卓上ゲーム板作品スレ 保管庫

第02話

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《~Scene1~ 出会い/呼び名の誓い》


 くれはが彼に出逢ったのは、くれはもまだ世界の真実を知らなかった頃―――早生まれであるくれはが五歳になる前の、年の瀬のことだった。
 当時、くれはは全国に分校を持つマンモス私立学園の幼等部に通い、柊は地元の保育園の園児で、家こそごく近所だったがそれまで接点はなかった。
 普通なら近所の公園などでもっと早くに自然と顔を合わせてもおかしくなかったのだが、その頃のくれはは、学園以外の場所に他出することが殆どなかった。―――否、許されていなかった、というほうが近い。
 家の大人達は、口では特に何も言わなかったけれど、くれはが不用意に外に出るのを嫌う節があった。
 それはくれはを外に出すまい、というのではなく、外でくれはに何かあったら、という類の空気で、その空気はくれはに、幼さ故の好奇心を上回る外への漠然とした恐怖心を植えつけていた。
 そんな風に、ただ家と学園を往復するだけだったくれはが柊と出逢ったのは、くれはの家―――赤羽神社でのことだった。
 当時、くれはの母が身ごもっており、そこに正月の準備なども重なって、家の者は皆、それらにかかりきりだった。くれはは一人で外に出ることが出来ず、幼等部から帰れば、家の敷地内で一人遊びをして過ごしていたのである。
 その日も、くれはは神社の境内で一人、鞠つきをして遊んでいた。
「あんたっがったどこさ、ひごさ、ひごどっこさ、くっまもとさ、くっまもっとどこさ、せんばさっ………♪」
 と、鞠が、ぽん、と大きく跳ねて、手から離れて転がってしまった。
「あっ………」
 転がった鞠を目で追って―――そこに、自分と同じ年頃の男の子がいることに気づいた。
 洗いっぱなしでぼさぼさの短い髪、ちょっと怒った風につりあがった目。子供用のブルゾンとジーパン姿のその少年は、足元に転がってきた鞠を自然なしぐさで拾い上げた。
 そうして、鞠を持ったまま、少年はくれはの方に視線を向ける。
「………え、えっと………」
 返して、と言おうとして言えずに、くれはは口ごもる。外に対して臆病だった彼女は、それに比例して人見知りな性質だった。
 その上、相手がちょっと恐そうな目をした男の子である。意地悪されるのでは、と思うと恐くて声が出なかったのだ。
 けれど、その少年は不自然に沈黙したくれはに首を傾げて、
「これ、おまえんだろ?」
 無造作に歩み寄り、くれはに鞠を差し出した。
「う………う、うんっ」
 かくかくと頷きながら、くれはは鞠を受け取る。―――内心、意地悪されるかも、などと思った自分が恥ずかしかった。
「ご、ごめんなさい………ありがとう………」
 失礼なことを考えてしまったお詫びも込めて、消えるような声で告げる。
 本当に小さなその声を、少年はきちんと聴きとめてくれて、にぱっ、と破顔した。
「どーいたしまして!」
 笑ったその顔はちっとも恐くなんかなくて、何だか安心して、くれはもつられた様に笑う。
「おれ、ひいらぎれんじ。おまえは?」
 笑顔のまま、唐突に告げられた言葉の意味を一瞬理解し損ねて、くれはは慌てて答えた。
「く、くれは。あかばねくれは、です」
「です? そんなオトナとはなすときみたいないいかたしなくても………くれは、トシいくつ?」
 少年は不思議そうに首を傾げる。
「よ、よっつ。おしょうがつがおわったら、すぐ、たんじょうび、ですけど」
 たどたどしく答えれば、少年は苦笑気味に笑う。
「おれ5さいだけど、すぐたんじょうびなら、ほとんどおんなじじゃんか。です、とかいうなよー」
 少年が笑って言うのに、くれははちょっと考える。です、とか言わない話し方―――幼等部の友達と同じように話していいということだろうか、と思って。
「じゃ、じゃあ、れんじってよんでもいい?」
「おう、いいぜ!」
 おれもくれはってよんだしな、と少年は笑う。それが嬉しくて、くれはも笑った。
「なあ、くれはってミコさんなのか?」
 と、少年は唐突に訊く。その目はくれはの姿に向けられていた。
 長く伸ばした黒髪に、白の小袖に緋の袴。それは、神社にいる“巫女さん”そのままの姿で、それで少年はそう思ったらしい。
「えと、あたしここのむすめだから。まだミコじゃないけど、おてつだいはしてるよ」
「へぇ、えらいなー! おれなんか、おこづかいほしいときしか、いえのてつだいなんかしねーもん」
 ねーちゃんはよくてつだってるけど、という少年の言葉に、くれはは首を傾げる。
「おねーちゃん、いるの?」
「うん、ここにはねーちゃんといっしょにあそびにきたんだけど、ねーちゃん、カイダンんとこでガッコのトモダチみつけてひとりでいっちまった」
 それで神社の中を見て廻っていたのだという少年に、くれはは目を見開いた。
「こどもだけで、おそとにでるの?」
「え? コーエンとかあそびにいくときは、こどもだけだろ?」
 心底不思議そうに言われて、くれはは戸惑う。くれはの家では、子供だけで―――くれはだけで外に出るなどきっと許してくれない。
「うちは………だめっていわれる。おそとはあぶないから、って」
 そう告げれば、今度は少年の方が目を見開く。
「そーなのか? でも、たしかにさいきんオトナがよく、いろいろブッソーで、っていうよな。ブッソーって、あぶないってイミだって、ねーちゃんいってた」
 だからかなぁ、くれは、おんなのこだし、と少年が呟く。
「いっしょにコーエンであそべないかなぁ、とおもったんだけど、それじゃあダメだよなー」
 その言葉に、くれはは自由に外に出れない自分を初めて歯がゆく思った。―――“外”は怖い、その思いが封じていた“外”への好奇心。それを、“外”で自由に生きている少年に呼び覚まされているのだと、そこまでは幼い彼女にはわからなかったけれど。
 せっかく友達になれたのに一緒に遊べない、そのことにくれはは項垂れて―――
「―――じゃ、ここであそぼうぜ!」
 明るく告げられた言葉に、弾かれたように顔を上げた。
「ジンジャのそとにでなきゃいいんだろ? ここ、ひろいからいろんなあそびができるぜ!」
 なにする? と笑う少年を、くれはは信じられないような思いで見つめた。
 彼は外で自由に遊べるのに―――自分を置いて外に行くのではなく、出れない自分に合わせて、ここで遊んでくれるという。
 何だかすごく嬉しくて―――とびっきりの笑顔が零れた。
「じゃ、じゃあねぇ―――ケンケンパ!」
「よし! じゃあ、マルをかくやつさがそう! いしとかあるかな?」
「きのえだなら、あっちにいっぱいおちてるよ!」
 二人で騒ぎながら、神社の境内を駆けていく。
 その日、くれはは初めて日暮れまで友達と遊んで過ごした。



◇ ◆ ◇



 そして―――その次の日もまた、柊は赤羽神社に遊びに来た。
 その更に次の日から、彼は保育園の友達も神社に連れてくるようになり、くれははそれで学園の幼等部以外での友達が一気に増えた。
 皆で、神社の広い境内で鬼ごっこをしたり、かくれんぼをしたり。そんな風に過ごすうち、くれはの人見知りは見る間に直っていった。
 くれはの家の大人達も、子供達が神社を遊び場にすることを特に咎めはしなかった。
 もしも、子供達が立ち入りを禁じられた場所に入るなどの度を越す行動を取っていたら、話は別だったのかもしれないが―――誰かがそういう悪戯を言い出すたびに、
「そんなことしたら、もうここであそべなくなるかもしれないだろ!」
 そう、柊が言い諭し、全て未遂で終わらせていたのである。
 さすがに大晦日から年明けを迎えてしばらくは、神社を訪れる人が多すぎて、境内を遊び場にすることは不可能だったが、冬休みが終わり人がはけ始めると、また皆で集まって遊んだ。
 そうこうするうち、くれはは五歳の誕生日を向かえ―――家人が催してくれた祝いの席の後、母・桐華に部屋へ来るよう一人呼び出された。
「―――おかあさま、まいりました」
「どうぞ、お入りなさい」
 きちんと声をかけ、許しを貰ってから部屋に入る。
「しつれいします」
 桐華は膨らみ始めた腹部を庇ってか、それまでこの部屋にはなかった椅子に腰掛けていた。
「お座りなさい、くれは」
 言って、桐華は自身の対面に置かれた座布団を示す。くれはは素直に従い、そこに正座した。
「今日で、あなたも五歳になりましたね。おめでとう、くれは。無事にこの日を迎えられたことを、私もとても嬉しく思います」
「ありがとうございます、おかあさま」
 穏やかに目を細めて言う母に、くれはも笑みを綻ばせて応える。
 桐華はくれはのその笑みを見て、嬉しげに言った。
「すっかり明るくなりましたね、くれは。あなたは少し、内にこもる性質でしたから、心配していたのですけれど」
 そう言ってから、桐華は、いえ、と一つ首を振る。
「………違いますね。私を含め、家の大人達があなたを外に対して臆病にさせてしまった。………ごめんなさいね、くれは」
「―――おかあさま、そんな」
 突然の母の謝罪に、くれははうろたえる。そんなくれはの様子を、桐華は愛おしげに見つめた。
「くれは、あなたは優しく、聡い娘に育ってくれました。それ故に、私達の言葉にしないことまで察して、あなたは外を避けてしまった。確かに外には恐ろしいものも、厭わしいものも多い。けれど、外でしか得られぬものも、確かにあるのです。
 このままでは、あなたは得られるはずのものを得られないまま年を重ねてしまうのではないかと、私は密かに案じていました」
 けれど、と母は愛しい娘に笑いかける。
「それは杞憂でした。あなたは、外で得るべきものたちを、きちんと己で手にしました。―――あなたにそれらを齎してくれた良き出逢いに、私は心から感謝しています」
 正直、その母の言葉は、まだ幼いくれはには理解しきれるものではなかったけれど。
 良き出逢い―――その言葉に、くれはは自然と一人の少年の姿を思い浮かべた。
 外に出ることの出来ない自分に、“外”を教えてくれた友達。置いていってしまうでも、無理やり引きずり出すでもなく、“外”の空気をくれはの元まで届けてくれた少年。
「―――はい。わたしも、かんしゃしています」
 自然と、そんな言葉がくれはの口から零れた。
 桐華は、その言葉に深く頷くと、一度目を伏せ―――俄かに表情を改めた。
 穏やかに細めていた瞳に威厳の色を湛え、綻ばせていた口許を厳しく引き締める。
「―――そろそろ、あなたを呼び出した、本題に入りましょう」
 母の顔から、当主の表情(かお)になった桐華に、くれはも笑みを消して、姿勢を正した。真っ直ぐにその目を見て、その言葉を待つ。
「あなたは今日、満五歳になりました。―――それにより、あなたには赤羽の者としての資格と責務が与えられます」
「―――しかくと、せきむ………?」
 告げられた言葉を、口の中で転がすように繰り返すくれはに、桐華は一つ頷き、続ける。
「そう―――世界の真実を知る資格と、世界の真実を背負う責務です」
 重々しく告げられたその言葉に、くれはは息が詰まるような感覚を覚えた。
 その言葉の意味を理解できた訳ではない。それでも、告げた母の表情と、その声で、その重大さはわかった―――わかって、しまった。
 くれはの表情に、娘が自身の言葉の重さを悟ったと察したのだろうか。桐華は、殊更淡々とした調子で語り始めた。
 世界の真実―――世界の“常識”の陰に隠された、知られざるもう一つの世界。そこから(きた)る、世界を侵さんとする魔性の存在を。
 そして―――その魔性から世界を護るため、人知れず日々戦う者達の存在を。
 世界結界、裏界、エミュレイター―――ウィザード。
 初めて聞くその言葉達は、不思議と何の反発もなく、くれはの中へと染み渡っていく。
「赤羽は、世界を護る者として血を重ねてきた一族。一族の者は例外なく、満五歳の誕生日に世界の真実を教えられ、その真実を背負うのです」
 桐華は真っ直ぐにくれはを見つめて、問う。
「くれは。あなたは赤羽の者として、古き血脈を継ぐウィザードとして、世界を護る責務を負うのです。―――わかりますか?」
「―――はい」
 真っ直ぐに頷いたくれはに、桐華は更に問いを重ねる。
「今、あなたが知った真実は、決してウィザード以外の者に漏らしてはいけません。どんなに仲の良い友にも、です。―――わかりますか?」
 その言葉に、くれはは一瞬返事に詰まった。
「―――ともだちにも………れんじくんにも、ですか………?」
 思わず、そう問い返す。脳裏に浮かぶのは、ちょっと目つきのきつい、でも笑うとちっとも怖くなんかない少年の顔。
 幼等部の先生が言っていた。「友達や周りの大人に隠し事をしてはいけない」と。
 彼はくれはにとって一番大切な友達だ。彼に隠し事をするのは、『いけないこと』ではないのか。
 そんなくれはの胸の内を読んだかのように、桐華は告げる。
「くれは。ウィザードではない友に真実を隠すのは、その友を仲間外れにしたり、傷つけるためではありません。その友を護るためです」
 その言葉に、くれはは母の目を見つめなおす。
「この真実は、ウィザード以外の者には受け止めきれません。―――いえ、世界自体が、ウィザード以外にこの真実が広まることを嫌っている、という方が正しいでしょうか。
 ウィザード以外の者―――イノセントが、この真実を知った場合、世界結界の効果により、最悪、その人そのものの存在が世界から消されてしまう場合もあるのです」
「………きえる………?」
 母の言葉の意味がよくわからなくて、くれはは戸惑った声を漏らす。
 桐華は険しい表情のまま、答える。
「言葉通りの意味です。―――そんな人間は最初からこの世界にいなかった、そういうことにされてしまうのです」
 その説明も、いまいちわかりづらかったけれど―――それでも、わかったことが一つ。
 この真実をくれはが柊に告げれば―――彼は、いなくなってしまうかもしれないということ。
「そこまで行かなくとも―――そもそも、世界結界を維持しているのは、イノセントの“常識”を信じる力。
 その“常識”を揺るがせるこの真実をイノセントに知られれば、世界結界を弱め、徒らにエミュレイターの侵略を促すだけ。どちらにせよ、イノセントを危機に晒すことには変わりありません。
 イノセントには、エミュレイターと戦うことはおろか、世界の真実を知ることすらも許されないのです。己の身を護ることはおろか、危険の存在を知って警戒することすら出来ない。
 その分、私達ウィザードがエミュレイターの脅威を退け、彼らを護らなければならないのです」
 そう言って、桐華は最後の問いを告げる。
「―――くれは、真実を投げず、漏らさず、赤羽の者としての責務を全うできますね?」
「―――はい」
 今度こそ、くれはははっきりと頷いた。
 彼が―――あの大切な友がいなくなるなんて嫌だ。だから―――

 ―――あたしはウィザードとして、イノセントのれんじたちをまもる―――

 そう、決意を込めて。



◇ ◆ ◇



「きょうから、あたし、れんじのこと、ひーらぎってよぶからね」
「………へ?」
 世界の真実を知った翌日、くれはは一方的に友へと宣言した。
「なんでだよー、いきなりー」
「なんでもいーの! もーきめたんだから! ひーらぎはひーらぎ!」
 不思議そうに首を傾げる友に、くれははそう繰り返す。
 ウィザードである“赤羽”の家の生まれである自分と、“柊”というイノセントの家の生まれである彼。
 くれはが幼いなりに護るという誓いのために引いた、護る者と護られる者の線引き。

 その日から―――くれはは、彼を名で呼ばなくなった。






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