暗闇の中、どこからか水の滴る音で男は目を覚ます。
「ん・・・んん~・・・?
ここは・・?
目を開けても、真っ暗闇。
手探りで静かに立ち上がる。
床は固く、さわり心地からしてコンクリートか。
手を伸ばして壁を探し、そこに座り込んで闇に目が慣れるのを待つ。
水音と自分の呼吸以外、聞こえない。
「ここはどこだ・・?
いや、それより俺は・・・誰だ?
男には記憶が無かった。
目が覚める以前の事を、霞がかかったかの様に思い出すことが出来ないのだ。
自分の顔を闇の中で触る。
「・・・誰なんだ。
不思議と・・・闇の中に独りいる事よりも、自分が何者なのか分からない事の方が、彼の心の大半を占めていた。
考えている間は、この奇妙な暗闇から
自分の思考の世界へ逃れられていたから。
―ピチョン・・
「・・はっ!?
水音で再び現実へと引き戻される。
気が付けば暗闇にも目が慣れ、うっすらながらも部屋の様子が伺いしれるようになっていた。
立ち上がり、横へと目をやると打ち付けられた窓があり、そこからうっすらと光りが見える。
入ってくる光の量から察するに、今は夜。
「時間は分からないが、とりあえず明日になればもっと明るくなるか。
ま、それまでにこの部屋からはおさらばしたいけど。
誰に聞かせるでもなく独り呟く。
―ピチョン・・・。
また、水の音。
「雨もり・・・ではないな、音が聞こえない。
水道か?
男は、水音のする方へと歩き出す。
ゴゴゴゴゴゴゴ・・・
―ドンッ!
「あいたッ!
しこたま頭をぶつけ、尻餅をつく。
「壁・・・じゃあないな。
ぶつかった際にくぐもった音がした。
それは木製のドアだった。
―カチャ・・・
ドアノブの当たりをつけ、掴んで回す。
「台所・・・かな?
マンション?
うっすらと大きな箱と台が見える。
箱は冷蔵庫、台は流しと言ったところか。
―ピチャ・・・
それにしても耳障りな水音。
なにか・・・心の底をかき回されるような、そんな音だ。
「そうだ、ここは俺の家じゃあないか。
男は思いだした、ここは自分の家なのだ、と。
すると、不思議な事に心の中から闇に対する恐怖が、急速に薄らいでいく。
そうと分かれば怖いものは無い、大方ブレーカーでも落ちたのだろうと思い。
手探りでブレーカーを探す。
大丈夫、場所の見当はついている。
「・・・よいしょっと。ここか。
―バチンッ。
―・・・・
電気はつかない。
「あれ・・・?オカシいな。
いぶかしげな表情を浮かべた男は、とりあえず外に出ようと
玄関へ向かい、開けようとするが・・・
開かない。
―ガチャガチャッ!
「あれ?何でだよッ!?
―ガンッ!!
「開けろよッ!!畜生ッ!!
―ドガンッ!!
「・・・何なんだよ、これ・・・
―ピチャ・・・
水の音がする。
「ッ!?
ゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・
「・・・・・!
何かを思いだしたのか、男は風呂場へと歩き出す・・・
風呂場に近づくにつれ、呼吸が荒くなり心拍数も上昇する。
ドドドドドドドド・・・・
ゆっくりと、風呂場の扉へ手をかける。
「この風呂場に・・・ッ!
何がある・・ッ!
開けるのか?俺はッ!
開けない方が良い気が・・!
何かがこの風呂場にある・・・
その何かを思い出せないまま、男は風呂場の前に立ちすくむ。
止まない水の音。
「うるっせえぇーーーッ!!!
&nowiki(){・・・}何なんだよ!
この水の音ッ!!
俺の心をかき回しやがる!!
風呂場から聞こえてくるんだ!
開けて、水を止めるッ!!それだけだ!!
なのに!! 何で!!
開けられないんだよぉォ~ッ!!?
時が止まったかの様に男の手は動かない。
「だが・・・開けないといけないのは分かるッ!!
動け!俺の腕ッ!!
―ドガァアアンッ!
ゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・
風呂場で男が見たものは
若い女の死体・・・
その瞬間、男は全てを思い出した。
「そうだ・・・俺は
殺したんだ・・・
それで、俺は・・・・彼女も、この部屋も、俺自身も全て・・・・・
うやむやにしたんだ・・・。
うやむやだから腐らない・・・
うやむやだから・・・俺は死ねない・・のか?
死すらも、うやむやにしたと?
そもそも・・・どれだけ時間が経った!?
分からない・・分からない・・・!
「オ目覚メデスカ。
「ノ・・!?
お前・・・ッ!!
俺を襲うのかッ!!
本体であるこの俺を!一体、何回繰り返している!?
「サァ・・・多分、今回デ1500回クライデハ?
「やめろ・・・!
今すぐ。こんな馬鹿げた事を・・!!
これは命令だッ!
ゴゴゴゴゴゴ・・・
「残念ナガラ、アナタガ本体ダッテコトモうやむやニシテマスノデ・・・・
私ハ【本体ダッタあなたノ命令デあなたヲうやむやニ】致シマス。
「や、やめろぉーッ!!
ゴゴゴゴゴゴゴ・・・
暗闇の中、どこからか水の滴る音で男は目を覚ます。
―終わり?
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