自室の姿見の前で、両価矛美はカバンから新品のサラシを取り出し、自分の胸の上から巻き始めた。
質の良くない、安物のサラシはまだ糊がとれきれておらず、チクチクと肌を刺して少し痛む。
しかしこのくらいの感触があったほうが、しっかり巻いたときにゆるみにくいのだ。
………特に『決闘』するときには、そのほうがいい。
パンッ!
腰まで巻いたサラシを手ではたき、巻き具合を確かめた。
矛美「………よしっ。」
そして矛美は洗濯したてのハッピを羽織って部屋をでた。
カタカタカタ……
居間では矛美の弟の盾夫がノートパソコンに向かってキーボードを叩いていた。
矛美「盾夫、なにやってんの?」
盾夫「んー?チャットだよ。」
矛美「あっそ。……あたしちょっと出かけてくるから。もしかしたら帰りは遅くなるかもしれない。」
盾夫「わかった。」
矛美「じゃ、いってきまーす。」
盾夫「いってらっしゃい。」
バタン!
矛美は盾夫の前ではいつもと同じように振る舞い、家を出て行った。
盾夫「…………」
しかし、いつもとは違う矛美の様子に盾夫はなんとなく気がついていた。
盾夫「……姉さんのサラシ、いつもより白かったな。」
カタカタカタ
盾夫「…………」
盾夫はノートパソコンに向かって、再びキーを打ち始めた。
タテオ<今、姉さんが出かけてったんだけど、なんか様子がヘンだった。>
チユコ<ヘン?何が?>
タテオ<いやよくわからないんだけど。気のせいかな?>
チユコ<そういえば矛美さんからメールが来てたんだよ。>
チユコ<「今日の夜、用事あるか」って。>
タテオ<今日?>
チユコ<そう今日。別に用事があったからそういったら、「なければと思ってたから、別にいいよ」って。>
タテオ<ふーん。>
盾夫「…………」
盾夫が部屋の置時計を見ると、時刻は18時半をまわっていた。
町外れの廃工場。ここは近所のチンピラたちのたまり場となっていた。
たむろするチンピラたちの視線の先には二人の人間……ひとりは、チンピラたちを統べるリーダーの薗田太郎(ソノダタロウ)。
この町では「両価姉弟」と同じくらい有名な男だった。
そして、薗田に対面するもうひとりが、その「両価姉弟」の姉、両価矛美であった。
この二人がこれから何をするか……勿論、決闘である。しかし、その決闘をする理由というのがまた滑稽であった。
まわりを取り囲むチンピラたちは、皆ニヤニヤしながらことの顛末を見守っている。
薗田「もう一度確認しよう。俺が勝てば……おまえには俺の言うことをなんでもきいてもらう。」
矛美「…………」
薗田「そしてそっちが勝てば……ええと、なんだっけ。」
矛美「あんたに『あたしの彼氏になってもらう』。忘れないでよ。」
*「アッハッハッハッハ!!」
周りのギャラリーがいっせいに笑い出した。
薗田もフフッと失笑する。
しかし、当の矛美はいたって真剣に話していた。
そう、両価矛美は恋をしていたのである。
矛美はとにかく、強い人が好きだった。
なまじっか自分が強すぎるため、並の男ではどうも自分より弱いところが気にかかって、好きになれなかった。
だから、自分と同じくらい強いと有名なスタンド使いの『薗田太郎』なら、自分が気にかからないほど強いに違いない。
そう思ったときには、なぜかもう薗田のことが好きになってしまっていた。
そして勢いのまま薗田に告白したとき、薗田は答えを保留し「自分と戦って勝ったら付き合ってやる」と条件を出したのだ。
強い人が好きな矛美にとって、「相手より強ければ付き合える」というある意味で“矛盾”した条件になってしまったが、
とにかく、気にかからないほど強いのは違いないし、それで付き合えるのならやってやろうと矛美は考えたのである。
なんという子供じみた思考回路だろう。
それも仕方のないことだった。幼い頃からケンカにあけくれていた矛美は一般的な青春を送ることが出来ず、
たとえ戦闘力が53万を超えていたとしても、こと女子力ともなれば小学生並みであったのだ。
矛美「笑うなッ!!」
周囲の笑い声が静まった。……まだ、わずかに笑い声をこらえ切れていない者もいたが。
矛美「とりあえず今日はあたしは戦いに来たんだ。本気でこいッ薗田くん!」
薗田「よし……後悔するなよ?『ジ・アザーズ』!!」
薗田が叫ぶと同時に白いボディに多くの矢印のついた人型のスタンドが現れ、矛美へ近づいていく。
矛美「やはり近距離タイプ……でも、インファイトならあたしだって自信あんだよ!『シルバー・アンド・ホワイトスター』!!」
バババババババッ!!!
薗田「ふん、ずいぶん大振りなパンチ……」
シュババババババババババババッ!!!
シルバー・アンド・ホワイトスターの攻撃は精密性に欠け、どのパンチも大振りだった。
ジ・アザーズがそれらをさばくのは容易なことだったが……。
薗田「ス、『スピード』がッ!!」
ババババババババババババッッ!!
そう、シルバー・アンド・ホワイトスターのパンチのスピードはジ・アザーズのそれを上回っていた。
精密性に欠ける弱点を、手数で補っていたのである。
矛美「おおらッ!!!」
ドゴォン!!
薗田「ぶ、グ、アアァーーーーッ!!!」
バギバギバギッ!!
シルバー・アンド・ホワイトスターのパンチを捌ききれず、薗田はパンチを右ほほにモロにくらってしまい、フッ飛んだ。
矛美「……なんだ、思ったより手ごたえがなかったね。」
薗田「グ……グ………グッ……」
矛美「有名だったとは言っても、所詮は『井の中の蛙』ってことだったのかな?」
手で身を支えながら薗田はヨロヨロと立ち上がった。
薗田「クク……ククククク……」
矛美「……どうしたの?頭おかしくなったのか?」
薗田「………ったな。」
矛美「ムリしないでそのまま倒れな。そしたら、ウチに連れてって献身的な看病してやるから。
あたしのベッドに寝せて、リンゴむいてやる。」
薗田「持ったな、『優越感』を………なァ、矛美?」
ドドドドドドドドドド……
薗田の傍らに再びジ・アザーズが現れる。
矛美「呼び捨てで呼んでくれてうれしいけど、まだ心は折れてないんだね。……それだよ、薗田くん。カッコいいよ。」
矛美はシルバー・アンド・ホワイトスターを発現させ、薗田に近づいていく。
矛美「これで終わりにしてやるッ、『シルバー・アンド・ホワイトスター』!!」
薗田「やられるかッ!『ジ・アザーズ』!!」
ババババババババババババババババババッッ!!
再び、ラッシュの応戦が始まった。
手負いの割にはいい動きをする……そう、矛美が思った次の瞬間だった。
バババババババババババッ!!!
矛美(な……さっきより向こうのスピードが増してる!?いや、むしろ押されて……!!)
ドゴオッ!!
矛美「ぐ……ふっ……!!」
ジ・アザーズの拳が矛美の腹に命中する。
矛美はフッ飛び、地面に強くたたきつけられた。
矛美「う………ガハッ…!」
薗田「いい~眺めだ、矛美。優越感を感じているヤツを叩きのめし、見下すのはサイコーだぜ。
『なぜだ』って顔をしてるな?教えてやろう。俺の『ジ・アザーズ』は、
『俺に対し優越感を感じた奴の長所を奪う』能力。さしずめ今回はおまえのスタンドのパワーとスピードを戴いたってワケだ。
どうだ、悔しいだろ?見下してた相手に叩きのめされるのは。」
矛美「……………」
薗田「俺がおまえと戦ったほんとうの理由を教えてやろう。……俺と同じくらい名の知れたスタンド使いの『両価姉弟』……存在がジャマだったんだよ。
強いのは、有名なのは俺だけでいい。だが確実に勝つためには一対一で戦う必要があったんだ。
そこにおまえがノコノコやってきてよ、うまいこと決闘までとりつけることができた。
おまえのスタンドのパワーとスピードも戴いて、一石二鳥というわけだ。」
矛美「……く……そ…………」
矛美は震える脚に力をこめ、何とか立ち上がろうと試みる。
薗田「これでもう、おまえに用は無い。俺のケガを治したあとは、てめえの弟だ。
……おい、おまえら!!もう決闘は終わりだ、こいつのこと好きにしていいぜ!!」
薗田は周りで見ていたチンピラたちに呼びかけた。
薗田「…………?」
しかし、チンピラたちの声は返ってこなかった。
薗田「いつの間にいなくなってたんだ?…………ヘンだな。」
そのときであった。
矛美「『シルバー・アンド・ホワイトスター』……!!」
薗田がまわりを見渡している間にすでに矛美は立ち上がり、スタンドを発現させていた。
薗田「おいおい、もう勝負は決まってるだろ?これ以上やったら、おまえも危ないぜ?」
矛美「…………」
矛美は応えずに、ただじっと立ち尽くしていた。
薗田「…………?」
奇妙な動きを見せたのは矛美のスタンドだった。
シルバー・アンド・ホワイトスターは、篭手をつけた手を矛美の頭に乗せ……軽く握ったのだ。
矛美「………はあっ!!」
ドクン
矛美は、自分の心臓が、脳が、強く脈打っているような感覚を覚えた。
意図して、そうさせたのだ。
薗田「何だ……?」
矛美「くそっ……『コレ』を、つかわなくちゃならないなんてね。盾夫にも見せたこと無いのに。」
薗田「??」
矛美「奥の手さ、『シルバー・アンド・ホワイトスター』!!」
矛美とともに、シルバー・アンド・ホワイトスターが薗田のほうへ猛スピードで向かっていく。
薗田「バカなッ、『ジ・アザーズ』のパワーやスピードはすでにお前のスタンドを上回ってんだぜ!?」
薗田もジ・アザーズを発現させ、応戦する。
ババババババババババババババババババッ!!
猛スピードで繰り広げられるラッシュ戦。
一度目は矛美が、二度目は薗田が優勢だったが、今度は拮抗していた。
薗田「なぜだ……なぜだ……ッ!!」
いや、むしろ薗田のほうが押されていた!
シルバー・アンド・ホワイトスターのパワーとスピードを取り込んで、精密性で上回っていたはずのジ・アザーズが押し負け始めていたのだ。
ドズッ!!
薗田「はぐっ!」
シルバー・アンド・ホワイトスターのパンチが薗田のみぞおちにあたり、薗田が苦しみだした。
クリーンヒットはしなかったものの、ラッシュは一時止まった。
身をよじらせて苦しむ薗田に矛美が近づいた。
矛美「『なぜだ』……そう言ったね。教えてあげるよ薗田くん。……今のあたしは『火事場の馬鹿力』状態なんだ。
人間って、普段は本気で力を入れても、80%くらいまでしか出ないんだって。常に100%を出せるようになると、
筋繊維や骨に負担がかかってしまうから、脳で抑制してるんだって。」
薗田「おま……まさ………か……」
矛美「そう、その『脳で抑制してるところ』をスタンド能力でブッ飛ばした。
いまのあたしは脳内でビンビンアドレナリンが出まくってて、100%の力を引き出せてるのよ。
あたしのスタンドよりちょっと強くなった薗田くんのスタンドの80%と、あたしのスタンドの100%……
どっちが強いかは、今の結果に現れてるね。」
薗田「まっ……俺の負………」
矛美「情けないなあ、決闘は『どちらかが動けなくなるまで』がキホンだろ?『シルバー・アンド・ホワイトスター』!」
シルバー・アンド・ホワイトスターが薗田のもとに近づき……
薗田「うおおおあああああああああああああああああああああ!!!!」
ドコドゴドゴドコドゴドコドコドゴドゴドコドゴドコドコドゴドゴドコドゴドコドコドゴドゴドコドゴドコ!!!!!
矛美「あたしの能力を甘く見て、『見下した』のがあなたの敗因だ!」
ドォ―――――――z_________ン!!
盾夫「あれ、姉さん?」
矛美「…………盾夫。」
廃工場の出入り口を出たところで、矛美は盾夫に出くわした。
矛美「なにしてんのよ、こんなとこで。」
盾夫「ぐーぜん、通りかかっただけだよ。」
矛美「……ズボンに赤いしみがあるけど。」
盾夫「ああ………ちょっとさっき十数人ばかし相手にしてきたからさ。」
矛美(…………ああ、そうか。まったく、おせっかいやきの弟め。)
盾夫「それで、なにしてたの?」
矛美「ああいや、別に。………あー、スッキリした!」
盾夫「??」
矛美「なんかケンカしたらスッキリしちゃって、アイツのことなんかどーでもよくなっちゃった!ちょっとヤな性格だったし!」
盾夫「……やっぱり、コドモだなあ。」
矛美「なんだよ、やっぱり隠れてみてたんじゃないのか?」
盾夫「えっ!?いやいや!…………そういや、姉さん青アザばっかりだけど、治さなくて大丈夫?」
矛美「あー、ちっと痛いかも。」
盾夫「呼ぼうか?……治癒能力が使える女の子。」
矛美「……アイツ、あたしが連絡したときには『行けない』ってたけど。」
盾夫「え?……いや、僕が呼べばすぐ来てくれると思うよ。」
プチッ
矛美「あたしはダメでおまえの言うことなら聞くってどーいうコトだッ!!
やっぱりおまえらなんかあるだろッ!!」
盾夫「はぁッ!?そんなんないっての!!……………」ニヤッ
矛美「ニヤついてんじゃね―――――――ッ!!!」
矛美はこの日、実は恋愛富裕層だった盾夫に初めて「劣等感」を抱いたのであった……。
...to be continued
使用させていただいたスタンド
No.4862 | |
【スタンド名】 | シルバー・アンド・ホワイトスター |
【本体】 | 両価矛美(りょうか・ほこみ) |
【能力】 | 相手の状態にかかわらず「殴る」 |
No.4863 | |
【スタンド名】 | ニコ・タッチ・ザ・ウォールズ |
【本体】 | 両価盾夫(りょうか・たてお) |
【能力】 | 到達点をなくす |
No.4855 | |
【スタンド名】 | ジ・アザーズ |
【本体】 | 薗田太郎(そのだ・たろう) |
【能力】 | 本体に対して『優越感』を感じた者の『長所』を盗む |
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