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ナニコレ

伝統文化である地図を使って国際情勢を妄想する企画
あの更新がたいへん過ぎて捨てた地図記事のテンプレを再利用してるのでお得!

地図


国名 主義(派閥) 思想 主な領土
ドイツ国 国家社会主義 枢軸盟主 三国同盟 灰色 ドイツ・イングランド・フランス北部西部・ポーランドなど中欧
イタリア社会共和国 国家社会主義 枢軸国 三国同盟 灰緑 イタリア・北東アフリカ・トルコなど中東・ギリシャなど南欧
大日本帝国 国家社会主義 枢軸国 三国同盟 黄色 日本・朝鮮・樺太・オーストラリアなどオセアニア・インドなど南アジア・オマーン・イエメンのごく一部
スペイン社会共和国 国家社会主義 枢軸国 ベージュ スペイン・モロッコ
中華社会主義人民国 国家社会主義 枢軸国 日本の犬 黄肌色 中国
インドシナ人民社会主義国 国家社会主義 枢軸国 日本の犬 薄い黄色 インドシナ半島
フランス国 国家社会主義 枢軸国 ドイツの犬 灰青 フランス南部東部 アンゴラ~モザンビーク・マダガスカル
イギリス連邦共和国 連邦共和制 連合盟主 茶色 スコットランド・北アイルランド・赤道ギニア
アメリカ合衆国 連邦共和制 連合国 濃い青 アラスカ・アメリカ・スエズ
自由フランス共和国 共和制 連合国 亡命政府 濃い水色 コンゴなどの中央アフリカ
カナダ 共和制 連合国 灰青 カナダ
メキシコ 共和制 連合国 中米条約 濃い緑 メキシコ
グアテマラ 共和制 連合国 中米条約 薄い灰黄 グアマテラ
ホンジュラス王国 王制 連合国 中米条約 薄い灰青 ホンジュラス・エンサンバドル
ニカラグア 共和制 連合国 中米条約 薄い紫 ニカラグア
コスタリカ 共和制 連合国 中米条約 桃色 コスタリカ
ソビエト社会主義共和国連邦 連邦制 共産盟主 濃い赤 ロシア・カザフスタン・バルト三国・カフカス地方など
ルーマニア社会主義共和国 共和制 共産国 赤茶 ルーマニア
モンゴル社会主義共和国 共和制 共産国 赤茶 モンゴル
プエルトリコ社会主義共和国 共和制 共産国 中米条約 赤桃 ドミニカ~グレナダの中米諸島
南アフリカ連邦共和国 連邦共和制 共産国 明るい赤茶 南アフリカ・ナミビア・ボツワナ
コロンビア 共和制 中立国 南米条約 青紫 コロンビア・ペルー・エクアドル
ベネズエラ 共和制 中立国 南米条約 薄い緑 ベネズエラ
ガイアナ連合共和国 連邦共和制 中立国 南米条約 薄い赤 ガイアナ・スリナム・ギアナ
ブラジル 共和制 中立国 南米条約 黄緑 ブラジル
チリ 共和制 中立国 南米条約 濃い茶紫 チリ
アルゼンチン 共和制 中立国 南米条約 大アルゼンチン 濃い緑 アルゼンチン・ウルグアイ・パラグアイ・ボリビア
アイルランド自治連邦共和国 共和制 強固な中立主義 薄緑 アイルランド
フィンランド 共和制 中立主義 二枚舌外交 濃い水色 フィンランド
スイス 共和制 強固な中立主義 桃色 スイス
ネパール王国 絶対王制 強固な中立主義 孤立主義 黄緑 ネパール
ニュージーランド王国 王制 強固な中立主義 孤立主義 薄紫 ニュージーランド
西アフリカ連合 連邦制 強固な中立主義 孤立主義 セネガルなど西アフリカ

歴史

ドイツ

1939年の5月までにポーランドを除く中欧のほとんどとフランスを手に入れる快挙を見せたドイツの勢いは止まらず、強引な政策への報復という名目でイギリスへ宣戦布告し本土へ上陸。 
イギリスは部隊を向けたものの北アフリカ戦線にも部隊を向けなければならず数は分散し、質に劣ったイギリスはあっというまに本土戦線 北アフリカ戦線を押されてしまった。
もちろん危機を察したアメリカが本土へ援軍を送りなんとか戦線の進み具合は遅くなったがそれでも敗走が続き9月にはイギリスとドイツとの間でイタリアへの赤道ギニアを除く全アフリカ植民地を割譲しドイツにはイングランド、ウェールズを割譲 日本にはインドを割譲という厳しい条約が成立し停戦となった。
それと同時に枢軸・共産の対立を回避する独ソ中立条約が成立した。
そして僅か2週間程度の感覚でポーランドへと侵攻し全土を併合。東部の一部をソ連に割譲し中欧を統一した。
その後はイタリアの支援に回りつつ立場を確立している。

イタリア

国家社会主義政権が成立して1939年4月まではこれといった大きな出来事もなかったイタリアだったが、ドイツの突然のイギリスへの宣戦布告により植民地をゲットできるチャンスが到来。 分散して数が減ったイギリス軍をドイツからの技術提供もあり確実に敗走させ、ドイツとイギリスの間の条約によって広大な植民地を手に入れた。
またその勢いに乗ったイタリアは11月にドイツの支援を受けながら中東を攻略。2月には広大な土地を手に入れ翌年の5月は南欧を攻略している。

日本

中華民国攻略に成功し忠実な政権を樹立した後は勢いに乗ってインドシナを攻略。1939年5月にイギリスにドイツが宣戦布告したためインドを攻略。9月に全土を手に入れ12月にはオマーンにまで至った。
しかしフィリピンというすぐ隣にいる連合軍不安要素は絶えず、12月にアメリカに宣戦布告してオセアニア攻略。 圧倒的な海軍の力で押しオセアニアやフィリピンを攻略し翌年の2月にはハワイに達し、ドイツの仲介でオセアニアとフィリピン両国の割譲と停戦が決まった。
さらにその勢いは止まらず6月にはオーストラリアなどを攻略し併合。元の領土からは想像もできない領土と勢力圏を手に入れた。

スペイン・ポルトガル

1938年のスペイン内戦は国家社会主義を掲げた側がドイツ・イタリアの支援もあって勝利。それ以降は枢軸同盟へ加盟し友好的な関係を結んでいる。
また1939年9月の条約によりイタリアからモロッコを譲り受け領土が拡大した。

ポルトガルはそのスペインによってポルトガルに建てられた同じく国家社会主義を掲げる国家。
スペイン内戦では中立を保っていたはいいもののその後はスペインの内政干渉やスペインが支援したクーデターによって政権が転覆し現在に至っている

フランス国、中華社会主義人民国、インドシナ社会主義人民国

フランス国はドイツのフランス攻略の後に樹立された傀儡政権で、攻略される前のフランスが植民地に逃亡しいまだに活動を続けていることを封殺するために樹立された。

中国、インドシナはそれぞれ日本の中華民国、インドシナ半島攻略の後に樹立された傀儡政権で、独立運動などを封殺するために樹立された。

イギリス

連合の盟主として動きのあやしくなった共産 枢軸を早急に連盟や連合軍からたたき出すなどの強硬政策をとっていたが、1939年5月にその報復としてドイツとイタリア さらに日本に宣戦布告された。
北アフリカ戦線 本土戦線 インド戦線の3つの戦線を同時に支えることはできず、アメリカの支援もむなしくあえなくイングランド・ウェールズ・赤道ギニア以外の全アフリカ植民地・インドを同時に失うという悲惨な結果を迎えた。
その結果国土はスコットランドと北アイルランド、赤道ギニアという5月前からは想像もつかない狭さになってしまった上、失った領土はすべて敵対していたはずの枢軸の領土になってしまった。

アメリカ

1939年5月までは連合入りしたはいいもののモンロー主義の影響が強くほぼ戦乱とは無関係だったが、7月にイギリスが大ピンチだという情報が入るとイギリスの北アフリカと本土の戦線に大量の援軍を送った。
しかしそれでイギリスが救われることはなく、むしろ枢軸が大きく伸びてしまったという悲しい結末を迎えた。
これまでの強硬政策のために共産とも手を組めない連合はほぼ旧大陸から追い出され、連合軍は残ったイギリス本土と自由フランスを防御する策と反攻の時期をアメリカを中心に新大陸から練ることとなった。

自由フランス

ドイツのフランス攻略で完全にフランスから追い出されたフランス政府は植民地へと亡命。ドイツのヴィシーフランスへの対抗などを名目に反攻の時期を練っていたが、北アフリカ戦線では一応連合とはいえ何もできず、反攻といってもその持ち主が生半端なものではなくなってしまいフランスへの帰国は当分先延ばしになってしまった。

中米各国

1939年9月メキシコは独立運動とアメリカのパナマ購入により領土を失ったが、中米条約により勢力圏は保たれていた。
しかしプエルトリコが革命を起こして加盟して以降中米条約機構は連合軍との思想とは徐々にずれてきており、将来的な連合軍との分裂衝突が懸念されている。

南米各国

基本的に南米条約にある通りどの国も中立を宣言したうえで南米で共存を図っており、大アルゼンチンを掲げるアルゼンチンとチリとの潜在的な対立を除くとほぼ平和で安定している。
形骸化して共産 枢軸どちらの勢力からももはや外交基準には達していないとみなされている国際連盟には加盟しているものの、連合軍には加盟しておらず全くの中立国である。
しかし近年ではアメリカの露骨な南米への接触からアメリカへの印象が悪化しており、将来的な衝突の懸念もないわけではない。

ソ連

ロシア革命で誕生したソ連は1939年の拡大していくナチスドイツに脅威を感じ9月に独ソ中立条約を結び対立を避けたが、それ以降も枢軸勢力は異常ともいえる拡大を続けており条約に違反してた率する可能性が捨てきれない以上ソ連としても勢力圏を拡大しないわけにはいかなかった。
そこで共産党は共産化が見込める場所を探したが、近隣にはフィンランド ルーマニアのみで、遠距離もプエルトリコしかいなかった。
プエルトリコやルーマニアはスパイで共産化できたが、フィンランドは断交し国境封鎖していたためできずに宣戦布告することとなった。
しかし宣戦布告の時期が秋であったために雪害やフィンランドの巧みな戦術に悩まされどうにか条約でほんの一部の領土を割譲させたが損害はバカにならないものだった。
また手に入れた土地も価値が高いとはいいがたく、この戦争は実質的なソ連の敗北となってしまった。

ルーマニア プエルトリコ 南アフリカ

ルーマニアは枢軸と連合の開戦当時までは中立を宣言していたがソ連からの影響を受け革命が勃発 共産化した。
当初はただ勢力圏を拡大したかっただけのものだったが、後に南欧が枢軸化したことにより南欧唯一の枢軸以外の国家 また独立国となった。

プエルトリコは同じく中立国だったもののソ連からの影響で革命が勃発して共産化した国家。
ここが選ばれたのは勢力圏の拡大とともに、将来的なアメリカへの対抗という目的もあった。
独立してすぐに連合国以外の国では唯一の快挙となる中米条約の締結に参加し、しっかりとした発言権も持っている。
しかし思想の違いから中米条約は徐々に連合の政策からはズレてきており、将来的な分裂衝突の原因のうち1つとなっている。

南アフリカはドイツのフランス侵攻の際にどさくさ紛れで独立した共産国家。
初期のころは主義が微妙に異なったがソ連との国交が開設された際にすぐに統一された。

ブラジル

ブラジルはロシア革命からしばらくして共産化した国で、共産同盟に初期のころから加盟している国。
しかし影は薄く、すぐ南で日本により中華民国の滅亡が起こったときでもこれといった行動を起こさなかった。

アイルランド、スイス、ネパール、西アフリカ連合、ニュージーランド

アイルランドはイギリスの強硬政策に反対し連合を抜けて中立を掲げた国。
独英戦の際にも中立を宣言しあくまでも不干渉を貫いた。

スイスは永世中立を掲げているものの、周囲が完全に枢軸勢力となっており将来的に何らかの影響を受けることは免れないと予想されている。

ネパールはかつてはインドの隣ということで連合入りしていたが、強硬政策に反対し連合を抜けて中立を掲げた国。
同じく周囲が完全な枢軸勢力となっておりなんらかの影響を受けることを予想されている。

西アフリカ連合はフランスの亡命の際にイギリスの割譲とともにどさくさ紛れで独立した中立国。
これといった活躍を国際情勢には見せていないがフランスやイタリアの目の上のたん瘤なのは間違いない。

ニュージーランドは日本のオーストラリア攻略を機に中立を掲げた国。
初期では南米や連合の助けを借りるという提案があったようだが日本がすぐそばまで来るとその案も完全に消えてしまった。

フィンランド

1939年9月にソ連を目を向けられるまでは連合国だったが、目を向けられてからは枢軸であるドイツにすり寄ることで冬戦争を実質的な勝利に向けた。
しかしその行動が枢軸国の一部と化したとみなされ連合からは追い出され、枢軸にはソ連との講和が問題視された上枢軸化は拒否しているため中立国になっている。

同盟、条約など

名称 構成国 目的 政策など 敵対勢力
国際連盟 連合国共同条約、中米相互援助条約、南米共同推進条約、スイス 国際平和実現 経済相互援助、貿易推進 特になし(組織が形骸化しているため)
枢軸同盟 ドイツ、イタリア、日本、スペイン、中国、インドシナ、フランス国 ファシズム同盟、反共産主義、反資本主義 経済相互援助、軍事的提携、貿易推進 連合勢力(水面下で共産勢力)
三国同盟 ドイツ、イタリア、日本 枢軸三大国の連携強化 経済相互援助、軍事的提携、貿易推進 連合勢力(水面下で共産勢力)
連合国共同条約 イギリス、アメリカ、自由フランス、カナダ、メキシコ、グアマテラ、ホンジュラス、ニカラグア、コスタリカ 国際平和実現 経済相互援助、貿易推進、軍事的提携 枢軸勢力(水面下で共産勢力)
中米相互援助条約 メキシコ、グアマテラ、ホンジュラス、ニカラグア、コスタリカ、プエルトリコ 中米の団結 経済総合援助、軍事的提携、貿易推進 特になし
南米共同推進条約 コロンビア、ベネズエラ、ガイアナ、ブラジル、チリ、アルゼンチン 南米の団結 経済相互援助、軍事的提携、貿易推進、中立 特になし
モスクワ相互条約 ソ連、ルーマニア、モンゴル、プエルトリコ 共産主義同盟、共産社会の実現 経済相互援助、軍事的提携、貿易推進、中立 連合勢力(水面下で枢軸勢力)
チューリッヒ中立宣言 アイルランド、スイス、ネパール、ニュージーランド、西アフリカ 国際への中立アピール 中立 特になし
独ソ中立条約 枢軸同盟、モスクワ相互条約 枢軸、共産の対立回避 中立 (条約のためなし)
最終更新:2015年04月20日 17:05
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