています』
正木「事件はまだ、終わっていなかった! 桐本には、共犯者がいたのかもしれん」
竜馬「そんな!? いくら取り調べても、桐本の単独犯行だと」
正木「もう一度、桐本の周囲を洗い直すんだ」
一同「はい!」
バイクル「ちょ、ちょっと待っちょよ。隊長、わしも行くがね!」
竜馬「バイクル! 大丈夫なのか?」
野々山「時々幻覚が見える以外は、基本的には問題ありません」
正木「よし、出動!」
一同「了解!」


竜馬たち一同は、捜査を再開する。

竜馬「桐本に共犯者がいたなんて…… 一体、誰なんだ?」


竜馬と純子が、桐本の住んでいたアパートを訪ねる。

大家「桐本さんを訪ねてくる友達なんて、いなかったみたいですよ」
竜馬「そうですか」
大家「でも時々、妹さんが訪ねて来てましたよ」
竜馬「妹?」
大家「えぇ。これが妹さんですよ。優しい娘さんでねぇ」

大家が、花屋で働く妹の写真を示す。

竜馬「妹がいたのか…… 細田生花店?」


竜馬たちは、その花屋を訪ねる。

店員「真弓ちゃんはですね、昨日突然、辞めちゃったんですよ」
竜馬「辞めた?」
純子「それで今、どこに住んでるんですか?」
店員「裏のアパートだったんだけど、引っ越しましたよ。あ、そうだ。これ、彼女の忘れ物なんですけどね」

忘れ物は文庫本。
高山所長の写真が挟まっており、ペンで「悪魔」と書かれている。

竜馬「悪魔? ……病院だ! 高山さんが危ない!」


一同にウォルターとバイクルも合流し、高山のいる救急病院へ急行する。

バイクル「隊長、本当だがね? 桐本の妹が高山所長を狙ってるっちゅうのは?」
竜馬「間違いないだろう、共犯者は妹だ。この病院に爆弾を仕掛けている可能性がある。調べるんだ」
一同「了解!」「はい!」
バイクル「よぉし、がんばったるでね!」
竜馬「バイクルはここに残って、見張りを頼む」
バイクル「な、なんでですか!?」
竜馬「とにかく、ここにいてくれ!」
バイクル「えぇ……?」
デミタス「お前はまだ、半病人だからな」
バイクル「は、半病人!?」
デミタス「そうそう。へへっ、仲良くしようね、ウォルター」
ウォルター「こら! 調子がいいぞ、デミタス」
竜馬「よし、行くぞ!」
バイクル「も、もう! 勝手にしてちょ!」

バイクルを玄関に残し、竜馬たちは病院内を、そして高山の病室を調査する。

高山「君たち、本当なのかね? 犯人がこんなところまで襲ってくるというのは」
竜馬「その可能性があるということです」
純子「竜馬さん!」

見舞いの果物かごの中に、時限爆弾が仕掛けられている。

竜馬「やっぱり!」
高山「爆弾だぁ!」
夫人たち「きゃあっ!」
高山「わしを置いて逃げるなぁ!」

高山や見舞いの家族たちが逃げ出す。すんでのところで竜馬が信管を抜き取り、爆破は阻止される。
窓の外を見ると、部屋の方を睨みつける真弓の姿。竜馬の視線に気づき、駆け去る。

竜馬「あれは!? バイクル、桐本真弓がそっちへ行った! ブルーのワンピースを着ている!」
バイクル「了解!」

真弓の退路を、バイクルが塞ぐ。

バイクル「待て! 逃がさへんで!」
真弓「あっ!?」
バイクル「あぁっ……!?」

桐本真弓── それは、あの雨の日にバイクルが出会った女性であった。

真弓「あのときの!?」
バイクル「おみゃあさんが、桐本真弓!? そんな……!? そんなバカな!?」

バイクルが動揺している隙に、真弓が逃げ去る。
そこへ竜馬たちが駆けつける。

バイクル「あぁっ、あの人が…… あの人が、桐本真弓…… そんな、あの人が……」
竜馬「何やってるんだ、バイクル!?」
純子「逃げられたの!?」
バイクル「あの人が、桐本真弓……」
竜馬「バイクル?」
バイクル「わしには、わしには彼女は捕まえられへんわ……」
純子「……どういう意味?」
竜馬「どういうことなんだ、バイクル?」
バイクル「捕まえられへん、捕まえられへんわ……」


ウインスペクター本部。

正木「バイクルが犯人を逃がした!? どういうことなんだ?」
竜馬「例の、幻覚症状のせいです。偶然にも桐本真弓が、バイクルの幻の恋人だったんです」
正木「何が幻の恋人だ、そんな理由で」
純子「でも、バイクルにとっては……」
正木「みすみす犯人を逃がす刑事がどこにいるんだ!?」


雨の公園で、バイクルが項垂れている。

バイクル「わし、このままじゃ刑事失格だわ…… 何とかせにゃ、何とか」


バイクルの脳裏に浮かぶ映像。
バイクルと真弓が雨の中、一つの傘で歩いている。

バイクル「あの、わし…… わし、君とは一緒になれんがね」
真弓「えっ?」
バイクル「何も、何も聞かんでちょよ。何も……」

バイクルの頬に雨水が垂れ、あたかも涙のように見える。

純子「バイクル、泣いてるみたい……」
ウォルター「ロボットにも、泣きたいときはあります。この雨が、バイクルの涙かもしれません」

再び、バイクルの脳裏の映像。
バイクルが真弓に別れを告げている。

バイクル「もう、さよならだがね! さよなら、さよなら!」
真弓「待って、待ってぇ!」

やがて雨がやみ、空に虹が架かる。

バイクル「あっ、虹だがね!」
純子「わぁ、きれい……」
バイクル「あれっ? みんな、ずっとそこにおりゃった?」
竜馬「いや。今、来たんだ。なぁ?」
純子「え、えぇ」
バイクル「あっ、そう? 恥しいとこ見られんで良かったわぁ。隊長、すべて吹っ切れたわ! 幻の彼女は、今の雨と一緒に消えたがね!」
竜馬「バイクル……! ハハッ!」

そこへ、正木本部長から通信が入る。

竜馬「こちら、香川です」
正木「桐本真弓が高山所長の娘さんを拉致して、芝浦の操車場へ逃げ込んだ!」
竜馬「何ですって!?」
バイクル「彼女が!?」
正木「すぐに急行してくれ!」
竜馬「了解!」


真弓は高山の娘・久美子を拉致して操車場に潜み、警官隊に包囲されている。

警官「桐本真弓、おとなしくしなさい!」
久美子「助けてぇ!」
高山「久美子、久美子ぉ!」

真弓が警官隊や高山に爆弾を投げつけ、爆炎が上がる。

高山「娘を助けてくれぇ! 早く!」

正木本部長や竜馬たち、ウインスペクターが到着する。

竜馬「本部長!」
警官「ご苦労様です! 近づこうとすると爆弾を投げつけてくるもんで、手も足も出せんのですよ」
久美子「助けてぇ!」
正木「真弓は、何か要求してるんですか?」
高山「わしの命だ。わしに、ここで自殺しろと言ってるんだ! 娘は大切だ。でも、わしだって死にたかない…… 冗談じゃない!」
警官「本部長、あの中には大量のガソリンがあるそうです」
正木「何っ!? 桐本真弓、人質を釈放するんだ! その中には爆発物がある! 引火したら死んでしまうぞ!」
真弓「私は、私は死んでも構わない! ただ、その高山が許せない! 兄の気持ちを踏みにじった高山が許せない!」

再び真弓が爆弾を放り、爆炎が上がる。

正木「桐本! ……竜馬!」
竜馬「はい。行くぞ!」
一同「はい!」
正木「バイクルは待て。お前はここで待機だ」
バイクル「えぇっ!?」

竜馬「SPカード・イン!」

『着化!』

竜馬が特殊強化服クラステクターに身を包み、ファイヤーとなる。

バイクル「本部長、わしにも行かしてください!」
正木「お前には真弓の逮捕は無理だ」
バイクル「そんな…… 無理じゃないがね! 確かに一度は逃がしてしまったけど、でも、だからこそわし、わし、この手で真弓を捕まえんと…… わかってほしいがね、本部長!」
正木「……」
バイクル「本部長!」
正木「失敗は許されんぞ」
バイクル「はい! ありがとうございます、本部長!」


真弓は久美子を捕えたまま、施設の奥へと駆け込んでゆく。

久美子「助けて、助けてぇ!」
真弓「叫んでも無駄よ! あなたのお父さんは、自分のことしか考えられない悪魔なのよ!」

ファイヤーの愛車ファイヤースコードが突入してくる。
真弓が爆弾を投げつけるが、ファイヤースコードは爆炎をものともせずに突き進む。
さらにウォルターも駆けつけ、ファイヤーと共に真弓を挟み撃ちにし、久美子を救う。

純子「ファイヤー! さぁ、こっち!」

純子が久美子を引き受け、ファイヤーとウォルターは、逃走する真弓を追う。
真弓の前方に、バイクルが立ち塞がる。
突如、爆発の衝撃で鉄骨が倒れて来る。

バイクル「あぁっ、危ない!」

バイクルがとっさに真弓をかばい、自ら鉄骨の下敷きとなる。

ファイヤー「バイクル!?」

真弓が逃げ出す。
バイクルがどうにか、鉄骨の下から抜け出す。

バイクル「隊長! あの人は、わしに任してください!」
ファイヤー「……わかった。ウォルター、消火だ!」「ケミカルディスチャージャー!」」
ウォルター「マルチパック・ファイヤーバージョン!」

ファイヤーとウォルターは消火にあたり、バイクルは単身、真弓を追う。
やがて真弓は、川岸に追いつめられる。

バイクル「桐本真弓、ここまでだがね!」
真弓「……」
バイクル「もう、観念しや。わしにも、兄さんの研究を横取りされた、あんたの悔しさはよぅわかる。しかし……」
真弓「兄さんも私も、そんなことが悔しくて高山を狙ったんじゃない!」
バイクル「えっ?」
真弓「兄さんは、平和利用のためのジェット燃料を開発してきたのに、それをあの高山所長は、強力な武器に改造して、人殺しの道具として世界中に売りつけようとしたのよ!」
バイクル「ほ、本当だがね!?」
真弓「兄さんが、あの研究にどれだけ情熱を込めてきたか…… それを、悪魔の道具に作り変えられて、どれだけ悔しかったか…… わかるわけないわよ! ロボットに!」
バイクル「わ、わし、ロボットだけど、その気持ちはよぅわかるわ」
真弓「嘘つかないで!」
バイクル「嘘じゃあらせんがね! わしには、あんたは本当は優しい人だということも、わかっとるわ」

バイクルは、初めて真弓に出逢ったときの、彼女の笑顔を想う。

バイクル「でもわし、やっぱりあんたを逮捕せにゃならん。刑事だから!」
真弓「……」

正木本部長や竜馬たち一同も駆けつける。

バイクル「わし…… わし、ロボット刑事なんかに生れてこなきゃ良かったと今、思っとるわ…… でも、そうやって生まれてきてしまったもんは、仕方があらせんわ。わし、あんたと、こんなふうに会いたくなかった! こんなに悲しい、辛い思いはしたくなかったがね!」
真弓「……」
バイクル「あんたと、もっともっと…… さよなら……」
真弓「……さよなら」
バイクル「桐本真弓! 爆破並びに誘拐容疑で逮捕する! ハンドワッパー!」

バイクルが真弓に手錠をかける。
──突如、バイクルの全身に火花が飛び散る。

バイクル「う、うぅっ!」
竜馬「バイクル!?」

バイクルは、体中から煙を吹き上げてふらつく。

竜馬「バイクル、大丈夫か!?」
バイクル「ちと、回路が…… オーバーヒートしたらしいですわ」

正木本部長が、真弓を連行する。

真弓「あのロボット、どうして突然?」
正木「人間以上に、人間らしい心を持ったんだ」
真弓「えっ……?」

バイクルが、わなわなと岩場に手をつく。
雫がポタポタと落ちる。
その目からは大量のオイルが、まるで涙の滴のように、次々に流れ落ちている。

バイクル「なんでかわかりゃせんが、流れてくる…… 涙が、流れてくるがね…… うっ、うぅっ……」

その様子に、一同が言葉を失う。

竜馬「君のために泣いたロボットがいたことを、忘れないでほしい」
真弓「私のために、泣かないはずのロボットが、泣いてくれた…… 私のために」

バイクルの姿を見つめる真弓の目にも、次第に涙が滲む。

バイクル「止まらんがね…… 涙が止まらんがね……」



ロボット刑事として生まれ、
ロボット刑事として生きるバイクル。
悲しみを乗り越え、立ち直れ。
それが、ウインスペクターみんなの願いだ。
甦れ、バイクル!



つづく

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最終更新:2018年07月25日 08:05