◇
27年前。日本の山折村で起きた”生物災害“は、国際情勢を一変させた。
災厄による地球の破滅を予見した“Z計画”の存在が明るみとなり、世界が混乱の渦中に飲み込まれたのだ。
破滅への恐怖と動揺、その際限なき肥大化。
計画の情報が秘匿され続けていたことへの不信と疑念。
政府機関の対応への不満や批判の高まり。
未曾有の危機が露呈したことで、大衆の中から多くの“火種”が芽生えた。
結果としてそれらは、大規模な暴動として世界各国で炸裂することになった。
抗議デモ、反政府運動、あるいは無軌道な暴走。
臨界点を迎えた大衆感情は、世界中で多くの血を流す結果を生んだ。
世界保存連盟――GPAの発足で本格的な治安維持活動が行われるまでの間に、世界で8000万人を超える死者が出た。
世界の滅びに立ち向かう前。
開闢の日を迎えるよりも前。
人類は既にひとつの災厄を経ていた。
大衆による人類の自壊という災厄である。
恐慌の激流は、世界で数多くの惨劇を招いた。
EU加盟国のひとつ、イタリア。
Z計画を主導した日米に対し、ドイツと共に早い段階で協調の道を選んだ国である。
彼らの参加が欧州諸国の行動を促し、中東や中南米も含めた“地球保護協定”の拡大へと繋がった。
――激動の情勢を前にして、イタリア政府は早急に動いたのだ。
国内の犯罪件数、それに伴う死傷者数は、苛烈なまでに跳ね上がっていた。
これ以上の血を流す訳には行かないと、一刻の猶予を争う判断を迫られたのである。
現代社会。時代が倫理と規範に傾く中で、マフィアは暴力装置としての力を失いつつあった。
かつてのような堂々たる“ゴッドファーザー”はもう何処にも居ない。
法によって“適切に”支配される社会において、非合法的な稼業を牛耳る彼らは日陰へと追いやられていた。
しかし“Z計画”の流出に伴う混乱に乗じて――あるファミリーが“用心棒稼業”で幅を利かせるようになった。
度重なる暴動や略奪。警察でも対処し切れない混迷から地域を庇護し、それを多大な利益へと変えたのだ。
他のファミリーとの協定や縄張りを無視する形で行われたその活動は、瞬く間に裏社会の緊張を生み出した。
やがてその一件は、マフィア同士の抗争を再び表舞台へと引きずり出すきっかけとなった。
日陰へと沈むはずだったマフィアは、世界の危機を前にして“暴力を振るう舞台”を得たのだ。
彼らは直接的な抗争や駆け引きのみならず、時には手段として人々の暴徒化を扇動した。
自らの手を下さずに敵対地域を荒らすために。あるいは、社会不安を意図的に煽るために。
こうしたマフィアの跋扈は、イタリア政府がGPAへの参加を迅速に決断する所以となった。
『さて坊主。名は何と言う』
その少年も、犠牲者の一人だった。
あるファミリーに扇動されて暴徒化した人々による略奪、殺人。
その混乱に巻き込まれ、彼の両親は命を落とした。
行く宛のない少年を救ったのは、扇動者達と敵対するマフィアだった。
老いたギャングは、気品漂う風格を纏いながらアンティーク調の執務席に腰掛ける。
『……ディビット・マルティーニ』
10代半ば程の少年が、静かに呟く。
『マルティーニ……成る程、“御曹司”か』
まだ青さを残す顔立ちに、拭えぬ影が滲む。
疲弊して窶れた瞳には、深い悲壮を宿している。
薄汚れた衣服と、顔や手足から覗く痣の数々は、少年が経た受難を言外に示す。
“ボスの執務室”にて、少年は老人と向き合う形で椅子に座っていた。
『坊主、マフィアの成り立ちを知っているか』
そんな少年へと、老人は淡々と語りかける。
まるで若人に対する講義を行うかのように。
『毒を以て毒を制す。かつて侵略や抑圧に曝されたシチリア人は、悪徳の中に生きる術を見出したのだ』
怜悧な刃のように鋭い老人は、過去を振り返る。
自分たちマフィアの始まり――苦渋の歴史、秩序の揺らぎ、法への不信。
彼らは既存のコミュニティを否定し、アウトサイドへと向かうことを選んだ。
正義の中で救われない者達は、悪徳の中に根を張る道を歩んだ。
『――世界に綻びが生まれた。一度撒かれた火種は、そう容易くは消えない。
例え滅びの危機とやらを乗り越えたとしても、その先には更なる混迷が待っているだろう』
そして世界は今、正義と秩序の揺らぎを迎えている。
地球の行く末、人類の存亡。その顛末はどうにもならないが――。
それらを乗り越えた後には、間違いなく“混沌の時代”が訪れる。
訪れる未来を見越して、老人は目を細める。
『故に我々は、“悪徳”によって時代を越える。
混沌の世界で、我らは“仕組み”に根を張る』
混迷の幕開け――開闢の前奏。
新たな世界の波を、老人は見据える。
眼前の少年を、自らの船へと誘う。
『私は、リカルド・バレッジ』
その老人は、大首領(ゴッドファーザー)だった。
その老人の言葉に、少年は一筋の希望を見出していた。
『――毒を喰らう覚悟はあるか。坊主』
秩序の外側、悪徳への歩み。
全てを失った少年に手向けられた、第二の人生。
過ちを犯した世界を生き抜く術――。
血の盟約で結ばれる“仁義”が差し出された。
◇
◆
ブラックペンタゴン1階。
南西エリア、外周部――温室。
ホログラムの青空。
照明で再現された陽光。
温暖な気温に調整された空間。
熱帯地域の如く豊かに茂った緑。
無機質な監獄にはまるで不釣り合いな場。
無数の植物が並び、訪れた者達の視界を覆う。
そこに割り込むのは、漆黒の暴威。
縦横無尽に跳躍する、破戒の怪物。
闇夜にも似た、黒鉄の嵐が吹き抜ける。
偽りの青空を背負い、暗黒が侵食する。
全てを飲み込む“悪”が、魔人の形を取る。
猛り狂う。荒れ狂う。
死の迅風が、災いと共に狂走する。
破滅の化身が、暴威と共に飛び交う。
身の程を知らぬ有象無象を、蹂躙する。
ルーサー・キング。
闇の帝王――悪辣なる牧師。
正真正銘の全力、加減抜きの能力行使。
超力第二段階、“Public Enemy”。
その猛威を前に、三人の悪童達(バッドガイズ)は駆け抜ける。
迫りくる攻撃から逃れながら、決死の奔走を行う。
とにかく致命打を避けるべく、彼らは走り続けていた。
いったい何度、逃げ続けたのか。
いったい何度、回避を繰り返したか。
予期せぬ交戦を経た彼らには、それを振り返る余裕などない。
次々に襲ってくる“漆黒の鋼鉄”を、彼らは只管に躱し続ける。
今もまた、彼らは疾走を強いられている。
筋肉を躍動させ、意識を集中させ。
荒々しく迫る死の濁流を、とにかく凌ぎ続けていく。
「――――エネリット!!ジェイ!!」
黒鉄の弾幕が、荒れる暴風のように殺到する。
樹木を薙ぎ倒しながら、無数の嵐が周囲一帯を蹂躙する。
漆黒の鉄杭を回避し続けながら、ディビット・マルティーニは叫ぶ。
「ヤツは“到達者(プレシード)”だ!!
超力の次なる段階に至っている!!」
かつて“ルーサー・キングの本気”を目の当たりにしたディビットは、そのことを知っている。
彼の超力が“並の段階”を超越していることを、既に理解している。
故に彼は伝える――次々に迫る鉄杭を躱し続ける二人の共闘者たちへと。
「ディビットさん、彼の能力は!?」
「元の超力の出力強化と、装甲による身体強化!!それ以外の能力付与は無い筈だ!!」
エネリット・サンス・ハルトナが叫ぶ。
超力によって縄のように伸ばした髪を駆使し、立体的な機動で回避に徹している。
その表情には一切の余裕がない。歯を食いしばりながら、せめてもの情報共有を試みる。
「――――では、対策は!?」
その問いを叫んだ瞬間、伸縮させたエネリットの頭髪が“切断”された。
無数に放たれる黒鉄の弾幕が、樹木を掴む髪を断ち切ったのだ。
目を見開き、舌打ちをして、エネリットはネイティブ世代の高い瞬発力を駆使して動き出す。
「高出力の超力行使だ、“到達者”と言えどヤツの肉体には相応の負担が生じる!!
“鋼鉄操作”と“装甲での白兵戦”――どちらかに意識を集中させている間、片方の精度は幾らか落ちる!!」
超力『4倍賭け』によって脚力を強化しながら、ディビットは“弾幕の本体”を視界に捉える。
広大な温室内――数十メートル先の地点で、魔人は悠々と闊歩する。
その装甲を起点にし、数多の鉄杭を生成して周囲へと放ち続けている。
「他には、何かねえのかよッ!!」
予知を駆使しながら我武者羅に回避し続けるジェイ・ハリックが、荒らげるように声を放つ。
ディビットの告げた対策は結局のところ、一般論も同然――決定的な打開策には程遠い。
全力を出した帝王を突破するための道筋には、到底及ばない。
全力を解放したキングを倒すためには、決定打が足りない。
即ち火力。即ち、あの黒鉄を穿つ手段。
この場にいる三人の超力は、いずれも破壊力に欠けている。
対人戦闘では十分に機能するとはいえ、圧倒的なフィジカルで戦う怪物を前には不利。
せめてネイ・ローマンがこの場に居れば――。
そんな思考がディビットの脳裏によぎる。
先刻に仁成を戒めた言葉が、自らに跳ね返る。
彼はこの場にはいない。それが現実だった。
「――――ヤツを侮るな!!この戦いを“被検体の前座”だとは絶対に考えるな!!」
そう、無いものを求めてなどいられない。
バレッジ・ファミリーの幹部を排除する口実が生まれた以上、この場でキングとの交戦は絶対に避けられない。
だからこそ、場にある手札を駆使して戦い抜くしかない。
キングは放送を聞き逃しており、禁止エリアなど情報面で致命的に遅れを取っている。
しかし被検体と接触を果たした以上、恐らくブラックペンタゴンに発動された罠には既に気付いているだろう。
すなわち、被検体との交戦を余儀なくさせるギミック――タイムリミットの存在。
ブラックペンタゴンでの籠城を妨げ、受刑者達の行動を強要する為の仕掛けがあることを、キングが見抜かない筈がない。
そして今のキングは、恩赦ポイントを回収している。
――理屈の上では“たったの40ptで”娑婆に出られる、キングがだ。
仮に恩赦の存在が真実であり、刑務での回収ポイントに応じた減刑が本当だとすれば。
(この刑務さえ生き延びれば、ヤツはすぐさま表舞台に姿を現す――――!!)
ディビットにとって、それこそが全ての終わり。
キングがここでブラックペンタゴンを離脱すれば、恩赦を抱えたまま穴熊を決め込み――刑務の残り時間をやり過ごすだろう。
そうして娑婆に戻った牧師は“幹部の不義理”を口実とし、自らの指揮でバレッジ・ファミリーを潰しに掛かる。
刑務所からの間接的な指示とは、訳が違う――。
大首領の帰還によって確実に士気が跳ね上がる“キングス・デイ”が、全力の抗争を仕掛けてくるのだ。
焦燥と緊迫の中で、ディビットは奔り続ける。
未だに有効打を与えられず、ジリ貧のまま防戦を強いられている。
持久戦となれば不利なのは、間違いなくこちらの方だ。
第二形態の維持には相応の負担が掛かるとはいえ。
地力で劣るディビット達が長期戦を挑むのは余りにもリスクが高い。
故にこそ、攻める瞬間を見定めなければならない。
死の嵐を凌ぎながら、勝ち筋を探らねばならない。
そうでなければ、先に限界を迎えるのは自分達の方だ――。
「なあマルティーニ、健気な坊やよ」
そして、その声が響き渡る。
威圧と共に響く、帝王の声が。
「打つ手なんざ、持ち合わせちゃいねえだろ?」
鉄杭の弾幕が止んだ、コンマ数秒後。
爆撃のような鳴動が、激しく轟いた。
漆黒の巨塊が、凄まじい速度で駆け抜ける。
迫る、迫る、ほんの一瞬の合間に迫る。
ディビットの眼前へと、驚異的な瞬発力で迫った――。
「“なし崩しの喧嘩”となりゃあなァ――――!」
ディビットは刮目し、突如として迫ったキングを捉えた。
壮絶な瞬発力に対し、回避に徹していたエネリットやジェイの迎撃が間に合わない。
そのままキングは、まるで戦車のような質量を伴い、ディビットへと突進する。
“あの”銀鈴に比べれば、遥かにマシな相手。
被検体Oに比べれば、まだ勝機のある相手。
そんな彼らの見通しは、気休めにも、慰めにもならない。
「はああああぁぁぁッ――――!!!!」
“4倍賭け”――腕部の筋力を倍加。
膨張した筋肉に包まれた両腕が、キングの突撃を食い止めに掛かる。
地響きにも似た衝撃と、激突の轟音が伝播する。
「しゃらくせえ」
キングが、冷淡に吐き捨てる。
極僅かな時間、その動きを制止することを果たしたものの。
圧倒的な質量を抑えることは出来ず、ディビットの身体は弾き飛ばされる。
緑に覆われた床を転がるディビット。
更なる追撃を仕掛けようとしたキングだが、咄嗟に斜め右後方へと意識を向ける。
キングの後方――エネリットが跳躍と共に、己の髪を一点に収束させていた。
長大な槍のような形状を取った髪が、背後よりキングを狙って突き出される。
されど放たれた刺突では、漆黒の装甲を穿つことは適わない。
純粋なる硬度によって髪の長槍を弾き、刃先の先端を砕かせる。
エネリットは驚愕と共に目を見開く。
その直後に、キングは右腕から無数の有刺鉄線のような鞭状の鋼鉄を精製。
右腕を幾度も振るい――風が引き裂かれる音が、繰り返される。
奇襲を仕掛けたエネリットを、鞭の乱打で引き裂かんとした。
しかしエネリットは滞空したまま髪をすぐさま操作し、防御へと徹する。
四方から襲い来る鋼鉄の鞭――それらを的確に防いでいく。
連打を前にして衝撃は押し留められず、そのまま吹き飛ばされるものの。
少なくとも致命傷は回避しきった。まるでキングの攻撃を見切ったかのように。
「流石はネイティブの小僧だ。反応が良いな」
手傷を凌いだエネリットを、キングは悠々と評価する。
彼はそれをネイティブ世代の身体能力と認識したが――。
そこにはキングの攻撃を凌ぐための“仕組み”が隠されていた。
――超力、『神の目』。
言語や挙動、そして駆け引きを問わず、あらゆる嘘を見抜く能力。
その手傷により戦線に参加していない神父、夜上 神一郎の異能。
夜上の超力を借り受ける許可は、既に得ている。
エネリットはこの能力を行使し、キングの攻撃の“駆け引き”を読み切った。
故に防御へと徹することで、致命打を避けることができたのだ。
そして次の瞬間に、複数のナイフが側面からキングを襲う。
不可視、透明の刃――しかしそれらはキングの肉を貫けない。
黒鉄の装甲によって防がれた刃は、そのまま灰のように霧散する。
「――くそったれがァッ!!!」
ジェイ・ハリックの超力『透明の殺意(インビジブルナイフ)』。
暗殺の凶刃は一撃たりとも通用せず、ジェイは思わず吐き捨てる。
全身を硬化する超力を持つ呼延 光にも通用しなかった――なればキングに通らないのも道理。
それを理解しつつも、ジェイは焦りを露にしながらキングと一定の距離を取り続ける。
そこから間髪入れず、エネリットが中距離の死角から超力を行使。
捕獲網のように拡散させた髪を前方へ放ち、キングの行動を阻害せんとする。
「小細工で俺を食い止められるんなら、苦労はしねえだろ」
キングは鋼鉄の右腕を瞬時に振るい、放たれた髪を引き裂きつつ。
その一部を掴み取り、勢いよく後方へと振りかぶる。
超力の解除が間に合わず、エネリットは伸ばした髪もろとも投げ飛ばされる。
「うおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!!!」
エネリットが放られた、次の瞬間。
ディビットが咆哮を発した――――その直後。
タイプライターを打ち続けるかのような、けたたましい音が轟く。
銃声の乱打。キングの隙を突くように、側面から無数の弾丸が襲い来る。
キングは反射的に左手を突き出し、漆黒の鉄盾によって弾丸を弾いた。
その視線を動かし、マシンガンを握るディビットの姿を捉える。
「いいねえ、それでこそ悪党(ギャングスタ)だ。
てめえはアル・パチーノって訳か?イタ公」
“トミーガン”――トンプソン短機関銃・改。
旧式銃の外見と、開闢時代に合わせた最新式の火力や内部機構を併せ持つマシンガン。
現代においては“マニア向け”や“象徴”として売り込まれる、言わば復刻銃(リプロダクト・ガン)の一種。
それはかつての悪党達が使った銃器。
それはかつてのアウトロー達が用いた凶器。
米国・禁酒法時代の暗黒街で猛威を振るった“ギャングの代名詞”が、悪の帝王へと牙を剥く。
エネリットとジェイが時間を稼いでいる間。
ディビットは迷うことなく“ドミニカ・マリノフスキの首輪”を使用し、100ptの恩赦を回収。
デジタルウォッチですぐさま30ptを消費――――“マシンガン”を調達。
そのまま黒鉄の魔人へと目掛けて、機銃を掃射したのだ。
もはや出し惜しみなどしていられない。
帝王を殺すためには、温存などしていられない。
間髪入れず、再び引き金を弾くディビット。
――かかってこい、と誘い込むかのように。
けたたましい銃声が、再び轟く。
だが、キングはあくまで動じることなく。
彼を一瞥しながら銃弾を弾きつつ、右掌を翳す。
次の瞬間――地面が波打つ。
流動する鋼鉄の波が、激震と共に放たれる。
まるで濁流のように押し寄せる、流体の黒鉄。
ディビットは目を見開き、舌打ちをしながら後方へと即座に跳んだ。
「チィッ――――!!」
そして、爆音が轟いた。
地面から噴き出た爆炎が、鋼鉄の波に飲まれる。
ディビットが40ptで確保した“リモコン爆弾・3個セット”、その1つである。
ディビットはそれを植物の陰に隠す形で仕掛けていた。
しかしキングは先程の掃射が“罠へと誘い込む為の陽動”であることを見抜き。
鋼鉄操作による範囲攻撃で、すぐさま罠――爆弾を潰しに掛かった。
後方へと下がって鋼鉄の波から逃れながら、ディビットはドラムマガジンを放る。
そして先んじて確保していたマガジンを装填し、再びトミーガンを発射。
たたたたたたん――――小気味良い銃声が、軽快に唸りを上げる。
放たれる凶弾を前にしながら、キングはその全てを装甲で凌ぎ続ける。
駆動する帝王の身に鉛弾を浴びせながらも、鉄盾や防御行動によって妨げられる。
「さしずめ“動体視力”でも強化したか、坊や」
――弾丸の雨は、一発一発すべてが正確にキングを捉えていた。
完璧な先読み。完璧な照準。その意味をキングは悟っていた。
ディビットは超力によって、自らの“眼”を強化している。
四倍に跳ね上がった視力を駆使し、キングの高速機動へと的確に対応していたのだ。
再起したエネリットが、挟み撃ちの形でキングの後方から迫る。
ディビットの掃射を援護するように、伸長させた髪をキングの足元へと勢いよく伸ばす。
その機動力を少しでも阻むべく、次々に髪を殺到させる。
しかしキングの姿は、瞬時に掻き消えた。
エネリットは一瞬認識が遅れ、それから『神の目』によって捉える。
ディビットもまた、帝王の行動を強化した動体視力で捉えていた。
――跳躍である。凄まじい脚力を駆使して、跳んだのだ。
「全く、舐められたモンだな」
残像を帯びながら駆動したキングは、それから突如として軌道を変える。
空中にて精製した鉄骨で自らを打ち抜き、地上めがけて高速射出したのである。
それは被検体Oとの戦闘でも用いられた立体的機動。
全身を纏う黒鉄によって衝撃を無傷で耐え、猛スピードで地面へと落下。
目指す先は、ディビットの立つ地点。
ディビットは咄嗟に後方へと跳び、落下するキングを回避。
されど反応速度の差に加えて、思う程の距離を稼げず――そのままキングが着地した際の衝撃によって吹き飛ばされる。
眼の4倍強化の代償として、脚力の劣化を招いていた。
その一手の遅れを前にして、ディビットは目を見開く。
「ディビットさんッ!!!」
咄嗟に声を上げるエネリット。
ディビットの超力には運の要素が絡む。
強化と引き換えにした対価。特定の能力の一時的な劣化。
この土壇場において、機動力という失ってはならない能力に枷が掛けられたのだ。
普段のディビットならば、そうした窮地においても問題なく対処しただろう。
しかし今の相手は誰か。生半可な相手を凌駕する、圧倒的な怪物である。
その怪物を前にして、不運を掴むことになれば――致命的な結果を招く。
「こなくそがあああッ!!!」
駆け出したジェイが、側面から再び不可視のナイフを射出。
ディビットの異変に気付き、咄嗟の援護を行ったのだ。
しかし、キングは最早見向きもしない。
ジェイの超力など脅威にもならないと、分かり切ったからだ。
黒鉄の装甲に触れるだけで、刃は虚しく打ち砕かれていく。
弧を描くように駆け抜け、ジェイとは逆の側面からキングを捉えるエネリット。
その表情には、拭い切れぬ焦りが滲み出ていた。
――決定打を与えられない。奴の手数と物量、硬度を突破できない。
――波状攻撃で相手の照準を分散させながら、時間を稼ぐことしかできていない。
もはや消耗戦へと転じつつある現状を、エネリットは正しく理解していた。
今のエネリットの手数は限られている。
超力を借り受けられる“味方”は、殆ど全員が前線に立っている。
手元にあるのは、『鉄の女』と『神の目』のみ。
メアリー・エバンスや銀鈴と相対した時のように、超力の複数運用による莫大なシナジーは見込めない。
どうする。どうすればいい。
思考は纏まらず、焦燥が駆け抜けていく。
刻々と時間だけが過ぎ、死が迫ってくる。
それでもエネリットは、目の前の状況に対処せざるを得ない。
複数に分離させながら伸ばした“長髪の槍”。
それら一発一発が、的確に急所を狙って放たれる。
頭部、胸部、脚部――少しでも命中すればいい。
僅かにでも足止めが出来ればいい。
そんな思考は、突き抜ける衝撃によって断ち切られる。
――髪の槍を弾きながら、地を蹴って疾走したキング。
超高速で突っ切る勢いに乗せた拳が、エネリットを襲ったのだ。
咄嗟に発動した髪の盾によって、少しでも手傷を凌いだものの。
その壮絶な威力を前にして、エネリットは血を吐きながら吹き飛ばされる。
「キングゥゥ――――ッ!!!」
体勢を立て直したディビットが、再び吠えた。
瞬時に振り向くキングの眼前へと、“それ”は投げ付けられる。
2個目のリモコン爆弾――しかしそれを起爆するのは、遠隔のスイッチではない。
投擲から間髪入れず、再び銃声が轟いた。
マシンガンの銃口が火を噴き、キング目掛けて幾度も放たれ。
――そして、宙を舞うリモコン爆弾へと被弾する。
キングの眼前で、四方へと爆炎が放射される。
紅蓮と灰煙が、魔人の頭部を覆うように拡散する。
轟音が響き渡り、波紋が周囲の植物を震わせる。
開闢を迎えて、超人と化した人類をも殺傷し得る兵器。
紛れもなく、新世代基準の破壊力。
ネイティブと言えど、直撃すれば重傷は免れない。
それから、間もなく。
ディビットは、その双眸を見開く。
「くたばりな。ディビット・マルティーニ」
煙幕を突き抜けるように、魔人が姿を現した。
凄まじい瞬発力に身を任せて、突進を行ってきた。
爆熱で顔面の装甲を焼かれながらも、強引に行動を続けて。
漆黒の剛腕が、一迅の風にも似た残像と化した。
超力、4倍賭け。
再発動のタイミングが、ようやく訪れた。
脚力強化。とにかく致命打を躱そうとした。
しかし、全力で攻めに掛かるキングの射程から逃れられない。
咄嗟に身を逸らすことを試みた。
何としてでも、死から逃れようと足掻いた。
それから、ほんの僅かな間を経て。
「ぐッ、がああああああ――――ッ!!!!!」
ディビットの口から、苦悶が吐き出される。
迸るような痛みを前に、その両眼を見開く。
即死は回避した。だが、代償はあまりにも大きかった。
虚構の青空の下――。
ディビットの左腕が、宙を舞っていた。
根元から抉り取られ、断面から血飛沫が溢れ出す。
衝撃と苦痛に歯を食いしばりながら、ディビットの身体が崩れ落ちてゆく。
「エネリットォォォォォォォォッ!!!!!!」
疾走の最中、ジェイが殆ど反射的に叫んだ。
――予知だ。“ディビットの死”を視たのだ。
その叫びの意味を、エネリットはすぐさま理解した。
エネリットの胴体は激痛に苛まれ、骨は幾つも折れている。
立ち上がるだけでも、苦悶が全身を迸っていく。
それでもネイティブ世代の身体強度によって、強引に苦痛を誤魔化した。
そしてエネリットは、自らの気力を振り絞った。
無理矢理に奮い立ち、我武者羅に走り続けた。
決死の疾走と同時に、超力『鉄の女(アイアン・ラプンツェル)』を行使した。
「失礼しますよ、ディビットさん……ッ!!」
瞬時に伸長したエネリットの髪が、横転したディビットの脚を絡め取る。
その直後、髪が勢いよく伸縮――。
ディビットは強引に引き摺られる形で、エネリットの傍へと引き寄せられていく。
「逃がすと思うか、坊や――――」
「ッ、らああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
キングがエネリット達を一瞥し、その右手を翳した瞬間――――。
ジェイが決死の咆哮と共に、側面からキングへと攻撃を仕掛けた。
ただ我武者羅に、不可視のナイフを次々に放ち続けたのだ。
「こっちを見やがれ“牧師”!!!!テメェの相手はッ、このオレだァァァ――――!!!!」
ジェイは吠える。
決死の覚悟で吠える。
腹の底からの叫びを絞り出す。
効くのか。効く訳がない。
通じる訳がない。だけど、やるしかない。
一人でも戦力が欠ければ、敗北へと傾く。死へと傾く。
ジェイの思考は激しい混迷を繰り返し、それでも腹を括るように覚悟を決めた。
エネリットがディビットを退避させる。
その為にも、少しでも隙を作れれば、少しでも時間を稼げればいい。
自分は“予知”を駆使して、その間を何とか切り抜ければいい。
キングの周囲を機敏に駆け抜けながら、ジェイは只管に刃の弾幕を張り続ける――。
「小僧。“キンシャサの奇跡”を知ってるか」
四方から絶え間なく放たれる不可視のナイフ。
キングは――――棒立ちのまま、そこに在り続けていた。
漆黒の装甲が、刃を弾く。防ぐ。妨げる。
繰り返される攻撃は、帝王には届かずに砕けゆく。
「1974年、モハメド・アリ対ジョージ・フォアマン――ボクシング界の伝説的試合だ。
アリは“象すら殴り倒す”と謳われた剛腕の帝王であるフォアマンに挑戦した」
闇の帝王――“牧師”は、悠々と語る。
まるで世間話でも振るかのような口振りで。
「フォアマンの強靭なパンチに、アリは幾度も打ちのめされたが――。
それでも8ラウンド目まで耐え抜き、最後にアリがKOでの逆転勝利をもぎ取った」
崇敬の意思と共に並べられる言葉。
思い出話にでも興じるような声色。
「彼は不屈の闘志を持った、崇高なる英雄(ブラザー)だったんだ」
そして――漆黒の巨影が、残像と化した。
ジェイは“予知”をする。目を見開いた。
すぐにこの場から逃れるべく、地を蹴ろうとした。
それよりも疾く。
黒き残像が、駆け抜けた。
ジェイの両足が、地面から離れた。
その身体が、突如として宙に浮いた。
超高速での突進を仕掛けたキングが、勢いに乗せてジェイの顔面を掴んだのだ。
抵抗の余地など、ある筈がなかった。
圧倒的な膂力の差が、抵抗を許さなかった。
そのままジェイの顔を掴んだまま、キングは疾走し――――。
「てめえも見せてみろ。アリのように」
突進の勢いを乗せ、ジェイを壁面へと叩き付けた。
ごふ、と――口から血反吐がぶち撒けられる。
その目から、鼻から、鮮血が溢れ出した。
装甲車に追突されるような激痛と衝撃。
脳が揺さぶられ、視界が激しく混濁する。
「不屈の闘志ってモンをな」
そして、二撃目。三撃目。四撃目――。
漆黒の砲撃にも似た、パンチの連打。
畳み掛けるように繰り出される、鉄拳の連撃。
「あ、が、ぎ、ああ、あああァ――――ッ!!!!?」
壁や床が激しく震動する。
空気が波紋のように揺れる。
壮絶な破壊力の拳撃に曝されて。
ジェイの四肢は叩き潰されていく。
――金切り声のような絶叫が、温室に響き渡る。
――壊れた人形のように、手足がひしゃげる。
――肉が潰れる音が、骨がへし折れる音が、繰り返される。
――それはもはや、一方的な蹂躙だった。
遠方から、エネリットが決死の表情で駆け抜ける。
ディビットを草陰に一時退避させ、戦線へと帰還したのだ。
蹂躙されるジェイを救出すべく、自らの頭髪を再び伸縮させた。
装甲の下で、キングは喉を鳴らすようにほくそ笑む。
駆け抜けていくエネリットを妨げるように。
彼の正面の床から次々に、漆黒の鉄柱が勢いよく突き上げていく。
まるで地雷のように作動し、行動を阻害する鋼鉄の数々――。
鉄杭のように隆起する凶器を前に、エネリットは咄嗟の後退を余儀なくされる。
立体的な機動によって再び接近を試みるも、先んじて仕掛けられた“鋼鉄の罠”が迎撃に動く。
間に合わない。誰が見ても明白だ。
エネリットが届くよりも先に、ジェイは死ぬ。
キングは、ディビットの負傷から盤面を操っていた。
予知能力を持つジェイが、重傷を負ったディビットの死を真っ先に予測する。
ディビットの安全を確保するのは、髪を操る能力によって中距離からの救助が可能なエネリットだろう。
そうしてエネリット達が無防備になる最中、ジェイが遊撃によって“しんがり”を務める。
キングはそのことを見越して、ジェイとエネリットを分断させた。
「無様なもんだなァ、ハリックの小僧。
此処まで堕ちて、“また”間違えるとはな」
キングは、ジェイを見下ろす。
壁面に背を預け、満身創痍のまま崩れる“敗者”を。
「間違った世界で生き抜く為には、常に何かを選ばなくちゃならねえ。
だが、てめえはこの期に及んで選択を誤った。
その結果がこれだ――――なあ、分かるよな」
手足は砕け散り、血肉と化して散乱していた。
辛うじて遺された左腕は、針金のように折れ曲がっている。
顔面は原型を失う程に打ちのめされ、両目はその視界を失っている。
受刑者の衣服は自らの血で赤く染まり、胴体は肉塊のようにひしゃげている。
内臓の損傷によって、口元からは止め処無く血が零れ落ちていた――。
「救えねえ小物だよ。何の値打ちもねえ」
“開闢”によって異能者としての特別性を失い、歩むべき指針すら見失い。
些細な騒ぎで警官殺しの罪を背負い、自らの未来が断たれた男。
身の程を知らないし、身の振り方すら分かっていない――。
かつてハリック家を買い叩こうとしたキングは、ジェイを侮蔑と共に断ずる。
◆
甚振られ、嬲られたジェイは、その意識を混濁させる。
もはや生きているのか、死んでいるのか。
彼自身にさえ、ひどく曖昧な状態だった。
――――“エドの兄貴さぁ、一体何が不満だったんだよ!?”
――――“今度のクライアントは、俺らを高く買ってくれたんだよ!”
揺らぐ意識の中で、ジェイの脳裏に過ぎるもの。
ありし日の自分。過去の記憶。
まだ落ちぶれる前の、最後の姿だった。
――――“自分を安売りするなって?ワケ分かんねえよ!”
――――“これ以上、下がる価値がどこにあるってんだ!?もう限界なんだよ!”
自らの価値を証明することに躍起になって。
進むべき道を、ただただ見誤って。
兄の忠告をも無視して、自暴自棄になって。
結局は何もかも台無しにしてしまった、どうしようもない自分の姿。
――――今は雌伏のときなんだ。
――――耐えろ、ジェイ。己を見失うな。
兄の戒めが、脳裏に蘇る。
軽んじてはならなかった忠言が、浮かび上がる。
この地獄に落ちて、刑務へと放り込まれて。
少しでも兄に報いられるように、奔走したつもりだった。
結局、今の自分はどうだ。
今の己は、何かを成し得たのか。
自分はちゃんと耐えられたのか。
己にとって正しい道を見つけられたのか。
自問自答を繰り返して、繰り返して、繰り返して。
――――お兄さんより、上手だったわ。
死にゆく“魔王”の姿を、唐突に思い出した。
仄かな寂しさと、微笑みを湛えた、“あいつ”の顔を。
ジェイを称賛するように見つめていた、“友人”の眼差しを。
――――じゃあね、ジェイ。
何かを手に入れて、何かを喪った、あの瞬間。
あのときの感覚が、胸の内で静かに灯されて。
その小さな熱に、心を刺されるような感覚がして。
“あいつ”を送り出して、今もこうして歩み続けていて。
けれど、それこそが。
自分がようやく見つけた、確かなものなのだと。
ジェイ・ハリックは、そう思っていた。
◆
「あいつに、比べれば……」
掠れた声が、絞り出される。
か細い言葉が、捻り出される。
「銀鈴に……比べたら……」
見えない眼差しで、帝王を睨む。
“あいつ”に比べればお前なんか、と。
「あんたは、屁でも……ねえ……ッ」
ジェイ・ハリックは、啖呵を切る。
死にゆく身体を、気力のみで保ちながら。
――そんな彼を見下ろして、キングは目を細める。
身の程知らずも此処まで来たか、と。
哀れみと軽蔑を込めた、冷淡な目を向けていた。
「小僧。俺を誰だと思ってる」
「ハッ……くっだら、ねえ……」
威圧的な“牧師”の脅迫を前にして。
それでもジェイは、笑っていた。
――何が帝王だ、何が牧師だ。
――アンタも“監獄”に堕とされて、甘んじてる身分だろ。
――結局はGPAの敷いた仕組みには逆らえねぇ癖に。
――身の程弁えた“井の中の蛙”が、大物ぶってるだけじゃねえか。
「あんたは……オレと、同じだ……」
息も絶え絶えに、言葉を吐き出す。
“帝王”を気取る悪党を、嘲るように。
かつての己を振り返り、ジェイは嗤う。
「世界の、“仕組み”には……敵いっこねえって……」
世界の流れに屈し、妥協の道を選ぼうとした。
そんな過去の自分を追憶しながら。
眼前の牧師へと、確固たる敵意を向ける。
「妥協しただけの……救えねえ小物、だろ……ッ!!」
そして、その言葉を最後に。
漆黒の鉄掌が、ジェイの顔面を掴む。
――言いたいことはそれだけか、と。
啖呵を断ち切るように、キングの右手がジェイを持ち上げる。
奔るエネリットが、十数メートルの距離まで辿り着いた。
自らの髪を伸ばし、キングに攻撃を仕掛けようとする。
しかし、それよりも先にジェイは死ぬ。
キングの右手が、ジェイの頭を握り潰すのが先だ。
明白だった。妨害は、間に合わない。
歯を食い縛りながら、エネリットはジェイを見た。
キングの掌、その隙間からジェイの顔が覗く。
彼は最後に、エネリットへと眼差しを向けた。
潰れた筈の右目が、確かな光を宿していた。
それは意地か、あるいは奇跡か。
強い意志を以て、無言のままに訴えかけた。
――――たったいま“予知”した。来るぞ。
これから訪れる“次の嵐”を、ジェイは伝える。
現状を打ち砕く可能性が、放り込まれると。
それが吉と出るか、凶と出るか。
ジェイにも、エネリットにも、誰にも分からない。
ただひとつだけ、確かなのは。
ジェイ・ハリックは、此処で幕を下ろし。
次なる役者が、舞台に上がるということだ。
「――勇ましいな」
そして、処刑は敢行される。
漆黒の右掌が、頭部を握る指先の力を強めて。
ジェイの顔面が、爆ぜるように弾け飛んだ。
「捨て台詞にしちゃあ上等だ」
形を失った頭部。血飛沫と共に崩れ落ちる肉体。
キングが右手を伸ばし、頭を失くした首から強引に首輪を抉り取る。
ぐしゃりと肉が千切れて、骨が砕かれる音がした。
漆黒の帝王は、そのまま床へと倒れゆく亡骸を見下ろし――。
追撃の左拳を振り下ろして、人の形すら遺さずに打ち砕いた。
【ジェイ・ハリック 死亡】
そして、次の瞬間――――。
キング達の頭上で、激しい轟音が鳴り響いた。
何が起きた。キングもエネリットも、そちらへ視線を向ける。
鋼鉄製の天井。その一部が裂け、爆ぜていた。
5、6メートル前後の範囲が“斬撃”によって断ち切られており。
その裂傷部を起点に“爆破”が生じたのだ。
破壊された天井の部位が、瓦礫のように崩落する。
次々に落下する鋼鉄の断片から、キングは腕を振るって弾き飛ばす。
弾かれた瓦礫が床を吹き飛び、樹木を薙ぎ倒していく。
――――降り注ぐ瓦礫に混じるように。
キングの頭部に、靴底が叩きつけられる。
流星か、弾丸の如く、鋭い一撃だった。
天井からの落下と共に、乱入者が蹴りを叩き込んだ。
「ハハッ――――!!」
それから間髪入れず――――爆ぜる。
靴底に塗られた一筋の血が、爆炎を放つ。
鋼鉄に覆われたキングの頭部が、紅蓮に包まれた。
熱と煙の匂いが、温室を吹き抜けていく。
爆炎の蹴りを叩き込んだ勢いに乗り、空中で回転しながら後方へと下がる乱入者。
直後、襲い来る第二波――――天井に空いた風穴から、“二人目の”乱入者が落下する。
爆炎を顔面に受けたキングへ目掛け、二人目の乱入者が落下と共に“抜刀”する。
空中から放たれた居合の一閃が、焼け焦げた顔面の装甲を斬り裂く。
――その硬度を無視して、刀が黒鉄の装甲を断ったのだ。
キングは即座に超力を集中させ、斬撃で破壊された装甲を修復――手傷を回避。
それと同時に胴体を覆う黒鉄を起点とし、周囲へと“鋼鉄の弾丸”を掃射。
次々に放たれる弾丸を前にし、刀剣の乱入者は無骨な刀を盾にして防御。
防御の反動によって空中で後退し、先に距離を取った爆炎の乱入者の近くへと着地する。
後方へと下がったエネリットは、この戦場に乱入した者達を見据えた。
二人の戦士。二人の狂人。漆黒を纏う、二人の男女。
片割れ――爆炎を操る乱入者。
その少女は、ゴシックパンク調のワンピースをしゃなりと着こなし。
獰猛な笑みを浮かべて、漆黒の魔人へと視線を向ける。
片割れ――刀剣を振るう乱入者。
その男は、モノトーンのスーツを厳かに纏っており。
抜き身を晒していた刀を、残心のように鞘へと収める。
まるで喪に服すかのような出で立ちだった。
闇夜の色彩に身を包む二人が、漆黒の帝王と対峙する。
「ごめんね~。盗めそうだったから、もらっちゃった☆」
少女の右手には、血に塗れた首輪が握られていた。
――先程殺害された、ジェイ・ハリックの首輪だった。
一瞬の交錯における隙をついて、少女はキングからそれを盗み取ったのだ。
「なあ、どういう風の吹き回しだ。
その野郎と手を組んでやがるとは――」
「乙女心と何とやら、ってヤツだよ」
並び立つ乱入者たち。
装甲の下で、キングは訝しげな眼差しを向けていた。
有り得る筈のない結託。ほんの数刻前まで、敵対している者同士だった二人。
彼女達は今、帝王を前にして肩を並べている。
睨むキングに対し、少女は飄々と笑みを浮かべた。
「ギャル・ギュネス・ギョローレン……!!」
「おひさ、ルーさんッ!!」
享楽の爆弾魔、ギャル・ギュネス・ギョローレン。
求道の剣鬼、征十郎・H・クラーク。
新たなる悪童達が、死地へと参戦する。
◆
時は遡る――。
温室への乱入より暫し前。
ブラックペンタゴン2階。
北西ブロックの中層部、警備室にて。
エントランスでの”開戦予定時刻”の連絡を受け取ったタチアナと征十郎。
彼らは一先ず施設内の情勢を確かめるべく、警備室で監視カメラの映像を確認していたのだが。
「征タン。ちょっと見て」
「どうした」
「ルーさんいるんだケド」
タチアナからの報告を聞き、征十郎は己の耳を疑った。
「おい、何だって?」
「ルーさんが、中にいる」
思わず聞き返す征十郎。
しかしタチアナは確かな現実を、包み隠さずに復唱する。
「ルーサー・キングが……ブラックペンタゴンに?」
呆気に取られたように呟く征十郎。
眉間に皺を寄せ、訝しげに咀嚼する。
「待て。何を言っている」
「いやだから、現実(マジ)なんだってば」
幾ら聞き返しても、答えは変わらない。
キングがブラックペンタゴンに突入している。
それは決して揺るがない事実だった。
それまでの乱戦の状況も踏まえて、少なくとも第二回放送の時点で明らかにキングの痕跡は見られなかった。
そもそも先刻のタチアナからの情報によれば、彼はブラックペンタゴンへの関与を避けてタチアナを差し向けている筈なのだ。
「奴が、この罠だらけの鉄火場に、のこのこ踏み込んできたのか?」
「…………まぁそういうことになりますネ」
つまりキングは、このタイミングでブラックペンタゴン内部に現れたのだ。
あの放送が流れされた上で、わざわざ蟻地獄の中心に踏み込んできたのだ。
よりによって――――あからさまな罠が発動した、この危険地帯に。
奴ならばブラックペンタゴン全域が罠と化した状況を利用し、外部からの待ち伏せを仕掛けるとタチアナ達は踏んでいた。
だが、実際は違っていた。この状況で、被検体の投入が宣言されたこの戦局で、堂々と内部に突入してきたのである。
「イカれたのか?ルーサー・キングは」
「イカしてるとも言えるかもしれない」
すぐにでもネイ・ローマンやディビット・マルティーニ、あるいはエンダ・Y・カクレヤマなどを排除しなければならなかったのか?
だったら外部からの待ち伏せを仕掛ければ良いだけのこと。
その方がよほど少ないリスクで敵を狩ることが出来る。
刑務の核心や何かに関する情報を求めたのか?そうだとすれば余りにも行動が遅すぎる。
施設全域が禁止エリア化して被検体が投入された今、もはや手探りの調査に乗り出すような段階ではない。
そもそもの話として、どんな思惑があろうとも。
“あの“キングがわざわざ鳴り物入りの刺客である被検体と直接接触するようなリスクを取る筈がない。
だからこそ、たった今彼らが認識した状況は“異常”なのだ。
何かのっぴきならない理由があるのか。
他の受刑者と接触せねばならない動機があるのか。
あるいは突然耄碌でもしたのか――。
「朗報でもあるな」
「まぁね。それも真実(マジ)」
理由はともかくとして。
キングが施設内部にいるという事実は、彼らにとって吉報でもあった。
「ルーさんに外で待ち伏せされてたら、最悪あーしらは詰んでたからね」
あのキングが土俵の外で待ち構えることなく、わざわざ土俵の上にまで乗り込んできたのだ。
見方によっては、“キングが圧倒的有利な状況から待ち伏せを仕掛ける”という最大の危惧が回避されたとも言える。
それどころか、最も恐るべき強敵がわざわざ袋小路めがけて突っ込んでくれたのだ。
無論、他の受刑者が同様の待ち伏せを仕掛けている可能性も否定できない。
キングの出現が内部の情勢に混乱を齎すことも、大いに予想はできるが――。
少なくとも“最大の難敵”が施設外で罠を張り巡らすという事態は避けられたのである。
キングの脅威を警戒していたギャル達にとって、それは紛れもなく大きな情報だった。
キング乱入という事態に、ジャンヌ・ストラスブールらが関与していること。
そして施設外部から結託の為のコンタクトを取ってきたことなど、征十郎達は知る由もない。
「タチアナ」
「うん」
そして征十郎は、タチアナと目を合わせる。
「どうする」
あの男が、あの闇の帝王が、渦中に割り込んできたのだ。
爆弾の投下に等しい事態を前に、剣鬼と爆弾魔は思考を巡らせていた。
そして、暫しの思慮に耽った後――。
「征タンはエントランスの方に合流してきなよ」
タチアナは、あっけらかんとそう伝える。
山折の因縁と向き合う彼を送り出すように。
「あーし、ルーさん殴りに行くわ」
ちょうどデビたん達とかち合いそうだし、そっちに殴り込んでみる。
そんな風に付け加えながら、タチアナはなんてこともなしに言ってのけた。
「……お前は、奴と旧知の仲なんだろう。
最悪、喧嘩を売らなくてもいい筈だ」
タチアナの宣言を前に、征十郎は疑問を抱くように投げかける。
確かに敵対するキングの排除は有り難いが、それはあくまで征十郎に限る話。
タチアナ――ギャルはキングとの間に利害関係があり、敵対を避けられる余地がある。
だというのに、わざわざキングへと奇襲を仕掛ける必要があるのか。
「征タンは、ルーさんに“敵”と見なされたんでしょ?」
そんな疑問に対し、タチアナは飄々と答える。
「だったらルーさんが生きてる限り、あの人はいつでもキミに落とし前を付けさせようとする。
仮に征タンが娑婆に出られたとしても、安息ってヤツはもう訪れない」
たとえ征十郎がこの刑務を生き抜いたとしても。
キングが生きている限り、彼の魔の手との対峙を余儀なくされる。
だから殴りに行く――そう伝えるタチアナ。
「元より私は平穏など求めていない。求められる身分でもない」
「征タンはそう思ってても、あーしが納得しないの」
そんなタチアナに対し、征十郎はあくまで窘めようとする。
それは情けや心配ではなく、“お前の肩を借りるつもりはない”といった態度である。
「ルーさんに恩はあるんだけどさ――――」
しかしタチアナは、あくまで譲らず。
そのままフッと不敵に笑ってみせた。
「あの爺ちゃんにはくれてやらないよ。
私にとって、キミはただ一人の“刹那”だから」
パチンと、ウインクをした。
少女の目元で、きらめく星が弾けた。
そうしてタチアナは、征十郎に背を向ける。
軽やかなステップを刻み、歩き出す。
そんなタチアナの言葉を前にして、呆気に取られて。
やがて征十郎は、何処か気が抜けたように微かな笑みを浮かべた。
やれやれ、と言わんばかりに――タチアナの後ろ姿を見つめて。
「そうか。わかった」
「いや、なんで着いてくんの?」
征十郎は何事もなかったかのように、タチアナについていく。
思わずツッコミを入れるタチアナ。今の話聞いてなかったのか、キミは被検体と殴り合ってこい。
そんなふうに茶々を入れたものの、征十郎は変わらずタチアナへと追従する。
「いいの?パーティに出遅れちゃうかもだよ」
「別に――」
タチアナの投げかけに対し、征十郎は一呼吸を置いて答えた。
「お前に借りを作る方が、気に食わんと思っただけさ」
◆
――――爆炎が、弾け飛ぶ。
――――剣閃が、疾走する。
――――漆黒が、猛り狂う。
数多の斬撃が、線を引くように駆け抜ける。
あらゆるものを両断する剣戟が、踊るように舞う。
周囲の樹木もろとも、鋼鉄を流麗に断ち切っていく。
ある村の“遺物”である無骨な刀剣が、極めし技と共に振るわれる。
征十郎・H・クラーク。刹那の剣技を駆使する求道者である。
剣戟と共に、各所で炸裂する爆撃。
切った指先から溢れる微かな血液が、紅蓮の熱を放つ。
小瓶に詰められた血潮が着火し、爆熱を齎していく。
軽快なステップを刻みながら、爆弾魔が狂喜する。
ギャル・ギュネス・ギョローレン。永遠から解き放たれた享楽者である。
迎え撃つは漆黒の帝王、ルーサー・キング。
極めて機敏な身体能力によって、迫る攻撃を次々に凌ぎ。
全身の装甲によって、致命打を防ぎ続ける。
回避や防御と共に、黒き鋼鉄を自在に使役して攻め立てる。
鋼鉄の刃、鋼鉄の砲弾、流動する黒鉄の波――――。
変幻自在の魔技が、次々に乱入者たちを襲う。
攻防が、幾度となく繰り広げられた。
剣鬼と爆弾魔、漆黒の帝王が、何度も交錯する。
――――爆撃、剣撃。鋼鉄の嵐。
走り抜ける災厄のように、激しく荒れ狂っていた。
此処はまさに死地。此処はまさに地獄。
この場に立つ者たちは、紛れもない修羅である。
アビスの中でも、屈指の強者たち――。
彼らの狂宴の舞台として、この空間は選ばれたのだ。
ギャルと征十郎が、足を止める。
眼前に広がる光景に、戦慄を抱き。
そして――傲岸な態度で、互いに受け止めた。
ギャルは、不敵な笑みと共に見上げて。
征十郎は、毅然とした眼差しで見据える。
キングの周囲に、夥しい数の鋼鉄が精製されていた。
それらは虚空へと展開され、形状を変えていく。
剣、槍、斧、槌、鎌、杭――――。
その全てが武具。その全てが凶器。
眼前の敵を穿ち、粉砕する為の、圧倒的な暴威。
そしてキングの号令と共に。
無数の武具が、次々に放たれた。
死の嵐が、迫り来る。
死の雨が、降り注ぐ。
己に逆らう敵を蹂躙すべく。
圧倒的な物量が、猛々しく殺到する。
「あははっ――――!!!」
ギャルは、瞬時にステップを刻む。
降り注ぐ武具の嵐を見上げながら。
虚空へと汗や血液を撒き、“爆破”で次々に迎撃。
更には自身を起点に小規模な爆破を起こし、その推進力で加速。
防ぎ切れない刃の数々を、高速移動によって凌いでいく。
一方の征十郎は、刀を縦に構えていた。
無駄のない、極僅かな動作を繰り返して。
次々に放たれる鋼鉄の武具を、的確に受け流し続ける。
「八柳新陰流――――『秋津狩り』」
八柳新陰流の技の一つ、“秋津狩り”。
本来は最低限の動作で敵の武器を捌きつつ、素早い二の太刀で反撃を叩き込む技である。
いわば一刀流による“朧蟷螂”。確実な殺傷力では劣る代わりに、瞬時の反撃を重視した対武器戦闘の技である。
極められた技の速さと精密さは、秋津(トンボ)さえも打ち落とす程と謳われる。
征十郎は、これを超人戦闘に合わせて“対飛び道具用の剣技”に応用。
初撃の“最低限の動作”を研ぎ澄ませ、銃器や超力を問わず遠距離攻撃を瞬時に“凌ぎ切る”技へと昇華させた。
刀を振りかぶる隙を作らないことで、防御と共に素早く次手へと移ることを可能とする。
――故に、征十郎はこの雨霰の中を突き進む。
極めて精密な防御を繰り返しながら、迅速なる前進を続ける。
敵を自らの剣戟の射程圏内へと捉えるべく、剣士は駆け抜ける。
やがてキングとの距離が、10mにまで縮まる。
鉄の嵐を凌ぎ続けていた、征十郎の構えが変わる。
縦に構えられていた刀剣の刃が、地面と水平に据えられる――。
「『抜き風』――――!!」
そして征十郎は、一陣の風と化した。
縮地を思わせる俊足の動作を以て、高速移動。
踏み込みと共に刀を五度振るい――鋼鉄の武具を切り抜けながら、キングへと斬りかかる。
「甘ェよ――――!!」
刃が届く寸前――その一撃は、帝王には届かず。
征十郎の身体が、宙へと弾き飛ばされる。
地面から精製され、瞬時に隆起した鉄柱。
その一撃が征十郎を叩き上げたのだ。
鉄柱の打撃により、虚空を舞う征十郎。
彼と入れ替わるように、地上で“花火”が弾けた。
爆炎の高熱と衝撃波が、キングを飲み込む。
「ねーえ!!ルーさんルーさん!!
どうよ、あったまってきちゃった!?
あーしはめっちゃ!!あったまってるし!!」
空中で小瓶から血液をぶち撒けて、ギャルはけたけたと哄笑する。
それはフレゼアやジルドレイ達との乱戦でも使用した曲技。
汗を起爆剤に変えて、小規模な爆破の推進力で空中を自在に機動しているのだ。
そのまま空飛ぶギャルは、地上のキングを見下ろす。
全身の黒鉄を焦がしながらも、キングは超力の硬度を集中させて爆撃を耐え抜き。
そのまま上空のギャルへと目掛けて、鋼鉄の操作で迎撃せんとする――。
「ッ!!!」
瞬間、キングの態勢が崩れる。
ギャルによる先程の爆撃が床を破壊し、時間差で足場を崩したのだ。
キングへの攻撃を行いつつ、足場も集中的に破壊することで次手へと繋いだのだ。
そして、ギャルが追撃を行うよりも先に。
態勢を立て直していた征十郎が、地を這うように俊敏な動作でキングへと接近する。
不安定になった床を機敏に駆け抜けながら、刀を構えた。
「――――『這い狼』ッ!!!」
地を駆ける獣の如く、低い姿勢で疾走し。
すれ違いざまに、キングの脚へと斬撃を叩き込む。
裂かれる装甲。砕け散る破片。咄嗟に後方へと跳躍したことで深手は避けられたものの。
それでも防御を突破した一閃によって、キングの右脚には一筋の裂傷が刻まれる。
「舐めるな――――!!」
目を見開きながら、キングが吠える。
斬撃による手傷を負いながらも、方向転換と共に左手を翳す。
掌から生成された鋼鉄の球体が、超高速で射出される。
すれ違いの疾走から足を止めた征十郎は、即座に振り返る。
そのまま返す刀の動作で、俊敏な剣技で球体を断ち切らんとするが。
その瞬間――――球体が弾けて“散弾”と化した。
周囲に拡散した鋼鉄の断片が、征十郎を襲う。
征十郎は咄嗟に防御の構えへと切り替えるものの、全てを凌ぎ切れず。
複数の散弾が征十郎の肉体を掠め、あるいは容赦無く撃ち抜いていく。
「そぉぉぉーーーーーーらっ!!!!」
そして、キングはすぐさま後方からの奇襲に対応。
爆破の推進力に乗ったギャルが、死角から飛び掛かってきたのだ。
キングは振り向きざまに左腕を振るい、飛び蹴りを叩き込んだギャルを弾く。
靴裏からの爆破を装甲で凌ぎながら、キングはすぐさま態勢を立て直す。
その矢先に、側面から再び征十郎が迫る。
華麗に舞うような連続の剣閃が、キングの装甲を断ち切らんとする。
八柳新陰流の乱切り技――『乱れ猩猩』である。
キングは直感的に危険を察知し、漆黒の盾を精製。
振るわれる剣撃を真正面から防御するも――。
“超力”によって、漆黒の盾は斬撃と共に裂かれる。
キングは舌打ちと共に跳躍し、距離を取った。
――ギャル・ギュネス・ギョローレン。征十郎・H・クラーク。
荒れ狂うこの狂人たちは、先の三人よりも確実にキングへと食らい付いていた。
如何に新人類の身体能力が優れていようと、素手の破壊力には限界がある。
よほど肉体強度を極めない限り、あくまで体術は体術の域を出ない。
故にディビット達は、全力を解放したキングに有効打を与えられなかった。
彼らの超力は、あくまで純粋な白兵戦に比重している。
「――――もっと来なよ、ルーさんッ!!!」
百戦錬磨のテロリスト、ギャルはその欠点を補った。
爆炎と硝煙を撒き散らしながら、黒衣の乙女は奔放に舞う。
機敏な跳躍を繰り返して、三次元的な機動で攻撃を絶え間なく続ける。
自身の体液を起爆剤へと変え、爆破させる――。
彼女の持つ“爆弾”の能力は、体術では賄えない火力を齎す。
キングの装甲に対し、一定の損傷を与えることを果たしていた。
しかし、それでも完全なる突破には至らない。
キングが鋼鉄の硬度を集中すれば、爆破の衝撃は受け止められる。
幾らかの損傷を与えられるとはいえ、致命打には届かない。
「――――獲らせてもらうぞ。“牧師”」
その隙間を突き抜けるのが、征十郎だった。
疾風迅雷。刀と一体となり、黒衣の侍が疾走する。
鋭い剣戟が、キングの顔面を覆う装甲の左半分を掠める。
超力の余波により、鋼鉄にヒビのような裂傷が生まれる。
対象の強度を突破し、あらゆる物質を断ち切る超力――。
その異能は、あくまで物理防御に依存するキングに対して好相性である。
更に“永遠”さえ斬ってみせた今の征十郎は、以前よりも更に超力の出力が強化されている。
もはや彼の肉体と意志に、刀が追従する領域に至っている。
“永遠”が付与された刀剣は、征十郎に応じ続ける。
元来の凄まじい強度に加え、ある種の不死とも呼べる概念的な呪縛。
その二つが合わさり、幾度とない斬鉄をものともせず耐え続けていた。
ギャルの爆撃によって損傷を与えられた装甲。
そこへ征十郎が、電撃的な速度ですかさず“斬りかかる”。
彼の神速の剣戟は、再精製よりも先に幾度となく鋼鉄を断つ。
漆黒の断片が、宙を舞うように散り続ける。
二人は連携など取り合っていない。
第二回放送前の戦闘と同じこと。
ただお互いに“キングを仕留めるため”の最善手を打ち合っているだけだ。
故に両者の卓越した戦闘センスが、一切の枷なく存分に振るわれる。
最強の敵を討つべく、極めて的確に攻勢へと出る。
彼らは凄腕だった。世界屈指の犯罪者が集うアビスにおいても、ネイ・ローマンらに並ぶ指折りの強者だった。
過去に一つの区切りを付けて前進を果たした二人は、魂の発露である超力を更に強化させている。
彼らさえ凌駕する者がいるとすれば、それこそエルビス・エルブランデスのような怪物である。
そしてキングが手傷を躱し続けているのは、ひとえに彼の技量ゆえだった。
次々に襲う爆撃と斬撃に対して、彼は的確に凌ぎ続けていた。
走行に任せた力押しではない――鋼鉄操作による防御、そして身体能力を駆使した回避。
それらを駆使し、強者二人の猛攻を前にして冷静に対処を続けていた。
攻め立てる剣鬼と爆弾魔。
後手に回る漆黒の帝王。
その戦況は確実に変わっている。
それは果たして、帝王の失墜を意味するのか。
「見事だよ。ここまでとはな」
答えは、否である。
低く響き渡る、威圧の声。
帝王の殺意が、剥き出しとなる。
「“褒美”をくれてやる」
そして漆黒の巨躯が、掻き消えた。
まるで瞬間移動したかのように疾く。
残像すら振り切る程の、閃光と化す。
――――――瞬間。
ギャルの視界が、暗転した。
跳躍する肉体が、制御を失った。
まるで紙切れのように、宙を待っていた。
一筋の影が、閃光として突き抜けた瞬間。
回避する隙も与えられず、ギャルは激痛と衝撃に曝される。
超高速でキングが跳躍し、その勢いのまま突進を仕掛けたのだ。
空中で回転を繰り返しながら、その身は地面へと叩き落ちた。
「タチアナ――――!!」
その光景を見て、征十郎は叫ぶ。
しかし、すぐさまギャルから視線を外した。
――彼女に意識を向けている余裕などない。
迸る殺気を感じ取り、征十郎はそのことを直感で悟ったのだ。
そして、征十郎が“永遠”の贋作刀を咄嗟に構えた。
両手を添えて、防御の態勢を取る――敵の軌道など見えない。
幾度にも渡る戦闘で培った勘ひとつで、彼はその行動を取るべきであると予見したのだ。
征十郎の身体が、勢いよく後退する。
残像と化したキングの突進を受け止めたのだ。
刃にめり込まんばかりの勢いで、右拳が叩きつけられる。
“永遠”という概念の付与がなければ、確実にへし折られていたであろう。
「ぐ、っ――――――!!!」
凄まじい勢いで後方へと突き飛ばされ、歯を食いしばりながら右拳を防ぐ征十郎。
半ば武器の強度で耐えながら、両腕の筋力を振り絞る。
しかし、刀剣が受け止める漆黒の右腕は――その姿を変貌させていた。
まるで丸太のような鋼鉄の杭が精製されていた。
右拳は物体を射出する為の無骨な形状を取り、杭を装填する砲身と化す。
即ちそれは、パイルバンカー。
牧師の右腕は、眼前の敵を穿つ兵器となる。
「くたばりな」
牧師が言い放った直後。
爆撃のような音が、温室を揺らした。
水面に広がる波紋の如く、衝撃波が轟き渡る。
“永遠”の刀剣が弾き飛ばされ、空中を舞い飛ぶ。
吐き出す鮮血と共に、征十郎が吹き飛ばされる。
強靭な鉄杭が防御を貫通し、痛恨の一撃を与える。
武器によって致命傷こそ免れたものの、それでも圧倒的な破壊力を圧し殺すことは出来ず。
胴体を打ち抜かれたような衝撃を浴びながら、征十郎は横転する。
その矢先に、キングへと再び爆炎が襲いかかる。
鋼鉄の装甲の背後から、熱と衝撃が迸った。
再起したギャルが、小瓶爆弾による追撃を仕掛けたのだ。
キングは咄嗟に振り返り、装甲の下で敵を睨みつける。
ギャルは目を見開き、血の味を噛みながら不敵に笑う。
手傷と苦痛をものともせず、ただ我武者羅に駆け抜ける。
その両手には、再び血液がセットされた小瓶が複数仕込まれており。
「くたばるのは、そっちの方だよ――ッ!!!」
背中の汗を起爆させた勢いに乗せて、爆速の突進を仕掛けた。
至近距離からの集中爆撃で、一気に仕留めるべく――キングへと迫る。
指の間に小瓶を仕込み、突き出された右手。
キングの顔面へと叩きつけるべく、勢いよく振るわれる。
しかし、届かない。――到達しない。
「惜しいもんだな。てめえは優秀だったよ」
ギャルの右手を、キングの左掌が掴み取っていた。
百戦錬磨の戦士でさえも捉えきれない瞬発力によって、爆弾魔の攻撃を制止した。
そして――――掴み取った右手を、グシャリと握り潰した。
乙女の白く細い掌が、瓶ごと粉砕される。
形を失い、血をぶち撒けて。焼けるような痛みに、ギャルが苦悶に目を見開く。
「フッ飛びな。このクソジジイ」
しかし、次の瞬間に。
ギャルの顔が、獰猛に笑む。
その意図を察したキングが、咄嗟に左手を後方へと引く。
吐き捨てるような挑発の直後。
潰れた右拳が、勢いよく爆ぜた。
撒き散らされた血肉が、起爆剤と化したのだ。
まさしく捨て身の攻撃だった。
小瓶の血液も、右拳の血肉も、全てが爆弾と化す。
ギャルの目論見を察知したキングは、重傷を避けたものの。
至近距離からの凄まじい爆熱によって、左腕の鋼鉄が焼き砕かれる。
そして――火炎と衝撃の余波を受けたことにより、顔面の装甲の左半分が破壊される。
つい先程、征十郎の剣技で裂傷を刻まれた箇所だった。
その綻びが、ギャルの一撃によって打ち砕かれる。
剝き出しになったキングの顔面、その左半分。
爆熱によって焼き焦がされ、赤黒い火傷を刻まれる――。
「残念だったな――ギャル・ギュネス・ギョローレンッ!!」
されど、致命打には届かない。
キングは歯を食いしばり、爆炎の苦痛を強引に凌いだ。
そして、カウンターの打撃――右鉄拳のストレート。
弾丸の如く鋭い一撃が、ギャルを吹き飛ばす。
右拳の喪失と出血によるダメージにより、回避行動が遅れた。
その身は勢いよく転がり、壁へと激突する。
何度も咽びながら、手傷によって蹲る。
キングはギャルを一瞥した後、征十郎へと視線を向けた。
征十郎は刀を支えに何とか立ち上がり、再び戦闘態勢を取っていた。
しかし、先程のパイルバンカーで手傷を負っているのは明白だった。
口元からは紅い血が滲み、その構えは明らかに切れを失っている。
抵抗できたとしても、時間の問題。
このまま戦闘を続ければ、遅かれ早かれ限界へと至る。
そう見積もって、キングはその場で構えた。
「てめえも終わりだ、若造」
刀を構える征十郎を見据えて。
キングは、冷徹に言い放つ。
「――ここで死ね」
追撃を仕掛け、とどめを刺すために。
地を蹴るべく、両足に渾身の力を込めた。
「お二人とも」
だが、その瞬間。
不意打ちのように、声が割り込む。
「時間稼ぎ、感謝いたします」
流麗な声が、澄んだ風のように吹き抜ける。
キングがそちらへ意識を向けた、直後のこと。
周囲一帯。キングの四方八方。
蜘蛛の巣のように、無数に張り巡らされた“黒い縄”。
その一つ一つが、彼を取り囲むように殺到する。
自らを物量で包囲する“黒い縄”の正体――キングはすぐさま気付く。
それはエネリットが超力によって伸長させ、自在に操作した髪だった。
ギャルと征十郎が前衛を務めている隙を突いて、エネリットは戦線を離脱。
彼らを揺動役として利用し、罠を張り巡らせたのだ。
温室全体を利用し、ありったけの超力行使によって展開を果たした。
無数の髪がキングに次々と巻き付き、四肢の自由を奪い取る。
されど、所詮は“漆黒の鋼鉄”には一切通用しなかった技。
キングはすぐさま髪を断ち切るべく、全身に力を込めるが。
「――――――!?」
その瞬間、キングが刮目した。
無数の髪による物量が、身動きを封じている。
断ち切ることも、引き裂くことも適わない。
キングの行動を、確かに食い止めていたのだ。
先程までとは、明らかに超力の出力が違う。
限界を超えている。――否、何か強化が施されている。
“外付けの増強”が与えられたかのように。
エネリットの異能は、変貌を遂げていたのだ。
――この刑務が幕を開ける時まで。
エネリット・サンス・ハルトナの超力を知る受刑者は、誰一人とていなかった。
何故ならば彼は、生涯の大半をシステムAの管理下に置かれていたからである。
エネリットが如何なる異能を操るのか。一部の刑務官を除けば、それは知る由もない情報だった。
キングもまた、その情報を得ようとはしなかった。
エネリットに手を回す必要が無かったからだ。
彼は外界にコネクションを持たず、尚且つ娑婆に出てくる見込みもない。
そして今に至るまで、彼はキングに対して“髪の操作”以外の確たる能力を行使していない。
故にキングは、気付かなかった。
エネリットの真の超力は、超力の共有であり。
今のエネリットは“もう一つの超力”を行使している。
新時代の戦闘とは、超力の秘匿こそが何よりも重要となる。
信頼度は80%に到達。
“献上”により、再現度は据え置きの数値。
王子は賽を振るい、その出目を叩き出した。
奇跡や幸運とは、絶望を飛び越えた先に訪れるものだ。
――――超力『4倍賭け』。
――――ジャックポット、発動。
身体能力も、超力さえも、限界を超える。
極限の強化が、エネリットを後押しする。
“鉄の乙女”による髪さえも、段違いの強度と規模を獲得し。
そして王子は遂に、帝王を食い止めてみせたのだ。
「大したモンだ――だが、それだけか!?」
しかし、エネリットには決定打を与えられない。
意識の全てを超力に注ぎ込み、キングの行動を制止することが限界だった。
ギャルも、征十郎も、手傷を負っていた。
エネリットによる足止めの最中に、攻撃を叩き込むことが出来ない。
それよりも先に、エネリットが限界を迎えるだろう。
もはや時間の問題か。所詮は悪足掻きに過ぎないのか。
――――そこへ、四人目の影が駆け抜ける。
我武者羅な疾走。我武者羅な突進。
しかし死に物狂いの速さで、その影はキングへと迫った。
ディビット・マルティーニが、再び戦場へと躍り出たのだ。
◆
――――征十郎とギャルが乱入した直後。
キングの意識は、乱入者である二人へと向けられていた。
その隙を突いて退避したエネリットは、草陰でディビットと遣り取りを交わした。
ディビットは20ptで応急処置を利用し、左腕を強引に止血していた。
それでも出血による消耗は明らかであり、荒い息を整えながら身を潜めていた。
激戦による疲労も伸し掛かり、満身創痍に等しい状態だった。
しかし、エネリットは撤退を促すことはしなかった。
ディビットの眼差しから、戦意が途絶えていなかったからだ。
彼の瞳には、今もなお焔のような殺意が宿っていた。
それを目の当たりにして、エネリットは察した。
彼はもう、最期まで止まることはない。
彼はきっと、キングを仕留めるまで食らいつくのだろうと。
だからエネリットは、“最後まで付き合う”ことを決めたのだ。
どのみち、彼との同盟はそういう盟約だったのだ。
なればこそ、腹を括ることにも不服はない。
そしてディビットは、作戦を持ち掛けた。
自らの“4倍賭け”をエネリットに託し、キングを食い止める作戦を。
万が一ギャル達がトドメを刺せなければ、ディビットがキングを仕留めに行く。
それは、捨て身の作戦に他ならなかった。
稼げる時間は、ギャルと征十郎の実力のみに懸かっている。
もはや一刻の猶予は無い。だからこそエネリットは覚悟を決めた。
合理主義の先。自らの命運と組織の未来を賭けた、最大の博打。
エネリットは、自らをディビットの掛け金にする決意をしたのだ。
そうしてエネリットは、超力を託された。
彼の異能を握り締めて、戦場へと再び戻らんとした。
「エネリット」
その直前――――。
壁に寄り掛かるディビットが呼び掛けてきた。
そのときエネリットは、一瞬だけ振り返った。
ほんの僅かな時間。ディビットと視線を交錯させた。
その眼差しが、エネリットを無言のままに射抜き。
「礼を、言わせて貰う」
そしてディビットは、ただそう告げた。
エネリットは、その一言の意味を悟った。
今の二人の間には、それだけで十分だった。
そこに合理や打算など、介在しない。
――彼はただ、本心から感謝していた。
此処まで付き合ってくれた、自らの同盟者へと。
◆
咆哮と共に駆け抜けていくディビット。
その身に超力は無い。エネリットへと託されたからだ。
欠損した左腕を処置した彼は、残された右手でマシンガンを構える。
鋼鉄操作による妨害を越えるべく、ディビットは至近距離からの決着を選んだ。
行動を阻害されたキングは咄嗟に鋼鉄を操作するものの。
それよりも疾く、キングの眼前まで潜り込んでみせた。
肉体の限界を超えた、半ば執念のような瞬発力だった。
「俺の“友人”に……挨拶しな、キング……!!!」
至近距離。構える機銃。狙うは顔面。
征十郎の一閃と、ギャルの爆撃によって打ち砕かれた“隙間”。
装甲が欠損した顔の左半分目掛けて、ディビットは必死に引き金を弾く。
軽快な銃声が、小気味良い銃声が。
獰猛な音色を奏でて、けたたましく響き渡る。
繰り返される咆哮。飛来する弾丸の嵐。
雄叫びと共に、キングへと殺到する凶弾。
出血による消耗と、戦闘による疲弊。
最早、まともな照準など狙えていない。
それでも尚、眼前の宿敵を仕留めんとすべく。
ディビットは引き金を弾く。ただ、弾き続ける。
半ば自暴自棄のままに、気力のみで食らいつく。
弾丸が、装甲に弾かれていく。
弾丸が、虚空へと飛んでいく。
当たらない、届かない――。
その悉くが、急所を逸れていき。
「――――――超力、譲渡――――――ッ!!!」
エネリットが、限界の気力を振り絞った。
ギャルと征十郎は間に合わず、ディビットの消耗も想定以上に大きい。
故にエネリットは、作戦には無かった“第二の超力譲渡”へと踏み切る。
咄嗟の判断。咄嗟の行動。まさに運否天賦の賭けだった。
超力『神の目』が、ディビットへと“又貸し”される。
言動と行動の嘘を見抜き、駆け引きを優位に運ぶ能力。
その副次的効果として齎される――“目の良さ”。
神父は“目”によって、かの銀鈴による不可知の攻撃をも凌ぎ切った。
又貸しによる効果は、微々たるものと言えども。
ディビットの照準に、ほんの少しの後押しが齎される。
そう、僅かにでも結果を変える、後押しが。
その刹那、照準が変わった。
我武者羅な発砲が、僅かな間だけでも“精密性”を得た。
そして、数発の弾丸が――飛ぶ。
焼け焦げた顔面の左半分へと届き。
キングの左目を、抉り飛ばした。
眼窟から血を噴き出して、顔面を仰け反らせるキング。
驚愕に怯みながら、帝王が呻き声を上げる。
脳天への命中は逸れた。まだ撃ち抜けていない。
「――――親父の、為に……死ね……ッ!!!!」
だが、此処で殺す。必ず殺してみせる。
このままトドメを刺す。このまま帝王を仕留める。
ディビットは、もはや痛みさえも超越していた。
肉体の損傷さえも飛び越えて、狂気ひとつで動いていた。
今の彼は、獲物を仕留める猟犬だった。
今の彼は、帝王に歯向かう悪漢だった。
そして、ディビットは。
その場で、糸が切れたように崩れ落ちる。
ディビットは、気付かなかった。
執念によって動き続けて、感覚を麻痺させていた。
だからこそ、自らの胸を穿つ鉄刃の存在を認識できなかった。
「あばよ。マルティーニ」
既にキングは、反撃を行っていた。
鋼鉄の精製によって、ディビットの胴体を無数の刃で貫いていた。
その命が朽ちてゆき、同時に譲渡した“4倍賭け”もまた消失していく。
「リカルドも――――本望だろうぜ」
エネリットは、崩れゆくディビットをその目で見据えていた。
彼の最期を、ただ有りの侭に受け止めていた。
そして帝王は、自らを縛る枷から解き放たれる。
張り巡らされた髪による拘束を引き裂き、弾き飛ばした。
手傷を負い、決して少なくない消耗を受けたキング。
バレッジ・ファミリー幹部の排除。この戦局における最大の目的は果たした。
これ以上の負傷は、被検体との対峙にも影響が及びかねない。
恐らくは次の放送の際に、ブラックペンタゴンに仕掛けられた罠も発動するだろう――。
故にキングは、この場からの撤退を選んだ。
凄まじい勢いで跳躍し、黒き疾風と化して姿を消した。
◆
「いやぁ疲れた。ほんっっとルーさん強いわ」
敷き詰められた芝生の上に腰掛けて、ギャルはぼやく。
やれやれ、と疲弊に満ちた様子で右腕をはらはらと振っている。
此度の戦闘で、手首から先――右拳は砕かれ完全に喪われた。
適当な布をぐるぐると巻きつけて、乱雑に処置している。
「ごめん征タン。言い出しっぺなのに、結局取り逃しちゃってさ」
「勝手に責任を感じるな。私の剣技が及ばなかっただけのことだ」
胡座を掻き、無愛想な態度で腕を組む征十郎。
彼もまた手傷を負い、口の血を拭っている。
共に不服な様子を見せながらも、どこか割り切るように遣り取りを交わしている。
そんな二人を、少しばかり離れた地点で見つめるエネリット。
疲弊感と虚脱感を背負いながら、呆然と腰掛けていた。
悠々と会話するギャルたちを尻目に、エネリットは視線を動かした。
激戦により、荒れ果てた温室――その壁際。
ギャル達の乱入によって天井が崩落し、瓦礫が散乱している地点。
その片隅に、人としての原型を失った血肉が沈んでいた。
ジェイ・ハリック。
この戦闘において命を落とした、一人目の受刑者。
中庭で魔王を討ち、牧師を前にしても決死の矜持をぶつけた暗殺者。
彼とは第二回放送直前からの、短い付き合いに過ぎなかった。
所詮は利害と打算を前提にした結託でしかない。
それでも彼が最後に見せた眼差しは、エネリットの脳裏に焼き付いていた。
まるで先のことを託すかのような、強い意志の宿った瞳。
ジェイが見せたあの眼光を、エネリットは忘れることはないだろう。
故に、沈黙の中で彼の最期を追憶する。
それから――――。
エネリットは、ゆっくりと立ち上がり。
一歩一歩、静かに歩を進めて。
視線の先で横たわる遺体の傍へと、歩み寄った。
ディビット・マルティーニ。
この刑務において、最初に出会った受刑者。
最期の瞬間に至るまで、同盟者として組み続けた相手。
腹部に数多の風穴を開けられ、彼は血の海に横たわっていた。
――ディビットさん、と。
物言わぬ彼へと、エネリットは何気なく呼びかけた。
無論、答えは返ってこない。沈黙が場を支配する。
既に亡骸と化した彼は、何も語り掛けてはくれない。
そんな当たり前の事実を、エネリットは沈黙のまま受け止める。
表情を動かさず、感情を乱すこともなく、ただ冷静に。
けれどエネリットは、その場から動かなかった。
何故だか、そんな気にもなれなかった。
彼は口を閉ざし、屍となったディビットを、じっと見つめ続ける。
「ねーえ、プリンス君」
そんなエネリットに対し、呼びかける声。
何気なく投げかけるように、何処か気楽な一言。
ギャルが話しかけてきたのだと、エネリットは気づく。
「拾ってあげれば?」
それからギャルは、そんなことを言ってきた。
その声色は飄々としながらも、茶化すような感情は篭っていない。
――ほら、恩赦ポイントとか。その他諸々とか。
――別にいーよ。キミにあげるよ。
そんなふうに付け加えて、再びギャルは征十郎との遣り取りへ戻る。
征十郎もまた、ほんの一瞬だけエネリットへと視線を向ける。
彼の後ろ姿を少しだけ見つめて、再びギャルへと意識を戻した。
そんな彼らを、僅かに呆気に取られるように見つめて。
それからエネリットは、再びディビットを見下ろした。
そこに転がるのは、物言わぬ死体であり。
その事実は決して変わらないし、揺らぐことはない。
だから、ディビットは何も言い返さない。
物資を漁られたところで、文句の一つも言わない。
――そう。死人に口など無いのだ。
そんな風に考えて、スッと膝を付き。
エネリットは、ディビットの恩赦ポイントを回収。
刑期20年分。僅かな足し程度にはなる。
それからメアリー・エバンスの首輪など、他の物資も確保する。
同盟はこれで終わり。もう彼に用は無い。
ディビットはキングに勇ましく挑み、そして敗北した。
それが事実。それが現実。
その先は、エネリットの関与する所ではない。
バレッジ・ファミリーの未来など、彼にはどうにもならない。
そのことをエネリットは淡々と俯瞰する。
しかし、それでも――――。
彼の胸中には、小さな感傷が残されていた。
エネリットは、デジタルウォッチを操作する。
交換リストを参照し、10ptの恩赦を消費。
ほんの些細な、なんてことのない物資を確保。
血に塗れたディビットの遺体。
その傍らに、交換した物資――1箱の“煙草”を添える。
それは、エネリットなりの餞別だった。
あの時ディビットが、エネリットに感謝を述べたように。
此処まで付き合ってくれた同盟者に、彼もまた別れを告げた。
「Addio(さようなら)、ディビットさん」
この世界は、間違っている。
間違った世界を生き抜く為には、何かを選ばなくてはならない。
合理を重ねた果てに、生存の道は切り開かれる。
しかし――ジェイ・ハリックが、真なる“贖罪”を果たしたように。
魂の浄化と救済の為には、合理を超えた“何か”が必要なのだ。
それは矜持であり。信念であり。拠り所であり。
あるいは、情と呼ばれるものであり。
ディビット・マルティーニは、既にそれを手に入れていた。
【ディビット・マルティーニ 死亡】
【E-4/ブラックペンタゴン1F 南西エリア・温室/一日目・午後】
【エネリット・サンス・ハルトナ】
[状態]:疲労(大)、全身にダメージ(大)、胴体に幾らかの骨折
[道具]:メアリー・エバンスの首輪(未使用)、マシンガン(弾倉残り1)、リモコン爆弾×1、デジタルウォッチ、通信機
[恩赦P]:10pt(+20年:ディビット・マルティーニ -10pt:タバコ)
[方針]
基本.復讐を成し遂げる
1.――さて、どうするか。
※メアリー・エバンスの首輪(未使用)、マシンガン、リモコン爆弾×1をディビット・マルティーニから回収しました。
他にも物資を回収しているかもしれません。弾倉の数は
※現在の超力対象は以下の通りです。
【徴収】などが対象に発覚した場合、信頼度の変動がある可能性があります。
①マーガレット・ステイン(刑務官)
信頼度:80%(徴収時の超力再現率40%)
効果上限:徴収(相手の同意なしの超力借り受け。再現度は信頼度の半分)
超力:『鉄の女』
②~④ジョニー・ハイドアウト、メリリン・"メカーニカ"・ミリアン、只野仁成
信頼度:全て10%前後
効果上限:献上(双方の同意による超力の一時譲渡。再現度は信頼や忠誠心に比例)
超力:『鉄の騎士(アイアン・デューク)』、『補え、私の愛する人工物質(モルデオ・アルティフィシアル)』、『人類の到達点(ヒトナル)』
⑤サリヤ・"キルショット"・レストマン
信頼度:5%未満
効果上限:献上(双方の同意による超力の一時譲渡。再現度は信頼や忠誠心に比例)
超力:『楽園の切符』(我喰いによって倍率低下)
⑥夜上 神一郎
信頼度:20%前後
効果上限:献上(双方の同意による超力の一時譲渡。再現度は信頼や忠誠心に比例)
超力:『神の目』
【タチアナ/ギャル・ギュネス・ギョローレン】
[状態]:疲労(大)、右拳欠損(即席で処置済)、多量の出血による消耗、胴体に打撲(大)
[道具]:デイパック(食料飲料医薬品)、注射器、小瓶(医務室からくすねてきたやつ)、漆黒のゴシックパンク服、メモ帳、ジェイ・ハリックの首輪(未使用)
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.征十郎との決着をつける為に、ひとまずブラペン脱出を目指す☆
1.横槍が入らない決着の舞台を整えたら、征十郎を燃やす。まあ整えなくても、機会があればチャレンジ☆
※刑務開始前にジョーカーになることを打診されましたが、蹴っています。
※ジョーカー打診の際にこの刑務の目的を聞いていますが、それを他の受刑者に話した際には相応のペナルティを被るようです。
※永遠は斬られたので、今後は年を取ります。
※心機一転、制服はもう卒業のようです。
※ブラックペンタゴン3Fの機密資料を殆ど閲覧していませんが、要点だけ目を通しているかもしれません。
【征十郎・ハチヤナギ・クラーク】
[状態]:疲労(大)、全身にダメージ(大)、超力第二段階?
[道具]:デイパック(食料飲料医薬品)、日本刀、銘のない贋作の刀(永遠)、ルメス=ヘインヴェラートの首輪(未使用)、漆黒の喪服風スーツ
[恩赦P]:68pt
[方針]
基本.タチアナとの決着をつける為に、ブラックペンタゴン脱出を目指す。
0.被験体にいつ仕掛けるか
1.横槍が入らない決着の舞台を整えたら、タチアナを斬る。整う前でも、機会があれば斬ろう。
※二本の刀を腰に指しています。
※ブラックペンタゴン3Fの機密資料を殆ど閲覧していませんが、要点だけ目を通しているかもしれません。
【E-4/ブラックペンタゴン ???/一日目・午後】
【ルーサー・キング】
[状態]:疲労(大)、肉体の各所に打撲(中)・裂傷(中)、腹部にダメージ(中)、左手と顔左半分に火傷(大)、左目失明
[道具]:漆黒のスーツ、私物の葉巻×1(あと一本)、タバコ(1箱)、応急処置キット(幾らか残量あり)
[恩赦P]:87pt(ソフィアの首輪+100pt、好きな衣服-10pt、食料-10pt)
[方針]
基本.勝つのは、俺だ。
1.生き残る。手段は選ばない。
2.使える者は利用する。邪魔者もこの機に始末したい。
3.ドン・エルグランドを殺ったのは誰だ?
4.ルーサー・キングを軽んじた以上、りんか達もいずれ潰す。手段手法は問わない。
5.ジャンヌ・ストラスブールも、第二段階に到達しつつあるのか?
※彼の組織『キングス・デイ』はジャンヌが対立していた『欧州の巨大犯罪組織』の母体です。
多数の下部組織を擁することで欧州各地に根を張っています。
※ルメス=ヘインヴェラート、ネイ・ローマン、ジャンヌ・ストラスブール、エンダ・Y・カクレヤマは出来れば排除したいと考えています。
※他の受刑者にも相手次第で何かしらの取引を持ちかけるかもしれません。
※沙姫の事を下部組織から聞いていました
※超力の第二段階に至った『到達者(プレシード)』です。
全身に漆黒の鋼鉄を纏い、3m前後の体躯を持つ“黒鉄の魔人”と化す超力『Public Enemy』が使用可能です。
※アビス内でラバルダ・ドゥーハンと面会し、彼女からシエンシアについて聞き出していました。
※キングがどこへ撤退したのかは後のリレーにお任せします。
[共通備考]
「E-4/ブラックペンタゴン1F 南西エリア・温室」
ディビット・マルティーニの遺体に「タバコ:1箱」が添えられています。
最終更新:2025年12月18日 20:59