編集者より
- 朝比奈隆は1949年に関西オペラグループ(現関西歌劇団)を結成し、以来、「椿姫」(1949)、「カルメン」(1950)、「お蝶夫人」(1951)、「ラ・ボエーム」(1952)、「カヴァレリア・ルスチカーナ」「パリアッチ(道化師)」(共に1953)と、毎年次から次へとオペラを上演しています。
- 「アイーダ」が関西歌劇団で初めて上演されたのは1957年のことで、なんと当時の甲子園球場と大阪球場を借りての野外の公演でした。この時の公演は、野外オペラに相応しくと借りてきた馬が逃げ出したとか、直前まで雨が降っていて球場がドロドロだったとか、いろいろなエピソードが伝えられています。それから10年後の1967年の関西歌劇団第23回公演は、フェスティバルホールの舞台で上演されています。
- 朝比奈隆訳で参考にしたのは、大フィルに保管されているプリモ楽譜出版社の昭和31年発行のヴォーカルスコアです。この楽譜には、ほんの一部、抜けている箇所がありますが、ほぼ全部の訳が手書きされています。そこでWEBでダウンロードしたイタリア語のテキストと朝比奈訳を、できるだけ楽譜に合わせて並べました。ところどころ、楽譜に訳がふたつ書かれている箇所は、(別訳:)という形にしました。わずかに訳が抜けけている箇所は、前後を参考に補筆してあります。また、この楽譜にはト書が載っていますので、それも追記しました。
- 朝比奈隆は15作ほどのオペラを訳していますが、「アイーダ」はその中でも最も格調高い訳がなされています。以下、幾つかの例を挙げてみます。
- 第1幕第2場、巫女の祈りの場面の訳はこうです。
Possente, possente Fthà, del mondo
Spirito animator, ah!
Tu che dal nulla hai tratto
L'onde, la terra, il ciel.
Noi t'invochiamo!
- つまり Possente(権力のある)は「知ろしめす」と品良く訳されています。Tu che dal nulla hai tratto l'onde, la terra, il ciel.(無より波、大地、空を創られた汝)と単語の多い外国語を日本語に置き換えるのは至難の技なのですが、「天地(あめつち)の神」とすっきり一言にしています。「知ろしめす」も「天地(あめつち)」も最近では殆ど耳にすることのない言葉ですが、朝比奈隆訳の「アイーダ」には以下のような言葉が出て来ます。
「永久(とわ)に、 常(とこしなえ)に」
「神の御稜威(みいつ)」、御稜威とは御威光のことです。
「益荒男(ますらお)」「強者(つわもの)」「神の宮居(みやい)」
「御業(みわざ)」「雷(いかづち)」「屍(かばね)」「獄(ひとや)」
- 楽譜に書かれている日本語は、音符ひとつひとつに合わせているため、殆どがひらがなで書かれています。例えばこんなふうです。
「つねにはたけきかいなもいまはすべなきか」
- この判じ物のような日本語、畑? 機械? 奇怪な? と色々な言葉が浮かびますが、内容に合いません。こんな時、参考になるのは勿論、オリジナルのイタリア語です。第4幕の最後、石牢に閉じ込められたラダメスが、石を動かそうとしてこう歌います。
私の力強い腕も
動かすことができないのか、死の石よ!
Né le mie forti braccia
Smuoverti potranno, o fatal pietra!
Né le mie forti braccia
Smuoverti potranno, o fatal pietra!
- 格調高い朝比奈訳は、訳語だけ読んでいても、エジプトとエチオピアの王家を舞台にした「アイーダ」の世界が感じられます。
最終更新:2022年02月05日 18:39