有名な漢詩からの引用も、なにやら意味を取り違っているらしき聖帝。
国、敗れ、まさしく山河だけが残ったのが、昭和20年夏、わが国の姿でありました。食うや、食わずの暮らしに始まる7年の歳月は、わが国の長い歴史に訪れた、初めての、そして、最も深い断絶であり、試練でありました。
平成25年4月28日 主権回復・国際社会復帰を記念する式典 内閣総理大臣式辞(Internet Archive)
毎日新聞によるツッコミ
最初に疑問に思ったのは2013年4月28日の「主権回復・国際社会復帰を記念する式典」での次の一節。
「国、敗れ、まさしく山河だけが残った」
杜甫の有名な漢詩の初め「国破れて山河あり」をふまえているのは明らかなので「破れ」ではないかと思いました。同僚も同じ疑問を持ったようで、校閲の引き継ぎ帳に「政府発表原本では『敗れ』なので放置」とありました。まあこれは、引用であることを明示していないので、間違いではありません。
首相演説の「能うる限り」は「能う限り」の誤りでは?校閲記者コラム
なお、同コラムではスピーチ内にある「能うる限り」にいたっては文法的に成立していないと厳しい評価を下している。
なお、同コラムではスピーチ内にある「能うる限り」にいたっては文法的に成立していないと厳しい評価を下している。
『春望』
出典の『春望』は作者の杜甫が長安に幽閉されて二年目に詠んだ五言律詩。国破とは国都が破壊されることの意味。かつて200万人の人口を誇った長安が賊軍に破壊され家族からの手紙さえもなかなか届かないが、自然は何も変わらず葉が茂り花が咲く、それが悲しい。という内容(『漢詩鑑賞事典』石川忠久)
実は勝った負けたの話ではなかったのである……。
塚本幼稚園(森友学園)の超解釈
国家の安定は国防でありその国防をになっている自衛隊及び、自衛官(昼夜、我が国を外国より守っている人々(防人))に対して敬意を払い、国民を代表して感謝の誠を捧げております。「国破れて山河あり」国家があってこその国民であり、家族であり、個人であります。
園の歴史(Internet Archive)