「ふわ……ぁ~…、お姉ちゃん、おあひょう~」
「もう、みずき遅いわよ。早く顔洗ってきなさい」
ここは都内のマンションの一室…。ねぼけ眼を擦りながら、青髪の少女はふらふらしながら寝室を出てきた。
名を橘みずき。女性でありながらプロ野球選手を目指す高校生にして、聖タチバナ学園理事長の孫娘でもある。
厳しいながらも大変に恵まれた家庭環境で育ったみずきだったが、今夜は姉の聖名子の家にお泊りしていた。
「もう、みずき遅いわよ。早く顔洗ってきなさい」
ここは都内のマンションの一室…。ねぼけ眼を擦りながら、青髪の少女はふらふらしながら寝室を出てきた。
名を橘みずき。女性でありながらプロ野球選手を目指す高校生にして、聖タチバナ学園理事長の孫娘でもある。
厳しいながらも大変に恵まれた家庭環境で育ったみずきだったが、今夜は姉の聖名子の家にお泊りしていた。
優しくて、綺麗で、頭も良い、聖名子はみずき自慢のお姉ちゃんだった。
今は家庭の事情もあって実家を出て一人暮らしだが、みずきはちょくちょくここに来ている。
「さ~て、今朝のニュースは、と…」
「みずき、新聞読みながら朝食なんて、お行儀悪いわよ」
行儀悪いというよりまるっきりオヤジである。が、みずきは華麗にスルーし、新聞を開き……、
「………………お……おぼろ」 ぶぴっ。コーヒー噴いたwwwwwwwww
そして、虚ろな目で、頭をぐわんぐわん揺らしながら、全身を震わせて、テーブルに突っ伏した。
「ちょ、ちょっとみずき!? どうしたの!?」
慌てて駆け寄る聖名子は、コーヒーで黒色に染まった新聞の1面記事を目にする。
そこには……、
今は家庭の事情もあって実家を出て一人暮らしだが、みずきはちょくちょくここに来ている。
「さ~て、今朝のニュースは、と…」
「みずき、新聞読みながら朝食なんて、お行儀悪いわよ」
行儀悪いというよりまるっきりオヤジである。が、みずきは華麗にスルーし、新聞を開き……、
「………………お……おぼろ」 ぶぴっ。コーヒー噴いたwwwwwwwww
そして、虚ろな目で、頭をぐわんぐわん揺らしながら、全身を震わせて、テーブルに突っ伏した。
「ちょ、ちょっとみずき!? どうしたの!?」
慌てて駆け寄る聖名子は、コーヒーで黒色に染まった新聞の1面記事を目にする。
そこには……、
『早川あおい 引退。
キャットハンズ所属の早川あおい(28)が、今期限りで引退することを表明した。
球界初の女性プロ野球選手の電撃引退は……』
キャットハンズ所属の早川あおい(28)が、今期限りで引退することを表明した。
球界初の女性プロ野球選手の電撃引退は……』
「……この人って、以前みずきが言ってた……って、みずき! しっかりして」
『嘘…。嘘よ……。あおい先輩が、引退だなんて……』
みずきは廃人の様に真っ白になって脱力していた。口からは、魂が抜けていた…。
みずきは廃人の様に真っ白になって脱力していた。口からは、魂が抜けていた…。
『もしもあおいちゃんの彼氏が9主人公だったら』
「はいはい却下却下~」
「うわ~ん! 気合入れる前に却下された~」
「うわ~ん! 気合入れる前に却下された~」
原 「……みずきさん、機嫌悪そうやな」
宇津「いや、あれは機嫌が悪いというより……」
大京「落ち込んでいるように見えますね」
一緒のときが長かった生徒会3人だが、原因が分かってる以上、みずきにかける言葉はなかったわけで…。
宇津「いや、あれは機嫌が悪いというより……」
大京「落ち込んでいるように見えますね」
一緒のときが長かった生徒会3人だが、原因が分かってる以上、みずきにかける言葉はなかったわけで…。
「あ~、学食が喉を通らないわ。学校抜け出してパワ堂にでもいこうかな……」
「その必要はないぞみずき」
みずきの手元に、大好きなパワ堂プリンが置かれる。
「聖……」
「先輩達に落ち込んでいると聞いたから心配で来た」
「……そう、ありがと」
聖はみずきの隣に座り、天ぷら定食をもぐもぐし始める。
(プリンを目の前にしてもこの状態か……、やはりみずきにとって早川あおいは特別な存在なのだな…)
聖はふと、過去に散々みずきに語られた早川あおいのエピソードを邂逅する…。
「その必要はないぞみずき」
みずきの手元に、大好きなパワ堂プリンが置かれる。
「聖……」
「先輩達に落ち込んでいると聞いたから心配で来た」
「……そう、ありがと」
聖はみずきの隣に座り、天ぷら定食をもぐもぐし始める。
(プリンを目の前にしてもこの状態か……、やはりみずきにとって早川あおいは特別な存在なのだな…)
聖はふと、過去に散々みずきに語られた早川あおいのエピソードを邂逅する…。
共学になった恋々高校に発足した野球部が、設立僅か3年目にして甲子園制覇を成し遂げた奇跡のエピソード…。
しかしそこに至るまでにはあらゆる困難があった。
部員が足りずに公式戦に出場できなかったこと。
禁止されていた女性選手を使ったという理由で出場停止処分を喰らったこと。
選手達が必死に署名活動を展開し、遂にあおいの出場許可が降りたこと。そして甲子園優勝…。
しかしそこに至るまでにはあらゆる困難があった。
部員が足りずに公式戦に出場できなかったこと。
禁止されていた女性選手を使ったという理由で出場停止処分を喰らったこと。
選手達が必死に署名活動を展開し、遂にあおいの出場許可が降りたこと。そして甲子園優勝…。
みずきが擦り切れるぐらい見たという、ドキュメント番組を記録した古いビデオテープ。
以前、それを見せてもらう機会があった時のことはよく覚えている。
見飽きるほど見たはずなのに、みずきは食い入るように映像を見つめていた。その瞳は、眩いほど輝いていた。
以前、それを見せてもらう機会があった時のことはよく覚えている。
見飽きるほど見たはずなのに、みずきは食い入るように映像を見つめていた。その瞳は、眩いほど輝いていた。
聖には分かる。早川あおいの事を話している時のみずきはとても嬉しそうだった。
(みずきにとって、早川あおいは尊敬する人であり、憧れであり、夢であり、目標であったということだな…)
それならここまで落ち込むのも納得がいく。
「わたしは、プロに行ってあおい先輩と一緒にプレイするのが夢だったのに…どうしてこんな事に…」
(みずきにとって、早川あおいは尊敬する人であり、憧れであり、夢であり、目標であったということだな…)
それならここまで落ち込むのも納得がいく。
「わたしは、プロに行ってあおい先輩と一緒にプレイするのが夢だったのに…どうしてこんな事に…」
「そういや見たか今日のニュース、早川あおい引退だっておwwww」
「マジでマジで!? うわ~残念! 俺ファンだったのにな」
「くやしいのうwwwwwwくやしいのうwwwwww」
「つーかなんで引退したん?」
「おいおい、何言ってんだよ」
食堂にいた数人の何気ない世間話。しかし、次の男Aの一言が、みずきの感情にスイッチを入れた。
「女が一線を退く理由といったら、男絡みに決まってるだろう常識的に考えて」
「……(ぶち)!!!!!!!!」
「マジでマジで!? うわ~残念! 俺ファンだったのにな」
「くやしいのうwwwwwwくやしいのうwwwwww」
「つーかなんで引退したん?」
「おいおい、何言ってんだよ」
食堂にいた数人の何気ない世間話。しかし、次の男Aの一言が、みずきの感情にスイッチを入れた。
「女が一線を退く理由といったら、男絡みに決まってるだろう常識的に考えて」
「……(ぶち)!!!!!!!!」
『あおい先輩から野球を…そしてわたしから目標を奪った男がいる!』
確証はどこにもないが、そう思えば思うほどみずきの腹の奥底から黒い憎悪がマグマの如く湧き上がってくる…。
「……ど、どうしたんだ、みず…」
「許さん……許さんぞ! じわじわと嬲り殺しにしてくれるぅ!!!!」
(み、みずきが壊れた…!)
確証はどこにもないが、そう思えば思うほどみずきの腹の奥底から黒い憎悪がマグマの如く湧き上がってくる…。
「……ど、どうしたんだ、みず…」
「許さん……許さんぞ! じわじわと嬲り殺しにしてくれるぅ!!!!」
(み、みずきが壊れた…!)
「緊急生徒会会議を始めます!!」
三人「は、はいいいいいいいいっ!」
放課後待たずに呼ばれたいつものメンバーは、文字通り『鬼』の形相のみずきの前にただ震え上がるしかなかった。
(ガクガクブルブル……な、何事やこれは!?)
(ボクにきかれても困るよ!)
三人「は、はいいいいいいいいっ!」
放課後待たずに呼ばれたいつものメンバーは、文字通り『鬼』の形相のみずきの前にただ震え上がるしかなかった。
(ガクガクブルブル……な、何事やこれは!?)
(ボクにきかれても困るよ!)
「いい!? 我々聖タチバナ学園の威信と誇りにかけて!『早川あおい』の自宅の住所を調べ上げるのよ!!」
「ええっ……! ちょ、ちょっと、みずきさん……それはあんまり、というか犯罪…」
「いいから早くしろおおおオオおおおおっっっっっっ!!!!」
このとき、三人は直感した。断ったら、多分僕達は死ぬ。人生確実にオワル\(^o^)/
「「「………………やらせていただきます」」」
「よろしい!! そんじゃ、てきぱきやっちゃってよ!」
「ええっ……! ちょ、ちょっと、みずきさん……それはあんまり、というか犯罪…」
「いいから早くしろおおおオオおおおおっっっっっっ!!!!」
このとき、三人は直感した。断ったら、多分僕達は死ぬ。人生確実にオワル\(^o^)/
「「「………………やらせていただきます」」」
「よろしい!! そんじゃ、てきぱきやっちゃってよ!」
「ここがあおい先輩のハウスね!」
何処ぞのヤンデレ女みたいなことを言いながら、みずきは都内の某マンション前まで来ていた。
近くに徘徊していた週刊誌の記者を精神注入棒で撲殺したので、邪魔をする者はもはやこの近辺にはいない。ていうか、誰か止めろ。
「…………あ、あのー、ボクの部屋の前で何してるの?」
救世主は光臨した。みずきの暴走は、振り向いた先にいた、今一番会いたい『早川あおい』の登場によってようやく止まった。
「あおい……先輩!!」
みずきにとって、現役時代のあおいとサイン会で出会い、その時に将来プロ野球選手になると宣言した時以来の再会だった。
「あなたは、確か……橘、みずきさん…だったっけ?」
(…!!!覚えていて…くれた。あおい先輩が、わたしの名を覚えてくれていた!! 嬉しい…もう死んでもいいや…!)
と思ったが、みずきは口から天に昇ろうとする魂を飲み込み、肝心の真相を問い詰めるべくあおいに詰め寄る。
「あおい先輩、聞きましたよ…引退のニュース。どうしてですか…どうして……」
「え……う~ん、やっぱりそれか……。どうしようかなぁ、ちょっとここじゃ話し難いかな。橘さん、今ちょっと時間ある?」
何処ぞのヤンデレ女みたいなことを言いながら、みずきは都内の某マンション前まで来ていた。
近くに徘徊していた週刊誌の記者を精神注入棒で撲殺したので、邪魔をする者はもはやこの近辺にはいない。ていうか、誰か止めろ。
「…………あ、あのー、ボクの部屋の前で何してるの?」
救世主は光臨した。みずきの暴走は、振り向いた先にいた、今一番会いたい『早川あおい』の登場によってようやく止まった。
「あおい……先輩!!」
みずきにとって、現役時代のあおいとサイン会で出会い、その時に将来プロ野球選手になると宣言した時以来の再会だった。
「あなたは、確か……橘、みずきさん…だったっけ?」
(…!!!覚えていて…くれた。あおい先輩が、わたしの名を覚えてくれていた!! 嬉しい…もう死んでもいいや…!)
と思ったが、みずきは口から天に昇ろうとする魂を飲み込み、肝心の真相を問い詰めるべくあおいに詰め寄る。
「あおい先輩、聞きましたよ…引退のニュース。どうしてですか…どうして……」
「え……う~ん、やっぱりそれか……。どうしようかなぁ、ちょっとここじゃ話し難いかな。橘さん、今ちょっと時間ある?」
二人はそこから、お忍びらしく裏道ばかりを移動して数十分。あおいの所とは違うマンションの最上階まで来ていた。
「ここは、どこですか?」
「ボクの隠れ家……かな」
インターホンを鳴らし、待つこと数秒。鍵が開けられ、中から一人の男が現れた。見た目は長身の優男といった感じか。
「……お帰り。準備は出来てるから」
「うん。あのね、今日はお客さんいるけど…いいかな?」
「別に構わない。それじゃ、お連れさんも入って」
「は、はい……」
出会った瞬間血濡れの精神棒を振り下ろそうかと思っていたみずきだったが、幸か不幸か、機を逃してしまった…。
「ここは、どこですか?」
「ボクの隠れ家……かな」
インターホンを鳴らし、待つこと数秒。鍵が開けられ、中から一人の男が現れた。見た目は長身の優男といった感じか。
「……お帰り。準備は出来てるから」
「うん。あのね、今日はお客さんいるけど…いいかな?」
「別に構わない。それじゃ、お連れさんも入って」
「は、はい……」
出会った瞬間血濡れの精神棒を振り下ろそうかと思っていたみずきだったが、幸か不幸か、機を逃してしまった…。
「うめぇwwwwwwwwwwwwwww! ( 0M0)ムグムグ、コレモクッテイイカナ?」
テーブルいっぱいに並べられた食事をありがたくご馳走になったみずきは、一口食べた途端橘さん繋がりでダディ化した。
昼に何も食べてなかったことを差し引いても、目の前の料理はどれもこれも絶品だった。
「そ、そう? ボクの好みに合わせてくれているみたいだけど、気に入ったんならいっぱい食べてね」
(ヤハリソウイウコトカ!?( 0M0) こ、好みの味ってことは…………二人は滅茶苦茶ラブラブな関係なわけで……。
やっぱりあおい先輩とあの男は付き合ってるんだ……!)
思わずヤケ食いモードに入ろうとするみずきの前に追加の皿が置かれる。
「…食が進んでいるようで何よりだ。あおいも橘さんもいっぱい食べてくれ」
(くうう……この男があおい先輩をたぶらかして……って、あれ?
良く見たら、この人、何処かで見たような気が……どこだっけ? えーと……)
テーブルいっぱいに並べられた食事をありがたくご馳走になったみずきは、一口食べた途端橘さん繋がりでダディ化した。
昼に何も食べてなかったことを差し引いても、目の前の料理はどれもこれも絶品だった。
「そ、そう? ボクの好みに合わせてくれているみたいだけど、気に入ったんならいっぱい食べてね」
(ヤハリソウイウコトカ!?( 0M0) こ、好みの味ってことは…………二人は滅茶苦茶ラブラブな関係なわけで……。
やっぱりあおい先輩とあの男は付き合ってるんだ……!)
思わずヤケ食いモードに入ろうとするみずきの前に追加の皿が置かれる。
「…食が進んでいるようで何よりだ。あおいも橘さんもいっぱい食べてくれ」
(くうう……この男があおい先輩をたぶらかして……って、あれ?
良く見たら、この人、何処かで見たような気が……どこだっけ? えーと……)
ポク ポク ポク ポク ポク ポク チーン!
「あっ……あああああああっ! こ、小南仁!!」
「あっ……あああああああっ! こ、小南仁!!」
「え、た、橘…さん……」
「……フルネームで呼ばれるとは思わなんだ」
「……フルネームで呼ばれるとは思わなんだ」
小南仁。恋々高校野球部創設者にして、初代キャプテン。
追い詰められるほど集中力が増す、投手なのに逆境○な男。
武藤遊戯が「このカードを引けなければ俺は負ける!」という時に見せる鬼引きを想像すると分かりやすい。
決して、チート乙、と思ってはいけない。
追い詰められるほど集中力が増す、投手なのに逆境○な男。
武藤遊戯が「このカードを引けなければ俺は負ける!」という時に見せる鬼引きを想像すると分かりやすい。
決して、チート乙、と思ってはいけない。
10年前の夏……、謹慎が解けた史上初の女性選手を率いた恋々高校は、甲子園出場が決まると同時に一大旋風を巻き起こす。
メディアの視線がうるさい中、個々の選手が実力以上の結果を出し、次々と勝ち進んだあの夏……、
「監督として、保険医として、あなたに命令するわ。今日の試合、あなたを投げさせるわけにはいきません!」
臨時の恋々高校野球部監督になった加藤理香は、甲子園決勝を直前に控えた小南を呼び出し、はっきりと宣言した。
「あなたの肩は、もう限界をとうに超えてるわ。応急処置や緊急治療じゃごまかしきれないほどにね」
「…………」
「あなたの気持ちは分かるわ。早川さんの為、チームの為、支えてくれた全ての人々の想いに報いたいとするその気持ち…。
それを非難する気はないけど……これ以上は、その…ナンセンスよ!」
小南は答えない。しかし無視ではない。監督の苦言に、真正面から向き合おうとしている。
「幸い今ならまだ間に合うかもしれないわ。プロに行くという夢を全否定してまで、マウンドに拘る必要はないのよ」
「……プロ野球選手の夢なら、とうに諦めています」
「えっ!?」
「高校時代に肩を痛めた男が、プロに行って通用すると思いますか?」
「……!!」
「自分には、この夏しかありません。今日が…自分の最後のマウンドです。そう悟っているから、俺はここにいるんです」
「だけど……あなたの夢はどうなるの!? プロ野球選手になりたいと誓ったあの日を、簡単に捨てられるの!?」
「それは……大丈夫です」
「……」
「夢を託せる人が、現れましたから」
メディアの視線がうるさい中、個々の選手が実力以上の結果を出し、次々と勝ち進んだあの夏……、
「監督として、保険医として、あなたに命令するわ。今日の試合、あなたを投げさせるわけにはいきません!」
臨時の恋々高校野球部監督になった加藤理香は、甲子園決勝を直前に控えた小南を呼び出し、はっきりと宣言した。
「あなたの肩は、もう限界をとうに超えてるわ。応急処置や緊急治療じゃごまかしきれないほどにね」
「…………」
「あなたの気持ちは分かるわ。早川さんの為、チームの為、支えてくれた全ての人々の想いに報いたいとするその気持ち…。
それを非難する気はないけど……これ以上は、その…ナンセンスよ!」
小南は答えない。しかし無視ではない。監督の苦言に、真正面から向き合おうとしている。
「幸い今ならまだ間に合うかもしれないわ。プロに行くという夢を全否定してまで、マウンドに拘る必要はないのよ」
「……プロ野球選手の夢なら、とうに諦めています」
「えっ!?」
「高校時代に肩を痛めた男が、プロに行って通用すると思いますか?」
「……!!」
「自分には、この夏しかありません。今日が…自分の最後のマウンドです。そう悟っているから、俺はここにいるんです」
「だけど……あなたの夢はどうなるの!? プロ野球選手になりたいと誓ったあの日を、簡単に捨てられるの!?」
「それは……大丈夫です」
「……」
「夢を託せる人が、現れましたから」
試合はどちらも譲らないゼロ行進が続いた。小南の超集中は幾度となく発揮され、
何度得点圏にランナーを進められようと本塁だけは絶対踏ませなかった。そして向かえた9回表…。
小南の執念が、チームの想いが、天に届いたその時、白球はバックスクリーンを直撃した。1対0。
9回裏…恋々高校1点リードという局面、マウンドに上がった小南の第1球……、
何度得点圏にランナーを進められようと本塁だけは絶対踏ませなかった。そして向かえた9回表…。
小南の執念が、チームの想いが、天に届いたその時、白球はバックスクリーンを直撃した。1対0。
9回裏…恋々高校1点リードという局面、マウンドに上がった小南の第1球……、
甲子園決勝という大舞台に来ていた影山スカウトは、後にこう語っている。
『あの時、球場の空気が一瞬にして凍りついたね。小南君の肩が爆発し、腕がちぎれ飛ぶ錯覚が見えたんだ。
周りの人々が唖然としていたから、その錯覚を見たのは、私だけではないと確信したよ…』
『あの時、球場の空気が一瞬にして凍りついたね。小南君の肩が爆発し、腕がちぎれ飛ぶ錯覚が見えたんだ。
周りの人々が唖然としていたから、その錯覚を見たのは、私だけではないと確信したよ…』
マウンドに崩れ落ちる小南の姿を見て、球場は大混乱に陥った。
中断すること10数分、改めてマウンドに上がったのは、早川あおいだった…。
そこからツーベース、四球、内野安打でノーアウト満塁。球場の誰もが詰んだと確信した。
だが、小南の残した軌跡のストックは、たったひとつだけだが残っていたのだ。
中断すること10数分、改めてマウンドに上がったのは、早川あおいだった…。
そこからツーベース、四球、内野安打でノーアウト満塁。球場の誰もが詰んだと確信した。
だが、小南の残した軌跡のストックは、たったひとつだけだが残っていたのだ。
「どうして……どうしてこんなことしたのよ…!」
あおいがアンドロメダのクリーンアップを三連続三振で片付け、歓喜の校歌斉唱が行われる中、
皆に断ってあおいは小南の元へ来た。そして全ての事情を聞いたとき、彼女は小南の胸の中で泣いた…。
「ボクは、こんな……こんな形で、君の告白を受ける気なんて、なかった…のに……」
「…………心配するなよ。一晩布団被って寝れば、またいつもの日常が戻ってくるさ」
「馬鹿だよ、君は……馬鹿…ばか…ばかぁ……ぅぅっ……うぇ…う~…」
あおいがアンドロメダのクリーンアップを三連続三振で片付け、歓喜の校歌斉唱が行われる中、
皆に断ってあおいは小南の元へ来た。そして全ての事情を聞いたとき、彼女は小南の胸の中で泣いた…。
「ボクは、こんな……こんな形で、君の告白を受ける気なんて、なかった…のに……」
「…………心配するなよ。一晩布団被って寝れば、またいつもの日常が戻ってくるさ」
「馬鹿だよ、君は……馬鹿…ばか…ばかぁ……ぅぅっ……うぇ…う~…」
「そんな事が、あったんですか…?」
「うん。番組作る際にボクからの要望で、小南君の事は極力触れないでって言ったんだ」
「あれから、10年か……」
恋々の夏が終わった後、小南は舞台の影で死ぬほど苦しんだ。事実、その後の授業の殆どを休んでいる。
爆発した肩の爆弾は、骨と、筋肉と、神経をズタズタに引き裂き、一切の機能を奪っていった。
あまりの無惨な状態に、多くの医者がさじを投げた。一部の医者は切断を勧めた。
だが小南は、断固としてリハビリの道を選んだ。自分の頑張りが、プロに行くあおいの勇気に繋がると信じて…。
「それから、肩が動くようになるまで1年、指先が動くようになるまで1年、筋力や握力が戻るまで2年、
足掛け4年かかって、ようやくここまで回復したわけだ。どうも俺は奇跡と縁の深い宿命らしくてね……」
「そしたらね、小南君、板前になるって言い出したの。ボクにおいしいもの食べさせてあげたいって」
「……そりゃあな、あんな碁石みたいなクッキー食べさせられたら、嫌でも料理の道を目指したくなるというか…」
「むう…! 今は違うよ! 見てくれは悪いけど、普通においしいもの作れるよ!」
「うん。番組作る際にボクからの要望で、小南君の事は極力触れないでって言ったんだ」
「あれから、10年か……」
恋々の夏が終わった後、小南は舞台の影で死ぬほど苦しんだ。事実、その後の授業の殆どを休んでいる。
爆発した肩の爆弾は、骨と、筋肉と、神経をズタズタに引き裂き、一切の機能を奪っていった。
あまりの無惨な状態に、多くの医者がさじを投げた。一部の医者は切断を勧めた。
だが小南は、断固としてリハビリの道を選んだ。自分の頑張りが、プロに行くあおいの勇気に繋がると信じて…。
「それから、肩が動くようになるまで1年、指先が動くようになるまで1年、筋力や握力が戻るまで2年、
足掛け4年かかって、ようやくここまで回復したわけだ。どうも俺は奇跡と縁の深い宿命らしくてね……」
「そしたらね、小南君、板前になるって言い出したの。ボクにおいしいもの食べさせてあげたいって」
「……そりゃあな、あんな碁石みたいなクッキー食べさせられたら、嫌でも料理の道を目指したくなるというか…」
「むう…! 今は違うよ! 見てくれは悪いけど、普通においしいもの作れるよ!」
(この二人って、10年間も付き合い続けてたんだ…)
みずきは他愛無い口喧嘩をする二人を交互に見ながら、ふとそんな事を思った。
ブラウン管からの映像では決して見られない、あおいの生の素顔が、視線の先にあった。
(なんか、妬けちゃうな。わたしじゃ敵わないな…)
完全に納得したわけじゃない。でもこの二人を力で引き離す気は、みずきにはもうなかった。
みずきは他愛無い口喧嘩をする二人を交互に見ながら、ふとそんな事を思った。
ブラウン管からの映像では決して見られない、あおいの生の素顔が、視線の先にあった。
(なんか、妬けちゃうな。わたしじゃ敵わないな…)
完全に納得したわけじゃない。でもこの二人を力で引き離す気は、みずきにはもうなかった。
「じゃあ……あおい先輩が引退する理由って、小南さんと一緒になるためなんですね……」
「え……。それは、ちょっとだけ違うかな……」
「……?」
あおいは語った。アンダースローという過酷なフォームで長年投げ続けた代償が、今になって訪れた、と。
いかに体を鍛えようと、男性との筋力の絶対的な差は如何ともし難く、その疲労は確実に溜まっていった。
それでも入念なケアがあれば大丈夫だと信じていたのだが……その酷使のツケは筋肉ではなく、骨にきた。疲労骨折である。
「え……。それは、ちょっとだけ違うかな……」
「……?」
あおいは語った。アンダースローという過酷なフォームで長年投げ続けた代償が、今になって訪れた、と。
いかに体を鍛えようと、男性との筋力の絶対的な差は如何ともし難く、その疲労は確実に溜まっていった。
それでも入念なケアがあれば大丈夫だと信じていたのだが……その酷使のツケは筋肉ではなく、骨にきた。疲労骨折である。
「最初は、些細な事だったんだ。何となく重心がズレた、力が入りにくくなった、おかしいなと思って診てみたらこの様だったの」
でも、ボクは諦めたくなかった。知ってる? 今、日本中でプロを目指す女性野球選手が増え始めているんだよ。
その子達がプロに辿り着けるまで、ボクは見守りたい。だから、這い蹲ってでも続けていきたかった……けど……、
でも、ボクは諦めたくなかった。知ってる? 今、日本中でプロを目指す女性野球選手が増え始めているんだよ。
その子達がプロに辿り着けるまで、ボクは見守りたい。だから、這い蹲ってでも続けていきたかった……けど……、
だけど……体が言うことを利かなくなってきて、ふと小南君のことを思い出したんだ」
自分のため、夢も体もぶち壊して自分を支える存在になった愛しの人…。
あおいは以前から、いつか…彼を支える側になりたい、そう思っていた。
「だから、これは終わりじゃない、ゴールじゃない、ボクがしたかったことの一つを叶えるための始まりなんだ…。
そう思った時、ボクは凄く気が楽になったんだ。きっとこれがボクの本心なんだ、って。だから引退を決意したの」
あおいはそう言いながら微笑み……と思いきや、即座に表情を曇らせる。
あおいは以前から、いつか…彼を支える側になりたい、そう思っていた。
「だから、これは終わりじゃない、ゴールじゃない、ボクがしたかったことの一つを叶えるための始まりなんだ…。
そう思った時、ボクは凄く気が楽になったんだ。きっとこれがボクの本心なんだ、って。だから引退を決意したの」
あおいはそう言いながら微笑み……と思いきや、即座に表情を曇らせる。
「ごめんね、橘さん…。ボクは、結局最後は普通の女の子に戻る道を選んじゃったんだ…。ごめんね、駄目な先輩で…」
「そんなこと…ありません!!」
みずきは下を向こうとするあおいに対し、あえて強い声でそれを否定した。
「あおい先輩…、やっぱりあなたはわたしが一番尊敬する人に相応しい人でした。だから、わたしはあなたを責めません。
あと、わたしのことはみずきでいいです」
「……ありがと、たち…み、みずき。そう言ってくれると、ボクも少しは気が楽……かな」
「だから、二人とも幸せになってください。式には呼んでくださいね」
「……いや、俺はあおいと結婚する気はないぞ」
「えっ……!?」
意外な言葉だった。あおいが了承し、みずきが納得し、さあこれから……という空気を、小南は自ら一蹴した。
「そんな…! どうして…」
「そんなこと…ありません!!」
みずきは下を向こうとするあおいに対し、あえて強い声でそれを否定した。
「あおい先輩…、やっぱりあなたはわたしが一番尊敬する人に相応しい人でした。だから、わたしはあなたを責めません。
あと、わたしのことはみずきでいいです」
「……ありがと、たち…み、みずき。そう言ってくれると、ボクも少しは気が楽……かな」
「だから、二人とも幸せになってください。式には呼んでくださいね」
「……いや、俺はあおいと結婚する気はないぞ」
「えっ……!?」
意外な言葉だった。あおいが了承し、みずきが納得し、さあこれから……という空気を、小南は自ら一蹴した。
「そんな…! どうして…」
「あおいがプロの世界で多大な地位と信頼を築けた要因の一つに、男の影がなかったことが挙げられる…。
なのに……ここで俺がしゃしゃり出てきたら、あおいの名に傷がつく。それだけは、避けなければならない…」
「ボクは気にしないって何度も言ったけど、小南君頑固でね…、それは駄目だって、絶対駄目だって…」
「あおいが俺を支えてあげる、そう言ってくれただけで満足なんだ…。一緒になるのは、ほとぼりが冷めてからでも遅くはない…」
なのに……ここで俺がしゃしゃり出てきたら、あおいの名に傷がつく。それだけは、避けなければならない…」
「ボクは気にしないって何度も言ったけど、小南君頑固でね…、それは駄目だって、絶対駄目だって…」
「あおいが俺を支えてあげる、そう言ってくれただけで満足なんだ…。一緒になるのは、ほとぼりが冷めてからでも遅くはない…」
「そんなの……そんなの、おかしいです!!」
みずきはテーブルに拳を叩き付け、二人を叱咤する。
「こんなに想いが通じ合ってるのに……愛し合ってるのに…どうして一緒になろうとしないんですか!?」
「み、みずき……」
「マスコミが何ですか!? 周りからどう言われたって、耳塞いで顔上げて、一緒になりましたって発表しちゃえばいいでしょう!」
「…………」
「一緒になるべきなん……です……ふ、二人には、その資格があります…!」
みずきは、泣いていた。感極まって、泣いていた。
もはやみずきの心に、嫉妬や憎悪はない。ただ二人を想い、陳腐な言葉でもいいから応援する立場になりたい。それだけが彼女を突き動かす。
「……!!」
みずきは立ち上がり、引き返そうとして、泣き顔のまま振り向いた。
「小南さん……」
「……」
「わたしの、たった一つのお願いです……。あおい先輩を、幸せにしてあげてくだ…さ…い」
そう言い残して、みずきは泣き顔を腕で拭いながらその場を去っていった。
みずきはテーブルに拳を叩き付け、二人を叱咤する。
「こんなに想いが通じ合ってるのに……愛し合ってるのに…どうして一緒になろうとしないんですか!?」
「み、みずき……」
「マスコミが何ですか!? 周りからどう言われたって、耳塞いで顔上げて、一緒になりましたって発表しちゃえばいいでしょう!」
「…………」
「一緒になるべきなん……です……ふ、二人には、その資格があります…!」
みずきは、泣いていた。感極まって、泣いていた。
もはやみずきの心に、嫉妬や憎悪はない。ただ二人を想い、陳腐な言葉でもいいから応援する立場になりたい。それだけが彼女を突き動かす。
「……!!」
みずきは立ち上がり、引き返そうとして、泣き顔のまま振り向いた。
「小南さん……」
「……」
「わたしの、たった一つのお願いです……。あおい先輩を、幸せにしてあげてくだ…さ…い」
そう言い残して、みずきは泣き顔を腕で拭いながらその場を去っていった。
「……みずき、行っちゃったね」
「彼女泣かした原因……俺だよなぁ…。あ~、俺って最低の人間だ。今に始まったことじゃないけど…」
「もう、そんなすぐ自己卑下しないの。
本当に……変わらないよね。いつだって君は、自分を見下して、皮肉って、なのに凄く優しくて…」
「俺は……、優しいだけが取り得の男になるしかなかったからな…」
「長かったよね。君とこうした関係を続けて10年……でもね、ボクは時が止まっていたなんて思ってないよ。
……君が支えてくれなかったら、ボクはこの関係がもっと前に崩れていたと思う……」
「彼女泣かした原因……俺だよなぁ…。あ~、俺って最低の人間だ。今に始まったことじゃないけど…」
「もう、そんなすぐ自己卑下しないの。
本当に……変わらないよね。いつだって君は、自分を見下して、皮肉って、なのに凄く優しくて…」
「俺は……、優しいだけが取り得の男になるしかなかったからな…」
「長かったよね。君とこうした関係を続けて10年……でもね、ボクは時が止まっていたなんて思ってないよ。
……君が支えてくれなかったら、ボクはこの関係がもっと前に崩れていたと思う……」
普通の女の子でなくなり、プロ野球選手になった日…。
以来、あおいは女である事が一切言い訳にならない世界でしのぎを削る道を歩んだ。
道は自分で作るしかなく、道が続く保障もない、茨の道を傷つきながら手探りで掻き分けていくような日々…。
辛く、苦しく、心が闇に支配されそうになった時…、小南はいつだって『影』となり、
誰の目に触れることなくあおいの背中を時には優しく支え、時には力強く押し、彼女を勇気付けた。
以来、あおいは女である事が一切言い訳にならない世界でしのぎを削る道を歩んだ。
道は自分で作るしかなく、道が続く保障もない、茨の道を傷つきながら手探りで掻き分けていくような日々…。
辛く、苦しく、心が闇に支配されそうになった時…、小南はいつだって『影』となり、
誰の目に触れることなくあおいの背中を時には優しく支え、時には力強く押し、彼女を勇気付けた。
それでも小南の心から疑念は消えなかった。本当にこれでよかったのか…という想いが。
あおいばかりが負担となる道に送り出してしまった事を、小南はずっと悔やんでいた。
自分は『馬鹿』であり、『軟弱者』であり、『罪人』である、と。
未だ痛みが引かない壊れた右腕を引き摺りながら、呪いの言葉を飲み込んでリハビリに耐えた数年間。
あおいがプロ野球選手としての地位を確立させた時でも、小南は己の立場を弁え続けた。
あおいばかりが負担となる道に送り出してしまった事を、小南はずっと悔やんでいた。
自分は『馬鹿』であり、『軟弱者』であり、『罪人』である、と。
未だ痛みが引かない壊れた右腕を引き摺りながら、呪いの言葉を飲み込んでリハビリに耐えた数年間。
あおいがプロ野球選手としての地位を確立させた時でも、小南は己の立場を弁え続けた。
「静かだね……時計の音と、君の心音だけが聞こえてくるよ。とくん…とくん…って」
「…………」
頬を胸に摺り寄せ、子猫のように甘えてくるあおいをそっと抱き寄せながら、小南は天を仰ぐ。
(どうした…もんかな……ヘタレのまま生きるのも俺らしいかもしれないが…)
しかし、先程のみずきの悲痛な叫びが、小南の心を揺さぶる。
『こんなに想いが通じ合ってるのに……愛し合ってるのに…どうして一緒になろうとしないんですか!?』
「…………」
頬を胸に摺り寄せ、子猫のように甘えてくるあおいをそっと抱き寄せながら、小南は天を仰ぐ。
(どうした…もんかな……ヘタレのまま生きるのも俺らしいかもしれないが…)
しかし、先程のみずきの悲痛な叫びが、小南の心を揺さぶる。
『こんなに想いが通じ合ってるのに……愛し合ってるのに…どうして一緒になろうとしないんですか!?』
「……迷ってるの?」
「え……!」
「本当は、ボクと一緒になりたいんじゃないの…?」
「……。あおい……」
「聞かせて欲しいな。君の、本心…」
「え……!」
「本当は、ボクと一緒になりたいんじゃないの…?」
「……。あおい……」
「聞かせて欲しいな。君の、本心…」
もし、この言葉を語ったら、もう引き返すことは出来ない。
臆病者と自覚した男が、自ら線を引いていた境界線を越えるには、多大な『勇気』が必要となる。
臆病者と自覚した男が、自ら線を引いていた境界線を越えるには、多大な『勇気』が必要となる。
自問すること数回、自答すること一回。遂に、小南は折れた。もう押し殺すことはできない、そう悟った。
「俺は……」
小南は腹の奥底に秘めていた言葉を、搾り出すように語り始めた。それは決して語るまいと自重してきた胸の内。
「俺は……あおいがプロ野球選手として大成して、支えがいらなくなったら、『影』を辞め、
あおいの側を離れるつもりでいた……」
「やっぱりね…。なんとなく、君がそう考えていたんじゃないか、って薄々気付いてたよ」
「だが、何と言うかな…あおいの存在は、俺の中で大きくなり過ぎていたんだよな。
早川あおいの存在なくして、俺の半生は成立しなかった。だから、情けないが…離れられなくなった…」
「それはボクにとって好都合、かな? 君が自重してくれたから、ボクはずっと支えてもらえたんだし」
「あおい…、俺は、支えてあげるって言われた時、嬉しかったけど…何をいまさら、とも思ったんだぜ。
いつだって、俺はあおいに支えてもらってたんだから。ずっと…前から……」
「それは、ボクも同じだよ。お互いに信頼して、愛し合っていたからこそ、ボク達はここまでこれたんだ…。
あのさ…、ボク思ったんだけど、ボク達ってとうに結婚してるようなものだったんじゃない? 籍入れてないだけで」
「……その発想はなかった、な」
「でも、ボクは……君の口から聞きたいな。君の決断と、勇気と、本当の想いもぜんぶ」
「…………」
小南は腹の奥底に秘めていた言葉を、搾り出すように語り始めた。それは決して語るまいと自重してきた胸の内。
「俺は……あおいがプロ野球選手として大成して、支えがいらなくなったら、『影』を辞め、
あおいの側を離れるつもりでいた……」
「やっぱりね…。なんとなく、君がそう考えていたんじゃないか、って薄々気付いてたよ」
「だが、何と言うかな…あおいの存在は、俺の中で大きくなり過ぎていたんだよな。
早川あおいの存在なくして、俺の半生は成立しなかった。だから、情けないが…離れられなくなった…」
「それはボクにとって好都合、かな? 君が自重してくれたから、ボクはずっと支えてもらえたんだし」
「あおい…、俺は、支えてあげるって言われた時、嬉しかったけど…何をいまさら、とも思ったんだぜ。
いつだって、俺はあおいに支えてもらってたんだから。ずっと…前から……」
「それは、ボクも同じだよ。お互いに信頼して、愛し合っていたからこそ、ボク達はここまでこれたんだ…。
あのさ…、ボク思ったんだけど、ボク達ってとうに結婚してるようなものだったんじゃない? 籍入れてないだけで」
「……その発想はなかった、な」
「でも、ボクは……君の口から聞きたいな。君の決断と、勇気と、本当の想いもぜんぶ」
「…………」
「……あおい……」
「……はい」
「俺と…………結婚…してほしい…!」
「…………。うん!!」
「……はい」
「俺と…………結婚…してほしい…!」
「…………。うん!!」
そして、あおいと小南の結婚式当日……、
「あおい先輩、凄く……綺麗です……」
「ありがと、みずき。やっぱりウェディングドレスは女の子の憧れだもんね」
「……わたしも、いつかそれを着れる日が来るのかな?」
「来るよ。絶対…。その時は、ボクが仲人してあげるね」
「ありがと、みずき。やっぱりウェディングドレスは女の子の憧れだもんね」
「……わたしも、いつかそれを着れる日が来るのかな?」
「来るよ。絶対…。その時は、ボクが仲人してあげるね」
「でかした!!」
「えっ……」
「みずきさん、あなたのおかげよ。あなたが焚き付けてくれなかったら一生二人ともこんな調子だった筈だし」
「ちょ、ちょっとはるか。幾らなんでもそこまで……」
「えっ……」
「みずきさん、あなたのおかげよ。あなたが焚き付けてくれなかったら一生二人ともこんな調子だった筈だし」
「ちょ、ちょっとはるか。幾らなんでもそこまで……」
「お前たちも来てくれたのか…」
「小南先輩~、俺っち感動してます~!」
「良かったっス…本当に良かったっス…!]
「小南先輩~、俺っち感動してます~!」
「良かったっス…本当に良かったっス…!]
「うう…………小南様、わたくしは一生貴方を慕いながら生き続けます…枕を濡らさぬ日はないでしょう…」
「あんたこんなところで何やってんの? ほら、早く行くよ」
「あ、やめてください幸子さん…! わたくしにあの二人を祝福する資格は……あ~れ~」
「あんたこんなところで何やってんの? ほら、早く行くよ」
「あ、やめてください幸子さん…! わたくしにあの二人を祝福する資格は……あ~れ~」
結婚式は多くの友人と関係者で行われ、そこにいた全員が二人を祝福した。
インターネットを始め、一部では二人を非難する声や粘着質な信者の暴言もあるにはあったが、すぐに沈静化した。
みずきの裏工作もあったが、それ以上にあおいが小南の事を洗いざらい喋ったのが大きかったようだ。
インターネットを始め、一部では二人を非難する声や粘着質な信者の暴言もあるにはあったが、すぐに沈静化した。
みずきの裏工作もあったが、それ以上にあおいが小南の事を洗いざらい喋ったのが大きかったようだ。
そしてその年の秋。橘みずきはキャットハンズから指名を受け、念願のプロ入りを果たす。
暖冬で雪解けも早い2月の春季キャンプ直前、みずきはキャットハンズの球場前に来ていた。
「今日から、わたしのプロ野球選手としての人生が始まるんだ……」
緊張で胸が高鳴る。足が震える。そのドキドキと武者震いを、みずきは伸ばした髪を触りながら抑える。
この髪は尊敬する先輩から受け取ったお守り…。現役時代のあおいと同じ、短めの三つ編み…。
「今日から、わたしのプロ野球選手としての人生が始まるんだ……」
緊張で胸が高鳴る。足が震える。そのドキドキと武者震いを、みずきは伸ばした髪を触りながら抑える。
この髪は尊敬する先輩から受け取ったお守り…。現役時代のあおいと同じ、短めの三つ編み…。
「見ていてくださいね、あおい先輩。わたしはわたしなりのやり方であなたが作った道を辿ります。
そしていつの日か……その道の先へ進みます。それまで頼りないわたしを、この髪と一緒に見守ってくださいね」
ぱちん、と両手で頬を叩き、気合を入れる。その眼は、みずきの人生の中でもっとも輝いていた。
「よーし、やるぞー!」
そしていつの日か……その道の先へ進みます。それまで頼りないわたしを、この髪と一緒に見守ってくださいね」
ぱちん、と両手で頬を叩き、気合を入れる。その眼は、みずきの人生の中でもっとも輝いていた。
「よーし、やるぞー!」
橘みずき。女性プロ野球選手第2号の挑戦が始まる。
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