雪の降る夜の町。和人がマウンテンバイクで明日奈のいる病院に向かっていた。
和人「明日奈・・・・!」
病院の駐車場に着いた和人だが、ふらりと車から出てきた人影とすれ違い―――
和人「!?」
和人の右手から血が落ち出した。
すれ違った人―――須郷の手に握ったナイフに切られたのだ。
須郷「遅いよ、キリト君」
和人「あ、お前・・・・」
須郷「僕が風邪引いちゃったらどうするんだよ。ふふ・・・」
須郷の右眼は、周りに血管が浮き出て、血走ったものになっていた。
和人「す・・・須郷・・・」
須郷「酷いことするよね・・・キリト君、まだ痛覚が消えないよ」
和人「・・・須郷、お前はもう終わりだ。おとなしく法の裁きを受けろ」
須郷「終わり?何が?僕を欲しいって言う企業は山ほどあるんだ。そう、研究を完成させれば、僕は本物の王に・・・この世界の神になれる」
和人「お前・・・」
須郷「その前に・・・とりあえず、君は殺すよ、キリト君!」
和人は須郷のナイフの突きをかわすも、転んでしまった。
須郷「おい、立てよ!立ってみろよ!」
須郷が和人の腹を蹴りつける。
須郷「お前みたいなクズがこの僕の足を引っ張りやがって・・・・その罪に対する罰は当然、死だ。死以外、有り得ない!」
須郷がナイフを振り下ろしたが、その刃は和人の左頬をかすめ、少し前の地面に刺さった。
須郷「あれ・・・右眼がボケるんで、狙いが狂っちゃったよ」
須郷のナイフを上げたが、その手が震えだした。
須郷「クズが・・・お前なんか・・・お前なんか・・・本当の力は何も持っちゃいないんだよ!」
和人(!)
和人は、須郷の血走った右眼からALOでのオベイロンの様を思い返し――――
和人(須郷・・・お前だって・・・同じだろ・・・)
須郷「死ねぇ小僧!!」
和人「くあああっ!」
和人が須郷の両手を掴んで、ナイフを止め、もう片方の手で須郷の首を掴み、押し倒した。
そして、須郷が落としたナイフを拾い、立ち上がった。
和人「貧弱な武器だ、軽いし、リーチもない・・・・でも、お前を殺すには充分だ」
須郷「ひ・・・ひいぃ・・」
須郷が這いつくばって逃げだそうとしたが、和人に髪をつかまれ、車のドアに頭を叩き付けられた。
須郷「おわっ・・・」
和人が須郷の首筋にナイフを当てた。
和人「・・・・・」
和人は須郷のこれまでの所行を思い返す。
明日奈の病室で初めて会った時、明日奈と結婚することを語ったこと。
前回、自分をいたぶったこと。
そして、アスナを辱めようとしたこと―――――
須郷の首にナイフが食い込み、血が流れ出した。
和人「うああああ!」
須郷「ひやあぁぁぁぁ!!」
しかし、それ以上ナイフが進むことは無かった。
失禁し、崩れ落ちた須郷を放っておき、和人は病院に入っていった。
和人は明日奈の病室の前に立った。
ユイ・リーファ(ほら―――待ってるよ)
和人「・・・・!」
ユイとリーファの声に促され、和人が病室に入り、カーテンを開けたその先には――――
ナーブギアを外し、目覚めた明日奈がいた。
和人「アスナ・・・・」
明日奈「キリト君・・・・」
和人と明日奈が抱き合う。
明日奈「あ・・・・」
明日奈がキリトの左頬の傷に気づいた。
和人「ああ・・・最後の、本当に最後の戦いがさっき終わったんだ・・・終わったんだ・・・」
明日奈「ごめんね、まだ音がちゃんと聞こえないの・・・でも、分かるよ。キリト君のことが・・・終わったんだね、ようやく、ようやく君に会えた・・・」
明日奈が一旦、和人から離れた。
明日奈「初めまして。結城、明日奈です。ただいま、キリト君」
和人「桐ヶ谷、和人です・・・おかえり、アスナ・・・」
明日奈と和人が唇を合わせた。
和人が閉じていた目を開くと、
夜空に、SAOでの‘キリト‘と‘アスナ‘の幻が浮かんでいた。
キリトとアスナは手を取って、歩き出し、やがて消えた――――。
2025年5月16日 金曜日。
SAO帰還者を集めた、帰還者学級は既に開始していた。
教師「という訳でここの構文は・・・それでは今日はここまで。課題ファイル25と26を転送するので来週までにアップロードしておくこと」
授業を受けていた生徒の中には、和人もいた。
和人は、明日奈の待つ中庭の庭園に向った。
和人「お待たせ、明日奈。あー、疲れた、腹減った。」
明日奈「何だか年寄りくさいよ、キリト君」
和人「実際、この1ヶ月で5歳ぐらい年取った気分だよ。
それと・・・キリトじゃなくて、和人だぞ。ここじゃ、一応キャラネーム出すの、マナー違反だからな」
明日奈「あっ、そっか、つい・・・って、私はどうなるのよ。バレバレじゃないの」
和人「本名をキャラネームにするからだ。
まっ、この学校に通ってるのはSAO事件の被害者ばかりだから、俺のこともバレてるっぽいけど」
明日奈「ふふ」
和人「明日奈、体の調子は大丈夫か。リハビリ、まだやってるんだろ?」
明日奈「うん、やっと松葉杖無しで歩けるようになったよ。でも、まだ走ったりしちゃだめだって」
和人「そっか」
明日奈「ところで、キリト君」
和人「ん?」
明日奈「知らないの?ここ、カフェテリアから丸見えだけど」
和人「・・・・!」
明日奈「ホントにもー、うっかりやさんにはお弁当あげない」
和人「勘弁・・・」
明日奈は、持ってきたバケットの中にハンバーガーを用意していた。
明日奈「じゃーん」
和人「・・・・!」
和人「ところで、お父さんは元気?」
明日奈「うん・・・一時期は相当しょげてたけどね。
CEOやめて、半分引退したから、肩の荷の下ろし方に迷ってるんじゃないの。
そのうち、趣味でも見つければすぐ元気になるわよ」
和人「そっか・・・」
和人「あの雪の日、病院の駐車場で須郷は逮捕された」
取り調べを受ける須郷は、殺されかけた恐怖で白髪になっていた。
和人「逮捕直後は、事件を否定し、全てを茅場晶彦に背負わせようとしていた須郷だが、部下の一人が重要参考人で引っ張られた直後から、全てを自供した」
「幸いだったのが、300人の未帰還者に人体実験中の記憶が無かったことだ。
脳や精神に異常をきたした者はおらず、全員が社会復帰可能だろうとされている。
「しかし、バーチャルMMOというジャンルはこの事件で回復不能な打撃を被った。
最終的にレクトプログレスは解散、レクト本社もかなりのダメージを負った。
もちろん、ALOも運営中止に追い込まれ、その他に展開されていた5,6タイトルのバーチャルMMOも中止は免れ得ないと言われていた」
明日奈「ねえ、そういえば結局団長はどうなったの?」
和人「ああ・・・茅場は、死んでいたよ。自殺だそうだ」
明日奈「自殺・・・?」
和人「SAO世界の崩壊と同時に、自分の脳に大出力のスキャニングを行ったらしい」
明日奈「それって、自分の意識をネットにコピーしたってこと?」
和人「成功する確率は1000分の1も無いって聞いてる。でも・・・」
(俺はあの時、確かに茅場の意識と会話した・・・)
和人は前回、茅場に世界の種子を託されたことを思い返す。
キリト「これは・・・」
茅場「これは世界の種子、ザ・シードだ。芽吹けばどういうものか分かる。
その後の判断は君に託そう。消去し、忘れるのもよし。
しかし、もし君があの世界に憎しみ以外の感情を残しているのなら・・・では、私は行くよ、いつかまた会おう、キリト君」
明日奈「キリト君、キリト君ってば。今日のオフだけどさ」
和人「ああああ・・・ごめん。ぼんやりしてた」
明日奈「もう君、向こうでもこっちでも、気が抜けてる時は本当にうっかりのんびり屋さんなんだから」
明日が和人の肩に体を預けた。
校舎の食堂では、SAOにて武器屋のリズベットだった少女、篠崎里香が
いちごヨーグルトを飲みながら、和人と明日奈を覗いていた。
竜使いのシリカだった少女、綾野桂子はそんな里香が呆れた様子で見ていた。
桂子「もうリズ・・・里香さん、もうちょっと静かに飲んで下さい」
里香「だってさー、あーキリトの奴、あんなにくっついて。けしからん、学校であんな・・・」
桂子「趣味悪いですよ、覗きなんて」
里香「あーあ、あんなことなら、1ヶ月休戦協定なんて結ぶんじゃなかった」
桂子「リズさんが言い出したんじゃないですか。1ヶ月だけあの二人にラブラブさせてあげようだなんて」
里香「あんたは、今日のオフ会行くの?」
桂子「勿論ですよ」
和人と明日奈が並んで歩き、その少し後ろに直葉がいた。
和人「なあ、スグはエギルに会ったことあったっけ?」
直葉「うん、向こうで2回ぐらい一緒に狩りしたよ。おっきい人だよねー」
和人「言っとくけど、本物もあんなんだからな。心の準備しとけよ」
エギルの経営するダイシー・カフェに和人達が入った。
その中では、里香や桂子、クライン達ギルド「風林火山」の面子に、
「アインクラッド解放軍」のシンカーとユリエール、
「圏内事件」でキリト達と関わったカインズとヨルコ、
始まりの町で子供達を保護していたサーシャといった、
SAO帰還者達が集合していた。
和人「おいおい、俺達遅刻はしてないぞ・・・」
里香「ふへへー、主役は最後に登場するものですからね。あんた達には少し遅い時間を伝えたのよ。さっ、入った入った」
和人「えっ、ちょっ・・・」
和人が高台の上に立たされた。
里香「それではみなさん、ご唱和ください。せーの」
クライン達「「「「「キリト!SAOクリアおめでと―――う!!」」」」」
クライン達がクラッカーを鳴らし、「Congratulation!」と書かれた垂れ幕が下ろされた。
里香「かんぱーい!」
クライン達「「「「かんぱーい!」」」」
和人「マスター、バーボンロック」
カウンターに座った和人にエギルが飲み物を出した。
エギル「フン」
和人「何だ、ウーロン茶か」
和人の隣にクラインが座った。
クライン「エギル、俺には本物くれ」
和人「クライン、いいのかよ。この後、会社に戻るんだろ?」
クライン「残業なんて、飲まずにやってられるかの。それより・・・」
クラインは盛り上がっている女性陣の方を見る。
和人の逆隣りにシンカーが座った。
シンカー「お久しぶり」
和人「シンカーさん。そう言えばユリエールさんと入籍したそうですね。遅くなりましたが、おめでとう」
シンカー「いやまあ、まだまだ現実に慣れるのに精一杯って感じなんですけどね。
ようやく仕事も軌道に乗ってきましたし」
クライン「いやー、実にめでたい。そういえば見てますよ、新正MMOトウデイ」
シンカー「いやーお恥ずかしい。まだまだコンテンツも少なくて。
それに今のMMO事情じゃ攻略データや情報は無意味になりつつありますし」
和人「まさしく宇宙誕生の混沌って感じですもんね。エギル、どうだ。その後、‘種‘の方は」
エギル「すげーもんさ。今、ミラーサーバーがおよそ50。ダウンロード総数は10万。実際に稼働している大規模サーバーは300ってとこかな」
和人「明日奈を助けた後、俺は茅場から託された世界の種子をエギルの元に持ち込み、解析を依頼した。その結果、世界の種子は、ザ・シードという茅場の開発したフルダイブ型バーチャルMMO環境を動かすプログラムパッケージだと分かった。
「要は、そこそこ回線の太いサーバーを用意して、ザ・シードをダウンロードすれば、誰にもネット上に異世界を作れるんだ。
俺はエギルに依頼し、誰もがザ・シードを使えるよう、世界中のサーバーにアップロードしてもらった。
これによって死に絶えるはずだったバーチャルMMOは再び蘇った。アルムヘイブ・オンラインも新しい運営会社にデータが完全に受け継がれ、運営されている」
「新しく誕生した世界はアルムヘイブだけでは無かった。中小企業や個人まで、数百に及ぶ運営者が名乗りを上げ、次々にバーチャルゲームサーバーが稼働したのだ。
それらは相互に接続されるようになり、今では一つのバーチャルゲームで作ったキャラクターを他のゲーム世界にコンバートできる仕組みすら整いつつある」
和人「おい、二次会の予定は変更ないんだろうな」
エギル「ああ、今夜11時。ユグドラシルシティに集合だ」
皆が盛り上がる中、直葉は一人、壁際に座っていた。
ALO。アルムヘイブ・ケットシー領 首都フリーシア上空。
リーファは一人、夜空を飛んでいた。
リーファ「・・・・!」
リーファは月の方に昇っていくが、やがて限界高度となり、落ちて行った。
落ちて行く中、リーファは先のダイシーカフェでのオフ会を思い返していた。
キリトがリーファを受け止めた。
キリト「どこまで昇っていくか、心配したぞ。もうすぐ時間だから迎えに来たよ」
リーファ「そう、ありがと・・・ねえ、お兄・・キリト君。
ALOの運営会社が新しくなって、SAOのアバターが使えるようになったのに、
何で他の人みたいに元の姿に戻らなかったの?」
キリト「うーん・・・あの世界のキリトの役目は、もう終わったんだよ」
リーファ「・・・そっか・・・じゃあ、スプリガンのキリト君と最初に会って、冒険したのはあたしなんだ・・・ねえ、キリト君。踊ろう!」
リーファとキリトが両手を繋いだ。
リーファ「最近開発した高等テクなの!ホバリングしたまま、ゆっくり横移動するんだよ」
キリト「へー・・・」
リーファ「そうそう、上手い上手い」
リーファが小瓶を取り出して開けると、その小瓶から、光の粒子が零れ、音楽が流れ出した。
その中で、リーファとキリトが踊り続けた。
音楽が終わると、リーファが踊りを止めた。
リーファ「・・・あたし、今日はこれで帰るね」
キリト「え、なんで・・・」
リーファ「だって・・・遠すぎるよ・・・お兄ちゃんの、みんなのいる所、あたしじゃそこまで行けないよ・・・」
リーファが涙をこぼした。
キリト「スグ・・・そんなことない。行こうと思えば、どこだって行ける!」
リーファ「あ・・・・」
キリトがリーファの手を取って、世界樹の方へ飛び出した。
鐘が鳴り出すと、キリトは止まり、慣性に引っ張れたリーファを受け止めた。
キリト「来るぞ」
リーファ「え?」
キリトが月を指差した。
リーファ「月が、どうかしたの・・・?えっ・・・」
夜空に輝く月に重なるように、空から巨大な何かが降りてくる。
そう、それは――――
リーファ「まさか・・・まさか、あれは・・・」
キリト「そうだ。あれが浮遊城アインクラットだよ」
リーファ「でも・・・なんで・・・なんでここに・・・」
キリト「決着を付けるんだ。今度こそ、100層まで完璧に攻略して、あの城を征服する。
リーファ、俺、ステータスリセットして弱っちくなったから、手伝ってくれるよな」
リーファ「・・・うん!行くよ、どこまでも、一緒に!」
クライン「おーい、おせっえぞキリト」
サラマンダーのクライン、ノームのエギル、レプラコーンのリズベット、
SAOでも一緒だったフェザーリドラのピナを連れたケットシーのシリカ達4人が飛んで来た。
共にウンディーネとなったシンカーとユリエールが手を取り合って飛び、
その後ろをシルフのサーシャがおぼつかない様子で追っていた。
サクヤ達シルフのプレイヤー、アリシャ達ケットシーのプレイヤー、
ユージーン達サラマンダーのプレイヤーも来て、
レコンも手を振りながら、来た。
クライン「ほーら、おいてくぞ!」
エギル「お先!」
リズベット「ほら!」
シリカ「早く!」
クライン達がキリトとリーファの前を通り過ぎた。
ウンディーネのアスナがキリトとリーファの前で止まり、手を出した。
アスナ「さっ行こう。キリト君、リーファちゃん」
ユイ「ほら!パパ、早く!」
アスナの背中から出て来たユイがキリトの肩に乗った。
キリトはリーファとアスナの前で何かを言ったが、それは聞こえることは無く―――
キリト「よし、行こう!」
キリトもアイングラッドに向って、飛び出していった。
最終更新:2018年08月12日 00:18