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沼辺の夜明け、若しくはある恋の終わり

  • あらすじ
斡旋所からの依頼を受けてゲルゾ沼地へと向かった鏖金の明星
原因不明の鉄砲水に巻き込まれ、リーダーにして勇者候補であるグザンと分断された事により、副リーダーであるが指揮を引き継ぎ、二手に分かれる形での攻略。
剛剣一本を武器に『食事』を行いながら行軍を続ける勇者候補、狗山座敷郎。
偶然辿り着いた集落を支配するゲルゾーネスが一派トリコサンセス、そしてそれを統べる酋長と決闘を行う運びとなる。
消耗した身体で苦戦を強いられるグザンであったが土壇場で編み出した大技『倶利伽羅』を用いて辛くも勝利、話し合いに漕ぎ着けるのだった。


「ハッ!?」

早朝。
何時もなら寝坊の常習犯だのにバネ仕掛けの様に飛び上がる蔦。
何事かと周囲もまた飛び起きると起き抜けに開口一番一言。

「またぞろ狗山様が女子(おなご)を拐かしている気がしますわ!」

「なんだ、ねぼけただけか」
「フワァ…脅かすなよなぁー」

「こうしては居られませんわ!総員、行軍準備ー!」

「お、横暴だ…」
「むにゃむにゃ、むぐぅ…もう食べらんないよぉ〜」

「あ、お蔦ちゃん今日は早いですね?ささ、顔を洗ってらっしゃい、ヨダレに髪が張り付いてますよ?」

「い、!何をそんな悠長な事を言っていますの!?」

「あら、じゃあグザンさんに寝癖のついたボサボサの髪で会いに行くつもりですか?朝ご飯もきちんと食べないとダメですよ?分かったらお顔を洗っていらっしゃい」


「ぐ、ぐぬぬぬぬぬうぅ……!!わ、わかりましたわー!」

「流石ですイチゴ様!」
「ああ、オレはお母さんとか居ないけどお袋が居たらこんな感じなのかもな…」
「誰もご母堂には勝てんという事か」

「うーん、こんなに沢山産んだ覚えは無いんだけどなぁ…」


「ふん!ではお主がどうしてもというのであれば慈悲深くもこのヴァルトメテルの名に於いてトリコセンサスが合力してやろうではないか!」

「辱(かたじけな)い」

「ええい!一々…!沼辺の外の話を色々と聞かせてくれた礼よ…」

すったもんだで話は纏まり。
何やらゴニョゴニョと言っている酋長を他所に、席を外していた番兵の姉妹が酋長の家へと戻った。

「「只今戻りました」」

「お、おう!早かったではないか二人とも!して、首尾は如何に」

「恐れながら鉄砲水その物に関しては有力な情報を得られず」
「しかし先の抗争にて併呑したフロッグマンの者より妙な話が」

「妙な話とな?良い、話すことを許す」


「ぐ、ぐざ…んざまぁ˝…カヒュッ…」

「流石に大声出すの辛いだろアイビーさん?」

「う、うっちゃいですわ!こうしてる間にも狗山様は…」

「遠からず沼地の中心部に…!姫様!鉄砲水です!」

「洒落臭ぇですわ!正面からぶっとばしてやりますわよー!」

「あまりにもちからわざがすぎる」

「あの弟にしてこの姉有り、だな」

求むるは神聖なる者の堕落を望む脚引きの呪詛。
我執と我欲に穢れてしまえ、衆生救済の生贄等にさせはしないし許さない。

「唵・唵・唵!『補陀落渡海・怪魚呪願』ぃぃぃ!!」

呪いに焼かれ、救済を求める怨霊達を纏めて放出させる魔力の奔流。
この沼地で新たに支配した怨霊達を使い潰し、更に散華する怨霊達に巻き込んで相手を強制的に成仏させる極悪極まる呪いがガシャドクロの口腔を砲身として鉄砲水を吹き飛ばし、その根本までも到達せしめた。


「つまる所、最近併呑したその場所が原因と?」

「可能性はある」

ついでとしてお供をさせられている番兵姉妹と共に木々の間を飛び移る様にして移動する酋長とグザン。
ちなみにグザンは何時もの衣装ではなく酋長が見繕ってくれた装束を纏っている。
ぶっつけ本番で編み出された技により(幸いと装備は無事であったが)布地や革の部分が焼けてしまったのだ。
顔やら手足やらに酋長の物に似たペイントをしているのは曰く魔除けなのだと言う。

「いや何、大事にしている石像があると言うでな?目の前でぶっ壊してやったのよ!」

カラカラと笑う酋長に益荒男をして呆れざるを得ない。

「ではそのフロッグマン達が古くより守護していた石像とやらの祟り…だとしたらヌナワがこうしてピンピンしている説明がつかんな」

「さぁな?だが丁寧に崇め奉るというより下手に触れれば障りがあるとか言って臆していたのだ。それをぶっ壊してやるのは痛快だったぞ!」

「まぁ、勝利者の特権よな」

「酋長、お気をつけ下さい」「これより先はヒュドラの領域」

「ヒュドラか、有名よな」

「見たことはあるか?頭が沢山ある蛇竜よ。怒らせると手が着けられん。私も昔尻尾を踏んづけて散々に追い回されたわ!」

「ヌナワよ。私は貴殿の命知らずに今や尊敬の念すら抱いているぞ」

「そうかそうか!当然の事ながら良い心掛けよ!存分に尊敬するが良い!」

「して、怒ったヒュドラとはあんな感じか?」

「そうそう、丁度あんな風に木々を薙ぎ倒しながら暴れ狂って………んん!?」

暴れ狂っていた、ヒュドラが。
木々を薙ぎ倒しながら毒の吐息を噴き散らし、何者かと対峙していた。

「ええい!いい加減にうっとおしい蛇めが!我こそは偉大なる双r」

「「あっ」」

何事かを宣っていたカエルともナマズともつかない奇っ怪な生き物の頭がヒュドラの尾による薙ぎ払いによってもがれ、木々に激突して半分くらい潰れるも其処から瞬時に再生し。

「品性の欠片もない奴!受けてみぃこのオーゼの絶大なる力をぉぉ!!」

オーゼと名乗ったそれが両手を前に突き出すと逆巻く沼地の水が収束し、鉄砲水となってヒュドラへと直撃した。
死にはしないまでも押し流されたヒュドラを見やり、額の汗を拭ってやれやれとばかり座り込む両生類もどき。

「あんな物でヒュドラを仕留めきれる筈が無かろう」

「様子からして、どうやらあの攻防は何度も繰り返されていると見て良かろうな」

その場を中心に四方八方に伸びる鉄砲水の痕跡、荒れ果てた戦場の風情。
それは即ち___

「「貴様が原因か」ぁぁぁ!!!」

一息ついた、と言った様子のオーゼの顔面へと叩き込まれる二人分の足の裏!
たまらず転げるオーゼ、大小の足跡がくっきりと押された顔を押さえながら悶絶するのを尻目に剛剣と曲鉈を突き付けられる。

「い、いきなり何者だ貴様ら!」

「「見て解らんか?」」

「勇者候補だ」「この沼辺を統べる者だ!」

良く見たら顔の作りが上下逆、もしくは下顎に目があるという珍奇な風貌のオーゼに向けて斬撃が二閃。
四つ割りにされるも再び再生を始める。

「わ、我こそは偉大なる双狼門が一柱、“懸濁男爵”オーゼなるぞ!それを足蹴にするとは許さんぞ貴様ら!」

「確かにしたな、足蹴に」「相違ない」

「「恐らくそういう意味では無いかと!」」

危険故、背後で待機を命じていた番兵姉妹からのツッコミが飛ぶも、何かを察知し勢い良く後方へ飛ぶグザンとヌナワ。

「クックックッ、漸く我に恐れを為したか、やはり人間。恐怖には抗え…」

何かそれらしい台詞を言っていた曰く“懸濁男爵”を次の瞬間、強大な魔力の奔流が飲み込んだ。

「ほ、ほげぇぇぇーーー!?」

「ぬぅ!今度は何だ?」

「案ずるなヌナワ、味方だ」

魔力の奔流、その撃ち込まれた方向を見やれば益荒男の見慣れた顔達があった。


「狗山様!」

鉄砲水をぶっ飛ばした先、道中に居た多頭蛇諸共に沼地の木々を大きく吹き飛ばした先には、愛しの益荒男の姿が。
普段と異なる装束なれど己が半身を見間違う事などあり得ない。
白髪の少女はその満面に喜色を浮かべて駆け寄ろうとして、固まった。
良く良く見やれば益荒男と似たような装束を身に着けた女が三人ばかり、しかもその内の一人は益荒男と同じような紋様を彫り込んでいて____

「部族化とかニッチ過ぎますわーーー!!!?」

一転、ガシャドクロに乗ったままに般若の形相で突進する。
途中、鎌首を擡げて起き上がろうとした多頭蛇を踏みつけにして。

「狗山様あぁぁぁぁーーーー!!!貴方というお人はあぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

これにはガシャドクロも『お、落ち着いて下せぇ姐御ぉ!』の表情である。骨なのに。

「おい、アレは味方で良いんだよな?」

「……うむ、ただ少し…気性に難があってな」

「このっ…このっ…色情狂ーー!!!蔦は!蔦は!どれ程の思いでーーー!!!」

張り手(ガシャドクロ)である。
これにはガシャドクロも『ひぃっ!?お許し下せぇ狗山の旦那ぁ!!』の表情を禁じ得ない。骨なのだが。

瞬間、グザンがガシャドクロの上にふわりと飛び乗り、その掌が蔦の新雪の如くな髪を優しく撫で、顔を胸板に埋めさせた。

「許せ、お蔦。世話を掛けたな」

「うぐ、えぐっ…ずぴっ、ゆるじますっ!」

「ちょろいなおきく」

再び感極まって顔から出る液体を全開にさせなが泣きじゃくる正妻の頭を撫で、妻達との再会を喜びあった。

「お、おの…おのれぇ…!」

吹っ飛ばされた上に、ひらりとグザンが躱したガシャドクロの張り手を代わりに食らっていた何者か。
オーゼと名乗る悪魔が泥の中から這い出してきた。

「き、貴様ら、このオーゼを散々と虚仮にしよってからに…許さんぞ…こうなれば我が配下たる四つの大連隊を…」

「あら、悪魔ですのね?」

「ほう、判るのかお前!すごいな!」

「ふん!これでも死霊術師でしてよ!貴女にも後で話を聞かせて貰いますからね!」

「うむ!構わんぞ!」

慎ましやかな胸を張ってフンスと鼻を鳴らし、曲鉈を肩に背負い隣に並び立つ酋長を横目で睨みながら大幣を構える。

「悪魔なら以前にもっと遥かにやっべぇのを相手取ってます!アレに比べれば田圃の蛙みたいなものですわ!」

「相違ない。ではそちらは任せるぞお蔦、我々は…」

「こっちのでっかい蛇だよね狗山様!」

「さっきのアイビーさんの技で幾つかの首は死んだがまだ油断できねぇな!」

「天使の配置、終わりまして御座います我が神よ」

「及ばずながら我々も助力しよう」「集落総出で撃退した事が何度かある」

「潰した首の数で競うか?不死身を殺す技など忍にはごまんとあるとご覧に入れよう」

「毒には注意しろよ?尤も、既に死んだ身には効かんがな」

「皆がんばれー!」

「ん…」

「ああ、お前にも悪い事をしたなはごろも

「はごろもはかたなだ」

「ああ」

「かたなはつかいてをえらばない」

「ああ」

「だからきちんともっておかないとだめだ、だめだぞざしきろう」

「心得た」

抱えていた刀へと戻ったはごろも、オールスローターの柄を手に取り鞘を払い二刀を構える。

「我ら鏖金の明星、その名の下に敗北の二文字はあり得ない!」

益荒男の全身から迸る暗金の輝き。
腥風を纏いながら、尚も凛烈、尚も凄艶。
天地万物の一切我に能わずと何処迄も雄弁に物語るその雄々しさに、ならばこそこれから後の展開なぞは予定調和のお約束しかあり得なかった。


こうして見事依頼を完遂した明星一行はヴァルトメテルの統べる集落で宴に呼ばれていた。

「カーー!うんまい!勝利の後の酒は格別だのうグザンよ!」

「ああ、違うまい」

「しかし、クククッ。ヒュドラを丸呑みにしてしまうとはお主本当に人間か?沼辺の外に興味が唆られてならん!」

如何に首が多くとも胴体は一つであるという話。
ちなみに悪魔の方は四つの大連隊とやらを呼び出そうとしていたのを逆手に取られ、が開いたところをアイビーによって元いたであろう場所へ強制的に退去させられた。

「さてな、心持ちとして普通の人間のつもりだが」

「カッカッカ!お主がそう言えば普通の人間から顰蹙を買おう!」

「心外な」

「ふにゃあ〜ぐざんさまぁ〜」

「全く、漸く落ち着いたと思ったらコレか、全くお蔦は手に負えん」

その後暫くは泣いたり喚いたりだったのが疲れと緊張の糸が解れたのか酒が入れば幼子か猫でも相手にしている様で小さく苦笑する。

「さて、ちょっと私に付き合えグザン。話がある」

「心得た」

ふにゃふにゃになっている本妻を広場に寝かせて集落の外れへと向う二人。
草原になっている場所に寝転ぶ酋長に益荒男も倣う。

「なぁ、グザンよ」

「なんだ?」

「私のお婿さんになれ!__とはもう言うまい。だがそれなら、私も一緒に連れて行ってくれないか?」

彼女らしくもなく声が緊張を帯び、所在なく伸ばした指先をグザンの手が包んだ。

「ゆっくりで良い、話してくれ」

「う、うむ!」

互いの手を重ねれば心無しか酋長の緊張も緩んで。

「私は…母様、先代の酋長を幼くして亡くしてな。それからずっと酋長として皆を率いてきた」

「そうか」

「ああ、私はヴァルトメテル、沼辺の大いなる母だ!だから沼辺の外に興味なぞ無いし、男なぞ家畜同然!取るに足らん!そう…思っていたし口にもして来た」

「ああ」

「だがな…」

グザンの手を取り、自身に押し当てる酋長_ヌナワ。
ドクドクと早鐘を打つ様に暴れているそれが伝わる様に強く強く押し当てて。

「どうしてくれる…お主のせいでもう誤魔化しも強がりも効かんではないか…!」

「ヌナワ…」

「私もお主の様に沼辺の外の世界へ出てみたい!お主の様な男と出会ったのは初めてなのだ!」

恋情、という概念を知らないヌナワは初めて抱いたその感情を御しきれずに苦しんでいた。
ずっと秘めていた外の世界への憧れ、酋長として自身が統べる者達には口が裂けても言えないそれをぶつけられる男を前に全ての感情が決壊した。
どうせ遂げられる筈の無い想い、泣き喚く様な無様は酋長としては許されない。
それでも今だけは全ての柵をかなぐり捨ててぶつけたかった。
益荒男は何も言わずにそれを受け止め、追い付くまで寄り添った。

「ふふ、ははは、無様な所を見せたな。これでは女が立たん」

「さて、何の事かな?私には皆目見当つかんが」

赤く腫れた目元を乱雑に拭ってはにかむヌナワに益荒男も小さく苦笑を返す。

「ヌナワよ」

「ああ」

「貴殿を連れて行く事は罷りならん」

「だろうな」

「好かれて居るのだろう、貴様の統べる者達に。ならばそれらを裏切る訳には行くまい。我らが征くは世界を平らげる修羅の道」

「全く、手強い男だなお主は__ならば私はこの沼辺の全てを統てみせよう!」

そして寝返りを打つ様にしてグザンに飛び付くヌナワ。
想いが遂げられぬならばせめてとばかり、馬乗りになって獰猛に笑む酋長にグザンもまた意気軒昂に返して曰く。
されど譲らん、私は絶対だと知るが良いと。


広場で寝かされていた本妻はその中央で焚かれる火を無機質な硝子玉の様な目に映しながら小さく呟いた。

「やっぱり貴方は何も変わらないのね、花丸」

結局の所、今回の騒動は殆どグザンの独力で事を成した様な物。
本人は否定するだろうが純然たる事実なのだ。

寧ろ独りで苦境に立たされる程に研ぎ澄まされて行くという、蔦が危惧する通りの事態。
つまるところ、行き着くのは―――――




狗山 座敷郎に仲間など要らない。
誰も、要らない。


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最終更新:2026年04月30日 00:34