封印の神子と導き手
序曲
「神父様、申し訳ありません。これまで育てて頂いた恩を忘れた訳ではないのです。
けれど、それでも、僕は」
「この町の外に、行きたいのですね?」
「……すみません」
「顔をおあげ、ヒルト。俯いてはいけないと教えたでしょう」
けれど、それでも、僕は」
「この町の外に、行きたいのですね?」
「……すみません」
「顔をおあげ、ヒルト。俯いてはいけないと教えたでしょう」
そう促され、視線を上げる。
その先で穏やかに微笑むのは、拾われてからずっとその背を追ってきた存在だ。
手を取られて立ち上がる。くすんだ茶色の髪が幾分か自分の目線よりも下にあることに戸惑って、そのことに神父も気付いたのだろう。嬉しそうな、寂しそうな笑みだった。
その先で穏やかに微笑むのは、拾われてからずっとその背を追ってきた存在だ。
手を取られて立ち上がる。くすんだ茶色の髪が幾分か自分の目線よりも下にあることに戸惑って、そのことに神父も気付いたのだろう。嬉しそうな、寂しそうな笑みだった。
「…大きくなりましたね」
「ありがとう、ございます」
「あなたの進む道が、これまでの年月の…私達への裏切りだと思ってはなりませんよ。
ここはあなたの故郷であり、帰る場所だ。
いってきなさい、ブリュンヒルト。どうかあなたに、神の祝福があるように」
「ありがとう、ございます」
「あなたの進む道が、これまでの年月の…私達への裏切りだと思ってはなりませんよ。
ここはあなたの故郷であり、帰る場所だ。
いってきなさい、ブリュンヒルト。どうかあなたに、神の祝福があるように」
ああ、結局自分は、最後まで彼を父とは思えぬままだった。
尊敬し、手本とすべき存在ではあったけれど――家族とは、思えないままだった。
尊敬し、手本とすべき存在ではあったけれど――家族とは、思えないままだった。
「……いってまいります」
グラーネ。もしあの時、君に思いを告げられた時に信仰を捨てていれば、これほど後悔せずに済んだのだろうか。
けれど僕は、許せないんだ。君を殺した人間が、この世にまだ存在していることが。これが弔いになるとは少しも思ってやしない。
けれど僕は、許せないんだ。君を殺した人間が、この世にまだ存在していることが。これが弔いになるとは少しも思ってやしない。
「どうか許してほしい、信仰を抱いたまま、君の仇を討つことを」
グラーネ、君のことを、愛している。
その言葉は紡がれることのないまま空へと溶けてゆく。彼女を失ったあの日の冷たい雨と違い、旅立ちの朝は、酷く澄んで聖母の涙のように美しい青色を湛えていた。
その言葉は紡がれることのないまま空へと溶けてゆく。彼女を失ったあの日の冷たい雨と違い、旅立ちの朝は、酷く澄んで聖母の涙のように美しい青色を湛えていた。
―――――
―――――
「神父様、よければ一つお聞きしても」
「なんですか?私に答えられることであれば」
「…どうしてあの時、ブリュンヒルトを止めなかったのですか?
失礼な物言いになるかもしれないが、あなたが彼をこの町の外に出す日がくるとは思いませんでした」
「なんですか?私に答えられることであれば」
「…どうしてあの時、ブリュンヒルトを止めなかったのですか?
失礼な物言いになるかもしれないが、あなたが彼をこの町の外に出す日がくるとは思いませんでした」
…彼は、神の子だから。少し躊躇いながらも続けた言葉に、神父は穏やかな声音のまま、だからですよ、と言った。
「神の子、天使である彼が、なによりも裁きを願うのなら…きっとそれは、天の思し召しなのでしょう。
確かに幾分か不安はありますが、バレットも共に行ってくれたことだ。なにも私たちが心配することはないのです」
「……神父様はお強いですね。私は…彼が二度とこの町に帰ってこないのではないかと」
確かに幾分か不安はありますが、バレットも共に行ってくれたことだ。なにも私たちが心配することはないのです」
「……神父様はお強いですね。私は…彼が二度とこの町に帰ってこないのではないかと」
神の子だと、天使だと。そうして愛され慈しまれても、彼の居場所は、ここにはないような気がして。
「大丈夫ですよ。神の子に、天が味方せぬわけがない。彼はきっと帰ってくる。
私は――それよりも、オリガ、あなたのことが心配だ」
「……なんのことですか?」
「前から頻繁にここを訪れる方ではありましたが、随分と回数が増えたように思います。滞在時間も伸びた。家族の墓前で、一体なにを思い悩んでいるのですか?」
「たいしたことではないんです、別に…」
「あなたの腕だけで家を支えるのは大変なことでしょう、けれど、あまり、一人で抱え込んではいけませんよ」
「本当に、大丈夫ですから。ご心配おかけしてすみません、神父様」
「……無理だけはしないように、あなたはもう少し、他人を頼ることを覚えるべきです。なにかあれば、いつでも相談しにおいでなさい」
「ありがとうございます、…そのお言葉だけで、充分です」
私は――それよりも、オリガ、あなたのことが心配だ」
「……なんのことですか?」
「前から頻繁にここを訪れる方ではありましたが、随分と回数が増えたように思います。滞在時間も伸びた。家族の墓前で、一体なにを思い悩んでいるのですか?」
「たいしたことではないんです、別に…」
「あなたの腕だけで家を支えるのは大変なことでしょう、けれど、あまり、一人で抱え込んではいけませんよ」
「本当に、大丈夫ですから。ご心配おかけしてすみません、神父様」
「……無理だけはしないように、あなたはもう少し、他人を頼ることを覚えるべきです。なにかあれば、いつでも相談しにおいでなさい」
「ありがとうございます、…そのお言葉だけで、充分です」
本当に、大したことではないのだ。
ただ、兄が死に、弟妹を送り出した後のあの家が、静かすぎて落ち着かないなどと。
ただ、兄が死に、弟妹を送り出した後のあの家が、静かすぎて落ち着かないなどと。
「……子供じゃないんだから」
寂しいなんていったところで、結局、どうにもならないって分かりきってることじゃないか。