卓上ゲーム板作品スレ 保管庫

第05話

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《~Scene4~ 背負う宿命/解き放たれる日》


 くれはがウィザードとして覚醒した後、しばらくは、ただ目まぐるしかった。
 まず、くれはが侵魔を滅ぼしてすぐ、数人の男女が泡を食ったような様子で別荘を訪れた。
 彼らは全員、メカニカルなデザインの、“常識”的な技術力ではまだ有り得ないような乗り物―――魔術と科学を合わせて作られた“箒”に乗って、別荘の庭に下りてきた。
 彼らはくれはが赤羽の者だと知ると、自分達が“コスモガード”―――主に宇宙に関する事件を担当するウィザードの組織―――に所属するウィザードであることを告げて、事情を説明してくれた。
 彼らは、くれはが倒した侵魔を追って数日前からこの街に来ていて、先ほどの月匣の展開を感知して駆けつけたのだという。
「本当は、別のチームが先に出ていて、そちらがもう着いているはずだったのですが―――途中、突然展開された別の月匣に取り込まれて………」
 言いかけた、一同のリーダーらしい男の懐から電子音が響く。彼は音源である携帯電話―――ウィザード専用携帯“0-Phone”を取り出した。
 彼は液晶を見て、飛びつくような勢いで通話に出る。―――その様子で、くれはにも相手が別口の月匣に取り込まれた別働隊なのだとわかった。
「―――“ワイヴァーン”か! 無事か!?」
 彼は相手の二つ名―――魔術的に重要な位置を占める姓名を秘匿するために、ウィザードが持つコードネーム―――らしい呼び名を叫び、相手の安否を問う。周りのウィザード達が食い入るように男を見つめた。
 くれはも、誰とも知れぬそのウィザードの無事を祈り、男を注視して―――
「―――そうか、全員………良かった………」
 受話器の声は漏れ聞こえずとも、男のその一言で、場が一気に緊張を解いた。
「こちらは被害ゼロだ。居合わせたウィザードが討伐してくれていた。―――いや、報告は後で上にしてくれ。俺にされても困る」
 受話器に向かい苦笑して言う男の言葉に、くれはは、相手はまだ組織の仕組みに疎い新人なのか、と思った。
「―――では、また後で」
 男は通話を終えると、くれはに簡単な事情聴取をして、
「今日はご友人のこともありますから、詳しい事情は後日こちらから赤羽のお宅に伺わせていただきます」
 彼らは現場の事後処理を終えると、箒に乗って撤退していった。


 次に、その翌朝、くれはは実家に事件のことを連絡し、友人達に家の事情と断わると、慌しく実家へと戻った。
「お姉ちゃん、おめでとうございます!」
 ボクの言ったとおりだったでしょう? と誇らしげに、青葉はくれはがウィザードになったことを喜んだ。
 家人も口々に祝いの言葉をくれて、青葉の時にも催した祝いの席を設けてくれて。
 その席の後、くれははいつかのように母の部屋へと一人、呼び出された。
「おめでとう、くれは。無事にこの日を迎えられたことを、私もとても嬉しく思います」
 優しく微笑んで―――けれど、どこか痛みを堪えるように告げた母の表情に、くれはは、母は自分の想いに気づいていたのかもしれない、と思った。


 そして、数日後、男が言っていた通り、コスモガードからウィザードが侵魔襲撃の詳細を訊きに来て―――それで襲撃事件に関しては片がついたものの、くれはの目まぐるしい日々は終わらなかった。
 くれははウィザードとしての能力の訓練などに明け暮れ―――柊に一目会う機会も暇もないまま、日々は過ぎていった。



◇ ◆ ◇



 くれはの目まぐるしい日々がようやっと一段落ついたのは、夏季休暇が終わり、二学期が始まった頃だった。
 しかし、柊は夏季休暇が終わってからも何故か学校に来ず、京子に尋ねても「たまに生存報告はあるけど、帰ってこないのよあの馬鹿」、と、彼が完全にどこで何をしているのかわからない状態だった。
 当初、何かあったのだろうかと不安を覚えていたくれはだったが、その状態のまま年が明ける頃には、その不安は怒りに変化していた。
 ―――どこで何してるのかわからなきゃ、護れないじゃないのよ!―――
 勝手ではあるが、そう思ってしまったのだ。
 側に居られないのはいい。彼が彼らしく生きることで、くれはから離れてしまうなら、それはしょうがない。
 けれど、彼がどこで何をしていて、その行動が彼の自発的な意思なのか、他者から押し付けられたものなのか、それがわからないのは耐えられない。
 応援すればいいのか止めるべきなのかわからない宙ぶらりんな状況が、耐えられない。
 ―――あの馬鹿!―――
 そんな風にふつふつと怒りを煮やしていたくれはの前に、その怒りの元凶がひょっこり顔を出したのは―――くれはがウィザードになってから半年以上経った、四月のこと。
 その再会は、完全にくれはの予想外の形で。
 会うなら学校でだろうとは思っていたが―――まさか、くれはが部長を務める天文部に、“一年生の”新入部員として彼が入ってくるなど、どこをどうひっくり返しても出てこない展開だった。
 余りに有り得ない展開に、怒り以上のおかしさが生まれてしまって、くれはに笑われるだけで済んだのは―――柊にとって幸福といえるのか、微妙なところだったが。


 そして、その日―――くれはの世界は引っくり返る。



◇ ◆ ◇



 学園からの帰路、くれはに突如降り注いだ凶弾。
 本来なら共闘すべき、同じウィザードからの襲撃。
 何一つわからないままに、命を奪われるところだったくれはを救ったのは、奔った一筋の閃光。
 鋼が鋼を弾く硬い音に思わず身を竦ませたくれはが、次に見たのは―――
 自分を庇うように立つ、大きな背中。その上の、洗いっぱなしの茶髪。
「よう、お待たせ」
 振り返らぬままに告げられた、耳に馴染んだ声。
 それらは、紛れもなく―――くれはのよく知る幼馴染のもので。
 それでも、くれはが彼を自分の幼馴染だと信じられなかったのは、彼の手にしたものせい。
 くれはに向けられた鉄(くろがね)の死神を弾いた―――燐光を放つ白刃。
 襲撃者はその刃を「魔剣」といい、その主を当たり前のようにくれはの幼馴染の名で呼んだ。
 魔剣の主―――それは意志ある魔器に選ばれた異能者―――即ち、ウィザードであるということ。
 襲撃者は、“星の巫女”であるくれはが死ななければ世界が滅びるなどと、信じられないようなことを言っていたけれど―――そんなことより、ずっと、
 信じられない―――まさか、まさか―――

 ―――蓮司が、ウィザードだったなんて―――

 自分と彼の間にあった線引きが消える。
 それで、失くした恋の資格が取り戻せるわけではない。赤羽の跡取り娘である以上、御門と真行寺の話を蹴るわけには行かない。
 けれど、それでも―――

 その瞬間―――くれはの世界は、確かに引っくり返った。

 どうしようもなく嬉しかった。―――例え、失くした恋の資格が戻らずとも。
 想うことは許されなくとも、彼との間にあった、消えないはずの線引きが消えた。
 同じ世界(しんじつ)を共有できる、同じ世界で生きられる―――ただ、それだけで。

 どうしようもなく―――嬉しかったのだから。

 けれど、世界が一変した嬉しさを噛み締める暇もなく、知ることになる残酷な真実。
 “星の巫女”―――己が負う、その宿命を母から聞かされて。
 くれはが、自身の死を考えなかったかといえば、嘘になる。
 誰が自分のせいで世界が滅びる、などという重い十字架に、ただ耐えられるだろうか。
 けれど―――
 涙を湛えて、何も知らないとくれはを庇ってくれた弟が。
 声を震わせて、帰ってきなさいと言ってくれた母が。

 そして―――その真っ直ぐな瞳に、くれはの死で片をつけようとする者達への憤りを宿してくれている彼が。

 自分の存在を許してくれる―――生きろといってくれる彼らがいる限り、この命を諦めてはいけないと、思えたから。

 何より、彼が、彼らしく在ることで、くれはが犠牲になることを許さないのなら―――くれはは犠牲になるわけにはいかないから。

 ―――ただ、彼が彼らしく、彼の在り方を何者にも穢されないように―――

 ここでくれはが己の命を諦めることは、彼の生き方を穢すこと、否定することだから。

 だから、くれはは己の死に逃げず、忌まわしき“星”へと挑み―――

 その“星”の元で見る。もう一人の自分と、彼女にとっての彼を。
 ある意味、くれはと同じく―――けれど、それ以上にずっと重い葛藤に苛まれていた少女と。
 ある意味、くれはの幼馴染と同じく―――けれど、それ以上に苦しい決意でもって守りたいものを守り抜いた少年を。

 その二人と共に―――忌まわしき赤い星は、青い光の中へ消えていった。

 生き残って、くれはは噛み締める。―――ただ、大切な人と同じ場所で生きられることの、大切さを。
 生き残って、くれはは思う。―――もう、これ以上は望まないと。
 これ以上を望んだら―――きっと、罰(ばち)が当たるから。

 ―――ただ、彼が、彼が彼らしく、彼の在り方を穢されないように―――

 自分の願いは、ただ、それだけでいいから―――と。



◇ ◆ ◇



「―――くれは。今日は大切なお話がありますから、早く帰ってきなさい」
 朝、登校のために家を出ようとしたくれはに、真摯な声音で桐華がそう声をかけた。
 ほんの数日前に、秘められていた自身の宿命を乗り越えたばかりで、この上大切な話とはなんだろうと、くれはは目を見開く。
「大切な話………ですか?」
「ええ。―――あなたの、これからの人生に関る話です」
 母のその言葉に、くれはは察した。
 これは―――くれはの縁談の話だ。
 今まで、母の口からはこの話は出てこなかった。それはきっと、くれはが“星の巫女”であることを唯一家で知っていた母が、その時を向かえる前に命を落とすかもしれない娘に、余計な柵(しがらみ)を与えないように。
 けれど、もはやくれはには世界から命を脅かされるような理由はなく、何の障害もなく赤羽の跡目になれるのだから。
 けれど、くれはの方にも、もうその覚悟はできているから―――
「はい、わかりました。できるだけ早く帰ってきます」
 いってきます、と笑って言って、くれはは家を出た。

 けれど、この日、くれはは母と話すことは叶わなかった。

 幼馴染と共に神社に帰り着くなり―――現れた異界の戦士に、その身から魂を奪われてしまったのだから。



◇ ◆ ◇



 まどろむ。たゆたう。―――溶けてゆく。
 自分が大きな闇の中に呑まれて、その闇と一つになっていくのがわかる。
 星を喚び、星を墜とす、星統べるもの―――魔王、ディングレイ。
 呑まれたくない―――そう思っているのに、闇に抗うことが出来ず、ただ溶けていく。
 その中で、まだはっきりと、自分の―――赤羽くれはのものだと言える思いに縋って、自分を保つ。

 ―――ただ、彼が、彼らしく、彼の在り方を穢されないように―――

 ほんの数日前、世界も、くれはも、守ろうと奔走してくれた彼。
 そんな彼は、きっと今でもくれはを助けようとしてくれているに違いないから―――

 ―――あたしが先に、諦めるわけにはいかない―――

 けれど、もう縋る希望も、闇に取り込まれて見えなくなりそうで。
 完全に闇に呑まれそうになった時、ただ一面の闇しか見えなかった世界に、一人の少年の姿が現れた。
 それは、今まさに最後の希望として思い描いた相手。
 彼は、驚いたように軽く目を見開き、こちらを見つめて。
 どうして、彼がここにいるのか、そんな風に思う余裕もなく―――

「………また、あたしを助けてくれる?」

 そんな言葉が、くれはの唇から零れた。
 一言でいい。―――たった一言でいいから、支えになるものが欲しい。


 ―――あなたが、あたしを助けるといってくれたなら―――

 彼が、自分を助けることまだ諦めていないなら―――自分が消えることを是としていないなら―――

 ―――あなたが、あたしの存在を、認めてくれるなら―――

 それだけで、まだ頑張れるから―――

 縋るように訊いたその言葉へ、彼はぶっきらぼうに返す。

「………お前は、ただ待ってればいいんだよ。なにも心配するな」

 その声は、くれはのよく知る、照れたり困ったときの彼の声で。
 それで、ここにいる彼が夢でも幻でもないと―――否、これが夢幻であったとしても、紛れもなく、この言葉は彼のものだと―――くれはには、思えた。

「………待ってるから。柊来るの待ってるから」

 ―――あなたの言葉を支えに、闇に呑まれず、あたしのままで待ってるから―――

「………お願い―――助けて―――」

 ―――あたしを助けると決めた、あなたのその決意を守るために、あたしも精一杯、闇に抗うから―――

 だんだんと薄れてゆく、彼の姿。
 消えゆく瞬間、彼は、ポケットに両手を突っ込んだ無造作な姿のまま、何の気負いもない、当たり前のような声で、告げる。

「―――ああ、待ってろ」

 揺らぎない、絶対の決意。その言葉に、自分の口許に笑みが浮かんだのが、くれはにはわかった。

「ん………」
 小さく頷く。―――待っていろと、彼がそう言うなら、彼は絶対に来てくれる。時間はかかっても、必ず、来てくれるから―――

 ―――あの雪の日のように、あなたが来てくれるまで―――

「待ってるね―――」

 どんなに寒くても―――あなたが来るまで。絶対に、勝手にいなくなったりしない。



◇ ◆ ◇



 浮上するように、意識が晴れていく。
 最初に目に映ったのは、こちらの顔を覗き込む、泣きそうな幼馴染の顔。
「………あ、柊―――」
 身体の熱が逃げていくような寒気と、痛みと認識しきれないような痛みを感じて、胸元を見れば、彼の手にした剣がそこに食い込んでいて。
「あたしに向かって………なんてことするのよ」
 いつものように―――彼の知る、いつもの“赤羽くれは”として、憎まれ口を叩く。
「わりぃ―――」
 泣きそうな笑みで、彼が言う。―――くれはが、思った通りの言葉を。
 最初から、くれはは彼を怒ってなんかいないけれど、それでも、彼は―――
 ―――あなたはあたしに謝らなきゃ、あなた自身を許せないんだもんね―――
 だから、くれははただ一言返す。彼が、自分を許せるように。
「―――うん、許す」
 その言葉に、彼はほんの少し、いつもの彼の顔で笑って、言う。
「もう少し待ってろ。まだ終わりじゃねぇんだ」
 状況はよくわからなかったけれど、まだ、彼が彼の守ろうとするもののために戦っているのだと、その一言でわかったから―――
「ん、わかった」
 優しく横たえられるまま、ゆっくりと瞼を閉じる。
 けれど、柔らかな眠りに落ちかけたのもつかの間、再び、意識が浮上する。
 気がつけば、先程までくれはがいた闇の中で、一人の少女が抗っている。
 何人もの人々が彼女を囲んで光を―――力を、与えているけれど―――
 これではまだ足りないと、くれはにはわかった。
 あの闇を滅ぼすだけなら、これで足りるかもしれない。けれど、彼女を救うにはまだ足りない。
 それでは、意味がない。闇が消えても、あの少女が救えなかったら、それはきっと彼の決意に反してしまう。
 彼女を救うにはどうすればいいか―――くれはと闇を分かった、あの力が―――彼の力が必要なのだと、何故だかくれはにはわかって。
 だから、くれはは、彼をこの闇の中に呼ぶ。くれはが闇に呑まれそうになったあの時、彼が来てくれた時の感覚を思い出して。
 闇の中に現れた彼から、少女に、最後の力が渡る。―――彼女を救うための力が。

 そして―――生まれた白銀の輝きが、ただ、闇だけを打ち滅ぼした。



◇ ◆ ◇



 永き魂の宿命から解かれて異界から帰ったくれはを、家人は抱きつきかねない勢いで迎えてくれた。
 実際、青葉はくれはに抱きついて、
「―――お、おがえりなざっ………おねぇぢゃぁぁんっ!」
 涙声どころか、殆ど嗚咽のように言ったものだ。
「―――よく………無事に帰ってきてくれました………くれは」
 桐華も、感極まったように目の端に光るものを宿して、そう言ってくれた。
 くれはを送ってきた柊は、赤羽の家人が彼に向ける英雄を祀るが如きの感謝の集中砲火に、早々に耐え切れなくなったらしい。そそくさと逃げるように自身の家へと帰っていった。
 桐華はそんな彼を笑って見送ると、くれはに向き直って、言う。
「くれは―――帰ってきて早々で悪いけれど、あの日、できなかった話をしましょうか」
 そういう桐華の表情は、何故だか、当主の顔ではなく、母親の顔のように見えて―――くれはは頷きつつも、首を傾げてしまった。
 話のために移ったのは、応接間で、そこには二人の女性が先に卓についていた。
「―――先日は、何の助力にもなれず………」
 くれはと桐華が席に着くなり、二人はそう深々と頭を下げる。―――くれはの魂が異界へと連れ去られた日、場に居合わせた二人の巫女―――御門霧花と真行寺巴だった。
「き、気にしないで下さい!こちらこそ、大変なことに巻き込んでしまって………」
 ぶんぶんと頭を振って言うくれはに、二人は一瞬目を見開いて、ついで柔らかく微笑んだ。
「では、本題に入りましょうか」
 桐華が場を仕切りなおすように言うと、二人の客人も表情を引き締める。
 まず、桐華がくれはに向き直って告げた。
「―――くれは、あなたには告げていませんでしたが、あなたが幼少の頃から、あなたには御門と真行寺の家から縁談が来ていました」
「―――はい」
 驚くでもなく、静かに頷くくれはに、桐華は痛むような表情を見せた。
「やはり、知っていましたか―――家人には、くれぐれも、あなたが十八になるまでは報せぬよう言っておいたのですが………」
 ですが、それなら話は早いですね、と桐華は話を続ける。
「あなたが十八になったら、御門と真行寺、それぞれから選ばれた数人ずつとあなたを引き合わせて、その後二年の間に、あなた自身に一人を選んでもらうつもりでした」
 決められたうちでも、せめてくれは自身に選ぶ余地を与えようと、そういうことになっていたらしい。
「ですが―――あの日、あなたが十八になるのを待たずに、私がこのことを話すことにしたのは、事情が変わったからです」
「―――事情………?」
 言葉を切って、客人二人を見遣る桐華に倣い、くれはも二人を見遣る。
 二人は、一瞬顔を見合わせ―――先に巴が口を開いた。
「―――真行寺は、赤羽への婿候補の選出を辞退することになりました」
「―――はわぁっ!?」
 驚きの余り、客人の前にも関らず奇声を上げてしまったくれはに、更に霧花が言う。
「御門も同様に、次期赤羽当主への婿を出すことはない、ということになりました」
「はわっ!?―――え、ええ!? な、なんで―――!?」
 もしかして、自身に何か落ち度があったのか―――と、くれはは動揺する。
「くれは、落ち着きなさい。―――今回、あなたの縁談が流れたのは、御門家と真行寺家の側の事情です」
 桐華の言葉に、くれはは思わず浮かせそうになっていた腰を、再び落ち着ける。
「え………えっと、どういう………?」
 首を傾げるくれはに、霧花が言いづらそうに口を開く。
「御門、真行寺の両家の者に―――“星の巫女”の抹殺作戦、赤羽家への襲撃作戦の参加者がいたからです」
 その一言に、くれはは息を呑んで絶句した。
 巴が言葉の続きを告げる。
「更に言うなら、参加者の中には、当の婿候補もいました。―――殺そうとした相手の婿になれるほど、図太い者も無神経な者も、御門と真行寺の家にはいなかった、ということです」
 予想だにしなかった展開にくれははただ口をぱくぱくと開閉するしかできない。
「え………じ、じゃあ、あたしのお婿さんって………どうなるんですか!?」
 混乱したまま、くれはが母に縋るように言えば、桐華は、普段の彼女からは想像できない様な悪戯っぽい笑みで、
「有力な候補はいますよ。まあ、血筋・家柄の点では弱いですが、その分実力と実績は申し分ありませんから、どうとでもなるでしょう。―――家人は彼を、あなたを救った英雄のように思っていますしね」
 たっぷり五秒、くれははその言葉を吟味して―――理解した瞬間、
「―――はわぁ――――――っ!?」
 今度こそ腰を浮かせて、絶叫した。
 そんなくれはを、他の三人は咎めるでもなく、ただ微笑ましそうに見つめて、
「頑張りなさい、くれは。―――彼は、なかなか手強そうですから」
 桐華が、完全に娘の幸せを願う母親の表情で、そう言った。


 そうして、失くしたはず恋の資格は、くれはの手の中へと舞い戻る。
 忌むべき宿命を負っていたが故の展開。―――忌むべき宿命を、乗り越えたが故に拓けた道。
 彼が、忌むべき宿命から救ってくれたことで―――くれはは、自由を手に入れた。
 全ての柵(しがらみ)から解放されて―――

 くれはは、彼を想う自由を―――手に入れた。







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