オリスタ @ wiki

マッド・シスターズ

最終更新:

orisuta

- view
メンバー限定 登録/ログイン



T県T市九頭町は、アユの漁獲量が国内でも有名な町である。
そのため、町を流れる大きな百代川は、アユ漁が解禁される月になると釣り人たちで賑わいを見せる。
そんな百代川のほとりに、ある姉妹が住んでいた。
泥本晶子と、その妹の水緒だ。
2人には両親がいない。
水緒はまだ高校生なので、普通では両親の扶養の下に置かれる年齢であるが、晶子は29歳と大人なのでその必要はなく、晶子が水緒の母親代わりだった。

「ただいまー」

学校から帰ってきた水緒が、カバンをソファに放り投げた。
晶子はまだ帰ってきていないようだ。
水緒は冷蔵庫からコーラを取り出して飲んだ。
そしてソファに座り、常に持ち歩いているゲーム機の電源を入れた。
起動するまでの間、水緒は壁一面に並べてある、晶子の『彼氏たち』を見た。
瓶に詰められたそれは、九頭町の夕日を受けてキラキラと光っていた。
瓶にはひとつひとつラベルが貼ってあり、そこに顔写真と、名前、生年月日、晶子と付き合った期間、どこの部位か、が几帳面な字で書かれていた。
水緒はゲームを畳んだ。
何故か、晶子の『彼氏たち』がとても気になったのだ。
水緒はその中のひとつを手にとった。
平凡な名前の茶髪の男が写っていて、数字が羅列してあり、その下には「橈骨」と書いてあった。
姉は、瓶から『彼氏たち』を少し手のひらに出して、眺めたり、舐めたりするのが好きなのだが、水緒にそれをする勇気はなかった。
水緒はなんとなくこの男のことを思い出していた。

初めてこの家に来たとき、壁一面に並べてある晶子の『彼氏たち』を見て、この男はたいそう狼狽した。

「なんだよ、これは……」
「私の『彼氏たち』よ」
「『彼氏』だと?」

男は並べてある中のひとつを手にとった。

「この写真はなんだよ?
2011/03/05-2011/05/22って、なんの数字だ?
それとこれは、名前か?大腿骨ってなんだよ?」
「大腿骨は大腿を支える骨よ。
人体の中でもっとも長く、強靭で、寛骨と共に股関節を作っているのよ」
「そんなことを聞いてるんじゃねーよ!」

男は叫んだ。晶子はそれを見て目を細めた。

「ああ、うるさい。あたし、うるさい男って嫌いなの」
「どんな方法でこんな状態にしたんだ!?」
「うるさいって言ってるでしょ」

晶子のスタンドが現れた。
真っ白でのっぺりとした身体は、なんとなく骸骨を彷彿とさせた。
それは本来鼻や目や口がある場所にはぽっかりと穴が空いていて、合計9つの穴で男を見ていた。
肩や首にまばらに空いている穴たちも、この惨めな男を見ているような気がして、全く関係ない水緒も身の毛がよだつ思いがした。
男は能力者ではないためか、晶子のスタンドは見えていないようだった。

「『D・フランク』!」

晶子のスタンドが動いた。
一直線に男に向かうと、指が3本しかない手で男の首を締め上げた。

「!? なんだ!?」

男はもがき、自分の首を締めているものの正体を探ろうとしていた。
晶子はそれを見て、先ほどとは違った意味で目を細めた。

「あなたはつまらない男だったけど、この中に並べば、きっとあたしを楽しませてくれるわね」

男は口から血を吹き出した。顔がどんどんうっ血し、どす黒くなってゆく。
『D・フランク』はなおも男の首を締め上げる。
水緒は耐えきれなくなり、目をそらした。
やがて、男はびくりびくりと痙攣しながらこと切れた。
やっと『D・フランク』が男の首から手を離した。
男の首には、くっきりと3本の指の痕がついていた。
晶子は体温計をくわえた。

「34.4度……、だめね。
もう少しこのままにしておきましょう」

水緒はすごく居心地が悪かった。
逃げ出したい衝動に駆られた。
でも、晶子に逆らったら。
考えるだけで背筋が凍った。

「分かってるわよね」

そんな水緒の気持ちに勘付いたように、晶子が言った。

「こういうふうになりたくなかったら、あたしの言うことを聞くのよ」
 
 
 




水緒は大きなため息をついた。
嫌なことを思い出してしまった。
瓶を元に戻したところで、ドアが開く音がした。晶子が帰ってきたのだ。

「ただいま」
「おかえりー」

晶子がどんな仕事をしているのか、水緒は知らなかった。
あるいは、外に出かけているだけで働いていないのかもしれないとも思ったが、2人が暮らしていけるほどの稼ぎはあるようなので、それは違うようだった。
晶子に友達や彼氏はいるのか、『彼氏たち』をコレクションする以外に何か趣味はあるのか、好きなものや嫌いなものは何なのか、ずっと一緒に暮らしているにもかかわらず、水緒は全く知らなかった。

「お腹空いたでしょう。晩御飯、すぐ作るから」

買い物袋を抱えた晶子が言った。

「あたしも手伝うよ」

水緒と晶子は並んで台所に立った。
晶子は料理が上手である。
水緒は、いずれ進学して1人暮らしするときのために、晶子の料理の技術を盗みたいと思っていた。

「お鍋を取ってちょうだい」
「はーい」

晶子に鍋を渡したとき、指先が触れた。
それはまるで氷で出来ているかのようにすごく冷たくて、水緒は反射的に手を引っ込めた。

「……」

晶子は目を細めて水緒を見ていた。
水緒は晶子と目を合わせることが出来なかった。
やっぱり、お姉ちゃんは苦手だ。
水緒は思った。
晶子は何も言わずに鍋を火にかけ、料理を再開した。

やがてカレーとサラダが2人前、テーブルに並んだ。

「いただきます」

水緒はスプーンを手に取り、ひと口食べた。
スパイスの香りが食欲をそそって、なんとも美味しかった。

「美味しい?」
「うん!美味しい!」

晶子は安心したように微笑んだ。
そしておもむろに立ち上がると、壁一面に並べられた『彼氏たち』の中からひとつ取り出して、蓋を開けると、カレーライスにかけた。
水緒は目をそらした。毎日のこととはいえ、やはり気持ち悪かった。
そしてようやく晶子もカレーを口に運んだ。
『彼氏』で真っ白になったカレーは、水緒から見てお世辞にも美味しそうとは言えなかったが、晶子は実に嬉しそうにカレーを口に運び続けた。

食事が終わり、水緒が皿を洗っていると、夜のニュースが聞こえてきた。

『幸部町で女性2人が行方不明になっている事件と合わせて、T市内だけでも最低10人以上の行方が分からなくなっており……』
「幸部町っていったら、行きつけの美容室があるわね」

晶子はソファに腰掛けてテレビを見ているようだ。

「お姉ちゃん、何年も通ってるよね」
「ええ。あそこの美容師さん、若くてかっこいいのにまだ結婚してないのよ。
どうしてかしら」
「えーかっこいいの?見てみたい」

思わず笑顔になった水緒だったが、晶子の横顔を見てその笑顔は一瞬で消えた。
頬杖をつき、口角を歪めて笑っていたのだ。
晶子があの笑い方をすると、近いうちにまた、新しい『彼氏』が壁に並ぶのだ。
水緒は泣きそうになりながら、洗い物を再開した。
 
 
 




次の日、水緒が学校から帰宅すると、襖を隔てた隣の部屋から話し声が漏れ聞こえてきた。
晶子の声しか聞こえないので、おそらく電話か、あるいは。

「写真、撮ったから。瓶に貼る写真ね」
「独身よ。でも妹がいるわ。まだ学校から帰ってきてないけど」
「ううん、高校生。あたしたちには親がいないから、面倒をみているの」
「進学したいって言ってるわね。まあ、させないけど」

水緒は冷たい手で心臓を鷲掴みにされたような気がした。

「あの子は、あたしの『妹』。妹は、姉に逆らうことなど出来やしないのよ。
姉の命令は絶対なの。どこの世界に、姉より優れた妹がいると言うの?
あの子は、いわば『奴隷』なの」

クスクスと笑う声を背に、水緒は壁伝いに崩れ落ちた。
涙がとめどなく溢れ出た。

「まあ、いいのよ。あなたも可愛がってあげるから」

晶子が出てくるかもしれない。
水緒は自室に駆け込んだ。
ベッドに腰掛けて、ぼうっと天井を見上げた。
大好きなゲームも、今はする気にならなかった。
晶子は、水緒が高校に入ったあたりからスタンドを使って男を殺し始めた。
相手はいずれも水緒の知らない男だったが、共通点があった。
被害者が全員、茶髪でハンサムな男だったということだ。
晶子が『彼氏たち』を殺す場面には、必ず付き合わされ見るように命令された。
逆らえば、容赦無く暴力をもって応酬された。
鬼のような形相で拳を振り上げる晶子を、一時期は毎日のように夢に見た。
何故今まで犯行が明るみに出なかったのだろう。
晶子のスタンドは、血の1滴も垂らさず人を殺し、分解することが可能である。
壁に並べてあるものだって、隠してしまえばバレることはない。
これからも犠牲者は増え続けるだろう。
自分にできることなど、何もない。もう、誰も晶子を止められないのだ。
そう悟って、水緒は軽いめまいを覚えた。
そのとき、部屋のドアがノックされた。

「水緒。来なさい」

晶子だった。
また、あれを見せられるのか……
水緒は泣きそうになりながら、ドアを開け、晶子に続いて階下に降りた。
部屋には、シートの上に男が1人横たわっていた。
この男も、御多分にもれず茶髪のハンサムな男である。
さっき晶子が話していたのは、電話ではなくこの、もの言わぬ男の亡骸だったのだ。

「なかなかいいと思わない?」

晶子はにやにやと笑っていた。

「……うん」

水緒は晶子と目を合わせることが出来なかった。
晶子は体温計を取り出し、体温を測った。

「35.1度……、まあまあね」

そして、スタンドを発現させた。
白い悪魔、と水緒は心の中で呼んでいる。
その悪魔が、3本しかない指で男の身体に触れた。
男の身体は触れられた部位からサラサラと崩れ始め、砂になってシートの上に積もり、あとには白い骨だけが残った。
服や肉がすっかり砂になってしまうと、晶子は隣にもう一枚シートを広げ、その上に骨を移動させるよう、水緒に言いつけた。
 
 
 




寒気が止まらなかったが、水緒はシートの上に骨を移した。
その骨を見て、晶子のスタンドに似ているな、となんとなく思った。

「さあ、早く片付けてちょうだい」

晶子は腕を組んで水緒を見下ろした。
逆らえば、ひどい暴力が待っている。
水緒は黙ってスタンドを出した。
えんじ色の美しいスタンドで、ふんわりとしたスカートにはゲーム機がたくさんついていて、胸と顔はコントローラーを模したものとなっている。
水緒はこれを、『ドット・マザー』と名付けていた。
床がゆっくりとドットに変わりはじめた。
まるでゲームの世界にいるようだ。
シートの上に積もっているかつて男だった砂が白いドットに変わったところで、水緒はゲーム機を取り出した。
ピコピコと何やら操作して、砂だけを庭に移動させた。
以前晶子に命令されて掘った深い穴に落とすと、土と混ざって汚い色になった先客の上に、新しい砂が青白く散らばった。
能力を解除し部屋に戻ると、晶子が骨をバラしてシートの上に几帳面に並べているところだった。

「人間の身体はいくつの骨で構成されてるか、知ってる?」

骨を並べる手を休めずに晶子が言った。
水緒は黙って首を振った。

「206。筋肉はもっと多いのよ。人の身体って、面白いわよね」

骨はバラバラにされ、部位ごとに並べられた。

「水緒は、どの骨が好き?」

水緒は、すぐには答えられなかった。
晶子が、ただただ気持ち悪かった。
やがて震える指で、適当な骨を指差した。

「尺骨ね。橈骨と共に前腕を構成する骨だわ。いいの選ぶじゃない」

晶子は楽しそうに言った。
この女は異常だ。イカレている。
誰かがこの女を止めないと、犠牲者は永遠に増え続ける。
しかし、水緒にはどうすることもできなかった。
晶子には力では絶対に敵わない。
昔こそ晶子に反発し逃げ出そうとしたこともあったが、その度に連れ戻され、ひどい暴力をふるわれた。
今の水緒には、「学習された無力感」という状態がもっとも当てはまった。
犬を逃げられないよう固定し、繰り返し電気ショックを与えると、犬は最初こそ暴れて逃げ出そうとするが、やがて逃げられないと悟ると黙って痛みに耐えるようになる。
そして、拘束をといて逃げられるようにしても犬は逃げない。
それと同じく水緒は、晶子から永久に逃げられないのだ。
晶子はスタンドを使い、骨を砂にして瓶に詰めはじめた。
ひとつ詰めるたびに瓶にラベルを貼っていく。さっきの男のものであろう名前と顔写真、日付が記されたものだ。
水緒はそれを光のない目で見ていた。
なんとなく、自分もああいうふうに瓶に詰められ並べられるのかな、と思ったら、怖くてたまらなくなった。
やがて全ての骨を瓶に詰め、晶子が立ち上がった。
水緒も手伝って、『彼氏』を居間の壁に並べた。
また賑やかになった壁を見て、晶子は満足そうに頷いた。
水緒はその後ろで考えていた。
これ以上、この女の私利私欲による犠牲者を出してはならない。
早く断ち切らないと、また哀れな瓶が増えるだけだ。
でも、どうやって?
水緒は晶子に勝てる自信がなかった。
晶子が振り向いた。

「あなたも並べてあげようか」

獲物を見つけた爬虫類のような目だった。
水緒は悟った。
この女に勝つことはできないと。
 
 
 




何ヶ月か経ち、壁の『彼氏たち』がまんべんなくなくなってきた頃、水緒は晶子に連れられて山座町に出てきた。
寂れたシャッター街を2人で歩いていると、晶子と2人でこの世界に取り残されたような感じがして、水緒はとても不安になった。
晶子は何かを探しているようだった。
水緒は晶子に黙ってついて歩いた。
細い路地に入り、更にそれより細い道を歩いた。
商店街からどんどん離れて行き、店がまばらになった。
店と店の間を覗いたり、ゴミ箱の蓋を開けたりと、どんどん挙動が不審になってゆく晶子を見て、水緒はたまらなくなって声をかけた。

「ね、ねぇ。何を探してるの?」

晶子はゴミ箱を漁る手を止めて、水緒に向き直った。

「2人でひとつの人間よ」

それだけ言うと、晶子はゴミ箱を蹴っ飛ばした。

「どこにもいないじゃない」

水緒はわけがわからなかった。
晶子は裏路地に入って行った。
水緒は慌てて後を追った。

「誰か来たぞ」
「こっちに来る?」

かつて山座町で行方不明になった2人の高校生がいた。
行方不明になったばかりは、毎日のように彼らの顔写真と名前をテレビで見たが、最近ではすっかり目にしなくなり、人々からも忘れ去られていた。
彼らは雨や風に曝され、だいぶ汚れてしまっているが、かろうじて人だと分かる。
ただ、普通の人と違うのは、彼らが2人でひとつの身体を共有しているということだ。
この町にいる、「影を喰う妖怪」が彼らを作ったのだと晶子は知っていた。
その存在は、彼女ら能力者の間では有名になりつつあった。
2人でひとつの人間、それを是非骨にして、砂にして、粉にして、コレクションしてみたい。
それが晶子の目的だった。
公園にさしかかった。背の低い木が鬱蒼と茂っている。
そこをかき分け、晶子は笑みを浮かべた。

「いたわよ」

水緒に向かって手招きをした。
水緒は逃げ出したい衝動をこらえ、晶子が眺める先を覗き込んだ。
背中からふたつの頭が向かい合うように突き出ていて、わき腹からは足や手が昆虫の脚のように生えている、人間のような生き物がいた。
彼らは、水緒と目が合うと、怯えたような表情を浮かべたが、やがてたくさんある脚で走り去った。

「噂は本当だったのね。
……欲しいと思ったけど、やめるわ。
だって、幸せそうだったもんね、あの子たち」

水緒は嘔吐した。
ほとんど胃液しか出なかったが、先ほどの人間のようで人間でない生き物が、目に焼きついて離れなかった。

「あらあら。大丈夫?」

晶子は水緒にハンカチを差し出し、驚くほど冷たい手で水緒の背中をさすった。
はあはあと肩で息をしながら、水緒は考えた。
普通の家庭に産まれたかった。
こんなイカレた姉と2人で暮らして、気持ち悪い光景を毎日のように見せられて、私の人生ってなんなんだろう。
暖かい家庭で、優しい両親ときょうだいに囲まれて暮らしている同級生が羨ましくて仕方なかった。
やがて水緒は晶子に支えられてよろよろと立ち上がった。

「今日はもう帰りましょう」

水緒は返事をする気力もなかった。
 
 
 




獲物を逃しちゃったから、今の男を殺そうかしら。

帰り道、運転しながら晶子は考えた。
水緒はぐったりとしている。
さっき見た化け物が、脳裏に焼きついて水緒を苦しめた。
このT市に、あんな化け物がいたなんて。
知られていないだけで、晶子のような性癖をもつ人間が他にいるとしか思えなかった。
寒気が止まらなくて、また吐きそうになったが、水緒は歯を食いしばって堪えた。
家につくと、水緒は自室に駆け込んだ。
普通の家庭に産まれたかった。
再びそう思った。
涙がとめどなく溢れ出た。
どうして。どうして。どうして。
いく度となく自問したが、答えは出なかった。
ベッドに横たわり、天井を見上げた。
自分の運命を恨んだ。
もう何も考えたくなかったので、水緒は目を閉じた。

どれくらい眠ったのか、晶子が電話する声で目が覚めた。
内容からして、晶子が男を家に呼んでいるらしい。
晶子は実に楽しそうな声で話している。
そんなものは虚構だ。水緒は叫びたかった。
頭が割れるように痛かった。
もう、あの女の呪縛から逃れられないのか。
そんなの嫌だ。
水緒は身体を起こした。少しフラフラしたが、歯を食いしばって立ち上がり、階段を降りた。

居間のドアの前に立つと、晶子が電話している内容が漏れ聞こえてきた。

「だから、言ったでしょう。あの子は奴隷なの。必要ないなんてことはないわ。
奴隷がいなくなったら、誰があたしの趣味を手伝ってくれるのかしら」

そして晶子はクスクスと笑った。
水緒は頭にカッと血がのぼった。
心臓が急激に動きを早め、頭がクラクラした。
絶対に許さない。
私の人生をめちゃくちゃにしやがって。
もうどうなってもいい。私は、無力な犬とは違うのだ。
大きな音を立てて、水緒は居間のドアを開け放った。
晶子は別段驚いた様子もなく、受話器を携えたまま横目でちらりと水緒を見た。
水緒は肩で息をしながら言った。

「もう、人を殺すのはやめたら?
また呼んだんでしょ?」

水緒とは違って、晶子は落ち着き払っていた。
晶子はうんざりした様子で通話を切った。

「あたしのやることに口出ししないでちょうだい。
あたしがいなくなったら、親戚もいない、身寄りもないあんたに生きていくすべなどないわ。
姉より優れた妹などいないのよ。
それとも、戦って勝てるのかしら」

晶子はにやりと笑った。
水緒は気が狂いそうになった。
この女が憎い。絶対に許さない。
思うと同時に、晶子に飛びかかっていた。
晶子を力づくで床に組み伏せた。

「何するの!あんた……」
「うるさい!うるさいうるさいうるさいうるさい!!」

水緒は叫んだ。
叫びながら晶子に馬乗りになり、何度も何度も顔に拳を振り下ろした。
晶子の鼻から血が流れ出た。水緒の目からは涙がこぼれ落ちた。
拳かじんじんする。それでも水緒は晶子の顔に拳を打ち付けた。
すると晶子は水緒の腕を掴み、素早く身体を横にずらし水緒の脇腹を蹴り飛ばした。
水緒はバランスを崩し尻餅をついた。
晶子は水緒の顔を掴み、後頭部をテーブルの端に打ち付けた。
鈍い音がして、水緒の目の前に火花が散った。

「あたしを怒らせたらどうなるか、もしかして分かってないの?」

水緒は肩で息をしながら、晶子の指の間から強い眼差しで睨みつけた。

「あんたは……気が狂ってるよ。
人殺しが、楽に死ねると思うなよ」

水緒は言い、晶子の手を振りほどいた。

「『ドット・マザー』!」

水緒はスタンドを出した。
『ドット・マザー』は、晶子に何発か拳を叩き込んだ。
晶子はよろめき尻餅をついた。
このすきに逃げよう。
水緒が痛む後頭部をかばいながら立ち上がったところで、腹のあたりを強く殴られたような衝撃を受けた。
息が出来なくなって、下半身がさっと冷たくなった。
晶子が水緒の背中を蹴り飛ばした。
水緒は受け身をとることもできず、床に力なく転がった。
何故だ?何故力が入らない?
水緒は血を吐き出した。
腹部に手をやって、水緒は驚いた。
そこには大きな穴が空いていて、とめどなく血が流れ出していたのだった。
顔をあげると、晶子がゆらりと立ち上がったところだった。

「小賢しいクソガキが……」

先ほどの落ち着きはどこへ行ったのか、晶子はたいそう苛立っている様子だった。
晶子の背後には、腕まで血に染めた『D・フランク』が立っていた。
3本しかない指には、わけのわからない臓物のかけらが引っかかっていた。
 
 
 




力ではもう勝てない。それならば。

水緒はこっそりと、『ドット・マザー』を動かした。
彼女もまた、腹部に大きな穴が空いていて、普通のときよりも動きは遅かったが、なんとか動いてくれた。
幸か不幸か晶子は非常に怒っており、まだ『ドット・マザー』の動きに気づいていないようだった。

「クソガキがああああああああ!!!」

鼻や口から血を垂らしながら晶子が絶叫した。
そして水緒の首を締め上げた。

「あたしは!あたしは姉なのよッ!!
あんたの『姉』なのよッ!!
弱くて薄汚くて小賢しくてみずぼらしくてみじめでみっともないあんたが!!
このあたしに楯突こうなんて100年早いのよおおおおおおおお」

ギリギリと音がして、晶子の細い指が水緒の首に食い込んだ。
ぞっとするほど冷たく、気持ち悪い感触の指だった。

間に合わなかったか。

意識が薄れてきた。涙が溢れて、霞む視界に一瞬、えんじ色の影を見たような気がした。

「!」

晶子の動きが止まった。
憎悪に満ちた顔が、徐々にドットに置き換わってきた。

「あたし、あ……し、どうな……て……」

晶子は酸欠の金魚のように、口をパクパクさせた。
『ドット・マザー』だ。
間に合った。水緒は心底安堵した。

「お姉ちゃん……、あんたの名前は『晶子』だよね。
『晶』には、『キラキラ光る石』って意味があるんだよ。
それで、あたしは水緒。水だよ。
姉より優れた妹はいないって言ってたよね。
水滴だって、水だって、あたしだって。
石を穿つことは、できるんだよ」

水緒は勝ち誇ったように笑った。
晶子は青白い顔を憤怒に歪めたが、その顔もすぐドットに置き換わって固まった。
晶子をドットに変えてしまえば、ゲーム機で動かせる。
水緒はゲーム機を取り出した。
息をするのも辛かったが、どうにかゲーム機で晶子を動かすことに成功した。
晶子を立たせ、歩かせた。
途中、憎悪と苦渋に満ちた顔で晶子が振り返り、水緒を睨みつけた。
以前の水緒なら咄嗟に目をそらしたところだったが、今は負けないぐらい強い眼差しで睨み返すことができた。

「覚え……とけよ。クソガキが……」

晶子はそう言った。
水緒は体力的にもう立てなかったので、這って晶子の後を追いかけた。
床に血が広がった。
はあはあと息をしながらゲーム機を操作した。
傷口からは血がドクドクと溢れ出していた。
晶子がぎこちなく歩き出した。
晶子は絶望した。
このまま死ぬのだろうか。
自分は姉だ。姉は、妹なんかより強く、大きく、絶対的な存在のはずなのに、今その妹の手によって殺されそうなのだ。
信じたくない。考えたくない。死にたくない。許したくない。そんなことは、あってはならない。
晶子はぶるぶると震え始めた。ごうごうと音を立てて流れる百代川を前にして、恐怖が晶子を包み込んだ。

しかし、川に入る寸前で、水緒は能力を解除した。
晶子はあっけに取られた。
何故だ。
キョロキョロと辺りを見回したり、自分の身体を触ったりした。
自由に動ける。
ゆらりと水緒のほうに向き直り、水緒と目が合うと、鬼のような形相で水緒に向かった。

「ふざけんじゃないわよおおおおおおおおお、このクソガキがああああああああ!!」

水緒は『ドット・マザー』を出した。そのまま背後から、晶子の背中に拳を打ち付けた。
 
 
 




ズボッ、と音がして、『ドット・マザー』の拳が晶子の身体を貫通した。
晶子の口から血が噴き出した。『ドット・マザー』が腕を抜くと、腹にできた穴からも血がとめどなく溢れ出した。
水緒は、窓にもたれかかってそれを見ていた。

「はぁ、はぁ……クソ……ガキ……が……、
さっき能力が切れたのは、くたばったからだと思ったのに……」
「殺されるかもって恐怖を、味わわせてやりたかったんだよ。
あんたみたいな人殺しが、この世にのさばっちゃだめなんだよ」

晶子の顔が一瞬、憎悪と憤怒と苦痛に歪んだ。
しかしそのあと、いくらか表情が和らいだ。
そして、自分の下に広がる土を愛おしげに撫でて、言った。

「生命の起源は海なのに……なんで、土に還りたいっていう表現がある……のかしらね。
あたしも、死んだら……この土と、同化するのかしら」
「あんたは死んでも土にはならないよ。せいぜいみずぼらしい砂にでもなって、成仏もできずに彷徨えばいいんだよ」

水緒はゲラゲラと笑った。
笑うと腹がとても痛み、血が噴き出した。口からも大量の血が溢れ出した。
でもそんなことはどうでもよかった。
晶子は水緒を上目遣いで睨みつけた。

「クソ……、クソ……が……」

しばらくもがき苦しんで、二言三言、水緒に汚い言葉を浴びせかけたあと晶子は絶命した。
水緒はそれを光のない目で見ていた。

「あたしも、そろそろか……」

ひどい怪我なのにここまで生きていられたのは、姉に対する恨みが強かったからだろう。
しかし、その姉はもう死んだ。
嵐は去ったのだ。
水緒は目を閉じた。
薄れゆく意識の中、水緒はなんとなく、『彼氏たち』を眺める姉の横顔を思い出していた。
記憶の中の姉は、とても優しい顔をしていた。


『T県T市九頭町で、姉妹2人が死亡しているのが発見されました。第一発見者は、姉と交際していた男性です。
2人とも腹部に大きな損傷があり、警察は他殺とみて捜査を進めています。……』

テレビには姉妹の写真と名前が映し出されていた。

「怖いですねぇ」

ニュースの画面を見て、ある美容師が言った。

「怖いわねぇ。九頭町はアユが有名なのよね。あんまり行ったことないけど」
「ぼくのお客さんにも、九頭町に住んでらっしゃる方がおられるので、心配ですね」
「ここの美容室は、お客さんの範囲が広いのね」
「ええ、お陰様で」

美容師はにっこりと笑った。
あとで、この犠牲者の髪を可愛がるか。彼はそう思った。






使用させていただいたスタンド


No.6630
【スタンド名】 D・フランク
【本体】 泥本晶子
【能力】 本体の体温より温度が低いものを砂にする

No.4850
【スタンド名】 ドット・マザー
【本体】 泥本水緒
【能力】 スタンドの周りを徐々にドット絵に変えて行く









当wiki内に掲載されているすべての文章、画像等の無断転載、転用、AI学習の使用を禁止します。




記事メニュー
ウィキ募集バナー