美しい湖畔の別荘。
ベランダに、主人公・星矢が、車椅子で佇んでいる。
瞳は開かれているが、まるで死人のように、身動き一つしない。
空の彼方から、天界の戦士・天闘士のイカロス、テセウス、オデュッセウスの3人が舞い降りる。
イカロス「死ね…… 星矢!」
空から無数の槍が現れ、星矢目がけて降り注ぐ。
床に槍が突き立ち、血が滴る。
オデュッセウス「神に逆らい、刃向った者よ。その罪、自らの命によって償うが──」
槍は星矢の体をかすかにかすめたものの、体を貫いてはいない。
テセウス「我々の攻撃をかわすとは!」
イカロス「これは……」
イカロスが槍の1本を引き抜き、窓に投げつける。
ガラスが砕け散る。
窓の向こうから、女神アテナの化身・城戸沙織が現れる。
イカロス「あなたの仕業だ。そうですね? アテナ」
沙織は天闘士3人にまったく臆せず、星矢を気遣い、膝掛けをかける。
オデュッセウス「お引きください、アテナ」
テセウス「我らは、その者を葬るべく遣わされた者」
沙織「なりません」
イカロス「それは、あなたが守る価値のない人間です」
沙織「あなたがたは、いったい誰の命を受けて、ここにいらしたのですか?」
イカロス「姉君が、あなたのことを案じておいでです」
沙織「お姉様が、人を殺せと命じたのですか?」
イカロス「その者は、神々に刃向った罰を受けねばなりません
沙織「星矢を傷つけることは、私が許しません」
突如として空の色が動きだし、あっという間に闇夜と化し、月が大きく輝きだす。
沙織 (世界が一瞬の内に月夜に…… こんなことができるのはただ1人、深き闇を治める月の女神。月が太陽よりも激しく輝いて── この光は、女神を照らすためだけのもの)
月光と共に、月の女神・アルテミスが現れる。
アルテミス「アテナよ。我が妹よ」
沙織「アルテミス…… お姉様」
アルテミス「アテナ、お前は堕落してしまった。人を導き裁くはずの神が、なんと不様な」
沙織「……」
アルテミス「もはやお前に、地上を治める権利はない。私に、地上を渡しなさい」
沙織「……」
アルテミス「今になって、惜しくなったとは言わせない」
沙織は無言で、アルテミスを見据える。
イカロス「アテナの気配が変る…… (気高くも、遺志の力にあふれた眼差し。何よりも清廉な小宇宙。これが本当のアテナなのか)」
沙織は、アテナの証である黄金の聖杖を差し出す。
沙織「これを、あなたに渡せばいいのですね?」
アルテミス「何のためらいもなく手放すとは…… アテナにとって地上は、さほどの価値もないということか」
沙織「その代り、頼みがあります」
アルテミス「頼み?」
沙織「神々の言う聖闘士の罪を、許してください。聖闘士の罪は、私が引き受けます。ですから、星矢や聖闘士に手出しはならなぬよう、どうか…… 人として、命を全うさせてやりたいのです」
アルテミス「見逃せと言うのか? アテナ。お前はその杖と人の命、どちらが重いのか、わかっていますか?」
沙織「……」
アルテミス「人の命など、神に比べれば瞬きほどの短さ。目を閉じて見過ごしてやろう。再び神に仇なすことがあれば、そのときは容赦しません」
沙織「星矢たちはもう二度と、戦いに赴くことはありません。いかなる旗のもとにも、戦うことはないでしょう。アテナの名のもとにも……」
沙織の差し出す杖を、アルテミスが受け取る。
アルテミス「聖域に戻れ。今再び、神としての己を取り戻すのだ」
沙織「仰せのままに……」
光に包まれ、アルテミス、沙織、そして天闘士たちが姿を消す。
星矢が1人、取り残される。
瞳に涙が浮かぶ。
星矢 (駄目だ…… 沙織さん……)
最終更新:2023年12月31日 13:31