自分以外に誰もいない留置場の部屋。
鉄格子の嵌った小さな窓から星が見える。
おそらくは歴史ある建物なのだろう。
古めかしい石壁の表情は冷たかった。
クマの出来た目。コケた頬。
薄い毛布に包まりながら、ぼんやりと考える。
― なんで私はこんな所にいるんだろう
自分の『日常』がまるで理解を超えるものとなってから、もうかなりの時間が経つ。
ここ数ヶ月ずっと夢の……悪い夢の中にいるようだ。
夢の中?
― 夢かあ……見てないなあ
何日もろくに眠れていない。
もう長いこと、ぐっすり眠ることは非常に困難な仕事になっていた。
心も体も消耗しきっているのが自分でも解る。
ぼんやりと星の煌めきを眺めながら、しかし、その長い悪夢が脳裏に勝手に蘇り始めた。
※※※※※※※
※※※※※※
それは数ヶ月前の夜から始まった。
階下から聞こえる母親の悲鳴に目を覚ました少女は、自分の部屋が炎に包まれていることに気づく。
本棚もベッドも、なにもかも燃えていた。
いや、自分の部屋だけではない。
慌てて両親の名前を叫び下の階に向かおうとしたが、既に火は建物全体に回っていた。
恐怖に駆られた彼女はそこが3階であることも忘れ、転げるように窓から飛び降りた。
幸運にもかすり傷一つ負うことはなかったが、彼女の家族は彼女ほど幸運ではなかった。
翌日、すっかり燃え落ちたアパートの瓦礫の下から父・母・弟の焼死体が発見されたのだ。
家と家族を一晩で失い、悲しむより前にただ呆然とすることしか出来なかった彼女に
「あなたが良ければ一緒に暮らそう」
と言ってくれたのは同じ街で暮らす母の妹 ― 叔母だった。
「夫も子供たちも、それを望んでいる」
「学校にも通えばいい。就きたい職業に就けるように支援もする」
「あなたが働けるようになるまで、お金の心配はしなくていい」
「血の繋がった肉親だもの、当然でしょ」
親族というのは有難いものだ。
自活出来るわけもない彼女は喜んで叔母に受け入れてもらう道を選んだ。
少女もまた、年の離れた従兄弟たちの良い姉になろうと努力した。
それが家族を失った自分を救う為の最もいい方法だと思ったのだ。
しかし、
一週間後、彼女と従兄弟たちが留守番をしていた叔母の家から火が出た。
小さな従兄弟達がすぐに気づき、叫ぶ。
彼女は動揺しながらもすぐに消防署に通報する。
駆けつけた消防車が到着する前に、ボヤは彼女と従兄弟たちのバケツリレーによって消し止められていた。
帰宅して家の有様に驚く叔母夫婦に、従兄弟たちは口を揃えて
「絵本を読んでもらってたら、いきなりテーブルの下から火が出たんだよ!」
「おねえちゃんと僕らで頑張って火を消したんだよ!」
と言った。
「お気に入りのタンスが焦げたのは残念だけど、あなた達が無事で良かったわ」
そう言って笑顔を作ろうとする叔母の顔は引き攣っていた。
もちろん、少女も同様である。
家族と自宅を喪った火事からまだ一週間しか経ってないのだ。
続いてその3日後の晩、寝ていた彼女は焦げ臭さに目を覚ます。
与えられた部屋の、彼女が寝ているベッドの下から火が出ていた。
彼女は隣の部屋で寝ている従兄弟の一人を抱きかかえ、一人の手を引いて必死で家から逃げ出した。
叔母も叔母の夫も無事逃げ出していたが、消防車が到着するまでに家の1/3程が焼け落ちていた。
流石にこうなると偶然では片付けられない。当たり前の様に少女に疑いが掛けられる。
消防・警察が入り現場検証が行われ、彼女は拘束され取り調べを受けた。
「……私には何もわかりません。気づいたら火が出ていました」
何を聞かれてもそうとしか言いようがない。
『自分のいるところから火が出る』という事実に動揺し怯えてはいたが、彼女自身は何をした覚えもないのだ。
現場検証の結論も
「普通では考えられないが、出火した場所が『ひとりでに』発火点を超える高温になり、燃え出したとしか考えられない」
……嫌疑不十分である。
2日間警察署に留め置かれ、クタクタとなって戻った彼女に叔母はこう言った。
「信じて欲しいけど、私だってあなたが火を点けたなんて思ってない」
「でも、本当に申し訳ないけど、あなたと一緒には暮らせない」
「ありえない偶然が続いてるのかもしれない。でも、『あなたがいると火事になる』」
「私は子供達が1番大事なの。あの子達を危険に晒したくない」
「あなたに酷いことを言ってるのは解ってる。そしてあなたには『一緒に暮らそう』なんて嘘をついてしまった」
「本当にごめんなさい。なんとか解って欲しい」
― そうだよね
『私が叔母さんの立場でもそうするだろう』と、どこか他人事のように思う。
― 現に私自身、両親と弟を火事で失ってるんだ
― こんな疫病神と一緒に暮らすなんてとても出来るもんじゃない。子供がいるなら尚更だ
「これを持っていって。あなたの暮らせる場所を自分で見つけて」
そう言って叔母から差し出された真新しい財布には結構な額が入っていた。
叔母夫婦も決して裕福な訳ではない。むしろ慎ましい暮らしをしている。
― 『私のせい』で、家も半分燃えちゃったのに
涙が出た。
とても全部は受け取れるものではない。
「必ず。いつとは言えませんが、必ずお金は返します」
ローマへの旅費としばらくの滞在費だけ受け取って、叔母と別れた。
叔母も泣いていた。
ローマへの車窓。電車に揺られながら思う。
― あの子たち、結構懐いてくれてたんだけどなあ……。
もう会うことはないかもしれない、小さな従兄弟達の顔が浮かぶ。
叔母の家族達、そして喪った自分の父母、弟。
― 私、この先どうなるんだろう。ずっとこの先……
……と、感傷に浸る彼女を邪魔したのは、イタリア名物・ナンパ男である。
イタリアでは珍しい金髪が目を引くのもあるのだろう。
ナンパしてくる男達を振り払い振り払い、やがてローマに到着する。
もっとも、ローマに着いてみればよりブ厚いナンパの弾幕に晒されることになったのだが。
― ここなら私でも出来る仕事が何かあるはず!
年をごまかして仕事を探してみると、案の定仕事はすぐに見つかった。
が、順調とはいかなかった。やはり彼女の行く先々で火が出るのである。
最初に見つけた清掃員の仕事では、勤務2日目で火を出した。
最初の週の給料が出てアパートを借りられるまで、と、泊まっていたB&Bも次の日の晩には火事になった。
もう彼女は一々誰かに釈明するのも面倒になっていた。
身の回りで火災が発生する度、ただただその場から逃出すのみである。
― もうとても仕事には就けない……
すぐに叔母に貰ったお金も尽きた。
昼は人通りの多い公園や遺跡で微睡んで過ごし、夜はひたすらパトロールの警官やチンピラから逃げ、あるいは隠れる生活。
そしてその途中でも、やはり何度か火を出した。
― 昔、人体発火?っていうのかな……テレビで見たけど……私は火傷一つしてないんだよなあ
― いつも自分だけは無事とか……でも、どこへ行っても人の迷惑にしかならない……
― 私みたいな迷惑な奴はとっとと死ね、って話だろうけどさ……死ぬのは嫌だな……苦しそうだし……
― あ……そういやナンパもされなくなったな……こんなナリじゃ当たり前かあ
― ……もう完全にホームレスだもんね
空腹と睡眠不足、疲労で行き倒れの様になっていた彼女は修道院に拾われる。
温かい食事、ベッド、シャワー。
とりあえず欲しかったものは手に入ったが、彼女にはこの先『どうなるか』がもう解っていた。
一度目のボヤ。
― ひとまずは疑われなかった
二度目のボヤ。
― 注意だか嫌味だか警告だかを言われたけど、そのまま留め置かれた
三度目のボヤ。
― 警察に突き出された
「あなたのような『呪われた魂』でも、真心を持って接すれば救えると考えていたのに残念です」
「神に仕える身としては、警察にあなたの処置をお願いするのは本意ではありません」
「しかし私は立場上、他の修道尼達の安全も考えなくてはいけません」
「あなたのような『サイコ放火女』に必要なのは、まずお医者様による治療です」
必死で澄ました顔を作りながらも『呪われた魂』だ『サイコ』だと散々に罵る院長に対して、もう心の中で笑う気力もなかった。
― 最初に声を掛けてくれた時はさぁ……
― 『だいぶお疲れのご様子。事情は聞きませんので、しばらくこちらで休んでいきませんか?』
― ……だったっけ?マリア様みたいな顔してたのになあ……
警察には、ローマに来てから火を出した職場やB&Bから、彼女の顔写真が回っていた。
全部違う名前・出身地。そしてサバを読んだ年齢で申し込んでいる ― 立派な不審者である。
「お前の名前は?出身は?」
― それを聞いてどうしようと言うんだろう
― ていうか……言えば叔母さんに迷惑が掛るだけだよね……
「なぜ火を点けてまわってる?放火の方法は?」
― 私が知りたいよ……
毎日のように取り調べを受け、がなり立てる刑事の口撃に晒され続けたが、少女は黙秘しつづけた。
強固な意思からではない。口を開く気力がなかっただけだ。
最後に一言
「私には解りません。刑務所にでも死刑台にでも行けと言われれば行きます」
そう呟くように絞り出すのが精一杯だった。
And did they get you to trade your heroes for ghosts?
奴らと取引する気かい?亡霊どもにキミのヒーローを差し出して
奴らと取引する気かい?亡霊どもにキミのヒーローを差し出して
Hot ashes for trees?
ちょっとした木陰を求めて赤く燃える灰を手放し
ちょっとした木陰を求めて赤く燃える灰を手放し
Hot air for a cool breeze?
微かな涼風を得るために灼熱の大気を捨て
微かな涼風を得るために灼熱の大気を捨て
Cold comfort for change?
今の苦しさから抜け出すのと引き換えに魂の安息も諦め
今の苦しさから抜け出すのと引き換えに魂の安息も諦め
And did you exchange a walk on partin the war for a lead role in a cage?
つまり、闘いの淵に身を置くより監獄で生きて行こうって訳かい?
つまり、闘いの淵に身を置くより監獄で生きて行こうって訳かい?
Wish You Were Here/Pinkfloyd
(アルバム「炎~あなたがここにいてほしい」より)
(アルバム「炎~あなたがここにいてほしい」より)
鉄格子越しの揺らぐ星。
訳のわからないまま家族を失い、追われるように故郷を離れ、いつのまにか遠い街の牢屋の中で震えている自分。
どうやっても消化しきれない、漠然とした不安感に意識が濁る。
― どうなるんだろうね、私……
このまま留置所や刑務所で死ぬまで生きるんだろうか。
それとも、いつか私もマンマ達のように……今までは何故か無事だったが……炎に巻かれて死ぬんだろうか。
― こんなとこでも私がいれば、どーせなんか燃え出すんでしょ……
― そうなればあの五月蝿い刑事さん達も、私を怒鳴りつけても無駄だって解ってくれるかな
― もう疲れることは嫌だよう……このまま眠れて、もう目が覚めなければいいのに
ぼうっと考えていると
カツ カツ カツ カツ カツ
留置所の廊下を歩く音が聞こえてくる
― ……?
そして、その音は彼女の部屋の前で止まり
コンコン
部屋の扉がノックされる音がした。
― なんだろう……こんな時間に
「お前に面会だ。出ろ」
小窓から太った警官が覗きこんで無愛想にそう言った。
― 女子房なんだからせめて女性警官にしてくれればいいのに
それにしても
― 面会?私に?
― 叔母さん……は、ないか……私が留置所にいるのを知りようもないし
― あ……燃やしちゃったお店かホテルの人や、シスターが文句でも言いに来たのかなあ……疲れるなあ……
「まず手錠を掛ける。両手を揃えて出すんだ」
大人しく差し出すと、警官がその手に手錠を掛けた。
汗で湿った警官の手が触れてひどく不快だった。
「よし、出ろ」
部屋を出た私を、警官は上から下まで舐めるような目で見る。気持ち悪い。
「ふぅん……お前みたいなのが放火魔とはねェ……見た目に寄らんなァ、怖い怖い……おい、こっちだ」
ねちっこい物言いが気持ち悪いが、しかたなく誘導されるまま警官の前を歩いて面会室へと向かう。
― それにしても……こんな時間に?とっくに面会出来る時間は過ぎてるはず……
薄暗い牢屋の先に、光の漏れる『面会室』と書かれた扉。
警官が扉を開ける。
ガチャリ
「よし、入れ」
石造りの重厚な……圧迫感のある部屋。
昔は同じ位置に燭台があったのだろう。
壁面に取り付けられたいくつかの照明が白熱球独特の柔らかい光で部屋を照らしている。
カチャカチャ
扉の鍵が内側から閉められた。
指定された椅子に座るが、部屋には誰もいない。
「…………?」
「面会人は今来る……が、その前にやっておく事があってなァ……」
警官が嫌らしい表情を浮かべる。
「おっと、そのままだ。立つんじゃァない」
もう一つ手錠を取り出した警官は、それで椅子に座った私の右足と椅子のフレームとを繋ぐ。
「何を……?」
「お前の面会者様は、変わったご趣味がおありのようでなァ……乱暴された後のお前が見たいってよォ!」
ガタン!
「えっ?」
それがどういう意味か咄嗟に思い浮かばなかった私に、警官が抱きついて来た。
「!ッ!!……イヤァァァァーーーーーーーァァッ!」
服の襟首が掴まれ、ずり降ろそうとされる。
振りほどこうとするが、両手には手錠、片足は椅子に固定。身体が上手く動かせない。
「おらァ……大人しくしろよォ!オレだってお前みたいな子供相手によォ……好きでやってる訳じゃないんだぜェ」
「偉い人にこうしろって頼まれてなァ……断ったら酷い目に合うんだよォ……ヒヒヒ」
「こんな目に合うお前も可哀想だけど、オレも可哀想なんだよォ……恨むなよなァ~~~フヒ」
「イヤッ!イヤッ!このォ……ッ……!」
手錠に縛られた両手を振り回すが、いとも簡単に押さえ込まれる。
「大人しくしろよォ……こうするしかない可哀想なモン同士、せめて楽しもうぜェ……ハ……ハハ……ン?」
首を押さえつけられ、腕を捻り上げられ、身動き出来ない私の肩に警官が舌を這わせて来た。
― くッそォ気持ち悪いちくしょぅちくしょォちくしょォォーーーー!
「ん~この味はァ……お前今日シャワー浴びてないだろォ……ってェ留置場じゃあなァ……ハハッ」
「おいィ……暴れんなよォ。暴れる子にはお仕置きしちゃう、ぞ!っと……ォラァッ!」
ドスッ!
警官が鳩尾を殴り
「ガッ!……はッ……」
軽い力のつもりだったのかもしれないが、私は瞬間息が出来なくなる。
「くッ…はァ……ァ……」
「そォそォ……大人しくしてるほうが、ずっとカワイイぜェ……ヒヒ」
私の抵抗が弱まったのを確認し、警官は自分のズボンのベルトを緩めようと押さえつけてる片手を離した。
― 今だッ!
唯一自由になる左足で、警官の股間をおもいっきり蹴り上げる!
ボゴォ!
「ギニャァァーーーーーーーーーーーァッ!」
警官は反射的にうずくまり、隙が出来た!
私は立ち上がり、扉へと、片足に椅子を引きずったまま薄暗い部屋の中を逃げる。
そういえば扉には鍵が掛けられていたか……でも!
扉を叩く叩く叩く!
ドンドンドンドン!
「誰か!誰か!いませんか!誰か!」
手錠を掛けられたままの両手をありったけの力で扉に叩きつけ、ありったけの声で叫ぶ。
「痛ェ!……イデェよォ~~~~!……ひでェことしやがる……いでェェェェ!!」
ドンドンドンドンドンドン!
「誰か来て!助けて下さい!」
「ぐっ……ったくよォ……イデェ~~~~……ちなみにィ~今この留置場には警官誰もいないからなァ……イデデデ……」
「偉い人に頼まれた、って言ったろォ?その人の指示で所長含めてみんな外回り中よォ……あ~~~イデェ……」
― ……ッ!じゃあ、監視カメラは?ここだけじゃなくて別のところで集中管理してるかもしれない
すると、私が目でカメラを探したのを察知したのか
「もちろん監視カメラも切ってるぜェ……ヒヒ……そうじゃなきゃこんなこと出来ないってェの」
「んっとに、痛ェなあ……お前みたいなメスガキには解らねェんだろうが…ほんとに『ココ』は痛いんだぜェ……ヒヒ」
ゆらり、と、おそらくは痛みから回復しつつあるのだろう、警官が立ち上がって向かってくる。
「う~~~痛かったぜェ……俺の大事なタマタマを蹴るような子には、お仕置きしなくちゃぁなァ……」
ヨロヨロと近づいてくる警官から逃げようとする。
しかし、すぐに壁際に追い詰められた。
「ほれェ…お仕置きだぞ、ッとォ!」
グイッ!
「クァ……ググ……ッ」
首を掴まれ、壁に押し付けられる。
「ほれェ!」
ドスッ
「ガハッ!」
腹にパンチを入れられる。
「そんな苦しそうな顔すんなよォ……アザにならない程度にしてやってるはずだぜェ……フヒ」
「このまま立ったままで、ってのがいいかい?ヒヒ……お前、見た目によらず情熱的だなァ」
ビリィ!
「あ……ああ………」
留置場で支給された簡素なズボンは、警官に引っ張られると簡単に裂けた。
「さっき『俺だって好きでやってる訳じゃない』って言ったけどよォ……すまん、ありゃ嘘だァ!」
「大好きさァ!ていうかァ!こーゆーのじゃないと勃たないんだよォ……お前と同じで『病気』なんだなァ」
「放火せずにいられないお前と、レイプじゃないと満足出来ない俺、似たもの同士だろォ?」
「さァァ、一緒に仲良くリラックスと行こうぜェェェェーーーーーーー!」
ドスッ!
「クッ……ハッ!」
また腹にパンチを入れられた。
体勢の崩れた私の襟元に手を掛け、壁に身体を固定しようとする。
「うう……」
私はそれでも必死で逃れようともがく。
……が、この鍵の掛かった部屋の中で、手足に手錠付きで、どこに、どうやって逃げる?
ひたすら本能的嫌悪感だけで体をよじり続けるしかない。
― ちくしょうッッ……こんな奴に……!
― こいつこそ燃えてなくなっちゃえばいいのにッ……ちくしょォォォォ!
もがく私の体が壁面の照明を背負う形になった
その時
ドシュウゥウゥゥゥゥゥゥゥゥ!
「ギャアアアァァアアアァーーーーーーーーーーーーーーッ!」
― !……あっ!
警官の身体から突然黒煙が上がる!
「熱ぢィィィィーーーーーィ!!!何だァァこれはァァ!」
「あ……あは……クスクス……」
― 思わず笑ってしまった。ここで『来た』なんて……やっと少しは私の役に立ったじゃない
「てててめェ……何しやがったァァづぃ……熱いィィィ」
「あは……あなたさっき言ってたじゃない、私は『病気だ』って……きっとそのせいよ……クスクス」
「……私にも良く解らないけどね……」
― いや違う……私には『解ってきた』
― こいつはもう私に近づけない……という『直感』
― 根拠のない『直感』だけど……この『直感』はきっと当たる
ブスブスと黒煙を上げながらも、警官はまだ『やる気』を失ってないようだった。
「このォ……放火魔のメスガキがァ……女を殺したことはねえがァ……テメェはァッ必ずッ犯した後ォ」
そう言ってアイツが再び掴みかかろうとした瞬間
― もし!近づこうとすれば!こうッ!
ボオオオオォォォォォォォォ!
「グオァァァァァーーーーーーー!!!!」
今度は黒煙なんて生易しいものではない。
掴みかかろうとした手が火を吹いて燃え上がる。
― 私の『影』だ!
― 私の『影』に入った者はッ!
悲鳴を上げて転倒した警官が、私の足元にうずくまった途端
― 瞬時に超高熱に包まれるッ!
ヴヴォボボボボオオオオオオォォ!
「ヒギァァァアアアアアァアアアア!」
ついには警官の全身が炎を上げはじめた!
「アヅィアアアアアア熱い熱ィ焼けるゥアアアアアアアーーーーーー!」
室内には服の燃える臭い、髪の燃える臭い、そして肉の焦げる臭い。
私は悪趣味な映画を見るような気分でのたうつ警官を眺めていた。
― あは……ザマミロ……
「ファ……ァ……アァァアアアァ……イデェ……アジィィィ」
― って……このままじゃこの人は焼け死んじゃう……?
― 手錠掛けられたままの私にはどうすることも出来ないけど
― ……またこれで、私の『罪状』が増えるのかな?……どうでもいいけど
― そういや私、一人じゃこの部屋を出ることも出来ないじゃない
当面の危機を脱したという安堵感よりも「また面倒くさいことが増えた」という感情。
そして、丸焦げの男と一緒に部屋に閉じ込められてるという困った現状。
「ダズゲ……ダズゲデぐレェ……アヅィ………ィィ……ィ……」
徐々にこいつの身体の火は収まってきたが、呻き声も徐々に小さくなっていく。
― あ、静かになった……気絶した……のかな?
― ……もしかして死んじゃった?……どうしよう……
途方にくれていると突然
「よう!お見事!」
突然若い男の声が面会室に響いた。
「ひっ!」
驚いて振り向くと、いつの間にか扉が開いている。
そこには奇妙な帽子?頭巾?のようなものを被った男が立っていた。
「あ~、驚かせちまったか?ゴメンゴメン!」
「キミがあれだよな?連続放火犯として捕まってる女の子だよな?あってる?」
目の前に全身焼けただれた人が倒れているというのに、随分と軽い。
私への害意は感じられないが……誰?
「……あ……あなたは?」
「質問を質問でー……あ……初対面の女の子にキレちゃいけねーな……っと、あーまず…その格好をだな」
と、その男に言われて気づく。服は上も下もビリビリに破けて脱げかけている。
「キャッ!」
慌てて身体を隠そうとする私から彼も慌てて目を背け、自分の着ていたジャケットを脱いでよこす。
私に渡す前に、脱いだそのジャケットをクンクンと嗅いでたのがやや気になったが。
「とりあえず、これ……臭いかもしれねーけど」
「あ……ありがとうございます」
とりあえず受け取った服で身体を隠す。
「あー……怖い思いさせてすまなかったなァ。オレはキミに面会に来たんだよ……んで、キミは何ちゃんだっけ……えーと」
ズボンの後ろのポケットから取り出したメモ帳をペラペラとめくり
「えー……あった!『アルスーラ』ちゃんね。ごめんな!記憶力悪くて!」
奇妙な事を言う。
― 私はローマに来てから本名を名乗ったことがない
― そして私の本名が書かれたメモを持つこの男は、わざわざ面会に来ながら私の事をよく知らないらしい
― ……そもそもこの黒焦げ警官は『面会者に頼まれて私を襲った』って言ってなかったか
怪訝な顔をする私に、困ったような顔で若い男は答える。
「まーキミも色々あって疲れてるだろーし、混乱してるかもしれねーけどよォ~~~」
「ちっーと俺の話を聞いてもらうぜ……説明は苦手だけども」
「んー…の前に、まずはその手錠を外さねーとな!……オラァ!」
ボスッ!
「グエッ!」
男が倒れている警官の横っ腹に蹴りを入れる。
気を失っていた警官はそれで目を覚ましたようだ。
「ほれッ!焼き豚ァ!この子の手錠の鍵出すんだよォ~~~!」
「……ア…ァァ……旦那ァ……タスゲテ……痛いィィィ」
「聞こえなかったか?手錠の鍵!か・ぎ・だよ!何処にある?」
「イダイィイ……だ、だだダ旦んん那ァ……」
警官はガクガクと震え?痙攣?していてそれどころではない。
「んだよもォ~めんどくせーな。おい!ちょっと待ってな!」
私に声を掛けると、男は扉から顔を出して大声で叫ぶ。
「所長ォォ~~~~~~~~ッ!ちょっと来てくれ!」
遠くから幽かに(「ハイッ!すぐまいります!」)と聞こえた。
「旦那ァ……ダズゲ……」
「ん~これ本で読んだことあるわ。火傷のショック症状ってやつ?体表面の何%が火傷になると云々……おめー助からねーかもな」
「アァ……そん、なァ……だ旦那がやややれっ……て言ッ……たたたんじゃないですカァ……イデェよおォォォ」
「はぁ?オレのせーにすんの?賄賂受け取って喜んで女の子襲うおめーみたいなクズにはお似合いの末路だねッ!」
― ……やっぱりこの人がこの警官に私を襲わせたの?
と、硬くなった私の表情に気づいたのか
「ああああ!違う違う違うよ!それオレの『作戦』!」
「キミがホントに危なかったらホレ!俺がこいつでこの豚の手足と股間をブチ抜いてやるつもりだったから!」
と、慌てた顔で、ズボンと背中の間に挟んでいた拳銃を抜いて私に見せる。
― 『作戦』てなによ……
― ていうか、面会室に拳銃を持ち込めるこの人は一体?
― それより……えーと……
「ソーダヨ!オレタチハズサナイゼー!」
「ウヒョ-!ケッコ-カワイイジャン!」
「ドースンノ?コイツシンジャウゼー」
― ……この、拳銃にタカってる小人みたいなのは何……?
私の目の動きを感じたのか、男がちょっと真顔になる。
「ん……やっぱり、キミ『見えてる』な」
「え、えと……この、小人みたいなのは一体……」
と言いかけたところで
「お待たせしました!」
息せき切った様子で、所長?と他の警官が何人か部屋に入ってくる。
そのうち幾人かは、全身焼けただれ虫の息となっている同僚の様子に息を呑む。
おう!急がせちまってすまねーな!まずはこの焼き豚の処理たのむわ」
「処理ですか……えーと……どうしましょう……」
「任せるよォ~。このまま火葬場にもってっても、病院に放り込んでも、なんなら肉屋に持ってってくれてもいいぜ」
「は、はい、分かりました。おい!」
所長が部下達に目配せをすると、部下は黒焦げの警官を引きずって連れ出そうとする。
「あ、あとアレ!その前に姫の手錠の鍵くれ!それと姫の服も!」
※※※※※※※
※※※※※※
※※※※※
※※※※
・・・数日前、ローマの某所にて・・・
その『組織』の大幹部であるところのオレは久々に『ボス』に呼び出された。
エレベータでそのフロアに到着すると、廊下の突き当りにある『ボス』の部屋の扉は既に開かれていた。
「『ボス』ゥ~?お呼びっすかァ~~~?」
部屋の中央にあるソファーに『ボス』は座っていた。
「忙しいのにすみませんね」
『ボス』が自分の横をポンと叩き、そこに座るように促す。
「いやいや、最近は平和も平和で退屈でしょーがね~~~よっこいしょ、っと……で、何のご用で?」
「まずこれを」
腰掛けたオレに『ボス』が何枚かの紙を寄越す。
西地区のとある警官のプロフィールと、いかにもゲスっぽい男の顔写真がプリントされていた。
「ん~……と、こいつがどうかしたんスか?」
「留置所勤務、という地位を利用して収監された女性に暴行……の常習犯です」
- アラアラアラ……クズだねえェ~~~……
「で、被害者の誰かから復讐の依頼でも?」
「依頼してきたのは留置所の所長です。少々面識があったので、僕に直接ね」
「もっとも彼は僕を組織の『ボス』だとは知りませんが……」
「ん~?所長が把握してるなら、職権でクビにすりゃよくね?そのクズ警官には誰かの後ろ盾があるんスか?」
「所長はこの男に弱みを握られています。過去のちょっとした不正……まぁ『若き日の過ち』ってやつですよ。」
「だから所長はこの男が『趣味』を行うのを黙認せざるを得なかった」
- はァ?その所長もダメだろそれ……
「で……目に余る状態、増え続ける被害者に、ようやくなんとかしようと決心したようで」
「はぁ~……調子よくね?ソレ」
「僕も最初は、あなたと同じ事を言いましたよ」
「でも『自分は財産も地位も失っていい。それは自業自得だ。ただ、いま目の前で為され続ける邪悪に対抗する力を貸して欲しい』と」
「助けることにした、と?」
「そうです」
- ふ~ん……ま、放っておくよりはいいわなァ~
「で、オレは部下にこのクズ警官をシめさせりゃいーんスか?」
「いえ。あなたに直接行ってもらいたい」
「へ?コイツ、スタンド使いでもないんだろ?大幹部のオレサマがわざわざチンピラ警官をォ~?」
「はい」
「え~~~オレもホラ、忙しいんスよ!えーとあの件とかアレとか!」
- あ……しまった……さっき『退屈』とか言っちまってたよ……
「ええ。これだけならあなたの手を煩わせるような話じゃありませんが、もう一つ」
と顔色を変えずに話を続ける『ボス』が別の紙を寄越す。
そこにはイタリアでは珍しい金髪(って『ボス』も金髪だが)の少女の写真とプロフィール。
後ろの方の紙にはいくつかの新聞記事のコピーが載っているようだ。
- ん~~~~と、なんだこれ。連続放火犯かなんかか?
「僕は彼女が、最近目覚めた『スタンド使い』だと思っています。まだ上手く制御出来ていないようですが」
「へ?……ふーむ、なるほど……なんか燃やしちゃう能力とか?」
「そんなところかと……使い物になりそうなら彼女を『組織』にスカウトしたい。家族を既に失っているのも『組織』に向いている」
「はぁ……」
「その資料の後半……ここ1~2ヶ月で発生したローマ市内の不審火です」
といって『ボス』は紙をめくるよう目で促す。
見ればそこには火災を報じる新聞記事と何枚かの防犯カメラの画像。
そこには火の出た現場から逃げ出す、その少女と思われる人物が写っている。
「彼女は今ローマにいます。そして、西地区の留置場に拘束されています」
- 毎度よくもまー『ボス』は細けーことまで目ェ通すね~、調べるね~、関心するわ~
- ……ん!……んん!西地区留置場ってさっきのゲス警官のいるとこかい?
「で……オレはどーすれば?」
「1つは彼女が『スタンド使い』であるかの見極めをお願いしたい」
「もう1つは、組織で働く気があるかどうかの確認。その気がないものを無理に、とはいきませんからね」
「……この子に『その気』がない場合はどーすりゃ……」
「その場合、あなたの心が傷まないように、かつ『組織』にとって害とならないよう適切な処置をお願いしたい」
- 難しいことさらっと言いやがった……って、もしかして、もしかして
「もしかして!『ボス』ゥゥゥーーーーッ!この大幹部のオレに、女子供相手のスカウトやれとぉーーーーーーーーーー!?」
「ええ。暗殺チームや親衛隊の戦力になりそうな人材には、精度の高いスカウトを行いたい」
「だ、だったらよォ~~~~、『ボス』が自分で行ったほうがいいんじゃないんスかね?ホラ!オレが馬鹿なのボスも知ってるだろ?」
「ええ。僕が直接行きたいくらいですが……」
「『女性を見る目』も『ご婦人の口説き方』も僕よりあなたの方が上でしょう?」
- うーん……しょうがね~なァ~~~~~~
「ま、まー、そうかもねェ~~~~~~~」
「では、その西地区留置所の件……『警官』と『彼女』の事、頼みましたよ……」
そう言って『ボス』はソファーから立ち上がり自分のデスクへと向かった。
- はっ!……もしかしてオレ!うまく丸め込まれたのか!?
※※※※
※※※※※
※※※※※※
※※※※※※※
留置場の所長室。
だが所長はいない。
応接の椅子に腰掛けているのはさっきの若い男、と、私。
そして私は彼からとても奇妙な話をされている。
「単刀直入に言えばさぁ~、キミは『スタンド使い』って訳よォ」
「『スタンド』……?」
「ん~~~~~~……説明すんのめんどくせーんだけどさァ……」
男の話を整理すると
男はある『ギャング組織』の幹部らしい。
(それにしては随分若いが)
そして私は一種の超能力者 ― 『スタンド使い』だと。
……それはさっき私自身、なんとなくだが理解出来たけど。
私の身の回りで起こる『火事』に注目した『ボス』が私のスカウトをこの男に命じた。
さっきの警官には『組織』から『制裁』を行う必要があったため、その警官をけしかけることで私の『能力』を試した。
『作戦』はまんまと成功し、警官への『制裁』と私の『能力』の確認を同時に行うことが出来た。
で、彼が私に一番言いたいことは
その『能力』―『スタンド能力』を使って『組織』で働かないか?
……ということらしい。
「アルスーラチャン!イッショニハタラコウゼ!」
「ヨロシクナ!」
「ハラヘッター!晩飯マダー?」
「ヘッタヨ----ウェーン」
「アンギャー」
「オイ!テレビツケテクレヨ!」
……えーと……。
ちなみにこの変な小人達はこの男の『スタンド』だそうだ。
「私が……『組織』で、働くとして」
「ん?」
「何をすればいいんですか?……その……自分の『能力』も上手くコントロール出来ないのに」
「ん~……『能力』の制御に関してはそんなに心配してねーよ。『能力』の発現したては、みんな上手く制御出来ねーもんだけど」
妙な手振りをしながら男が答える。
「あーこれが自分の『能力』なのね!って認識しちまえば意外とス~よ!ス~!」
「はぁ……そういうもんですか」
「実際、キミもあの警官相手にはかなり上手くコントロール出来てただろ?」
「はぁ……」
― 私が『能力』を認識出来てなかったから、パーパやマンマやマウロは死んだのかな……
― 私が『能力』をもっと早くコントロール出来てたら、叔母さんの家も火事にならなかったのかな……
「そーんな難しい顔しなくても大丈夫だって!オレもそーだったし、みんなそーだから!キミもすぐ慣れるさ!」
私の表情が曇ったのを何かと勘違いしたのか、励ますように男が言った。
と、また男の表情が少し険しくなる。
「……で、『組織』での仕事のほーだけどよォ~……」
「まあ『能力』が『能力』だ。料理に使えねーこともないだろーけども、料理人ならたんといる……レストランもいくつも持ってる」
「……」
「女の子には酷かもしれねーけどな……キミに命令が来るとしたら、さっき見せて貰った『焼き豚作り』の類になると思う」
「……!」
さっきの警官の焼ける臭いが鼻腔に蘇る。
「……私に……人殺しをしろ……って言うんですか?」
「ま、まあー考え様によっちゃ、そーとも言えるけどよォ~~~」
「いやね!オレだってイヤなんだよ!女の子にこんな事いうのは!」
― 私が?
― 人殺しに?
思わず全身の毛が逆立つ。
さっきの警官がどうなったかは解らないし興味もないけど、私はあいつを傷つけようとか殺そうと思った訳じゃない。
― さっきは……はただ自分の身を守りたいと思っただけ
― パーパやマンマやマウロだって、もちろん……傷つけるつもりなんてなかった……
「あー……なんだ……ゴメン。いや解る!解るよォ!ビビるよな!こんな事言われると!」
彼も本気で困ってるようだ。
「えーと……なにもね!キミに殺し屋をやれ!ってんじゃねーの!えーとォ……イメージとしてはね!えーーーーと!」
私を怖がらせないよう、あたふたとフォローの言葉を探している。
― ……きっと彼は『いい人』なんだろう。殺し屋のスカウトには向いてなさそうだけど
「えーとな……もっとこーヒーロー的な……ローマの街の守護天使!とかでどう?」
「はぁ……守護天使……ですか?」
「おう!そーよ!街の人々の目には見えないけど、誰もが確かにその存在を感じる!おかげで街は平和です!みたいな!わかる?」
急に彼はイキイキと語りだす。
― なんだろこの人……クスクス……なんか可笑しい
ー ローマの守護天使……マタイ福音書に曰く『サマエル』だったよね
ー 闇と死を司る大天使にして大魔王、アダムとイブをエデンから追いやった赤い蛇の正体
ー そして『火星の化身』……あんまり『街は平和です』って感じじゃないような……
「あ!ホレ!さっきの警官、とんだクズだったろ?上手く説明出来ねーけど、警察だけじゃ街はまわらねーんだよ!」
「だからオレたち『組織』が補完してるのさ!もちろん酷い組織もいっぱいあるぜ?」
「でもオレはウチの『ボス』も『組織』も、そーゆーとこは信頼してるからな!」
「はぁ……」
― この人の『ボス』ってどんな人だろ?
「えーと……ともかく、だ!少なくともオレは『組織』にいてこの街と国を守ってるつもり!で、それなりに楽しくやってる!」
ここでまた男が急に声を落とす。
「……もちろんよォ~場合によっちゃー殺しになる時もあるさ。で、相手を殺ろうとするってこたぁ、自分も殺られるかもしれねー」
彼は『はぁ……』とため息をついて言葉を繋げる。
「……と、こんな感じだよォ~~~~~オレの説明……解ってくれたかい?」
「はぁ……なんとなくは……」
― 実際『なんとなく』しか解らなかったが
「あ!でな!キミには2つの道がある!1つは『組織』に入団する道!もう1つはこの話を『聞かなかったことにする』道」
「あの……断った場合、私は『組織』の『敵』ってことになるんですか?」
『組織』が私を欲しがってると聞いて以来、聞きたくて聞きづらかったことを聞く。
「いや……そんなことはねーよ……まー『組織』から接触があったってのは他言無用で墓場まで持ってってもらうしかねーけどよォ……」
他人に喋った場合どうなるのかは怖くて聞けない。
「それから、離れた街で人生やり直してもらうことになるなァ……別の国のほーがいいかもしれねー」
― ……やっぱりそーゆー怖いのもあるんだよね……
「あ!そーゆーと脅してるみたいだけどよォ~~~~!違うよ!そーじゃねーんだ!」
私の強張った顔を見て、彼は必死で否定する。
「ローマではキミの『能力』で火事になっちまったトコ、結構あるだろ?」
「んで、その連中にはキミの顔が割れてるだろ?そいつらの口にチャックし続けるのも難しーしよォ」
「マスコミだって今はウチの『ボス』が手ェ回してキミのことは殆んど報道されてねーけど、そこ手ぇ引いたら色々ある事ない事書かれるぜェ~~~」
「故郷にも戻り辛い感じだろ?現実的にはそーするしかねーと思うんだよ!オレは!」
― ……それが事実なんだろうな……
あたふたと捲し立てる彼の言葉に、改めて私には『行くところがない』というのを思い知らされる
と、また私の顔が曇ったのを勘違いしたのか
「あ~~!ゴメン!違うんだ!ほんとに!キミを脅してる訳じゃねーんだよォ~~!いやむしろ脅すのは得意なんだけどよォ~~!いや違う!」
― ……この人面白いなぁ……クスクス
「あ~~~~~……で、えーーーーーと」
意を決したように、彼はまた立て続けに言葉を吐き始める。
「もし『組織』に入団してくれるなら、家(ヤサ)はしっかり用意させてもらうぜ!」
「はぁ」
「今までのトラブった事は『組織』が調整してなんとかする!たぶん!」
「はぁ」
「普段は普通の生活をしてくれてOK!学校でも仕事でも好きに暮らしてくれ!その上で『仕事』すりゃ別に報酬も出るぜ!」
「はぁ」
「あ、あと!『組織』の人間は『組織』に忠誠と敬意を持ち続ける限り『組織』が責任をもって守る!これは間違いない!確実!」
「はぁ」
「あっ!これ重要だなッ!キミはもう『能力』を人前で披露しちまってるだろ!」
「自分でゆーのもアレだけどな、ウチみたいに『マシ』な『組織』ばっかじゃねーのよ!マジで!」
「はぁ」
「今回はウチの初動が早かったけど、今後クズ組織が『能力』を欲しがってキミにちょっかい出してくるかもしれねー!」
「『組織』に入っちまえばその点は安心だ!ファミリーは全力で守るぜ!」
「はぁ」
「てことで、良かったらウチに『入団』してくんねーかなァ~~~~!頼むよォ!」
「わかりました」
「……つーかもうオレ限界!頭から煙出ちまうわ!もーこれ以上説明出来ねーよォォォ!」
「済まねェ『ボス』!やっぱオレには無理!」
ついに弾切れをおこしたのか、頭を抱えだした。
「……あの……大丈夫、ですか?」
「お、おう……なんとかな……って、あれ?……キミ今『わかりました』っつった?……『入団』して……くれんの?」
「はい。よろしくお願いします」
「お!お、おう!マジで?」
「悪ィけど、今日明日は留置所の所長室で泊まってくれや!ここが一番安全だろーしな。所長の許可はもらってる!」
「……え?今の部屋でいいの?マジで?テレビもシャワーもねーじゃん!」
「そ……そう?キミがそれでいいなら、まぁ」
「外出メシ風呂その他、欲しいもの&したいことがあったらぜーんぶ所長に言ってくれ!」
「いやいや!解ってる!解ってるよ!女の子ってのは『フランス製のミネラルウォーター以外飲まない!』とか言うもんだ!」
「そーゆーのは全部所長に……あ、国産の水でいいの?……そう……ま、まあ、その方が助かるけどな。所長が」
「ってことで、明後日の夕方、迎えに来るからよ!暇だったら『能力』の自主練でもしといてくれると助かるぜ!」
「んじゃ、アルスーラちゃん、また明後日会おう!」
思いの外ウキウキした様子で引き上げていく彼を見届けて『自分の部屋』に戻った。
いつの間にかシーツが交換され、毛布も1枚、そして羽布団らしきものまで追加されている。
机の上にはミネラルウォーターの瓶が3本……フランス製の『ペリエ』だ……と、呼び鈴が置かれている。
用事があればこれを鳴らせ、ということだろうか。
― やれやれ
ベッドに疲れた体を預けながら考える。
― ……あの人の勢いに負けて『入団』した訳じゃない
― どうせ私には行く所がないんだ
だから、彼の言うとおり『入団』するのが一番いいんだろう。
それにしても……彼はあの調子で『ギャング組織』の幹部が務まるんだろうか?
でも、彼が幹部を務められるような『組織』なら、きっと彼のいうように『マシな組織』なんだろうとも思う。
― もう今までの『日常』の中で生きることが出来ないなら、少しでも『マシ』な『非日常』の中で生きていこう
― あの人が言うように『組織』での『仕事』がこの街やこの街のみんなを守ることに繋がるなら……
― クスクス……私にそんなわかりやすいヒーロー願望あったっけ?
― ……少しづつでも、今まで傷つけたものや、失ったものを埋め合わせが出来るかな……
― ……戻って来ないものも多すぎるけど
― ……えーと
なんとか自分の『決定』に合理的な理由を見つけようとするが、脳が疲れて言うことを聞かない。
― もういいや
今はこのまま睡魔の誘惑に乗ってやることにしようと思う。
― パーパ、マンマ、神様、ごめんなさい。
― 私、『ギャング』になります。
目を閉じてしまえば、あとは簡単だった。
We didn't start the fire
ボクらが火を点けたんじゃない
ボクらが火を点けたんじゃない
It was always burning
いつだって燃え上がってるんだ
いつだって燃え上がってるんだ
Since the world's been turning
地球が回り続ける限りはね
地球が回り続ける限りはね
We didn't start the fire
ボクらが火を点けたんじゃない
ボクらが火を点けたんじゃない
No we didn't light it
ボクらが始めた訳じゃない
ボクらが始めた訳じゃない
But we tried to fight it
だけど、ボクらはそいつらと闘い続けるのさ!
だけど、ボクらはそいつらと闘い続けるのさ!
We Didn't Start the Fire/Billy Joel
(アルバム『ストーム・フロント』より)
(アルバム『ストーム・フロント』より)
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