その手で守ったものは(中編)

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Lからの呼び出しがかかったのはそれからしばらく経ってであった。

鹿目まどかの手当ては終わり、一命こそ取り留めたものの安静にしていなければまずいという状況とのことだ。
ひとまずは意識を取り戻すかどうかが問題となるが、いつになるか分からない以上時間をそう無駄にすることもできない。

それらの事実をシロナとサファイアがLに告げた後、一旦全員を集めての情報交換を行いたい、と屋敷中の皆に告げて回っていた。


集まった場所はこの家におけるダイニングルーム。
屋敷の大きさに合わせるかのようにこの場所もそれなりの広さがあるようで、8人(+2本)の参加者が集められても大丈夫のようだった。

ただ、それだけの人数が集まれば何かしら思うことがある者もいるのだろう。
結花は落ち着かない様子だし、さやかも何か挙動不審に見えそうな状態を必死で隠そうとしているようにも見える。

イリヤはギリギリのところで気を持ち直したようで巧の気を安心させたものの、セイバーとは目を合わせようとはしなかった。

様々な問題を抱えているメンバーもいるだろう。
それらは一つ一つ、これから話し合いをしていく中で解決していける、とLは信じていた。

今集っている面々は、皆この殺し合いに反抗しようという意志を持っている者なのだから。

「……さて、とりあえず皆さん、ここに来てから何があったのかを話せる限り一つ一つ打ち明けてくれませんか。
 差し当たっては………、美樹さやかさんからお願いします」
「……!」

ビクリ、と名指しされたことに反応するさやか。

「あ、その…、私より他の人から話された方がいいんじゃないでしょうか?!」
「…………」

静かに、ジーっと慌てるさやかを眺めるL。
さやかはその目にまるで自分の中にあるものを見透かされているかのような感覚を覚える。
悪いことをしたわけでもないのに、強い罪悪感に駆られる。だがそれでも、目の前のLに対してはそれを知られてはまずいと思っていた。

「………分かりました。ではシロナさん。最初にお願いします」

その様子に何か思ったのか、Lは譲ってシロナから先にお願いしていた。

「分かったわ。…さやかちゃん、落ち着いて聞いてね」

さやかの様子がおかしい理由。それに心当たりを持っているシロナはその申し出に応じる。

「私が最初に会ったのはクロちゃん、クロエ・フォン・アインツベルンって子だったわ」
「クロに…?」
「最初に会った時あの子、オルフェノクに襲われていたの。名前は聞けなかったけど大きな爪と角を持っていて高速移動もできる強敵だったわ」
「北崎か……」
「ガブリアス――私のポケモンのおかげでどうにか追い払うことはできたの。その後で、ニャース、C.C.って子達と合流して病院に向かって、そこでさやかちゃん達と合流したわ」

シロナはここで敢えてゲーチスとのあれこれについては伏せて話しておいた。
今話してしまえばさやかの話す時に彼女自身が情報を打ち明けることに躊躇いを覚えてしまうのではないかと思ったから。

その後のことは、シロナにとっては話しづらい部分があるものだった。

「…それで、爆発を見た政庁に向かう途中で、私達は少女を連れて走るオルフェノクを見たの。後から分かったことだけど、彼女が巴マミって子だった。
 前にオルフェノクに襲われたこともあって、私達は咄嗟に彼女を助けようと思って、そのオルフェノクに攻撃をしたわ」
「…………」

シロナから視線を逸らす巧。

当事者にしてみれば、それはあくまでも不幸なすれ違いから起こった事故というだけだった。
特に巧はその事についてそう責め立てようなどとは全く思っていなかった。

ただ。

「…あの時のことは本当にごめんなさい。私達がもう少し気をつけていれば、あなたを傷つけることもなかった」
「気にすんな。俺が不用心だっただけだ」

そのことに罪悪感を持たれ、こうして謝られることの方が、巧には辛かった。

「話を進めてください」
「そうね。その後で私は夜神総一郎さんとメロさん、佐倉杏子ちゃんと会ったわ。
 杏子ちゃんとの話で乾さんに対するあれこれに色々と誤解があったことに気付いて、クロちゃんとマミちゃんを預けて乾さんを探しに離れたの」
「えっ?」
「さやかさん?どうかしましたか?」
「あ、いえ、何でも」

シロナの言葉に反応したさやか。心無しか顔色が悪くなっているようにも見える。
どうやら彼女は今挙げられた名前の面子に対して、少し複雑な事情を持っているようだ、とLは感じ取っていた。
そのことはおいおい聞いていけばいいだろう。

その後のこと。
政庁に向かう最中でゼロ、馬のオルフェノクの襲撃を受け、それを助けたのが衛宮士郎という少年だったということ。
士郎が戦った相手が木場勇治であったということ、そして彼がその時点で腕を使った(士郎の作ったという光の盾という情報から推測したことだ)というのは巧、イリヤに少なからぬ動揺を与えていた。

そしてその先。それはこの場にいる一人の少女にとっても重く、しかし受け止めねばならない事実。
謎の薬物を使われた影響で正気を失ったまま、シロナに襲いかかったということ。

「…あの時は、クロに助けてもらいました」
「その直後にミュウツーと合流したけど、バーサーカーもその後を追ってきたの。
 私達を逃がすために、クロちゃんとガブリアスが立ち向かって行って、…それがあの子達を見た最後よ」

クロの知り合い、身内であるイリヤ、美遊の両名の前でそれを話すのは非常に心苦しかった。
実際にこれを話した直後の2人は、やはり涙を堪えるかのように辛そうな表情をしていた。

「ごめんなさい…。私がもっとしっかりしていれば、あの子達は…」
「…いいんです。たぶんだけど、クロはそうしたいから、そうしたんだって思うし…。
 クロ、シロナさんと一緒にいる時はどんな感じでした…?」
「ちょっと予測できない行動をとることはあったけど、いい子だったと思うわ」

シロナの言葉を聞いたイリヤの脳裏に浮かんだクロの姿が、先の戦いで命を落とした兄の姿と被って見えた。
そしてそれに気付いた瞬間、イリヤは堰を切ったように溢れ出す涙を止められず。
美遊もまた、顔を背けて静かに涙を流していた。

その後のことを話す上では、特にこの面々の中で大きな反応はなかった。


「色々な情報で込み入った事情も多いと思われますが、今はまず皆さんからお話を伺わせてください。――――さやかさん。一つよろしいですか」
「……な、何でしょう?」

若干やりづらそうにさやかは答えようとする。その口調の節々には警戒心も感じられる。
誰に対するものなのかははっきりしない。が、もしかすれば。

「さやかさん、あなたはもしかして、ライト君と会いましたか?」
「…!?い、いえ、会ってないです!」

Lの問いかけに、思わず反応して否定するさやか。
いきなりの問いかけだったせいか、その声は裏返っている。
Lからすれば、ほぼ確定したかのような怪しさだ。

「や、夜神月なんて人には私会ってないですし!」
「おや、この名前を見てライト君というのがよく夜神月のことだと分かりましたね。この名前、なかなかに難読な名前だと思うのですが」
「―――――――」

しまったという表情を浮かべて口を抑えたさやか。
どうも彼女は嘘が付けない、というか下手な性質のようだ。

「…………」
「夜神君は、私のことについて何か言っていましたね?何と聞いていますか?」
「そ、それは……」
「何と言っていたのかの想像はつきます。これは確認のようなものです。
 どのようなものであったとしてもあなたの評価にどうこうということは起こさせません。
 ですからお願いします。どうか、教えていただけないでしょうか?」

おそらく彼女のその不自然な様子は、自分を警戒してのものなのだろう。
だからこそ、その警戒を解かなければ話を進められない。
Lは懇願するように、さやかに話しかけた。

もう隠しきることはできないと感じたさやかは、やがて折れたように口を開いた。

「月さんを嵌めて殺人鬼に協力する悪人だと…、他の人を利用して生き残ることに何の躊躇もしない危険人物だ、と言ってました…」

嘘を付いても見抜かれる、そんな直感があった。
しかし、警戒しろと言われた人物に対してそれらの事実を包み隠さずに言うなど普通ならば有り得ないことだ。

それでも、腹のさぐり合いという行為について場数があまりにも足りないさやかには、本当のことを話すしか選択肢がなかった。

「そうですか。逆に安心しました」

なのに、その事実に対してLが発したのはそんな言葉だった。

「さやかさん、月君は殺し合いに乗っている様子はありましたか?」
「い、いえ、特にはそんな風には…」
「それはよかった。さやかさん、ありがとうございます」

そう言ったきりLは会話を打ち切った。
混乱しつつもさやかは話を進めていく。

病院でシロナやクロと遭遇したこと、政庁でのあれこれ。
特に政庁でのあれこれについては弥海砂やルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト、海堂直也やLなど、この場における多くの者の関係者の情報が得られた。

そして、さやかにとっても思い出したくない、それでも受け入れなければならないもの。
この場にいる皆は知らないだろう、一つの罪を告白した。

「それで、政庁から出た私は……杏子がマミさんを襲ってる姿を見て、マミさんを守らなきゃって杏子に戦いを挑んで…。
 ――――…杏子を、殺しました」

その後の、マミに撃たれた事実まで、全て隠すことなく告白した。
あの時杏子の死を見たマミの手で撃たれたということまで。あの時の彼女の泣いている事実まで、全てを。

暗い雰囲気に包まれる一同。中でも特にその告白に衝撃を受けたのは、巧とシロナだった。

巧はその中でマミ、杏子と一時期共に行動し共闘していたし、シロナもマミのことを杏子に任せて出て行ったところが彼らを見た最後の記憶だったのだから。

「…せめて私があの子達の傍にいてあげていれば、こんなことには……」
「違う、あんたが離れる原因になったのは俺だ……」

罪の意識を募らせるシロナと巧。
殺したというさやかよりも、それらは自分達への向いていた。
そんな彼らの様子を見て、さやかはキリキリと自分の心が痛みを訴えているような気がした。

「責任の所在も重要かもしれませんが、今回はあくまでも結果が最悪になってしまったというだけのことです。あまり思いつめないようにしてください」

そんな彼らを見かねたのか、Lは巧とシロナにそう告げていた。

「さやかさん、多くの誤解があった末であり、情状酌量の余地もまたあるかもしれません。それでも、あなたは人を殺しました。それは分かっていますね?」
「……はい」
「ではもう一つ、その罪を受け入れ、償っていくという意志はありますか?」

まるで裁判にでもかけられているかのような感覚を受けるさやか。
杏子を殺し、マミさんを悲しませたという罪。特に杏子を殺したという事実はかつてゲーチスに言われた言葉を思い出させ、なおのことさやかの心中に暗い影をもたらす。

その時ピリッ、と目の傷に痛みが走る。
まるで、こんな自分を叱責するかのような傷の疼き。
そうだ、この罪は受け入れなければならないもの、償わなければならないもの。

「…私は、杏子を殺したことを償いたいです。それで許されることではないかもしれないですが、最悪自分の命に変えてでも、杏子に―――」
「それはいけません」

だが、Lの返答は否定だった。

「罪は償わなければならないものです。しかし、自分の命でその罪を償おう、などとは考えてはいけません。
 人は、生きていなければ罪を償うこともできないのですよ」

さやかに向けたはずの言葉、しかし一部の者にはまるでそれが彼自身の内の何かに向けて言っているかのような言葉にも聞こえていた。
例えば、昔失った友や知り合いのような存在に向けたような。

「本当に償いたいというのであれば、まず自分の命を大切にしてください。死ぬことで償う、というのはそれは償いではありません。ただの逃げです」
「……はい」

その後のことはシロナの言ったこととほとんど同じだ。
唯一違ったのは、ゲーチスという者がさやかに対し発狂の元となる何かの薬品を使ったという事実があったこと。

「さやかちゃん、もしかしてずっとゲーチスと一緒にいたの?」
「はい、病院でシロナさんと別れてからは、またシロナさんと会うまでは、ずっと」
「そう…、そのことは…後でちょっと話させて欲しいことがあるの。少しいい?」
「分かりました」





そうして、一同の情報を開示していく時間は進んでいく。




『あのーすみません、結花さん、一つよろしいでしょうか?』
「はい、何でしょうか?」
『結花さんの仰ってた、事故で死んでしまったという女の子の話ですけど、もしかしてこう猫みたいな吊り目でツインテールの人ではなかったですか?』
「……顔付きはよく覚えてないですけど、髪型はそんな感じだったかと思います。あと赤い服とミニスカートを着ていました」
『あー…』

結花がそれまでの経緯を話していく中で明らかになったのは遠坂凛の死亡に彼女が関わっていたという事実。
その最期にはイリヤ、美遊、セイバーは共に言葉を失い、ルビーもこればかりはからかう気にはならなかった。

しかし、その次に出た存在。デルタギアを纏った何者か、という存在にセイバーは引っかかる何かを感じた。

「一つ聞かせてください、その少女はあなたに『悪人を殺せ』と、そう命じたのですね?」
「はい、顔は見えなかったですけど…。あとオルフェノクってわけでもなかったんじゃないかって思います。
 私を見て、『怪物』だって言ってましたから…」

怪物。
それは人として生きることを望む巧や結花の心をえぐるような言葉だ。

オルフェノクの存在を知らなければそう見えるのも無理は無いだろう。
だとすれば、その少女はオルフェノクでもないのにデルタギアを使い、精神に異常をきたしたのではないか、というのが巧から得られたベルトの作用から考えられる仮説だ。

「…あの、その人、確か学校に行った時に現れて拡声器使ったって人を殺してたと思うんだけど」

その人はC.C.を化け物扱いして殺そうとし、しかし介入したルヴィアを追って行ったのだという。
C.C.を殺そうとした彼女が、いくら邪魔されたからといってそちらを放置してルヴィアを追うというのも若干不自然さを感じる話である。

何か、ルヴィアという者に因縁があったか、あるいはよほどその存在が気に触ったか。

仮面の下を見たものがいないが故に誰も気づけない事実。
事実に最も近づけたかもしれないのはセイバーだっただろう。
もしそのルヴィアという者の人柄を知っていれば、それは彼女ととても似通った魂の色をしたとある人物を連想させただろう。
だが、それを知っているのはこの場においてはイリヤ、美遊、ルビーとサファイアのみ。そして彼女達は間桐桜の存在を知らない。
だからこそ、デルタギアを使った者が間桐桜ではないか、という事実には、この時点ではたどり着くことができなかった。





「まどかが魔法少女に襲われたって…、それ本当なの?!」
「はい、名前は聞けませんでしたが、白い魔法少女でした。未来を予知できる、と」

その後しばらくして美遊の番になった際に明かされた、まどかがあのような傷を負うことになった経緯。
よりにもよって魔法少女に殺されかけた、その事実は決して無視できるようなものではなかった。

「さやかさん、白い魔法少女、という存在に心当たりは?」
「ないわ…、白い魔法少女なんて、私の知っている限りには…」
「その少女とはこの場で一度戦ったことがあります。紫色の怪獣を連れた男と共に行動をしていました。確か名前は…美国織莉子とニドキング、と」
「ニドキングを連れた男…?誰かしら?」
「美国織莉子…、そいつがまどかを…!」

友の命を狙われたという事実に怒りを覚えるさやか。
あんな優しい子の命を狙うなんて、と怒りを募らせる。

「その美国織莉子って魔法少女は殺し合いに乗ってるってことよね?!」
「いえ、そういうわけじゃないと思います。まどかさんの命を狙ってはいましたが、それはあくまで目的を果たすためで、その邪魔さえしなければ殺し合いには否定的だったようです」
「確かに、私も同じ印象を受けました」
「何よ…!じゃあ何の目的があって、そいつはまどかを狙ったっていうのよ!」

殺し合いに乗っている悪人でもないのにまどかの命を狙う魔法少女。
まどかの命を狙うことそれ自体は許せないことだ。だが彼女は人から恨みを買うような子ではない。それは自分がよく知っている。

美遊はその問いかけに対して、一瞬考えるように沈黙した後さやかに問いかけた。

「………それなんですけど、さやかさん、何か心当たりはないんですか?
 まどかさんが命を狙われるような理由について、何か」
「理由なんて……あっ、そういえば。以前言われたことがあるの。まどかは魔法少女としてすごい素質を持っているって。もしかしてそんな強い魔法少女になられると邪魔になるって考えてたのかも。
 だから暁美ほむらって転校生もあの子を魔法少女にしないように気をつけていたみたいだし。
 でも、だからって殺そうとするなんて……!」
「…………」

美遊が聞くさやかの怒り。それは的を外した意見、というわけではなかった。
ただそこには一つの事実が抜け落ちていた。

魔法少女として強いということは、魔女となった時にも強力な存在となるということだ。
それはまどかから聞いた事実だし、あの白い魔法少女も言っていたこと。
だが、美樹さやかはそこに触れる様子がない。というかむしろ、

(彼女は鹿目まどかの言っていた魔女のことについて知らない…?)

質問で返したのは正解だっただろう。
ここでうかつに話していたらどうなっていたか分からない。

この事実は誰かしらに知らせる必要のあること。しかし美樹さやかのいる前で言うべきことではない。
そう判断し、それ以上のことを告げはしなかった。


『それにしても強いだの弱いだので邪魔だとか邪魔じゃないとか、物騒な魔法少女ですねぇ。縄張り争いでもしてるんですか?』
「うっさいわね、こっちはみんなを守るために魔法少女やってたのよ」
『魔法少女ってのはもっとこう、みんなの笑顔のために頑張るとかもっとキラキラ輝いてるとか、そういうのが必要なのですよ!さっきの黒い鉤爪女といい、そういうのは違うじゃないかとルビーちゃんは思うのです!』
『姉さん、人にはそれぞれ事情があるんだし、あんまりそこに踏み入るのもどうかと思う』


ふと何者かに見られているかのような視線を感じた。
それも、こちらを注視しているような。
周囲を見回す美遊。こちらが話していることもあって、多くの人がこっちを見ているのも事実ではある。
だが、その中でそれらとはまた別の、異質な視線を向ける者が一人いた。

椅子の上で体育座りをしている男。
彼はジーッとこちらを観察するかのように見ている。
もしかして、何か隠しているという事実に気付いているのだろうか?

美遊はその視線に応じるように、小さく頷いた。





その後も一人ひとりのあれこれを明かしていき、その場において多くの情報が集まった。
危険人物、各々の持っている考察、会場であったあれこれなど。

特にLにとっては、ルビーの告げた『皆につけられたこの刻印はどこかに呪術としての核が存在し、それを破壊することで解除できるのではないか』という考察は大いに役立つものだった。

「ルビーさん、でしたか。呪術の核と言いましたが、心当たりはありませんか?」
『いやー、そこまではこのルビーちゃんの天才的な力を持ってしても何ともですねぇ』
「そうですか。そういえばこの刻印は魔女の口づけ、というものの亜種らしいですが、この中に心当たりのある人はいますか?」

魔女の口づけ。
最初に集められたあの場で、アカギが告げた固有名詞。

如何なる黒魔術によるものかは分からないが、この刻印がこの場における自分達の監視装置である可能性は高い。
つまりは、これを解除することはアカギ打倒のためには不可欠だろう。

「魔女の口づけなら、私知ってます」

手を上げたのはさやかだった。

「魔女ってのは私達魔法少女の敵の怪物で、人間の絶望から生まれる存在だって聞いてます」
「なるほど。では魔女の口づけ、というのは?」
「魔女が人間を操るために使う呪いって聞いてます。ただ、これを付けられた場合魔女を倒さないと解除されないってこと以外は分からなくて…」

実際さやかは魔法少女になってまだ日が浅い。
マミに付いて魔女退治を見ていたり、操られた仁美を助けるために戦ったりなど、関わる機会こそあったものの、その仕組みなどについては全く分かっていない。

「では、魔女という存在についてもう少し詳しい情報はないでしょうか?」
「えっと、…人間を餌にして成長して、自殺や事件とかを起こさせる、ってことくらいしか…」
「そうですか…」

Lはしばらく考えるように座り込んで、目の前に置かれていたティーカップに角砂糖を10個近く放り込む。
ギョッとした表情、もしくは珍獣でも見たかのような目を向ける一同の前で、ドロドロになった紅茶を口の中に流し込んだ。

そして口の中に残った砂糖を咀嚼するかのように口をモゴモゴとさせた後、口を開いた。

「魔女、そして魔女の口づけに関しては何の情報もない、ということですか。
 では、逆から考えましょう。さやかさん、魔女というものの生態を教えて下さい。分かる範囲で構いません。
 普段どこに住んでいるのか、そういったことです」
「普段は、魔女の結界っていって魔法少女にしか分からない結界の中にいるんです。
 それで、そこに入ってしまったら魔法少女に助けられない限りは出ることはできなくて……えっと……」
「その結界の規模というのはどれくらいですか?」
「割と迷路みたいな、入り組んだところだったり変に凝った装飾があったりとか色々あったような―――」
「その魔女、というのは人の記憶を読んだり、というようなことはできますか?」
「できる、と思う。前まどかを襲った魔女は、まどかにマミさんの記憶見せて苦しめてたし……」
「ふむ、なるほど」

ここまでくると、シロナ、美遊、サファイアら察しのいい面々はLの考えになんとなくだが想像がついてきた様子。
逆に巧、さやか達はまだどういうことなのか分かっていない様子だが。

「これはあくまでも現状で考えられる可能性の一つということであって、確定情報ではありません。現状で考えられるものの一つです。
 もしかすると、この空間はさやかさんの仰る魔女の結界というものなのかもしれません」

それが、数少ない情報から導き出した可能性の一つだった。
その考察に最も驚いているのはこの中では魔女を最も知るさやかであったが。

「この会場の配置してある施設は、どれも皆様のうちの誰かしらの記憶、知識の中に存在する施設、で間違いありませんね?」

見滝原中学校、衛宮邸、冬木大橋、ポケモンセンター、鹿目邸、間桐邸、流星塾、夜神邸、柳洞寺、スマートブレイン本社ビル。

この中にいる人の分かる範囲でもかなりの固有名詞が存在している。


残るは病院、警視庁、古びた教会、政庁、遊園地、などといった施設だが。

「そういえば、あの病院って恭介の入院してたところと同じ作りだったような…」
「なるほど、だとするならばほぼ確定ですね」

つまりはこの一般名詞として記されている施設もまた、この場にいる誰かしらと関わりを持った場所である可能性は高い。

「そういえば皆さん、少し気になったのですが。
 ここに連れてこられて以降、特に移動中などに既視感を感じたことはありませんか?」
「そういえば、…地図には書いてないけどお兄ちゃんの家があったよ」

イリヤが思い起こした、最初に立ち寄った民家。そこは自分の家ではない、衛宮士郎の住む側の衛宮邸だった。
生活感こそ全く感じられないものの、家の再現度はかなりのものだったらしい。

「そういえば、スマートブレインのビルが崩れた時も道に迷わずに行けたような気がするな…」
「柳洞寺という施設ですが、確か山の上にある寺だったと思います。ここでも山上に建っているのは偶然なのでしょうか?」

他にもLの問いかけに思うところがある者は多いらしい。
ここにある施設と元の世界のそれの配置された場所の共通点、初めて通ったにも関わらず迷うことなく進めた道。

「こういうことは考えられませんか?この会場は皆さんの記憶の中から寄せ集められたものを再現したものだ、ということです」
「それが、魔女のせいだっていうの?……でも、魔女の力を自分のものにするなんてこと……」
「いえ、アカギならそれも可能かもしれないわ。彼の手元にはディアルガとパルキアがいる可能性が高いのだから」

ディアルガ、パルキア。
それはシロナの世界において神話上の存在とされる世界の始まりに関わったとされるポケモン。
かつてアカギがその力をもって新世界を創世しようとしたように、彼らの力は計り知れないものだ。

「新世界…ですか」
「どうかした?」
「いえ、少し知り合いのことを思い出しまして。ですがシロナさん、そうだとするならばそれらのポケモンとやらだけで十分なのではないですか?」
「確かに、あの2匹を連れた時点でアカギは当初の目的自体は果たせるはず…。そこが引っかかってるのよ」
「この殺し合いにおいてはあなたの知る彼のものとはまた違う目的が存在するのではないか、と?」
「ええ、もしかするとアカギ以外にも協力者がいるかもしれない」

なるほど、と頷くL。
シロナ自身引っかかりを感じていたことではあったが、これまでは情報が少なく、そこに触れるまでにはここに至るまで辿りつけなかったのだ。
そしてもう一つ。シロナの仲で生まれた疑問。

「それと、魔女の結界、だったかしら。その人々をおびき寄せて閉じ込める場所、っていうのは」
「何か気になることでもあるのですか?」
「ええ。その魔女の結界、そしてディアルガやパルキアのことについて考えていたらちょっと思い出したことがあるの。
 かつてアカギが彼らを呼び出した際、私もそれに似た場所に閉じ込められたことがあったのを」

ディアルガとパルキアの力を思いのままにしようとしたアカギに呼応し現れた存在が、彼と自分、そしてあの子を閉じ込めた場所。
あの時はアカギですらもその存在を認知していなかった、歴史から抹消されたポケモン、ギラティナが生み出した世界。

そこのことを、やぶれたせかいと呼んでいた。

「その中では物理法則すらも歪んで、例えば飛び移った足場が垂直な角度だったり遠くにあると思ったものが近寄ると逆に消えたりとか、説明できない現象が数多く見られたわ」
『何を言ってるのかよく分かりませんねぇ。催眠術でも受けてたんですか?』
「そうね、私も説明できてるとは思わないけど。
 ただあそこと比べるとこの場所は常識的な物理法則をしている。あの場所と同じ空間、という根拠には至れないわね。
 Lの仮説と合わせてもまだ何ともいえないけど、可能性の一つ、くらいには受け取ってもらえないかしら」
「分かりました。ギラティナにやぶれたせかい、ですね。後で構いませんのでもう少し詳しい話を教えてもらえませんか?」

いいわ、と二つ返事で答えるシロナ。
この場にいる面子の中ではイリヤ、Lがこれまでにポケモンという存在と遭遇する機会がなかった。
巧もマミの一件の際にシロナのガブリアスを視認しただけであることからその面々に加えるべきだろうか。

だからこそ彼らにはポケモンという生き物がどのような生態をしているのか、どのような存在なのかも把握できてはいなかった。

『要するに、アカギのところに行ってそのディアブロとかパルキアとかいうのをチャチャッとぶっ倒しちゃえば問題ないんでしょう?』

だから、ルビーがそんなことをボソリと言ってしまうことも致し方ないのかもしれない。

「それは、…出来る限り避けて欲しいの」

言い淀むようにそう言ったのはシロナ。

「確かにそれが最良の選択なのかもしれないってのは分かってる。だけど、私としてはあの子達も見捨てたくないの」
『アカギの手にあるそれらのポケモンというのは、アカギに力を貸しているんでしょう?なら、いっそ一刀の元にやっちゃった方がよくないですかね?』
「断っておくと、確かに彼らにはこれだけのことを起こす力がある。だけどあの子達自身はその力で世界をどうこうしようとは考えていない。
 あくまでも世界を外側から調和を取りつつ見守っていただけ。
 そんな彼らを呼び出して好き勝手にしようとしたのが、アカギなのよ」

シロナは言う。あくまでも倒すべきはアカギであり、彼らは利用されている被害者にすぎないのだ、と。

『確かに、私達もマスターを選ぶ権利はないですしね』
『サファイアちゃんの言う通りですね~』
「………」
「………」

いや、ルビーとサファイアは凛とルヴィアを見限って自分達と契約しただろう、とでも言いたげな目で見るイリヤと美遊。
もし凛とルヴィアの2人がいれば怒っていただろう発言である。

「この機会だから言っておきたいわ。
 例えポケモンがどれほどの力を持っていても、彼らに世界をどうしようとか自分の思い通りにしようなんて思いはないのよ。
 それをしようとするのはいつだって人間よ。その力を野望に利用しようとしたり、自分の思い通りにしようとしたりするのも。
 アカギしかり―――――」

と、一瞬シロナは視線の先を移す。
思うところがある面々が多いのか、何かを考えるように沈黙する者が多い中。
視線の先にいたのは、その中でも最も困惑するような表情を浮かべたさやか。

彼女がこの事実を知れば傷付くだろう。だが、それでも伝えねばならない。
言えなかったことが、これまでの悲劇にも繋がったのだから。

「―――そして、ゲーチスもしかり、ね」

数秒の迷いの後、シロナはそう、さやかがずっと同行していた者の名を告げた。


情報交換の合間、一旦休憩時間となった。

今後どうするか、ということは10分後再度話し合うということだ。
10分の時間をおいたのは、多くの出来事、知り合いの情報を聞いた皆が心境を整理する時間が必要だろうというLの配慮からだった。


「お前、もう大丈夫なのか?」

巧がふと話しかけたのはイリヤ。
士郎のことで心に傷を負ったのではないかと気になっていたのだ。

その傍には彼女と同年代くらいの少女が付き添っている。

「うん、もう、大丈夫だから。お兄ちゃんのことは、乾さんが気にすることはないよ」

表情こそ優れてはいないものの、さっきのような絶望に包まれた表情はなくなっていた。
明るくこそないが、それでもその心の傷は少しずつ治っているのかもしれない。

「…士郎のこと、済まなかったな」

巧は彼の死に強い責任を感じていた。
守らなければならなかったはずの存在、なのにあの戦いで自分は何もできなかった。
せめてあの場で自分が戦えていれば、士郎は死なずにすんだかもしれない。

だから、もしその死でその妹である彼女が傷ついているのだとしたら、と。

「…、ううん、いいの。乾さんのせいじゃないよ。
 お兄ちゃんは、きっとお兄ちゃんがそうしたいからあそこで戦ったんだ、って思うから」

美遊が言った、守るべきものを守るために命をかけて戦った兄の話。
セイバーと戦ったあの衛宮士郎もきっと、そうであるはずだ、と信じていた。

そしてもしそうであるのならば、それは巧の責任ではない。

「凛さんが死んだっていうのが本当のことで、クロが守った人達がいて…、それでお兄ちゃんも……。
 だけど、それも受け入れないときっと前に進めないと思うから」
「イリヤ…」
「美遊のおかげだよ。ありがとう」

死を受け入れて前に進む。
士郎の守った妹は、それらを受け入れ戦う意志を持っていた。

では、自分はどうなのだろうか、と巧はふと思った。
かつて真理の死から逃げ、そしてここで啓太郎の死から逃げ、今また士郎の死からも逃げようとしていた。

「乾さん、真理さんのことですが…」
「そういや、お前真理に会ったんだってな。…何か言ってたか?」
「真理さんは『闇を切り裂き光をもたらす救世主』、ファイズの変身者だ、と。そう言っていました」
「……は?」

聞き覚えのない、妙に恥ずかしい感じの響きがあるそのフレーズ。
そんなことを本当に真理が言ったのか?と疑いたくなったが、真理なら言いそうな気もしてしまい、巧は少し頭を抱えたくなった。

いや、そんなことは今はいい。

「他になにか言っていたか?」
「いえ、何も。乾さんがオルフェノクだ、ということも言ってなかったです」
「そうか…」
「ただ、何となくですが、乾さんのことはとても信頼してるようにも感じました」
「………」

その言葉に口を噤む巧。
信頼。真理にそんなものを抱かれるほどの価値が、今の自分にあるのだろうか?

「真理さんを探しには行かないんですか?」
「…その前にちょっとだけ、やることがある。それが終わったら真理を探して合流するさ」

ファイズのこと、真理のこと、そして木場のこと。
それらも重要だが、今の自分にはそれらを解決することはできない、と感じるものがあった。

それは、この場で逃げた一つの問題。
先の情報交換で言った際には主に女性陣にはかなり白い目で見られていたような気がしていた。

巴マミ。
向き合うことを恐れ、逃げ、その結果彼女の仲間を一人死なせる事態を起こしてしまった罪。彼女とも、その罪とも向き合わなければいけないだろう。


と、その時だった。

「イリヤスフィール」

イリヤの名を呼びこちらへ向かう者が一人いた。
その顔を見て、イリヤは顔を強張らせる。

セイバー。
彼女はイリヤにとっては兄の仇とも成り得る存在。
イリヤ自身、彼女の存在は情報交換の中でも意識して無視しようとしていた。

皆それにうっすらと気付いていたが、イリヤの心中を考えれば止むを得ないことであり、美遊でさえも敢えて触れなかった。

しかし、ここでセイバーはイリヤへと話しかけた。もう無視することはできないだろう。
その手は強く握りしめられており、視線は強く、歯を食いしばっている。
湧き上がる激情を抑えているのが傍から見ても分かるほどだ。

「イリヤスフィール、シロウを殺した私が許せませんか?」
「………」

イリヤは答えない。
しかし、体が小さく震えている。溢れ出る思いを堪えられていない。
それは怒りだろうか?憎しみだろうか?
イリヤ本人にすらも分からない、しかし激しく心を揺さぶる感情。

「…一度だけ、あなたの言うことを何でも聞きましょう。
 もしここから去れ、というのならばもう二度とあなたの目の前には現れません。
 もし死ね、というのであれば、私はこの場で命を絶ちます」
「………」
「お、おい。お前――――」
「これはイリヤスフィールに対するけじめです。
 命じてください。一度だけ、どのような命令でも受け入れます」

もしイリヤが死ぬことを望むのであれば死ぬ。それも仕方のない話かもしれないと思っていた。
士郎の託した願い、そして自分自身の望み、生きる意味。
それらは士郎を殺されたイリヤには何の関係もない話なのだから。
彼女が苦しみ傷付いた最大の要因は自分にある。そしてそれに対する自責の念もあった。
だからこそ自分の身を彼女に委ねようと、セイバーはそう思ったのだ。

「だから、イリヤスフィール、私に命じてください」
「……――――――私は…」
「イリヤ…」

強く握りしめられ、少し血が滲み始めたその手を優しく握った美遊。
セイバーを睨みつけていたイリヤの視線が美遊の元に移る。

優しく握りしめられた手は温かく、自分を支えてくれていることを実感させていた。

「そう、だよね。私は一人じゃない、みんながいるんだよね」

自然とそれまで感じていた激情――怒りや悲しみを増幅させた強い想いは収まっていた。

「セイバーさん、私は、あなたがまだ許せないんだと思う。
 最初に私を襲ったこと、お兄ちゃんを殺したこと」
「……」
「だけど、お兄ちゃんがあなたを生かしたってこともきっと何か意味があるんだと思う。
 私には分からないけど、それもきっと意味があることなのかもしれない。
 それに、ここであなたに死ねって言ってもお兄ちゃんは帰ってこない。
 だから―――」

と、イリヤは深呼吸するように息を吸い込み、

「もう誰も死なせないで。みんなで生きて帰れるように、一緒に戦って。
 お兄ちゃんを殺したことを後悔するなら、死ぬよりも生きて償って。
 それが、私からの命令……ううん、お願い」

吐き出すようにセイバーにそう告げた。

死ぬことによる罪の清算。しかしそれが何も生まないことをイリヤはこの場でこれまで多くの者を失ったことではっきりと分かっていた。
ここでもし死を命じた場合、きっと自分は後悔することになるだろうと。
だからこそ、彼女の願いは生きて、皆を生かすことでその罪を償う、ということだった。

セイバーはそんなイリヤの眼差しを真っ直ぐに見据えた。
悲しみを湛えた瞳、しかしその奥には確かに強い意志を感じ取った。

小さく微笑み、セイバーはイリヤの手をとる。
まるで中世の騎士が姫に対して行う儀式のように、イリヤの前に跪いたセイバー、アルトリア・ペンドラゴン。

「分かりました。この身を、この殺し合いを打破する剣として振るうことを誓いましょう」

その言葉に、静かに微笑みかけたイリヤ。

わだかまりもあったし、複雑な感情も残っていた。
しかし、それらから逃げず、全てを受け入れて戦っていく。それがイリヤの、衛宮士郎に守られた者としての意志だった。


その様子を見ていた美遊は、静かにイリヤの元から離れ、部屋の入り口へと向かう。
イリヤはもう大丈夫だということを見届けた。だからいつまでもその傍にいる必要はない。
そんな美遊に追随するかのように、サファイアも静かにその場を去っていたが彼女はここにはいなかった。

「用事は終わりましたか?」
「はい」
「それでは、説明してください。あなたは、魔法少女について美樹さやかさんの知らない何かを知っていますね?」
「はい」
「可能な限り他言はしません。ですから聞かせてください。あなたの知っていることを、全て」

セイバーの申し出には巧とてヒヤヒヤしていた。
もしイリヤがセイバーに本当に死を命令するようなことがあったら、と。
その心配も杞憂に終わったことに巧は安心していた。


「はぁ」

心配で溜まっていた息を吐き出しながら巧は立ち上がり、イリヤの頭にポン、と手をおいた。

「む……」

一応巧としては彼女を慰めるとか褒めるとか、そういった意味合いでの行動だった。
これで少しは元気を取り戻してくれれば、と。

だが、そのイリヤは口を尖らせている。
反応は芳しくなかったようだ。

「乾さん、子供扱いしないでよ」
「お前まだ小学生だろ。ならガキじゃねえか」
「そうだけど、何か嫌なの」

どうやらこの年頃の子供はなかなか複雑らしい。
そういえば以前これぐらいの子供が啓太郎に色々言って困らせてたことがあったな、などと思い出していた。

「そういえばさ、乾さん」
「ん?」
「乾さん、私のこと呼ぶ時、お前とかって呼んでばっかりで名前で呼んだことないでしょ」
「…そうだったか?」

そのまま膨れるような顔をしたイリヤは巧を責めるようにそう言った。
巧自身は意識していたわけではないし、指摘されなければ気付かなかったかもしれない。
ただ、言われてみればそうだったような気がしてきていた。

「あー、えーっと……」
「イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。長いならイリヤでいいよ」
「はぁ…。――――イリヤ。これでいいんだろ?」

なぜ名前を呼ぶことを頼んだだけで溜め息を吐かれたのだろう、とジトッとした目を巧に向ける。
が、それも一瞬のことで、イリヤははっきりと笑みを浮かべて、

「うん、よろしい!」

そう返事をした。


さやかの顔色は冴えていなかった。
情報交換で明かされた事実。
夜神月、ゲーチスが自分に対して嘘をついて利用しようとしていたらしい、ということはさやかにとっては少なからぬショックだった。

特にゲーチス。彼はずっと自分に対して全幅の信頼をおいてくれているようで、自分自身彼のことは完全な善人として認識していた。
その彼が、シロナさん曰く実は悪人で自分を利用しようとしていた、ということ。それはさやかの人間を守らなければならない、という前提条件を覆しかねないほどのものだった。


(私、何やってたんだろ…?)


月さんやゲーチスさんにはいいように利用され、誤解のままに杏子を殺してマミさんを傷付け、シロナさん達をも傷付けていた。
まるで道化じゃないか。

――ズキン
悩みに苦しもうとするたびに傷付いた片目の傷が疼く。
まるで自分のやったことを責めているかのようにも感じていた。

「まどか……」

魔法少女に襲われたという親友。しかし彼女が傷つき苦しんでいる時も傍にいて手を握っていることしかできなかった。
あれだけ迷惑だけはしっかりとかけておいて友達の一人すらも救えない。こんな私なら、いない方がいいのではないだろうか――――

「さやかちゃん」

そんなさやかの隣にやってきたのはシロナ、そしてサファイア。
サファイアのことはよく知らなかったが、美遊の魔術礼装とかいうアイテムで早い話が魔法のステッキ、という認識だった。

「ごめんなさい。ゲーチスのことは、もっと早く教えられていればあなたが傷付くことはなかったのに」」
「いえ、いいんです。…私に人を見る目がなかったのが悪いんですから」
「それは違うと思うわ。あの男は人心掌握を得意として、組織のトップから少し引いた目立たない場所で多くの人間の心を操ることで組織を拡大してきた人間よ。
 あいつの本心に気付ける人なんて、そうはいないわ。実際その組織が活動していた地域にいる友人達も、彼が本性を現すまではその心根を見抜いた人はいなかったもの」

むしろトップを傀儡としてその後ろで全てを操る、というやり方をしてきたあの男はかなり悪辣だ。
予備知識もなくその本心に気付けるほど、さやかが人の心に敏感なようにも見えなかった。

「ねえ、さやかちゃんはどうしたい?」
「どう…って?」
「ゲーチスに利用されて、杏子ちゃんを殺して、でもガブリアスやクロちゃん達が命を張って守って、ミュウツーにも救われたその生命で、あなたはどうしたいと思う?」

ガブリアスやクロ、ミュウツーに救われた命。
そう、確かに最初に会った人物は最悪だったのかもしれない。嘘を吹きこまれ利用されたのかもしれない。

だがそれでも。
彼が自分を指して言った言葉の中には、自分自身の弱さを示す言葉がいくつもあったように思う。
戦いという命をかけた争いをしながらも他者の命を奪う覚悟まではないという矛盾。
自分の中にある、戦いの成果を誰かに認められたいと思う承認欲求。

それは正義の味方として戦う者が持っていてはならない短所だと。
そう思い知ったのは自分達を守るためにあの怪物に立ち向かっていったクロとガブリアスを見てよく分かった。

「ねえ、さやかちゃんはどうしてそんなに戦うの?」
「…私は、魔女や人を襲う怪物からみんなを守るために魔法少女になったんです」
「どうしてそうなりたいと思ったの?」
「それは、そうやってみんなのために戦うマミさんがかっこよかったから…、それに奇跡で願いを叶えてもらったのだから、それくらいはしないと釣り合わないし…」

なるほどね、とシロナは相槌を打つ。

「あなたは今、そのマミって子に憧れてるけど、そんな風になれない、どころか自分がそれとは反対のことばっかりしてる、だからこんな自分はいらない。
 そう思ってるでしょ?」
「………」

大方の部分は図星だった。
だが、いざ言葉で表されるとそれなりに精神にくるものだ。何しろ自分の欠点を言い当てられるわけなのだから。

「私ね、イッシュ地方ってところに旅行行くのに連れて行くポケモンを少し入れ替えたりしたんだけど。鳥ポケモンを別の子にしたり、特定のタイプの弱点を付けるような子だったり。
 でも実際戦ってみると入れ替える前と後だとやってくれることは違うのよね。同じ感覚でポケモンバトルをするとなかなか苦労しちゃうのよ」
「……?」
「確かにそのマミって子はかっこよく戦ってるのかもしれないし、正しいことをしてるのかもしれない。
 だけどね、それってあなたが同じことをやっても同じことにはならないんじゃないかしら?あなたとマミちゃんは違うんだから」
「…私とマミさんは、違う……」
「それに気付けて、あなたなりに戦えるのなら、あなたはもっと強くなれると思うわ。私が保証する」

自分なりの戦い。戦う理由。
そういえばこれまではずっとマミさんの背を追ってばかりだった。
マミさんのように見返りを求めない正しさを持った魔法少女になりたいと。そう思っていた。
だが、私とマミさんは違う、同じことをしてもその結果はまるで違うものになる。

『さやか様、一つよろしいですか』

と、そこで会話に入り込んだサファイア。

『クロ様に救われた、と言われておりましたが、もしやクロ様から魔力かそれに近いものを供給された、ということはありましたか?』
「ふぇっ!?」

言われた瞬間、さやかの顔が真っ赤に紅潮した。
その様子を見て何かを察したのかシロナも少し困ったように苦笑いを浮かべている。

サファイアとしてはその顔だけで答えは十分だったのだが。

『クロ様の体は魔力によって構成された、人間とは違う存在です。魔術を使えばそれだけ魔力を消費しますし、生きているだけでも魔力を必要とします。
 それが切れたらどうなるか、さやか様は分かりますか?』
「えっと…死んじゃう、とか…?」
『そうですね、そういう認識で構いません。
 そして、クロ様は奇跡に望んでまで生というものを求められた方です。
 そんなクロ様が、さやか様を止めるために魔力を使って戦い、生きる上で必要な魔力を分け与えた。それが何を意味するのかさやか様には分かりますか?』
「………」

そこまで言われて気付けないほど、さやかも鈍くはない。
つまり、クロはあそこで自分の命を削って私に生きろ、と言ったのだ。

『私にあなたの生き方をどうこう言うつもりはありません。ただ、その事実だけはしっかりとご留意していただきたいと、クロ様を知るものとしてのお願いです』
「うん、分かってる。分かってるよ…」

迷いはまだあったし、さやか自身も答えは出せていない。
ただ、何故だろうか。
目の傷の疼きはいつからか止まっていたような気がした。





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