◇◆◇◆◇
雄英高校 校庭 氷の領域内。 午後17時5分。
一面に広がるスケートリンクの只中に、シェフィたちの姿はあった。
シェフィの術式(ソードスキル)。氷凝呪法は彼女の生得術式ではない。
だが、この領域は彼女自身の心象風景によるものである。
シェフィにはその記憶はない。
今の彼女は真っ当な自我を取り戻しただけであり、記憶そのものはまだ多くの抜けがあるのだ。
シェフィの術式(ソードスキル)。氷凝呪法は彼女の生得術式ではない。
だが、この領域は彼女自身の心象風景によるものである。
シェフィにはその記憶はない。
今の彼女は真っ当な自我を取り戻しただけであり、記憶そのものはまだ多くの抜けがあるのだ。
それでもこの風景は、彼女自身の心象風景そのものだと、シェフィには――阿賀斗紫布菜には断言できた。
(なんでかしらね。ここはとても落ち着く。)
澄んだ湖をそのまま凍らせたような氷の大地。
その上をどうすれば疾く舞えるのか。靴底に生み出した氷のブレードをどう蹴れば、己の体がどの方向に進むのか。
加速するたびに肌を撫でる凍り付くような風も。ふうと漏れる息がわずかに白み、肺に氷点下の酸素が取り込まれる感覚も。
その全てを覚えている。
記憶はない。肉体だって本物じゃない。でもその魂が覚えている。
その上をどうすれば疾く舞えるのか。靴底に生み出した氷のブレードをどう蹴れば、己の体がどの方向に進むのか。
加速するたびに肌を撫でる凍り付くような風も。ふうと漏れる息がわずかに白み、肺に氷点下の酸素が取り込まれる感覚も。
その全てを覚えている。
記憶はない。肉体だって本物じゃない。でもその魂が覚えている。
多分この光景は、シェフィにとってとても大切なものなのだ。
ずっと前に無くした翼を取り戻したような感動が、シェフィの全身を駆け巡る。
同時に、マイ=ラッセルハートの編集(エディット)を喪失したことにより、彼女の犯した罪の重さもシェフィにははっきりと理解できた。
ずっと前に無くした翼を取り戻したような感動が、シェフィの全身を駆け巡る。
同時に、マイ=ラッセルハートの編集(エディット)を喪失したことにより、彼女の犯した罪の重さもシェフィにははっきりと理解できた。
(アズールの気持ちも今なら分かるわね。
彼女はきっと、マイ先生――マイさんにこの原風景を穢された。)
彼女はきっと、マイ先生――マイさんにこの原風景を穢された。)
彼女は自分の記憶を植え付けるだけでなく、大切な人たちの記憶を消していた。
血を分けた弟のこと。背中を預けた仲間のこと。自分を救ってくれたギルドのこと。
血を分けた弟のこと。背中を預けた仲間のこと。自分を救ってくれたギルドのこと。
この場のシェフィにとって、キャルを初めとする美食殿との縁は薄い。赤ん坊時代の自分を助けてくれた恩義と信頼はあれ、本格的に彼女たちの仲間となるのはもっと後の話である。
だが、マジアアズール――水神小夜にとってはそうではない。
だが、マジアアズール――水神小夜にとってはそうではない。
――私とシェフィちゃんに何をしたの!?
さっきまで信頼していた存在に、憎悪と敵意の身を向ける目。赤ん坊のシェフィにとって、豹変した彼女の姿はトラウマとさえいえた。
ザラサリキエルによって編集(エディット)の影響を喪失し、間違ったパズルを嵌めなおすように、小夜とシェフィはマイ=ラッセルハートの敵になった。
ザラサリキエルによって編集(エディット)の影響を喪失し、間違ったパズルを嵌めなおすように、小夜とシェフィはマイ=ラッセルハートの敵になった。
それは見る人が見れば……特に、記憶操作能力に凄まじい敵意を抱くルルーシュに言わせれば『救済』ともいえる事象だろう。
あるいは水神小夜でさえそう認識しているかもしれない。
あるいは水神小夜でさえそう認識しているかもしれない。
「マイさんは、どうしてあんなことをしたんだろう。」
それでもと、シェフィは思う。
あの別れ方はきっと正しいものじゃなかった。ザラサリキエルの介入などではなく、もっと別の形で彼女と決別をするべきだった。
自分は、マイ=ラッセルハートのことを何も知らない。
知らないままに敵になり、知らないままに悪と決めつけ、知らないままに戦うのは。酷く釈然としない。
あの別れ方はきっと正しいものじゃなかった。ザラサリキエルの介入などではなく、もっと別の形で彼女と決別をするべきだった。
自分は、マイ=ラッセルハートのことを何も知らない。
知らないままに敵になり、知らないままに悪と決めつけ、知らないままに戦うのは。酷く釈然としない。
事実、ただ暴力を重用する魔獣のような男だと思っていた豊臣秀吉にも、彼なりの矜持と覚悟があるのだとシェフィは知った。
人の記憶を奪い、人の大切なものを踏みにじって。それでも致命傷を負った小夜を助けようとしたマイ=ラッセルハートにもまた、彼女なりの矜持と覚悟があるのだろうとなぜだか確信が持てた。
人の記憶を奪い、人の大切なものを踏みにじって。それでも致命傷を負った小夜を助けようとしたマイ=ラッセルハートにもまた、彼女なりの矜持と覚悟があるのだろうとなぜだか確信が持てた。
その矜持に目を向けず、ただ悪と断ずることは。きっとヒーローのすることじゃないのだと。
自分を取り戻し始めた少女の眼は、少しずつ少しずつ、この世界を映し始める。
自分を取り戻し始めた少女の眼は、少しずつ少しずつ、この世界を映し始める。
◇◆◇◆◇
「断っておくがな、私も運営の方々も八百長試合をしたいわけではない。
誰かを勝たせるような真似をする五道化はいないし、よほどの想定外が起こらなければいかような展開も許容する。」
誰かを勝たせるような真似をする五道化はいないし、よほどの想定外が起こらなければいかような展開も許容する。」
スケートリンクの中央に立つザラサリキエルが、眉間に皺をよせゴルドバイザーの棒先で地面を突き刺した。
摩擦の無い大地に立つ五道化の体を、殺し合いの運行者たる鳳凰の錫杖で強く支える。
ぱきりと足元で氷が砕け、ザラサリキエルは息を吐き出す。氷の空間の中に居ながら、その息は全く白んでいない。
摩擦の無い大地に立つ五道化の体を、殺し合いの運行者たる鳳凰の錫杖で強く支える。
ぱきりと足元で氷が砕け、ザラサリキエルは息を吐き出す。氷の空間の中に居ながら、その息は全く白んでいない。
「ただ、参加者(こま)の価値はあらゆる点において平等ではない。これもまた事実だ。
ヒースクリフ様やクルーゼ様が選んだ時点で、お前たちに期待された役割は明確に差がある。
生かすべき理由とでも言うべきか。その有無はこの盤面において何より大きな意味を持つ。」
ヒースクリフ様やクルーゼ様が選んだ時点で、お前たちに期待された役割は明確に差がある。
生かすべき理由とでも言うべきか。その有無はこの盤面において何より大きな意味を持つ。」
古今東西、生まれも常識も違う者たちの思想を束ねる統率力。
殺し合いという異様な環境においてその存在感を発揮する影響力。
殺し合いを殺し合いとして動かす、個人が有する殺傷力。
あるいは極めて個人的な、運営との因縁。さながら運命力とでもいうべきもの。
殺し合いという異様な環境においてその存在感を発揮する影響力。
殺し合いを殺し合いとして動かす、個人が有する殺傷力。
あるいは極めて個人的な、運営との因縁。さながら運命力とでもいうべきもの。
キラ・ヤマトやキリトのように運営に活躍を期待される者。4凶のように圧倒的な実力で盤面を踏み荒らす者。
或いは殺し合いを掻きまわす台風の目と期待されたルルーシュ・ランペルージのような参加者の価値は、相対的に高くなる。
二代目ゼロが指摘したように、そうした者たちの初期配置や支給品が有利なものである例だってある。
ザラサリキエルにしてみれば、そうした期待をヒースクリフやクルーゼに与えられることそのものが参加者の価値であり。
健全でも公平でもないと理解した上で、その点に不満を持つことをザラサリキエルは認めない。
或いは殺し合いを掻きまわす台風の目と期待されたルルーシュ・ランペルージのような参加者の価値は、相対的に高くなる。
二代目ゼロが指摘したように、そうした者たちの初期配置や支給品が有利なものである例だってある。
ザラサリキエルにしてみれば、そうした期待をヒースクリフやクルーゼに与えられることそのものが参加者の価値であり。
健全でも公平でもないと理解した上で、その点に不満を持つことをザラサリキエルは認めない。
さながら将棋の駒が種類ごとに動きが違い、歩兵と飛車角では有する価値が違うように。
想定外の成長をとげていたやみのせんしや、自身を追い詰めたマイ=ラッセルハートのような例外を差し引いても、ザラサリキエルの価値基準は恐ろしいほどに明確で。参加者の間に生まれた優劣が覆ることはない。
想定外の成長をとげていたやみのせんしや、自身を追い詰めたマイ=ラッセルハートのような例外を差し引いても、ザラサリキエルの価値基準は恐ろしいほどに明確で。参加者の間に生まれた優劣が覆ることはない。
「そして貴様らには、もう価値はない。
私が言いたいのはそれだけだ。」
私が言いたいのはそれだけだ。」
そう言ってザラサリキエルは空いた左手にサブマシンガンを構え、引き金を引く。
髑髏のマークの刻まれたサブマシンガン……スコルピウスから噴き出した鋼の殺意に、シェフィは目を見開く。
髑髏のマークの刻まれたサブマシンガン……スコルピウスから噴き出した鋼の殺意に、シェフィは目を見開く。
「武器生成!!?そんな能力も……」
「ギアスキャンセラーだけで五道化を名乗れると思ったか?
私が有する権能をもってすれば、この程度児戯にも等しいぞ!!」
「ギアスキャンセラーだけで五道化を名乗れると思ったか?
私が有する権能をもってすれば、この程度児戯にも等しいぞ!!」
叫びと共に破裂音が領域に響いた。
銃弾の雨を防いだ氷壁に穴が空き、氷上を滑るシェフィの軌跡を追うように削れ弾ける耳障りな音が響き渡る。
一瞬でも気を抜けば、ハチの巣になるのは氷壁ではなく自分自身。
その事実にシェフィの頬を冷たい汗が伝い、半面その姿を見たザラサリキエルはその姿に失笑するように目を細めた。
銃弾の雨を防いだ氷壁に穴が空き、氷上を滑るシェフィの軌跡を追うように削れ弾ける耳障りな音が響き渡る。
一瞬でも気を抜けば、ハチの巣になるのは氷壁ではなく自分自身。
その事実にシェフィの頬を冷たい汗が伝い、半面その姿を見たザラサリキエルはその姿に失笑するように目を細めた。
(0005bが真に領域を扱えているのなら、奴の術式は必中になっているはずだ。
であればあのような氷壁を生み出す必要はない。
銃口を氷で固めるだけで、銃火器を封じることができる。)
であればあのような氷壁を生み出す必要はない。
銃口を氷で固めるだけで、銃火器を封じることができる。)
羂索により術式の知識を持つザラサリキエルにとって、シェフィの対応は己の拙さを露呈したも同然である。
だがそれも仕方ない事だろう。
シェフィは呪術師ではない。与えられたソードスキルは相性が良くても身に馴染んだ能力とは言い難い。
何よりほんの数分前まで、彼女の精神は赤子同然であったのだ。
いわば今の彼女は、蛹から生れ落ち柔らかな翅のまま空を飛ぶことを強いられているも同然だ。
だがそれも仕方ない事だろう。
シェフィは呪術師ではない。与えられたソードスキルは相性が良くても身に馴染んだ能力とは言い難い。
何よりほんの数分前まで、彼女の精神は赤子同然であったのだ。
いわば今の彼女は、蛹から生れ落ち柔らかな翅のまま空を飛ぶことを強いられているも同然だ。
――そしてそんなことは、ザラサリキエルの知ったことではない。
「哀れだな0005b。これでも貴様には多少期待していたんだ。
キリトたちのようにアバターの肉体を与えられ、七冠の権能とも縁がある竜の端末。
私個人としては、はっきり言って下手なザフト軍人やキヴォトスの生徒より評価していたくらいだ。」
「そんなこと言われて、喜ぶ気にはなれないわよ!」
「そうか。どちらにせよ過去形だ。
半日も赤ん坊のまま足手まといに甘んじ、与えられた幸運の全てを無駄にした。」
キリトたちのようにアバターの肉体を与えられ、七冠の権能とも縁がある竜の端末。
私個人としては、はっきり言って下手なザフト軍人やキヴォトスの生徒より評価していたくらいだ。」
「そんなこと言われて、喜ぶ気にはなれないわよ!」
「そうか。どちらにせよ過去形だ。
半日も赤ん坊のまま足手まといに甘んじ、与えられた幸運の全てを無駄にした。」
ザラサリキエルが、失望を込めて舌打ちを響かせた。
七冠の権能を持つ彼女は、ごく自然に【美食殿】の面々に興味と警戒を抱いていたし、もう一人の【美食殿】はいつしかルルーシュの鉈降り役に収まるという快挙を成し遂げていたことから、彼女の警戒は正しかったと言えた。
七冠の権能を持つ彼女は、ごく自然に【美食殿】の面々に興味と警戒を抱いていたし、もう一人の【美食殿】はいつしかルルーシュの鉈降り役に収まるという快挙を成し遂げていたことから、彼女の警戒は正しかったと言えた。
シェフィは素質(せいのう)だけなら、もう一人の美食殿ことキャルを優に上回る。
ザラサリキエルにしてみればキリトやガッチャ―ドに次ぐ主役に収まるのではと、内心期待したことさえあった。
ザラサリキエルにしてみればキリトやガッチャ―ドに次ぐ主役に収まるのではと、内心期待したことさえあった。
ではその期待に見合った働きをシェフィがしていたかと問われれば、まず間違いなく否である。
「そのくせ、マイ=ラッセルハートのような三下から”救ってやった”のにこのザマだ。
失笑以外のどういう感情を抱けばいい?」
失笑以外のどういう感情を抱けばいい?」
ザラサリキエルは弾の切れたサブマシンガンを投げ捨て、入れ替わるように巨大な砲身を片手で掴んでシェフィに向ける。
ロケットランチャー。名称:セイントプレデター。
自虐的な少女の武装を、サバイブカードの力で強化された肉体は片手で軽々と担ぎ上げ。憂さを晴らすように黒い花火が撃ちあがる。
ロケットランチャー。名称:セイントプレデター。
自虐的な少女の武装を、サバイブカードの力で強化された肉体は片手で軽々と担ぎ上げ。憂さを晴らすように黒い花火が撃ちあがる。
セイントプレデターの砲撃は、巨大な弾道というよりクラスター爆弾に近い。
空中で弾け無数の小型爆弾に変わるその攻撃は、黒い雹のようだとシェフィには思えた。
その全てにむせ返るほどの硝煙の匂いと、肌を刺すほどの殺意が織り込まれていることを除けばであるが。
空中で弾け無数の小型爆弾に変わるその攻撃は、黒い雹のようだとシェフィには思えた。
その全てにむせ返るほどの硝煙の匂いと、肌を刺すほどの殺意が織り込まれていることを除けばであるが。
「次から次へと……!!」
降り注ぐ攻撃は壁では防げないと、立ち止まったシェフィは自身を覆う形で氷のドームを生み出し防いだ。
頭上で氷が爆ぜ溶けるたびに、呪力と魔力を練り込んで砕けたドームを修復をしていく。
その操作に意識を向けながら、さっきのザラサリキエルの言葉がシェフィには引っかかり続けた。
頭上で氷が爆ぜ溶けるたびに、呪力と魔力を練り込んで砕けたドームを修復をしていく。
その操作に意識を向けながら、さっきのザラサリキエルの言葉がシェフィには引っかかり続けた。
「助けたって言うのは、マイさんの記憶操作を解いたことを言ってるの?」
「他に何がある。
あの程度の数合わせにいいように利用されて、恥を知れ。」
「他に何がある。
あの程度の数合わせにいいように利用されて、恥を知れ。」
その評価がさも当然だと言わんばかりに、ザラサリキエルは鼻で笑う。
「そもそもあの女は、ルルーシュ・ランペルージに対するあて馬も同然の存在だ。
記憶操作の異能は皇帝サマにとって逆鱗も同じだからな。
適度に殺し合いを加速させたのち、ルルーシュか相応の者たちに打ち取られて終わるとふんでいた。
そうならなかった奴の幸運と生き汚さには驚嘆と評価に値するが、それでも駒としての奴の価値は最底辺といっていい。」
「それは……そういう人としてしかあの人を見てないからそう思うんじゃないの?」
記憶操作の異能は皇帝サマにとって逆鱗も同じだからな。
適度に殺し合いを加速させたのち、ルルーシュか相応の者たちに打ち取られて終わるとふんでいた。
そうならなかった奴の幸運と生き汚さには驚嘆と評価に値するが、それでも駒としての奴の価値は最底辺といっていい。」
「それは……そういう人としてしかあの人を見てないからそう思うんじゃないの?」
その言葉はザラサリキエルの糾弾や、自分を正当化するためのものではなかった。
ただ本心から、シェフィが浮かべた疑問。
捨て駒だとか。最底辺だとか。生き汚いだとか。意図して口さがなく罵るザラサリキエルの言葉遣いから誰かを理解しようという感覚が微塵も感じられなかったことに対する、シェフィなりの違和感の言語化だった。
ただ本心から、シェフィが浮かべた疑問。
捨て駒だとか。最底辺だとか。生き汚いだとか。意図して口さがなく罵るザラサリキエルの言葉遣いから誰かを理解しようという感覚が微塵も感じられなかったことに対する、シェフィなりの違和感の言語化だった。
「……あの人が正しいとは私も思わないわ。
でも、そこまで言われるいわれがあるとは、私には思えない。」
でも、そこまで言われるいわれがあるとは、私には思えない。」
記憶が戻った今となっては、マイ=ラッセルハートはシェフィの恩師ではない。
だが全く知らない他人というわけでもなかったし、水神小夜のようにすぐさま敵へと認識を切り替えたわけではない。
だが全く知らない他人というわけでもなかったし、水神小夜のようにすぐさま敵へと認識を切り替えたわけではない。
シェフィは思い出していた。マイ=ラッセルハートが水神小夜の記憶を助けろと覇世川左虎に詰め寄る、悲痛な表情を。
ドゴルドに殺されかけた小夜を助けたいというよりは、小夜を見捨てるという”大嫌いな何かと同じ選択をする”ことを、魂が拒絶していたかのような。そんな顔をしていた。
それはまるで助けてほしいのは小夜ではなく……彼女自身であるかのように。今のシェフィには思えてならない。
ドゴルドに殺されかけた小夜を助けたいというよりは、小夜を見捨てるという”大嫌いな何かと同じ選択をする”ことを、魂が拒絶していたかのような。そんな顔をしていた。
それはまるで助けてほしいのは小夜ではなく……彼女自身であるかのように。今のシェフィには思えてならない。
「あの人は……助けてほしそうな顔をしてたわよ。」
「知るかよ。あんなクソハッカー。」
「知るかよ。あんなクソハッカー。」
確信をもって告げられるシェフィの言葉は、ザラサリキエルには理解できない。
誰かを助けるだとか、誰かに助けてほしいだとか。ザラサリキエルにとってそう言うイベントは、価値のある主役(コマ)がしてこそ意味がある。
マイ=ラッセルハートは価値のある駒ではない。
そしてザラサリキエルにとって、今のシェフィも同様に価値のない駒である。
誰かを助けるだとか、誰かに助けてほしいだとか。ザラサリキエルにとってそう言うイベントは、価値のある主役(コマ)がしてこそ意味がある。
マイ=ラッセルハートは価値のある駒ではない。
そしてザラサリキエルにとって、今のシェフィも同様に価値のない駒である。
「そういうモブキャラ同士のドラマなんぞ、ヒースクリフ様もクルーゼ様も求めていない。
だからお前たちには価値が無いんだ。」
だからお前たちには価値が無いんだ。」
ザラサリキエルの指が二度目のセイントプレデターの引き金を引く。
今度の射撃はシェフィの頭上ではなく、正面に向かって降り注いだ。
今度の射撃はシェフィの頭上ではなく、正面に向かって降り注いだ。
クラスター爆弾の恐るべき点は、攻撃範囲の広さ。
不発弾も相応にでるものの、携行サイズにまで落ちた銃弾の動きはだれも予測がつかないほど複雑だ。
砲身も爆弾も小さく軽い。先んじて起きた爆発や反射された破片にぶつかり合い、射程以上にその攻撃範囲は広かった。
不発弾も相応にでるものの、携行サイズにまで落ちた銃弾の動きはだれも予測がつかないほど複雑だ。
砲身も爆弾も小さく軽い。先んじて起きた爆発や反射された破片にぶつかり合い、射程以上にその攻撃範囲は広かった。
「きゃっ!!!」
頭上からの攻撃は防いだシェフィも、地面に当たり飛び散る散弾は防ぎきれない。
砕けた氷の破片が、跳ね返った爆発が。爆ぜることなく残り続けた黒鉄の雹が。
シェフィの体にめり込み、コートを引き裂き突き刺さる。
その攻撃は、アバターの肉体を持つシェフィの致命傷たりえない。ザラサリキエルも当然そんなことは理解している。
それでも立ち上がり再度臨戦態勢に入るのに1分は掛かる。それだけの時間シェフィを戦闘不能にするだけで、ザラサリキエルには十分だったのだ。
砕けた氷の破片が、跳ね返った爆発が。爆ぜることなく残り続けた黒鉄の雹が。
シェフィの体にめり込み、コートを引き裂き突き刺さる。
その攻撃は、アバターの肉体を持つシェフィの致命傷たりえない。ザラサリキエルも当然そんなことは理解している。
それでも立ち上がり再度臨戦態勢に入るのに1分は掛かる。それだけの時間シェフィを戦闘不能にするだけで、ザラサリキエルには十分だったのだ。
死告邪眼のザラサリキエルは己の強みを、個々の権能のクオリティにあると考えている。
エケラレンキスやコルファウスメットに種類では劣るが、七冠の権能とギアスキャンセラーは1つ1つが切り札と言って差し支えなく。対応力も極めて高い。
特に1対1の戦闘において、近接戦闘には乱数聖域(ナンバーズアヴァロン)、異能にはギアスキャンセラーと特攻とも言うべき能力を備えている。
特に1対1の戦闘において、近接戦闘には乱数聖域(ナンバーズアヴァロン)、異能にはギアスキャンセラーと特攻とも言うべき能力を備えている。
「これで後は貴様を片付ければいいだけだ。」
「戯言を。」
「戯言を。」
クラスター爆撃をシェフィに集約したことで、その一手の間秀吉は完全にフリーになっていたことに、ザラサリキエルは気づいている。
その隙を見逃す秀吉ではない。氷の足場ながら一切態勢を崩すことなく、丸太のような拳でザラサリキエルへと殴りかかった。
神旺エクス・アリスタルコスが白色に輝き、太陽が拳の形を成したかのよう。
その隙を見逃す秀吉ではない。氷の足場ながら一切態勢を崩すことなく、丸太のような拳でザラサリキエルへと殴りかかった。
神旺エクス・アリスタルコスが白色に輝き、太陽が拳の形を成したかのよう。
「劣化複製(デッドコピー):誓約女君(レジーナゲッシュ)」
その拳はザラサリキエルには届かない。
体の端にオレンジ色のノイズが走り、ザラサリキエルに当たるはずだった秀吉の拳はノイズに阻まれて空を切った。
体の端にオレンジ色のノイズが走り、ザラサリキエルに当たるはずだった秀吉の拳はノイズに阻まれて空を切った。
「ほう……攻撃の境を読み切る異能か。」
「絶対攻撃絶対防御。
今の貴様を潰すのに、この異能1つで事足りる。」
「絶対攻撃絶対防御。
今の貴様を潰すのに、この異能1つで事足りる。」
こつんと秀吉の鎧に何かがあてられる。
いつの間にか再装填を終えていたセイントプレデターの銃口が、秀吉の腹部に突き付けられ。ザラサリキエルは迷いなくその引き金を引いた。
いつの間にか再装填を終えていたセイントプレデターの銃口が、秀吉の腹部に突き付けられ。ザラサリキエルは迷いなくその引き金を引いた。
一瞬砲身が赤く光ったかと思えば、ゼロ距離の鎧に阻まれ出口を失ったクラスター爆弾が、ランチャーの中で誘爆を繰り返し弾け飛ぶ。
砕けた破片や銃弾サイズの爆弾が飛び散る中、秀吉は見た。
ザラサリキエルの纏ったオレンジ色のノイズがいくつかの銃弾にもかかっていたことを。
砕けた破片や銃弾サイズの爆弾が飛び散る中、秀吉は見た。
ザラサリキエルの纏ったオレンジ色のノイズがいくつかの銃弾にもかかっていたことを。
「うぐっ……」
セイントプレデターは粉微塵に弾け飛び、炸裂した衝撃が秀吉の腹を抉りこむ。
誓約女君(レジーナゲッシュ)の権能を受けた破片や銃弾は、宇蟲王やその配下との戦いで損傷した鎧の最も脆い部分を的確に砕き。秀吉の肉体に突き刺さった上そのいくつかが鎧の中で生き起きよく爆ぜた。
生きたまま腸をかき混ぜられるような激痛に苦悶の声を上げ、濁った血がのどまでせり上がる。
半壊した鎧の隙間から見える秀吉の体は血に染まり、鎧の隙間からべちゃべちゃと粘ついた液体が漏れ出始めた。
誓約女君(レジーナゲッシュ)の権能を受けた破片や銃弾は、宇蟲王やその配下との戦いで損傷した鎧の最も脆い部分を的確に砕き。秀吉の肉体に突き刺さった上そのいくつかが鎧の中で生き起きよく爆ぜた。
生きたまま腸をかき混ぜられるような激痛に苦悶の声を上げ、濁った血がのどまでせり上がる。
半壊した鎧の隙間から見える秀吉の体は血に染まり、鎧の隙間からべちゃべちゃと粘ついた液体が漏れ出始めた。
「無様だな裂界武帝。
仮にも4凶に次ぐ実力者と想定していたが、貴様もまた己が役目を果たすことなく価値を失った憐れな駒だ。」
仮にも4凶に次ぐ実力者と想定していたが、貴様もまた己が役目を果たすことなく価値を失った憐れな駒だ。」
塵を見るような冷たい視線と声色だった。
もはやザラサリキエルの中で、豊臣秀吉は終わった存在だ。そんな態度に秀吉の顔が敵意で歪む。
もはやザラサリキエルの中で、豊臣秀吉は終わった存在だ。そんな態度に秀吉の顔が敵意で歪む。
「またそれか……。
貴様程度に我を推し量れるなど。思い違いもここまでくると怒る気さえ失せるわ。」
「思い違い?いいや正当な評価だ。
貴様に求めるのは武力と影響力。その両方が無い貴様など、裸の王も同然だ。」
貴様程度に我を推し量れるなど。思い違いもここまでくると怒る気さえ失せるわ。」
「思い違い?いいや正当な評価だ。
貴様に求めるのは武力と影響力。その両方が無い貴様など、裸の王も同然だ。」
ザラサリキエルが豊臣秀吉に求めたのは、その強さと影響力だった。
軽々に殺し合いに乗ることはないだろうが、徹底的な実力主義と苛烈な態度からルルーシュほどではないにせよ殺し合いをかき回す存在になる可能性も考えられた。
強さやカリスマを元に配下を集め勢力を築くか、ルルーシュやキラと言った『主役』に対する試練として機能するか。
そのような想定は不運にも彼に協調する者が現れなかったことでなされることはなく。それどころかとっくに男の体は限界を迎えていた。
軽々に殺し合いに乗ることはないだろうが、徹底的な実力主義と苛烈な態度からルルーシュほどではないにせよ殺し合いをかき回す存在になる可能性も考えられた。
強さやカリスマを元に配下を集め勢力を築くか、ルルーシュやキラと言った『主役』に対する試練として機能するか。
そのような想定は不運にも彼に協調する者が現れなかったことでなされることはなく。それどころかとっくに男の体は限界を迎えていた。
改めてザラサリキエルは、値踏みするような目を秀吉に向ける。
左腕には肘から先が無く、その手に会ったはずの令呪も失われていた。
砕けてボロボロの鎧には小さな穴が空き、その奥からどろどろとした赤い液体が絶えずしたたり落ちていく。
そもそも威力もお粗末だ。誓約女君(レジーナゲッシュ)の権能で躱した攻撃は、全力の半分の威力もない。
左腕には肘から先が無く、その手に会ったはずの令呪も失われていた。
砕けてボロボロの鎧には小さな穴が空き、その奥からどろどろとした赤い液体が絶えずしたたり落ちていく。
そもそも威力もお粗末だ。誓約女君(レジーナゲッシュ)の権能で躱した攻撃は、全力の半分の威力もない。
さながら刃が錆びつき切れ味を失った刀のようだ。
そして死告邪眼のザラサリキエルには、使えないものを後生大事に残しておく主義はない。
己が肉体――アリウススクワッドのメンバーが扱う武器を。権能で再現して使い捨てるように。
キリトやキラのような例外を除いて、不要な駒は捨てるに限る。
そして死告邪眼のザラサリキエルには、使えないものを後生大事に残しておく主義はない。
己が肉体――アリウススクワッドのメンバーが扱う武器を。権能で再現して使い捨てるように。
キリトやキラのような例外を除いて、不要な駒は捨てるに限る。
『劣化複製(デッドコピー):迷宮女王(クイーンラビリンス)始原(アルファ)』
権能を再度切り替えたザラサリキエルの手の中に、巨大な鉄の棒が握りこまれる。
名称:アイデンティティ。
髑髏のマークのついた対物ライフルは、至近距離で撃ちだすにはあまりに過剰な武器であったが。必要最低限ギリギリの火力を撃ち込んで殺し損ねる方がザラサリキエルにとって面倒なのだ。
名称:アイデンティティ。
髑髏のマークのついた対物ライフルは、至近距離で撃ちだすにはあまりに過剰な武器であったが。必要最低限ギリギリの火力を撃ち込んで殺し損ねる方がザラサリキエルにとって面倒なのだ。
「今のお前には何もない。だから勝てないし……だから弱い。」
ザラサリキエルの指が、アイデンティティの引き金を引く。
空き缶をゴミ箱に捨てるようなあっさりとした気分と共に。14.5mm弾が領域の風を切り裂いた。
空き缶をゴミ箱に捨てるようなあっさりとした気分と共に。14.5mm弾が領域の風を切り裂いた。
◇
ズタズタに切り裂かれたコートは傷口から垂れる血でまだらな赤に染まり初め。10を超えるだろう裂傷全てが不快な熱さを伴っている。
そんな感覚を前に、シェフィは赤ん坊のように上ずった声を上げそうになり。それを必死に飲み込みながら、蒼い剣を支えに立ち上がる。
だがその顔に闘志があるかと言われれば、評価が難しいところだろう。戦場の只中に居るのに、どこか呆けたような顔は見る者が見れば舐めていると取られてもおかしくないものだった。
当然、シェフィは緩んでいるわけでも舐めているわけでもない。
ただ彼女の『性質』が悪い形で作用していた。
より正確に言えばこの瞬間――シェフィには赤子相応の精神性しか表に出てきていなかったのだ。
そんな感覚を前に、シェフィは赤ん坊のように上ずった声を上げそうになり。それを必死に飲み込みながら、蒼い剣を支えに立ち上がる。
だがその顔に闘志があるかと言われれば、評価が難しいところだろう。戦場の只中に居るのに、どこか呆けたような顔は見る者が見れば舐めていると取られてもおかしくないものだった。
当然、シェフィは緩んでいるわけでも舐めているわけでもない。
ただ彼女の『性質』が悪い形で作用していた。
より正確に言えばこの瞬間――シェフィには赤子相応の精神性しか表に出てきていなかったのだ。
「ふえぇ……。」
赤子のような上ずった声が、シェフィの口から自然と漏れる。
『痛い』と『怖い』が全身を蝕む中、ばきんと何かが割れるような音が響いた。
見上げると領域の天井……シェフィの呪力で与えられた空間に僅かなひびが入っている。
数分も経たずに砕けてしまうだろう。そうすればただでさえ不利な中ザラサリキエルを倒す目は完全に消える。
『痛い』と『怖い』が全身を蝕む中、ばきんと何かが割れるような音が響いた。
見上げると領域の天井……シェフィの呪力で与えられた空間に僅かなひびが入っている。
数分も経たずに砕けてしまうだろう。そうすればただでさえ不利な中ザラサリキエルを倒す目は完全に消える。
ドゴルドや宇蟲王を相手にした時と、似たような感覚がシェフィの背を撫でる。
その感覚は赤ん坊から戻るたびに強まっていた。
ザラサリキエルはドゴルドと同格とのことだが、単純な殺傷力と容赦のなさで言えばザラサリキエルの方が上だとシェフィは理解してしまった。
その感覚は赤ん坊から戻るたびに強まっていた。
ザラサリキエルはドゴルドと同格とのことだが、単純な殺傷力と容赦のなさで言えばザラサリキエルの方が上だとシェフィは理解してしまった。
――貴様らには、もう価値はない。
挑発の意図が無い、それが世界の真理かのような冷徹な言葉の意味を、シェフィは遅れて理解し始める。
自分では勝てない、そのような可能性をそもそも与えられていない。
ザラサリキエルを倒すのはデクのようなヒーローか、彼女が『主役』と認めるだけのものが与えられた人間ではないか。
自分では勝てない、そのような可能性をそもそも与えられていない。
ザラサリキエルを倒すのはデクのようなヒーローか、彼女が『主役』と認めるだけのものが与えられた人間ではないか。
だとしたら、今の自分には何もできない。
ここで戦う意味なんて何一つ……。
ここで戦う意味なんて何一つ……。
「勝てないから弱いとほざいたか。
語るに落ちたな道化。貴様の話には前提からして粗があるとまだ気づかぬのか。」
語るに落ちたな道化。貴様の話には前提からして粗があるとまだ気づかぬのか。」
覇気の籠った言葉と共に、巨大な何かが落下する音がザラサリキエルのいた場所に響いた。
それが巨大な氷塊だとシェフィが気づいたのは、ザラサリキエルがギリギリで攻撃を躱し砕けた破片が飛び散った後だ。
そんな真似を出来る人間は1人しかいない。 シェフィも、その攻撃をギリギリで躱したザラサリキエルも、声のする方を見た。
それが巨大な氷塊だとシェフィが気づいたのは、ザラサリキエルがギリギリで攻撃を躱し砕けた破片が飛び散った後だ。
そんな真似を出来る人間は1人しかいない。 シェフィも、その攻撃をギリギリで躱したザラサリキエルも、声のする方を見た。
隻腕に加え腹部が爆発してもなお、秀吉の足は氷の大地にあって滑るどころかふらつくことさえなく。雄大に大地を踏みしめている。
その足元には、秀吉より大きいクレーターのような抉れが出来ていた。
まるで巨大なスプーンで氷の大地を掬ったかのようにすっぽりと開いた穴をあけたのは秀吉だ。
その抉り取った氷塊を盾にして対物ライフルの一撃を凌いだのだ。それを証明するように周囲には大小さまざまな氷の破片が飛び散っている。
その足元には、秀吉より大きいクレーターのような抉れが出来ていた。
まるで巨大なスプーンで氷の大地を掬ったかのようにすっぽりと開いた穴をあけたのは秀吉だ。
その抉り取った氷塊を盾にして対物ライフルの一撃を凌いだのだ。それを証明するように周囲には大小さまざまな氷の破片が飛び散っている。
「貴様やヒースクリフ共の定むる価値など、強さには何1つ結びつかぬ。
弱きを捨て、己が覇道を邁進する覚悟と矜持。勝敗を分けるものなどそれただ1つに他ならん。
強さを求める者に貴賤も尊卑もあるはずはなし。真に弱きは強さに繋がらぬものを妄信し、弱気を捨てきれぬどころかその妄執が弱さであることを理解さえも出来ぬ貴様のことよ。」
弱きを捨て、己が覇道を邁進する覚悟と矜持。勝敗を分けるものなどそれただ1つに他ならん。
強さを求める者に貴賤も尊卑もあるはずはなし。真に弱きは強さに繋がらぬものを妄信し、弱気を捨てきれぬどころかその妄執が弱さであることを理解さえも出来ぬ貴様のことよ。」
そう言ってのけると秀吉は、周囲に散らばった氷からひと際大きな氷塊を掴み、ザラサリキエルへと投げつける。
砕けた氷塊とはいえ、シエフィの体と大差ないサイズの氷塊だが、無数の権能どころかキヴォトス人の肉体を持つザラサリキエルには大したダメージは与えられないはずだ。
それが分からない秀吉ではないはずだと、ザラサリキエルはアイデンティティを氷塊に向けながら警戒を強める。
だがその氷塊が、ザラサリキエルへと落ちることはなかった。
砕けた氷塊とはいえ、シエフィの体と大差ないサイズの氷塊だが、無数の権能どころかキヴォトス人の肉体を持つザラサリキエルには大したダメージは与えられないはずだ。
それが分からない秀吉ではないはずだと、ザラサリキエルはアイデンティティを氷塊に向けながら警戒を強める。
だがその氷塊が、ザラサリキエルへと落ちることはなかった。
「ふんっ!!」
秀吉が唸ると同時に、浮いた氷塊の真ん中を、何かが勢い良く貫いた。
それを銃弾だと考えたザラサリキエルだったが、秀吉が銃火器を持っているのなら『氷塊を投げる』なんて回りくどいことはしないはずだ。
二発目もまた氷の塊だ。先に投げたものより小さい、バスケットボールくらいの大きさの氷塊。
砲丸投げどころかソフトボールのような勢いでぶつかり合った氷塊が、ザラサリキエルの頭上で砕けガラスのようにゆっくりと破片が落下していく。
それを銃弾だと考えたザラサリキエルだったが、秀吉が銃火器を持っているのなら『氷塊を投げる』なんて回りくどいことはしないはずだ。
二発目もまた氷の塊だ。先に投げたものより小さい、バスケットボールくらいの大きさの氷塊。
砲丸投げどころかソフトボールのような勢いでぶつかり合った氷塊が、ザラサリキエルの頭上で砕けガラスのようにゆっくりと破片が落下していく。
「氷の塊を投げたかと思えば、今度は別の小さな氷で砕く……何がしたい?
腕どころか知能も失ったのか?」
「知れたこと。
貴様に殴る蹴るが通じぬのならば、別の手で我が足元に跪かせるのみ。」
腕どころか知能も失ったのか?」
「知れたこと。
貴様に殴る蹴るが通じぬのならば、別の手で我が足元に跪かせるのみ。」
落下していく破片たちがザラサリキエルの周囲を覆う。
その一瞬の隙が秀吉の狙いであった。
削れたクレーターに足をかけ、一気呵成に飛び上がる。
その右手――神旺エクス・アリスタルコスが日輪のごとき輝き纏い、小さな太陽のように輝いた。
その一瞬の隙が秀吉の狙いであった。
削れたクレーターに足をかけ、一気呵成に飛び上がる。
その右手――神旺エクス・アリスタルコスが日輪のごとき輝き纏い、小さな太陽のように輝いた。
その拳も熱も、ザラサリキエルにはまだ届かない。
だが――その光は、僅かに先んじて届く。
日輪の光はザラサリキエルの周囲に飛び散る氷の雨によって反射と屈折を繰り返し、やがてそれはザラサリキエルの眼を焼くほどに集約された。
まるで太陽が地上に降りたかのように、その光は狂暴に敵を刺す。
だが――その光は、僅かに先んじて届く。
日輪の光はザラサリキエルの周囲に飛び散る氷の雨によって反射と屈折を繰り返し、やがてそれはザラサリキエルの眼を焼くほどに集約された。
まるで太陽が地上に降りたかのように、その光は狂暴に敵を刺す。
「目を……!!」
キヴォトスにも閃光弾は存在する。
即ち――キヴォトス人にも『眼潰し』は有効だ。
キヴォトス人を素体にした五道化とて、その弱点は例外ではない。
即ち――キヴォトス人にも『眼潰し』は有効だ。
キヴォトス人を素体にした五道化とて、その弱点は例外ではない。
とっさに目を塞いだが、それは秀吉の攻撃の対応策を自ら捨てたも同然。
周囲の氷が拳の熱で溶解するともに、秀吉は握りしめた拳を開き、無防備になったザラサリキエルの頭部をがっしりと掴みかかる。
周囲の氷が拳の熱で溶解するともに、秀吉は握りしめた拳を開き、無防備になったザラサリキエルの頭部をがっしりと掴みかかる。
「あの橙の靄。おそらく”回避できない攻撃”には無力であろう。
故にこのまま、貴様の顔面を握りしめて握力と手甲の熱で焼けばよい。」
「きっさま……あの一瞬でそこまで正確に……」
故にこのまま、貴様の顔面を握りしめて握力と手甲の熱で焼けばよい。」
「きっさま……あの一瞬でそこまで正確に……」
誓約女君(レジーナゲッシュ)の権能の正体は、現実に起こる乱数調整だ。
特定の操作をすることでゲームのアイテムドロップを確実にするように、僅かにでも回避やクリティカルヒットの可能性があれば、その権能は可能性を手繰り寄せる。
乱数という概念さえ知らない秀吉にその概念を理解することは不可能だが、構えだけで真人の力を見切ったように膨大な経験値から相手の弱点を見抜くことは秀吉にとって難しくはない。
特定の操作をすることでゲームのアイテムドロップを確実にするように、僅かにでも回避やクリティカルヒットの可能性があれば、その権能は可能性を手繰り寄せる。
乱数という概念さえ知らない秀吉にその概念を理解することは不可能だが、構えだけで真人の力を見切ったように膨大な経験値から相手の弱点を見抜くことは秀吉にとって難しくはない。
「我は腕を失い。令呪を失い。貴様には攻撃の境を防ぐ異能がある。
……それがどうした?
ヒースクリフやクルーゼの準じる価値のみで我を断じ、その程度の異能で我の歩みを止められると思うた貴様の驕りよ。」
「何を……」
「もう一度言う。貴様やヒースクリフ共の定る価値は、強さや結果とは何一つ結びつかぬ!ただの妄言よ!」
……それがどうした?
ヒースクリフやクルーゼの準じる価値のみで我を断じ、その程度の異能で我の歩みを止められると思うた貴様の驕りよ。」
「何を……」
「もう一度言う。貴様やヒースクリフ共の定る価値は、強さや結果とは何一つ結びつかぬ!ただの妄言よ!」
その叫びを前に、シェフィは秀吉と目が合った。
秀吉は弱者を顧みない。
この時点のシェフィなど秀吉にとっては眼中になく、その言葉もザラサリキエルへの異議以上のものではなかった。
秀吉は弱者を顧みない。
この時点のシェフィなど秀吉にとっては眼中になく、その言葉もザラサリキエルへの異議以上のものではなかった。
「真に弱きは、戦うべき戦いを避け!そこに己が覇を賭ける事も出来ぬ者!!
下らぬ番付に現を抜かし、目の前の敵を見もせぬものでは!『4凶』どころか我を倒すことさえ不可能よ!!」
下らぬ番付に現を抜かし、目の前の敵を見もせぬものでは!『4凶』どころか我を倒すことさえ不可能よ!!」
だが、その言葉には、豊臣秀吉という男の矜持がこれでもかと込められている気がして。
それはきっと彼なりの『正義』と呼ぶべきものなのだろうと。
そんな思いと共にシェフィの体の震えが止まった。赤子の竜はもうどこにもいない。
それはきっと彼なりの『正義』と呼ぶべきものなのだろうと。
そんな思いと共にシェフィの体の震えが止まった。赤子の竜はもうどこにもいない。
「好き勝手言ってくれるな……赤猿!!」
反面、ザラサリキエルの状態は悪化の一途をたどっていた。
エクス・アリスタルコスの熱で表皮がじゅうじゅうと音をたて、眼球が沸騰し視神経が針で刺されたように痛い。
銃弾に強い――銃弾が持つ熱にも強いキヴォトス人の外皮とはいえ、限度はある。
錠前サオリの端正な顔が焼けただれることなどザラサリキエルにはどうでもいいが、自分がボロボロの覇王に良いようにしてやられるというのは、どうしようもないムカつきをザラサリキエルにもたらしていた。
エクス・アリスタルコスの熱で表皮がじゅうじゅうと音をたて、眼球が沸騰し視神経が針で刺されたように痛い。
銃弾に強い――銃弾が持つ熱にも強いキヴォトス人の外皮とはいえ、限度はある。
錠前サオリの端正な顔が焼けただれることなどザラサリキエルにはどうでもいいが、自分がボロボロの覇王に良いようにしてやられるというのは、どうしようもないムカつきをザラサリキエルにもたらしていた。
「『劣化複製(デッドコピー):迷宮女王(クイーンラビリンス)』」
故にザラサリキエルの次の攻撃は、ともすればやけっぱちともいえる行動で。
その異常性にいち早く気づいたのは、領域の主たるシェフィであった。
その異常性にいち早く気づいたのは、領域の主たるシェフィであった。
簡易領域。という技術が存在する。
呪術界において『領域展開』に対するもっともポピュラーな能力であるそれは、相手の領域を前に小さな領域をぶつけて中和するというのが基本だ。
羂索のような術師にとっては常識に等しい能力だが、この場でそれを知るのは呪いに携わる数名だけだ。
呪術界において『領域展開』に対するもっともポピュラーな能力であるそれは、相手の領域を前に小さな領域をぶつけて中和するというのが基本だ。
羂索のような術師にとっては常識に等しい能力だが、この場でそれを知るのは呪いに携わる数名だけだ。
ザラサリキエルは呪力を扱えない。
羂索により知識を与えられてはいたが、呪術に精通した存在には程遠い。
”似たようなものが扱える素養”はあれど、この時点でのザラサリキエルに簡易領域は使えない。
だが『空間の性質を別のものに上書きする』というのなら、ザラサリキエルにはうってつけの権能を有していた。
羂索により知識を与えられてはいたが、呪術に精通した存在には程遠い。
”似たようなものが扱える素養”はあれど、この時点でのザラサリキエルに簡易領域は使えない。
だが『空間の性質を別のものに上書きする』というのなら、ザラサリキエルにはうってつけの権能を有していた。
「簡易領域(オブジェクト変更)。
領域内属性を、氷から烈火に変換(コンバート)。」
領域内属性を、氷から烈火に変換(コンバート)。」
スケートリンクのど真ん中、ザラサリキエルを中心とした半径1mほどに、突如として炎に覆われる。
その炎がザラサリキエルごと秀吉を包み、鋼の鎧から肉が焼けるような音と黒煙が立ち上る。
ただでさえ満身創痍の体で、腹には穴が空き出血だって戦える状態じゃない。
その上で全身を焦がされ、常人ならば戦うどころか生きる気力さえ失うはずだ。
その炎がザラサリキエルごと秀吉を包み、鋼の鎧から肉が焼けるような音と黒煙が立ち上る。
ただでさえ満身創痍の体で、腹には穴が空き出血だって戦える状態じゃない。
その上で全身を焦がされ、常人ならば戦うどころか生きる気力さえ失うはずだ。
「貴様がそう来るのなら……根競べよ!!」
それでも秀吉は倒れない。
顔を握りこむ力はむしろザラサリキエルを逃がさないという強迫観念のようなものが感じられた。
顔を握りこむ力はむしろザラサリキエルを逃がさないという強迫観念のようなものが感じられた。
秀吉は理解しているのだ。ザラサリキエルを逃がして事態が好転することはあり得ない。
ここでザラサリキエルを潰すことは、秀吉にとってもはや絶対条件だ。
ここでザラサリキエルを潰すことは、秀吉にとってもはや絶対条件だ。
「……役立たずのくせに。調子づきやがって。」
ぼそりと、胸の内のどす黒い感情を零すように呟く。
だがザラサリキエルにとって、下手に逃げられるよりこの状況は好都合でさえあった。
だがザラサリキエルにとって、下手に逃げられるよりこの状況は好都合でさえあった。
「根競べだと?『4凶』や『主役』ならまだしも、テメエのようなモブ落ちした雑魚がいつまで私と対等なつもりでいるんだ!!」
不快や不満をまぜこたにしたどす黒い声をあげ、ザラサリキエルはゴルドバイザーを強く握る。
今のゴルドバイザーには、ザラサリキエルが有していた3枚のサバイブカードが装填されている。
そのカードを中心に、ゴルドバイザーから一気に熱が噴き出たことに、秀吉どころかシェフィも気づいた。
今のゴルドバイザーには、ザラサリキエルが有していた3枚のサバイブカードが装填されている。
そのカードを中心に、ゴルドバイザーから一気に熱が噴き出たことに、秀吉どころかシェフィも気づいた。
サバイブカードは、殺し合いを勝ち抜く力だが。主な性質は純粋な強化によるものだ。
烈火と疾風。炎と風。
オブジェクト変更の権能を通じて世界に漏れ出すその炎が、ザラサリキエルの体を巡り秀吉をより一層焼きつくす。
烈火と疾風。炎と風。
オブジェクト変更の権能を通じて世界に漏れ出すその炎が、ザラサリキエルの体を巡り秀吉をより一層焼きつくす。
エクス・アリスタルコスの焔によるダメージが、サバイブカードの防御力・耐性強化で目に見えて減衰し。秀吉の体は熱を相殺しているエクス・アリスタルコスから離れるほどに赤く焼けただれ始めていた。
それでも秀吉は、歯を食いしばり握り続ける。
万力のような握力は、錠前サオリがキヴォトス人でなければそれだけで頭蓋を砕きかねないほど。
死にかけの男のどこからそんな力が出てくるのか、ザラサリキエルには理解できない。
それでも秀吉は、歯を食いしばり握り続ける。
万力のような握力は、錠前サオリがキヴォトス人でなければそれだけで頭蓋を砕きかねないほど。
死にかけの男のどこからそんな力が出てくるのか、ザラサリキエルには理解できない。
「何が……何がお前を動かす?何が……」
うわごとの様な言葉が、ザラサリキエルから漏れる。
それが『恐怖』とよばれるものであることを、今のザラサリキエルには理解できず。
それが『恐怖』とよばれるものであることを、今のザラサリキエルには理解できず。
「私たちは何も、喪いたくないからよ。」
ザラサリキエルの耳に、背後から少女の声が聞こえた。
炎の壁を抜けた氷竜の少女には、秀吉とよく似た強い気概が感じ取れて。
その変化が否応なく苛立たしいとザラサリキエルが感じるよりも早く、起きた事象は3つある。
炎の壁を抜けた氷竜の少女には、秀吉とよく似た強い気概が感じ取れて。
その変化が否応なく苛立たしいとザラサリキエルが感じるよりも早く、起きた事象は3つある。
秀吉の体が光に包まれた――意識を戻したシェフィによりユウキの剣の強化が働き始めたのだ。
そして背後から迫っていたシェフィの青い剣が――ザラサリキエルの右腕を一気に切り裂いた。
そして背後から迫っていたシェフィの青い剣が――ザラサリキエルの右腕を一気に切り裂いた。
そして3つ目に、ザラサリキエルは確かに見た。
シェフィがザラサリキエルの腕を両断する刹那に弾けた――黒い火花を。
◇
サバイブカードはそもそも、殺し合いを管理するために運営から与えられた力である。
対主催が強ければマーダーに、マーダーが強ければ対主催に。与えることで戦力を整える。
対主催が強ければマーダーに、マーダーが強ければ対主催に。与えることで戦力を整える。
もちろんここで言う『対主催』や『マーダー』に、マイ=ラッセルハートのような『端役』は含まれないことは、ザラサリキエルにとって大前提だ。
坂柳有栖とかいうNPCにカードを渡すコルファウスメットや、享楽に任せ星野瑠美衣やグリオンのようなろくでもないことしかしない面子にカードを配るエケラレンキスとは違うという自負がある。
坂柳有栖とかいうNPCにカードを渡すコルファウスメットや、享楽に任せ星野瑠美衣やグリオンのようなろくでもないことしかしない面子にカードを配るエケラレンキスとは違うという自負がある。
だが今のザラサリキエルに、プレイヤーにカードを配るという選択肢はほとんどない。
ルルーシュの闇檻奪取。メラの覚醒。その他大小さまざまなイレギュラー。
立て続けに起こる異常事態を調整するにあたり、どのようにカードを与えても対処療法でしかない。
であれば自分が握り切り札として使ったほうが有効だ。
渡すにしろ状況が煮詰まった後か、自分を倒した存在に渡せばいい。ザラサリキエルはそう考えていた。
ルルーシュの闇檻奪取。メラの覚醒。その他大小さまざまなイレギュラー。
立て続けに起こる異常事態を調整するにあたり、どのようにカードを与えても対処療法でしかない。
であれば自分が握り切り札として使ったほうが有効だ。
渡すにしろ状況が煮詰まった後か、自分を倒した存在に渡せばいい。ザラサリキエルはそう考えていた。
だから右腕の切断――その先にあるゴルドバイザーをシェフィに奪われる可能性に気づいた瞬間。ザラサリキエルの目的はカードの保護へと切り替わる。
カードを渡すこともだが。”渡すつもりが無いカードを参加者に手渡す”ことが、運営側としてのザラサリキエルの矜持を酷く傷つけたのだ。
カードを渡すこともだが。”渡すつもりが無いカードを参加者に手渡す”ことが、運営側としてのザラサリキエルの矜持を酷く傷つけたのだ。
「領域内属性を、烈火から疾風に変換(コンバート)!!
重ねて権能起動!!『劣化複製(デッドコピー):変貌大妃(メタモルレグナント)』!!」
重ねて権能起動!!『劣化複製(デッドコピー):変貌大妃(メタモルレグナント)』!!」
炎の壁が掻き消え、シェフィと秀吉の周囲に巨大な竜巻が巻き起こる。
同時に、ザラサリキエルの切れた右腕の中でゴルドバイザーが消えていき。後に残った3枚のカードが竜巻に乗って舞い上がった。
その3枚のカードを追うように、紺色の何かが飛んでいる。秀吉の掌ほどの大きさの、巨大な蛾だ。
同時に、ザラサリキエルの切れた右腕の中でゴルドバイザーが消えていき。後に残った3枚のカードが竜巻に乗って舞い上がった。
その3枚のカードを追うように、紺色の何かが飛んでいる。秀吉の掌ほどの大きさの、巨大な蛾だ。
「あれが今の彼奴か。
変身能力まで備えていたとはな。」
変身能力まで備えていたとはな。」
変貌大妃(メタモルレグナント)の力で姿を変えたザラサリキエルは、既に覇王の腕から逃れている。
飛び去る蛾を目で追いかけながら、秀吉はシェフィに目を向ける。
全身が焼けただれ、腹からどろりと血を垂らす姿にシェフィはわずかにどよめいた。
こんな状況になってもなお、ザラサリキエルへの攻撃を緩めなかったことに、敬意を超えて驚愕する。
飛び去る蛾を目で追いかけながら、秀吉はシェフィに目を向ける。
全身が焼けただれ、腹からどろりと血を垂らす姿にシェフィはわずかにどよめいた。
こんな状況になってもなお、ザラサリキエルへの攻撃を緩めなかったことに、敬意を超えて驚愕する。
「秀吉さん……あなた。」
「我を気にする暇があるのか?
それよりもわざわざ間合いに入り込んでどうするつもりだ。
腕一本落としたからと我らが有利になったわけではない。」
「我を気にする暇があるのか?
それよりもわざわざ間合いに入り込んでどうするつもりだ。
腕一本落としたからと我らが有利になったわけではない。」
目を丸くする彼女の言葉を切って捨て、秀吉は続ける。
やみのせんしの成長を見届けた時の様な穏やかさと、値踏みするような険しさがその目には同居していた。
やみのせんしの成長を見届けた時の様な穏やかさと、値踏みするような険しさがその目には同居していた。
「変身に空間編成。まだ恐らくすべての手を明かしたわけではない。
この動揺した好機を逃せば、奴は二度と隙など見せぬぞ。」
「分かってる。
彼女のオブジェクト変更が1m程度で済んだのは、私の領域と押し合っているから。
領域が切れた瞬間私たちは彼女の掌に転がり落ちるし、そうでなくても態勢を立て直された時点で私たちの勝ち目はなくなるわ。」
この動揺した好機を逃せば、奴は二度と隙など見せぬぞ。」
「分かってる。
彼女のオブジェクト変更が1m程度で済んだのは、私の領域と押し合っているから。
領域が切れた瞬間私たちは彼女の掌に転がり落ちるし、そうでなくても態勢を立て直された時点で私たちの勝ち目はなくなるわ。」
総合的な実力で言えば、今の秀吉とシェフィを足してもザラサリキエルの足音にも及ばない。
元々4凶を倒すための存在である五道化は、単純戦力は彼らに肉薄するほどだ。
宇蟲王と対峙しているも同然の状況、今の3倍近い戦力であってもアビドスでは戦うことさえままならなかった。
元々4凶を倒すための存在である五道化は、単純戦力は彼らに肉薄するほどだ。
宇蟲王と対峙しているも同然の状況、今の3倍近い戦力であってもアビドスでは戦うことさえままならなかった。
「では逃げるか?
アビドスでディアッカを犠牲に生きながらえたように。」
「……らしくない提案ね。」
「貴様らの流儀に合わせただけよ。アビドスでそうであったように、勝ち目のない戦いには逃げることが貴様らの正義なのではないのか?」
アビドスでディアッカを犠牲に生きながらえたように。」
「……らしくない提案ね。」
「貴様らの流儀に合わせただけよ。アビドスでそうであったように、勝ち目のない戦いには逃げることが貴様らの正義なのではないのか?」
意地の悪い質問にも聞こえるが、シェフィにはその言葉はこちらを推し量るもののように聞こえた。
ザラサリキエルのように一方的な価値を定める傲慢な声ではない。天秤の上に自分の心臓が乗せられたような緊張が、シェフィの身をこわばらせる。
ザラサリキエルのように一方的な価値を定める傲慢な声ではない。天秤の上に自分の心臓が乗せられたような緊張が、シェフィの身をこわばらせる。
「今の貴様なら理解できよう。その先には何もない。
勝てぬ戦いに挑むことは強さではないが。戦うべき時に背を向けることを聡明とはき違える者を強者と呼ぶことはない。」
「……。」
「貴様らを逃がしたディアッカの選択は軍に属する者としては完璧ではあった。
だがいくらでも仕切り直しが可能な状況ならともかく、補給線も援軍も無い殺し合いの場では下も下よ。
あの場の逃走は、宇蟲王を倒せる何者かが現れるまで逃げ続ける以外の未来を貴様らから剥奪した。」
「……そうかもしれない。
あの場の選択を間違っていたとは思わないけれど。あの場で戦えていたら、違った未来があったかもしない。」
勝てぬ戦いに挑むことは強さではないが。戦うべき時に背を向けることを聡明とはき違える者を強者と呼ぶことはない。」
「……。」
「貴様らを逃がしたディアッカの選択は軍に属する者としては完璧ではあった。
だがいくらでも仕切り直しが可能な状況ならともかく、補給線も援軍も無い殺し合いの場では下も下よ。
あの場の逃走は、宇蟲王を倒せる何者かが現れるまで逃げ続ける以外の未来を貴様らから剥奪した。」
「……そうかもしれない。
あの場の選択を間違っていたとは思わないけれど。あの場で戦えていたら、違った未来があったかもしない。」
会場は狭く、殺し合いの人員も100を切った。
一度別れた参加者たちが再開することは幾度となく起こりえる。
シェフィは理解している。雄英高校にいる宇蟲王と顔を合わせずに済んだのは、たまたま宇蟲王と戦える勇者――トランクスがいたからだ。
一度別れた参加者たちが再開することは幾度となく起こりえる。
シェフィは理解している。雄英高校にいる宇蟲王と顔を合わせずに済んだのは、たまたま宇蟲王と戦える勇者――トランクスがいたからだ。
「貴様がアビドスと同じ、戦うべき戦いから背を向ける弱者ならば、この結界を解いて去れ。
2度相まみえた奇縁に免じ、その程度の時間は稼いでやる。」
2度相まみえた奇縁に免じ、その程度の時間は稼いでやる。」
何かを握る潰すように拳に力を籠め、秀吉はシェフィに背を向ける。
それ以上話すことはないと、雄大な背中が訴えいる。
鎧は黒く焦げ、その隙間から見える肌は血とも火傷ともつかない赤に染まっている。そんな重傷なのに、その背中には眼を反らせない迫力と、安心感のようなものが備わっていた。
それ以上話すことはないと、雄大な背中が訴えいる。
鎧は黒く焦げ、その隙間から見える肌は血とも火傷ともつかない赤に染まっている。そんな重傷なのに、その背中には眼を反らせない迫力と、安心感のようなものが備わっていた。
間違いなく彼は、シェフィが逃げる時間を稼ぎきるだろう。
なりふり構わずここら一体を凍らせれば、秀吉や学郎を含めた他の人と一緒に撤退することさえできるかもしれない。
ザラサリキエルだって、シェフィ1人で勝てる相手では到底ない。
『賢い』選択をするのなら、逃げるべき。
そんな理性を、しかしシェフィは頭の中からかき消した。
なりふり構わずここら一体を凍らせれば、秀吉や学郎を含めた他の人と一緒に撤退することさえできるかもしれない。
ザラサリキエルだって、シェフィ1人で勝てる相手では到底ない。
『賢い』選択をするのなら、逃げるべき。
そんな理性を、しかしシェフィは頭の中からかき消した。
「ここで逃げても同じ。ザラサリキエルは私や貴方……『価値のない』参加者をバランス調整に殺して回る。
ここで彼女を倒さないと、私たちが追われ続けるだけじゃなく、被害が増えつづける。そう言いたいのよね?」
ここで彼女を倒さないと、私たちが追われ続けるだけじゃなく、被害が増えつづける。そう言いたいのよね?」
確信をもった言葉に、秀吉は静かに首を振り肯定を示す。
つまりここでの逃走は、『顔も知らない誰かが事態を解決するまで逃げ回る自分』と『自分が倒しきれなかったせいで死ぬかもしれないどこかの誰か』を生み出すことも同義だ。
つまりここでの逃走は、『顔も知らない誰かが事態を解決するまで逃げ回る自分』と『自分が倒しきれなかったせいで死ぬかもしれないどこかの誰か』を生み出すことも同義だ。
その事実を理解して、シェフィはぽつりと呟いた。
「それは、嫌ね。」
吹っ切れたように言い放ち、飛翔する紺色の蛾――ザラサリキエルへと手を翳す。
そして腹の底からどす黒い流れを湧き出すと。シェフィは唱える。
そして腹の底からどす黒い流れを湧き出すと。シェフィは唱える。
「氷凝呪法。」
◇
ザラサリキエルが真っ先に感じたのは、殺気でも敵意でもなくただ『冷たい』という刺激だった。
翅が全て凍り付き、羽ばたきで動かせる体の自由が全て奪われていると気づいたのが、その約1秒後。
何が起きたのかと地面を見て、ザラサリキエルはシェフィが自分に向けて手を翳していることを理解した。
その全身には呪力がビンビンに張り巡らされ、ザラサリキエルにさえはっきり理解できるほどその色は濃い。
翅が全て凍り付き、羽ばたきで動かせる体の自由が全て奪われていると気づいたのが、その約1秒後。
何が起きたのかと地面を見て、ザラサリキエルはシェフィが自分に向けて手を翳していることを理解した。
その全身には呪力がビンビンに張り巡らされ、ザラサリキエルにさえはっきり理解できるほどその色は濃い。
(0005b……ああクソ!勘違いじゃなかった!黒閃をキメて感度が上がってる!!!
領域の必中効果を会得したか!!今後アイツの攻撃は、絶対に避けられない!!)
領域の必中効果を会得したか!!今後アイツの攻撃は、絶対に避けられない!!)
シェフィが領域内にいる限り。彼女の術式は『発動と同時に既に当たっている』ことになる。
飛ぼうと隠れようと感知されれば攻撃は当たる。劣化した乱数聖域でも躱せない可能性さえある。
飛ぼうと隠れようと感知されれば攻撃は当たる。劣化した乱数聖域でも躱せない可能性さえある。
状況が変わってしまったことを歯噛みしつつも、ザラサリキエルはあくまで冷静に考える。
豊臣秀吉は致命傷だ。腹に穴が空き全身の肌はその機能を失っている。後一回攻撃を当てれば殺せる。
となれば秀吉の膂力よりも、シェフィの領域の方がザラサリキエルには危険だ。
人間の姿に戻り、ザラサリキエルはその目を青く光らせる。
となれば秀吉の膂力よりも、シェフィの領域の方がザラサリキエルには危険だ。
人間の姿に戻り、ザラサリキエルはその目を青く光らせる。
「ギアスキャンセラー……起動!!」
異能殺しの権能は、当然シェフィの術式にさえ通用しうる。
半面自分の宿す神秘や権能も打ち消してしまうが、秀吉の攻撃力が無ければ些末なことだ。
半面自分の宿す神秘や権能も打ち消してしまうが、秀吉の攻撃力が無ければ些末なことだ。
ザラサリキエルを中心に青い光が広がり、光に照らされた領域の端々が泡のように消えていく。
領域全体を消し去るまで1分とない最中、落下しながらザラサリキエルの手は、飛び散ったサバイブカードをつかみ取る。
領域全体を消し去るまで1分とない最中、落下しながらザラサリキエルの手は、飛び散ったサバイブカードをつかみ取る。
1枚。無限のカード。
2枚。烈火のカード。
そして3枚目。疾風の――
2枚。烈火のカード。
そして3枚目。疾風の――
「は?」
3枚目のカードを手に取った瞬間、明らかに違う感触にザラサリキエルは声を上げた。
よくよく見ると、3つ目のカードは、薄く青いものではあったがカードではなかった。
まるい掌状の青いワッペンに、「S」とはっきり記されていた。
よくよく見ると、3つ目のカードは、薄く青いものではあったがカードではなかった。
まるい掌状の青いワッペンに、「S」とはっきり記されていた。
秀吉の持っていた支給品……NSワッペン。
セイントプレデターの銃撃に際し懐から落ちていたワッペンを、ザラサリキエルはカードと勘違いしてしまったのだ。
セイントプレデターの銃撃に際し懐から落ちていたワッペンを、ザラサリキエルはカードと勘違いしてしまったのだ。
「……この私がこんな下らないミスを!?じゃあ……」
カードは何処だ。
そう言葉にするより速く、地上から吹き荒れる風がザラサリキエルの頬を撫でた。
そう言葉にするより速く、地上から吹き荒れる風がザラサリキエルの頬を撫でた。
疾風のサバイブカードは、ずっと地上にあった。
吹き飛ばされる瞬間。豊臣秀吉がとっさに握りこんでいたのだ。
吹き飛ばされる瞬間。豊臣秀吉がとっさに握りこんでいたのだ。
「隙を晒したな。道化。」
大きく腰を落とし、強くこぶしを握り締め、ザラサリキエルに向けて構える。
無論、ただ殴るだけでは届かない。だがその構えを見て、ただ殴るだけだと思う者はいないだろう。
無論、ただ殴るだけでは届かない。だがその構えを見て、ただ殴るだけだと思う者はいないだろう。
「行くぞ小娘!!」
「ええ!!」
「ええ!!」
サバイブカードとプリンセスナイトの強化能力と相乗作用を起こし、満身創痍の彼に最後の力を振り絞らせる。
しいて名を与えるなら、豊臣秀吉サバイブ・ユニオンバースト。
その腕が全ての力を右腕に込め、シェフィの体をザラサリキエルへと投げ飛ばす。
しいて名を与えるなら、豊臣秀吉サバイブ・ユニオンバースト。
その腕が全ての力を右腕に込め、シェフィの体をザラサリキエルへと投げ飛ばす。
氷の翼が風を受け、空高く舞い上がる。
ギアスキャンセラーであろうと、物理的な上昇もシェフィの翼も止められない。
風の力(アストラル)を受け、飛び上がるシェフィの姿が、溶けた領域の隙間から陽光に照らされ煌めいた。
美しく飛翔する、氷の舞姫。その両手に握られた青い剣が、ザラサリキエルに振り下ろされる。
ギアスキャンセラーであろうと、物理的な上昇もシェフィの翼も止められない。
風の力(アストラル)を受け、飛び上がるシェフィの姿が、溶けた領域の隙間から陽光に照らされ煌めいた。
美しく飛翔する、氷の舞姫。その両手に握られた青い剣が、ザラサリキエルに振り下ろされる。
「嘘だ……」
ギアスキャンセラーを解除するが、神秘が肉体に戻るには間に合わない。
それはつまり、ザラサリキエルの肉体がただの少女同然に脆弱であることを意味していた。
それはつまり、ザラサリキエルの肉体がただの少女同然に脆弱であることを意味していた。
「これで最後!!」
シェフィの刃がザラサリキエルの心臓へと振り下ろされる。
ギアスキャンセラーを起動したので、権能を使って防ぐこともままならない。
ギアスキャンセラーを起動したので、権能を使って防ぐこともままならない。
ぷすりと服が切れ、肌に刃が突き立てられる。
腕がもげた時の比ではないほどの痛みが走り。それはザラサリキエルの敗北を告げるカウントダウンのように全神経に響き渡った。
腕がもげた時の比ではないほどの痛みが走り。それはザラサリキエルの敗北を告げるカウントダウンのように全神経に響き渡った。
「嫌だ……」
痛い。
苦しい。
終わりたくない。
こんなところで。
まだ何の役にも立っていない。
苦しい。
終わりたくない。
こんなところで。
まだ何の役にも立っていない。
死と敗北を拒絶しても、刃は確実にザラサリキエルの急所に突き立てられていく。
抗えぬ喪失を前に、ザラサリキエルがある言葉を思い出した。
抗えぬ喪失を前に、ザラサリキエルがある言葉を思い出した。
――vanitas_vanitatum_et_omnia_vanitas(全ては虚しい。どこまで行こうとも、全てはただ虚しいものだ)。
「ああ、そうか錠前サオリ。理解したよ。これが虚しさか。」
何の役にも立てない無力感。
何一つ残せない喪失感。
自分の価値が崩れ落ちるような絶望。
走馬灯というにはあまりに暗い思考を……しかしザラサリキエルは、ただ受け入れるわけではなかった。
何一つ残せない喪失感。
自分の価値が崩れ落ちるような絶望。
走馬灯というにはあまりに暗い思考を……しかしザラサリキエルは、ただ受け入れるわけではなかった。
せめて最後に、何か。
虚しさに対する恐怖と否定。それが錠前サオリならざる死告邪眼のザラサリキエルの本能を突き動かした。
虚しさに対する恐怖と否定。それが錠前サオリならざる死告邪眼のザラサリキエルの本能を突き動かした。
シェフィの刃はザラサリキエルの心臓を貫く。
同時に死告邪眼のザラサリキエルは……手にした2枚のサバイブカードを、その口に突っ込んだ。
同時に死告邪眼のザラサリキエルは……手にした2枚のサバイブカードを、その口に突っ込んだ。
嚥下して、飲み込む。横隔膜の動きに合わせ心臓の穴から血が噴き出した。
その行為の意味はシェフィには分からない。サバイブカードがなんであるかさえ彼女は知らないのだ。
その行為の意味はシェフィには分からない。サバイブカードがなんであるかさえ彼女は知らないのだ。
「なにをやって……」
それでもその行為には、尋常ならざるものがあると、達成感を嫌な予感が埋め尽くす。
落下と同時にシェフィは、その予感が正しい者であることを理解させれた。
落下と同時にシェフィは、その予感が正しい者であることを理解させれた。
ザラサリキエルの体。死体に戻るはずの体から黒い靄が勢いよく噴き出して、シェフィの体を吹き飛ばす。
霧が晴れる頃、そこには……天使が立っていた。
◆◇◆◇◆
何故自分の肉体が錠前サオリだったのか。
エケラレンキスやコルファウスメットならば頭をよぎっただろう疑問を、死告邪眼のザラサリキエルは抱かなかった。
エケラレンキスやコルファウスメットならば頭をよぎっただろう疑問を、死告邪眼のザラサリキエルは抱かなかった。
桐藤ナギサも百合園セイアも、運営達の手中に落ちている。
聖園ミカに干渉するのなら、サオリよりその2人の方がよほど効果があるはずだ。
そんな疑問を死の間際にようやく抱いたザラサリキエルは、ほとんど同時にその答えを得ていた。
聖園ミカに干渉するのなら、サオリよりその2人の方がよほど効果があるはずだ。
そんな疑問を死の間際にようやく抱いたザラサリキエルは、ほとんど同時にその答えを得ていた。
アリウスであること。それこそが死告邪眼が錠前サオリである理由であった。
キヴォトスにおいて最も『死』に近く、最も負の感情に染まりやすい肉体。
心意システムを筆頭に影響や変革が起こりやすいこの世界で、そんな不安定な存在がどうなろうとおかしくはない。
キヴォトスにおいて最も『死』に近く、最も負の感情に染まりやすい肉体。
心意システムを筆頭に影響や変革が起こりやすいこの世界で、そんな不安定な存在がどうなろうとおかしくはない。
ともあれザラサリキエルは死に、再臨を果たした。
錠前サオリの顔は秀吉の手で焼けただれた部分を隠すように、顔の右側の髪がのび、その部分だけが漂白したように白く染まっていた。
衣服こそ錠前サオリのままであるが、その背には巨大な翼が生えている。
錠前サオリの顔は秀吉の手で焼けただれた部分を隠すように、顔の右側の髪がのび、その部分だけが漂白したように白く染まっていた。
衣服こそ錠前サオリのままであるが、その背には巨大な翼が生えている。
「ラッパ吹きの天使……か。」
今の自分を再定義するように、ザラサリキエルはその名を告げた。
アリウスに伝わる黙示録の天使。
或いは殺し合いの場に生まれた死告(アズライール)。
アリウスに伝わる黙示録の天使。
或いは殺し合いの場に生まれた死告(アズライール)。
ザラサリキエルは静かに立ち上がると、その羽根を羽ばたかせて浮遊していく。
そして、肩で息をするシェフィと秀吉を一瞥すると。微笑とも嫌悪ともとれる仄かな歪みを顔に見せて、言った。
そして、肩で息をするシェフィと秀吉を一瞥すると。微笑とも嫌悪ともとれる仄かな歪みを顔に見せて、言った。
「認めよう。ここでは貴様らの勝ちだ。
お前たちの価値を侮った。……いや、駒としてしか見ていない私は、そんな可能性があることさえ考えていなかった。」
お前たちの価値を侮った。……いや、駒としてしか見ていない私は、そんな可能性があることさえ考えていなかった。」
今度のザラサリキエルに油断は無かった。
あったのは、目の前の敵を測ろうともしなかった己の愚鈍さ。
そして――ただ上に従うだけという目的の欠落。
あったのは、目の前の敵を測ろうともしなかった己の愚鈍さ。
そして――ただ上に従うだけという目的の欠落。
「私に『虚しさ』を教えてくれた礼として、そのカードはくれてやる。
いや……私を倒した報酬と言えばいいのか。その方が適切だな。」
「……『虚しさ』?」
「死に対する恐怖。欠けてはならないものが失われる唾棄すべき感覚。
貴様らはこの感覚を己や仲間から離すために、弱気を捨て戦ってきた。
そんなことさえ私には分からなかった。……いや、ヒースクリフ様たちに産み落とされた私は完全だ。
ただ私が分かろうともしなかった。それだけのことか。」
いや……私を倒した報酬と言えばいいのか。その方が適切だな。」
「……『虚しさ』?」
「死に対する恐怖。欠けてはならないものが失われる唾棄すべき感覚。
貴様らはこの感覚を己や仲間から離すために、弱気を捨て戦ってきた。
そんなことさえ私には分からなかった。……いや、ヒースクリフ様たちに産み落とされた私は完全だ。
ただ私が分かろうともしなかった。それだけのことか。」
1人納得したように言い放つと、ザラサリキエルは空を見上げる。
領域が消え去った空の上、宇蟲王とトランクス、そして益子薫による戦いが決着しようとしていた。
領域が消え去った空の上、宇蟲王とトランクス、そして益子薫による戦いが決着しようとしていた。
その中心……宇蟲王から漏れ出たシュゴッドソウルが、ザラサリキエルの目に止まった。
「私はもっと強くなる。
価値を測る裁定者ではなく。あまねく参加者に『虚しさ』を告げる、試練として。」
価値を測る裁定者ではなく。あまねく参加者に『虚しさ』を告げる、試練として。」
そう決意するよう言い残し、ザラサリキエルは飛び立った。
後に残ったのは状況を理解できないシェフィと、秀吉だけだ。
後に残ったのは状況を理解できないシェフィと、秀吉だけだ。
「彼奴はもはや、『弱さ』を捨てた。」
秀吉の声には、泡立つような音が混ざりこんでいた。
シェフィが駆け寄るなか、秀吉は仁王立ちのまま口から血を漏らし言葉を続ける。
シェフィが駆け寄るなか、秀吉は仁王立ちのまま口から血を漏らし言葉を続ける。
「他者の価値に縋ることを止め、より純粋な我らの敵として飛び立つだろう。
奴の言う『『4凶』を超えた者』も含め、我らの道は険しい。」
「喋らないで!貴方は……」
奴の言う『『4凶』を超えた者』も含め、我らの道は険しい。」
「喋らないで!貴方は……」
もう限界だ。立つことも喋ることも苦痛でしかないことは誰の眼にも明らかだ。
しかし秀吉は、シェフィの言葉を静止する。
しかし秀吉は、シェフィの言葉を静止する。
「己のことは己が一番分かっている。
我が覇道が道半ばというのは口惜しいことだが、それが我の実力であったというのみぞ。」
「秀吉さん……。」
「竜の小娘……シェフィと言ったか。
少しはマシになったが、やみのせんしやトランクスに比べれば貴様はまだ弱い。
力量が足りぬのではなく、弱さを捨てるという覚悟が足りぬ。」
我が覇道が道半ばというのは口惜しいことだが、それが我の実力であったというのみぞ。」
「秀吉さん……。」
「竜の小娘……シェフィと言ったか。
少しはマシになったが、やみのせんしやトランクスに比べれば貴様はまだ弱い。
力量が足りぬのではなく、弱さを捨てるという覚悟が足りぬ。」
それは、アビドスを発った後の問答の再演のようにシェフィには見えた。
当時赤ん坊であったシェフィは、秀吉にはっきりとした答えを答えられていなかった。
ただ、益子薫が、小鳥遊ホシノが、ジークが。あの場の皆が秀吉と対立したから。秀吉を認められなかっただけだった。
当時赤ん坊であったシェフィは、秀吉にはっきりとした答えを答えられていなかった。
ただ、益子薫が、小鳥遊ホシノが、ジークが。あの場の皆が秀吉と対立したから。秀吉を認められなかっただけだった。
「その『弱さ』こそ、私が捨てたくないものよ。
失いたくないものを背負わずにいることが強さなら、私は弱くていい。
それを捨ててしまたら私は――私の憧れた者には、なれなくなる。」
「それが貴様の……貴様らの覇道か。」
「ええ。薫も学郎も。きっと同じことを言う。」
失いたくないものを背負わずにいることが強さなら、私は弱くていい。
それを捨ててしまたら私は――私の憧れた者には、なれなくなる。」
「それが貴様の……貴様らの覇道か。」
「ええ。薫も学郎も。きっと同じことを言う。」
自然とその目は、雄英高校に向いていた。
ヒーローたちを見届けた学び舎(アカデミア)は、未だ形を保っている。
ヒーローたちを見届けた学び舎(アカデミア)は、未だ形を保っている。
「それは弱さを捨てるより、はるかに険しき道ぞ。
トランクス。……宇蟲王と渡り合う青き男でさえ、その決意の半ばにいる。」
トランクス。……宇蟲王と渡り合う青き男でさえ、その決意の半ばにいる。」
懐かしむような、慈しむような。遠きどこかで笑う豪放磊落な友を想い返すような目を、秀吉は浮かべ。
右手を差し出すと、その中にあった疾風のサバイブカードをシェフィに突き付ける。
右手を差し出すと、その中にあった疾風のサバイブカードをシェフィに突き付ける。
「幼き竜よ。
貴様が貴様の覇道を進むというのなら……」
「分かってる。
戦うべき時から、私はもう眼を反らさない。それが……」
貴様が貴様の覇道を進むというのなら……」
「分かってる。
戦うべき時から、私はもう眼を反らさない。それが……」
――ヒーローだから。
その言葉と共に、シェフィは秀吉からサバイブカードを受け取って。
そして気づいた。
こちらを見下ろす険しい顔のまま、覇王は膝をつくことも無く事切れていることを。
そして気づいた。
こちらを見下ろす険しい顔のまま、覇王は膝をつくことも無く事切れていることを。
「……ありがとうございました。」
自然と、体が礼をしていた。
不思議なことに涙は出なかった。
今は泣くべきでないとこの誰よりも強い王が示しているかのように、シェフィには思えてならなかった。
不思議なことに涙は出なかった。
今は泣くべきでないとこの誰よりも強い王が示しているかのように、シェフィには思えてならなかった。
【豊臣秀吉@戦国BASARA2 死亡】
| 164:雄英事変:ただ見ている真実さえ 切っ先が指した方へ | 投下順 | 164:雄英事変:ピリオド |
| 時系列順 | ||
| 豊臣秀吉 | ||
| トランクス | ||
| 宇蟲王ギラ | ||
| やみのせんし | ||
| 益子薫 | ||
| 夜島学郎 | ||
| シェフィ | ||
| 魔王グリオン | ||
| 神戸しお | ||
| 死告邪眼のザラサリキエル | ||
| キラ・ヤマト准将 | ||
| 道外流牙 |