序章「真夜中の訪問者」2001年7月10日
真夜中の深夜三時半。リビングのほうから聞こえる声に起こされる。
何事かと思った俺は二段ベッドの上段で眠っている兄貴を起こして、様子を伺いに行くことにした。
ドアの隙間から中をこっそりと覗く。俺たちの父親と見ず知らずの男が二人。家中響き渡るくらいの大声で話している。
二人の男達は土足で部屋に上がりこみ、父の胸ぐらを掴んで怒声を浴びせていた。
「頼む帰ってくれ…!子どもが寝ているんだ!」
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長髪でメガネをした男とスキンヘッドで長身の男の二人組。
鋭い眼光で父を睨みつけている。幼かった俺はその光景を眺めながら怖気を震うのだった。
「はははっ……だから?俺らは上のモンに命令されてお前を始末しに来ただけだ
裏切り者の末路はよォ~くご存知だろ?『有嶋室長』よォ~」
「俺っちよォ~こいつの顔見てたら無性にイラついてきたぜェ~?」
「とりあえず2,3発殴っとけ」
「あいよー」
父は長身の男に殴られてドゴォという重低音で肉の下の骨が軋む。
「ぐはァ……げほッげほッ」
おびただしいほどの血反吐を吐きながら床に倒れこむ。あまりの痛々しさに閉口する。
「に…兄ちゃんッ!父さんが!父さんが殺されちゃう!!」
「ああ!バット持ってくるからそこで待ってろッ!」
小学校高学年だった兄貴だが、いつも俺を守ってくれる存在だったので頼もしかった。
俺はうずくまる父の元へ駆け寄りたい衝動を抑え、兄貴が戻ってくるのを待った。
長身の男が父の胸を踏みつける。メキメキメキと音を立てて、骨がその重圧に耐えられなくなったのか肋骨は崩壊寸前といった具合だった。
「ぐがぁあああ…」
「フハハ…いいぞ!結構いい声で啼くじゃねーか!!」
「へへ…重圧レベルを5から10に引き上げるぜー」
おい、やめろ。それ以上はやめろ。
俺の中で何かがプッツンと音を立てて切れる。
「やめろおおおおおおおお」
拳を握りしめて長身の男へ殴りかかる。父を助けたい一心が俺の体を推進させた。
ガシィッ
メガネ野郎に腕を捕まえられ、奇襲は失敗に終わってしまった。
「オイオイ…ガキはおねんねしてる時間だろうがッ!躾がなっちゃねぇなァ~有嶋家はよォォォ~~~」
所詮は七歳児の脆弱な体による脆弱な攻撃。およそ勝てるわけがなかった。
心臓は張り裂けそうなほどに高鳴り、頭の中のマイルームに置いてあった家具が一掃されて真っ白い空間にされる。
俺の中の意識が剥離していく。ここはどこだ…。
「ゆうすけ…!?何で出てきたんだ…!!」
父の声でハッとさせられ、引越センターの車は慌てて引き返して俺の部屋に家具を戻して行った。
目の前に立ち塞がる二つの邪悪に目を向けて現実に引き戻される。そうだ、こいつらを何とかしないと。
「有嶋ァ~~俺はよォ~~てめェのガキまでは殺すつもりは無かった…!!
俺は優しいからなァ~~~…だが、ガキのほうから手ェ出してくるってんなら話は別だ
てめェら全員始末するッ!!堀田ッ!俺がガキを掴んどくから殴れ!」
父を殴っていた長身のスキンヘッドは堀田という名前らしい。
「ヒヒヒ…俺っちフェアな男だからさ~ガキだろうがジジィだろうがボッコボコにしちゃいますぜェ~」
「構わん…いいからさっさとやれ!」
堀田は幼い俺の三倍も四倍もありそうな丸太のように太い腕を高々とあげてから勢い良く振り降ろす。
グシャリという聴いただけで顔を歪めたくなる凄惨な音が重く低く鳴り渡る。
この一発で俺は意識が吹っ飛びかけた。父はこんな重いパンチを何発も食らっていたのか。
「おいッ!もういい…もうやめてくれ!!殴るなら俺をォ!俺を殴れ!!」
「ハッ!馬鹿かお前は…お前殴るよりガキ痛めつけてお前のリアクションを見る方がよっぽど楽しいだろうが
堀田ァ!遠慮すんな~もっとガキを痛めつけてやれよ~」
「俺っちが本気出したら楽しめなくなっちゃうかもよ?まっ…やるけどね」
フンッ!という掛け声とともに堀田の拳が俺の顔を目掛けて振り落とされる。
分厚い拳が視界を占拠する。スローモーションに感じられて、ああ、俺はここで死ぬんだと。そう思った。
ドグシャァアアアと勢い良く血飛沫が巻き上がる。
俺は死んだのか…?
違った。血が吹き出ていたのは俺の体からではなく、堀田の頭からだった。
「あ…ぐぁ……」
強烈なバットの一撃を浴びた堀田はバタンと倒れ、地に伏すのだった。
「これは一体…!?」
辺りを見回してからようやく気づく。
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「よォ…祐介…遅くなって悪かったな」
「兄ちゃんッ!!」
「秀彦…!!お前まで…」
そうだった。失念していた。
いつだって兄貴は俺がピンチな時に駆けつけて助けてくれた唯一無二のヒーローだったんだ。
ウルトラマンや仮面ライダーよりずっとカッコいいリアルのヒーロー。
数十秒前までは絶望に浸っていたのが嘘のように形勢を逆転出来たかのような錯覚…。
そう、それは錯覚でしかなかった。
目を離した隙にメガネ野郎の姿が消えていたのだった。
辺りを見回した次の瞬間、目を疑う光景を目の当たりにする。
「少しでも動いてみろ…この娘の生命はないぞ?」
「た…助けてーッ!いやぁーッ!!」
寝室まで行って妹の智恵を人質とするために連れてきていたのだった。
メガネ野郎は号泣する妹を左腕で押さえつけ、右手に持った鋭利な刃物を白い肌に押し当てていた。
「おい…貴様ァ!!卑怯だぞ!!娘に手を出してみろ…ただじゃおか…」
「誰が動いていいつった!?あァ!?」
ゴリゴリと父の手を足で踏みつぶす。
「ぐァア……」
「そこのガキィ!手に持ったバットをすぐに捨てろッ!さもないと…」
ツツ…とナイフを妹の頬に当てて血を流させる。
兄貴は言われた通りにバットを放り投げた。
「クッ…!」
「そうそう…おとなしくしてりゃ…いいんだよッ!!」
兄貴の腹をエグるかのように靴のつま先で蹴り飛ばしてきた。
腹を蹴られた兄貴を痛みに悶えながらうずくまる。
このまま俺たちはあいつにされるがまま殺されるのだろうか…。
「頼む…この通りだ!子供たちには手を出さないでくれ…!!
私を殺すのは一向に構わん!全財産を渡してもいい…だから…頼む…」
頭を地に擦り付けて懇願する父。無駄だと分かっていても頼み込むしかなかった。
「何度も何度もよォ~同じことばっかほざいてんじゃねェ!!」
父の頭を目掛けて脚を振り降ろす。
ガツッ
父はメガネ野郎の足首を掴む。
「なにィ!?ぐ…クソッ」
体勢を崩してよろめき、妹を押さえつけていた手が緩む。
「今だァァァーーーーー!!!」
父は渾身の力を振り絞り、タックルをかまして壁に叩きつける。
「クソがッ!!油断しちまった!!」
「うおりゃァァァーーーー!!!」
兄貴はバットで大根斬りをしてメガネ野郎の顔に命中させる。砕け散るメガネ。
「こんのクソカスどもがァァァ~~~」
ブチ切れたメガネ野郎が突き刺さるような殺気をこちらへ向けてくる。
メガネ野郎は咄嗟に壁に立てかけてあった短剣を手に取る。それは父が海外で骨董商から買ってきたものだった。
ブオンと振り下ろして勢い良く父の胸を貫通する。畳み掛けるようにその手を止めない。
「や、やめろォー!!」
兄貴がバットを振るも動かなくなった父の体を盾にガードされる。
一瞬動揺した隙を突かれ、短剣を横腹から刺されて空気の抜けたビニール人形のようにへなへなと横たわる。
既に息をしていないというのに…ザクッザクッザクッと何度も何度も何度も何度も何度もエグるように短剣を兄貴の腹に指していた。
俺は気が狂いそうだった。目の前で父と兄貴が殺されて…その殺した張本人が射るような視線でこちらを凝然として見てくる。
幼かった俺でも理解出来た。俺はここで死ぬんだと…。
ふと甲高い声が聞こえてきた。
「いやァァァーーー!!パパぁーー!!おひぃひゃぁああああ!!!」
「さっきからギャーギャーうるせェんだよ!!クソガキャー!!」
メガネ野郎は妹を蹴り飛ばして怒声を浴びせる。
今まで妹は泣いていたはずだったのに俺は今まで気付かなかった。
俺は目が覚めた。何諦めてるんだと。父や兄貴は命がけで家族を守ろうとしたのに…!
うずくまる妹を目に焼き付けて、覚悟を決める。
死んでもいい、妹を命がけで守ろうと。
床に転がっていた兄貴のバットを握り締める。ググッ。
兄貴…俺に力と勇気を分けてくれ…。
怒りや憎しみがとぐろを巻き、突き動かすエネルギーへと直結する。
「くらえええええええええ」
「そんなよろめいたヘナチョコスイングで俺を倒せるとでも思ったかァ!?」
ガキィィィイイイン
メガネ野郎は短剣で俺の攻撃を相殺する。
さっきのスキンヘッドほどの肉体派じゃないにしても大人である相手に七歳児の攻撃は通じなかった。
ヒュン!
短剣による攻撃が首筋を掠める。まるで反応し切れない。
「ホラ…どうしたよ?さっきの威勢はどうした?かかってこいよ!」
余裕が出てきたのか、メガネ野郎の口元は釣り上がり、挑発するかのようなステップを踏んでいる。
左足を前に出し、右手に持った短剣を斜め上から振り落とすように斬りつけてきた。
「ちッ…ギリギリで避けやがったか…」
これだ…隙をついてそこを叩くしかない…!
「死ねェー!!ガキャァーーー!!」
腕ではなく相手の足元を見るッ!
今度は右足ッ!読める…読めるぞ…お前の動き…!!
同じ右手だが持ち方を変えて左から短剣で斬りつけてくる。
来る方向が分かっていたので短剣が描く軌道がはっきりと見えた。
俺は避けようとしたが右肩に刺さってしまった。
だが、そんなことは何の問題もない…このまま頭をかち割らせて貰うッ!!
「うおりゃああああああああああ」
叫びながらバットを相手の頭目掛けて振り落とす。
グッシャァァァァアア
メガネ野郎はギリギリで頭を動かして避けるもののバットの軌道上から逃れることが出来なかった。
しかし、バットは肩を直撃し、おびただしい量の血を吹き出しながら床に平伏する。
おそらく立つことが困難であろう程の重大なダメージを与えれた。
やったぞ…!
勝った…
勝 っ た ぞ ・ ・ ・
何なんだ…この時間が止まったかのような感覚は…
ポタリポタリと自分の足元に血が滴る。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
「フハハハハ!俺の勝ちだ…!」
ゾンビかよ…そのしぶとさには閉口するしかなかった。
「死ねクソガキッ!!」
ザクリザクリと胸や腹を執拗に何度も何度も短剣でエグられる。
もはや痛みを通り越して痛覚は感じられなくなり、意識が朦朧ろしてきた。
頭を目掛けて短剣を向けられた刹那、メガネ野郎が自分の視界から消失する。
左方向から家具にぶつかる物音が聞こえ、右方向からは俺のよく知る声が聞こえた。
「祐介…今すぐ逃げろ…父さんがこいつを食い止めるッ!!」
血まみれの父親の姿。あれだけの傷を負いながらも息を吹き返してメガネ野郎と対峙する。
そして、父さんの横に立つ何者かの姿。無機質な造型をした人(ビジョン)。
「かはッ……あ、有嶋ァ!てめぇ今何しやがったッ!!」
メガネ野郎の右腕は有り得ない方向にグニャリと曲がっていた。
「お前みたいな末端の戦闘員は何も知らないだろうな…
今お前を殴ったのは俺の横に立つ『スタンド』によるものだ。もっとも見えないだろうが。
そして、それを発現するきっかけを与えたのが…お前が壁から取った短剣だ」
見えない…?俺にはその姿がはっきりと見えていた。
「そういうことか…あの『研究所』で調べてたものってのは…
……だったら俺もその短剣を刺してその能力に目覚めるまでだッ!!」
「お前がそこに落ちてる短剣を拾うのと…私がこの『スタンド』でお前の顔面にラッシュを叩き込むのは…
どっちが速いだろうかね?」
「ほざけッ!!」
メガネ野郎は身を乗り出して短剣を拾いに行く。
「させるか!!デラララララァ!!」
父は掛け声と同時にスタンドでラッシュを放つ。
「かかったなマヌケがッ!!そのスタンドやらが見えなくても俺の顔を狙ってるってことが分かれば十分!
そして、お前のガキが持ってたバット…バットがあるってことはよォ~そりゃ当然ボールもあるよなァ~
ま、このリビングに転がってたのはラッキーだったがな…!!」
メガネ野郎は数歩後退り、左手でボールを握しめて父へ向かって投げつける。
父のスタンドはラッシュをしたままだったので反応が遅れてしまった。
この至近距離では一流のバッターでさえ打つことは、いや、反応することすら不可能だろう。
メギャリと音を立ててボールは父の頭部に直撃する。
「俺はかつて甲子園で準決勝まで行ったサウスポーだったのよ…
てめぇが曲げてくれた腕は右腕…天は俺に味方をしたってわけだッ!!」
「じゃあ…私も…神様に…感謝しなくちゃな…ボールが…軟球じゃなきゃ…死んでたところ…だ…」
「く…クソがァァァァ~~~!!!!」
俺の意識は薄れて行き、もはや立つことも出来ず地に這い蹲る。
薄れて行く意識の中で天井に這い蹲る黒い影を目視する。あれは何だ…。
この戦いの決着を見届けること無く俺は目を閉じる。
そして、翌日。
俺は病院のベッドで目が覚めた。
昨日のことは一体なんだったんだろう…あれは夢なんだろうか、などと考えていたら横から声をかけられた。
「やっと目が覚めたか?祐介」
兄貴の声だった。聞き慣れたその声に安堵する。
「兄ちゃん?ここは…?父さんと智恵は?」
「智恵は軽症で済んだから稔子伯母さんの家で預かってもらってる。父さんは…
5時間前に病院で息を引き取った…」
告げられた言葉に俺は愕然とする。
「近所の人が騒ぎを聞きつけて警察と救急車を呼んでくれたらしいんだが…
あの二人の男たちの姿は無かったらしい」
父はあのメガネ野郎に負けてしまったのだろうか…。
あの場にいて何も出来なかった自分に悔恨する。
あの天井に這い蹲っていた黒い影はなんだったのだろう。見間違いか…。
妙なことに俺たちが奴らから受けた傷は消えていて1日で退院した。
父の葬儀に立会った後は父の姉の叔母と話し合い、俺たち三人を引きとって貰うことになった。
警察は捜査をしたが結局あいつらの身元を掴むことは出来なかった。
短剣も家には無かったとのこと。
それから六年間は叔母の元で暮らしたが、兄貴が高校を卒業したのを期に三人でアパートで暮らすことに。
叔母から虐待を受けていたとかそういうことではなく、むしろ実の子供同然に扱ってもらっていたのだが。
叔母の家庭は決して裕福ではなく、高校受験と大学受験を控える子供が二人もいたので居たたまれなくなってしまったのだ。
兄貴は内定していた大手企業に就職し、俺と妹の学費や食費まで工面してくれた。
バイトで稼いだ金を貯めていたらしく、半分は叔母夫婦の家を出る際に置いていき、もう半分を生活費に当てたのだった。
しかし、新入社員だったため給料は少なく、切り詰めた暮らしを余儀なくすることに。
俺はバイトをして家計を助けたい、せめて自分の学費くらいは…と提案するが、却下された。
高校卒業するまでは俺が面倒を見る!とのことだった。兄貴にはケツを向けて寝れないね。
いつかこの恩は万倍にして返したいと心の中で誓う。
そして、三年の歳月が流れて俺は高校生になっていた。
高校でのあだ名は「ユーツー」
名付け親は忘れたが、誰かが有嶋を「ゆうじま」と読んだことで『有』嶋『祐』介と「ユウ」が二回続くことから「ユーツー」と呼ばれることとなった。
ヘンテコなあだ名だが、呼ばれて悪い気はしない。
あだ名がつけられるってことは親しまれてるってことなのだから。
To Be Continued...