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融雪

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orisuta

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雪は恋心似ている。
ふわふわで、ひらひらで、美しい。
人肌の温度で溶けてしまう。
儚い。

降り積もれば美しい世界が一面に広がるが、それは最初だけだ。
時間が経てば邪魔に思い、鬱陶しくなり、踏み鳴らされ汚れる。

雪も恋も、舞っている内が華。
蓄積されていったそれには、ただ足を取られるだけなのだ。
 
 
 




◇◇

「あのさあ、那由多は俺になにか隠し事してるでしょ」

そう言って、"彼"は那由多の太ももを軽く撫でた。
ストーブの上のやかんがふつふつと揺れている。 

「なにもないよ……」

「ホントかな……」

「ウソつかないって」

那由多はウソをついた。ウソは、決して小さなかわいらしいものではなかった。
彼女には大きな秘密があった。
 
 
 




二日前

「俺だ、"荷物"を確保した。車を出してくれ」

ハンチング帽の男が、耳元の無線にそう呟いて、空港から外に出た。
外は吹雪いていた。男は帽子を深くかぶり直し、肩にかけたカバンを握りしめて歩きだした。

空港のトイレでは、二人の『組織』工作員が頭を撃ち抜かれて死んでいた。

男がぶら下げるカバンは、彼らが奪ったものだった。『組織』から盗み出した"荷物"。中身は不明である。

ハンチング帽の男は足早に、人気のない倉庫街を横切っていく。
彼が二番倉庫の角を曲がったときだった。

「……ぐうっ!」

突然胸に空いた激しい痛み。やがてじわじわと拡がる熱。
「撃たれた」のだと理解する前に、もう二発、無音の弾丸が胸部と腹部に突き刺さった。

膝をついて倒れる瞬間、男は拳銃を握って立ち尽くす敵の姿を見た。
女だった。若いというより幼い、自分の娘と同じくらいの歳の女だった。

男は冷たい雪の中に倒れた。
虹村 那由多は拳銃をしまい、男に近づいてカバンを奪い返した。
中は空だった。

「! ……やられた」

そう呟いて、那由多は無線を開く。

「こちら"ストリッパー"。カバンを奪回したが中身を確認できず。"荷物"の回収に失敗した
この数分の間にどこかに隠したんだわ。衛星で遡って確認して」

"ストリッパー"。それが彼女のコードネーム。
彼氏が知らない秘密の名前である。

"ストリッパー"こと那由多は、無線で仲間に報告してから、男の死体を後にしてその場を立ち去った。
 
 
 




昨日

この日も朝から雪だった。
お昼を過ぎても凍えるような寒さは緩和されない。

東北地方のとある有名国立大学。
雪の積もるキャンパス前で、那由多は"彼"の授業が終わるのを待っていた。

ふうと吐き出した息が白く、真っ白な空に同化するように消えた。
やがて校舎から授業を終えた"彼"が出てきて、那由多に手を振った。

「待ったよね、ごめん」

「寒かった。肉まん買って」

「太るぞ。デブになったら愛してやんない」

悪戯っぽく笑う"彼"。真冬の寒さで冷えた唇が、那由多の唇に重なった。

「バーカ」

そう言った那由多の顔は、暖かい笑みで満ちていた。
満たされている。那由多は"彼"といるとき、心の底からそう感じていた。
 
 
 




◇◇
「あ、そろそろバイトの時間だ」

"彼"はそう言って、那由多の太ももから手を離した。
その手で首を撫で、耳を甘噛みする。那由多は思わず息を漏らした。

「そんな顔したってだめ。続きは帰ってから。いいね?」

サディスティックな笑みで"彼"が言った。那由多はこくんと頷いた。
絡ませた指がほどけ、"彼"が立ち上がり、カバンを背負った。

「またあとでな」

ばたん、と扉が閉まった。部屋を去った"彼"は、気が付かなかった。
バイトにむかうその背中を、見送る那由多の視線がーー

「……」

ーー暗く、冷え切っていることに。

かたかたと、ストーブの上のやかんが、煮立った湯を震わせた。
 
 
 




二日前


西へ向かい逃げる黒のワゴン車。
それを追う銀のスポーツカーの屋根が開かれ、『組織』工作員がマシンガンを片手に立ち上がる。

二台の車は凍ったアスファルトをスリップ寸前のスピードで駆け抜け、タイヤを削りながら徐々に互いの距離を縮めつつあった。
運転手がハンドルを大きくきり、スポーツカーがガードレールぎりぎりの部分を滑る。
狙撃主は不安定な車内から、振り落とされないようにマシンガンを構え、引き金を引いた。

無数の弾が前方ワゴン車のガラスを砕き、黒の車体に穴を開けていく。
それでもワゴン車は止まらない。一歩間違えれば大惨事になるであろう速度で、車道を突っ走る。

そのとき那由多は、二台のカーチェイスの様子を衛星を使い別の場所でチェックしていた。
まもなく、二台の車は長いトンネルに差し掛かる。
トンネルに入る前にワゴン車を止めるのが好ましいが、もう間に合いそうにない。
那由多は衛星からの映像を眺めながら、小さく舌打ちをした。

"荷物"を載せた敵対組織のワゴン車。絶対に逃がすわけにはいかない。

二台の車が、トンネルに突入した。
ここからはトンネルを抜けるまでの数分間、衛星で様子が確認できなくなる。
耳元の無線に送られる現場の音声のみで、なにが起きているのか把握しなければならない。

そのときだった。

《うわあぁぁあ………》 

仲間の悲鳴が無線に届き、直後大きな爆発音がその後ろで響き渡った。
通信はブツリと途絶え、不気味な静寂が那由多の耳を包み込む。

見てもいないのに、トンネルでなにが起きたのか、那由多の脳裏に明瞭なイメージが浮かび上がった。

「ハメられた……」

呆然と、ぼそりと呟いて、那由多はすぐさま通信機材をカバンの中に詰め込み、逃げるようにその場を走り去った。

読まれている、なにもかも。
敵は、完全にこちらの動きを把握している。
ハメられた。全滅だ。

(衛星を使っていること、上から視てること……やつら知ってた!
だからトンネルに…罠だったんだ…!)

雪原を蹴って、那由多は必死に駆けた。
雪が一層強まり、吸い込んだ空気が肺を凍らせるようだった。
 
 
 




昨日


"彼"とは出会って二ヶ月になる。
大学二年生。背が高くて細身で、気まぐれでサディストでナルシストで、遊び人だ。
"彼"の可愛い笑顔に、那由多は惹かれた。

女性関係の噂は絶えない。秘密もたくさんある。なのに、相手の浮気やウソは許さない、身勝手で傲慢な男。 
だけどそれでも良かった。それが好きだった。
主導権を握られた恋に、那由多は酔っていた。

「那由多、ケータイ見せて」

「い、や、だ」

そうだ。こちらにも秘密があるし、ウソがある。だからおあいこ。
"彼"の浮わついた話にショックを受けないのは、お互い様だからだ。

相手が普通の男の子だったら、こちらが負い目を感じてしまう。だから上手くいかない。

だけど"彼"なら、秘密はおあいこ。
負い目は感じない。私は相手のウソを
許してあげているから。

"彼"も、そんな理由であれこれ追及してこない私を気に入っているようだ。


そう考えれば、"彼"との関係はとても心地が良かった。
だけどいつか、こんな風に考えられなくなるほど、気持ちが大きくなるときが来るかもしれない。
割りきって考えられなくなるほど、好きになってしまう日が。
そのときは、どうするか考えなければ……

「……ふふっ」

「なに? なにニヤけてんの?」

「…なんでもないよ」

自然と頬が緩む。
そんな想像も、心の中にはどこか楽しみにしていたところがあったのかもしれない。 
危ないところだった。



そんな心配は、もう必要なくなった。
 
 
 




◇◇

那由多をのこして家から出た"彼"は、ATMから10万円ほど降ろし、駅へと向かった。
駅のコインロッカーに近寄ると、その中の一つをあけ、一冊のバインダーを取り出した。
『組織』工作員たちに関する資料がファイリングされたものである。

"彼"は、バインダーをリュックサックの中にしまい、そのまま二時間後に出発する新幹線のチケットを買った。

そして、駅を出てとある場所にむかい歩きだした。

こんな強い雪の晩に、どこへ向かう?

「……」

"彼"の様子を、那由多はじっと遠くから眺めていた。
 
 
 




◇◇

雪は一層強さを増していった。
体の芯まで染み入る寒さに耐えながら、"彼"は、人気のない湖のそばまで来て、誰かを待っていた。
凍りついた静かな湖畔で、猛雪の中、誰を待つのか。

ざっ、ざっ、と雪を掻き分ける足音が遠くから聞こえた。
"彼"はリュックサックをおろして、足音の方向を見た。

しかし近づいてきたのは、"彼"の想像とは違う人物だった。

「……!」

「バイトはどうしたの?」

虹村 那由多だ。

「な、那由多か……どうしてここに」

「なんでまだ生きてる?、とでも言いたげな顔ね。今頃あの家に、あなたの仲間が突入しているころかしら」

「な、なにを言って……」

「誰か待ってるの?」

吹雪く。まるで雪が氷柱のように、重く冷たく、"彼"の頬を叩く。

「それって……この人?」

そう言って那由多は、肩に下げたカバンを開き、それを逆さまにした。
ごろん、となにかが雪の上に転がり落ちた。

「ひっ……ひああぁぁぁアアッ」

"彼"が絶叫する。
カバンから転がり落ちたのは、男性の生首だった。

この場所で落ち合う約束をしていた、敵対組織の連絡員の、頭部である。
 
 
 




「な、なんで……ま、まさか……」

「そうよ。私がこの場所にあなたを呼んだの」

「あなたのリュックに今入ってるバインダー……それが"荷物"だと、あなたは思ってるんでしょ?
だからここに持ってきたのね。こいつに売るために」

冷たく言いはなって、那由多は足元の生首を蹴飛ばした。

「それがどう……」

「売るものがどんな形なのかきちんと把握してないと……クレームになるわよ?」

その一言で、"彼"は真実にたどり着いた。
思わず、リュックサックを雪の上に落とした。

「!!……ウソだ……そんな、まさか……」

「"荷物"はそのバインダーじゃない。
"このカバン自体"がそれなのよ。
特殊な科学繊維で編まれたカバンは、電磁気を放ち周囲の電子機器から情報を吸い込むことができる。
このカバンからは、途方もない量の情報が解析できるの」

敵に奪われ、敵から奪い返した空っぽのカバン。敵は、それ自体が本当に必要なものだとは気が付かなかった。
だから中身を隠して、囮にカバンを持たせてしまったのだ。

「そんな、でも……お前らは無線で……『"荷物"の回収に失敗した』と……」

力の抜けたように呟いて、"彼"はそのあとはっとしたように那由多の顔を見上げた。

「……そうか」

再び視線を落とした"彼"に、那由多が真実を告げた。
雪が二人を覆うように降り注いだ。

「ネズミが無線を傍受してることは知ってた。だから敢えてウソを流し、バインダーが"荷物"だと錯覚させた。
情報を盗んでる気になってたのね? 私たちはそれを利用させてもらった。とんだマヌケちゃんだわ」

「トンネルでの爆発も、その前に仲間は脱出してたのよ。そこで確信した。情報が漏れてるのは、私からだと。そして…」

「ネズミはあなただと」

那由多はどこか、切なげな瞳でそう言った。
 
 
 




「そうか……なるほどな……」

白い息を吐き出して、"彼"は力なく笑った。
肩に雪が積もっていた。

「一つ聞いていいか? お前、俺に惚れてたのは……マジだったんだろ?」

"彼"が訊いた。その笑みには、かつて惹かれたものは、もうなかった。
これで本当の、終わりだ。

「……かもね」

相手に伝わったかはわからない小ささで、那由多は答えた。
静かに、自分の中の熱が、完全に冷えて消えたことを知覚して、那由多は新たな熱を生み出した。

「『リトル・ミス・サンシャイン』」

熱は、スタンドという力と化して己の外に発生した。
ストリッパーのような格好の、女性型スタンド。
それは"彼"の知らない、"彼"には見えない、虹村 那由多の秘めたる姿だった。

「……さよなら」

その一瞬、二人の周囲だけ吹雪が消えた。
それが、"彼"には時間が止まったかのように見えた。

『リトル・ミス・サンシャイン』の両手の太陽電池から、強烈な熱波がドーム状に発生して拡がったのだった。
太陽の高熱は雪を一瞬の内に蒸発させ、消し去った。
足元の積もった雪が抉れ、むき出しになった地面が、めらめらと燃えていた。

骨の髄から灼き尽くす究極の熱。
熱波は"彼"の体を呑み込んで、その肉体を1秒で炭に変えた。
炭は、止まず吹き荒れる吹雪とともに、風に飛ばされ散り散りになった。

那由多は、ただ黙って、虚空に消えた"彼"の熱を、見つめていた。
 
 
 




◇◇

《任務成功おめでとう、"ストリッパー"。無事、ネズミを見つけ出し、始末した君の実力を高く評価しよう》

《早速だが、その実力を東京で活かしてもらいたい。東京支部からオファーを受けている》

《東京支部の阿部が新しくチームを立ち上げるらしく、優秀なスタンド使いを探しているとのことだ。
早速東京へ向かいーー》








雪は恋心に似ている。
ふわふわで、ひらひらで、美しい。 人肌の温度で溶けてしまう。
儚い。

体を凍えさせるそれに、人は惹かれずにはいられない。
その冷たさに火傷しても、心を冷やしてもーー

人は懲りない。その美しさを、
一瞬の心の熱を、永遠に追い求め続ける。

愚かにも、雪が融ければ春が芽吹くと、信じているのだ。




「融雪」おわり


使用させていただいたスタンド


No.181
【スタンド名】 リトル・ミス・サンシャイン
【本体】 虹村 那由多
【能力】 手で触れたものを太陽熱で焼き尽くす









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