舞は魔法でマジカルエミに変身して一流マジシャンになるよりも、自分の力で練習して一流を目指すことの楽しさに気づき、魔法を返す決心をした。
自宅であるクッキー店コンガールに、舞が元気よく帰って来る。
舞「ただいまぁ!」
マジック劇団「マジカラット」の主催者・中森洋輔の家。
庭先では、枯れかけた花の根元から、若い芽が顔を出している。
中森家の夕食。
マジカラット一同や将も、共に食卓を囲む。
前話でマジカラットは解散が決定し、団員の明・進・ユキ子の3人はアメリカ行きを控えている。
ボクシングで右手を傷めた将は、左手で箸を使っている。
ユキ子「将くん、食べにくそうね。フォーク持ってきてあげようか?」
将「いや、大丈夫だよ」
進「手の具合、どう?」
将「まぁまぁです」
ユキ子「進、おかわりは?」
進「あぁ、俺まだいいよ」
明「あ、俺おかわり!」
ユキ子「えぇ~、またぁ? あ、そうだ進、パスポートは?」
進「あ? あぁ、あるけど」
ユキ子「じゃあ頂戴。ビザの手続きするから」
進「あぁ……」
明「何だよ、まだ迷ってるのかよ? いい加減に決めろよ!」
ユキ子「進…… 時間がないんだから」
洋輔が食事の傍ら、片手でトランプマジックを始めている。
妻の晴子が窘める。
晴子「お爺さん、食事中ですよ」
洋輔「え? あぁ、済まんじゃった、こりゃどうも、どうも。いや実はな、子供たち相手のマジックスクールでも、やろうかと思ってな」
一同「えぇ!?」
洋輔「舞が『できたよ~』って飛び込んでくるときの顔を見てると、こっちまで嬉しくなってねぇ…… ああいう顔に囲まれてマジックができたらいいなぁ、と思ったんじゃよ」
晴子「素敵ですねぇ!」
ユキ子「マジックスクールかぁ……」
明「これだけのスペースがあるんだもん、何にもしなかったらもったいないよ」
進 (マジックスクールか……)
将 (舞が聞いたら、喜ぶだろうなぁ……)
香月家。舞の部屋で、舞とトポが談笑している。
舞「……トポ」
トポ「な、何だよ」
舞「『マジカルエミ」って、何?」
トポ「? あぁ…… 俺は鏡の妖精だからな、舞の夢を映し出すんだ。だからマジカルエミってのは、舞の夢だな」
舞「そうなんだよね。エミはさ、私の夢なんだけどね…… なんか違うんだ。トポ、魔法をありがとう…… 28日の公演で、最後にしたいんだ。いいでしょ?」
トポ「……あぁ、いいよ。がんばれよ、舞!」
舞「トポ、トポ! トポって最高!」
中森家の庭先。
将「ふぅ~、寒っ」
若い芽を出したあの花に、将が手製の風除けを作っている。
あくる日のテレビ局。
会議室に舞、洋輔、春子、小金井プロデューサー、その部下の国分寺。
小金井「暖かくなったり寒くなったり、変な天気ですなぁ」
春子「そうですねぇ。気をつけないと、こんなとき風邪なんかひいちゃうんですよね」
国分寺「あれ? ユキ子ちゃんたち、遅いですね」
舞「今日はビザの手続きとか言ってたよ」
国分寺「あ、そう……」
小金井「しかし、3人ともアメリカへ行ってしまうと、寂しくなりますなぁ」
晴子「いえ、せいせいしますよ。ね、お爺さん?」
舞「ねぇ~、早く打合せしちゃおうよ」
洋輔「あぁ、エミが来たらな」
舞「いっけねぇ~!」
晴子「どうしたんだい? まさか、連絡してないんじゃないだろうね?」
舞「う、うん…… ちょっと見てくるね」
コンガールでは、舞の両親である順一・陽子と共に、ユキ子たちがお茶を楽しんでいる。
順一「みんなアメリカ行っちゃうと、寂しくなるねぇ」
陽子「いいわねぇ、私も行きたいわぁ」
進「僕は行きませんよ!」
一同「えぇっ!?」
陽子「せっかくのチャンスじゃない!」
順一「どうして行かないんだい?」
進「俺、先生と一緒にマジックスクールやろうと思うんだ」
明「どうしてだよぉ?」
ユキ子「一緒に行こうよ」
進「決めたんだ!」
ユキ子「……そう」
進「明やユキ子と別れるのは寂しいけどさ、俺、マジックスクールやりたいんだ!」
順一「偉いっ! そういうやり方もあるよなぁ…… うむ」
進「ははっ、僕に合ってると思うんですよ」
ユキ子「……そうだね、進らしいかもしれないね」
明「がんばれっ!」
進「28日のマジカラット最後の公演、がんばれ──っ!」
一同「お──ぅ!」
テレビ局。
編集局室からエミが飛び出し、小金井と国分寺が慌てて追う。
エミ「お疲れ様──!」
国分寺「ちょ、ちょっと!」
小金井「エミちゃん!」
エミ「28日、行きますから!」
国分寺「エミちゃぁん!」
小金井「はぁ、はぁ…… 国分寺、頼んだ! 心臓が…… こりゃ、運動不足だな……」
受付。国分寺がエミを見失っている。
国分寺「マジカルエミ、こっちへ来なかった?」
受付「さぁ……」
変身を解いた舞が、何食わぬ顔で通りかかる。
国分寺「あぁ、舞ちゃん。エミちゃん、知らないかな」
舞「知らないよ?」
国分寺「あ、そ…… ありがと!」
朝。家を飛び出した舞が、庭の花にかけられた風除けに気づく。
将「舞、行くぞ!」
舞「あれ、将が作ってくれたの?」
将「あ? あぁ」
舞「結構いいとこあるじゃん?」
将「はは、まぁな」
舞「将…… 右手、まだ痛いの?」
将「いや、もうほとんど痛まないよ」
舞「もうこれに懲りて、ボクシングなんてやめるんだぞ!」
将「……や・め・な・い・よ」
舞「え? どうして?」
将「ははっ、さぁな……」
学校の教室。
授業中の舞が、机の上でこっそり、ボールマジックの練習をしている。
先生「さてっと…… 香月さん、この問題解いて下さい。香月さん!」
級友「舞、舞!」
舞「あぁ…… もう少しだったのにぃ!」
先生「香月さん! 廊下に立ってなさい!」
舞「へ? あっちゃぁ~」
進の部屋。
進「よぉし、出来た!」
手作りのマジックスクールの看板を、満足そうに見つめる。
ユキ子は自室の洋服ダンスの前で、アメリカへ持参する服を迷っている。
ユキ子「うーん…… 困ったな、どっちにしようかなぁ…… よし、両方とも持ってこ!」
すでにスーツケースには、あふれんばかりの洋服が詰め込まれている。
ユキ子「結局、全部持ってくことになっちゃうなぁ。はぁ……」
夕暮れの公園。幼い子供たちが楽しそうに遊んでいる。
舞は級友の武蔵と共にブランコに乗りつつ、相変らずボールマジックの練習をしている。
武蔵「舞ちゃん、本当にマジック好きなんですね」
舞「うん!」
武蔵「いよいよ、明日ですね…… マジカラット解散したら、もう舞ちゃんのステージ、見られないんですね」
舞「ふふ、そんなことないよ。いつか、私がメインのステージに立つんだもん!」
舞の手の中のボールが1つ、2つ、3つと増える。
声「すご~い!」
子犬を抱いた幼い少女が、舞のマジックに見惚れている。
舞「え?」
少女「お姉ちゃん、魔法使い?」
舞「そ…… そうよ!」
今度は、手の中の3つのボールを消して見せる。
少女「わぁ~! ねぇねぇ、私も魔法使いになれるかなぁ?」
舞「一生懸命お願いすれば、きっとなれるよ」
少女「本当!?」
はしゃぐ少女の腕から、子犬が飛び出す。
少女「わぁ、こら待てぇ! チビ、駄目! そっち行っちゃ! チビィ!」
夜の香月家。舞と弟の岬、順一たち。
舞「お父さん。お爺ちゃん、マジックスクール作るんだって」
順一「あぁ、聞いたよ」
舞「私も行きたいんだけどな……」
順一「いいよ」
舞「ちゃんと勉強もするから…… ねぇ、いいでしょ…… え!? 本当!? やったぁ! みっちゃん、やったよ! やったよ!」
岬「どうしたんでしゅか、舞しゃん」
舞「みっちゃんもさ、一緒にお爺ちゃんの学校、行こうね!」
岬「わ~い、舞しゃんと一緒に行くでしゅ」
舞の部屋。舞とトポが夜空を見上げる。
トポ「いよいよ明日だな」
舞「うん、明日だね」
トポ (頑張れよ、舞……)
ユキ子は自室で、大量の洋服を詰めたスーツケースの上に乗り、強引に蓋を閉めようとする。
ユキ子「もう…… さぁ、どうだ! きゃぁっ!」
洋服があふれ、はずみでユキ子がひっくり返る。
明は部屋で、踏み台に乗り、棚の中を探る。
明「確か、ここ…… わ、こら! ちょっと、動くな! わ、そんなそんな!」
バランス崩して踏み台からひっくり返り、棚からあふれた荷物の下敷きとなってしまう。
進は洋輔と春子のもとへ、相談に上がっている。
洋輔「あぁ、そうか…… でも私たちのことなら、心配する必要はない」
晴子「そうよ」
進「違うんです。僕も先生と一緒に、子供たちとマジックを教えたいんです」
洋輔「うむ…… じゃ、一緒にやるか」
進「ありがとうございます!」
順一と陽子の部屋。
順一「え? 何が?」
陽子「マジックスクールのことよ」
順一「あぁ…… しかしマジックなんて、どこが面白いのかねぇ」
陽子「あらぁ。あなただって、クッキー作るときは夢中じゃない?」
順一「陽子…… お前にマジックやめさせて、良かったのかなぁ……」
陽子「ふふ、やめさせられたんじゃないのよ。私がやめてあげたの。コーヒーでいい?」
順一「あ、あぁ」
陽子が台所へ。
順一「『私がやめてあげたの』、か……」
舞は自室で、まだ寝ずに、物思いにふけっている。
トポ「舞、どうした?」
舞「うん。『明日で最後だな』、と思ってね」
トポ「……魔法さぁ、別に返さなくったっていいんだぜ?」
舞「うん、ありがと。でも返すよ」
トポ「後悔しない?」
舞「わかんない…… だけどね、同じ後悔するなら、自分で決めた通りやった方がいいと思うんだ」
トポ「うん…… そうだな。もう寝た方がいいぞ」
舞「うん」
そして開演当日。
会場のスペースビッグバンは、今日も超満員。香月一家も客席にいる。
岬「お父しゃん、トポは?」
順一「舞が連れてったぞ」
岬「そうでしゅか」
舞が控え室へ駆け込む。
トポ「どうした、舞?」
舞「ううん、何でもない── プリスト! パラリンリリカルパラポラマジカル~!」
舞の変身したマジカルエミが、廊下に飛び出す。
丁度、将が歩いている。
将「やぁ。今日は客席から見せてもらうよ。がんばってね」
エミ (将くんも…… ボクシング、頑張ってね)
将「え…… 何か言った!?」
エミ「フフッ!」
舞台裏に、小金井がいる。
エミ「おはようございます!」
小金井「お、おはようエミちゃん! あのねぇ……」
エミ (どうもありがとう、小金井さん。さようなら……)
エミが駆け去る。
小金井「さ、さよならって…… エミちゃん!?」
国分寺「さぁ、開演ですよ。客席でゆっくり見ましょうねぇ」
エミの曲『南国人魚姫』に乗せ、マジックショーが始まる。
エミの氷像の並べられたステージ。花吹雪が舞い、忽然とマジカルエミが現れる。
ステッキを振るうたび、ステージ上の氷像が春子に、洋輔に、進に、明に変わる。
さらにエミが花吹雪に包まれ、ユキ子に変わる。
トポ「さて、そろそろだな……」
洋輔たち一同がシルクハットを頭上に放り投げると、ハットが無数の花吹雪に変る。
ステージに舞い降りる花吹雪の中から、エミが姿を現す。
控室で、トポの体から、妖精としての本体の光球が抜け出す。
エミが氷像に姿を変える。
ステージで見ていた小金井が何かを直感し、駆け出す。
最後にエミの氷像が舞となり、舞と洋輔たちがフィナーレを決め、拍手喝采を浴びる。
雪の降る中、ベンチに小金井、武蔵、国分寺が座っている。
国分寺「小金井さん、早く帰りましょうよぉ」
小金井「エミちゃんがいなくなってしまった……」
国分寺「いつもことじゃないですか」
小金井「今度は違う……」
国分寺「はぁ? まっさかぁ~! ……まさか!?」
小金井「消えてしまった…… マジカルエミ……」
とうに終演後の会場。ステージに舞が立つ。
無人の客席に、トポのぬいぐるみが置かれている。
舞「トポ、私のマジックを見て!」
舞がボールマジックを始める。その様子を、陰で将が覗いている。
音楽に合わせ、1つのボールが2つに増える。将がじっと見守る。
ボールが3つに増える前に、ボールは手の中から、床に転がってしまう。
目の前のトポは、妖精の抜け去った抜け殻であり、何の反応も示さない。
舞の目に次第に、涙が浮かぶ。
舞 (ずるいよ、トポ…… さよならも言わせないなんて)
将がそっと歩み寄り、ボールを拾い上げ、優しく差し出す。
舞が泣き笑いのように、舌を出す。
舞「へへっ」
将「馬鹿だなぁ、失敗したくらいで。ほら、行くぞ!」
舞「ふふ……!」
舞がぬいぐるみを抱き、将と共に会場を去る。
舞「さよなら、トポ…… さよなら…… マジカルエミ!」
笑顔の舞と将が、雪の中を元気よく駆け出す。
最終更新:2022年10月07日 21:46