斡旋所からの依頼を受けて
ゲルゾ沼地へと向かった
鏖金の明星。
原因不明の鉄砲水に巻き込まれ、リーダーにして勇者候補である
グザンと分断された事により、副リーダーである
蔦が指揮を引き継ぎ、二手に分かれる形での攻略。
剛剣一本を武器に『食事』を行いながら行軍を続ける勇者候補、狗山座敷郎。
制限時間を超えた
戦闘形態の発動と断続的な肉体の再生により消耗した体力は四割近くの回復を見せていた。
「控えめに言って死に掛けた。勝手に再生して体力を奪われるのも考え物よな」
首を刎ねられながらも未だに動いている
赤いムカデを腕に絡み付かせるのを実芭蕉に見立てて咀嚼しながらその歩武を進める勇者候補。
不意にその景色が開けた。
「止まれ、何者だ」
見れば女
ダークエルフと思われる番兵風の二人組。
恐らくは集落の入り口であろうその場所は棘蔦の防壁が作られ、櫓の上からは矢を番えた弓兵がグザンに狙いを定めていた。
「失礼仕る。旅の冒険者だ。知らずとはいえ貴殿らの領域に足を踏み込んでしまった事、心よりお詫び申し上げる」
「ふん!それは風体を見れば判る。しかしお前…」
「沼辺にその様な装いをする者は居ない。それにしても…」
二人組のダークエルフは顔をしかめて異口同音。
「「クッッッサ!!!」」
「ふむ?そうか?」
嗅覚疲労と言われるソレ。
蒸し暑い沼地で大量の汗をかきながら泥と様々な生き物やらアンデッドやらの体液を頭から浴びていたグザンの嗅覚は早々に麻痺していたのだ。
「差し出がましい様だが、少し休ませて貰えると有難…」
「ええい!寄るなばっちい!!」
「水を汲んで来させるからそっちで頭から被ってこい!」
嗚呼、全身返り血塗れで戻っても嫌な顔一つせずに笑顔で行水の準備をして背中を流してくれた
苺と
マウルは今に思えば慈母の化身であったか。
これに関しては普段の心遣いを切々と感じる勇者候補であった。
「行軍準備整ったぞ」
「天使による陣形を組み終えまして御座いますアイビー様」
「鉄砲水、凡そ沼地の中心部より断続的かつ不規則に発生している物と思われます姫様」
「宜しい。ならば此処に命令を下します。“直進せよ”直進せよ、直進せよ直進せよ、断じて直進せよ。我等『
鏖金の明星』、有象無象の区別無く、一木一草尽く、遍く総てを轢殺しましょう!」
常識?倫理?自然環境に生態系?
見えん聞こえん解らん知らん。
天地万物の一切如きが、至高の益荒男と同じ天秤に乗せる事すら烏滸がましい。
取り敢えず沼地の中心部に行けば何かしらはあるのである、ならばやる事は一つであろう。
無数のアンデッドによる死の行軍(デスマーチ)。
ガシャドクロの頭蓋に腰掛け、散り逝く命を睥睨する菫の瞳には何の情動も浮かびはしない。
進む、殺す、使役する。進む、殺す、使役する。
ただの繰り返しの作業である。
それは愛しい男の事以外、一切合切些事であると何処迄も酷薄に告げていた。
「お蔦ちゃ〜ん!そろそろ御夕飯にしましょ〜!」
「ハァ!?苺貴女こんな時に食事だなんて何を考えて_」
「デザートはお蔦ちゃんの好きな蜜豆ですよ〜!」
「__くぅっ!すぐ行きますわ〜!!」
本人達及び幸いにも冒険者ギルドにも預かり知らぬ事ではあるが、この姉弟のせいでゲルゾ沼地一帯に多大な環境圧が掛かった事は言うまでもない。
「案ずるな」
「「案ずるわ!」」
急に集落の入り口に現れて怪しい者ではないとか言い出した不審者に息ぴったりにツッコミが炸裂する。
よくよく見ればよく似た風貌、双子だろうか。
「第一、我々相手に鉄製の武器を帯びている時点で印象なぞ最初から最悪だ!」
「やはり男、卑怯が透けて見えるわ!」
「ふむ?そういう物か、重ねて失礼仕った。しかして鉄砲水に巻き込まれてしまい此処が何処とも判らぬままに彷徨っていた次第、何卒御寛恕願いたい」
土地々々の風習とはそういう物かと重ねて頭を下げるグザンに、言い返してこないとなると一方的に罵倒した格好となってしまいどうにも座りが悪いダークエルフ二人は顔を見合わせる。
「ふん!男にしては殊勝な奴よ!」
「そういう事情であれば一応は掛け合ってやろうではないか!」
櫓の上の弓兵に何やら合図する二人。
待つこと暫し、伝令が持ち帰ってきた答えは______『直ちに捕らえよ』であった。
「ぐーーーざーーーん゛ーーーさ゛ーーーま゛ーーーどーーごーーでーーーずーーーの゛ーーー」
漸く時間軸が重なった翌日の中天頃。
早々に本妻の我慢が決壊していた。
「早かったな、思ったより」
「仕方あるまい、寧ろよく頑張った方だろう」
頭の上でギャーギャー喚かれているガシャドクロも心無しか困り顔。骨の表情は分からないが。
『勘弁して下せぇよ姐御ぉ…』とでも言わんばかりだ。
「えぇい!うっとおしいんですのよ雑魚めらァ!」
行軍の規模が大きければそれだけ接敵する数も増える訳で。
しかも魔物にしても何やら死に物狂いで突撃してくる為、戦うざるを得ない。
死霊やアンデッドの類いであればその場で支配してしまえるだけまだマシというレベルである。
「ぐぬぬぅ、グザン様に頼らず事態を収束させて褒めてもらおうと思ってましたのにぃ…!」
「おい、ほんねがでたぞ」
「そうなの!?わーん!アイビーちゃんだけ独り占めずるいー!」
「姫様、それを評して世に浅ましいと申します」
「うん、お蔦ちゃんってそういうトコあるよね…」
「えぇい!黙らっしゃい!!行軍速度上げて行きますわよー!」
ちなみに現時点に於いてより沼地の中心部に近いのはグザンであった。
勇者候補、ボッチになった上に捕まる。
はて何か捕まる様な事をしただろうか?
そりゃあまぁ色々として来たとの自覚はあるが、此処で捕まる道理は無いと思うのだが等と考えていれば腕に縄を掛けられてより奥地のまた別の集落へと引き立てられる。
ちなみに剛剣は背に背負ったままであるが、これは特に抵抗もせずにお縄を頂戴したのでそのまんまなのだ。
ちなみにそんな勇者候補の前後を歩くのは集落の入り口で番兵をしていた二人。
グザンから見てもそれなりの手練れである。
「存外に大きな集落なのだな、活気があるようで何よりだ」
「お前…良くこの状況でそんな呑気な…」
「まぁ褒められて悪い気はせんな。ここは我等
ゲルゾーネスが一派『
トリコサンセス』が治める集落の一つだ」
「ゲルゾーネス、聞いたことがある。猛き沼地の悍婦と」
「中でも一等武勇に優れ残忍なのが我等よ、お前も残念だったな」
「いやさ、貴殿らが気を使ってくれたのは判るさ」
「ふん!男の分際で何処迄も殊勝な奴よ!」
「悪いな、姉は褒められるのが少々苦手なのだ」
「なっ、何を言うか妹よ!私はただトリコセンサスの戦士としてだなぁ!」
「ほほう、
リザードマンに…見たことのない種族よな?カエルか?」
「ああ、
フロッグマンだな、珍しいか?………って話を聞けェい!!」
すったもんだで酋長が居るという集落の広場まで連行されてきた勇者候補。
見物か、或いは逃さぬ為か衆人環視の中、既に日は傾き、広場には大きな火が焚かれていた。
これはもしやアレか?丸焼きにして食べられるのではないか?
そう思っていた矢先である。
「良く来たな、お客人。手荒な歓迎になって済まない__だが男に対する扱いなぞこんな物で良かろう?」
獰悪な迄の嗜虐心を隠そうともせずに高みより凄惨に笑む一人の女。
頭に被るは怪鳥の頭骨、魔物の骨があしらわれた鎧は必要最低限の部分を覆う物であり、生命溢れる肢体を儘に投げ出している姿には一抹の媚も恥じらいも無く、それ故に艶めかしい。
篝火に照らされる黒肌には炎の揺らめきが呪術めいた彫り物に踊っていた。
一目で彼女こそがこの一派の頭目であると判るだけの覇気。
エルフ族特有の年若く小柄に見える姿に不釣り合いな、傍らに置かれた身の丈を超える巨大な
曲鉈が言葉少なにその武威を物語っていた。
「無論、構いはしない。冒険者パーティー鏖金の明星がリーダー、勇者候補、狗山座敷郎。拝謁の栄誉に浴する事、恐悦至極」
「ゲルゾーネスが一派、トリコセンサスは酋長、
ヴァルトメテル。男の癖に能書きが長いな??それとも全部名前か?ん?」
「失礼仕った、長ければ狗山と呼び捨てられよ」
「ああ、そうさせて貰おうグザンよ。クックックッ、それにしてもお主こんな時期に沼辺へ何用か?」
「沼地にて頻発する鉄砲水、加えて周辺地域への魔物の流入を受けて冒険者ギルド…つまりは困り事を引き受ける場所から解決せよとの依頼を受けて馳せ参じた。故あって仲間と逸れまい証文は手元に無い」
「構わん。構わんがグザンよ、沼辺の問題に外野の某かが首を突っ込もうとは気に入らんなぁ」
「貴殿らの土地を荒らすつもりは無い。それに被害規模を考えれば既に貴殿らだけの問題でも無い」
勝手に解決してくれるのであればそちらとしても都合が良い筈。
言外にそう滲ませるグザンに酋長は喉奥でクツクツと嗤う。
「ああ違う、違うのよ、お主が思っている様なそういうソレではない。私はただ_____男如きが私に口答えしたのが許せんのだ」
焚き火の熱すら瞬時に凍り付かせるが如き絶対零度の激情。
グザンを此処まで引き立ててきた番兵二人、それなりの手練れであろう彼女達をして喉奥から溢れる悲鳴を隠しきれない。
一切の臆面もなく自儘に発せられる殺気は稚気ですらあった。
「お、お待ち下さい酋長!」
「…あぁ?」
身の丈程もある曲鉈へと手を掛けた酋長へと番兵(姉)の声が飛ぶ。
「この者は侵入者でこそあれ、これまで一度として反抗的な素振りを見せてはおりません!真にただ沼辺を彷徨っていたのであればそれを徒に処するのは酋長の器量を…ひっ!?」
喧しい。そう口にする代わりに番兵(姉)目掛けて投げ付けられる曲鉈をグザンが横から咄嗟に上空へと蹴り飛ばす。
「ほう…」
「姉さん!」
番兵(姉)に駆け寄る番兵(妹)を尻目に曲鉈の柄より伸びる鎖を引き、自身より大きなそれを事も無げに片手で受け止める酋長。
「男の癖に殊勝な奴よ、敵を助けるとは…よもや惚れたか?男という奴はそれしか頭に無いというからな」
「差し出がましい真似をどうかご寛恕願いたい、だが不興を買ったというのであれば先ず私にぶつけられよ。かかる上に話し合いたい」
「話す?私が?男(おぬし)と?」
傑作とばかりに天を仰いで呵々大笑し目尻から涙すら溢しながや一頻り笑うや否や高みから立ち上がる。
「駄目だ。嫌だ断る烏滸がましい。どうせお主アレであろう?その装束の下に武器でも隠し持っているのだろう?どうだ?当たらずと言えども遠からずだろう!男の考える様な事などお見通しよ!弱いから、つまらぬから、そういう見え透いた策を弄さんと謙る。万事醜悪!私の装いを見るが良い!どうだ?一切の虚飾が存在しない、必要ないのだ!白けるわ!」
「酋長殿。貴殿は些か偏見が過ぎるな…」
だが相手がそう言うのであれば仕方が無い。
要は暗器が気になるから話し合いが出来ないという話だろう。
生憎とこの地には茶室という文化は無いらしいので…。
「ならばこれにて話し合いに応じて頂けるかな?酋長殿」
背にした剛剣を除き、寸鉄も帯びていないと証明すれば良いとばかりに上着を開ける。
こちらとて鍛え抜いた肉体を衆目に晒す事に恥じらいなど無いのだ、ならばこれは当然の帰結とさえ言えよう。
腕に掛けられた縄?グザンにとっては麻糸を巻かれた程の事も無い。
「ふん!小癪な。だが先頃の発言は取り消さざるを得まいな」
外野から上がる黄色い歓声。
益荒男の豪気に酋長も口角を上げる。
「然らば…」
「ああ、私は長らく組み敷くに値する男という者に出逢ったことが無かった」
総身から迸る
闘気。
両手に鉤爪と曲鉈を携えて一飛に高みからグザンの眼前へと、土埃一つ立てずに着地する。
「総じて軟弱に過ぎるからな、喰らうに足る肉に出逢えんというのは難儀な物よ」
怪鳥の頭蓋の眼窩の奥、ギラつく緑の眼光は漸く見つけた獲物に涎が噴き溢れる儘に獰猛に笑む。
「喜べ、グザン。お主を我がお婿さんにしてやる、淑女的になぁ…!」
「私が知っている淑女とはどうやら意味が異なるらしいが…まぁ良かろう。勝敗が全てを決めるなら是非も無し」
つまりはいつも通りの展開という事である。
結局とこの男は強いか弱いかという所に着地せざるを得ないのだ。
「鬨合わせは済んだ、と思って構わんか?」
「無粋を言うなよ、楽しめ!」
至近距離で放たれる蹴りを上体を大きく反らして交わすグザン。
一切の防具が存在しない以上、下手な防御は命取りになりかねない。
翻って同条件の相手はそれが常であるが故にこの勝負、酋長に分があると言えよう。
「ちぇりあぁ!」
「ごふっ…!」
脚を振り抜いた反動を利用し、空中へと飛び上がった酋長の踵がグザンの腹部に突き刺さる。
しかしグザンも負けじとその脚を掴んで投げ飛ばすもやはり事も無げに着地して。
「クックックッ、男の癖に中々やるではないかグザン」
「…これでも相応に武勇で鳴らした物でな」
打突を受けた瞬間、渾身の力で固めた筈の腹筋を貫通して内臓に感じるダメージ。
酋長にして見ても一撃で仕留める筈が攻撃を凌がれた事にいっそ愉悦した。
「だがこれで」「ああ、得物を振るえる」
剛剣に対する曲鉈と鉤爪。
曲鉈の柄から伸びる鎖を手に振り回せば鈍い音を立てて風を切る。
撃剣は酋長に優勢の様相を見せた。
消耗に加えてグザンは本来二刀の剣士、更に酋長も達者。
空中で軌道を変える斬撃、鎖により自在な曲鉈の間合い。
またこの鎖の厄介な事に曲鉈を自分に引き寄せるも自分を曲鉈に引き寄せるも自在であり、鉤爪を用いた掻撃や拳足による打撃が容赦なくグザンへと突き刺さる。
そして何より____
「フハハハハハハハハ!!どうしたグザン!そんな物かぁ!?」
「速い…!」
その俊敏さ柔軟さは山猫等の猛獣を彷彿とさせた。
「どうだグザン?お主は沼辺の外を知っていよう!私は強いか?強かろう!」
「然り、だが_」
だが違う。
これまでグザンが戦ってきた武芸者達とは。
「酋長殿、貴殿はよもや闘法の手解きを…」
「ああ!受けた事なぞ一度もない!」
地面諸共斬り上げる逆袈裟を躱しながら返報とばかりに鎖の先端がグザンの頬を打つ。
頭に被る怪鳥の頭蓋へと飛んだ返り血を指で掬い粘つくそれを弄んでから口へと運ぶ。
「沼辺の魔物がそんな真似をするか?強い者は生まれながらに強いのだ。それを技術だ駆け引きだと小細工を弄し、さもそれが高尚な戦いだのと嘯くのは常に弱者の戯言。お主もそうは思わんか?」
これまでグザンが戦ってきた武芸者達と酋長の相違点。
それは一言で言うならば酋長が全くの『素人』であるという事。
無茶苦茶なのだ。その戦い方の一切合切が。
身体能力こそ凄まじいが、繰り出すのは我流とすら呼べないただの暴力。
力任せの大振りな攻撃に冴えは無く、故に動きが読めない。
全方位に放出される濃密な殺気、故に殺気を読めない。
手段無用、という意味では何時ぞや立ち会った
武芸者を彷彿とさせるがアレこそは基礎から体系立てて構築されたある種模範的な武練の為せる技。
基本を理解するからこそ、それを破る事ができる。
翻って目前の酋長にそれは無い。何せ何も考えていないのだから。
強いて言うならば、積み重ねてきた戦闘経験に裏打ちされたであろう『直感』。
神憑り的な勘働きに己の全存在を賭け、そして生き残った事実を以て最強の自負としている。
誰に憚る事も無い剝き出しの野生、極限の闘争本能。
天衣無縫にして無念無想、酋長とは部族最強の戦士なのだ。
「考えていては考えずに戦っている敵手に追い付けぬ道理」
経験豊富な戦士でも、いや寧ろ経験豊富な戦士こそ術中に嵌る。
相手の戦い方にクセや傾向を見出そうとする程に思考は混乱し、狩られるのみ。
これを狙ってやっているのであればかなりの策士と言えよう。
しかも矛盾する様だが酋長の動きは戦士としては無茶苦茶でも、同時に戦闘に於いては最善手である。
「酋長殿の言う通り、正しく野の獣よな」
「そうだ!私も!お主も!所詮は獣だ!」
つまりは魔物を相手にするぐらいの心持ちで十分であるという事。
何にせよ酋長のペースを崩さずにはグザンに勝機は無い。
隙が無いのであれば無理矢理にでも突き入れ、穿ち、こじ開ける。
つまりは大技が必要とされる訳であるが_折角四割近く回復した体力が現在進行系で削られている次第。
グザンの大技____
三昧金鳥。
外神形態を発動させた上で全力で使用したならば嘗て
ビードロ遺跡にて
巨大なゴーレムを一撃で葬った程の絶大な威力を誇る。
しかし言うまでもなく消耗は大きく、出力に未だに雑さが残る。
一応素の状態でも放つ事は可能ではあるのだが、この酋長が相手では徒に消耗するばかりで牽制にもなるまい。
外神形態を発動すれば出力は上がるが決着より先に体力が底を突く。ならば。
「ほう!なんだソレは?蜥蜴共(リザードン)の真似事か?沼辺の外ではそれが普通なのか?興味が尽きん!」
「…さてな、だが私に出来るのだから他の者にも出来よう」
全身を覆う深紅の鱗、広がる翼。
竜人形態であれば外神形態程に消耗はしない。
だが竜人形態では
神力が使えず、また切り替えるにも手間が掛かる。
よって此処こそが正念場___
竜力を用いて三昧金烏と同等の大技を此の場で編み出す。
「血迷ったか!」
おもむろに広場の中央に焚かれた炎の中へとその身を踊らせるグザン。
竜人形態の恩恵により、炎熱への耐性を得た事で炎がその身を焼く事はない。
「ああ、猪口才だ」
間髪入れずに投げ付けられた曲鉈の刃を受け止めるグザン。
「ふむ、ちと扱いに癖があるが良い得物よな」
だが青銅の刃では竜の鱗を貫くに能わず。
鎖を引いて曲鉈を手元に引き戻そうとする酋長と綱引きの格好になる。
「くぅ…なんの、これしきぃぃ!!」
顔を顰め、歯を食いしばる酋長。
青銅とは熱伝導が良い金属。火の中に投じよう物ならその熱は速やかに鎖を伝って酋長の手を焼く事となる。
そして燃え盛る火焔の中でグザンは既に新たな技を完成させていた。
「礼を言おう、酋長殿」
竜力を込めた
ブレスを剛剣に纏わせて燃え盛る火焔の龍とし、振り抜くと共に敵手へと突撃させる技。
名付けて『
倶利伽羅』。
それが目隠しとしていた焚火諸共に酋長を吹き飛ばし、彼女を地面へと転がした。
「ゴハッ…!?」
白眼を剥き、倒れ伏した酋長へと駆け寄る番兵の姉妹。
静寂に包まれた夜天には雨雲が立ち込め始め、小さな水滴が忽ちに滝となって散乱した薪へと降り注ぎ白煙を上げさせる。
「これにて決着…」
勝ち名乗りを上げようとするグザンにしかし、泥濘む地面を強く踏みしめて立ち上がる者が待ったを掛けた。
「驚いたな」
「ハハッ、軟弱な男と一緒にして貰っては困るなぁ!」
身を案じる番兵の姉妹を振り払い、罅の入った怪鳥の頭蓋を投げ捨てては踏み砕く意気軒昂。
翡翠が如き緑の瞳と髪を露わにして、それでもまだ獰悪に笑む。
自分こそが部族に於いて、否、沼辺に於いて最強であると。
殆ど真っ裸で大技をまともに喰らったのだ、痩せ我慢は明らかである。
既に勝負は決した、どう足掻いた所で結末は変わらない、それは誰の目にも明らかで。
それでも__
「徹底的に可愛がってやる、泣いても止めんぞぉ!」
「構わん、参れ」
その矜持を敬するが故に。
「勝負はまだまだぁ!」「これからよ!」
竜人形態が解除されるグザン。
竜力の消耗という初の事態にそれでも剛剣を両手で構える。
酋長もまた、吹き飛ばされて尚取り落とさなかった鎖を手繰り、曲鉈を頭上にて振り回す。
「ちぇぇぇぇぇりやあぁぁぁぁぁ!!!」
「ふんぬぁっ!」
頭上高く跳躍し、遠心力を込めた会心の振り下ろしを放つ酋長。
対する益荒男、体力気力共に払底するも極限の領域にてその闘争本能は逆袈裟を選択。
無念無想の剣が力の伝達部である鎖を両断し、呆ける酋長の腹部目掛けて掌打が深々と打ち込まれた。
「降って来ましたねー」
「どうにもこの辺りは天気が変わりやすいと聞く」
「さびる…」
「
はごろもは錆ねーだろ?」
「はいはーい、日も落ちましたし今日はもう野営にしましょーねー」
「ぐーーーざーーーん゛ーーーさ゛ーーーま゛ーーー」
「お蔦ちゃんもう暫くアレしか言ってないよぉ…」
「声枯れてるし…」
「私が言うのも何だが私よりも亡霊じみて来たな…」
実はグザンが最初に訪れた集落から然程遠く無い所を掠めていたのだが、進軍を優先した蔦は立ち寄る事無く直進していた。
「痛ッッッつ!!」
全身の激痛に飛び起きる酋長。
文字通り寝床から飛び上がって周囲を見回すもそこは見慣れた自室の光景。
「目覚めたか」
そして見慣れぬ異邦の男と番兵を任せている姉妹の姿に自身の状況を悟る。
「敗れたのだな、私は」
「ああ、敗れた」
寝台に身を転ばせ、自身の人生に於いて初、言い訳の余地の無い敗北を噛み締める。
自身も目の前で見慣れぬ細長い器具で煙草をふかしている男も手当こそされているが全身傷だらけであった。
「プフフッ」
「何か面白い事でもあったかな、酋長殿?」
「いやさ何、折角の綺麗な顔がボロボロではないかグザンよ」
「何を言う、酋長殿も似たような物ではないか」
「ヌナワ」
「む?」
「ヴァルトメテルは代々酋長に受け継ぐ名。お主には特別に私をヌナワと呼ぶ事を許す」
「心得た」
「それに向う傷は女の勲章だ!誇りになる事はあっても恥にはならんさ。故、気にしてくれるなよ?」
「痛み入る」
口調こそ変わらず悪童めいた物であったが、今や其処に害意や悪意と言った物は含まれておらず、寧ろある種の清々しさすら感じられた。
「私と話がしたかったのだろう?丁度いい、どうにも半日は動けそうにもない。話し相手になる事を許してやろう!フッフッフ、私の話しは長いぞ?質問攻めにしてやる!」
「恐悦至極。然らば_」
此処で漸く酋長ははにかむ様に微笑んだ。
ああ全く、手酷く痛め付けてくれた物だ。
下腹の方が未だにジクジクと疼いて仕方が無いではないか、と。
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最終更新:2026年04月30日 00:02