機動戦士クロスボーン・ガンダム ゴーストの第1話


宇宙世紀0153年──

これはおれが うさぎを抱いたアリスと
蛇の足(セルピエンテ・タコーン)”に出会ったことからはじまる
“銀色の幽霊”にまつわる記録だ…

そしてその幽霊の名は──



第1話 銀色の幽霊


スペース・コロニー、サイド3の朝。主人公の少年フォント・ボーは、自室で机に向かったまま眠っている。
タブレット端末の映像の中で、AIの美少女キャラクター「ハロロ」が呼び掛ける。

ハロロ『フォント! フォント・ボー様! すでに朝でございますよ! おーい…』
フォント「ん ん」
ハロロ『あなたの忠実なるAIハロロが お目ざめのお時間をお知らせですよ! おーい おーい!』
フォント「ふあ うぅぅ…」
ハロロ『いい加減 生活態度を改めないと しまいにゃ御両親に報告入れますよ…』
フォント「今日も元気だねぇ… ハロロ… 無駄に…」
ハロロ『私をこうつくったのはアナタ! 御主人様でしょうが! さっさとメシくってウンコして しりふいて… 登校なさいまし!』
フォント「ふぅ プログラムに改良が必要…っと」


町中の登校路を行くフォントが、級友の男生徒と挨拶を交わす。

男生徒「おっはよー」
フォント「おーっす」

人類が生活の拠点を宇宙に移してから
すでに1世紀半が過ぎていた

かつて“ジオン公国”だった頃 首都だったここも
今じゃコロニーの片田舎
自分の住むこのサイド3が──
独立戦争をしていたなんてことは教科書の中の出来事だった

だがむしろ“独立”をかかげるコロニー間の紛争は
近年増加の一途をたどっており──
そんな中 特にサイド2が“ザンスカール帝国”を名乗り
勢力を拡大していると聞く

けれど地球攻略を優先するザンスカールは
こちらの方へは足をのばしておらず
それをぼくらはどこか遠い
対岸の火のように感じていたのだ

学校ではフォントは授業中も、そして休み時間になっても大あくびばかり。

男生徒A「いつにもまして眠そうだな?」
フォント「昨夜ネットをわたり歩いていたらな…… ちょっとね だいぶね ほらネットって~ 妙なもの流出してるじゃない?」
男生徒A「おまえの好きな変なガンダムタイプとか?」
フォント「ああ それで本当に…… ふぉんとぉぉに 妙な“兵器”を見つけてさ その存在の是非について サイトで熱く語ってしまった……」
女生徒「え? なになに? フォント そんなことしてんの?」
男生徒B「すごいよ! こいつのサイトは GPシリーズとかハーフZ(ゼータ)*1とか 聞いたこともないへんなMS(モビルスーツ)のデータでいっぱいなの ははは
フォント「GPシリーズは実在したんだよ ちゃんと調べたんだよ ハーフZは自信ないけど……」
男生徒A「そいで昨日のは どんなツノがついてたんだ?」
フォント「あー いや 昨日見つけたのはガンダムじゃなくて…… 添付されたデータを信じるなら それはザンスカールの切りフダで 名前を“エンジェル・ハイロゥ”といった」
男生徒A「天使の輪(エンジェル・ハイロゥ)”?
フォント「直径20km── コロニーに匹敵する巨大なマシンで しかもその能力は 乗り込んだ大量の“精神感応者(サイキッカー)”の能力を増幅 全人類を幼児退行させることができるんだ」
男生徒B「はははは どんなSFだ そりゃ! ガセだよガセ!」
フォント「まー 十中八九はな……」
男生徒B「だいたい幼児化した人類をどうするわけ? 育てんの?」
フォント「おれからはなんとも」
男生徒A「ま 普通に考えて 軍事機密がその辺に流出してるわけもないしな」
フォント「でもなー なんか気になるんだよね 勘みたいなもんなんだけど ヘンすぎるっていうか……」
女生徒「ヘンすぎる?」
フォント「おれがフィクションを書くならもう少しそれらしくするから」

フォント (そう── あのままでは だが おれがおかしいと感じるのは 兵器として成立するには“対”になる“パーツ”が足りてない気がするからだ もし おれの考え通りに“天使の輪(エンジェル・ハイロゥ)”を“補完”する“パーツ”がどこかにあるんだとすれば? もしかすると)

女生徒「ふーん なんかよくわかんないけど ちょっとわかったよ あんた── もてないわ…… フォント
フォント「よけいなおせわ!!


フォントが男生徒とともに廊下を行く。

男生徒「御婦人方に男の世界はわからんものさ」
フォント「か~もね~ あれ? なんだ? あの子?」

1人の少女が、教室を窓から覗き込んでいる。小脇には、ウサギらしきぬいぐるみを抱えている。

フォント「お嬢ちゃん 誰かたずね人かい?」

少女が振り向く。

フォント「(あれ? 中学生ぐらいかな? うさぎ(たぶん)なんか抱いてるから もっと子供かと思ったけど?) ここは高校で…… きみが来るようなところじゃないよ…… あ でも もし探しものなら事務室に連れて行って……」
少女「あなた!」
フォント「え え?

少女が、自分の額をフォントの顔に突きつける。

フォント「うん?」
少女 (ついて来てっ!)

少女が歩き出す。両足首につけた鈴がリン、リンと鳴る。

フォント「え! あ ? ?」
男生徒「何 赤くなってんの?」
フォント「いや…… べつに」
男生徒「どうするの?」
フォント「どうするったって…… 迷子にも見えんけど? なんか放ってもおけないっていうか……」
男生徒「お おい」

フォントが少女を追い始める。抱えていたタブレットから、ハロロが呼びかける。

ハロロ『御主人様』
フォント「どうした? ハロロ」
ハロロ『あのう お取込み中のところ申しわけありませんが…… たいへん申し上げにくい……事態が発生いたしまして あの…… 御主人様のサイトが 消えてしまいました』
フォント「き 消えたあ?
ハロロ『はい……』
フォント「ちょっ……ちょっ…… 待って? 消えたって? どういうこと」
ハロロ『く……くわしくはわかりませんが まるごと完全に削除されています
フォント「ちょっ……ちょっ…… おれ…… 何か規制にひっかかるようなこと? 書いた?」
ハロロ『AI的にはなんとも?』

フォント (そんな…… いくらおとずれる人の少ないサイトだったとはいえ 地道にUPし続けたMS図鑑が…… お……俺の青春がっ)

男生徒「あのな…… そんなことよりフォントよ…… 学校のクラブの研究でつくっているAIに 美少女キャラをのせるのはいかがなものかと思うぞ?」
フォント「や やかましい!
ハロロ『ハロロで──す』
フォント「深い意味はない! どうせならかわいい方がいいだろう!

始業のチャイムが鳴る。少女は、フォントを招くように手を振っている。

男生徒「おっとっと」
フォント「……でも なんか気になるな? 次の授業 代返しといて」
男生徒「いいけど~ (メカヲタクの上 ロリコンじゃなきゃいいけど)」

フォント「きみ? ?」


少女は校舎を出て、屋内体育館へ駆け込む。フォントもそれを追う。

フォント「“フォントくんは ウサギを抱いたアリスを追って 不思議の国へ迷い込みました”……なんてことにならなきゃいいんだけど…… ははは……」

そこには1人の青年。浅黒い肌、黒髪、サングラス。

青年「残念だが 当たらずとも遠からずと言ったところだよ フォントくん! 私の名前は── カーティス カーティス・ロスコ」
フォント「? え え え ?」

カーティスと名乗るその青年がサングラスを外す。その下の目は、盲目のように見える。

カーティス「木星から来た──“蛇の足(セルピエンテ・タコーン)”だ!」
フォント「蛇の足(セルピエンテ・タコーン)? (この人は? 目が? あの感じは? 見えていないのか?)」
カーティス「ふぅぅっ いや…… “蛇の足”ってぇ名前の特殊部隊なんだヨォ “存在しないもの”てな意味のシャレらしいんだけどね? 実際こんなめんどくせぇことは後進にまかせて ぱっと消えちまいたいぐらいなんだが 立場上そうもいかねぇっていうか……」
フォント「……え え (木星と聞いて おれは少しやなことを思い出していた たしかそれは20年前に地球侵攻を目論んだ“帝国”であったし…… たしかあの“天使の輪(エンジェル・ハイロゥ)”の製作にも関係していたと記録に……)」

カーティスの背後から、先の少女が顔を出す。

フォント「あ!」
カーティス「あぁ── この方はベルお嬢様 木星の── さる名家のお嬢様なのですが…… 少し勘の良いところがあって きみを捜すのを手伝ってくださったのです ……っていうか 手伝うってどうしてもきかなくて…… でも…… 本当はやだったんですよォ こんなところ連れて来たの知られたら 後でテテニス様に何を言われるか…… とはいえ おかげでこうして君にも早く会えたわけで……」
フォント「あ あの まったく…… 話が見えてこないんですけど」
カーティス「あぁ── きみのサイトを消したのは私たちだ」
フォント「
カーティス「だが── ザンスカール帝国の目もごまかしきれまい 時間もおそらくないだろう 要点だけ言おう きみは見てはいけないものを見── ひきあててはならない真実をひきあててしまった だから この先 取るべき道はふたつしかない われらと共に来るか ここで死ぬかだ
フォント「なっ……」

突如、大きな衝撃音。

カーティス「来たか……」
フォント「な なんだ? 何なんですか? 今度は? いったい?」
カーティス「──だからザンスカールだよ 狙いはきみだ── 走れ!」
フォント「!?」

ベルが駆け出し、カーティスも続く。

フォント「あっ」
カーティス「生きる方を選ぶならな!」

一同が外へ出ると、もうもうと土煙があがっている。

フォント「な……」

生徒たち「なんだ あれは」

土煙の中から姿を現したのは、『機動戦士Vガンダム』にも登場したモビルワーカー(作業機械)、サンドージュ

フォント「ば……かな? (ばかげている…… あれが? あんなものがおれを? ねらっている?) わあああっ!
カーティス「走れ──っ
フォント「(どうして?) ああああ (なんで こんなことになってしまったんだ?)」

サンドージュが、周囲の生徒たちや学校の物品にお構いなしに、フォントたちを追って来る。
学校内は大混乱。駆け出すベルとカーティスに続き、フォントも必死に逃げる。

フォント (この人は? 普通に走っている?)

カーティスの先を行くベルの足で、鈴が鳴っている。

フォント (いや あの足音を追っているのか?)

ハロロ『御主人様 あれはコロニー外壁作業用大型モビルワーカー“サンドージュ”です』
フォント「ば ばかっ! そんなものは見りゃだいたいわかる…… そんな話なら後で」
ハロロ『同様の反応が3つあります それがこちらを取り囲むように動いていて』
フォント「な? しまっ……」

一同の前方に、別のサンドージュが回り込む。

フォント「あああああ?

サンドージュの攻撃で瓦礫が降り注ぐ。カーティスがベルをかばい、フォントはサンドージュに捕えられてしまう。

フォント「う・う・う あ あ あ」

銃を手にした敵兵が現れる。

敵兵「おい! きさま! “エンジェル・コール”を知っているな?」
フォント「え え え? ? “天使の呼び声(エンジェル・コール)”? ?」

カーティス (知っていると答えろ! その連中に正直に話しても無駄だ!)
フォント (で でも……)
カーティス (殺されるぞ……)
フォント (だけどっ)

敵兵「知っているなっ」

カーティス「心配するな…… だいたい……もう こっちのめざしたエリアには到着しているんだ…… 今…… 今── 霧を── 出す! ちょっとの間…… お嬢さんを…… 頼むぜ!」
フォント「え え」
敵兵「答えろ! 知ってることをあらいざらいだ さもなくば!」

カーティスが腕時計を操作するや、どこからか大量の霧が吹き出し、一同の視界を塞ぐ。

フォント「うわ……」
敵兵「な なんだ? これは? 視界が?」

フォントが必死に拘束から抜け出し、ベルを瓦礫の下から救う。

フォント「う きみ? う」

いつの間にか、カーティスはいない。

フォント「あの人は? いない? どうして? 消えた? どこへ行った? ? だ だめだ…… 逃げなきゃ ハロロ 脱出ルートを……」

さらに別の衝撃音。

フォント「う あっ あ?」
ハロロ『御主人様…… 別の熱源体が接近しています』
フォント「あ ああああっ!!

霧の中に見える巨大な人影── モビルスーツの姿。

敵兵「隊長?」「ククク かまわん…… 撃て! このコロニーにいてわれらの仲間でない以上 全ては敵だっ……」

サンドージュらがビームを放ち、そのモビルスーツに直撃。

フォント「あああ! あ!?」

霧が次第におさまり、モビルスーツの姿が露わになる。

敵兵「な」
フォント「あ・ああ・あ!? (あの? モビルスーツは? 知っている! 知っているぞ? あれは? あれは?)」

身にまとったマント、背にX字のスラスター、額と胸にドクロのマークを持つ、銀色のガンダム──

敵兵たち「た 隊長? あれが? 抵抗分子の使う? ヴィクトリータイプでありましょうか? や やつは…… 無傷であります」「ばかな…… 霧の中とはいえ…… 確実に命中していたはずだ!」

ガンダムのフェイスガードが開き、熱風が吹き出す。

フォント「(放熱……した?) 間違いない! あれは…… クロスボーン……ガンダム! クロスボーン──ガンダムだっ!

かつて木星帝国軍と戦い抜いた宇宙海賊クロスボーン・バンガードの主力機、クロスボーン・ガンダムの雄姿であった。

敵兵たち「おおおお!?」「た 隊長?」「ば・か……な ふざけおって そんなもので…… そんな…… こけおどしのモビルスーツなどで」

フォント「間違いない…… やはり実在したのか…… だ だけど? なんで? 今頃こんなものが? ……」

敵兵たち「われらザンスカールの覇道を止められると思うのかぁぁ」

フォント「そ それに あれはもう失われたはずだ? 17年も昔に? 木星帝国(ジュピターエンパイア)の企てた“神の雷(ゼウスのいかずち)”計画のおりに?」

サンドージュらもビームで反撃するが、クロスボーン・ガンダムには一向に通用しない。

敵兵たち「効いてない? なぜだ ビームが効かないのか」

フォント「最後の機体が大破してっ それが それがどうして?」

敵兵たち「ば……かな ばかな──っ!!
フォント「あ あ」

クロスボーン・ガンダムの圧倒的な猛攻の前に、サンドージュは一掃される。

声『フォントくん 無事か? とりあえずはかたづいた…… 脱出するぞ』

フォント「えええ その声はカーティス……さん? まさか? それに乗っているのはあなた? なのですか? だ だけど あなたは? (目が──?)」

クロスボーン・ガンダムのコクピットでは、カーティスが息を切らしている。

カーティス「あぁ── だから…… ちょっときつい?かな 行くぞ…… 敵はまた来る……」

ベル「カーティス…… お父さん……」
フォント「え え? な あ」

その銀色に光る“存在しない”はずの機体は……
まるで──幽霊のように見えた

宇宙世紀0153年
世界の全てがもう もとの姿に戻ることはないのだと
そんな予感がおれを包んでいた

フォント「クロスボーン・ガンダム…… 幽霊(ゴースト)──


(続く)

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最終更新:2016年07月28日 08:06

*1 本作の著者・長谷川裕一による漫画『機動戦士ゼータガンダム1/2(ハーフ)に登場するオリジナルのモビルスーツ