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講堂に集められた生徒の波の中で小波は、アヒルの群れに混じった白鳥の雛の心地を知
った。
った。
世代の平均より顔半分高い彼の身長は、同性の中にあってもそれなりに目立つが、周り
を女生徒に囲まれると闇夜の月である。壇上で長話を続ける学長は、ちょうどいい目印と
ばかりにこちらを見ている気がするし、壁際に立つ教師たちから丸見えなので、迂闊に欠
伸もできない。周囲の生徒からも好奇心に満ちた視線を感じる。
を女生徒に囲まれると闇夜の月である。壇上で長話を続ける学長は、ちょうどいい目印と
ばかりにこちらを見ている気がするし、壁際に立つ教師たちから丸見えなので、迂闊に欠
伸もできない。周囲の生徒からも好奇心に満ちた視線を感じる。
もっとも、そんなものを気にするような神経でグラウンド、それもその一番高いところ
に立てる筈も無い。全方位から突き刺さる視線をさらりと無視し、いかにも真剣に話を聞
いている風を装いながら、小波は隙なく周囲に眼を這わせた。
に立てる筈も無い。全方位から突き刺さる視線をさらりと無視し、いかにも真剣に話を聞
いている風を装いながら、小波は隙なく周囲に眼を這わせた。
圧倒的多数を占める女生徒の中に、染みのように点々と男子の姿が見える。みんな自分
と同じような気分を味わっているのだろうかと思うと、話した事さえなくとも親近感は湧
いた。どこのクラスかを確かめて記憶にとどめる。後で部活に誘う為だ。向こうも自分同
様に、こちらに対して共感を覚えるようなら勧誘も楽になろう。そう考えればこの肩身狭
さも捨てたものではない。
と同じような気分を味わっているのだろうかと思うと、話した事さえなくとも親近感は湧
いた。どこのクラスかを確かめて記憶にとどめる。後で部活に誘う為だ。向こうも自分同
様に、こちらに対して共感を覚えるようなら勧誘も楽になろう。そう考えればこの肩身狭
さも捨てたものではない。
──と、
「最後になりましたが、皆さんご入学おめでとうございます」
ペコリと頭を下げる学長の、まだ話足りなそうな顔に向かって叩きつけるような拍手が
起こった。わざとらしくならない程度のタイミングでそれに便乗し、ぱちぱちと二度三度
手を叩く。
起こった。わざとらしくならない程度のタイミングでそれに便乗し、ぱちぱちと二度三度
手を叩く。
「やっと終わったでヤンスね」
隣に並んでいた矢部がうっへりと呟いた。
「長話が好きなのは校長、学長になる最低条件か何かなんでヤンスかね?」
思いの他皮肉った物言いに、小波は笑う。
「きっと選考試験の問題にあるんだよ。『入学おめでとう』という言葉を三千字以上に拡
張して述べよ、とかね」
張して述べよ、とかね」
「そんなのオイラでも出来そうでヤンス」
「五分間ていう時間制限付きなのさ。合格する連中の時計は、長針が一つ動くのに二分か
かるようにできてるんだ」
かるようにできてるんだ」
スケジュールに狂いが生じた所為か、巻きに巻いた進行を繰り広げる生徒会を哀れみな
がら小波は言った。ちょうど校歌の段に入ったところで、時計と見比べてみれば張り出さ
れたプログラムからはまだ3分以上遅れている。心なしか伴奏のピアノさえもが急いて聞
こえた。二人の場違いなやり取りがツボに入ったのか、くすくすと周りから漏れる忍び笑
いもあって、歌詞も旋律もさっぱり耳につかない。なんとなく、歌い辛そうな曲だなとい
うのが正直な感想だ。
がら小波は言った。ちょうど校歌の段に入ったところで、時計と見比べてみれば張り出さ
れたプログラムからはまだ3分以上遅れている。心なしか伴奏のピアノさえもが急いて聞
こえた。二人の場違いなやり取りがツボに入ったのか、くすくすと周りから漏れる忍び笑
いもあって、歌詞も旋律もさっぱり耳につかない。なんとなく、歌い辛そうな曲だなとい
うのが正直な感想だ。
「はやいとこ、覚えなきゃな」
別段、愛校心とかそう言った類の心根を持ち合わせての言葉ではない。
高校野球は、試合に勝てばその度に歌う機会が訪れる。何度だって歌うつもりだ。それ
を毎回毎回口ぱくで凌ぐ訳にもいくまいというだけの話だ。部活を作る前から考えること
ではないかもしれないが、小波は掛け値なしの本気であった。
を毎回毎回口ぱくで凌ぐ訳にもいくまいというだけの話だ。部活を作る前から考えること
ではないかもしれないが、小波は掛け値なしの本気であった。
もっともその為には、校歌の練習以上に野球のそれに身を入れなければならない。
「──そうだ。忘れてた」
「な、何でヤンスか?」
結局駆け足のままに終わった入学式から、教室への帰り道。大きな声を出す小波に、矢
部はかすかに眉をひそめた。
部はかすかに眉をひそめた。
「ああ、いや。入る部活もう決めたか聞こうと思って」
「ぶ、部活でヤンスか……」
ギクッと大げさなほどに仰け反って、つつーっと視線を脇へ走らせる。あからさま過ぎ
る反応に、触れてはいけない話題だったかと内心舌打ちしながらも、話を振ってしまった
からには後戻ることも出来ない。敢えて小波はそのまま踏み込むことにした。
る反応に、触れてはいけない話題だったかと内心舌打ちしながらも、話を振ってしまった
からには後戻ることも出来ない。敢えて小波はそのまま踏み込むことにした。
「うん、もうどこか入るところ決めた?」
「決めていた、というべきでヤンスか。決まっていない、というべきでヤンスか……」
「どっちなのさ」
思わず半眼になる。それが怖かったのか、或いは単に語りたかっただけなのか、矢部は
眼鏡をくいっと押し上げて言う。
眼鏡をくいっと押し上げて言う。
「聞くも涙、語るも涙の物語でヤンスが、そんなに聞きたいってぇんなら教えてしんぜや
しょう、でヤンス」
しょう、でヤンス」
「まだ何も言ってないけど。っていうか、さっきからずっと聞きたかったんだけどキミお
国はいったい何処ですか」
国はいったい何処ですか」