オリスタ @ wiki

シックス・フィート・アンダー

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orisuta

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「なぁ、藤田のかみさん知ってるか?

「何ですか急に・・・そりゃ知ってますよ。
社内でも噂になってますから。もう40歳を越えてるのに見た目は20代で凄く美しいって。
一時は人形だって噂も流れたくらいじゃないですか。


先輩らしき男は煙草に火をつけると煙を深く吸い込み、一拍おいていぶそうに鼻から煙を吐き出す。


「・・・・なぁ、俺はアレは魔女か何かじゃないかと思うんだ。

「魔女・・・藤田さんが聞いたら怒りますよ?

「魔女じゃあなきゃもっと何か別の・・・・怪物とか?

「怪物って・・・なおさら怒られますって!


「ははは・・・そりゃ怒るわな!


―ピロロロロロ・・・


「・・・もしもし。

あぁ、今は櫻井と飲んでる。
・・ん?あぁ分かった。気をつけてな。

―パタ・・

「藤田さんですか?


「噂をすれば・・・だな。
かみさんの具合が良くないらしくて、今日は来られないそうだ。


「あぁ~何となく分かりますね。
藤田さんの奥さん、いかにも病弱そうで『美人薄命』って感じじゃないですか。


「・・・まぁな。
年に何回か具合が悪くなるらしいが・・・
まぁ甲斐甲斐しくやってるよ、藤田も。10年以上な。

「・・・凄いっすね、そこまで奥さんを愛してるんですね


「愛だけじゃやっていけないよ。


「・・・え?どういう事っすか?


「お前も結婚すればそのうち分かるさ。

先輩らしき男はそう言うと煙草を灰皿に力強く押しつける。


水滴の付いたグラスと

食べかけの枝豆。

それから、完全に火が消えていないのか、紫煙を吐き続ける灰皿。


「・・・そう言えば、煙草を必要以上に押しつけて消す人ってストレス溜まってるらしいっすよ。
 
 
 




「はい。私どもは365日24時間体制で営業しておりますので、そちら様のご都合がよろしければすぐに・・・えぇ、1時間弱でお迎えにあがります。
・・・はい、皆様ご自宅に。という方が多いですね。
ですが、マンションなどで通路が確保しにくかったりご近所に秘密にされたい方などは、手前どもの霊安室にてお預かりさせていただく事も出来ます。





――――――――――


―・・・カチッ


私の目の前で蝋燭に火が灯される。


窓からはしんしんと降る雪が見える。


やけに冷え込むと思ったら雪が降っていたのか・・・・

外とは打って変わってこの部屋の中は暖かかった。


「・・・準備が整いました。
それでは・・・・


促されるままに一連の動作をとった後、私は部屋にあるソファに腰を落とす。


「・・・どうぞ。


私を促した男がお茶を勧めてきた。
それを一口啜ると食道から胃にかけて熱いものが広がり、自分が空腹だった事に気づく。

「そういえばしばらく何も食べてないな。

熱いお茶によって意識はハッキリしてきたが、それでも完全ではなく
どこか地に足が付いていないような、ふわふわした心持ちではあった。


「差し支えなければ今から日取りなど打ち合わせさせていただきたいのですが。
勿論、お疲れなのは承知しておりますので夜が明けてからでも大丈夫です。
ご親戚に連絡されたりもしなくてはならないでしょうし・・・

私たち夫婦に身寄りは居ない。

私は両親共に交通事故で亡くなり、育ててくれた祖父も一昨年天寿を全うした。
妻にしても同じ様なものだ。
私と違い離婚らしいがどこにいるのか見当すらつかない。

つまり連絡すべき親戚などいないし日取りは私の好きに決めて良いわけだ。
 
 
 




「出来るだけ遅くしてください。・・・妻といる時間を少しでも取りたいので。



男は少しも慌てた様子は無く、事務的であったが私の意向を尊重すると口にした。

連絡をすべき親戚がいない事を伝えると焼き場の予約を取るとのことで、いつが良いのか再度尋ねられる。



「・・・・出来るだけ長く日を空けたいのですが。
正直な話・・・遺体は保ちますか?



ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・



「・・・・今の季節ですから3~4日なら問題ありませんが、それ以上空けるとなるとエンバーミングが必要になりますね。
それでも約2週間が限界ですが・・・・



「・・・・それ以上は?




―・・・フッ


私が口を開くと同時に蝋燭の灯が消える。

・・・風も吹いていないのに



「・・すいません、消えてしまいましたね。
すぐ点けますのでお待ち下さい。


そう言って男が机に向かい、私に背を向ける・・・


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・



蝋燭の灯が消えたからだろうか、急に肌寒さを感じ私はダウンのファスナーを首まで閉める。
だが、それでも寒さが和らぐ事は無かった。よく考えれば蝋燭の灯で暖をとれる筈もない。



暖房の効いていた部屋の筈だったのに、今や空気は重々しく冷たい・・・・





「藤田さん・・・・そういえば、先ほど【それ以上】とおっしゃられましたよね?


「・・・はい。


背を向けたまま男が声を掛けてくる。

気のせいだろうか?


男が背中に纏っている空気が、禍々しく歪んでいる様な気がした。







「もしも、1年・・・いや、それ以上・・・あなたが亡くなる時まで・・・ッ!
喋ったり、動いたり出来る奥様と共に暮らせるとしたら・・・
あなたは、人の道を踏み外す事が出来ますか?




「・・・・・

・・・・・・え?



ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・
 
 
 




「おはようございます。


「あ、おはようございます。


「朝から大工仕事に精が出ますね。

「えぇ、家内が病気で歩くのも大変になったもので・・・
バリアフリーにでもしようと思ってるんですよ。
玄関にスロープと、駐車場にもセメント入れる予定です。
まだまだ先は長いですが、まぁチマチマやる予定です、ハハハ・・・


「あら、奥さん退院したんですか?それはおめでとうございます。

「まだ皆さんに、ご挨拶もしないですいません。
家内の具合が良くなったら二人で伺いますので。


「いえ、お気になさらず。
私が町内の皆さんには伝えておきますよ。

「すいません、助かります。
とりあえず町会長さんくらいには、私から伝えた方が良いですよね・・・


「そうよね・・・あ、でも町会長さん・・・・



「・・・ん?
どうかしたんですか?


「藤田さんは奥さんの病院で忙しかったから知らないでしょうけど
実は、先週から行方不明なんですよ。


「・・・・そうなんですか。
どこ行っちゃったんでしょうかねぇ?

「本当に早く出てきてくれないかしら。心配だわ。




















「この前、藤田の家に書類を取りに行ったんだけどよ・・・

「先輩また藤田さんの話ですか?

「まぁ聞けよ。
・・・休みの日の晩に悪いな~って思ったんだが、携帯つながらないし、どうしても次の日必要な書類だったから
アポ無しで行った訳よ。

「へぇ~・・・で、どうしたんですか?

「明かりがついてて車もあるのにチャイム鳴らしても出なかったんだわ。
で、裏に回ったんだが窓が開いててな。

「うへ!まさか不法侵入っすか?

「馬鹿。話は最後まで聞けよ。
そしたら中から声がするのさ、何だいるんじゃねえか。と思ってもう一度チャイムを鳴らそうと思って玄関に戻ろうとしたら見ちまったんだよ。

「・・・何を?

「藤田のかみさん・・・・


腹にでっかい穴が開いてた・・・


「・・・え?
何を言ってるんですか~!腹に穴が開いて生きてる訳ないじゃないですか~
 
 
 




「俺も疲れてるのかと思ったけどよォ・・・
何度見直しても開いてるんだよ。


穴が。



「まさか・・・・ゾンビって事ですか?


「知らん。
俺も怖くなって、そのまま書類も取らずに逃げたからな。
おかげで今日は大目玉くらっちまったよ・・・



「昨日の話ですか・・・で、藤田さんは・・・・


「気づいて無いだろうな。
穴をしきりに気にしてて、こっちを見てなかった。
なんて言ってたか・・・・
【もうこんなに広がってる】

だとか

【補充をしないといけない】
って言ってたかな。

とにかく・・・俺は今日、おっかなくて藤田の顔をマトモに見れてない。


「何かそれ・・・やばいんじゃないですか?


「やばいな。だから俺は仕事を辞めて田舎に帰る。
とにかく怖くて仕方がないんだ。


「え?・・辞めちゃうんですか?


グイと飲みかけのビールを流し込み、男は空のグラスをテーブルに置く。


「辞めるって言葉は軽々しく使うもんじゃねえ・・・
辞めるッ!と心の中で思ったならばッ!!
俺たちの世界ではそいつは既に辞めちまってるんだぜ!
だから辞めてやったッ!
なら使っても良い!!


辞表は既に出しているぜ・・・ッ!
櫻井・・・お前も気をつけろよ。


「ひぃ~ッ・・・マジっすか?
 
 
 




にわかには信じがたい話だろうが、私は今、かつて死んだ妻と共に暮らしている。


あの日、葬儀屋の青年が何をしたかは知らないが
妻は今、こうして私の目の前に存在している。
生きている。


彼は人の道がどうのと言っていたが
やってみれば、想像よりも大したことは無く意外に簡単な事であった・・・


それは


【定期的に】

【生きた人間を】

【妻に喰わせる事】



ただそれだけの事。




この国の年間行方不明者は捜索願が出されているだけで約10万人。
実際には15~20万人に上るであろう。


今、月に一人ペースで喰わせているから年間12人・・・
行方不明者が12万人として0.0001%の人間が見つからなくても誰も気にしない。
どこぞで野垂れ死んだと思われるのが関の山だ。


妻の体には穴が開いていて、それはだんだんと広がってくる。
この穴が限界まで広がると妻は死んでしまうと言うのだ。

そして、喰わせればまた穴が塞がる・・・





人間は他の生物を犠牲にして生きている生物である。

それが牛であれ草木であれ、命を奪い糧としているのだ。


妻は、その糧が他の人間であるというだけである。


それをしなければ、妻は死んでしまうからするのだ。

妻は生きているのだから。


―ピッピッピッ・・・・


―プルルルル・・・


「もしもし?おう、俺だ。
今日必要な書類忘れてたよ、ごめんな~。
今から取りに来れるか?

・・・え?辞める?また何で・・・

そうか・・お前も大変だな。
分かった、落ち着いたら連絡寄越せよな。あぁ・・・またな。


――――――



どうやら妻の食事も済んだようだ。

また駐車場用にセメントを買ってこなければいけないな。



「さて・・・ちょっと出かけてくるよ。


出がけに妻の額にキス。
彼女は、少し食事が足りなさそうな様子だったので私は一人ほくそ笑む。



今日は特別大サービス。


きっと喜んでくれるだろう。
もしかしたら太る!って言われちゃうかな?

そんな事を思いながら私はワクワクした気分で玄関の扉を開ける。
 
 
 
 

使用させていただいたスタンド


No.81
【スタンド名】 シックス・フィート・アンダー
【本体】 葬儀屋の青年
【能力】 死体に6つ穴をあけるとその死体をゾンビにすることができる









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