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グザン様ボッチになる〜IN ゲルゾ〜

泥濘の中から跳ね起きたグザンは即座に大剣を構えて周囲を警戒する。
そして喫緊の脅威が無い事を確認すると膝をつき、大きく気を吐く。
空を見上げれば、既に紺色の夕闇が迫りつつあった。


事の発端は数刻前へと遡る。
現地の斡旋所からの依頼を受けてゲルゾ沼地へと足を踏み入れたとある冒険者一党。
曰く、沼地の魔物が周辺地域へと雪崩込んだり原因不明の鉄砲水が押し寄せる等の異変が発生し、沼地周辺に住まう部族や採取キャンプに甚大な被害が出ているとの事。
名目は調査でこそあれ、危険地帯であるゲルゾを踏破できる実力者として丁度近辺で活動していた『鏖金の明星』に白羽の矢が立った次第。
準備を済ませ意気揚々と沼地へと赴き、奥地へと進む冒険者一党であったが突如として件の鉄砲水に遭遇。
運悪く低地を行軍だったが為に回避不可能と悟ったグザンは仲間を次々と樹木や高台へ投げると、自身の大太刀はごろもに抱かせて本妻へと投げ渡す。
そして一言「任せる」と告げ、独り濁流へと呑まれたのであった。

さてこの若武者、濁流に呑まれると即座に外神の姿へと変じていた。
全身の触手を総動員して繭の様に体を包み込む事で、被害を最小限に抑えたのである。
しかし生身なら『ひき肉』になるは必定の濁流と、制限時間以上まで形態変化を発動させた負担により体力気力、加えて神力が払底。
手元に残った持ち物は大剣が一振り、煙管、竹の水筒と非常食の兵糧丸二つに乾飯多少、飲み残しの酒。

そして何より、久しくたったの独りである。
兵糧丸一つを丸呑みにして水を一口含むと両腕と両腿の重りを外す。
周囲の植生に詳しくは無いがかなりの距離を流されたと判断し、日が落ちてからの活動は無謀だろうとマントとベルトでハンモックを拵え、大剣を抱え体を休めた。

曇り空に覆われた翌朝未明、先ずは酢になる前に飲み残しをクイとひっかけ、乾飯を齧って水筒の中身で最後の兵糧丸を飲み下すと改めて周囲を見回す。
ざっくり沼地のどこかにある森林部というのは分かれど現在位置が分からない。
斥候は早くからくノ一に任せきりだった。
そういえば樹木の年輪でも方角が分かると言うのでスパンと一刀両断にするも…さて何処をどう見た物かと“縦に”真っ二つとなった木に腰掛けて思案する始末。
………幸い流されて来た"上流"である筈の方向は分かっているのだからそれで良かろう。
グザンは眦を決し、悠然とその歩武を進めるのであった。


沼底から起き上がった泥の人形、何やらうめき声を上げていたソレを逆袈裟に斬り捨て頭を踏み潰す。
思えば死人の類は専ら本妻の領分だった、大太刀の方であれば死人でも死霊でも斬れたのだが大剣ではそうもいかぬ。
尤も野の獣等は大太刀の邪気を恐れるが故のある種の魔除けとしての判断であり、何よりあの濁流の中で万が一にも手放す訳にはいけなかった。
しかし合流したら暫くは煩かろうな…と、二体三体と斬り捨てながらに思う。
未だ体力や魔力は全快には程遠く、そんな状態で戦闘形態を発動するは自殺行為である。
加えて沼地の泥濘む足場と複雑な地形が余計に体力を消耗させ、汗が噴き溢れる。
窮地にあっても若武者に苦悶の表情は無いが、それでも限界が近いのは自明であった。
最後の一体を大剣の腹で圧し潰し、血振りの要領で泥を払い一息着く。
あまり上手い方法では無いが骸骨だろうが死体であろうが、或いは泥人形であろうが微塵に砕けば活動を停止する。
尤も純然たる鉄の延べ棒に不死殺しを為せる道理もないので、暫くすれば再び動き出す物もあるだろうが__この様に。
斬り捨て微塵に叩いて潰したその残骸、手だの足だの頭だの切れ端が寄り集まった成れの果てが、どうにかこうにか一人前。
そんなのが3.5本足でなんとか立ち上がって__背後から勢いよく踏み潰されて今度こそ砕け散った。
と、其処へ更に響き渡ったのはけたたましい獣の叫び。
見やれば毛皮を纏った魔物が牙を剝きながらこちらに向かって猛進する姿が。

客観的に見れば先頃よりも危機的な状況に、しかして益荒男は薄く笑んだ。
重ねて言うが現状は糧食も水も払底し、また消耗も激しい。
そんなところに泥ではなく、生きて血肉の通った魔物が転がり込んできたならばやる事は一つ。

つまりは食糧調達である。


益荒男は鮮血に塗れた口元を拭う。
目の前の地面にはしゃれこうべがころころころんと三つばかり、そして今しがた食べ終わった四つ目をも一つころんと並べて思う。
世には子連れで襲いかかる猿の居ることかと。
髑髏の内訳は大きいのが二つ、中程のが一つ、小さいのが一つ。
察するに雌雄の番と子供が二頭。
人で言う所の家族であろうか、生憎と益荒男はこの手の知識には疎かった。だがそれでもこれから戦に赴くに際して乳飲み子を片手に抱えて臨むとは考え難い。
となれば順当に考えて何かしらに住処を追われたという事。
そして追われたのであれば、当然その何某かを背にしてという事になるだろう。
立ち上がった益荒男に目掛けて、今度は大猩々の様な大蟹が文字通り泡を食って突撃する___此処に攻略の目処は立った。


数刻後、益荒男は“直進”していた。
手にした大剣で現れる有象無象を片端から叩っ斬り、喰らい、道なき道を独り切り拓く。
しかしそれがまるで誂たかの様に、まるで最初からその様な生き物として生まれ落ちたかの様に馴染み高揚している自分が居た。
今は依頼の最中で、不謹慎の誹りを免れぬ振る舞いなれど、こればかりは仕方ないではないか。
何せ切り放題に食べ放題、楽しくならなければ嘘だろう。

陸を闊歩する蛸、大剣で樹木に磔にされ目の前で脚を一本ずつ食われる。
糸を垂らす大蜘蛛、垂らした糸を大剣に巻き取られて一本釣り。
目玉模様の茸、縦に裂けるなら食べられるとの理屈で無理矢理縦に引き裂かれる。
一角の河馬、正面から自慢の角を脳天ごと叩き割られる。
そして真紅の百足、果敢に襲い掛かる物の、咬む瞬間に首根っこを掴まれて親指で頭を刎ね飛ばされた挙句、頭だけになっても噛みつこうとするのを踏み砕かれて靴底ですり潰される。
未だ動いている体が腕に絡みつくままにさせながら、実芭蕉をそうするように咀嚼していると不意に景色が開けた。

ちなみに後で料理番にはしっかり怒られた、『ちゃんと火を通して下さい!お腹壊しますよ!』と。
ごもっともである。


ちなみにそんなお妾さん達はどうして居たかというと____時は若武者が流された直後まで遡る。

「ぐーーーざーーーん゛ーーーさ゛ーーーま゛ーーー」

投げられて樹の梢に引っ掛かっていた本妻。
顔から出る液体という液体を全部出しながらえらくきったない鳴き声もとい泣き声を上げながら濁流に呑まれる益荒男を見守るより他に術もなく。
投げ渡された幼女がこれまた渋い顔をしていた。

「おつた、きたないー」

「汚くありませんわよっ!ってあ痛ァ!?」

受け身も何もあった物ではない無様な落下。
下が泥濘んだ地面で助かったと言うべきか、あるいはそこに顔から突っ込んだのを嘆くべきか。

「取り敢えず鉄砲水は収まったみたいですね」

「そもそもアレは本当に鉄砲水なのか?」

「気が付いた頃には既に避けようも無く、私の不徳と致す所です」

「いやー、今のは仕方ねぇだろ?分かってても動けたモンじゃねぇっておキクさんよ」

周囲の安全を確認してから続いて降りてくる他の面々。
ちなみに刀を抱えていた幼女は無事である。
落下の際に本妻を足蹴にして飛び退いていた。

「ぐえぇ…自分だけ避けましたわねこのガキンチョおぉ…」

「怪我はありませんかお蔦ちゃん。ほらこれタオル」

「申し開き様もありません姫様。さすれば直ちに狗山様の捜索を…」

「なりません」

ピシャリ。冷たく、そして鋭く発せられた言葉に水を打ったかの様に周囲に緊張が張り詰める。
(実際先程水を打った訳だが、鉄砲水が)

「しかし姫様…」

「お黙りなさいお菊。貴女に意見は許しません」

ゴシゴシゴシゴシ。
化粧が崩れるのも厭わず乱雑に顔を拭って立ち上がった少女はその背後に般若の姿すら視えようとばかりの鬼気を纏っており。

「狗山様は私に『任せる』と仰いました。ならばこそ此処で任務を中断するなど言語道断」

本来であれば真っ先に駆け付けたい。
誰よりも何よりも、世界とだって釣り合わない程に愛している。
愛している、愛している、愛している、愛している。
ならばこそ、その信頼を裏切る事など許されない。

フローラ。貴女が何も言わないという事は狗山様の生命に障りは無いのですね?」

「げに。アイビー様」

「では…“指揮権は我に有り”これより速やかに任務を完遂し、狗山様の捜索はその次です」

普段は出しゃばらないだけでこう言うのが得意なのは寧ろ白髪の少女なのだ。
そして此方も鋭く眦を決した。

「私とフローラで索敵を行います、召喚術式の準備を。お菊は鉄砲水に警戒。苺は紛失物の確認。その他は行軍準備。ちゃっちゃと終わらせますわよ!」

「「「「「「「はっ!(おー)」」」」」」」

その後、爪を噛みながら小さく呟いた言葉は悲壮と焦燥を帯び、愛よりも寧ろ呪いに似ていた。

「あの子を独りにしてはいけない」


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最終更新:2026年04月30日 00:02