アットウィキロゴ
"こうもり"

目次

訳者より

  • ヨハン・シュトラウスの「こうもり」の対訳は2012年に実際の舞台で上演するための字幕作成から端を発しましたので私のオペラ対訳の原点ともいえる作品。当時、指揮者の方とも演者のキャラ設定とか舞台映えする台詞回しとかについてさんざん議論をメールでやり取りして、その時の経験がずいぶんと私の訳詞の中でも役立っています。カラヤン/フィルハーモニアの1955年録音につけた字幕が3度目の訳詞チャレンジで昨年出来上がったばかりでもあり その中でほぼやりたいことはやり尽くした感はあるのですが、このカラヤン盤と並んで世評の高いC.クライバー/バイエルンの盤もいずれ訳すことになるでしょうから、まだやる気のある今のうちに手を付けて見ることにしました。といいつつこのC.クライバー盤、音楽は確かに素晴らしいんですがオペレッタとして鑑賞するとなると、これまで私はあまり食指が伸びなかった録音でした。確かに名歌手を揃えて音楽的には凄いんでしょうが、やっぱり主役のアイゼンシュタインはテノールでないと、とか(この盤ではヘルマン・プライ)、スープレットのアデーレにももっと初々しい若手の方が良かったんじゃないかとか(この盤ではルチア・ポップ)、オルロフスキーに変な裏声の得体の知れない歌手(イヴァン・レブロフ~日本のクラシック音楽ファンが知らないだけで、ドイツでは有名なロシア民謡歌手だった人なのだとか)を使っているのに違和感があったりと、色々文句を言っては音盤は手元にあったもののこれまであまり聴かずにおりました。今回手持ちの盤の歌詞対訳に頼らず歌と芝居をじっくりと味わいながら自分で訳しつつ改めて鑑賞しなおすと、これがなかなかに素晴らしい。演奏家の魅力は改めて別項で書きますが、総合的なプロダクションとしてもこれはなかなか優れている盤であることに気がつきました。
  • 一番大きいのはダイアローグの演出にオットー・シェンクの名がクレジットされていること。オペレッタの録音ではこの台詞演出ってとても大事な役割なのですが、あんまりCD録音で演出家名がクレジットされているのは見たことありません。ドイツ語をぼんやりと聞き流しているときは気がつかなかった様々な演出上の仕掛けが推進力溢れる音楽とすばらしい相乗効果を上げているのです。オットー・シェンク演出の「こうもり」といえば1972年にウィーン国立歌劇場のプロダクションとして、それから長いことウィーンでの「こうもり」のスタンダードとして上演され続けてきた名演出。映像でも1972年のカール・ベーム指揮ウィーン国立歌劇場のもの(映画版)や1978年のテオドール・グシュルバウアー指揮の同じくウィーン国立歌劇場のもの、そしてカルロス・クライバー指揮のバイエルン国立歌劇場歌劇場での1986年のプロダクションと、このシェンクの演出によるものですし、他の歌劇場での他の演出家によるプロダクションでも彼の演出の影響を強く受けているものを1970年代中盤からは多く見かけます。そんな名演出のエッセンスを芸達者な歌手たちによる名演技によって聴けるのですからこれは堪りません。台詞部分が長くて退屈することの多い第2幕中盤の「こうもり」の名の由来の種明かしのシーンとか、第3幕の登場人物たちの入り乱れたやり取りなどもこの盤での出演者たちの絶妙な台詞廻しを味わいながら聴くとわくわくするような面白さ。この楽しさを皆さんにも味わって貰おうと今回の翻訳では台詞の部分に徹底的にこだわってみました。
  • とりわけ面白かったのは第2幕、ここはシェンクの演出でもかなり力の入っているところなのでしょう。オルロフスキー公の故郷の言葉ロシア語と、ドイツ語、フランス語の入り乱れる面白さがどれだけ日本語でも表せるかが工夫のしどころです。アドリブもおそらく入ってCD添付の紙のリブレットでも十分拾い切れていないこの多言語の会話をAIの自動文字起こしソフトで拾い上げてみたところ、これら3か国語をかなりの精度で分類して文字起こししてくれましたのでそれをベースに訳を考えてみました。ドイツ語はまあメインの言葉なので普通に訳し、フランス語はオルロフスキー公のクープレの最後に格言として現われる”chacun à son goût!”と、二人の偽フランス人が交わす怪しげな会話の部分ですが、これはインチキ関西弁で置き換えてみるとなかなか絶妙な味が出ましたのでこれで行くこととしました。まあこの舞台でフランス語を喋る人は全員エセネイティブですからこれは許されますでしょうか。問題はオルロフスキーが時折口走り、また従僕のイヴァンとの間で頻繁に交わされるロシア語。残念ながら私も耳コピーができるほどのロシア語知識はありませんし、自動文字起こしの精度もこのロシア語に関しては50~60%くらいの感触。文字起こしされたロシア語も意味不明だったりして取り扱いが非常に悩ましいところでした。色々試みた末、ここは正確な翻訳を諦めて昨年ビゼーの「ドクター・ミラクル」の対訳で試みた中国語繁体への置き換えを試してみました。どうせ当事者のロシア人以外は中身は分からない会話ですから、他の登場人物や聴衆たちにとっても「なんとなくこんなことを言ってるんだろうな」ということが仄めかせればここは十分。それを表すのに日本人にとってはこの漢字の力 侮りがたいものがあります。こうして中国語、日本語(標準語)に関西弁が入り乱れるインターナショナルな(どこがやねん)晩餐会の楽しい盛り上がりが皆さんにもお伝えできたのではないかなあと。あとは第3幕。カラヤン盤ほどフロッシュが活躍していないのが残念ですが、逆にフランクが大活躍。酔いつぶれてふらふらになって入って来るNo.13のメロドラマなど圧巻です。ちょっと私の手に余る所はありますが舞台の臨場感を損なうことのないよう精一杯訳してみました。
  • 歌の部分はカラヤン盤でだいたい私のできることはやり尽くしているような感じであまり修正が必要なところはなかったのですが、いくつかの誤訳の修正と、カラヤン盤と歌詞が異なっている箇所の訳詞の見直し、それと音楽が快速なものですから第1幕のアイゼンシュタイン、ロザリンデ、ブリントの3重唱や幕切れのロザリンデ、アルフレード、フランクの3重唱など文字の洪水で目で追えなくなってしまうところの日本語訳詞の刈り込みを行ってみました。これで重唱が錯綜する部分での頭の情報処理が追いつかずに道に迷うことはだいぶ減ったのではないかと思います。

この盤の魅力について

  • C.クライバーの音楽づくりについては私ごときが語るのも烏滸がましいので、ここでは歌手たちについて触れることにします。まずアイゼンシュタイン役のヘルマン・プライ。私はロザリンデやファルケとの声のコントラストの美しさから絶対にこのアイゼンシュタイン役はテノールが良いと思っているのですが、彼くらい歌も演技も巧ければバリトンが歌っても文句のつけようはありません。特に台詞部分、第1幕のファルケとの掛け合いや、第2幕・3幕でのフランクとの絶妙なやり取りは彼がやらなければここまでの味は出なかったでしょう。オットー・シェンク演出成功の立役者と言える存在ではないかと思います。もちろん歌の部分も美声だけの歌手ではここまでの完成度は出ません。
  • 台詞部分の要がプライだとすれば、音楽の方での要はやはりロザリンデ役のユリア・ヴァラディでしょう。声の美しさもあるのですがこのロザリンデ役、純情でしっとりと歌う乙女チックな側面と、亭主の浮気をじわじわと追い詰める怖い女の側面の両面のバランスが重要です。前者はヒルデ・ギューデン(C.クラウス盤やカラヤン新盤)、ヴィルマ・リップ(シュトルツ盤)などで、後者はアニー・シュレム(フリッチャイ盤)やシュヴァルツコップ(カラヤン旧盤)などで堪能できますが、ヴァラディはこの両方の美質をバランスよく発揮してくれていますので、どの音楽ナンバーでもほんとうに魅力的なのです。この録音の魅力のかなりの部分は彼女の力に負っているのではないでしょうか。
  • フランク役にはオペレッタ界ではベテランのベンノ・クッシェ。当時もう60歳近かったのではないかと思いますが、台詞の多い3幕では八面六臂の大活躍で、オリジナル台本ではほとんど喋らない酔いつぶれて帰ってくるNo.13のメロドラマにも膨大な台詞があてがわれて終始喋って演じています。ここの部分も含め、彼の見事な台詞廻しがうまく日本語に落とし込めたかどうか? たいへんチャレンジし甲斐がありました。カラヤン盤のデンヒと対照的な持ち味の喜劇役者です。
  • オルロフスキー公には謎の人物イヴァン・レブロフ(1931-2008)。Wikipediaの情報によればロシア人を祖先とする(とされている)ベルリン生まれのドイツ人で、ロシア民謡を歌ってドイツでは超有名人だったようです。YouTubeでも「カリンカ」や「カチューシャ」なんか歌っているのを聴くことができましたがロシア民謡らしい重厚なバスバリトン、どうせならこの声でオルロフスキー役もこなしたら良かったんではと思わなくもないですがここでは終始裏声で演じています。歌に関しては声域とか他の歌手とのバランスとかもあってこうせざるを得なかったのでしょうか。台詞では流ちょうなロシア語がぽんぽん飛び出して来て、彼のことをよく知るドイツ人たちにとっては堪えられない面白さだったのではないかと思います。やはりシェンクの演出ではロシア語に堪能なドイツ人歌手が必要で、しかも喜劇の演技までできるとなるともうこの人しか居なかったということなんでしょう。
  • アルフレード役にはルネ・コロ! ワーグナーのタンホイザーやローエングリンなどヘルデン・テナーで鳴らした人ですが、もともとはオペレッタ界の出身。それもあって大変に芸達者なところを歌にも演技にも見せてくれています。こんなに「濃い」役作りのアルフレード、舞台ではともかく録音ではちょっと思い当たりません。この美声でこれくらい演技ができる人ならアイゼンシュタインの役にもぴったり来そう。プライの演技に不満があるわけではありませんが、このコロのテナーでヴァイクル(No.3)やヴァラディ(No.9)とのデュエットが聴けたらどんなにか素晴らしいだろうと思えてしまいます。
  • 「ドクトル・こうもり」ことファルケ博士にはベルント・ヴァイクル。スタイリッシュでしかも美声、ファルケにははまり役です。残念なのはアイゼンシュタイン役のプライと同じバリトンでしかも声質が似ているので声のコントラストがつきにくいということ。ここはやはりルネ・コロのテナーとの掛け合いを聴いてみたかったところです。
  • 第1幕と3幕でほんのちょっとしか出番はないですが、弁護士ブリントの役にはこれもオペレッタの大ベテラン、フェリー・くルーバーを充ててこちらも万全。小気味よい第1幕のアイゼンシュタイン、ロザリンデ、ブリントの3重唱の嵐のような疾走感は見事です。
  • そしてアデーレ役のルチア・ポップ。調べて見ると録音当時はまだ30代半ばだったようですが既に大歌手の風格。第2幕No.7と第3幕No.14のクープレ、いずれもハウスメイドとは思えない貫禄で隙なく歌い上げています。まあこれは演出上の役作りなんでしょう。台詞の部分は別人かと思うような声とコケティッシュさで演じ上げていますから歌の部分でも彼女ならオトメチックな役作りはお手の物だったのだと思います。歌詞や台詞をじっくり読み込みつつ聴いたら印象が全然良い方に変わったのがこのポップのアデーレでした。これも凄いです。
  • フロッシュ役はフランツ・ムクセネーダー(語り役 1920-1988)。演出のシェンク自身もよく務めていた役柄ですがちょっとこの盤では出番が少な目で可哀想。けっこうドイツ語圏では有名な喜劇俳優だったようでドイツ語のWikipediaのページもありました。最晩年に収録されたC.クライバー指揮の「こうもり」(1986)の舞台映像でも同じフロッシュ役を演じていて登場と同時に拍手喝采を浴びていました。その意味では録音ではなくこの映像で彼の演技の魅力は堪能するのが良いでしょうか。
  • こうしてみると、1970年代半ばの録音時期にあっては、最高の歌手、出演者を揃えた「こうもり」のベストパフォーマンスが生み出されたということなんでしょう。個人的にはもっと好きな録音はいくつもありますが、改めてこのクライバー盤の凄さに気づかされました。

Creative Commons License
この日本語テキストは、
クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
の下でライセンスされています。
@ 藤井宏行
最終更新:2026年07月13日 07:00