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リリィ編 > 12



隕石の残りだろうか。燃える彗星が空を流れていく。
俺の頬にも冷や汗が流れ落ちた。
「……え?」
「捨てろと言ったのだ、ヨシユキ」
父さんは、何を言っているんだ?
幼馴染は弱い喘鳴を繰り返す。
早く病院に連れて行かなければ、助からないと小さな俺でもわかる。
業を煮やしたのか、俺の肩から彼女を乱暴に落とす。
彼女は小さく呻いてアスファルトに落ちる。
そのまま父さんは俺の腕を掴み、無理やり車に乗せようとした。
「嫌……だ……」
「……何?」
「放せよ!」
手を振って、父親の手の甲に爪を立て腕を振り払う。
「……っ、この、馬鹿モノが!」
おもいっきり殴られ、幼馴染と同じ場所に倒れる。舌でなぞると、奥歯が折れていたのが分かった。
「ちっ……お前の代わりなどいくらでもいるわ。この業火の中でのたれ死ぬがいい」
怒ったまま父さんは車に乗り、母さんもこちらを一瞥もせず車に乗り込む。
俺達に排気ガスを噴きかけながら、黒い車は去っていった。
「……大丈、夫?」
俺は幼馴染に問うが、返事が無い。
周りの家々から火の手が上がっていく。
煙と熱気を吸い込んで、意識がクラクラする。
この場所にいては俺たちも危ない。
逃げなければ。だが何処へ?
「大丈夫ッスか?」
顔を上げると、マネキンの白い顔があった。
「!?」
「おっと、こっちッスよ」
驚きつつ白いマネキンの隣に立つ青年を見た。身長から俺よりやや年上だと感じた。
頭に包帯を巻いていたが、快活そうな笑顔で俺を見た。
「シェルターまで案内するッス」
「わっ」
マネキンに担ぎ上げられて、体が中に浮かぶ。こいつら、近くのスーパーに置いてあったやつだ。
見ると、幼馴染も担ぎ上げられていた。他のマネキンが応急処置をしながら歩いていく。
青年をみると、携帯で何かぶつぶつ言っていた。
「やっぱり逃げられたッスね。ええ、それで…………」
助かった安堵感で、急に意識が遠くなっていく。
瞼を閉じ、マネキンの肩で揺られながら彼の挨拶を聞いた。
「ちなみに自分の名前はラヴィヨンっスよ。偽名だけどよろしくッス」


目を覚ましたのは、真っ白な部屋の中。病院ではなく、外国の雰囲気のする部屋だった。
右腕の痛みに呻いて体を横に動かすと、ベットの隣に座っている少女と目が合った。
真っ白でひらひらとした服装。純白の真っ直ぐに伸ばされた長い髪。
「これこれ男よ、死んでしまうとは情けないのです」
ジト目でそう言われた。
「ていうか、その場所はリリィの場所なのです。早く退くのです」
「……無茶……言うな」
無理やり半身を起こすが、痛覚を遮断し切れなかった右肩の激痛が全身を巡る。
視線を動かすと、右肩には包帯が巻かれ、腕は付いていなかった。
無くなったはずの腕の感覚だけが残っていて、妙な気分だった。
「……機械の体というのは、便利なものだな」
部屋の後ろ側。木製の扉に銀髪の女が居た。
手には銀の盆と水の入ったグラス。そして鎮痛剤らしき錠剤。
「……応急処置するまでも無く、損傷した血管が閉じられ、折れた骨格が金属で矯正される。……だが、全身が金属で無いというのはどういう理由だ?」
俺にコップと薬を手渡しながら、純粋な疑問を聞いてきた。
「エクザは魂に宿る……魂は肉体に宿る……だとか。よく分からないが、能力を効率よく使うためにわざとこういう体にしているらしい」
同じ疑問をこの体を創ったルジにも聞いてみたが、よく分からない答えが返ってきた。
実験結果なんだそうだ。
「……そうか」
納得したのか分からないが、彼女は立ち上がって窓を開けた。
風。
いや、これは潮風か。
見ると、夕陽か海の向こう。水平線に沈んで行くところだった。
「……しばらく換気していなかったからな。……冷気が堪えるか?」
「いや……平気だ」
薄く雲がかかった洛陽。冬の夕陽は、どこか物悲しい。

「どうして俺を助けた」

疑問だった。今はいつだとか、ここはどこだという疑問よりも聞かなければならない問題だった。
それに対し彼女は少し笑みを浮かべた。
「……お前を守ることが、私の贖罪だ」
「贖罪……」
「……お腹空いただろう。……何か食べるものを持ってくる」
そう言って彼女は部屋を出て行った。
横の白い少女を見ると、椅子の上でウトウトとしていた。
窓を閉めた後、彼女をベットまで運び羽根布団をかけてやる。
「まだ、方法は残っている」
ポケットの中から取り出したタロットカードを握り締めた。


パンとかぼちゃのスープを持ってきたが、ホーローは居なかった。
寝ていたリリィに問う。
「ホーローは何処だ」
「うぅ……むにゃ」
「シルバーレイン。外だ。出て行ったぞ。駅の方へと向かった」
部屋の奥から男の声が聞こえた。
眠っているリリィを放置し、外へと向かう。


「こんばんわ、ホーロー。待っていましたよ」
フール……」
凍て付きそうな夜の駅前。ベンチに座っていた男に呼びかける。
相変わらず何処にでも居そうなチャラチャラした格好をしている癖に、醸し出す雰囲気の不気味さは異常だ。
黒い中折れのツマミハットの縁には、白い雪が溜まっていた。
フールはいくつもの指輪やチェーンが嵌った手で、雪を取り除く。
「ほら。このカード」
“The Hanged Man”吊るされた男が描かれたカード。
俺が出したカードを恭しく受け取るフール。
「では、これでもう貴方に用はありませんね?」
「お、おい。ちょっと待てよ」
ジャリ、と革靴が音を立てて止まる。
「やれやれ。あなたはもう少し利口な方だと思っていたのですが」

銃口が俺に向けられていた。

「なっ……」
「全く。あなたのせいで僕は一人こっちの世界に取り残されました」
殺意は感じない。まるで、玩具のように本物の銃を俺に向けていた。
だが、その銃が何百人もの人を殺してきたことを俺は知っている。
「組織とは音信不通。まぁ。作戦を聞かなかった僕に対してのペナルティという事かもしれませんねぇ」
ファッションの一部と化していたその銃を、揺ら揺らと俺に向ける。
「あなたの弱さのせいで、僕らは僅かとはいえ危機に瀕した」
「……っ」
唇を噛み締め、責めるような視線から目を逸らす。
ふっ、と薄く笑い、フールは銃を仕舞った。
「まぁ、我々が負けるなど万に一つも無いことですが……ホーロー。あなたには覚悟が足りない」
「覚悟……」
「他者を殺す覚悟。嘘をつき、純粋な人間を騙す覚悟。善人を背後から突き刺す覚悟。そして――自らも犠牲にする覚悟。それらを持たない人が、彼女を守れるとお思いですか?」
リンドウ……
「俺は……」
何も言い返せなかった。
覚悟は決めたはずだった。だが、あの日から俺は、自らに嘘をつき続けているような気がする。
俺は彼女も、さらには見知らぬ他者でも守ろうとしていた。
「もう僕らに関わらないでください。あなたが居ると組織がブれる。弱いあなたのお守りは心底迷惑でした。さよなら、ホーロー」
黒い帽子をひらひらと振って、背を向けるフール。
フールの姿が消え、俺はその場に立ち尽くした。
「俺……は……」
体中の力が抜け、倒れこむようにベンチに座った。
雪が降り積もり、辺りは一段と寒くなっていく。


駅前を探していた私は、すぐにホーローを見つけた。
ベンチに座り、頭から肩まで雪が積もっている。
周囲を歩く人は、奴の姿に気づくと気味悪そうに避けて通っていた。
「……おい、死ぬぞ」
呼びかけても、反応はしない。
仕方なく私は、奴の隣に座る。
白い吐息が見えることから、生きている事は分かる。
「……何があった?」
「……何も……無い」
嘆息しながら、立ち上がる。
近くの自販機であたたかいの缶コーヒーを二つ買い、一本を手渡す。
弱弱しく、俯いたままホーローが受け取る。
「……そんなわけが無いだろう」
プルトップを開け飲もうとしたとき、声が聞こえた。
「俺には、今、何も……無い。戦う理由も、生きる、意味すら……無い」
飲むのを中断し、隣を見る。
そこには弱弱しい少年のような男の姿があった。
「エクザすら、失った」
ホーローが左手の平を突き出す。奴が発生させていた青い霧は、微かに蛍のように光るだけで、やがてそれも消えた。
エクザを失うことなどありえるのか、と疑問に思いながら奴を注視した。
しかし、そこまでエクザについて詳しくない私では、断定は出来ない。
「俺には、何も、無い」
今にも消え入りそうなか細い声。
壊れてしまいそうな、弱い姿。

その消えてしまいそうな彼を、私はしっかりと抱きしめた。

「なっ」
ホーローが驚く声を上げるも、私は更に力を込める。
「……すまない、ホーロー。……私のせいだ。……私が、お前から彼女を奪ってしまった」
「彼、女?誰だ?」
「……『ツバキ』。……お前は覚えていないだろうが、彼女さえ居れば、お前は……」
そうして、そっとホーローを放しその目を見て誓う。
「……私がお前を強くしてやる。……誰にも頼らず生きていけるように……今度は私が、お前を守る」


その日、夢を見た。
シェルターに運ばれて一週間。ここの生活にも随分なれた。
幼馴染の体調も徐々に回復してきて、かなり機嫌が良かった俺は鼻歌を歌いながら歩く。
周囲の大人たちも、状況に対応してきたのか、施設の再建などを進めていた。
俺は配給されたパンを持ってテントへと歩く。
ベットで寝ていた彼女は、看護師に介護されていた。
「どう?調子は」
俺に気づいた彼女がにっこりと笑う。そしてコクンと頷いた。
血色も良くなっていた。看護師に聞くと、来週には簡易ベットから出られるらしい。
それを聞いて、嬉しくなった俺は彼女に言った。
「良かったな!ツバキ!」


目を覚ます。
自然に流れていた涙を、俺は拭いた。
「ツバキ……?」
半身を起こして、周囲を確認する。白い部屋だが、前の部屋よりは質素でシンプルな部屋だった。
暗い部屋の中で、月の光だけが窓から差し込んでいた。
そのまま、再び倒れこむ。
胸に手を当てる。
「まるで……心に穴が開いたみたいだ……」
遠くでサイレンの音が響く。犬が吼える声も遠く聞こえた。
左手から伝わる心臓の音は、いたって正常。
だが、心の中は、壊れかけていた。
心の正常に残った部分が壊れないように、両膝で抱え込むように、守る。
守れなかった約束から。
失っている記憶から。
目を閉じ、安息の闇に身を任せた。
やがて訪れる夜明けを願いながら、俺は眠った。


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最終更新:2011年08月19日 02:31
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