幼いころから自分には野球しかなかった。
年頃の女らしさなんて放棄したはずだった。
人並みの青春なんて捨てたはずだった。
なのに。
何故自分はこんなことをしているのだろう。
年頃の女らしさなんて放棄したはずだった。
人並みの青春なんて捨てたはずだった。
なのに。
何故自分はこんなことをしているのだろう。
あおいは目の前に置かれたボウルの中身をかき混ぜながら、ため息をつく。
二月十四日、聖・バレンタインデーが近い。
それと同時に、その時期は春季キャンプの真っ只中である。
いつもの自分ならばそんなもの、所詮くだらない行事と一笑に付したはずなのに。
去年入団した小波という男。
自分の所属する球団『千葉ロッテマリーンズ』にて正捕手を務めている彼。
あの男と出会ってから、自分の心が揺れ動いている。
二月十四日、聖・バレンタインデーが近い。
それと同時に、その時期は春季キャンプの真っ只中である。
いつもの自分ならばそんなもの、所詮くだらない行事と一笑に付したはずなのに。
去年入団した小波という男。
自分の所属する球団『千葉ロッテマリーンズ』にて正捕手を務めている彼。
あの男と出会ってから、自分の心が揺れ動いている。
「——あおいちゃん」
復讐のために全てを捨てたと思ったのに。
「——君は、客寄せパンダになるためにプロになったのかい?」
女の部分なんて捨て去ったはずなのに。
「——うん。いい球だよ。切れが良くて、よく変化する」
野球だけと信じていたのに。
「——だけど、軽いね」
そのはずなのに・・・。
「——球が、じゃないよ。君の、想いがさ」
小波の放った言葉がぐるぐると自分の頭を駆け巡る。
確かに彼と出会って自分は変わってしまった。
得意球としていたシンカーも、今では見る影もない。
小波に心を奪われて以来、あおいは空っぽだった。
消えていく。
自分の中で硬く決めていたものが、とても大切にしていたものがすべて。
ふわりふわりとゆっくり抜けていく感覚が、自分でもわかった。
恋にうつつを抜かしているひまなど、自分にはない。
そんなことわかっている。
わかっているはずなのに……。
あおいは再び目の前に置かれたボウルに目を落とした。
隣には生クリームが無造作に置かれている。
その生クリームの入れ物を右手で掴むと、あおいは——。
確かに彼と出会って自分は変わってしまった。
得意球としていたシンカーも、今では見る影もない。
小波に心を奪われて以来、あおいは空っぽだった。
消えていく。
自分の中で硬く決めていたものが、とても大切にしていたものがすべて。
ふわりふわりとゆっくり抜けていく感覚が、自分でもわかった。
恋にうつつを抜かしているひまなど、自分にはない。
そんなことわかっている。
わかっているはずなのに……。
あおいは再び目の前に置かれたボウルに目を落とした。
隣には生クリームが無造作に置かれている。
その生クリームの入れ物を右手で掴むと、あおいは——。
「小波君! 今日はバレンタインデーでやんす!」
「そ、そうだった!!」
小波と矢部明雄のそんな会話が耳に入ってきた。
もしかして、と思ったその直後、案の定小波は自分の方へと凄まじい速度で走り寄ってきた。
「あおいちゃん!」
「なに?」
動揺する心をなんとか抑えながら、あおいが言った。
「今日はバレンタインデーだよ。僕にチョコレートをくれないかなあ?」
あおいがす、と目線を自分のバッグに落とした、そのとき。
「そ、そうだった!!」
小波と矢部明雄のそんな会話が耳に入ってきた。
もしかして、と思ったその直後、案の定小波は自分の方へと凄まじい速度で走り寄ってきた。
「あおいちゃん!」
「なに?」
動揺する心をなんとか抑えながら、あおいが言った。
「今日はバレンタインデーだよ。僕にチョコレートをくれないかなあ?」
あおいがす、と目線を自分のバッグに落とした、そのとき。
「軽いね」
「球が、じゃない。君の、想いがさ」
「ゴメンね」
えっ? という表情で見返す小波を、あおいは精一杯の笑顔で迎えた。
「ボク、そういうの作らないんだ」
えっ? という表情で見返す小波を、あおいは精一杯の笑顔で迎えた。
「ボク、そういうの作らないんだ」
それだけ言うとあおいは振り返り、ブルペンへと戻っていった。
呆然とする小波を振り返ることもなく、清々しいほど凛とした姿勢で。
呆然とする小波を振り返ることもなく、清々しいほど凛とした姿勢で。
昨夜に味見をしたチョコレートが苦かったのは、砂糖が足りなかっただけだった。