対訳
登場人物
- セバスティアノ(バリトン):裕福な地主
- マルタ(ソプラノ):セバスティアノの愛人
- ペドロ(テノール):セバスティアノの使用人、羊飼い
- トマソ(バス):村の長老
- モルッチオ(バリトン):セバスティアノの使用人、水車小屋で働いている
- ナンド(テノール):セバスティアノの使用人、羊飼い
- ヌリ(ソプラノ):マルタが可愛がっている少女
- ペーパ(ソプラノ)、アントニア(ソプラノ)、ロザリア(アルト):村娘たち
- 司祭(黙役)、農夫たち、農婦たち
あらすじ
- 場所:ピレネー山脈の高地と、その麓のカタロニアの低地の水車小屋
プロローグ
- ピレネー山脈高地の羊飼いペドロは、久しぶりに会った羊飼いのナンドに、毎晩、主の祈りの時に、神様に女房をくださるようにと祈っていると話す。女を見たこともないくせにとナンドがからかうと、ペドロは夢でお告げがあったと語る。
- この辺り一帯の地主のセバスティアノと村の長老トマソが、美しい娘マルタを連れて山を登って来る。セバスティアノは愛人のマルタに、ペドロを夫にするのだと命じる。
- 一方、マルタの美しさに見とれていたペドロに、セバスティアノは低地に下りてきて、マルタを女房にして水車屋になれと言う。水車小屋の老人が先頃亡くなり、長老のトマソが真面目なペドロを推薦したのだ。ペドロは運命に身を任せて低地に下る決心をし、羊たちをナンドに委ねる。
第1幕
- 水車小屋で働くモルッチオの所に村の娘たち3人がやってきて、マルタが結婚するのは本当かと尋ねるが、モルッチオは答えない。マルタと仲のいいヌリがやって来て、マルタは羊飼いと結婚すると、長老のトマソから聞いたことを娘たちに話す。ヌリは以前、セバスティアノとマルタの会話を盗み聞きし、その時セバスティアノがマルタに「私はお前のもの、ずっとお前のもの」と言ったのが、腑に落ちないでいる。
- マルタが入って来て、娘たちを追い出す。マルタは、自分はご主人のセバスティアノの所有物で自由になれないと、嘆く。
- モルッチオはトマソにセバスティアノについて語る。昔、マルタが彼女の父親だという老人と一緒に物乞いをしていた時に、マルタが可愛かったのでセバスティアノがその老人に水車小屋を与えたこと、主人のセバスティアノは借金があり、借金を返すには金持ちの娘と一緒になるしかないこと、そのためにマルタを誰かと結婚させたいこと云々。トマソは信じられない。
- ペドロが、自分の幸運を喜んで、山から下りて来る。マルタはセバスティアノに、ペドロはイヤだと訴えるが、セバスティアノは世間体のためにはそれしかない、だが二人の関係は続けると言う。マルタはセバスティアノに、自分たちの関係は終わりと言うが、セバスティアノは今夜も来ると答える。
- トマソはセバスティアノに、モルッチオから聞いた話は本当かと尋ね、セバスティアノは一笑に付す。そしてモルッチオに水車小屋から出て行けと命じる。モルッチオは出て行く前に、セバスティアノがマルタの部屋に忍び込んでいることをトマソにばらす。
- 結婚式が終わり、二人きりになって、ペドロはマルタを喜ばせようと銀貨を見せ、自分が狼と戦ってこの銀貨を手に入れたことを話す。マルタは感動するが、ペドロのことをセバスティアノとグルになっている悪党だと思い込んでいて、自分の部屋に行くように勧める。怪訝な顔をするペドロに、マルタは、ペドロは何も知らないのだと愕然とする。マルタの部屋に灯りがつく。それはセバスティアノが来た合図だが、マルタはペドロに、夢を見たのだろうと言って誤魔化し、二人とも水車小屋で夜を明かす。
第2幕
- ペドロは、皆が自分のことを笑うが、自分にはその理由が分からないことで惨めになって、高地に帰ろうと思うと、ヌリに語る。
- マルタは、ペドロが本気で自分を愛していることに気がつき、ペドロを奪われたくないと思う。マルタはトマソに自分の生い立ちを語る。バルセロナで盲目の母と物乞いをしていたこと、そこに老人が加わって三人になったが、母が死んでバルセロナを出て、マルタが踊って物乞いをしたこと。そしてある日セバスティアノと出会い、13歳でこの水車小屋に住むようになり、セバスティアノの愛人となったことを。自分はペドロに値しないというマルタに、トマソは全てを話すことだと言う。
- 娘たち3人がやってきて、何があったか知りたがる。ペドロが入って来ると、娘たち3人は嘲り笑う。ペドロはその理由を聞くが、誰も答えず、マルタに訊けと言う。
- 山に戻ると言うペドロをマルタは引き止めて、自分は主人のセバスティアノのものだったと語る。そしてペドロを主人に買収されたのだろうと煽り、ペドロが逆上するとそのことにペドロの愛を感じる。自分の過去を語るマルタに、ペドロは一緒に山に行こうと言う。
- セバスティアノがやって来て、マルタの踊りを見たいと言うが、マルタはその命令に従わず、ペドロと一緒に山に行くと言う。セバスティアノは村の男たちに命じて、ペドロを追い出す。
- トマソがやって来て、花嫁の父に会ってセバスティアノのことを全部話したと伝える。今やセバスティアノに残っているのはマルタだけだが、そのマルタがセバスティアノに逆らって、自分が愛しているのはペドロだと言う。
- そこにペドロが飛び込んできて、男対男の対決だと言って、セバスティアノと戦い、セバスティアノを絞め殺す。それを見てトマソは天の裁きが下ったのだと言い、ペドロとマルタは山に向かう。
訳者より
- 『低地』という分かりにくいタイトルで、このオペラは損をしているように思われる。少なくとも日本人にはオペラをイメージしにくいタイトルだ。羊飼いのペドロの生活するピレネー山脈の高地に対して、その麓の人々が大勢暮らすカタロニアの地が低地と呼ばれ、ペドロが高地から低地に下ることで、このオペラは展開する。簡単に言うと、高地のペドロと低地のセバスティアノが一人の女マルタをめぐって争う物語だ。
- オイゲン・ダルベールの『低地』を聞いていると、『カヴァレリア・ルスティカーナ』(マスカーニ)や『道化師』(レオンカヴァッロ)のようなヴェリズモ・オペラみたいな感じがする。まさにドイツ語で書かれたヴェリズモ・オペラだ。
- 音楽だけでなくストーリーもそうだ。セバスティアノに拾われて、愛人になったというマルタは、旅の一座の座長カニオに拾われて、カニオの妻となったネッダにそっくりだ。そのマルタやネッダが愛する人を見つけた時に、当然のことながらそこに争いが生じる。
- 『低地』では地主のセバスティアノが殺されるが、セバスティアノがずる賢い悪人、一方ペドロは純真で素朴な善人とはっきり区別されているせいか、ペドロがセバスティアノを殺しても、羊飼いが狼を殺したような感じで、人殺しという罪悪感がない。ペドロに与えられた音楽と、それを歌う歌手たち(ルネ・コロやヨハン・ボータなど)のせいか、純粋無垢のジークフリートが大蛇やミーメを殺しても、ジークフリートを人殺しだと思わないのに似ている。
- 『低地』の原作はスペインのアンヘル・ギメラの劇『低地』で、ウィーンでドイツ語に翻訳され、それがダルベールの手に渡り、作曲された。ダルベールのオペラとしてはこの『低地』と『死せる眼』が有名だが、ではダルベールはドイツのヴェリズモ・オペラの作曲家かというと、そうでもない。
- ダルベールd’Albertというこの名前自体、ドイツの作曲家らしくないが、もとはイタリア出身で祖父の時にAlbertiアルベルティをフランス風にダルベールとした。Eugen(オイゲン)は1864年スコットランドのグラスゴー生まれで英国人の母を持つが、英語が苦手で、自分をいつもドイツ人と感じていたという。17歳の時にロンドンからウィーンに移り、ベートーヴェンの演奏家としては匹敵する者のないピアニストだった。若い頃からピアノ曲を作曲していたが、20歳の時にオペラに出会い、ワーグナーを信奉する。そしてお伽話風のオペラや、喜劇、オペレッタなどいろいろ試み、イタリアのヴェリズモの影響を受けて1903年、この『低地』で大成功する。1864年生まれというと、リヒャルト・シュトラウスと同じで、ワーグナーの影響を受けつつ、次の音楽を模索する時代である。ダルベールはヴェリズモ風の『低地』で成功するも、その後、ジャズの影響を受けたオペラを創ったりもして、全部で20以上のオペラを作曲したそうだが、その中で最も有名で今日でも上演されるのが、この『低地』である。
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最終更新:2025年01月17日 00:16