十九世紀 中国――――
シロウ「マオ兄、広州まであとどれくらい?」
マオ「あと少しだよ」
シロウ「あと少しって?」
マオ「あと町ひとつ超えればいよいよ広州だよ。今夜はその町で宿をとろう」
マオ(僕はマオ―――四川生まれの十四歳―――)
(半年前、広州の料理店『陽泉酒家』での修行が一段落ついた後―――師匠、チョウユ師のすすめで、料理人としての見聞を広めるために西南中国を回ってたんだ)
(そして、この子はシロウ、十一歳。今回の旅行中に出会った旅仲間―――故郷、桂林で母親(日本人)が開いてる料理店の継ぐため同じく料理修行中―――)
(広州・・・あれから半年か・・・)
マオ「行ってきます」
チョウユ「うむ」
メイリィ「マオ・・・」
マオ(刀工・火工の基本からたたきこんでくれた、師匠のチョウユさん。
いつでも側にいて僕を支えてくれた、気は強いけど泣き虫のメイリィ。
『陽泉酒家』の先輩たちも―――元気かな・・・早く会いたいな・・・!!
みやげ話が山ほどあるよ・・・』
シロウ「ねえ、マオ兄、『陽泉酒家』って広州一の料理店なんでしょ?オレなんかが急に行って大丈夫かな・・・?」
マオ「大丈夫だって。みんないい人ばっかりだから」
シロウ「そっか・・・!!」
シロウ「ハ・・・ハラへったよマオ兄・・・」
マオ「・・・・・」
シロウ「・・・・」
マオは料理本を読んでいた。
シロウ「『西南名菜譜』全十五巻・・・残り少ない路銀で何でこんなの買っちゃうんだよー、もう饅頭買う金もないじゃないか、どーすんだよー」
マオ「大丈夫、大丈夫。なんとかなるよ」
シロウ「・・・・む・・・難しすぎる・・・こんな料理書いっくら眺めたって腹はふくれてこねーや」
マオ「・・・・・」
シロウ(マオ兄みたいな‘料理バカ‘見たことないよ・・・)
マオがシロウに饅頭を渡した。
マオ「まだ一個あったよ」
シロウ「えっ!?いいの?わーい」
マオとシロウは町に着いた。
マオ「‘ニワトリタウン‘か・・・広州も目前だな」
シロウ「鶏・・鶏・・鶏・・・どこもかしこも鶏だらけ・・・マオ兄、何なのこの町・・・!?」
マオ「ここは広州市に隣接する‘ニワトリタウン‘、町中が養鶏で生計をたててる中国最大級の鶏の産地なんだよ」
町には、巨大な鶏の銅像もあった。
マオ「でっかい銅像だね―――」
シロウ「ふーん・・・妙に盛り上がってるじゃん」
マオ「町の名物『鶏料理品評会』が近いんだよ」
シロウ「『鶏料理品評会』?」
マオ「確か―――町中の鶏料理店が年一回、鶏料理で競い合う大会でさ、優勝店は賞金ももらえてすごい名誉なんだよ」
そう説明するマオの横に、シロウはいなかった。
マオ「シ・・・シロウ・・・?あれー?どこ行っちゃったんだあいつ―――、あ」
シロウは近くのボロ家の柿の木から、柿を取ろうとしていた。
マオ「な、なにやってんだよシロウ!!」
シロウ「へへ・・・オンボロの空き家から柿の回収・・・」
マオ「ドロボウはだめだよ!!いくらオンボロだって人が住んでるかもしれないじゃないか!!」
シロウ「仁義通して飢え死になんてゴメンだい。甘いぜマオ兄!!」
柿を取ったシロウの手が棒で叩かれた。
シロウ「痛!!な!!なにすんだよマオに・・・」
シロウが棒で叩かれ続ける。
シロウ「いて、いててててててて、わっ」
シロウが棒でつるし上げられた。
シロウ「た、たすけてマオ兄――――!!!」
女性「悪かったわね、オンボロで・・・」
シロウをつるし上げたのは、黒い服を着た女性だった。
マオ「・・・・」
シロウが地面に投げ出された。
マオ「だ、だから言ったじゃないか!!謝れシロウ!!」
シロウ「いやだ!!全身打撲で動けないよ!!そっちこそ治療費払え!!」
女性「・・・・」
マオ「とにかくご・・・ごめんなさい!!」
女性「・・・・」
マオ「ついデキ心で・・・」
マオのお腹が鳴った。
女性「・・・・プッ。いーよ・・・シブ柿だし・・・・」
シロウは食べた柿をはき出していた。
女性「寄ってきなよ。これでも一応料理店なんだよ」
マオ達は表に回ったが、そこには無数のイタズラ書きが刻まれ、「黒羽楼」と書かれた看板も落とされていた。
マオ「・・・・・こ・・・これは・・・・」
シロウ「ひで――――イタズラ書き・・・看板まで落とされてる・・・・」
女性「・・・気にしないでいーよ。いつものことさ・・・・さ!入った入った」
マオ「・・・・・」
女性「・・・・ふーん・・・今日の米より―――料理書を選んで‘一文無し‘か・・・」
マオとシロウは女性が出した料理を食べている。
女性「・・・・」
マオ「・・・・?」
女性「なんか・・・・‘甘ちゃん‘だね・・・‘甘ちゃん‘は長生きできないよ。ウチのバカ兄貴みたいにね・・・!!」
マオ「お兄さん・・・・?」
女性「そ・・・この店は死んだ兄が開いた‘鶏料理専門店‘なんだ・・・ここは養鶏の聖地、‘ニワトリタウン‘、料理は鶏の専門店ばっかりだよ」
「中国全土へ良質の鶏を出荷して町は潤ってるからね。やたら金持ちが多いのさ。豪邸ばっかりだったでしょ?」
シロウ「じゃなんでこの店こんにボロイ・・・・」
女性がシロウの頬を棒で突く。
シロウ「う・・・・」
女性「客が来ねーからに決まってんだろ!!」
マオ「ど・・・どーして?」
女性「・・・・・・・あんたらには・・・関係ないよ・・・」
マオ「・・・・」
女性「もう遅いし・・・泊まってきなよ。金ないんでしょ?それと―――米だったらいくらでもあるから、好きなだけ食べな。そこのおひつに入ってるよ」
「あたしはティア、十四歳。よろしく!!」
マオ「何から何でも・・・どうもありがとう・・・・」
翌朝。鶏の鳴き声でマオとシロウが目覚めた。
シロウ「‘ニワトリタウン‘だけあって麻はにぎやかだねマオ兄・・・・」
マオ「・・・・・」
シロウ「どーしたのマオ兄?」
マオ「・・・・何か・・・気になってね・・・」
シロウ「何が?」
マオ「この店のことだよ・・・・流行ってないみたいだし、門のイヤガラセも・・・・」
シロウ「あの怪力姉ちゃんの料理がヘタクソだけじゃないの?変なこと気にすんだねマオ兄」
マオ「でも―――ゆうべも「鶏料理専門店」なのに鶏料理はひとつも出なかったじゃないか」
シロウ「鶏は広州についたらゆっくり食べようよ。お―――今日もイイ天気だ――――♫」
シロウがひさしを開けた。
シロウ「う、うあわ!!なんだありゃ!?」
外には、全身が黒い羽毛に覆われた鶏がいた。
マオ「な・・・全身真っ黒の鶏・・・!?」
シロウ「気持ちワルイ・・・・」
マオ「な・・・なんだ・・・何なんだこの鶏は・・・・」
シロウ「やめろよマオ兄」
ティア「触んじゃないよ!!」
黒い鶏に触れようとしたマオをティアが呼び止めた。
ティア「不幸がうつるよ・・」
マオ「え・・・・!?」
ティア「こいつは、兄貴を殺した‘不幸の鶏‘なんだよ・・・」
マオ「ど・・・どういうこと・・・!?」
ティア「そろそろ・・・ひと月になるかな・・・兄貴が逝って・・・」
「年の離れた兄貴でさ。あたしをたった一人で親代わりになって育ててくれたんだ・・・」
「広州のある大きな店で腕を磨いた兄貴のクロウは、三年前私を連れてこの町にやってきた。そして小さな鳥料理専門店『黒羽楼』を開いたんだ」
シロウ「何でわざわざ競争の激しい鳥の店なんか・・・」
ティア「・・・そこが兄貴の‘甘ちゃん‘なところさ・・」
ティア「ある日、兄貴は目を輝かせながら、一つがいの真っ黒なヒヨコを江西省から仕入れてきたんだ」
クロウ「ティア・・・このヒヨコがニワトリタウンの歴史を変えるかもしれないよ・・・!!」
ティア「早速、兄貴は店の裏に小さな養鶏場を作り、‘黒い鶏‘の飼育に没頭したの・・・ところがこいつがとんでもない鶏でね・・・」
「生存力は弱い、卵はほんの少ししか産まない。兄貴は―――、一羽死ぬ毎にかわりを仕入れに江西省へ走り、より良質のエサを求めて奔走した」
「借金がふくれ上がる一方で不眠不休の兄貴は衰弱するばかり・・・兄貴の情熱にうたれ協力を惜しまなかった友人たちも―――次々と病気になって手を引く始末・・・ついには兄貴自身までも病に倒れてしまい―――」
「町の連中はこの黒い鶏を、関わる者全てに災いをもたらす‘不幸の鶏‘と恐れるようになったのさ・・・」
ティア「兄ちゃん一体何なのあの鶏!?」
クロウ「まだ言えないよ。今年の‘品評会‘でみんなをアッと言わせたいんだ」
ティア「でもみんなあの鶏のこと‘不幸の鶏‘だって・・・」
クロウ「ティア・・・長い間・・・おまえにもつらい思いをさせた・・だが・・・数も質も揃い時は来た。今年こそ僕の夢は実現する・・・!!」
ティア「最期まで―――理解し難い甘ちゃんな夢を抱いたまま兄貴は一ヶ月前に逝っちまった・・・‘黒い鶏‘と借金を残して・・・」
マオ「・・・ティア・・・この黒い鶏、料理してみたことある?」
ティア「ああ・・・うん・・・一回だけね・・・ところがさ・・・黒い羽根むしったら皮膚まで真っ黒でさ、包丁入れたら内臓まで骨まで全部真っ黒なの。あんまり気持ち悪くて食べずに捨てちゃったわ」
シロウ「ひゃ―――病気かよ――」
マオ「・・・・」
ティア「あたしも・・・一応兄貴のやってた通りに飼育してとりあえず数だけは保ってるけど・・・未だにこの鶏が何なのか・・・よく分んないんだ・・・『この鶏で今年の‘鶏料理品評会‘に勝つ』―――それが―――兄貴の最期の言葉さ・・・つぐづぐ・・・メデタイ兄貴さ・・・」
シロウ「・・・この鶏のために・・・そんなに一生懸命・・・・」
ティア「・・・・・バカだよ・・・何の役にも立たない鶏なんか育てて・・・ムラの連中にはバカにされて・・・ホントに・・・バカな・・・兄貴さ・・・」
そう言うティアの目からは、涙が零れていた・・・
マオ(ティア・・・)
シロウ「マオ兄・・・・」
マオは黒い鶏を見つめる。
マオ「・・・ティア・・・明日の‘鶏料理品評会‘・・・よければ僕に料理らせてもらえないか・・・・」
ティア「え・・・!?ま・・・まさかあんた、この‘不幸の鶏‘を・・・・!!」
マオ「この鶏は―――‘不幸の鶏‘なんかじゃない・・・ティア・・・お兄さんが追い続けた夢は――――明日、僕の手でかなえてみせる・・・!!」
ティア「マ・・・マオ・・・!?」
翌日。
司会「これより‘ニワトリタウン‘主催、『鶏料理品評会』を開催する!!」
「本大会の趣旨は我が町の全鶏料理店が自慢の鶏料理で競い合い、その技術交流を通して町の鶏料理及び養鶏のさらなる水準向上を図ることである。最優秀賞を獲得した店にはいっそう上質な鶏と鶏料理開発のための報奨金百万元と――――名誉の‘小鶏像‘を贈与する」
「尚、審査は例年通り鶏料理の大家、トウリ大人―――そして町長、副町長の御三方により厳正かつ慎重にとり行われる」
観客たち「今年も大本命『金鶏館』の連続優勝で決まりだろ!?」
「いや、あそこは鶏肉の質に頼りすぎてるよ。調理技術の高さで『鳳凰飯店』だぜ」
「オレは新鋭、『朱雀門』の独創性に期待するがな」
司会「それでは各店、調理に入って下さい!!」
開始を告げる銅鑼が鳴らされた。
観客たち「うわッ」
「な・・・なんだ、こいつら―――!!」
そこへ、『黒羽楼』の旗を掲げ、黒い鶏を下げたマオ達が入ってきた。
観客たち「ひっひ~~ッ」
「く・・・黒い鶏!!‘不幸の鶏‘だ~~~~~!!」
「呪われた娘もいっしょだぜ――――ッ」
「参加するのか、『黒羽楼』!!」
「まさかあの‘不幸の鶏‘で鶏料理を・・・!!」
「真っ黒な顔に長い頭の毛、不気味すぎる・・・カラスも真っ青よ・・・」
「冗談じゃね---、あんなゲテモノでマトモな料理できるわけね―――・・・」
ティア「・・・・」
シロウ「うひゃ―――・・やっぱ中まで真っ黒だね、マオ兄」
マオ「うん」
ティア「・・・・ちょっとあんた!!ホントに大丈夫なの!?こんな鶏じゃァ審査員だって食べてくれないんじゃ・・・」
シロウ「・・・・そんなことオレにゃ分んなね――――」
ティア「なにィ!?」
シロウ「でも―――ひとつだけ言っとくよ」
「マオ兄を信じろ!!」
ティア「・・・・・」
マオ「シロウ、鶏の中を洗え!!」
シロウ「応!!」
マオ「ティア、米の準備を!!」
ティア「え!?あ・・・うん!!」
ティア「・・・・・」
(な・・・なんて鮮やかな手さばき・・・こいつ・・・一体・・・何者なの・・・!?)
司会「調理時間終了―――!!!」
「これより審査に入る!!調理台順に会場右から審査する」
「まず『鳳凰飯店』!!」
鳳凰飯店店主「『北京鴨風鶏肉甘みそだれ』でございます」
トウリ「うむ・・・!!質の高い‘北京油鶏‘を育てておるの・・・!!こんがり照り焼きにされた皮のみ食す贅沢感・・・・・!!パリッとして油ののった皮がネギ・キュウリと共に口の中でほどけ、つけた甘みそと一体になり、極上の味を奏でている。見事なり・・・!!」
鳳凰飯店店主「は・・・!!」
司会「次!!『鳥海閣』!!」
トウリ「その方の‘浦東鶏‘―――評判は高いぞ」
「む・・・!!何故これ程の味と香りが・・・!!」
鳥海閣店主「この湯は煮るのではなく蒸器で蒸して作りました。その方が温度が一定以上に上がらずじっくり火を通せるのです」
トウリ「なるほど・・・ふ・・・今年も水準が高い・・・!!」
ティア「・・・・・」
司会「次・・・!!」
「次・・・!!」
司会「最後!!『黒羽楼』!!」
マオ達は土鍋を持っていく。
観客たち「出たぞ、‘不幸の鶏‘・・・!!」
「一体どんな料理を・・・!!」
トウリ(ん・・・この鍋は・・・!?)
観客たち「あの土鍋の中に真っ黒い肉が・・・・!!」
「ふ――――想像したくねーな・・・」
ティア(一体どんな勝算が・・・・この町の誰ひとり理解できなかった兄貴の夢をどうやって実現させるというの・・・!!)
司会「フタを開けよ!!」
シロウが土鍋の蓋を開けた。
トウリたち「「「え!?な・・・何・・・!?米だと・・・!?」」」
土鍋の中には、白米が詰め込まれていた。
ティア「え・・・・!?」
町長「小僧・・・分かっているのか・・・これは厳粛なる‘鶏料理品評会‘だぞ。土鍋いっぱいの白米を出してどうする!?」
マオ「御心配なく、まぎれもなく鶏料理です!!」
町長「こんなもの試食の必要はない。トウリ大人、総合審査に入りましょう」
ティア「!!」
(あ・・・・兄貴・・・!!)
マオ「一口食べれば分ります・・・」
町長「なにィ・・・・!?」
マオ「この白米の一粒一粒に、一人の料理人の鶏へのあくなき情熱がいっぱいにつまっているからです・・・!!」
ティア「!!」
町長「!?」
トウリ「・・・その白米・・・試食させてもらおう」
町長「タ・・・大人!!」
部下「鍋の底まで調べましたが、やはり米しか入っておりませぬ」
トウリ「かまわぬ」
トウリがレンゲで白米をすくった。
トウリ(この輝き・・・この・・・香り・・・)
トウリが白米を食べた。
トウリ「な・・・!!」
部下たち「!?タ・・・大人!!」
トウリ「と、鶏だ・・・!!まぎれもなく鶏の旨さだ!!しかも極上の・・・!!」
トウリが白米を食べていく。
トウリ(何と尊厳にして華麗なる甘み・・・!!怒濤のごとく押しよせたかと思えば、はかなく引いてゆく豊かなコク・・・!!)
「!?」
(こ、これは・・・!!血液が・・・!!体中の血液が音をたてて、かけめぐってゆく・・・・!!)
町長と副町長も、その米を食べ出した。
観客たち「いっ・・・一気に食べ尽くした!!」
「し、しかも見ろ・・・三人の―――恍悦の表情を・・・!!」
マオ「好!!」
トウリ「少年よ・・・二つ聞きたいことがある。まず、米の姿に鶏の味―――一体この料理はいかなるものだ・・・!?」
マオ「これを見て下さい」
シロウが持つ鍋の中には、鶏が入っていた。
トウリ「ん・・・!?鶏が丸ごと・・・・!?」
マオがその鶏を包丁で裂くと、その鶏の中には白米が詰められていた。
トウリ「う・・・・!!と・・・鶏の中に米が・・・・!!」
マオ「この料理は――――鶏の中に米を入れ、薬味、酒と共にじっくり煮込んで、中の米のみ出したものなんです」
トウリ「ほほう・・・だが、何故鶏だけを・・・・?」
マオ「それはこの鶏のすばらしさを最高の形で伝えたかったからです!!」
ティア「・・・・・」
トウリ「なに!?」
マオ「この鶏の最高の味を引き出すために肉を煮て、その究極の旨みだけを溶かし出しました。そして中につめられた米が溶け出した旨みを完全に吸い込んだんです」
トウリ「なるほど・・・確かに煮つめればしつこくなりがちな鶏のコクが、ほどよく溶けかかった米で絶妙に制御(コントロール)され、さらに香味野菜が涼やかに味を引きしめておった。ふむ・・・さて・・・最大の謎はこの鶏よ・・!!」
「この私ですら味わったことのない極上の味・・・!!優美にして甘美なその風味は―――まさに絶品・・・!!しかも食べれば食べる程、全身の血液がにわかに音をたててかけめぐり、精気(エネルギー)がみなぎってくる・・・!!さァ、聞かせてもらおう。この鶏の正体は・・・?」
マオ「大人、この鶏こそは―――」
「伝説の霊鳥―――‘烏骨鶏‘でございます!!」
トウリ達が驚愕した。
トウリ「・・・今、何と申した・・・こ・・・「黒羽楼」のクロウは・・・`黒い鶏‘の飼育にかまけ、全てを失ったと聞いてたが・・・まさか・・・これが―――」
「伝説にのみ伝え聞く神秘の鳥―――烏骨鶏と申すのか・・・!!」
ティア「烏骨鶏・・・!?」
マオ「インドとの国境地帯に源を発するといわれる―――幻の鶏、‘烏骨鶏‘・・・・!!」
「―――それは羽が弱くて高く飛べず、外敵から身を守れない―――とてもはかない運命の鶏です。個体数が少なく滅多に出会うことはできませんが、その鶏肉の頂点に位置する極上の風味、奇跡的な滋味強壮性は昔から珍重されてきました」
「一方、薬としても万病の特効薬として評価は高く、まさに‘医食同源‘を地でゆく宝玉にも勝る鶏なんです!!」
町長「・・・その方・・・見かけぬ顔だがいつからこの町に・・・?」
マオ「え・・・一昨日からですけど・・・」
町長「なぜ・・・・烏骨鶏と気付いた・・・!?」
マオ「・・・・・」
マオが包丁を構える。
町長「む!!」
マオが烏骨鶏を包丁でさばいていった・
トウリ「うおお!!」
マオ「外見は隅々まで漆黒―――そのうえ、皮膚・脳・舌・内臓・骨に至るまで漆黒――――こんな動物はこの世に烏骨鶏しかいません。また隅々まで黒いほどその効用は高く、これほど完璧に黒い烏骨鶏を作り出すには飼育者の血のにじむような努力が必要なんです」
「また、ふつう足の指は四本しかいない鳥の中で、唯一この鳥だけは五本あるのも珍しい特徴です」
トウリ「ううむ・・・!!どこまでも珍奇な生き物よ・・・!!」
町長「町の者どもは‘不幸の鶏‘と罵っていたそうで・・・・」
トウリ「ふ・・・確かに人の手を煩わせる存在ではあろう・・・だが・・・まるで絹糸のようなこの体毛・・・見れば見る程美しい鳥よ・・・これこそ人々に無限の幸をもたらす、‘幸福の鶏‘に違いあるまい・・・・!!」
観客「『黒羽楼』の‘不幸の鶏‘が・・・・幸福の・・・」
マオ「クロウ師傅が命を削って育てた純粋な烏骨鶏、『黒羽楼』をその専門店として盛り上げ、何より町のみんなにこの鳥の素晴らしさを伝え広めるのが師傅の夢だったんです」
ティア(それが・・・兄貴の‘夢‘だったんだ・・・)
マオ「そして・・・ティアがいなければ、烏骨鶏はとっくに滅んでいたでしょう・・・ティアが・・亡き兄、クロウ師の飼育を引き継いでいなければ・・・」
ティア「あ・・・あんた・・・」
トウリ「そうか・・・さぞかし辛い目にあったのであろうの、ティア・・・・」
「クロウが起こし・・・ティアが引き継ぎ・・・だが物事は―――最後のひと押しこそ至難であるのは世の常・・・!!マオといったな・・・その方がこの町に降り立たねばこの鶏は町の片隅で朽ち果てていたに違いない・・・食材を見射貫く眼力・・・味を活かす技量・・そして何より―――執念でクロウの夢を実現させた料理人魂・・・!!
きさま―――一体何者だ・・・・!?」
マオが左腕に巻いていた布が外れ、‘龍に囲まれた特の文字‘が露わになった。
トウリ「そ・・・その紋章・・・知っておるぞ・・・
前回最難関とされる広州の特級厨師試験に合格したのはわずか二人・・・そしてその両名とも、若干十代の少年だったという・・・!!」
「その方はまぎれもなくそのうちのひとり―――史上最年少の特級厨師―――劉昴星・・!!」
町長「と・・・‘特級厨師‘・・・・・・!!」
シロウ「その一番弟子」
町民「こ、この少年が!!あの雲の上の料理人資格を・・・!?」
ティア「か・・・彼が―――‘特級厨師‘劉昴星・・・!!」
トウリ(やはり・・・それ程の・・・!!)
トウリ「もはや・・・結果は明らかであろう・・・『鶏料理品評会』最優秀賞を発表する・・・!!」
「『黒羽楼』・・・!!」
ティア(兄貴・・・!!分ったよ兄貴・・・!!兄貴の‘夢‘が・・・!!かなえてくれたよ、小さな‘特級厨師‘が・・・・!!)
その後、ティアがマオとシロウを連れて、歩いていた.
ティア「この先に兄貴のお墓があるの・・・戦勝報告しなくちゃ・・・」
マオ「でもよかったね、ティア。烏骨鶏の飼育を町が全面的に援助(バックアップ)してくれるなんて」
ティア「全部・・・あんたのおかげよ、マオ・・・あたしも頑張るよ!!この町でうまくいくようになったら、絶対広州へも進出するからね!!待っててよ!!」
「あら・・・?」
マオ「!!」
クロウの墓の前に、一人の男が座っていた。
ティア「あの人は・・・兄貴の広州時代の親友の・・・・」
マオ「え!?・・・・ティア・・・お兄さんが広州の時いた店って・・・まさか・・・」
?「料理の目的とは何だ!?マオ」
マオ「ひ・・・人を・・・幸せにすることです・・・」
?「その通りだ・・・料理人は――――大小様々な幸せを人に与えねばならん。だが―――とりわけ特級厨師の使命は、大きな幸せを人に与えることだ・・・我が友クロウが登ってきた―――苦悩の階段の先にある重い扉を、よくぞその手で押し開けてくれた・・・」
クロウの墓の前にいた男は、『陽泉酒家』のチョウユだった。
マオ「チョ・・・チョウユさん・・・」
チョウユがマオの肩に手をかけた。
マオ「!!・・・・」
チョウユ「特級厨師として―――大きく成長したなマオ・・・・!!」
マオ「チョ・・・チョウユさん・・・・!!劉昴星――――ただいま戻りました・・・!!」
シロウ(うひゃ―――この人がマオ兄の師匠か・・・聞いてた通り京劇役者みたいな気合いの入ったカオだよ・・・)
チョウユ「おい!!そっちのチビっコいの!!『陽泉酒家』入門希望者か!!」
シロウ「え!?あ・・・はい、そうです」
チョウユ「よし、ついてこい。ビシビシ鍛えてやる!!」
シロウ「うひゃあ!!」
マオ「はははははははは」
去って行くマオ達をティアが見送る。
チョウユ「まずはチンゲン菜だ!!」
シロウ「え――――!?」
ティア「ゼッタイ広州いくからね――――ッ」
最終更新:2019年06月27日 09:17