Entangling Wills
「デミテルッ…デミテルぅぅぅッ…!!」
偉人の口からは、怨嗟の声が漏れていた。
その偉人の象徴たる金髪は、もはや半分近くが美しい色を失っている。その髪を冒す、精彩のない銀色にその色を奪われ。
つい先ほどの発作で、5つ目の霊的器官が破壊された。ちょうど、これで半分。
ダオスという名の偉人が体内に宿す霊的器官は、合計10。単純に考えれば、死刑宣告が下ってから執行の時間の折り返し。
空の月は、そろそろ天頂にかかろうかという時間。
やはり、自分の勘は間違えていないようだ。ダオスは震えが走るような事実を、再認識していた。
この調子で霊的器官の破壊が進めば、間違いなく自分は次の朝日を見る前に死ぬ、ということを。
半分の霊的器官が破壊されてしまった以上、そろそろ残るもう半分の霊的器官も、踏ん張りが利かなくなってくるはず。
ここから先、発作が起きる頻度も加速度的に上がり、死神の鎌が自らの首に迫る速度もまた上がってゆく。
最初の5つの霊的器官が破壊されるのにかかった時間は、昼の3時から現在の真夜中零時までの、約9時間。
残る5つの霊的器官が破壊されるのにかかる時間は、最長でおよそ6時間弱。最短で、3時間というところか。
残された時間は、つまりどれほど死神の恩寵を賜ろうと、6時間もない。死神の気まぐれ次第では、処刑まであと3時間。
命の砂時計に開いた穴は、これ以上広がることこそあれ、すぼまる事はないのだ。
与えられた時間のうちに、デミテルを、クレスを、それ以外の全てのマーダーを、ダオスは葬らねばならない。
全ては、狂気に耐える善き者達のために。
全ては、今は亡きマーテルのために。
全ては、母なる星、デリス・カーラーンのために。
なまじ自分の死期を明確に悟ってしまえるがゆえの恐怖、絶望。
並の者なら押し潰されて当然の重圧に、ダオスはただその一念で耐えていた。
ただ自分より命を永らえる者達の抱える、未来への灯火を守るために。
灯火の進む先の露払いを、可能な限り行う。灯火を抱える者へ託したい言葉は、懐の手紙にある。
この殺戮の舞台に幕を下ろした者が、参加者全ての蘇生を願うことを祈る、と。
詮無い望み。夜空をほんの一瞬彩る、ちっぽけな流れ星よりもはかない希望。
それでも、ダオスはそのはかない希望を手放しなしない。
偉人の口からは、怨嗟の声が漏れていた。
その偉人の象徴たる金髪は、もはや半分近くが美しい色を失っている。その髪を冒す、精彩のない銀色にその色を奪われ。
つい先ほどの発作で、5つ目の霊的器官が破壊された。ちょうど、これで半分。
ダオスという名の偉人が体内に宿す霊的器官は、合計10。単純に考えれば、死刑宣告が下ってから執行の時間の折り返し。
空の月は、そろそろ天頂にかかろうかという時間。
やはり、自分の勘は間違えていないようだ。ダオスは震えが走るような事実を、再認識していた。
この調子で霊的器官の破壊が進めば、間違いなく自分は次の朝日を見る前に死ぬ、ということを。
半分の霊的器官が破壊されてしまった以上、そろそろ残るもう半分の霊的器官も、踏ん張りが利かなくなってくるはず。
ここから先、発作が起きる頻度も加速度的に上がり、死神の鎌が自らの首に迫る速度もまた上がってゆく。
最初の5つの霊的器官が破壊されるのにかかった時間は、昼の3時から現在の真夜中零時までの、約9時間。
残る5つの霊的器官が破壊されるのにかかる時間は、最長でおよそ6時間弱。最短で、3時間というところか。
残された時間は、つまりどれほど死神の恩寵を賜ろうと、6時間もない。死神の気まぐれ次第では、処刑まであと3時間。
命の砂時計に開いた穴は、これ以上広がることこそあれ、すぼまる事はないのだ。
与えられた時間のうちに、デミテルを、クレスを、それ以外の全てのマーダーを、ダオスは葬らねばならない。
全ては、狂気に耐える善き者達のために。
全ては、今は亡きマーテルのために。
全ては、母なる星、デリス・カーラーンのために。
なまじ自分の死期を明確に悟ってしまえるがゆえの恐怖、絶望。
並の者なら押し潰されて当然の重圧に、ダオスはただその一念で耐えていた。
ただ自分より命を永らえる者達の抱える、未来への灯火を守るために。
灯火の進む先の露払いを、可能な限り行う。灯火を抱える者へ託したい言葉は、懐の手紙にある。
この殺戮の舞台に幕を下ろした者が、参加者全ての蘇生を願うことを祈る、と。
詮無い望み。夜空をほんの一瞬彩る、ちっぽけな流れ星よりもはかない希望。
それでも、ダオスはそのはかない希望を手放しなしない。
どくん。
諦めない。決して。自らもアセリアの大地で、幾千幾万もの命を葬ってまで求めた救いを。
どくん。
ダオスの進んできた道は、血みどろの死と償いがたい大罪に彩られてきている。今更引き返すなど、出来ようものか。
どくん。
あの少年の提案を、激情に任せて断ってしまったのは、間違いかも知れない。
だが、もとよりダオスは、己が道を1人、今まで歩き続けてきた。遅かれ早かれ、こうなることは分かっていた。
どくん。
この作られた星空にはない、母なる星。いや、この星空のどこかにあるかもしれない、母なる星。
どくん。どくん。
夜空を見上げるダオスの体から、ふわりと白い光が散った。魔力的な出血。
夜の帳の中でしか見えないほど微かだが、霊的器官が破壊された副作用で、こうして魔力が体外に漏れ出ているのだ。
こうなってしまっては、使うしかないかもしれない。否、使わない手はあるまい。
この会場に放り込まれてすぐに、確認している。あの力を使えば、この島の異常なマナの位相が、頑固な抵抗を示すことを。
力を解放しようとして、しかしすぐに諦めた。
無理に力を解放しようとすれば、強烈な霊的反動が襲い掛かってくることを悟ったから。
だがどの道、死は避けられないのであれば、使ってやろう。デミテルらを、残るマーダーらを見つけたなら。
反動で更に霊的器官が破壊され、死期も一層早まるだろうが、今やそんな問題は瑣末だ。
霊的器官が最悪2つ以上残っていれば、あの力は使えるだろう。全力を解放できる。
ダオスは、無言で両の拳を握り締めた。月のもたらす赤と青の光が、幻想的な陰影を生む。
そこにひとひら、落ちる光。光で編まれた、鳥のそれのような羽根。
光の羽根は地面に落ち、そしてすぐさまほどけて夜闇に消える。黒の天蓋に輝く星のような、微かな光。
ダオスの引きし、太古の種族の血。
天使の血は、確かに彼の中に流れているのだ。
諦めない。決して。自らもアセリアの大地で、幾千幾万もの命を葬ってまで求めた救いを。
どくん。
ダオスの進んできた道は、血みどろの死と償いがたい大罪に彩られてきている。今更引き返すなど、出来ようものか。
どくん。
あの少年の提案を、激情に任せて断ってしまったのは、間違いかも知れない。
だが、もとよりダオスは、己が道を1人、今まで歩き続けてきた。遅かれ早かれ、こうなることは分かっていた。
どくん。
この作られた星空にはない、母なる星。いや、この星空のどこかにあるかもしれない、母なる星。
どくん。どくん。
夜空を見上げるダオスの体から、ふわりと白い光が散った。魔力的な出血。
夜の帳の中でしか見えないほど微かだが、霊的器官が破壊された副作用で、こうして魔力が体外に漏れ出ているのだ。
こうなってしまっては、使うしかないかもしれない。否、使わない手はあるまい。
この会場に放り込まれてすぐに、確認している。あの力を使えば、この島の異常なマナの位相が、頑固な抵抗を示すことを。
力を解放しようとして、しかしすぐに諦めた。
無理に力を解放しようとすれば、強烈な霊的反動が襲い掛かってくることを悟ったから。
だがどの道、死は避けられないのであれば、使ってやろう。デミテルらを、残るマーダーらを見つけたなら。
反動で更に霊的器官が破壊され、死期も一層早まるだろうが、今やそんな問題は瑣末だ。
霊的器官が最悪2つ以上残っていれば、あの力は使えるだろう。全力を解放できる。
ダオスは、無言で両の拳を握り締めた。月のもたらす赤と青の光が、幻想的な陰影を生む。
そこにひとひら、落ちる光。光で編まれた、鳥のそれのような羽根。
光の羽根は地面に落ち、そしてすぐさまほどけて夜闇に消える。黒の天蓋に輝く星のような、微かな光。
ダオスの引きし、太古の種族の血。
天使の血は、確かに彼の中に流れているのだ。
ダオスの絶望的な逍遥を、彼方より見守るものが1人。
「また、ひとり、このへん、ふらふら」
ティトレイ・クロウは、大地の草々の話に耳を傾け、それを逐一報告していた。
「からだ、おおきいにんげん。つよい、フォルスみたいなちからをもってる。きたのほうにいる」
「ご苦労。ティトレイ・クロウ。状況は把握した」
ダオスも妙にしつこく、またやたらと勘のいい事だ。ティトレイを使う男、デミテルは呟いた。
今日の昼の時点で、クレスに唆されたモリスンに痛めつけられておきながら、ダオスの戦意はまだ尽きぬのか。
デミテルは呆れると同時に、さすがはかつて自らが仕えた主、と感服に近い感情を覚える。
やはり、あれだけ痛めつけた時点で、多少の危険を恐れずに追撃をかけ、完全に命を断っておいたほうが上策であったか。
ダオスは先ほどから妙に勘のいいことに、自分達のいる地点の近く…当たらずとも遠からずの地点をさまよっている。
たとえエルフの血のお陰で夜目が利くため、夜間の行動ではデミテルが優位に立とうと、これでは下手に動くことも出来ない。
今デミテル一同が隠れているところは、草原の中の茂み。草が大人の男の腰ほどもある茂みの中。
ティトレイの「樹」のフォルスで繁茂させた草で、円状に遮蔽を取った空き地の中である。
一見しただけでは、普通の茂みと何ら変わりはない。
また幸いなことに、この周辺は延々草原が広がっているため、ティトレイのフォルスで、侵入者は間違いなく感知できる。
更に避難の際には、ティトレイが草々に呼びかければ、草がこすれあう音さえ最低限に抑えられる。隠密性も抜群に優れている。
それでも、万一ダオスに存在を察知させられることを嫌ったデミテルは、今までこの空き地で、ダオスが去るのを待っていた。
無論、クレスへの「お仕置き」を終え、ダオスの存在を感知してここに逃げ込んでからの待機時間は、有効に活用した。
第一に、睡眠をとること。
この島のマナは、異常な位相ながらも濃密で、疲労の回復も早い。3~4時間眠るだけでも、十分な魔力の回復ができた。
自らの手駒達にも、無論適度な休息はローテーションで与えてやった。
クレスには集気法、ティトレイには激・樹装壁という、自らの生命力を回復させる術を持つ。
この休息で、じわじわとだが、確実に、かなりの体力・気力の回復が出来たはずだ。
そしてもう1つは、この島の研究・考察、ならびに、手持ちの道具の点検。
あまり思い出して気持ちのいいものではないが、デミテルはクレスの「お仕置き」と前後して、デミテルはある術を試してみた。
あの腐乱した死体、マリー・エージェントの亡骸に、自らの得意とする屍霊術を試みてみたのだ。
参加者の半数以上がすでに倒れたこの島には、多くの死体が転がっているはず。
そいつらをゾンビとして操ることが出来れば、かなり有能な手駒となる。
ゾンビは戦術的判断能力こそ皆無だが、醜悪な外見や腐臭で、敵にかなりの精神的動揺を与える、旨味のある駒。
更に今回のような長期戦では、攻撃させた相手の傷口を汚染し、相手の傷を腐らせ病に陥れるなどといった効果も期待できた。
だが、結果は失敗。屍霊術の儀式を試みても、この会場のマナは一切応えようとしなかったのだ。
その他、いわゆるアンデッドを生み出す術は、念のため一通り試してみたが、どれも全く反応はなかった。
「また、ひとり、このへん、ふらふら」
ティトレイ・クロウは、大地の草々の話に耳を傾け、それを逐一報告していた。
「からだ、おおきいにんげん。つよい、フォルスみたいなちからをもってる。きたのほうにいる」
「ご苦労。ティトレイ・クロウ。状況は把握した」
ダオスも妙にしつこく、またやたらと勘のいい事だ。ティトレイを使う男、デミテルは呟いた。
今日の昼の時点で、クレスに唆されたモリスンに痛めつけられておきながら、ダオスの戦意はまだ尽きぬのか。
デミテルは呆れると同時に、さすがはかつて自らが仕えた主、と感服に近い感情を覚える。
やはり、あれだけ痛めつけた時点で、多少の危険を恐れずに追撃をかけ、完全に命を断っておいたほうが上策であったか。
ダオスは先ほどから妙に勘のいいことに、自分達のいる地点の近く…当たらずとも遠からずの地点をさまよっている。
たとえエルフの血のお陰で夜目が利くため、夜間の行動ではデミテルが優位に立とうと、これでは下手に動くことも出来ない。
今デミテル一同が隠れているところは、草原の中の茂み。草が大人の男の腰ほどもある茂みの中。
ティトレイの「樹」のフォルスで繁茂させた草で、円状に遮蔽を取った空き地の中である。
一見しただけでは、普通の茂みと何ら変わりはない。
また幸いなことに、この周辺は延々草原が広がっているため、ティトレイのフォルスで、侵入者は間違いなく感知できる。
更に避難の際には、ティトレイが草々に呼びかければ、草がこすれあう音さえ最低限に抑えられる。隠密性も抜群に優れている。
それでも、万一ダオスに存在を察知させられることを嫌ったデミテルは、今までこの空き地で、ダオスが去るのを待っていた。
無論、クレスへの「お仕置き」を終え、ダオスの存在を感知してここに逃げ込んでからの待機時間は、有効に活用した。
第一に、睡眠をとること。
この島のマナは、異常な位相ながらも濃密で、疲労の回復も早い。3~4時間眠るだけでも、十分な魔力の回復ができた。
自らの手駒達にも、無論適度な休息はローテーションで与えてやった。
クレスには集気法、ティトレイには激・樹装壁という、自らの生命力を回復させる術を持つ。
この休息で、じわじわとだが、確実に、かなりの体力・気力の回復が出来たはずだ。
そしてもう1つは、この島の研究・考察、ならびに、手持ちの道具の点検。
あまり思い出して気持ちのいいものではないが、デミテルはクレスの「お仕置き」と前後して、デミテルはある術を試してみた。
あの腐乱した死体、マリー・エージェントの亡骸に、自らの得意とする屍霊術を試みてみたのだ。
参加者の半数以上がすでに倒れたこの島には、多くの死体が転がっているはず。
そいつらをゾンビとして操ることが出来れば、かなり有能な手駒となる。
ゾンビは戦術的判断能力こそ皆無だが、醜悪な外見や腐臭で、敵にかなりの精神的動揺を与える、旨味のある駒。
更に今回のような長期戦では、攻撃させた相手の傷口を汚染し、相手の傷を腐らせ病に陥れるなどといった効果も期待できた。
だが、結果は失敗。屍霊術の儀式を試みても、この会場のマナは一切応えようとしなかったのだ。
その他、いわゆるアンデッドを生み出す術は、念のため一通り試してみたが、どれも全く反応はなかった。
(「一度死んだ人間は、いかなることがあっても復帰を認めない」、ということか)
多少残念に思いながら、デミテルは胸の中呟いた。
だが、ありがたい収穫もあった。手持ちの道具を再点検したり、今後の戦略の検討をしていたときに、その事実を発見した。
今まで全くの役立たずと思われていた、藤林すずなる少女から奪った「支給品」…ストローの意外な使い道を見つけたのだ。
厳密には、ストローそのものではなく、ストローについていたシャボン液。意外な秘密が、そこにはあった。
こんなくだらぬ児戯の道具が有用とは思えないながらも、念のためマナ分析を行ったところ、毒の成分がそこにあったのだ。
生き物の皮膚に触れると、その皮膚を激しく冒すが、人間の唾液によって中和されるという、一風変わった毒。
それが、シャボン液に配合されていたのだ。
これぞ、遺跡船のトレジャーハンター、ノーマ・ビアッティがシャボン玉で魔物をなぎ倒していた秘密。
だが、そんなことは知る由もないデミテルは、このシャボン液に更なる操作を施し、より強力な毒薬の調合を行っていたのだ。
念のため、事前に飲んでも事後に飲んでも効く、このシャボン液の解毒剤も調合しておいた。
これも使いどころを誤らなければ、素晴らしい道具たりえるだろう。
併せて、この辺りでまた、いくつか使えそうな植物の種も集められた。
「花粉症」という、軽微だが根治の困難な病を引き起こす原因となる、ブタクサという植物の種。
熟すると、ぱちんと弾けて周囲に種を撒き散らかすホウセンカの種。
美しい花を咲かせるが、棘だらけの茎や葉を持つ野草、アザミの種。
これもまたありふれた植物だが、使い方次第では有用な罠の材料にもなる。ティトレイの持つ、「樹」のフォルスがあれば。
(さて…我が主たるダオス様には、どうやって退場していただくか)
「ダオス様」という呼び方に、わずかばかりの皮肉を込め黙考するデミテル。
これまでこの茂みの中で待機していた時間は、有効に使った。だが、そろそろ動き出さねばなるまい。
そろそろ、不意打ちに最も適した時間が訪れるからだ。
およそどんな人間でも、必ず隙を見せ無防備になる瞬間は必ず来るが、代表的なものは以下の4つ。
食事をしているとき。用を足しているとき。情事に耽っているとき。そして、睡眠をとっているとき。
この中でも、特に確実性の高い隙は、睡眠をとっているとき。
そろそろ真夜中の零時。まともに睡眠をとっていない人間には、睡魔が訪れ始める時間だ。
この真夜中の零時から、夜明け直前の5時までが、いわゆる闇討ちには持って来いの時間とされている。
特に夜明け直前は、睡魔が重くのしかかる。デミテルはこれを踏まえ、敵将暗殺の作戦は、ほとんど夜明け直前に行ってきた。
少数精鋭の暗殺部隊に、寝ぼけ眼の歩哨の首をかき切らせ、まんまと敵の本営に忍び込ませ、敵将をそのまま永眠させる。
今まで、何度もやってきたことだ。
多少残念に思いながら、デミテルは胸の中呟いた。
だが、ありがたい収穫もあった。手持ちの道具を再点検したり、今後の戦略の検討をしていたときに、その事実を発見した。
今まで全くの役立たずと思われていた、藤林すずなる少女から奪った「支給品」…ストローの意外な使い道を見つけたのだ。
厳密には、ストローそのものではなく、ストローについていたシャボン液。意外な秘密が、そこにはあった。
こんなくだらぬ児戯の道具が有用とは思えないながらも、念のためマナ分析を行ったところ、毒の成分がそこにあったのだ。
生き物の皮膚に触れると、その皮膚を激しく冒すが、人間の唾液によって中和されるという、一風変わった毒。
それが、シャボン液に配合されていたのだ。
これぞ、遺跡船のトレジャーハンター、ノーマ・ビアッティがシャボン玉で魔物をなぎ倒していた秘密。
だが、そんなことは知る由もないデミテルは、このシャボン液に更なる操作を施し、より強力な毒薬の調合を行っていたのだ。
念のため、事前に飲んでも事後に飲んでも効く、このシャボン液の解毒剤も調合しておいた。
これも使いどころを誤らなければ、素晴らしい道具たりえるだろう。
併せて、この辺りでまた、いくつか使えそうな植物の種も集められた。
「花粉症」という、軽微だが根治の困難な病を引き起こす原因となる、ブタクサという植物の種。
熟すると、ぱちんと弾けて周囲に種を撒き散らかすホウセンカの種。
美しい花を咲かせるが、棘だらけの茎や葉を持つ野草、アザミの種。
これもまたありふれた植物だが、使い方次第では有用な罠の材料にもなる。ティトレイの持つ、「樹」のフォルスがあれば。
(さて…我が主たるダオス様には、どうやって退場していただくか)
「ダオス様」という呼び方に、わずかばかりの皮肉を込め黙考するデミテル。
これまでこの茂みの中で待機していた時間は、有効に使った。だが、そろそろ動き出さねばなるまい。
そろそろ、不意打ちに最も適した時間が訪れるからだ。
およそどんな人間でも、必ず隙を見せ無防備になる瞬間は必ず来るが、代表的なものは以下の4つ。
食事をしているとき。用を足しているとき。情事に耽っているとき。そして、睡眠をとっているとき。
この中でも、特に確実性の高い隙は、睡眠をとっているとき。
そろそろ真夜中の零時。まともに睡眠をとっていない人間には、睡魔が訪れ始める時間だ。
この真夜中の零時から、夜明け直前の5時までが、いわゆる闇討ちには持って来いの時間とされている。
特に夜明け直前は、睡魔が重くのしかかる。デミテルはこれを踏まえ、敵将暗殺の作戦は、ほとんど夜明け直前に行ってきた。
少数精鋭の暗殺部隊に、寝ぼけ眼の歩哨の首をかき切らせ、まんまと敵の本営に忍び込ませ、敵将をそのまま永眠させる。
今まで、何度もやってきたことだ。
これを見越して、デミテルは予め夜が更ける前に睡眠をとっていた。
これで、深夜から未明にかけての戦いでは、心身も頭脳も全て正常に働く。
だが、他の参加者を暗殺するためには、とにもかくにも、ダオスの目を反らさねば。さもなくば、下手な動きは出来ない。
ティトレイの「樹」のフォルスによる、静粛な移動のみでは、安全確実とは言いがたいのだ。
(そうだな。例えば…)
ダオスを軍用攻撃魔法で、超遠距離から殺害するのはどうか。
デミテルもいくつか、ダオス軍で正式採用された軍用攻撃魔法の術式設計には携わったことがある。
そしてその術式は、全て諳(そら)んじることができる。完璧に、頭に叩き込んである。
そして今手元には、魔杖ケイオスハートと、ミスティシンボルがある。
これら二つの強大な魔導具の補助さえあれば、あとは魔法陣を地面に描くなどして、補助的な術式を作るだけ。
大量の魔力と、数分程度の詠唱時間をとれれば、複雑な設備なしに超長射程の軍用攻撃魔法を個人で撃てる。
通常個人対個人の、局地的戦闘で用いられる通常の攻撃魔法は、射程は限定的になる。
通常の攻撃魔法の射程は、術者がまともな視界を得られる50m~100mといったところ。
だが、戦術級軍用攻撃魔法なら、その射程は凄まじい。上級のものなら、それこそ文字通り地平線までが射程になる。
何らかの手段で目標を視認し、ロックオンする必要はある。
だがそれさえ出来れば、今のデミテルは超遠距離からの魔術の射撃で、一方的な暗殺を行うことも出来るのだ。
(だが…)
この作戦はあまりに乱暴過ぎる。デミテルが実行をためらう理由は2つ。
軍用攻撃魔法は前述の通り、個人で撃つにしても発動に数分間という、かなり長時間の呪文詠唱が必要となる。
その間は隙だらけになるというのが、まず1つ。
そして何より、軍用攻撃魔法は通常の攻撃魔法と違い、火線が生じるという隠密作戦には全く不向きの欠陥がある。
例えば、魔術「インディグネイション」を見れば、火線が生じるという問題は容易に理解出来る。
「インディグネイション」は発動さえすれば、敵の頭上に直接巨大な電場を発生させ、落雷を浴びせることが出来る。
どこかに隠れて発動させれば、例え至近距離で放っても、術者の居場所は割り出せない。
呪文詠唱の声や、魔力収束に伴う空気の震え…ハウリングを聞かれない限り、術者の居場所は分からないのだ。
だが、「インディグネイション」を軍用攻撃魔法に改良した「インディグネイト・ジャッジメント」はこうはいかない。
「インディグネイト・ジャッジメント」の巨大な雷電は、デミテルの手のひら、もしくは杖から直線的に伸びる。
すなわち、魔術の発射地点は、丸分かりなのだ。術者は、一度術を放てば、その火線で位置を知られてしまう。
おまけにそれに伴う音や光、マナの擾乱は凄まじく、魔術の発動を周囲のほとんどの者に気取られてしまう。
周囲の者に居場所が丸分かりになり、しかも他の参加者の注意や警戒を喚起するのがどれほどまずいか、言及には及ぶまい。
これで、深夜から未明にかけての戦いでは、心身も頭脳も全て正常に働く。
だが、他の参加者を暗殺するためには、とにもかくにも、ダオスの目を反らさねば。さもなくば、下手な動きは出来ない。
ティトレイの「樹」のフォルスによる、静粛な移動のみでは、安全確実とは言いがたいのだ。
(そうだな。例えば…)
ダオスを軍用攻撃魔法で、超遠距離から殺害するのはどうか。
デミテルもいくつか、ダオス軍で正式採用された軍用攻撃魔法の術式設計には携わったことがある。
そしてその術式は、全て諳(そら)んじることができる。完璧に、頭に叩き込んである。
そして今手元には、魔杖ケイオスハートと、ミスティシンボルがある。
これら二つの強大な魔導具の補助さえあれば、あとは魔法陣を地面に描くなどして、補助的な術式を作るだけ。
大量の魔力と、数分程度の詠唱時間をとれれば、複雑な設備なしに超長射程の軍用攻撃魔法を個人で撃てる。
通常個人対個人の、局地的戦闘で用いられる通常の攻撃魔法は、射程は限定的になる。
通常の攻撃魔法の射程は、術者がまともな視界を得られる50m~100mといったところ。
だが、戦術級軍用攻撃魔法なら、その射程は凄まじい。上級のものなら、それこそ文字通り地平線までが射程になる。
何らかの手段で目標を視認し、ロックオンする必要はある。
だがそれさえ出来れば、今のデミテルは超遠距離からの魔術の射撃で、一方的な暗殺を行うことも出来るのだ。
(だが…)
この作戦はあまりに乱暴過ぎる。デミテルが実行をためらう理由は2つ。
軍用攻撃魔法は前述の通り、個人で撃つにしても発動に数分間という、かなり長時間の呪文詠唱が必要となる。
その間は隙だらけになるというのが、まず1つ。
そして何より、軍用攻撃魔法は通常の攻撃魔法と違い、火線が生じるという隠密作戦には全く不向きの欠陥がある。
例えば、魔術「インディグネイション」を見れば、火線が生じるという問題は容易に理解出来る。
「インディグネイション」は発動さえすれば、敵の頭上に直接巨大な電場を発生させ、落雷を浴びせることが出来る。
どこかに隠れて発動させれば、例え至近距離で放っても、術者の居場所は割り出せない。
呪文詠唱の声や、魔力収束に伴う空気の震え…ハウリングを聞かれない限り、術者の居場所は分からないのだ。
だが、「インディグネイション」を軍用攻撃魔法に改良した「インディグネイト・ジャッジメント」はこうはいかない。
「インディグネイト・ジャッジメント」の巨大な雷電は、デミテルの手のひら、もしくは杖から直線的に伸びる。
すなわち、魔術の発射地点は、丸分かりなのだ。術者は、一度術を放てば、その火線で位置を知られてしまう。
おまけにそれに伴う音や光、マナの擾乱は凄まじく、魔術の発動を周囲のほとんどの者に気取られてしまう。
周囲の者に居場所が丸分かりになり、しかも他の参加者の注意や警戒を喚起するのがどれほどまずいか、言及には及ぶまい。
それに軍用攻撃魔法は当然、大量の魔力を消費する。まさにデミテルにとっては、最後の切り札と考えてよい。
言ってしまえば、今のダオスはくたばり損ないなのだ。
くたばり損ないを何とかするくらいで、そんな大仰な真似をするなど、馬鹿馬鹿しいにも程がある。
(…やはり、こうするのが一番現実的だな)
デミテルは、何度目かの演繹を、やはり同じ結論に帰着させていた。よく見ねば分からないほど、わずかに首を頷かせる。
「ティトレイ・クロウ。クレス・アルベインをそろそろ起こせ。出発だ」
デミテルはメッシュのかかった青い髪を揺らし、振り返りながら緑髪の男に命じた。
「私が一仕事終えた後に、お前は草に命じて、葉のこすれる音を可能な限り抑えろ。その後、3人で南に向かう」
「わかった。おれ、クレスおこす」
ティトレイがそう言い、しゃがみ込む。
傍らに横たわるクレスの体を揺さぶろうとしたその時。
草原に、一陣の風が吹く。
デミテルは、精神を集中させ、その風に魔術の風を孕ませる。
魔術「ウインドカッター」。風の刃で敵を撫で切る、初級魔術。
「ウインドカッター」は、しかしデミテルらのいる地点から、数十mほど西に向かい、そこで空気の刃は振るわれた。
さすがのデミテルさえ、魔杖ケイオスハートと、ミスティシンボルの補助なしには、出来なかった離れ業。
空気の刃がほどけ、夜空に散っていったその後に残されたもの。
それは、草を刈り込んで描かれた、一つの魔法陣。そして、魔法陣の端からは、一本の線が、デミテルの茂みにまで延びている。
これが、いわば魔法陣を発動させる「導火線」。
デミテルは再び呪文を詠唱しながら、茂みの端にまで伸びた「導火線」に、手を当てる。
「導火線」の端に、赤い魔力の輝きが灯る。
デミテルは、わずかに笑んだ。この魔力の輝きがあの西の魔法陣に届いたとき、あの魔法陣は発動し、魔術が放たれる。
無論、ろくな威力は込めていないし、狙いもかなり大雑把である。
それもそのはず。ここから放たれる魔術は、所詮ダオスを陽動するためのものに過ぎないのだ。
ダオスを陽動する魔法陣は、攻撃魔法をダオスのいる方向に放ち、ダオスをそこに引き付けるためのもの。
ろくな威力を込めていないのはただ魔力を節約するため。
だが、ある程度頭の回るダオスのなら、何者かが上級魔術を撃つ時間を稼ぐために放った、牽制用の魔術と思ってくれるだろう。
この草原を逃げながら、こんな魔法陣を描き逃げしつつ、南下する。
牽制を何発か放てば、ダオスがそれを、いわゆる「空城の計」のための布石と勘繰ってくれるかも知れない。
そうしたならしめたもの。疑心暗鬼に陥らせて判断力が低下すれば、逃走も容易になる。
言ってしまえば、今のダオスはくたばり損ないなのだ。
くたばり損ないを何とかするくらいで、そんな大仰な真似をするなど、馬鹿馬鹿しいにも程がある。
(…やはり、こうするのが一番現実的だな)
デミテルは、何度目かの演繹を、やはり同じ結論に帰着させていた。よく見ねば分からないほど、わずかに首を頷かせる。
「ティトレイ・クロウ。クレス・アルベインをそろそろ起こせ。出発だ」
デミテルはメッシュのかかった青い髪を揺らし、振り返りながら緑髪の男に命じた。
「私が一仕事終えた後に、お前は草に命じて、葉のこすれる音を可能な限り抑えろ。その後、3人で南に向かう」
「わかった。おれ、クレスおこす」
ティトレイがそう言い、しゃがみ込む。
傍らに横たわるクレスの体を揺さぶろうとしたその時。
草原に、一陣の風が吹く。
デミテルは、精神を集中させ、その風に魔術の風を孕ませる。
魔術「ウインドカッター」。風の刃で敵を撫で切る、初級魔術。
「ウインドカッター」は、しかしデミテルらのいる地点から、数十mほど西に向かい、そこで空気の刃は振るわれた。
さすがのデミテルさえ、魔杖ケイオスハートと、ミスティシンボルの補助なしには、出来なかった離れ業。
空気の刃がほどけ、夜空に散っていったその後に残されたもの。
それは、草を刈り込んで描かれた、一つの魔法陣。そして、魔法陣の端からは、一本の線が、デミテルの茂みにまで延びている。
これが、いわば魔法陣を発動させる「導火線」。
デミテルは再び呪文を詠唱しながら、茂みの端にまで伸びた「導火線」に、手を当てる。
「導火線」の端に、赤い魔力の輝きが灯る。
デミテルは、わずかに笑んだ。この魔力の輝きがあの西の魔法陣に届いたとき、あの魔法陣は発動し、魔術が放たれる。
無論、ろくな威力は込めていないし、狙いもかなり大雑把である。
それもそのはず。ここから放たれる魔術は、所詮ダオスを陽動するためのものに過ぎないのだ。
ダオスを陽動する魔法陣は、攻撃魔法をダオスのいる方向に放ち、ダオスをそこに引き付けるためのもの。
ろくな威力を込めていないのはただ魔力を節約するため。
だが、ある程度頭の回るダオスのなら、何者かが上級魔術を撃つ時間を稼ぐために放った、牽制用の魔術と思ってくれるだろう。
この草原を逃げながら、こんな魔法陣を描き逃げしつつ、南下する。
牽制を何発か放てば、ダオスがそれを、いわゆる「空城の計」のための布石と勘繰ってくれるかも知れない。
そうしたならしめたもの。疑心暗鬼に陥らせて判断力が低下すれば、逃走も容易になる。
ちょうどクレスが起き上がった。デミテルはティトレイにも併せて指示を出し、南に駆け出す。
そのとき、最初の魔法陣が発動した。
魔法陣から放たれた火球が夜空を焼き、北の方向へ飛ぶ。
ダオスの怒号と足音が、背後から聞こえた。どうやら、まんまと策にはまってくれたらしい。
きっとダオスは魔法陣のある方向に疾走しているだろう。
「では、夜の草原の散歩をお楽しみくださいませ、ダオス様」
デミテルはうつろな皮肉を口にしながら、南へと歩を進める。次は、どこに魔法陣を描くか――。
そのとき。
デミテルは見つけた。夜の帳に強い、ハーフエルフの目でなければ捉えられなかったであろう、かすかな光。
松明の光か。デミテルは光の色合いとその鼓動から、判断した。
あれは罠か。はたまた頭の回らない愚か者達の夜行軍か。
まっとうに頭を働かせられる者なら、夜間の行動時に下手に照明を用いるのがどれほど危険か、すぐ理解するはず。
照明を用いれば、マーダー達にも位置を知られてしまうからだ。
だがそれを逆手に取り、照明を灯す事で他の参加者を呼び寄せ、罠に陥れる狡猾な作戦も立案出来る。
あの灯火が他の参加者をおびき寄せる、いわゆる「誘蛾灯」なのか、はたまた愚か者の迂闊さの結果かは判断が難しい。
ならば。
ダオスをいっそのこと、あの灯火の方向に誘導してやるか。
そうすれば、自ら手を汚さずして罠か否かを判断する材料も手に入る。ダオスの追撃を逃れ灯火の正体も分かる一石二鳥の手だ。
デミテルの決定と実行は迅速だった。
もう一度魔術「ウインドカッター」を発動。魔法陣を作成。「導火線」に着火。
あと数秒で、魔術の第二波がダオスに向かう。
また距離をおきながら、三つめの魔法陣。もう少し距離をおき、発動時間を調整して四つめ。
これだけやれば、問題はあるまい。これだけ誘導をかければ、ダオスの目にもあの灯火が見えるはず。
駄目押しに、自らも魔術「ファイアボール」を発動。北の方向に発射。第二波の発動とほぼ同時に、火球を撃ち込む。
同時に異なる方向から魔術の発動を受ければ、さしものダオスも逡巡するはず。どちらがフェイクか、と。
その隙に距離を置き、続く第三波、第四波でダオスを混乱させているうちに逃げる。
火球の爆発音や、風に波打つ草の歌が、この逃避行を隠してくれるはず。十分に逃げ切れる。
果たして、ダオスの声は遥か遠く。距離が見る見るうちに遠ざかる。
デミテルは再び、自らの主を出し抜いたのだ。
草原の彼方の灯火が、ゆらりと夜風に揺れた。
そのとき、最初の魔法陣が発動した。
魔法陣から放たれた火球が夜空を焼き、北の方向へ飛ぶ。
ダオスの怒号と足音が、背後から聞こえた。どうやら、まんまと策にはまってくれたらしい。
きっとダオスは魔法陣のある方向に疾走しているだろう。
「では、夜の草原の散歩をお楽しみくださいませ、ダオス様」
デミテルはうつろな皮肉を口にしながら、南へと歩を進める。次は、どこに魔法陣を描くか――。
そのとき。
デミテルは見つけた。夜の帳に強い、ハーフエルフの目でなければ捉えられなかったであろう、かすかな光。
松明の光か。デミテルは光の色合いとその鼓動から、判断した。
あれは罠か。はたまた頭の回らない愚か者達の夜行軍か。
まっとうに頭を働かせられる者なら、夜間の行動時に下手に照明を用いるのがどれほど危険か、すぐ理解するはず。
照明を用いれば、マーダー達にも位置を知られてしまうからだ。
だがそれを逆手に取り、照明を灯す事で他の参加者を呼び寄せ、罠に陥れる狡猾な作戦も立案出来る。
あの灯火が他の参加者をおびき寄せる、いわゆる「誘蛾灯」なのか、はたまた愚か者の迂闊さの結果かは判断が難しい。
ならば。
ダオスをいっそのこと、あの灯火の方向に誘導してやるか。
そうすれば、自ら手を汚さずして罠か否かを判断する材料も手に入る。ダオスの追撃を逃れ灯火の正体も分かる一石二鳥の手だ。
デミテルの決定と実行は迅速だった。
もう一度魔術「ウインドカッター」を発動。魔法陣を作成。「導火線」に着火。
あと数秒で、魔術の第二波がダオスに向かう。
また距離をおきながら、三つめの魔法陣。もう少し距離をおき、発動時間を調整して四つめ。
これだけやれば、問題はあるまい。これだけ誘導をかければ、ダオスの目にもあの灯火が見えるはず。
駄目押しに、自らも魔術「ファイアボール」を発動。北の方向に発射。第二波の発動とほぼ同時に、火球を撃ち込む。
同時に異なる方向から魔術の発動を受ければ、さしものダオスも逡巡するはず。どちらがフェイクか、と。
その隙に距離を置き、続く第三波、第四波でダオスを混乱させているうちに逃げる。
火球の爆発音や、風に波打つ草の歌が、この逃避行を隠してくれるはず。十分に逃げ切れる。
果たして、ダオスの声は遥か遠く。距離が見る見るうちに遠ざかる。
デミテルは再び、自らの主を出し抜いたのだ。
草原の彼方の灯火が、ゆらりと夜風に揺れた。
そして、デミテルの捉えた灯火を掲げるものが、ここに1人。
「やれやれ…こんな島で『夜釣り』なんてな」
青髪の青年、キールは目の前の松明を見ながら、呟いた。
「それもこれも、キールさんのやった『馬鹿』の有効活用です。先ほどは『馬鹿』をやってくれてありがとうございました」
皮肉がかった物言いをしたのは、白皙の少年、ジェイ。彼こそが、この灯火を掲げる張本人。
キールは、その言い方に若干鼻白む。
「そんなにあれはマズい事だったのか?」
鳶色の髪の少年、ロイドはいまだに釈然としない様子であった。
「俺はむしろ安全だと思っちまったかな。いつも旅をしているときの癖が抜けなくてさ」
肩をすくめたのは、赤髪の少年リッド。
「ここは普通の旅の舞台ではありません。『バトル・ロワイアル』の会場であることを忘れてはいけません。さもないと…」
油断した人間から死にますよ、とはあえてジェイは続けなかった。
そんなこと、会場に放り込まれてそろそろ2日弱の一同には、周知の事実であったから。
キールのやった『馬鹿』。それこそが、一同のこの『夜釣り』の発端であった。
ジェイが戻ってくる前の一同のやり取りを見ていれば明白であるが、彼らは焚き火をしながらジェイの帰還を待っていたのだ。
何らかの灯火管制の処置も施さずに、この島の夜に焚き火をするのが、どれほど愚かな行為かは、言及にあたうまい。
昼間の内なら、魔法の火を用いて火を焚くなどして煙を消す処置をすれば、まだ安全である。
だが、夜の帳の中で火を焚けば、他の者にはあっという間に自分達の位置が知られてしまう。
マーダー達に、「どうぞ見つけ次第殺しに来て下さい」とアピールをするようなものだ。
キールが焚き火をしていることを知ったジェイは、最初本気で怒りを覚えた。
火を焚くという行為は、一応これから打つ布石の一環に組み込んではあった。
だが、個人の勝手な独断で火を焚くとは、ジェイにしてみれば愚劣も極まった行為だ。
もしこれがかつて行ったことのある、隠密戦の実戦形式の演習中であれば。
問答無用でソロンあたりに首を刎ねられていても、一言たりとて文句を言う権利はなかっただろう。
「まあ、もし命が惜しくないというのであれば、また遠慮なく焚き火をなさって下さい。
ですが、ぼくは誰かの自殺行為に付き合うなんて、ごめんこうむりますよ」
「やれやれ…こんな島で『夜釣り』なんてな」
青髪の青年、キールは目の前の松明を見ながら、呟いた。
「それもこれも、キールさんのやった『馬鹿』の有効活用です。先ほどは『馬鹿』をやってくれてありがとうございました」
皮肉がかった物言いをしたのは、白皙の少年、ジェイ。彼こそが、この灯火を掲げる張本人。
キールは、その言い方に若干鼻白む。
「そんなにあれはマズい事だったのか?」
鳶色の髪の少年、ロイドはいまだに釈然としない様子であった。
「俺はむしろ安全だと思っちまったかな。いつも旅をしているときの癖が抜けなくてさ」
肩をすくめたのは、赤髪の少年リッド。
「ここは普通の旅の舞台ではありません。『バトル・ロワイアル』の会場であることを忘れてはいけません。さもないと…」
油断した人間から死にますよ、とはあえてジェイは続けなかった。
そんなこと、会場に放り込まれてそろそろ2日弱の一同には、周知の事実であったから。
キールのやった『馬鹿』。それこそが、一同のこの『夜釣り』の発端であった。
ジェイが戻ってくる前の一同のやり取りを見ていれば明白であるが、彼らは焚き火をしながらジェイの帰還を待っていたのだ。
何らかの灯火管制の処置も施さずに、この島の夜に焚き火をするのが、どれほど愚かな行為かは、言及にあたうまい。
昼間の内なら、魔法の火を用いて火を焚くなどして煙を消す処置をすれば、まだ安全である。
だが、夜の帳の中で火を焚けば、他の者にはあっという間に自分達の位置が知られてしまう。
マーダー達に、「どうぞ見つけ次第殺しに来て下さい」とアピールをするようなものだ。
キールが焚き火をしていることを知ったジェイは、最初本気で怒りを覚えた。
火を焚くという行為は、一応これから打つ布石の一環に組み込んではあった。
だが、個人の勝手な独断で火を焚くとは、ジェイにしてみれば愚劣も極まった行為だ。
もしこれがかつて行ったことのある、隠密戦の実戦形式の演習中であれば。
問答無用でソロンあたりに首を刎ねられていても、一言たりとて文句を言う権利はなかっただろう。
「まあ、もし命が惜しくないというのであれば、また遠慮なく焚き火をなさって下さい。
ですが、ぼくは誰かの自殺行為に付き合うなんて、ごめんこうむりますよ」
そう言って、ジェイはキールの非を責めた。無論、これが下手な叱責よりも、キールの猛省を促したのは言うまでもあるまい。
最もこの『馬鹿』を責めるのは、厳しすぎる面もあるのかも知れない。
通常の旅のさなかであれば、夜の内は火を絶やさないのは常識なのだから。
野生の動物や知性の低い魔物は火を恐れるため、火を焚くことは旅を安全にする当たり前の処置である。
その先入観や刷り込みが、こんなミスを引き起こしたとも言えるのだ。
(で、今度は『火を焚け』って言うのは、どうも釈然としないけどな…)
ジェイの皮肉を受け、キールは思う。
確かに、理には適った作戦を行っていることは、否定しないし出来ないが――。
現在実行中の作戦は、まさしく『夜釣り』の名を冠するにふさわしいだろう。
ジェイの切り出したプランとは、すなわちこの通り。
大慌てで火を消したのち、ある程度場所を移した、第二の休憩地点で真夜中辺りまで睡眠。
深夜から早朝までの行動を、眠気で妨げないためだ。
夜襲をかけるのに向く時間帯は、深夜から早朝と相場は決まっている。
目下敵であるデミテルや、それに次ぐ脅威であるネレイドのような、狡猾な手合いならそれに気付かぬはずもあるまい。
無論、この島にまだ直線的に攻めて来る「頭の足りない」マーダーがいることも想定して、鳴子などを仕掛けてから休むことに。
結果としてジェイは、この時点でデミテルと互角の頭脳戦を繰り広げていたのだ。
「へーえ、これが忍者の戦い方なのか…」
ミズホの里で、かつて見た忍者を思い出し、ロイドはそう呟いたものである。
さて、こうして眠気を払った一同は、現在…真夜中に、こうして作戦を実行している。
わざと松明に火をともしながら、移動することにより。
最もこの『馬鹿』を責めるのは、厳しすぎる面もあるのかも知れない。
通常の旅のさなかであれば、夜の内は火を絶やさないのは常識なのだから。
野生の動物や知性の低い魔物は火を恐れるため、火を焚くことは旅を安全にする当たり前の処置である。
その先入観や刷り込みが、こんなミスを引き起こしたとも言えるのだ。
(で、今度は『火を焚け』って言うのは、どうも釈然としないけどな…)
ジェイの皮肉を受け、キールは思う。
確かに、理には適った作戦を行っていることは、否定しないし出来ないが――。
現在実行中の作戦は、まさしく『夜釣り』の名を冠するにふさわしいだろう。
ジェイの切り出したプランとは、すなわちこの通り。
大慌てで火を消したのち、ある程度場所を移した、第二の休憩地点で真夜中辺りまで睡眠。
深夜から早朝までの行動を、眠気で妨げないためだ。
夜襲をかけるのに向く時間帯は、深夜から早朝と相場は決まっている。
目下敵であるデミテルや、それに次ぐ脅威であるネレイドのような、狡猾な手合いならそれに気付かぬはずもあるまい。
無論、この島にまだ直線的に攻めて来る「頭の足りない」マーダーがいることも想定して、鳴子などを仕掛けてから休むことに。
結果としてジェイは、この時点でデミテルと互角の頭脳戦を繰り広げていたのだ。
「へーえ、これが忍者の戦い方なのか…」
ミズホの里で、かつて見た忍者を思い出し、ロイドはそう呟いたものである。
さて、こうして眠気を払った一同は、現在…真夜中に、こうして作戦を実行している。
わざと松明に火をともしながら、移動することにより。
最初この光を見たものは、それがデミテルのような手合いなら、まずその正体が罠か愚か者か、どちらであるか推測するはず。
ダオスの口を経由して、ジェイはデミテルのことをある程度知っている。
デミテルは夜目の利くハーフエルフという種族であることを。つまり、この灯火を今頃見ている可能性も高いだろう。
念のためジェイは、最初キールが火を焚いていた第一の休憩地点まで移動してから、そこで松明の火を点け移動を始めた。
希望的観測をすれば、デミテルが最初キールの焚く火を目撃していなかった可能性もあるが、念押しということでの処置だ。
(そして今回は、その希望的観測の方が正解であったが、ジェイはそれを知る由もない)
こんな風な一同の挙動を、第三者が見ればどう思うか。
最初焚いていた火を消したということは、一同が寝静まったということ。
そして、真夜中に再び火を点けたということは、起きて活動を始め、どこかに進み始めたということ。
この時点でまともに考えれば、出来る解釈は1つ。
頭の回らない連中が、ただ夜中に起きて夜行軍を始めたという解釈だ。
最初焚き火を焚いていた頃だけを見れば、こんな解釈も可能だっただろう。
何者かが焚き火を「誘蛾灯」にして、他の参加者を陥れる罠を張っていたという解釈も。
だが、灯火の持ち主が歩き出したとあれば、そこに罠がある可能性は低いと見ることが出来る。
通常罠は、一度仕掛ければあとは動かせない物が多い。
そんな状態で「誘蛾灯」である灯火を動かせば、設置した罠自体が無駄になりかねない。
ましてやここは、「バトル・ロワイアル」の会場。
ろくな物資の補給も出来ないこの島では、そうそう手の込んだ移動式の罠も張ることは出来ない。
つまり推理を重ねれば、この灯火は罠ではないと導出できるだろう。だがその正体は、何重もの隠蔽を施した周到な罠だ。
デミテルらを引き付けたなら、後はこちらのもの。
肉弾戦を相手に強要し、強引に撃破する。柔よく剛を制すともいうが、剛よく柔を断つもまた真実なのだ。
戦況が不利になったなら、即座に切り札であるジェイのクライマックスモードを発動させ、デミテルを瞬殺する。
クライマックスモードは、この島に残された参加者が持つ切り札の中でも、掛け値なしに最強級の切り札。
発動はジェイの意志1つで行える。一瞬の集中のみでいい。この発動の妨害は、至難の業。
そして、クライマックスモードは一度発動すれば、対抗手段は絶無と言ってよい。
ダオスの口を経由して、ジェイはデミテルのことをある程度知っている。
デミテルは夜目の利くハーフエルフという種族であることを。つまり、この灯火を今頃見ている可能性も高いだろう。
念のためジェイは、最初キールが火を焚いていた第一の休憩地点まで移動してから、そこで松明の火を点け移動を始めた。
希望的観測をすれば、デミテルが最初キールの焚く火を目撃していなかった可能性もあるが、念押しということでの処置だ。
(そして今回は、その希望的観測の方が正解であったが、ジェイはそれを知る由もない)
こんな風な一同の挙動を、第三者が見ればどう思うか。
最初焚いていた火を消したということは、一同が寝静まったということ。
そして、真夜中に再び火を点けたということは、起きて活動を始め、どこかに進み始めたということ。
この時点でまともに考えれば、出来る解釈は1つ。
頭の回らない連中が、ただ夜中に起きて夜行軍を始めたという解釈だ。
最初焚き火を焚いていた頃だけを見れば、こんな解釈も可能だっただろう。
何者かが焚き火を「誘蛾灯」にして、他の参加者を陥れる罠を張っていたという解釈も。
だが、灯火の持ち主が歩き出したとあれば、そこに罠がある可能性は低いと見ることが出来る。
通常罠は、一度仕掛ければあとは動かせない物が多い。
そんな状態で「誘蛾灯」である灯火を動かせば、設置した罠自体が無駄になりかねない。
ましてやここは、「バトル・ロワイアル」の会場。
ろくな物資の補給も出来ないこの島では、そうそう手の込んだ移動式の罠も張ることは出来ない。
つまり推理を重ねれば、この灯火は罠ではないと導出できるだろう。だがその正体は、何重もの隠蔽を施した周到な罠だ。
デミテルらを引き付けたなら、後はこちらのもの。
肉弾戦を相手に強要し、強引に撃破する。柔よく剛を制すともいうが、剛よく柔を断つもまた真実なのだ。
戦況が不利になったなら、即座に切り札であるジェイのクライマックスモードを発動させ、デミテルを瞬殺する。
クライマックスモードは、この島に残された参加者が持つ切り札の中でも、掛け値なしに最強級の切り札。
発動はジェイの意志1つで行える。一瞬の集中のみでいい。この発動の妨害は、至難の業。
そして、クライマックスモードは一度発動すれば、対抗手段は絶無と言ってよい。
さしもの智将デミテルでさえ、クライマックスモードをも防ぐ策は編み出せまい。シャーリィを味方にでも付けなければ。
これが、ジェイの描いた作戦の構図の全容だ。もっとも、この作戦解説をまともに聞き届けてくれたのはキール1人であったが。
「なるほど…これが戦争と隠密戦、両方を経験した人間の立てる作戦か…!」
キールはここまで聞き終えたとき、ジェイに浴びせられた叱責のことも忘れ、感嘆を覚えたものである。
「どうでしょう? この作戦は、デミテルへの『夜釣り』のつもりで立ててみたのですが、
うまいことやればネレイドも…メルディさんも、呼び出せるかも知れませんよ」
この言葉を聞いたリッドも、ロイドも、そして何よりキールも。この作戦には好意的な印象を持つ。
もしこれでメルディを呼び出せれば。
そこにはチャンスも芽生える。
メルディを説得するチャンスが。
メルディを正気に戻すチャンスが。
だが、冷徹な計算を行うジェイにとっては。
ネレイドに乗っ取られたメルディが乱入してくれることは、ありがたいことではない。
無論、互いが互いの手を読み尽くす頭脳戦で、相手を最も簡単に敗北に陥れる方法は、相手の計算外の事態を引き起こすこと。
すなわち、不確定要素を味方に付けること。ネレイドはその「不確定要素」としての資格は十二分だ。
描きうる中で一番ありがたいのは、ネレイドとデミテルが噛み合って、共倒れになってくれるという筋書き。
デミテルとの戦いで消耗したネレイドを、リッドとキールで抑え込み、メルディの正気を取り戻す。これが最高の結果である。
だが、現実的に考えれば、こんな筋書きを期待するのは愚かしい行為だ。
ネレイドの持つ力…闇の極光にとって唯一の、そして最大の脅威はリッドの持つ真の極光だという。
もし、リッドらとデミテルらが争っているところをネレイドが目撃したら。
ネレイドとて全うな戦術的判断は出来よう。まず最初に、ネレイドはリッドのつく側、こちら側を潰しにかかると予測できる。
一番の脅威を一番に排除してしまえば、それ以降の戦いはぐっと楽になるからだ。
構図としては、ネレイドがデミテルと結託するという形になる。
この危険性を踏まえ計算すると。
ネレイドの乱入という事態が、デミテルの作戦進行を狂わせるという要素を差し引いても、総じてありがたいことではない。
ジェイはその危険を、無論一同に説明しないはずもなく。
これが、ジェイの描いた作戦の構図の全容だ。もっとも、この作戦解説をまともに聞き届けてくれたのはキール1人であったが。
「なるほど…これが戦争と隠密戦、両方を経験した人間の立てる作戦か…!」
キールはここまで聞き終えたとき、ジェイに浴びせられた叱責のことも忘れ、感嘆を覚えたものである。
「どうでしょう? この作戦は、デミテルへの『夜釣り』のつもりで立ててみたのですが、
うまいことやればネレイドも…メルディさんも、呼び出せるかも知れませんよ」
この言葉を聞いたリッドも、ロイドも、そして何よりキールも。この作戦には好意的な印象を持つ。
もしこれでメルディを呼び出せれば。
そこにはチャンスも芽生える。
メルディを説得するチャンスが。
メルディを正気に戻すチャンスが。
だが、冷徹な計算を行うジェイにとっては。
ネレイドに乗っ取られたメルディが乱入してくれることは、ありがたいことではない。
無論、互いが互いの手を読み尽くす頭脳戦で、相手を最も簡単に敗北に陥れる方法は、相手の計算外の事態を引き起こすこと。
すなわち、不確定要素を味方に付けること。ネレイドはその「不確定要素」としての資格は十二分だ。
描きうる中で一番ありがたいのは、ネレイドとデミテルが噛み合って、共倒れになってくれるという筋書き。
デミテルとの戦いで消耗したネレイドを、リッドとキールで抑え込み、メルディの正気を取り戻す。これが最高の結果である。
だが、現実的に考えれば、こんな筋書きを期待するのは愚かしい行為だ。
ネレイドの持つ力…闇の極光にとって唯一の、そして最大の脅威はリッドの持つ真の極光だという。
もし、リッドらとデミテルらが争っているところをネレイドが目撃したら。
ネレイドとて全うな戦術的判断は出来よう。まず最初に、ネレイドはリッドのつく側、こちら側を潰しにかかると予測できる。
一番の脅威を一番に排除してしまえば、それ以降の戦いはぐっと楽になるからだ。
構図としては、ネレイドがデミテルと結託するという形になる。
この危険性を踏まえ計算すると。
ネレイドの乱入という事態が、デミテルの作戦進行を狂わせるという要素を差し引いても、総じてありがたいことではない。
ジェイはその危険を、無論一同に説明しないはずもなく。
それでも3人は、ネレイドに乱入された場合、即時撤退ではなく説得を選ぶ。口をそろえて、そう返した。
「やれやれ…まあ、みなさんならそう答えるとは思いましたけどね」
ジェイは肩をすくめながら言った。
「ああ。そればかりは何があろうと譲れねえ。メルディを救えるのは、俺の持つ真の極光の力だけなんだ」
リッドは胸の前で、拳を強く握り締めた。
「メルディは苦しんでいる。ほんの少ししか一緒にいなかった俺にだって分かる。
そんな奴が目の前にいたら、放ってなんかおけるかよ」
ロイドは左手のエクスフィアを撫でながら、誓いを立てるように言い切る。自らの左手に宿る、母の命の結晶に誓うように。
「あいつとは、旅が終わったら一緒に晶霊デバイスを開発しようって約束したんだ。
その約束を果たさずに僕が死ぬわけにも、あいつを死なせるわけにもいかない!」
きっとキールが見据えたのは、ありえぬ星座をちりばめた天蓋。
ジェイはつとめて、冷静に言う。
「確かに、もしメルディさんをもう一度味方に付けられたなら、ありがたいことはありがたいですけどね」
何故ありがたいか、あえてジェイは伏せていた。
もしメルディが協力してくれるなら、この会場から脱出する手段をもう1つ、確立することが出来るかもしれない。
その情報を、ジェイはキールから手に入れていたからだ。
すなわち、真の極光と闇の極光…これら二つの力のフリンジ。そしてこれこそが、リッドらがエターニアを救った手段。
これによりこの島全体の晶霊圧を極限まで高め、この島の時空そのものを破砕するという案が、キールからなされた。
この島の時空を風船、この島の晶霊力を空気に例えると、理解は容易である。
つまり晶霊力という空気を、この島の時空という風船内部に限界まで注ぎ込み、時空という風船を破裂させるということである。
更にここに魔剣エターナルソードの助けがあれば。極光術で時空を破裂させる際、同時に時空に切り込みを入れれば。
瞬間的に晶霊力はエターナルソードによる切り込みに流れ込み、更に瞬間晶霊圧を高めることが出来る。
極光術とエターナルソードという二つの脱出手段を併用すれば、極めて高確率でこの時空の破砕に成功する。
キールは筆ペンを握りながら、そう結論した。
(まあ、今はそんなことを考えるより、目下の危険の排除が最優先事項ですけどね)
筆談越しに希望のある情報を得ても。それでもジェイは冷静であった。
(前途は、本当に楽観を許してくれませんね…)
ダオスの説得にさえ成功していれば。そう思うと、ジェイは落胆を禁じえない。
ダオスの力は、あともう少しのところで得られなかった。
自分の策が、見事に裏目に出てしまったのだ。
あの一言さえ、発しなければ。
自分が犯したミスに心を捕らわれていると、死にますよ。
ソロンの声が聞こえてくるようだが、それでもジェイは後悔を残さずに入られなかった。
時間は、ダオスとの会談が行われたあの時に戻る。
「やれやれ…まあ、みなさんならそう答えるとは思いましたけどね」
ジェイは肩をすくめながら言った。
「ああ。そればかりは何があろうと譲れねえ。メルディを救えるのは、俺の持つ真の極光の力だけなんだ」
リッドは胸の前で、拳を強く握り締めた。
「メルディは苦しんでいる。ほんの少ししか一緒にいなかった俺にだって分かる。
そんな奴が目の前にいたら、放ってなんかおけるかよ」
ロイドは左手のエクスフィアを撫でながら、誓いを立てるように言い切る。自らの左手に宿る、母の命の結晶に誓うように。
「あいつとは、旅が終わったら一緒に晶霊デバイスを開発しようって約束したんだ。
その約束を果たさずに僕が死ぬわけにも、あいつを死なせるわけにもいかない!」
きっとキールが見据えたのは、ありえぬ星座をちりばめた天蓋。
ジェイはつとめて、冷静に言う。
「確かに、もしメルディさんをもう一度味方に付けられたなら、ありがたいことはありがたいですけどね」
何故ありがたいか、あえてジェイは伏せていた。
もしメルディが協力してくれるなら、この会場から脱出する手段をもう1つ、確立することが出来るかもしれない。
その情報を、ジェイはキールから手に入れていたからだ。
すなわち、真の極光と闇の極光…これら二つの力のフリンジ。そしてこれこそが、リッドらがエターニアを救った手段。
これによりこの島全体の晶霊圧を極限まで高め、この島の時空そのものを破砕するという案が、キールからなされた。
この島の時空を風船、この島の晶霊力を空気に例えると、理解は容易である。
つまり晶霊力という空気を、この島の時空という風船内部に限界まで注ぎ込み、時空という風船を破裂させるということである。
更にここに魔剣エターナルソードの助けがあれば。極光術で時空を破裂させる際、同時に時空に切り込みを入れれば。
瞬間的に晶霊力はエターナルソードによる切り込みに流れ込み、更に瞬間晶霊圧を高めることが出来る。
極光術とエターナルソードという二つの脱出手段を併用すれば、極めて高確率でこの時空の破砕に成功する。
キールは筆ペンを握りながら、そう結論した。
(まあ、今はそんなことを考えるより、目下の危険の排除が最優先事項ですけどね)
筆談越しに希望のある情報を得ても。それでもジェイは冷静であった。
(前途は、本当に楽観を許してくれませんね…)
ダオスの説得にさえ成功していれば。そう思うと、ジェイは落胆を禁じえない。
ダオスの力は、あともう少しのところで得られなかった。
自分の策が、見事に裏目に出てしまったのだ。
あの一言さえ、発しなければ。
自分が犯したミスに心を捕らわれていると、死にますよ。
ソロンの声が聞こえてくるようだが、それでもジェイは後悔を残さずに入られなかった。
時間は、ダオスとの会談が行われたあの時に戻る。
「ふざけるな!! そんな悠長な策に、乗っていられるとでも思うのか!!?」
ダオスは怒りのままに吼えた。全ては、目の前の少年が原因であった。
「ですが、ぼくが考える限り、この手段が最もデミテルを葬れる可能性の高い策なんです」
ダオスの怒りの原因となった少年ジェイは、それでも落ち着き払っている。
「ひとまず、ぼく達は全員真夜中まで眠ります。
これには休憩して力を蓄えるのと、デミテル達が活動を始める時間を待つのと、二通りの意味があります」
「そんな呑気に眠りこけている時間があるなら、その時間を何故デミテルの捜索に当てようとしない!!?
馬鹿馬鹿しいにも程があるわ!!」
激烈な怒りを露にするダオス。今にもジェイの胸倉を掴み上げんばかりの剣幕である。
「これを見て下さい、ダオスさん」
それでもジェイは、ダオスの抗議の声に割って入り、それを差し出した。
焼け焦げた蔓。
彼らはあずかり知らぬが、それはまさにデミテルが火計を行った時に、ティトレイに命じて成長させたあのアブラナであった。
「C3の村の焼け跡から、これを見つけました。
現場には油の燃えた臭いも残っていたので、これは恐らくアブラナの茎でしょう。
ですが、これは明らかにおかしい。こんなに茎が太いのに、茎自体はとてもしなやかなんです。これはまるで…」
『木遁の術』を使った後の、異常な成長を見せた植物のようです。そうジェイは締めくくる。
ジェイも噂話程度にしか聞いたことはないが、かつて『忍者』の祖先は、現在では失われた多くの外法を操っていたのだという。
彼らの外法とは、アーツ系爪術ともブレス系爪術ともつかぬ不可思議な術。
その外法の1つに、『木遁の術』は数えられている。
滄我の力を利用して植物を操り、それを攻撃や幻惑などのさまざまな用途に使う術だ。
「確かダオスさんの世界には、植物を操る術はほとんどなかったはずですよね?
ぼくの察するところ、デミテルはこの島での戦いを通して、『木遁の術』のような力を習得したのかもしれません。
あるいは…」
『木遁の術』使いは、あの緑髪の男…名簿によればティトレイという…なのか。
その推理はひとまず横に置き、ジェイは続ける。
ダオスは怒りのままに吼えた。全ては、目の前の少年が原因であった。
「ですが、ぼくが考える限り、この手段が最もデミテルを葬れる可能性の高い策なんです」
ダオスの怒りの原因となった少年ジェイは、それでも落ち着き払っている。
「ひとまず、ぼく達は全員真夜中まで眠ります。
これには休憩して力を蓄えるのと、デミテル達が活動を始める時間を待つのと、二通りの意味があります」
「そんな呑気に眠りこけている時間があるなら、その時間を何故デミテルの捜索に当てようとしない!!?
馬鹿馬鹿しいにも程があるわ!!」
激烈な怒りを露にするダオス。今にもジェイの胸倉を掴み上げんばかりの剣幕である。
「これを見て下さい、ダオスさん」
それでもジェイは、ダオスの抗議の声に割って入り、それを差し出した。
焼け焦げた蔓。
彼らはあずかり知らぬが、それはまさにデミテルが火計を行った時に、ティトレイに命じて成長させたあのアブラナであった。
「C3の村の焼け跡から、これを見つけました。
現場には油の燃えた臭いも残っていたので、これは恐らくアブラナの茎でしょう。
ですが、これは明らかにおかしい。こんなに茎が太いのに、茎自体はとてもしなやかなんです。これはまるで…」
『木遁の術』を使った後の、異常な成長を見せた植物のようです。そうジェイは締めくくる。
ジェイも噂話程度にしか聞いたことはないが、かつて『忍者』の祖先は、現在では失われた多くの外法を操っていたのだという。
彼らの外法とは、アーツ系爪術ともブレス系爪術ともつかぬ不可思議な術。
その外法の1つに、『木遁の術』は数えられている。
滄我の力を利用して植物を操り、それを攻撃や幻惑などのさまざまな用途に使う術だ。
「確かダオスさんの世界には、植物を操る術はほとんどなかったはずですよね?
ぼくの察するところ、デミテルはこの島での戦いを通して、『木遁の術』のような力を習得したのかもしれません。
あるいは…」
『木遁の術』使いは、あの緑髪の男…名簿によればティトレイという…なのか。
その推理はひとまず横に置き、ジェイは続ける。
「『木遁の術』は直接的な攻撃力もさることながら、一番恐ろしいのは隠密戦との高い相性です。
『木遁の術』は初級のものでも、相手の足元の雑草を絡ませて移動を制限するなどは当たり前。
達人にもなれば、1つの森を丸ごと、いわゆる『迷いの森』に変えて侵入者を遭難させるなんてこともできるんです。
逆に、植物を用いて自らの存在を隠蔽したりも出来る。
これは隠密戦に大きなウエイトのかかっている、この『バトル・ロワイアル』において、強大なアドバンテージになりますよ。
そしてぼくらには、『木遁の術』への有効な対抗策を持たない」
「つまり何が言いたい?」
「これから恐らくデミテルは、夜襲への備えを行うため、夜の早いうちに就寝するはずです。
夜襲をかけるに向いた時間は、深夜から早朝にかけて。そしてデミテルは、その際に『木遁の術』を併用するはず」
「早く結論を言え!」
「では。デミテルが本気で隠れようと思ったら、ぼく達はまず見つけられません。
『木遁の術』を用いるには、この草原くらいの植物があれば十分。
ぼくもある程度の訓練は受けていますから、人の気配を察知することはできます。
ですが、こんな広い草原のどこかにいるデミテルの気配を感じるのはさすがに不可能です。
寝ている人間を『釣る』ことは出来ませんし、あまり早い時間から仕掛けるのは非効率的です」
ダオスは苛立ちながら、それに反駁を行う。
「ならば私が魔術を用いて、この草原の草を全て焼き払ってくれる!
眠りこけているデミテルもそれで叩き起こしてくれるわ!!」
「それはいくらなんでも大風呂敷でしょう。デミテルが潜んでいる可能性のあるエリアは、これだけの範囲があるんですよ?」
ジェイは広げた地図の、島の西側の草原を指し示す。
「ぼくもあなたの実力のほどは理解しているつもりです。ですがこれだけのエリアを焼き払うなんて、非現実的ですよ。
それに、デミテルもいざ休もうと決めたなら、ちょっとやそっとの事で動くとはぼくには思えません。
ぼくがデミテルの立場なら、自分の身に差し迫った危険がない限り、じっくり休んでますね。
『木遁の術』による隠れ身のお陰で、安全に休むことも出来ますし。
休んでいる間に他の参加者が暴れていたなら、共倒れになってくれることを期待します。
よしんばデミテルが休息を中断したとしても、そんな強引な手で来たなら、デミテルはさっさと逃げるでしょう。
禁止エリアの関係から、このゲームの制限時間はあと6日強。全行程の1/4もぼくらは消化していないんです。
何なら会場内を脱兎のごとく逃げ回って、他の参加者が全滅するのを待って粘り勝ちに持ち込むという選択肢もあるんですから。
禁止エリアが拡大すれば隠密戦の継続は厳しくなりますが、
このペースで今後も死者が出るなら、長期戦での粘り勝ちに持ち込むのはあながち愚かしい選択ではありません」
『木遁の術』は初級のものでも、相手の足元の雑草を絡ませて移動を制限するなどは当たり前。
達人にもなれば、1つの森を丸ごと、いわゆる『迷いの森』に変えて侵入者を遭難させるなんてこともできるんです。
逆に、植物を用いて自らの存在を隠蔽したりも出来る。
これは隠密戦に大きなウエイトのかかっている、この『バトル・ロワイアル』において、強大なアドバンテージになりますよ。
そしてぼくらには、『木遁の術』への有効な対抗策を持たない」
「つまり何が言いたい?」
「これから恐らくデミテルは、夜襲への備えを行うため、夜の早いうちに就寝するはずです。
夜襲をかけるに向いた時間は、深夜から早朝にかけて。そしてデミテルは、その際に『木遁の術』を併用するはず」
「早く結論を言え!」
「では。デミテルが本気で隠れようと思ったら、ぼく達はまず見つけられません。
『木遁の術』を用いるには、この草原くらいの植物があれば十分。
ぼくもある程度の訓練は受けていますから、人の気配を察知することはできます。
ですが、こんな広い草原のどこかにいるデミテルの気配を感じるのはさすがに不可能です。
寝ている人間を『釣る』ことは出来ませんし、あまり早い時間から仕掛けるのは非効率的です」
ダオスは苛立ちながら、それに反駁を行う。
「ならば私が魔術を用いて、この草原の草を全て焼き払ってくれる!
眠りこけているデミテルもそれで叩き起こしてくれるわ!!」
「それはいくらなんでも大風呂敷でしょう。デミテルが潜んでいる可能性のあるエリアは、これだけの範囲があるんですよ?」
ジェイは広げた地図の、島の西側の草原を指し示す。
「ぼくもあなたの実力のほどは理解しているつもりです。ですがこれだけのエリアを焼き払うなんて、非現実的ですよ。
それに、デミテルもいざ休もうと決めたなら、ちょっとやそっとの事で動くとはぼくには思えません。
ぼくがデミテルの立場なら、自分の身に差し迫った危険がない限り、じっくり休んでますね。
『木遁の術』による隠れ身のお陰で、安全に休むことも出来ますし。
休んでいる間に他の参加者が暴れていたなら、共倒れになってくれることを期待します。
よしんばデミテルが休息を中断したとしても、そんな強引な手で来たなら、デミテルはさっさと逃げるでしょう。
禁止エリアの関係から、このゲームの制限時間はあと6日強。全行程の1/4もぼくらは消化していないんです。
何なら会場内を脱兎のごとく逃げ回って、他の参加者が全滅するのを待って粘り勝ちに持ち込むという選択肢もあるんですから。
禁止エリアが拡大すれば隠密戦の継続は厳しくなりますが、
このペースで今後も死者が出るなら、長期戦での粘り勝ちに持ち込むのはあながち愚かしい選択ではありません」
つまりデミテルを誘って短期決戦を望むなら、極上の餌が必要。その観点から、ダオスの意見は下策中の下策だ。
「下らん。貴様の言う『木遁の術』なぞ、あくまで伝承からの知識に過ぎんのだろう。
それにデミテルがどう動くのかなど、憶測に憶測を重ねているだけだ」
「確かに、根拠の不確かな憶測でものを言っていることは認めます。
ですが、ぼくはそれでも最も可能性が高く、かつ予断のない憶測をしているつもりです。
ダオスさん、ここは夜中まで待ちましょう。それからぼく達が餌をぶら下げて、デミテルを釣ります。
ダオスさんはぼく達に同行しても、伏兵として草原に潜んでデミテルに不意打ちをかけ、挟み撃ちにしても構いません。
いいですか、ダオスさん? もう一度聞きますが、デミテルはダオスさんが認めるほどの智将なんですよね?
そんな相手は単純な力押しで倒すことは出来ません。
たとえ時間を浪費しているように思えても、それでもぼくのプランが一番時間のかからない手法だと思いますよ。
逆に言うなら、これ以上時間を節約することは不可能です」
ジェイは言い切る。だが。
金髪の偉人はそこで立ち上がった。金色の刺繍のマントを翻し、立ち上がる。
「お前の言いたいことはよく分かった。だが、それでも私はお前の作戦には承諾しかねる」
言い方は冷静。しかしジェイには、難なく見透かせてしまった。
要するに、ダオスは例えどんな理由があろうとも、ジェイの作戦には乗らない。
それくらいなら、まだこの草原をあてどなくさまよった方がましだ。そう言っているのである。
(やれやれ…参りましたね)
ジェイは軽く肩をすくめる。この男は、理でかかっても心が納得しないようだ。
ならば。このような手合いに用いる常套手段は一つ。
「…そうですか。それは残念です」
ジェイはことさらに、言葉の端々に皮肉を乗せて言った。
「あなたは聡明で、それなりの格を持った人間だと信じていましたが、ぼくの目の方が曇っていたみたいですね」
「下らん。貴様の言う『木遁の術』なぞ、あくまで伝承からの知識に過ぎんのだろう。
それにデミテルがどう動くのかなど、憶測に憶測を重ねているだけだ」
「確かに、根拠の不確かな憶測でものを言っていることは認めます。
ですが、ぼくはそれでも最も可能性が高く、かつ予断のない憶測をしているつもりです。
ダオスさん、ここは夜中まで待ちましょう。それからぼく達が餌をぶら下げて、デミテルを釣ります。
ダオスさんはぼく達に同行しても、伏兵として草原に潜んでデミテルに不意打ちをかけ、挟み撃ちにしても構いません。
いいですか、ダオスさん? もう一度聞きますが、デミテルはダオスさんが認めるほどの智将なんですよね?
そんな相手は単純な力押しで倒すことは出来ません。
たとえ時間を浪費しているように思えても、それでもぼくのプランが一番時間のかからない手法だと思いますよ。
逆に言うなら、これ以上時間を節約することは不可能です」
ジェイは言い切る。だが。
金髪の偉人はそこで立ち上がった。金色の刺繍のマントを翻し、立ち上がる。
「お前の言いたいことはよく分かった。だが、それでも私はお前の作戦には承諾しかねる」
言い方は冷静。しかしジェイには、難なく見透かせてしまった。
要するに、ダオスは例えどんな理由があろうとも、ジェイの作戦には乗らない。
それくらいなら、まだこの草原をあてどなくさまよった方がましだ。そう言っているのである。
(やれやれ…参りましたね)
ジェイは軽く肩をすくめる。この男は、理でかかっても心が納得しないようだ。
ならば。このような手合いに用いる常套手段は一つ。
「…そうですか。それは残念です」
ジェイはことさらに、言葉の端々に皮肉を乗せて言った。
「あなたは聡明で、それなりの格を持った人間だと信じていましたが、ぼくの目の方が曇っていたみたいですね」
挑発。ジェイはあえてここで、ダオスを挑発することにした。
相手の理に訴えかけるのが説得であるならば、心に訴えかける手段の一つには、挑発がある。
挑発は、感情的な人間やプライドの高い人間には効果的な手段。
ジェイはダオスの言動から、プライドの高さを節々に感じていたがゆえに選んだ手段。
「…何だと?」
そして、ダオスはその挑発には食いついてきた。
「あなたのような人間を頼って、デミテルを倒そうと考えていたぼくの方が、間違えていました。
すみません、『不可視』のジェイともあろうものが、こんな単純なミスを犯すなんて」
更に挑発を続ける。ジェイは見た。ダオスの拳が、ぶるぶると震えていることを。
「それでは、最初から作戦を立て直しましょうか。もちろんダオスさんの戦力は除外し……
!!!」
そしてその次の瞬間、ダオスの震える拳は振るわれた。
ジェイの顔面に。
ごしゃ、という嫌な音が、体内を通して聞こえる。
ジェイは拳の勢いのまま、地面に叩きつけられた。
「貴様…なめた口をきくなぁッ!!!」
更にジェイのもとには、ダオスの怒号が降り注ぐ。
ダオスの拳には、まだわずかばかりの理性が残っていたのは、ジェイにとっては僥倖。
もしダオスが本物の殺意を拳に込めていたならば、今頃ジェイの頭は地面に落ちたザクロのように弾け飛んでいただろう。
「貴様なんぞに頼ろうとした私が愚かだったな。私は貴様の指図なぞ受けん!! デミテルをしとめるなぞ、私1人で十分だ!」
「ですが…」
「これだけは言っておくぞ、ジェイとやら」
ジェイの返答を許さずに、ダオスは畳み掛ける。その言葉と共に、ダオスは歩み始める。
相手の理に訴えかけるのが説得であるならば、心に訴えかける手段の一つには、挑発がある。
挑発は、感情的な人間やプライドの高い人間には効果的な手段。
ジェイはダオスの言動から、プライドの高さを節々に感じていたがゆえに選んだ手段。
「…何だと?」
そして、ダオスはその挑発には食いついてきた。
「あなたのような人間を頼って、デミテルを倒そうと考えていたぼくの方が、間違えていました。
すみません、『不可視』のジェイともあろうものが、こんな単純なミスを犯すなんて」
更に挑発を続ける。ジェイは見た。ダオスの拳が、ぶるぶると震えていることを。
「それでは、最初から作戦を立て直しましょうか。もちろんダオスさんの戦力は除外し……
!!!」
そしてその次の瞬間、ダオスの震える拳は振るわれた。
ジェイの顔面に。
ごしゃ、という嫌な音が、体内を通して聞こえる。
ジェイは拳の勢いのまま、地面に叩きつけられた。
「貴様…なめた口をきくなぁッ!!!」
更にジェイのもとには、ダオスの怒号が降り注ぐ。
ダオスの拳には、まだわずかばかりの理性が残っていたのは、ジェイにとっては僥倖。
もしダオスが本物の殺意を拳に込めていたならば、今頃ジェイの頭は地面に落ちたザクロのように弾け飛んでいただろう。
「貴様なんぞに頼ろうとした私が愚かだったな。私は貴様の指図なぞ受けん!! デミテルをしとめるなぞ、私1人で十分だ!」
「ですが…」
「これだけは言っておくぞ、ジェイとやら」
ジェイの返答を許さずに、ダオスは畳み掛ける。その言葉と共に、ダオスは歩み始める。
「私は貴様と馴れ合う気などとうに失せた。
貴様もこうまで頼れぬ人間なぞに、力を貸してもらおうなどという考えは、もはやあるまい?」
「…………」
断ずるダオスに、ジェイはとうとう、言葉を失った。
確かに、平時のダオス相手ならば、ジェイのこの挑発で、ダオスを意に沿わせることは出来たかもしれない。
だが、ジェイは1つ、重大な見落としをしていた。その見落としゆえに、この挑発は裏目に出てしまったのだ。
ダオスが迫り来る死の重圧を抱え込んでいたことまでは、ジェイも察することは出来た。
だがその死が下る時期まで…死期までダオスが知悉していたことまでは、さすがのジェイも想定できなかったのだ。
死期を明確に知ってしまった人間の焦燥。恐怖。重圧。これがどれほどのものかは、筆舌に尽くしがたいものがある。
無論、ダオスの理性の声がもう少し大きければ、ジェイの策を承諾することも出来ただろう。
だが、今のダオスには見えてしまっている。自らの背後を追う、死神の姿が。
これゆえに焦燥感に駆られ、そして判断を誤ろうとて、誰が非難できようか。
並の人間なら恐怖に押し潰され発狂するか、絶望に打ちひしがれて気力を失うかするほどの極限状態に、彼は置かれているのだ。
平原を去るダオスの背に、しかしジェイは声をかけることは出来なかった。
声をかけても無駄だから。声を届けることはもう出来ないから。
彼の背負うものの重みに、ジェイ自身が畏怖の念に駆られてしまっていたから。
彼自身の生来の性格も災いして、せっかく結ばれようとした盟友の絆は、あと一歩のところでほどけてしまっていたのだ。
貴様もこうまで頼れぬ人間なぞに、力を貸してもらおうなどという考えは、もはやあるまい?」
「…………」
断ずるダオスに、ジェイはとうとう、言葉を失った。
確かに、平時のダオス相手ならば、ジェイのこの挑発で、ダオスを意に沿わせることは出来たかもしれない。
だが、ジェイは1つ、重大な見落としをしていた。その見落としゆえに、この挑発は裏目に出てしまったのだ。
ダオスが迫り来る死の重圧を抱え込んでいたことまでは、ジェイも察することは出来た。
だがその死が下る時期まで…死期までダオスが知悉していたことまでは、さすがのジェイも想定できなかったのだ。
死期を明確に知ってしまった人間の焦燥。恐怖。重圧。これがどれほどのものかは、筆舌に尽くしがたいものがある。
無論、ダオスの理性の声がもう少し大きければ、ジェイの策を承諾することも出来ただろう。
だが、今のダオスには見えてしまっている。自らの背後を追う、死神の姿が。
これゆえに焦燥感に駆られ、そして判断を誤ろうとて、誰が非難できようか。
並の人間なら恐怖に押し潰され発狂するか、絶望に打ちひしがれて気力を失うかするほどの極限状態に、彼は置かれているのだ。
平原を去るダオスの背に、しかしジェイは声をかけることは出来なかった。
声をかけても無駄だから。声を届けることはもう出来ないから。
彼の背負うものの重みに、ジェイ自身が畏怖の念に駆られてしまっていたから。
彼自身の生来の性格も災いして、せっかく結ばれようとした盟友の絆は、あと一歩のところでほどけてしまっていたのだ。
天使の血を目覚めさせんとするダオスはまだ知らない。
灯火を掲げる者のもとへ、デミテルに誘われようとしている事を。
知力と、そして魔力を兼ね備える智将デミテルはまだ知らない。
自らを積極的に討とうとする勢力が、この島に生まれた事を。
救いの道を模索し彷徨するリッドやロイドら4人はまだ知らない。
智将デミテルを討つ明確な術を。救いに至る小さき門への入り口を。
絡み、ほどけ、悲劇を紡ぐ、三者三様の意志は。
かの城へと転げ込もうとしていた。3人の殺人鬼と、そして1人の英雄の父の血を吸った、魔城の跡地へ。
魔城は、いまだ血に満たされることを知らぬかのごとく、その顎を開き、待ち構えんとしているかのようでさえあった。
かの城に関わる者らは、無事に次の朝日を拝める保障など、どこにもないのだ。
灯火を掲げる者のもとへ、デミテルに誘われようとしている事を。
知力と、そして魔力を兼ね備える智将デミテルはまだ知らない。
自らを積極的に討とうとする勢力が、この島に生まれた事を。
救いの道を模索し彷徨するリッドやロイドら4人はまだ知らない。
智将デミテルを討つ明確な術を。救いに至る小さき門への入り口を。
絡み、ほどけ、悲劇を紡ぐ、三者三様の意志は。
かの城へと転げ込もうとしていた。3人の殺人鬼と、そして1人の英雄の父の血を吸った、魔城の跡地へ。
魔城は、いまだ血に満たされることを知らぬかのごとく、その顎を開き、待ち構えんとしているかのようでさえあった。
かの城に関わる者らは、無事に次の朝日を拝める保障など、どこにもないのだ。
【ダオス 生存確認】
状態:TP残り75% HP1/8 死への秒読み(3日目未明~早朝に死亡) 壮烈な覚悟 髪の毛が半分銀髪化
天使化可能?
所持品:エメラルドリング ダオスの遺書
基本行動方針:死ぬまでになるべく多くのマーダーを殺害する
第一行動方針:デミテル一味の殺害
第二行動方針:クレスの殺害
第三行動方針:遺志を継いでもらえそうな人間は、決して傷付けない
現在位置:E3。デミテルらとニアミス
状態:TP残り75% HP1/8 死への秒読み(3日目未明~早朝に死亡) 壮烈な覚悟 髪の毛が半分銀髪化
天使化可能?
所持品:エメラルドリング ダオスの遺書
基本行動方針:死ぬまでになるべく多くのマーダーを殺害する
第一行動方針:デミテル一味の殺害
第二行動方針:クレスの殺害
第三行動方針:遺志を継いでもらえそうな人間は、決して傷付けない
現在位置:E3。デミテルらとニアミス
【デミテル 生存確認】
状態:TP全快
所持品:ミスティシンボル、ストロー(シャボン液を毒液に変換。詳細は不明)、金属バット 魔杖ケイオスハート
植物の種(ブタクサ、ホウセンカ、アザミ)
基本行動方針:漁夫の利を狙い立ち回る
第一行動方針:ダオスを灯火の持ち主にけしかける
第二行動方針:灯火を遠巻きに観察し追尾。可能ならば利用する
現在位置:E3。ダオスとニアミス
状態:TP全快
所持品:ミスティシンボル、ストロー(シャボン液を毒液に変換。詳細は不明)、金属バット 魔杖ケイオスハート
植物の種(ブタクサ、ホウセンカ、アザミ)
基本行動方針:漁夫の利を狙い立ち回る
第一行動方針:ダオスを灯火の持ち主にけしかける
第二行動方針:灯火を遠巻きに観察し追尾。可能ならば利用する
現在位置:E3。ダオスとニアミス
【ティトレイ・クロウ 生存確認】
状態:感情喪失、TP残り95%
所持品:フィートシンボル、メンタルバングル、バトルブック
基本行動方針:かえりたい
第一行動方針:デミテルの指示通りに行動する
現在位置:E3。ダオスとニアミス
状態:感情喪失、TP残り95%
所持品:フィートシンボル、メンタルバングル、バトルブック
基本行動方針:かえりたい
第一行動方針:デミテルの指示通りに行動する
現在位置:E3。ダオスとニアミス
【クレス・アルベイン 生存確認】
状態:TP全快、善意及び判断能力の喪失 薬物中毒(デミテルから定期的に薬品の投与を受けねば、禁断症状が起こる)
所持品:ダマスクスソード、忍刀血桜
基本行動方針:ひとまず禁断症状で苦しみたくはない
第一行動方針:デミテルの指示通りに行動する(不安定)
現在位置:E3。ダオスとニアミス
状態:TP全快、善意及び判断能力の喪失 薬物中毒(デミテルから定期的に薬品の投与を受けねば、禁断症状が起こる)
所持品:ダマスクスソード、忍刀血桜
基本行動方針:ひとまず禁断症状で苦しみたくはない
第一行動方針:デミテルの指示通りに行動する(不安定)
現在位置:E3。ダオスとニアミス
【リッド 生存確認】
状態:睡眠とホーリィリングで全快
所持品:ヴォーパルソード、ホーリィリング、キールのメモ
基本行動方針:ファラの意志を継ぎ、脱出法を探し出す
第一行動方針:キール、ロイド、ジェイと行動。
第二行動方針:E2の城に向かう
第三行動方針:襲ってくる敵は排除
第四行動方針:メルディを助ける
現在位置:E2最北部の草原
状態:睡眠とホーリィリングで全快
所持品:ヴォーパルソード、ホーリィリング、キールのメモ
基本行動方針:ファラの意志を継ぎ、脱出法を探し出す
第一行動方針:キール、ロイド、ジェイと行動。
第二行動方針:E2の城に向かう
第三行動方針:襲ってくる敵は排除
第四行動方針:メルディを助ける
現在位置:E2最北部の草原
【キール 生存確認】
状態:全快
所持品:ベレット
基本行動方針:脱出法を探し出す 、リッドの死守
第一行動方針:E2の城に向かう
第二行動方針:情報収集
第三行動方針:メルディを助ける
現在位置:E2最北部の草原
状態:全快
所持品:ベレット
基本行動方針:脱出法を探し出す 、リッドの死守
第一行動方針:E2の城に向かう
第二行動方針:情報収集
第三行動方針:メルディを助ける
現在位置:E2最北部の草原
【ロイド 生存確認】
状態:普通
所持品:ムメイブレード(二刀流)、トレカ、カードキー
基本行動方針:皆で生きて帰る
第一行動方針:E2の城へ向かう
第二行動方針:リッド、キール、ジェイと行動
第三行動方針:協力者を探す
第四行動方針:メルディを助ける
現在位置:E2最北部の草原
状態:普通
所持品:ムメイブレード(二刀流)、トレカ、カードキー
基本行動方針:皆で生きて帰る
第一行動方針:E2の城へ向かう
第二行動方針:リッド、キール、ジェイと行動
第三行動方針:協力者を探す
第四行動方針:メルディを助ける
現在位置:E2最北部の草原
【ジェイ 生存確認】
状態:打撲は回復 TP全快 クライマックスモード発動可能
所持品:忍刀・紫電 ダーツセット クナイ(三枚)双眼鏡 エルヴンマント
基本行動方針: 脅威を排除しながら、脱出方法を模索する
第一行動方針:E2の城に向かう。
第二行動方針:デミテルを「釣り」、撃破する
第三行動方針:ミントへの謝罪
第四行動方針:シャーリィの救済策の模索
第五行動方針:ミトス・ユアンを発見する
現在位置:E2最北部の草原
状態:打撲は回復 TP全快 クライマックスモード発動可能
所持品:忍刀・紫電 ダーツセット クナイ(三枚)双眼鏡 エルヴンマント
基本行動方針: 脅威を排除しながら、脱出方法を模索する
第一行動方針:E2の城に向かう。
第二行動方針:デミテルを「釣り」、撃破する
第三行動方針:ミントへの謝罪
第四行動方針:シャーリィの救済策の模索
第五行動方針:ミトス・ユアンを発見する
現在位置:E2最北部の草原