異世界薬局(漫画版)の第1話

「俺には、妹がひとりいた」

「―――――!ちゆー!」
「ちぃた!」
ちゆ「にーに!おかえり!」


第一話 転生学者と異世界



「幼稚園でいい子にしてたか?」
ちゆ「してたしてた!はやくあそぼー!」
「こら、ちい!そんなにひっぱるなよ!」
ちゆ「ねーねー、にーに。にーにはおっきくなったらなにになりたい?」
「ん—?そうだな—」

「俺は———」

二〇XX年、日本————

松本「薬谷先生!」

国立T大学 薬学研究科 大学院准教授 薬谷完治(31)「!」
「あー松本君、なーにー?」
松本「製薬会社のかたが共同研究のご相談にお見えです!」
製薬会社員「どーも」
薬谷「ああ、もうそんな時間か—————」

松本「それから来月の国際会議の航空券予約しておきました」
「明日の午前が大学院のゼミナーと成果報告会、午後は研究科運営会議」
「翌日が学位審査会、週末はテレビ取材と若手功労賞授賞式、来週は国際シンポジウムの将来講演、それから———応募しておられた大型プロジェクトも・・・採択・・・」
「あと前期の予算執行の報告書のほう、メールで送付しましたのでご確認ください」
薬谷「あー今月もやっぱりたてこんでいるねぇ・・・・」

松本「あの・・・先生、予定もですがお身体は大丈夫ですか?」
薬谷「うん・・・でも仕方ないよ、今ちょうど新薬のテスト中だしね、この新薬を待っている人たちのためにも、一刻も無駄にしたくないんだ————」
松本「それでも・・・」

学生たち「薬谷せんせー!」
「お忙しいところ失礼しまぁす!
「論文を見ていただきますか?」
「研究でゆきづまってしまって・・・データを持ってきたので相談に乗ってください!」

薬谷「先にごあんないしといて————」

製薬会社員「今日もお忙しそうですねぇ、薬谷先生」
松本「ええまったく!会議に講義に学会!教科書の執筆依頼に共同研究に、海外の研究成果のチェック!その傍らでご自身の論文を作成しながら、准教授として学生の研究指導もしたり————いまだに重要なご実験は全部ご自身でなさるし・・・身体がいくつあっても足りなそう!」
「薬谷先生は創薬(わたしたち)の分野では世界トップクラスの研究者ですからね。あのお歳ですでに難病に有効な新薬をいくつも生み出しておられて————―その成果は世界の医学・薬学会で注目されている、まさに人類になくてはならない人材(たから)ですよ」
製薬会社員「————ところで薬谷先生にはお子さんが?」
松本「え?」
製薬会社員「机に子供の写真が・・・・薬谷先生、ご結婚されましたっけ?」
松本「ああ、あれは————」
「先生の妹さんです」
製薬会社員「えっ?」
松本「薬谷先生、妹さんを脳腫瘍で亡くされているんですよ————」


薬谷「!、もうこんな時間か・・・・ようやく自分の実験の時間だ————」

薬谷がよろけた。
薬谷(いけない、いけない。さすがに徹夜続きで疲れがたまっているな————・・)

薬谷が栄養補給食を食べ、机の上の幼い自分と妹、ちよの写真を見る。

ちゆ「ねぇにーに、ちぃちゃんなおる?おくすりのんでねたらなおるよね?またにーにとかいすいよくいけるよね?」

弔問客たち「仕方ないよ、取りきれないところに腫瘍があったんじゃ—————」
「あの子は運が悪かったんだ」
「今の医学じゃ無理だったんだ————」
「諦めるしかないよ、薬も効かなかったんだからな————・・」

薬谷(諦める?運がなかった?冗談じゃない!!あのとき、飲むだけで効く薬があればよかったんだ!)
(今までより副作用の少ない薬を、大切な人を喪い心を引き裂かれる痛みを誰も味わわなくて済む心強い武器(くすり)を————)
(なければ俺が創ってやる!!)

薬谷が実験室に入った、
薬谷(「患者さんのため」・・・・か、俺は本当に患者さんのためを思ってこうしているのかな・・・患者ではなく夥しい量の薬品や物言わぬ装置、地道な研究と向かい合う日々)
(俺の作った薬は患者さんに届いているのか?患者さんと向かい合って話したのはいつ以来だっけ————・・・?)

薬谷「————よし!3時42分終了————次は4時42分開始か・・・と!メモ用紙が———・・・・・」
「とりあえず手でいいか」

薬谷は右手に、「RUN4、3;42」と書き、ソファに横になった。

薬谷「一時間後にセットして—————・・と」
(・・・それにしても疲れたな。プロジェクト続きでしばらく休暇も取ってないからな。ゆくゆくは町の薬剤師にでもなるかな。身体を壊さなければだけど———まぁ今の状態じゃ当分リタイアは無理そうだ・・。け・・・・)

薬谷が眠りについた————


翌朝。
松本「おはようございます、薬谷先生!今日は————」
「・・・・・!・・・・・先生・・・?」


薬谷完治、享年三十一。
死因:急性心筋梗塞。
典型的な過労死、常に患者を思いながら患者の傍らにいることもなく、自らを養生することを忘れていた薬学者の人生は、こうして終わった。


はずだった————・・・

薬谷?「・・・う・・・ん・・」

目覚めた薬谷が見たのは、メイド姿の少女だった。

メイド「ファルマ様!お目覚めになられました?」
薬谷?「!?」

メイド「きゃ!」

薬谷?「う・・・っ」
メイド「あっ、いけませんファルマ様!!ファルマ様は雷に当たってしまわれたのです!思い出せます・・・・・?」

薬谷?(雷・・・・・?なにを言ってるんだ、この少女は?研究室を出た記憶もないのに、なんで俺が雷に当たるんだ?)
「そう・・・だ、研究———!実験の途中だったんだ、大学に戻らないと———・・!」

薬谷は自分の、小さくなった手を見た。

薬谷?(なんだこれ!?これは俺の手・・・・?)

メイド「・・・・あらぁ、もしかしてファルマ様、記憶が混乱しておられます?」
薬谷?「ちょっと待って!さっきからファルマファルマって!それってもしかして俺のこと?」
メイド「はい!あ、いま鏡をお持ちいたしますね!」

メイドが出した鏡に映る薬谷の姿は、以前とは全く違う少年の姿だった。
メイド「ファルマ様は、ファルマ・ド・メディシス様でございます!」
薬谷?「え・・・・!」
(—————!!!)
「なんだこれ!子供!?これが俺!?日本人じゃない!?どうなってるんだよ!!実験は?大学は!?」
メイド「え・・・・?」

薬谷?「・・・・っ!」
メイド「大学って帝国薬学校のことですか————?」

薬谷はよろけながら、立ち上がり窓に向かった。
薬谷?(そんな・・・・・————そんな!!)
「・・・・!!」

窓の向こうに広がる景色は、現代日本とは全く異なる、中世の様な営みがなされる街並みだった。
薬谷?「「帝国」って・・・・・?」
メイド「はい!ここはサン・フルーヴ帝国です!」

薬谷?「あの・・・さ、今って西暦何年・・・・?」
メイド「一一四五年です。セーレキというのはなんです?もしかして、まだ記憶が混乱してます?」
「ではでは、あらためまして自己紹介いたしますね!」
薬谷?(これは夢?それとも・・・)

薬谷?(俺の記憶のほうが、前世(ゆめ)—————・・・?)
ロッテ「召使いのシャルロットです。いつものようにロッテとお呼びください!」

薬谷?(待て!てことは薬谷完治は死んだのか?そんな!!やりかけのあの実験・・・・まだ論文にしていないのに!なんで————・・・でも・・・そういえば眠りについたあのとき———・・・)

ロッテ「ファルマ様?」
薬谷?(もしかして過労死ってやつか?だろうなぁ・・・・)

ロッテ「ファルマ様、本当に大丈夫ですか?」
薬谷「うん平気だよ、ちょっと色々ね———・・」
「!・・・ッ!」
薬谷が腕に触れたロッテの手を振り払った。

薬谷「・・・あ、えと・・ロッテ?この包帯とってもいいかな?なんか軟膏がヒリヒリするよ・・・」

包帯を取った薬谷の両腕には、雷のような紋様があった。
薬谷「!この痕は・・・」
ロッテ「!ファルマ様、それ・・・・!」
薬谷「え?」
ロッテ「すごいすごい!薬神様の聖紋みたいです!!」

薬谷「いや!これはリヒテンベルク図形といって、落雷が皮膚を這ったときの火傷—————・・ちょっ・・・なに拝んでるの!?」
ロッテ「これは薬神様が雷からファルマ様を守ってくださった印です、薬神様に感謝の祈りを捧げないと!」

薬谷(「薬神」だと———・・?それはこの国の宗教かなにかか?)
ロッテ「ありがたいことです。これは神の祝福の聖印です!」
薬谷(この娘は、薬神教信者なんだろうか・・・?落雷を受けて生還した者の中には一見こうした神秘的な雷状の紋様の傷跡を残す場合がある。迷信めいた誤解は早めに正すべきだろうけど———・・)

ロッテ「ファルマ様・・・?」
薬谷(この世界でそれを言うのは————無粋だな)
「なんでもない」


薬谷(ここは「異世界」なんだ————・・・)

ロッテ「あの・・・よかったんですか?召使い(わたし)が主人のおやつを一緒におただいても」
薬谷「うん、いいんだ。いろんな意味で胸がいっぱいでね————」
(召使いのいる生活なんて慣れてないしな・・・)

ロッテ「そうですか?ああ~~~~~~頬がとろけそうですぅ~~~~~♡」

薬谷(いい表情で笑う子だなぁ・・・)
ロッテ「あ!そうだファルマ様、喉乾きませんか?」
「私もファルマ様の生成したお水をいただきたいのですが—————・・「神術」は元通り使えますよね?ファルマ様のお水はとーっても美味しくて私・・——————」
薬谷「え・・・水?「神術」?俺の水ってなんの話?」

ロッテは杯を落とした。
ロッテ「え~!!ファルマ様、まさか神術をお忘れですか!?」
薬谷「え!?ちょ・・待っ・・・!なに・・?その・・・「神術」ってなん・・だっけ・・・?」
ロッテ「そんな・・・あんなにお得意でしたのに!!」
「「神術」を使えることが貴族階級の証、ファルマ様は「水の神術」の使い手でした————・・・それもお忘れですか・・・・?
薬谷「もしこのまま使えなければ、俺はどうなる?」
ロッテ「・・・・それは・・・考えたくもありませんが」
「もしそうなったら———貴族としては認められずこのお屋敷を追われ、平民として
放逐される可能性が—————」
薬谷「それは困る!!」

ロッテ「言いませんから!誰にも言いませんから!」
薬谷(こんな子供の体で追い出されたら、食いっぱぐれて死ぬしかない。職で身を立てるにしても、この世界でなにができる————・・?)
「思い出してみるよ、しばらくひとりにして—————」


薬谷「————とはいったものの」
「「神術」なんてどうやって操るんだ?困ったことになったぞ————・・・」
(この世界の、ファルマ(俺)は今(前世)の俺が目覚める前は「水の神術」が使えたんだよな・・・?じゃ、俺にも神術を操る能力はある————?)

薬谷「水・・・」
(「水分子」のことは解っている。化合物の形状から分子の状態まで————でもその知識は今役に立つか?)
(ロッテはなんて言ってたっけ・・・「前のファルマ」はどうやって水を生成していた?)


ロッテ「まず心に「水の姿」を思い浮かべるんだそうです」

薬谷(水の姿————・・分子構造か?水はH2O・・・水素分子二個と酸素原子一個の単結合だ。その水分子が手の中に無数に沸くイメージをすればいいのか・・・・?)
(水・・水・・・水よ、沸け!)

薬谷「くそ・・!やっぱり能力消えたのかなぁ?」
(いや!このくらいで諦めてなるものか!ここでの生活(これから)がかかっているんだからな!)
「もう一度、水・・・水・・・!水よ、出ろ・・・!」

薬谷の両腕の傷跡が光り出した。
薬谷「?」
「!!、なんだこれ!?」

そして、掌から水がわき出し、溢れ出した。
薬谷「うわッ!!汗・・・・!?違う、水!水だ!!」
(体内から沸いてるのか!?いや違う、もっと別のなにかだ・・・!)
「・・・!止まらない・・・?ちょ・・これ、どうやって止めるんだ!?おい!」
「う・・・わ!うわ!うわわ、うわぁああああああ!!!」

薬谷は窓へ走りだした。
薬谷(ダメだ!!室内が水浸しになってしまう!)

薬谷は窓から手を出し、そこから水が噴き出していった。
薬谷「うわぁあああ、やめ!やめッ!!ストップ!!止まれ————ッ!!!」
(くそ・・・!とにかくイメージを、水のイメージを頭から消さないと————!)


水が止んだ。

薬谷「・・間に合った・・・!」
ロッテ「ファルマ様――――!」

薬谷「!、ロッテ?」
窓の下の庭に、ロッテがいた。

ロッテ「このお水!思い出せたんですね!」
薬谷「ごめん!濡れた?」
ロッテ「濡れました!でも――――ファルマ様のお水、涼しくていーい気持ちです!それに御庭のハーブの水遣り助かりましたぁ!」

薬谷「はは・・・ははは・・・!」
(驚いたな————・・・水よ出ろと念じたら本当に水が出たぞ・・・どうなってるんだ、この世界(くに)は————・・・)
「?」

薬谷の左の手首に、鏡文字が書かれていた。
薬谷(なんだこれ————俺の字か————?)
(そうだこのメモ・・・あのとき最後に書いたやつだ————・・・)
「でもおかしいな、俺、右手首に書いたはずだよね?それになんで鏡文字————・・・」
「あっ・・・!」

薬谷が手首をこすると、文字は消えた。
薬谷(ああ、そうか)
「——————研究・・・もっと続けたかったな————」
(俺は確かに、地球から来た地球人で、この世界が宇宙のどこかすらわからないけれど)
(俺の前世は終わった、薬谷完治は死んだんだ—————・・)
(頭・・・切り替えるしかない・・か————)


ロッテ「あん、ファルマ様動かないでください!タイがうまく結べません」
薬谷、いや「ファルマ」の首にロッテがタイを結んだ。

ファルマ「ねぇロッテ、着替えくらい自分でできるよ!」
ロッテ「いーえ!ファルマ様の身辺のお世話はわたし、召使いの仕事です!」
ファルマ[ベッドメイクくらい手伝うよ・・・?]
ロッテ「お気遣いなく、これも私の仕事ですので♡」

ファルマ(所在ない・・・)
「そういえばこの家の家業じゃなに?覚えてないから最初から全部教えてよ!」
ロッテ「はい!ド・メディシス家は宮廷薬師のお家柄、ファルマ様のお父君、当家の主ブリュノ・ド・メディシス様は、水属性の神術使いにして、「尊爵」の位をお持ちの大貴族でございます!」
ファルマ「尊爵?」
ロッテ「特に優れた技術をお持ちの貴族に与えられる、公爵位よりさらに上の爵位です。ブリュノ様は帝国薬学校の総長も務めておられます!」
ファルマ(ガチ名家だ————!!)
「へ・・・へぇ・・・!薬師の家だから、息子(おれ)の名前に「医薬品」(ファルマ)って名付けたのかな?けっこう珍しい名前だよね?」

ロッテ「ちなみにお兄様の名前は、丸薬(バッレ)様です」
ファルマ(俺より気の毒なヒトいたよ!)
「兄弟してすごいんだね・・・・」
ロッテ「バッレ様は誇りにしていらっしゃいますよ!」
ファルマ「キラキラネームを!?」
ロッテ「旦那様はおふたりの将来に期待されているのですよ、薬師としての!」
ファルマ(あ、変人だここの主人。どんな情熱のかけかただよ!)
(とはいえ————薬師の家柄と、物質具現化(?)能力「神術」に、地球の医学と薬学の知識(地球とは異なる法則もあるかもしれないけど)慣れればまず、食いっぱぐれはなさそうだな———————・・)
ロッテ「あ、ところで今夜は旦那様がお屋敷に戻られます。ですからファルマ様もご一緒にお食事・・・・あ!!!」

ファルマ「あ、って・・・ロッテ・・・?」
ロッテ「も、もしかしてファルマ様ぁ————今までの薬学知識も、すっかり忘れてしまいました?」
ファルマ「————・・えっ?」
(この世界の薬学知識———————・・・?)

(続く)

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最終更新:2020年06月27日 19:16