アズリア、『熱』に触れる ◆Rd1trDrhhU


突き出された槍が啼く。
ひゅう、ひゅうと。
信じられない速度で突きが繰り出されるたびに、海上の空気はかき回されていく。
強い潮の香りが、アズリアの鼻をくすぐった。
だが彼女は、その臭いも額に流れる大量の汗も一切気にすることなく、槍を振り続けた。

「はっ! はっ!」
規則正しく繰り返される運動。
膝までを海水に浸らせているため、一撃を放つにも大きな抵抗が下半身にかかる。
しかし海上の槍と連動して前方に蹴り出された片足は、悠々と海水の圧力を突破してしまう。
舞い上がった水しぶきが朝日を拡散して、まるで悔し涙を流すかのように煌めく。
それでも彼女は、その美しい輝きすらも無視して訓練に没頭していた。

「やぁっ! はっ!」
彼女の放つ槍は、並の鎧なら容易く貫通してしまうほど力強い。
それでいて、歴戦の兵士ですら反応できるかどうか分からないほど速い。
そして、敵を仕留める事に極限まで拘るその姿は、大空を支配する鷹のような美しさをも併せ持つ。

(足りない。まだ、足りない……)
だが、彼女は満足しない。
彼女は雷を目指していた。
遥か天空から一瞬で大地に降り注ぐ、紫色の閃光。
音速すらも簡単に置き去りにするその災害は、巨木すらも瞬きの間に消滅させる。
その刹那の悪天候こそが、彼女が目指すイメージ。

だから、目で追えてしまったら意味がないのだ。

彼女の手元から放たれた金属製の殺意が、相手の身体を赤く染めるまで……。
対象となる人物に、『この一撃』を知覚されてはならない。
放電現象を目で追うことができる人間など、いないのだから。

技を放つ予備動作の時点で、殺気を気取られないのは勿論の事。
技が放たれてから相手に届くまでに、その軌道を目視されてしまっては、それは紫電とは言えない。
視覚情報など一切与えてはならない。
相手は自分の身体に走った激痛を以って初めて、この秘槍を理解するのだ。

(言うは易し……だな……)
槍を突き出した数が3桁に達した辺りで、手を止めた。
何度突いても、自分が描いたイメージには至らない。
目標として掲げたモノより遥かに遅く、遥かに弱々しい。
並の兵士ならともかく、この程度では先ほど戦ったあの巨漢クラスの実力者には全く通用しない。

「ふがいないな……」
目指したものが途方もない高みにある事を再認識し、思わず笑ってしまう。
だが、決して無謀な目標を掲げているわけではない。
彼女は既に、剣を用いての紫電絶華ならば習得していた。
技の土台は完成しているので、あとは槍の扱いに慣れるだけである。
さらに、この技の特性を考えれば、リーチのある槍のほうがその長所を活かしやすい。
ならば、もしかしたら秘槍・紫電絶華は、剣で放つソレよりも強力なものになるかもしれない。
……習得できれば、の話ではあるが。

「ゆっくり進むとするか……」
そんなに時間に猶予があるわけではないが、と心の中で付け加えつつも、彼女の顔に焦りの色はない。
一朝一夕で習得できるものなら、そんなものを『奥義』とは呼ばないのだから。
気負ってもマイナス面ばかり目立つ事を心得ている。鍛錬はここら辺で切り上げることにしよう。

砂浜に槍を深く突き刺すと、濡れないように腰元で纏めていたスカートを解いて寝そべった。
そこで初めて感じた海の香り。
それはアティや弟達と過ごしたあの島での日々を思い起こさせる。

彼女の親友であるアティには、不思議な力があった。
類稀なる召喚師としての力や、抜剣者としての選ばれし能力もそうだが、それだけじゃない。
彼女には、『人を惹きつける力』があった。
バラバラの方向を向いていた島の住人たちや、海賊たち、そしてアズリア……イスラも。
それらはやがて、アティという人物を中心として1つになっていく。
繋がるはずがなかった手と手が固く握られていく。

まるで、奇跡を見ているようだった。

同時に痛感したのは、自分は彼女には敵わないという事実。

アズリアはアティに憧れている。
もしかしたら……士官学校時代からずっとそうだったのかもしれない。

「……エルクは、起きただろうか」
支給された時計を見れば、もうすぐ放送とやらの時間になる。
エルクは先ほど自分が目覚めるのを確認して、入れ替わりで眠りについた。
放送が始まる前に、洞窟の中で休んでいる彼を起こさなくては……。

立ち上がり、背中に付着した砂を叩き落とす。
槍を引き抜いて、洞窟へ向かって一歩一歩ゆっくりと歩みを進めた。

「お前さん、1人か?」
そんな彼女に声をかけたのは、やっとのことで洞窟に辿り着いた男。
異常にカラフルな労頭髪と真っ赤なスカーフは、目がチカチカして仕方がない。
初対面のはずのアズリアに対しても、一切の礼儀などはない。

「……誰だッ!」
その身なりや態度からは、お世辞にも善人には見えなかった。
思わずアズリアは槍を構える。

「まァ、そうなるよな……」
溜め息と共に、言葉を吐き出す。
警戒されたのは残念だが、これが普通の反応だ。
自分だって、目の前の女性の事を安全な人間であると言い切れるわけじゃない。

さて、どうしたものか。無法松は考える。

信用を得るだけならば、持ち物を全部地面に放り投げて、危害を加えるつもりがない事を証明するのが一番手っ取り早い。
だが、目の前の女性が自分に襲い掛からないという保証はない。
それでアッサリ殺されでもしたら、笑い話では済まないだろう。

そして、やっかいごとは重なって起こるものだと相場は決まっている。
この状況の打開に四苦八苦している無法松の邪魔をしたのは、魔王オディオの放送であった。


◆     ◆     ◆


「そうか……アリーゼと……ビジュが逝ったか……」
悲しそうな目で、だけども涙の1滴も零すことなくアズリアが呟く。
放送で告げられたのは親友の教え子の名前と、かつての部下の名前。

アリーゼの死。
恐らくアティは、酷く悲しむのだろう。
そして、強く自分を責めるのだろう。
絶望することだけはないと信じたいが……。

ビジュの死。
出来れば生きていて欲しかった。
前の人生で償いきれなかった罪を、今度こそは……と思っていた。
彼が罪を滅ぼすつもりなら、自分だって協力するつもりでいたのに……。

誰かを失った喪失感は、何度味わっても慣れる事はない。
しかし、泣いてなどはいられなかった。
洞窟で眠っている『彼』に伝えなければならない事がある。

彼の目は輝いていた。
『その少女』の話をするときは特に。
本人は否定するだろうが、好いていたのだろう。
護ってやりたいと思っていたに違いない。
だが……その少女の名前が、放送で呼ばれてしまった。

放送前に出会った男に待っているように告げると、アズリアはエルクを起こしに向かう。
こんな役回り、当然だが気が進まない。
洞窟へ進む彼女の足取りは重い。
だが、それをするのはアズリア以外にいないのだ。

「エルク、話が…………なッ!」
洞窟を覗いたアズリアは、そこで殺害現場に出くわしたかのように驚愕した。
思わず身体の力が一瞬抜け、持っていた槍を落としてしまう。
カランという音が洞窟内を反響し、何重にもエコーを響かせた。
眠っているはずのエルクが、いない。
洞窟内を見渡しても、誰の姿もないのだ。
気配を探っても、もちろん何も感じられなかった。

「これは……」
念のため、自分の荷物を確認する。
何も取られてはいない。
当たり前だ。エルクはそんなことをするような奴じゃない。
だが、荷物の置かれた近くの床に、「すまない」と剣で彫られた不恰好な文字が記されていた。
指でなぞると、炎の剣の熱がまだ残っているのが分かる。
おそらくこの傷は、あの放送を聞いてから付けられたものだ。

「エルク……なぜ……」
どこに行ったところで、少女が生き返るわけじゃない。
復讐をしようにも、誰に殺されたかも分からないではないか。

……まさか、優勝する気では?
そんな疑問が湧いてきたが、アズリアは一瞬で否定した。
それならば、アズリアの荷物を持っていくはずだし、そもそもそのつもりならばアズリアから不意打ちで殺しにかかるはずだ。
第一、エルクはそんなことで殺し合いに乗る人間ではない。
ならば、なぜ……。

「男には……」
背後から、声がした。
幼さなど微塵も感じられないその声は、エルクのものではないと分かってはいた。
だが、アズリアはすがる様な期待を込めた目で振り返る。

「男には、走り出さなきゃならないときがあンのよ」
朝日を背に雄弁と語る男、無法松。
彼はなんとなくだが、事態を察していた。
そして、エルクとやらが走り出した原因も『なんとなく』気付いていた。

「すまない、私は行かなければ……」
「待ちな。俺も連れてってくれ」
とにかくエルクを探さなくてはならないと、アズリアは洞窟を抜けようとする。
その手首を男が掴んだ。
男の手のひらから、確かな熱が伝わってくるのが感じたが、アズリアはそれを振り払う。

「私は貴方を信頼してはいない」
突き放すように言葉を投げつけた。
アズリアも、目の前の男が無害である事は薄々感づいてはいた。
だが、それでも放送の内容とエルクの失踪のせいで、警戒を強めなければと思い込んでしまっていた。
だから、男を置き去りにして走り出す。
草原に僅かに残された足跡を辿りながら……。


◆     ◆     ◆


「……リーザ……ちっく、しょう……」
少年は走っていた。
息を切らして、必死に、全力で。
理由はない。目的地もない。
それでも少年は走っていた。
走らなければいけなかった。
そうする以外に、この気持ちをぶつける方法を知らなかったのだ。

(誰が……リーザを……)
そんなことは分からない。
だが、リーザは誰かに殺されたのだ。
自殺をするほど、彼女の心は弱くない。

優しい少女だ。
戦場では、自らの傷より他人の傷を優先して癒すのだ。

優しい少女だった。
ついさっきまで自分の命を刈り取ろうとしたモンスターにすら、その慈愛を注げるほどに。

そんな彼女を殺した人物がいることが、エルクは許せなかった。

(誰だ? トッシュのヤローか……あのデカブツか……)
彼の怒りは、収まらない。
この会場で人殺しをしている人物に対して。
そして、呑気に眠っていた自分に対して。

「誰だ? 誰が殺したんだよッ!?」
叫び声だけが空しく響く。
無性に誰かを救いたかった。
無性に人殺しと戦いたかった。
そんなことをしてもリーザが戻ってこないのは分かっている。
でも、そうでもしないと、この気持ちは発散できなかった。
アズリアを置き去りにしたのは、申し訳ないと思っている。
だが、これは自分1人の戦い。
アズリアを巻き込むわけには行かない。

少年は走る。
悲しみと怒りを抱えながら。
少年は走り続ける。
自分が既に、リーザの仇をとった事など気付かずに。


【B-8 北西部 一日目 朝】
【エルク@アークザラッドⅡ
[状態]:疲労(小)、移動力上昇中、激しい怒り
[装備]:炎の剣@アークザラッドⅡ
[道具]:データタブレット@WILD ARMS 2nd IGNITION
    オディ・オブライトの不明支給品0~1個(確認済み)、基本支給品一式
[思考]
基本:みんなで力を合わせて、オディオを倒す。
1:殺し合いに乗った人間の撃破、乗ってない人間の救出など、とにかく何か行動がしたい。
2:シュウ、イスラ、アティ、アリーゼ と合流。
3:カノンを止める。
4:アシュレーは信頼できそう。
5:トッシュを殺す。
6:一応ビジュを警戒。
[備考]:
※参戦時期は『白い家』戦後、スメリアで悪夢にうなされていた時
※カノンからアシュレーの情報を得ました。
※データタブレットに入っている情報は不明です。
※第一回放送のリーザの名前より後の部分は一切聞いていません。


◆     ◆     ◆


「しまった……」
走りながらアズリアが呟く。
洞窟の中に槍を落としてきてしまった。
あれがないと自分は丸腰同然だ。
焦りは禁物だと、自分に言い聞かせたばっかりだというのに……。

(どうする……戻るか?)
しかしすぐに首を横に振った。
既にエルクの足跡は見失ってしまっている。
今はただ、少年が走ったであろう方向を追っているに過ぎない。
これから洞窟に戻ったら、少年に追いつくのは完全に不可能となってしまう。

「仕方ない……このまま……」
「探し物は、これか?」
槍を諦め、そのまま走り出そうとしたときだった。
またもや背後から声が聞こえた。
しかもさっきと同じ声。
今度は微塵も期待を込めないで振り返ると、そこには槍を抱えた男。
この男は、どうしても朝日を背に立たなければ気が済まないのだろうか。

「……だから、私は貴方を信用していないと……」
「そんな事はもうどうでもいいんだよ!」
性懲りもなく同行を求めてきたのだろう男を、再び突き放そうとした。
だが、彼はそんなアズリアの両肩を掴んで叫ぶ。
その目をしっかりと見据えると、言葉を続けた。

「男が走り出したんだ。力になってやりてぇじゃねぇか!」
気おされてキョトンとしているアズリアの手に、槍を握らせる。
なんとも理不尽でふざけたセリフではあるが、これでも無法松は真剣そのものである。
本当に理由はそれだけか? と尋ねたかった。
だが、男の真っ直ぐな目を見たアズリアはその疑問を吐き出すことは出来ない。

「さぁ行くぞ。俺は無法松。松でいいぜ」
男が、誰かの為に走り出したのだ。
後先の事など一切考えずに。

信頼を得るにはどうしたらいいのか……。
少女が自分に襲い掛かってきたらどうしよう……。
さっきまで無法松はそんな事を考えていた。
だが、洞窟でエルクと呼ばれた少年が起こした行動を感じ、そんな事はどうでもよくなってしまった。

「おい、勝手に……」
「グズグズしてると、置いて行くぜ?」
アズリアが不平を言う暇もなく、松は勝手に走っていく。
そのマイペースっぷりに、思わず呆気に取られてしまう。

(なんて男だ……)
そう思いながらも、再び無法松を見やる。
その姿は、まるで草原を横に走る雷のようだった。
自らの望んだように、荒々しさを撒き散らしながら進み続ける。
彼女の槍が目指した通りのイメージが、そこにあった。

「……おう? ついて来る気になったか?」
自分に併走しだしたアズリアに告げる。
元々は、松が彼女について行くという形だったはずだが、いつの間にかその立場は逆転してしまっていた。

「……行く方向が同じなだけだ」
言葉こそ乱暴だが、そこに敵対心は存在しない。
寧ろ、その顔にはうっすら笑みさえ見える。

「アズリアだ」
「あ?」
「私の名前。アズリアだ」
なんて気持ちのいい男だ。
アズリアは、アティといるときと同じ感覚を松に覚えた。
もちろん、アティとは似ても似つかない、おそらく対極に位置するタイプの人間だろう。
だが、アティもこの男も、理屈を越えたところで人と繋がる事ができる。
無茶苦茶な理論で人を信じる事ができる。
アズリアが出会った数多くの人間や召喚獣の中で、そういった事が可能なのはアティをおいて他にいなかった。

「よろしくな、アズリア」
「あぁ、松」
拳と拳を軽く付き合わせる。
それは、彼女が経験した中で、最も乱暴な挨拶だった。
その反動だろうか、スカートに足を取られてアズリアがよろけてしまう。

「ちぃ……」
はき慣れないスカートでは思うように走れない。
恐らくエルクは、移動速度を上昇させる魔法を使用しているのだろう。
自分達と少年との差は広がる一方だ。
いっそのこと、スカートを破いてしまおうかとも考えた。
だが、布地に手をかけた瞬間、ためらいが彼女の心を包む。

恥ずかしいとかそういうことではない。
このスカートは、今のアズリアの象徴なのだ。
あの島で彼女が犯してしまった過ちや、それを許してくれた仲間達との信頼。
それらの結果として今の彼女の姿がある。
不便だろうが、似合わなかろうが、これは今のアズリアになくてはならないものなのだ。
少なくとも彼女はそう思っていた。

(エルク。お前の剣は、大切な人から貰ったものだったな……。
 ならば、私のこの姿こそ……イスラが、アティがくれた宝物だ)
スカートから手を離す。
その代わり、しっかりと大地を強く踏みしめる事にする。
大切な思い出に、足元を救われない様に。

「……少しスピードを上げるぞ、松」
松と付き合わせた拳が、ジンワリと熱くなるのをアズリアは感じていた。


【B-9 中央部 一日目 朝】
【無法松@LIVE A LIVE
[状態]健康
[装備]なし
[道具]基本支給品一式、潜水ヘルメット@ファイナルファンタジー6、不明支給品0~2(本人確認済)
[思考]
基本:打倒オディオ
1:エルクに追いついて協力する。
2:アキラ・ティナの仲間・ビクトールの仲間・トッシュの仲間をはじめとして、オディオを倒すための仲間を探す。
3:第三回放送の頃に、ビクトールと合流するためA-07座礁船まで戻る。
[備考]死んだ後からの参戦です
※ティナの仲間とビクトールの仲間とトッシュの仲間について把握。ケフカ、ルカ・ブライトを要注意人物と見なしています。
 ジョウイを警戒すべきと考えています。
※アズリアとはまだ情報交換をしていません。

【アズリア@サモンナイト3 】
[状態]:疲労(小)
[装備]:ロンギヌス@ファイナルファンタジーVI 、源氏の小手@ファイナルファンタジーVI(やや損傷)
[道具]:アガートラーム@WILD ARMS 2nd IGNITION、不明支給品1個(確認済み)、ピンクの貝殻、基本支給品一式
[思考]
基本:力を合わせてオディオを倒し、楽園に帰る。
1:エルクに追いつき、事情を問いただす。
2:シュウ、イスラ 、アティと合流。合流次第、皆を守る。
3:アシュレーは信頼できそう。
4:トッシュを警戒。
5:『秘槍・紫電絶華』の会得。
[備考]
※参戦時期はイスラED後。
※軍服は着ていません。穿き慣れないスカートを穿いています。
※無法松とはまだ情報交換をしていません。


◆     ◆     ◆


「……アリーゼか」
遥か空まで届くのではないか、とも思える灯台に寄りかかる。
その巨体は、僕の細身の身体程度ではではビクともしない。
その事を少しだけ羨ましいと感じた。
尤も、こんな大きな身体では、僕が会いたくないと思っている人たちにすぐに見つかってしまうのだけれど……。

ビジュを殺し、その死体から首輪を採取した後、灯台を探索していた。
だが、目ぼしい道具などは一切見当たらなかった。
そう簡単にはいかないか……思わす笑ってしまう。
その僕の笑顔を凍りつかせたのが、魔王オディオによる最初の放送だ。

「確か、アティの生徒の……」
そこで呼ばれた名前は、僕がこの手で殺したビジュともう1人。
忘れるわけがない。
忘れたくても忘れられるものか。
あの金切り声。

アティの後ろに隠れて、情けなく震えているだけかと思っていた少女。
世間の事など何も知らず、見るからに温室育ちなのがバレバレなガキ。
それがアリーゼだったはずだ。

それなのに、彼女は生意気にも僕に説教をかましたのだ。
次々と矢継ぎ早に罵声を浴びせかけた。
あの金切り声で。

その直後に僕は死んだ。
不死の呪いが解けたことによる反動で。

結局アリーゼに反論する事は、最期まで叶わなかったというわけだ。
だが、それを悔しいとは思ってはいない。
反論する機会が与えられたところで、どうせあの少女に言うべきことなど存在しなかったのだから。

『悔しいでしょう?』
「あぁ、悔しかったさ」

『悲しいでしょう?』
「あぁ、悲しかったさ」

『私のことが憎らしくて仕方ないでしょう?』
「あぁ、そうさ。全てお前の言うとおりだったよ!」

何一つ反論できない。
少女の言葉の1つ1つが、この心を遠慮なく抉り傷つけた。
ぐぅの音も出ないとはこういう事を言うのだろう。

『こういうひどいことを貴方は今まで、先生やお姉さんや、みんなにしてたんですよ!?
 嫌われたって……当然じゃないですか』
「そうだ。だから……だから僕は! 今度こそ、姉さん達に……」
そこまで紡がれた言葉が、途切れた。
叫びながら僕は、自分の顔を手で覆い隠そうとしたんだ。

そこで気付いてしまった。
僕の両の掌が……真っ赤に染まっているのを。

なぜ、僕の手は紅いんだっけ?
あぁそうだった。人を殺して、その死体を解体したからだ。

なぜ僕はそんな事をしたんだっけ?
あぁそうだった。目的の為に、必要だったからだ。

じゃあなぜ、ビジュに無意味な命乞いを強制した?

死の恐怖に怯えるアイツに、豚の真似をさせるのは愉快だった。
だが、そんな事をする必要があったのか?

「なんだそれ?」
見事人を殺しました。見事死体を解体しました。すごい充実感を感じております。
そんなんで……僕は、変われたのか?
ちゃんと前に進んでいるのか?

死を求め続けたあの日々から……。
アリーゼに叱咤されたあの時から……。
僕は変われたのかよ?

「ははは、今の僕は、彼女に反論できるのかな?」
漠然とした、疑問。
張り付いた笑顔は、未だに取れてはくれない。

「これでいいんだよなアティ? 僕の答えは正解なんだよな?」
笑いながら人を殺した事も……。
人の命を弄んだ事も……。
僕は誇っていいんだよな?

誰も肯定なんかしてはくれない。
そりゃそうだ。
誰にも会いたくないと願ったのは、僕なんだから。

気付いたときには、走っていた。
息を切らして、必死に、全力で。
理由はない。目的地もない。
それでも少年は走っていた。
走らなければいけなかった。
そうする以外に、この気持ちから逃げる方法を知らなかったのだ。

イスラは知らない。
姉が異なる時間軸を歩んでいた事を。
そして彼女が、イスラといた日々のことを宝物と呼んだ事を。

炎の精霊に選ばれしエルクと、紅の暴君に選ばれしイスラ。
2人は殆ど同じ時間に走り出した。
似ているようで、全く異なる気持ちをそれぞれに抱えながら。


【H-3 南部 一日目 朝】
イスラ・レヴィノス@サモンナイト3 】
[状態]:健康。両手にビジュの血が付着。
[装備]:魔界の剣@ドラゴンクエストⅣ 導かれし者たち
[道具]:不明支給品0~1個(本人確認済み)、基本支給品一式(名簿確認済み) 、ドーリーショット@アークザラッドⅡ
     鯛焼きセット(鯛焼き*2、バナナクレープ*3、ミサワ焼き*2、ど根性焼き*1)@LIVEALIVE、ビジュの首輪、
[思考]
基本:首輪解除と脱出を行い、魔王オディオを倒してアズリア達を解放する。
1:何も考えずに走る。
2:これで、いいんだよな?
3:途中危険分子(マーダー等)を見かけたら排除する。
4:エドガーとルッカには会った方がいいかな?
5:極力誰とも会わず(特にアズリア達)姿を見られないように襲われたり苦しんでいる人を助けたい。
6:今は姉さんには会えない………今は。
[備考]:
※高原、クロノ、マッシュ、ユーリルの仲間と要注意人物を把握済み。
※参戦時期は16話死亡直後。そのため、病魔の呪いから解かれています。
※ビジュの首と胴は海に捨てました。

時系列順で読む


投下順で読む


053:大切な人がくれたもの エルク 081:奔る紫電の行方、燃える炎の宿命(さだめ)
アズリア
046-2本気の嘘(後編) 無法松
058:いつか帰るところ イスラ 076:“剣の聖女”と死にたがりの道化


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最終更新:2010年06月30日 21:40