アットウィキロゴ

リリィ編 > 11



外気の凍えるような寒さから完全に遮断された地下施設。
チェンジリングデイ以降に廃棄された、各主要政府施設を結ぶ地下迷路。
都市伝説の舞台の地にドグマの本部はあった。
見上げても天井が見えないほど大きな黒い扉。
その扉の外。暗い闇の中、更に暗い闇を瞳に灯した少女が立つ。黒を基調とした服装の上から白衣を着ていた。
生温い風が吹き抜けた。
リンドウ
突然の後ろからの声に、彼女は振り向く。
「……ルロー」
茶色のフードで顔を隠した人影は、柔らかな仕草で彼女に近づく。
「ホーローが心配かにゃ?」
彼女はそれには応じず、外の闇を見据える。
ルローも答えを求めていないのか、その暗いフードを闇に向ける。
「もし、この作戦が成功したら。もし、ホーローがエデンに勝ったら。私は」
シンと静かな空間に、言葉が落ちる。
「私は彼と共にこの闇から抜け出す。争いも殺し合いも無い世界に住む」
闇の中で穏やかな微苦笑。
しかしそれも、暗闇の静けさにゆっくりと消えた。
「……リンドウ。ホーローがエデンに勝てる可能性は、万に一つも無いにゃ」
「……」
「リンドウ。ホーローは……死ぬために出された駒にゃ。もし生きて帰ってきたにゃら、きっとフォグがホーローを殺すはずにゃ」
「……わかってる。……わかってるってば」
耐えるように。何かを振り払うように。
固くキツく目を閉じた少女は、数瞬の後、再び目を開けた。
そこには冷徹な眼。本来のドグマ幹部としての目がそこにあった。
迫る靴音。
まるで軍隊のように、数百人の白を基調とした防刃の戦闘服の集団がこちらに向かってくる。
全員が強力な戦闘能力を持った戦士。公共の敵の抹殺を主な任務とするイレイザー。
その後ろに控えるのは、口角を吊り上げて笑っているエデン。
リンドウの周囲を風が吹き抜ける。
いつのまにか、黒いフード姿の人影がリンドウの周囲に立っていた。
ルローの近衛兵。人殺しを享楽とする13人の犯罪者達だった。
前方から近づいてきた騒々しい靴音が、一斉に止まる。
戦闘服の集団が二列に別れ、その間を歩いて来るドレッド頭のエデン。包帯男のジュセル。翼の生えたイザナミ
その後ろに控えるように、服装を赤で統一した和服の女が居た。
にやにやしながらエデンが喋る。
「やっと糞モグラのネグラを掘り当てられた訳だ。気分はどうだ?モグラ共」
リンドウも笑顔を浮かべて言い返す。
「こんばんわ、お間抜けさん。……エデン。悪いけど、あなたの能力、頂くわよ」
「テメェら如きにできるならな……」
エデンがリンドウを指差す。
「あれがテメェらが殺すべき羊だ。進みやがれ騎士共!」
“機関”の騎士達が一斉に面頬や仮面を付け、武器を掲げ突進する。
「……行くにゃ」
ルローの命令と共に、隠し持っていたナイフや鋼糸を袖口から出し、迎え撃つ殺人鬼達。
機関の戦闘員と、フードの戦闘狂達が交錯しあう。
戦いが始まった。


例えば、永遠の夏がそこにあったとして。
俺らの時間がそこで止まっていればと、願う。
海辺ではしゃぐ君の笑顔。
足裏から伝わる、焼け付くような白い砂の感触。
どこまでも続くように、透明に透きとおるように、輝く海と空。
いつまでもそのままで在って欲しかった。

「……時間だ」

口にすると同時に手首に内蔵された隠し剣を抜刀。
リンドウに向かって瞬時に跳躍。腕を振るう。
鮮血が舞った。
リンドウの首筋の横。そこに急に現れた逞しい腕は、防錆仕様のナイフを握っていた。
一瞬でその腕を切り裂き、勢いでナイフまでも破壊する。
「!?」
襲撃者が驚くよりも先に、茂みに隠れている本体に一気に近づき、押し倒してマウントポジションを取る。
「……マック=D=ザイモン。お前が来る事は運命に記載されている」
倒れ込んだブロンド頭に後ろから告げる。筋肉隆々とした体躯を押さえつけるのには、俺の今の躯では苦労する事ではない。
「某国のエージェント。体の一部を転送できる能力者。ただし転送範囲に限界がある」
瓶底眼鏡を外してリンドウが“鑑定”した。
無理矢理動こうとする敵の、関節を全て砕く。
「私たちの目的に気付いて、仲間を巻き込まず一人で行動し、暗殺計画を立てた貴方はとても優秀」
男の横に立つリンドウの手には注射器。その切っ先が、太陽に反射して光る。
痛みに呻く敵を前にして、『可哀相だ、止めろ』と思う心と、『殺さなくては』と思う二つの思考が俺の中で揺れていた。
「だから、さようなら」
敵の首筋に注射器が突き刺さる。筋肉の無い部分を貫いて、奥の血管に薬剤が注入される。
男の深緑の瞳孔が散乱。そして、ゆっくりと項垂れた。

まるで眠るように、敵は死んだ。

ドクン、と心臓が跳ねる。殺しに、いや、殺しを見ることに慣れる事は無い。
「……すまない、リンドウ。俺が殺すべきだったのに……」
まだ温かい死体から手を離す。彼女は俺の方を見らず、海を見ていた。
鉄のような血の匂いが周囲に漂う。場違いのように綺麗な海に、一本の腕が鮮血を流しながら波に揺れていた。
「これじゃ、もう泳げないわね」
水から上がったリンドウは、髪を拭きながら、黒い携帯で連絡していた。
俺は足元を見る。そこに転がる死体を見る。
死んでしまったら何もかもが終わりだ。
俺は、殺しも殺されもしたくない。
だけど何故――俺はここに居るのか。
悪の巣窟である、“ドグマ”に。
「誰も、過去の過ちを償う事はできない。人は侵した罪を背負い続ける事しかできない」
振り返ると、いつの間にか着替え終わっていたリンドウの姿があった。
「ヨシユキ。貴方はまだ償って戻れる場所がある。選択は貴方次第よ」
「俺……次第……」
「二つは選べないわ、ヨシユキ。そろそろ覚悟を決める事ね」
リンドウからの言葉を受け取った俺は空を見上げる。
憎憎しいまでに、澄み渡った青い空だった。

そして今、目の前に広がるのは戦場。
“機関”率いる『騎士』と呼ばれる能力者の戦闘員共と、ルローの部隊が戦っていた。
勝負は明らかにこちらの劣勢。
リンドウの姿を確認すると、ルローに守られながら、次第に壁へと追い詰められていくのが見えた。
「リンドウッ!!!」
叫び声を上げながら、目の前に居た三人の騎士をナイフで感電させ、気絶させる。
真っ直ぐにリンドウの元へと走り抜けていく。
なぜ俺は、あの夏の日の事を思い出したのだろうかと、疑問に思いながら。


群がる“機関”の騎士たちが、俺に気づき、武器の穂先を俺にも向けてくる。
放たれる火炎や冷気。肉食蟲の群れを回避しながら、ナイフを振り回す。
グチャリ、と泥が落ちるような音がした。
見たくなかったが、見た。自身の右腕が強酸で融け落ち、腐った肉の間から機械の腕が覗いていた。
不気味な白い仮面の騎士の眼が、仮面の奥で笑った。
「テメっ……!!!寝てろ!!!」
投げナイフで関節を狙う、と見せかけて、瞬時に仮面の騎士の右隣へと跳躍。
当たり前のようにナイフを回避した騎士の、首をおもいっきり蹴り付ける。
真っ直ぐに群れの中へ飛んでいき、ニ、三人巻き込みながら倒れていく。
ナイフで牽制しながら、リンドウの元へと急ぐ。
ズキズキ痛む右腕の、痛覚を遮断する。
やはり、と思ったが、俺の能力無効能力はこいつらには通用しない。
「ぁれ、ぉにぃさん?」
背筋に強烈な悪寒を感じた。振り返ると同時にナイフを掲げ、振り下ろされた斧の軌道を逸らす。
「こんばんゎ~って、何でここにぃるんですかぁ?」
「逃げて来たからに決まってるだろ」
少女から繰り出される黒斧の横旋を両手に掲げたナイフで防ぐ。
「にげ出したらけんきゅぅじょの人からぁたしにれんらくが入るはずなんですけど~?」
「知るか」
答えながらも冷や汗が流れ落ちる。斧は強力で、距離を取らなければすぐにやられる。
首に巻いた藍色のマフラーを振るう。
「目くらましなんてききま……っうう」
長い針が数本、イザナミの白く長い脚に刺さっていた。
針に塗ってあるのは強力な睡眠剤。
マフラーに隠して仕込んでいた針が、見事に当たった。
「って、これぐらい避けろよ」
避けるだろうと思っていたのに。
「ゅだんしましたぁ~うう……」
そのままがっくりと項垂れるイザナミを尻目に俺は黒い巨大な扉の下へと急ぐ。
女王のように、リンドウの周りに配置された黒いフードの殺人鬼たちは、圧倒的な数の騎士達と互角の勝負をしていた。
リンドウを守る輪に加わるために、騎士の合間を縫って近づく。
鉄線が首筋を狙って飛んできた。
「なっ」
寸前のところで身体を逸らして回避。その隙を狙って、騎士達が鑓や剣で突いてくるのも何とか回避。
鋼糸を握っていたのはフードの人間。その口元が歪んで冷笑していた。
「お前っ……俺は仲間だろ!」
再度近づこうとするも、鉄線が大きく振られ、俺は高く跳んで回避。
避けそこなった騎士達数人を肉切れに変えた。
他のフードの人間からも、俺に対して殺気を向けてきやがる。
くそっ。どうしても俺を入れない気か。
「リンドウ!!!ルロー!!!」
黒い扉の最上部に飛び移り、二人に呼びかける。
二人がピクリと反応する。俺を見つめるように、顔を上げた。目が合った。
それが最大の隙となった。
ルローの隙を狙って、超高速で放たれた炎の鑓が、リンドウへと向かう。
「あ……危ないっ!!!」
リンドウの前に現れる闇を纏った黒い影。その手が鑓へと手を伸ばす。
鑓が一瞬で消失した。
「なに……」
闇を纏った影が俺を見つけ、嗤った。
確かアイツ。カオル……

「余所見かよ。ホーローちゃんよぉ」

真後ろからエデンの声に、凍りつく。これだけ近づかれるまで、気配が全く無かった。
恐怖で動かない身体を理性で何とか動かす。避けるのを諦め、致命傷だけは回避しようと身体を捻った。
悠々と振られたエデンの軍用ナイフは、俺の機械の右腕を切断した。
騎士達の真上に落ちていく。全ての騎士は俺に対し剣や鑓を向けていた。
落ちながら俺は、さっきのリンドウやルローの視線を思い出していた。
あれは、全く知らない他者を見る目だった。


落ち行く躯は、しかし、鑓に貫かれる事は無かった。
ふわりと抱きかかえられて、騎士やリンドウ達のから少し離れた場所へと着地する。
柔らかな感触に抱きしめられ、顔を上げる。
銀の長い髪。赤い眼をした女が俺を抱きかかえていた。
「誰……だ……?」
「……喋るな。……気が散る」
乱暴に俺を地面に落とし、彼女は自身の体ほどある銀の大剣を騎士達に向けて牽制していた。
「ああ?何で銀ウサギがここにいるわけ?」
エデンが怪訝そうな顔で尋ねてくる。
騎士もルロー達も、第三者の介入で戦闘を中断していた。
「……無論。……お前の企みを妨害しに来た」
「ウッゼェッ。さっさと消えろや。“固有磁場”起動!」
エデンが背中から大量の黒い短剣を飛ばしてくる。
しかし、銀髪の女は落ち着いたままで、傍らに居る少女を呼んだ。
「……マトイ」
「はい」
銀紙の女の前に、ショートカットの青い髪の少女が出てくる。
服装も青。そして、手には金で装飾された青色の本を握っていた。
凛とした横顔は、和風美人を思わせた。
「ヤベッ」
「『反射せよハイドラ』」
本の中から、水の魚人が現れ、その手には水の鏡を握っていた。
そこに黒い短剣が吸い込まれ、同じ軌道で返っていく。
「ちぃっ!」
慌ててエデンが右腕を下へと向け、全ての短剣を床へと落とした。
前列に居た騎士の数人の盾にもナイフが突き刺さる。
焦りの色を浮かべながら、エデンが青色の少女に問う。
「……てめぇは死んだはずだろ。マトイ」
「はい。貴方に殺されまして」
にっこりと笑う彼女の周りで、騎士達が動揺する。
思い出した。蒼乃マトイ。確か“機関”の腕利きで、以前はリンドウ達も彼女の能力に苦しめられたと聞く。
“機関”の第七支部を以前指揮していたのは彼女だが、戦死したと聞いた。
「動揺するな。死者の言うことなど信じるな」
エデンが一喝し、部下の士気を保つ。
蒼乃マトイはバタンと本を畳み、エデンをスッと睨み付ける。
「一度は殺されましたが、これ以上……貴方の思惑通りにはさせません」
二人の間に圧力が高まっていく。騎士や俺にしても、体を僅かに動かすことさえ躊躇われた。

「はいソコまデですョ」

強烈な殺気の波動。
エデンとマトイの表情に緊張の色が広がり、瞬時に声の方向へと向く。
俺でさえ、今のあいつらが俺を味方だと思っているのか敵だと思っているのか分からないから多少は警戒する。
後者なら最悪だ。
「フォグ……」
長いコートを着た、史上最悪の殺人鬼。政府から、“世界の敵”の一人として、一般人にすら殺害の許可が降りている存在。
フェイブ・オブ・グールがそこにいた。


「フォグ!!!」
右肩の痛みも無視して、俺は叫んだ。
フォグは何処か面白そうな顔をして俺を見た。
「あァ、アナタですか。ソーリーホーロー。やっパりアナタには無理でシたネ。もうアナタは要りまセん」
「なっ……」
「リンドウちゃん。完成シテいマしたョ」
そう言ってフォグはリンドウに何か手渡す。大きさからして、何らかの錠剤。
何かの覚悟を決めるように逡巡した後、リンドウはそれを飲み干した。
「何かは知らないが、させるかよ。突撃しろ騎士共!」
前列の十名程度の騎士が、リンドウへと突撃する。
しかし、フードの殺人鬼達が撃退するまでも無く、その体は四散した。
「なに!?」
流石に動揺の色を隠しきれないエデンが、騎士達に停止を命じる。
虹色のモザイク模様の線が空中に浮かんでおり、それに触れた騎士の体が二つに分かれた。
「『切断する能力』?いや、これは……」
「私の能力。『転送する』能力よ。貴方の部下は、その境界に触れて裂けた」
リンドウが鼻を押さえて言った。鼻血が出ている様子だったが、隣にいたカオルがハンカチを差し出す。
「『転送する』能力だと?報告ではテメェの能力は『物を置き換える』能力……じゃないのかよ」
「エクザはね、エデン。貴方が思ってるほど単純な物じゃないのよ」
まるで子供をあやすような口調でリンドウは告げる。
「相手してあげたいけど、残念ながらあと5分で夜明けだわ。だから、さようなら」
リンドウが左手を大きく動かす。幾筋ものモザイクの線が、アジトごと全員を包み込む。
「リンドウ!!!」
銀髪の女の制止を振り切って、俺は前に出る。
「ホーロー……あなたは強い」
フードの殺人鬼が一人、また一人と転送され消えていく。
しかし、リンドウは俺を連れて行く様子は無い。
「その強さこそが、あなたの弱さでもあるのよ」
「何……だって?何を……」
ルローが消え、フォグも転送された。残っているのはリンドウと、隣に立つ黒い影を纏ったカオル。
フォグの脅威が消え、圧迫から開放された騎士が、リンドウの能力を避けながら近づいていく。
「あなたはそのまま自由に生きればいい。だから、さようなら。ヨシユキ」
彼女が最後に見せた微笑みを。その笑顔を。俺は失いたくなかった。
彼女に向かって手を伸ばす。能力を発動させる。この『能力を否定する』能力なら……
しかし、頼みの能力は発動することは無かった。
「行くなっ……リンドウ!」
叫ぶ。呼びかけることしか、今の俺には出来ない。
間合いを詰めた騎士たちが飛び掛るも、カオルが振ったナイフで惨殺されていく。
やがて、ナイフを振るうカオルが消え、リンドウの笑顔が消え、アジトごと消失した。
唸るような地響きが聞こえた。
「ちっ。支えとなるネグラが消失した。お前ら引け!撤退だ!」
エデンが叫ぶ。どうやらこの地下空間が崩れるらしいが、俺にはどうでも良かった。
心が無くなってしまったかのように、何も考えることが出来ない。
「ああ……俺は……」
俺は――
俺は――
俺は――
「……行くぞ」
残った左腕を抱きかかえられて、空中へと浮かぶ感覚がした。
風に舞う銀色の長い髪が見えた。
轟音と崩れ落ちる岩の間を擦り抜けていく。
いくつかの岩が俺の体に直撃したが、痛みを感じなかった。
引っ張られるように闇の中を進んでいくうちに、俺の瞼も落ち、意識も闇へと沈んでいく。
そこから先は何も覚えていない。


登場キャラクター



タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2011年08月19日 02:27
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。