卓上ゲーム板作品スレ 保管庫

第04話

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迷錯鏡鳴 竜の巻・後編



 それは苦悶の声に満ちた空間。
 和式の部屋の中で、一人の少女――竜之介は上半身が裸のままに、苦悶の声を漏らしていた。

「いててて。くそ、マジでいてえ」

 布団の上、うつ伏せに倒れたまま竜之介が呟く。
 幸いなることにその白磁のような肌に抉られた傷口は浅く、まどろむように深く誘っていた疲労は抜けて、ただ発熱のみが彼女の体を蝕んでいた。

「――人影もなく、気配もなく、突如傷ついたか」

 その横で手を翳し、治癒魔法を掛け続ける竜作が呟いた。
 老人の姿、氣を巡らせて集中するまでもないということ。

「主の超感覚でも悟れなかったのか?」

 動物特有の超感覚。
 人間では決して追いつけぬほどの敏感な感覚に竜作は頼るように訊ねるが。

「ああ。私の感覚には何も感じなかった。断言してもいい、風呂場に居たのは竜之介だけだ」

 その横でパジャマを着たあげはが断言するように頷く。

「となると、竜之介の奴が転んで怪我でもしたのか?」
「んなドジしねーよ!! って、つつ~!」

 竜作の言葉に反論しようとして、涙目で喘ぐ竜之介。
 ここに別の男がいれば心拍数をすこぶる高めることになったろうが、部屋のいるのは彼の祖父である老体と人狼少女であるあげはだけだ。
 何の間違いも起こるわけがない。

「となれば……呪詛じゃな」

 顎に付いた立派な顎髭を撫でながら、竜作はぼつりと呟いた。

「呪詛、ですか?」

 唯一年長者として、或いは実力者として竜作を敬っているあげはが目を丸くし、問い返す。

「さよう。見よ」

 そう告げると、竜作は治癒魔法を止めて、竜之介の背中から手を離した。
 そこには蚯蚓腫れのようにうっすらと残った切り傷――そこから“僅かに染み出る出血”。

「本来ならばこの程度の傷は一息に完治するわい。気息を練り、新陳代謝も操れるワシらの治癒能力は人狼ほどではないが中々のものじゃぞ?」
「それが治らないと言う事は?」
「何者かがこの傷の治癒を阻害――否、保ち続けておる」

 そう告げると、竜作は傍に用意しておいた薬瓶を手に取ると、中からねっとりとした無数の薬草を練り合わせた止血剤を手に取った。
 悪臭にも似た臭いを放つ緑色の薬液。

「竜之介。しばし、歯を食いしばれよ」
「え? ま、ま――」

 ずいっと傷口に止血剤を練りこむ。

「ガァアアアア!!!!!!!!!」

 その途端絶叫が上がった。
 暴れ出そうとする竜之介、その両手を咄嗟にあげはが押さえつける。同時にタオルを噛ませて、呻き声を殺した。
 さらに竜作は止血剤を手に取ると、たっぷりと竜之介の背中に練りこんだ。
 その度にびったんびったんと海老が跳ねる様に暴れ狂い、竜之介の髪が、乳房が、全身が激しく震える――電気ショックをかけられた蛙のような有様。

「うー!! うー!! ううぅぅううう!!!」

 血走った目で睨み続け、叫び声をあげ続ける竜之介。
 かつてないほどの殺意を叩きつけられたあげはが戸惑いながら、竜作に訊ねる。

「今の止血剤……どのようなものなのですか?」
「そうじゃのぉ。よく効くんじゃが……山葵を練りこまれたぐらいに染みるんじゃ。わしも若い頃は付けられるたびに泣き叫んだものじゃ、ヒッヒッヒ」
「……」

 もはや拷問だった。
 あげはが同情の目を竜之介に向ける。竜之介は白目を剥いて、倒れ付していた。
 しかし、それだけの成果はあったのか、止血剤を練りこまれた背中からは出血もなく、治まっている。

「まあ気絶したのは丁度ええわい。あげはちゃんはちょいと包帯を巻くのを手伝ってくれんかの?」
「あ、はい」

 テキパキと竜之介の体に包帯を巻きつけながら、竜作は告げた。

「これは一時的な処置に過ぎん」
「というと?」
「呪詛の根本を断たねば――いずれ竜之介は死ぬ」

 それは簡単に想像できることだった。
 今ならば傷の出血を一時的に食い止めることは出来るだろう。
 だが、他にも傷が増えれば?
 さらに傷口が広がれば?
 ――答えは簡単だ。
 竜之介は治療すらも空しく死に果てる。

「っ!」
「しかし、どのような場所でこのような呪いを受けたのか……あげはちゃんには心当たりはないかのぉ?」

 穏やかな声。
 のんびりとした言葉遣いだが、その声音に僅かに焦燥の色が浮かんでいるのがあげはには感じ取れた。

「竜之介が……ですか?」

 普段は家にいるあげはは竜之介の行動範囲をよく知っているかどうかと言われれば首を捻るだろう。
 一緒に出るといえば、野良エミュレイターなどを討伐する時ぐらいだ。
 しかし、それすらも今まで特に問題なく討伐を行っている。

「高倉の……いや、時期が外れすぎているな」

 高倉 幹弥。
 元輝明学園の生徒会長であり、かつて賢明の宝玉を巡って争った人物。
 今は竜之介たちによって敗れ去り、行方不明になっている。
 その従者だった二人の仕業か? と一瞬考えるが、事件が終わってからもう数ヶ月以上も音沙汰もなく、ただ高倉の帰りを待つ彼女達が何かをするとは考えにくい。
 動機はあるが確証が出来ない。
 となれば、他の呪詛を受けるような機会があるのは――

「輝明学園、かもしれません」
「ふむ?」

 顎鬚を撫でて、あげはの言葉の先を促す竜作。
 そのサングラスの下に隠された目は真剣そのものだった。

「竜之介の行動範囲は基本的に輝明学園とこの家の間だけ。エミュレイターの討伐には私も付き添っていますし、それらでは野良の下級侵魔、全て無事に討伐しています。
 あとは竜之介の幼馴染である香椎 珠実に連れまわされて新聞部の活動などもしていますが、大体学校内の活動だけの筈です」
「接触する要素は学校内しかないというわけか」

 一番可能性が高い推測だったが、確信としては曖昧すぎる推論だった。
 ないよりはマシ程度の推理、何の解決にもなっていない。
 それがあげはには口惜しい。

 しかし、竜作はぽんっとあげはの頭を撫でた。

「うむ。助かったぞ、あげはちゃん」
「……竜作老」
「すまんが、明日も登校じゃろ? 竜之介に学校に行かせてきてくれ、あげはちゃんも学校に付き添ってくれんか?」
「竜之介……をですか?」

 幾ら止血をしているとはいえ、傷もちの身である。
 休ませるべきでは、とあげはは考える。

「――降りかかる火の粉は自分で払え。出来うる限りはな」

 竜作は冷たく、或いは冷徹さを装うような口調で告げた。

「この程度のことを自分で解決出来ぬようならばどちらにしろ竜之介はいずれ死ぬじゃろう」

 それは長年にも渡るウィザードとしての戦歴が語るものだった。
 仲間とは尊いものだ。
 けれど、仲間に助けられ続けるのも違う。
 竜之介はウィザードであり、戦う力を持つ戦士なのである。
 己の災厄に立ち向かえぬようであれば先はない。
 竜作はそう告げていた。

「わしは他の原因の究明、それに呪詛の解除を出来る人物を探してみる。もしかしたら、学校内で逢うかもしれんがのぉ」
「学校内?」

 何故に学校内で出会うのか。
 あげはが首を捻ると、竜作はにやりと笑う。

「そうじゃ」

 竜作のサングラスが光る。
 鈍く、刃物のように、煌めくのだ。


「錬金術師ヴィヴィ――確か今は輝明学園のスクールメイズ、それの管理人をしておったなぁ」

 偉大なる錬金術師。
 その名を上げてる竜作に、硬直するあげはを見て、笑い声だけが木霊した。


 こうして人物と伏線は並べ終わる。

 物語は配役を揃えて、舞台の幕を引くばかり。

 さあ始めよう。

 誰かが仕組んだ茶番劇を。







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