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リリィ編 > 3



真っ白に敷き詰められた雪の中、私は立つ。
真っ白な空から降り積もる、無限の雪。
きっと、誰かの溜息や涙が天で凍って降り続いているのだろうと私は思った。
どうすれば、この雪を止めることができるのだろう。

「……おい、起きろ」

天から声がする。きっと気のせい。
私に雪が降り積もる。ふわふわの雪の中に私の体が埋もれていく。
雪の中は暖かい。ぬくぬくしている。

「……起きろ、リリィ=ハーゲンダルク」

天空から巨大な雲の拳骨が落ちてくる。
私の体は雪で埋もれて動けない。避けられない。

ゴツン。

「……起きたか?」
「痛い、ですぅ~」
頭を押さえて、呻く。
「……何度呼んでも起きないからだ」
彼女は腕を組んで、そう言い放った。
私を起こした相手を見る。
銀色の、ぼさっと腰まで長く伸ばした髪。
ウサギのように赤い眼。
灰色の戦闘服で身を包んだ姿。
「シルバーレイン。人を起こすときはもっと優しく起こしてください~」
「……お前の場合、揺さぶっても起きないだろうが」
「それはきっとこの、ふかふか毛布のせいですよ~」
ほらほらと軽い真っ白な毛布を持ち上げて見せたのに彼女は無視。
ヒドいです。
もぞもぞと動き、ベットからスリッパを履いて出ると寒気を感じた。
目覚まし時計を確認すると、午前2時半。
「まだ真夜中じゃないですか!」
「……それがどうした」
「良い子はお休みの時間です。リリィは寝ます」
「……リリィは悪い子だから起きていても問題はない」
彼女は怖い眼で私を睨み付ける。うう~。
「……ホーローが動いた。仕事だ」
「…………」
まぁ、そんなところだと思いましたよ。
「あいかわらず彼にこだわるんですねぇ~。こんどプロポーズしたら……嘘です!ごめんなさいですぅ!」
ひいぃ。蛇のような眼で睨まれましたよぉ。
「……5分やる。準備しろ」
「せめて8分ください~。5分の間だけ、二度寝するので」
「……あと3分」
うう、ヒドいですぅ。


「さみぃな……」
肺の奥から吐き出した息が、凍てついた空気の中で凝縮して白い霧となる。
能力の青い霧を従えて、真夜中のビルの上に俺は立っていた。
高層ビルの間を抜ける強い風が、藍色のマフラーをはためかせていた。
頭上を見上げると、満月。月明かりのおかげで、視界は良好。
携帯で情報をもう一度だけ確認する。
敵がいる場所は、目の前のビルの7階。
ゴーストに高額の金を払って仕入れた情報だ。精度は高い。
「さてと……行きますか」
腰から一本の短剣を取り出し、投げる。
向かい側のビルの屋上、旗を立てるポールに突き刺さる。
「……“固有磁場”発動」
右腕を伸ばしたまま、ビルから飛ぶ。
奈落に落下しかけた体が空中で止まり、見えない糸で繋がったように短剣を目指して引き寄せられる。
そのまま、ビルの側面に静かに着地。壁を伝い屋上に到着した。侵入成功。
右腕を強く引き、短剣をポールから引き抜き、回収する。
誰かが見ていたならば、サイコキネシスのように見えただろう。
「……“固有磁場”解除」
左腕の三本の時計の、真ん中の時計を起動させ、再起動時間の計測を開始する。
多用ができない機能だ。
監視装置に気を遣いつつ、排気口から侵入するため屋上の空調装置を目指した。


「『こちら警備室。定時連絡。午後2時半、異常なし』」
たりぃ仕事だと、濱野は思った。
素行の悪さが原因で、第七研究所に異動になった時には肝を冷やしたが、警備員という楽な仕事で助かった。
この第七研究所は良い噂を聞かない。
聞けば、ここに異動になったやつは3年以内に死ぬという噂まで流れていた。
確かに廊下でスレ違うやつらは胡散臭い格好をしているが、身内を殺すことはないだろうと思う。
(だって俺たちは正義の味方だぜ。正義の味方が仲間を殺すわけがねぇじゃねぇか)
タバコを吸いながら、だらけた姿で画面を確認していた。
ガシュッと音がして、後ろの自動ドアが開く。
「んあ?交代の時間か?……」
間抜けな声を出して、次の瞬間後悔する。
「え……エデンさん」
すぐさま直立不動の体勢をとり、敬礼する。しまった。室内がヤニ臭い。
「映像を出せ。屋上だ」
「は、はい」
震える手で端末を操作する。やばい。やばいぞ。
「私の“気配を察知する”能力では、誰も検知していませんが……」
「5分前の映像を流せ」
頭をフル回転させ、忘れかけていたやり方を思い出す。そうだ、こうだ。
「こ、これですが……な、何も映っていないと思いますが」
「そこだ、止めろ。……画面右上端の色が違う。これは……青色だな」
それは数ビットにも満たない違い。画面に目を近づけてようやく確認できるかどうかの違いだった。
「あ、も、もうしわけございません!」
深々とお辞儀をする。頼む、許してくれ。
「えーと……警報装置はと、これかよ」
俺を無視して警報を出すらしい。良かった。やっぱり正義の味方だよなぁ。
と、油断していた俺の首元を握りしめられる。
「ぐっ……!」
「寝ぼけてんのかよ、テメぇ」
喉を圧迫されながら、両脚が浮き上がるのを感じた。
片手で80キロある俺の体を持ち上げられている!
「す、すびばせ……」
「目ぇ覚ましとけ……オラ!」
そのまま俺の後頭部を警報装置に叩きつけられ、俺は意識を失った。

警報が鳴りびく。赤いランプが狂ったように回転している。
「起きたかよ。って、死んだか」
警報装置には赤い血の華が咲いていた。
「『ドグマのホーローに勇敢に立ち向かって死にました』っと。新聞記者にはこんな説明でいいか」
右手で携帯にメモしながら、左手で後ろの頭を掻く。
ドレッド風に巻かれた長い髪と、緑色のバンダナ。
多種多様の銀のアクセサリーで修飾されたジーパンに、黒光りする革のジャンバー。
その背中には、銀の髑髏が嗤っていた。
その男は警備室のマイクに向かってこう言い放つ。
「『こちら警備室。エデンだ。敵が侵入した。おそらく“ドグマ”のホーロー。目的は不明。
  てめえら、“機関”の誇りにかけて、15分以内にブッ殺せ』」

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最終更新:2011年02月19日 23:08
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