trust is bright
[二律背反を持つ人のお話。]
ロックブレイクで作られた急ごしらえの防空壕は、すぐに作られたとは思えないほどの出来であった。
土の壁はざらざらとはしているが、真っ平らで普通の壁のように思わせ、いかにキールの術の実力が高いかを窺わせる。
惜しむらくは多少音が反響することだが、人は動く以上必ず音を伴うのだ、避けられない問題なのだからこの際関係ないだろう。
差し込む、朝方の柔らかい微光が今は眩しい。空の青が尚も輝かしい。
手で遮ろうにも、思ったとおりに手は動いてくれない。それでも、何とか左手で遮った。
甲に填められた宝石も空と同じように青く、煌いた。太陽と空の共有。
ただ青と相反する赤だけが、少しだけ仲間外れだった。
「ロイド! 大丈夫か!?」
もう1つ、仲間外れな声。
翼散れども地を翔る正義の成年。やや明るめの茶髪に、水色のバンダナがよく目立つ。
服装はどこかの義勇兵のような…まあ一般的な冒険者としては普通の格好をしている。
それもその筈、彼は最強のレンズハンター集団(自称)、漆黒の翼のリーダーなのである。(それなのに普通の格好とはこれいかに)
最早これ以上の説明も必要ない、そう、グリッドだ。
心配げな音を含む、どことなく子供じみたような声に、こいつ何歳だよどう見ても俺より年上だろ、と少しばかりの苦笑を浮かべた。
「そんなすぐ治る訳ないっつーの!」
名前を呼ばれているので誰かは承知の上だとは思われるが、返事をしたのは鳶色のつんつんオールバック、ロイドだ。
現在、彼は防空壕の床に寝かせられており、地上から覗くグリッドの姿は黒い影に覆われている。
それでも分かるのは、まあ仲間だからと言えば当たり前だが、特徴的な喋り方からだろう。
何でこうも自信満々な口調で喋ることができるのだろうか。
ちなみにグリッドはただ今見張り中だ。
「団員を心配するのは、リーダーの務めだからな!」
そうグリッドは意気揚々として言うが、気疲れしないのだろうかとロイドは思う。
大丈夫かという声が、これが初めてではないからだ。もう3回目くらいだろうか。しかも大して間隔は空いていない。
確かにキールのナースのお陰で少し楽になった気もするが、所詮気だけだろう。完治までは程遠い。
何かしていなくては気が済まない。落ち着かない。
日常の行為をしなければ、不安を思い出してしまいそうだ。
しかし今できることは、ただこうして地面に寝そべることだけ。包帯を見るたびに無力さに苛まれる。
無力感。
…あの時のコレットの声。ひょっとして、あれはミトスから助け出して欲しいという悲痛な願いだったのではないだろうか?
放送で名前は呼ばれなかったが、ミトスの下にいる以上、心配でたまらない。
グリッドの話やキールの推察を聞く限り、リアラという人を殺したのは、限りなくミトスの可能性が高いのだ。
カイルやスタンにも嘘を吹き込んでいたきらいもある。
不安は、不安を増幅させる。疑念は更なる闇しか呼ばない。
今からでも遅くはない。待ってろコレット。ロイドはゆっくりと、しかし急ぎがちに体を起こした。
土の壁はざらざらとはしているが、真っ平らで普通の壁のように思わせ、いかにキールの術の実力が高いかを窺わせる。
惜しむらくは多少音が反響することだが、人は動く以上必ず音を伴うのだ、避けられない問題なのだからこの際関係ないだろう。
差し込む、朝方の柔らかい微光が今は眩しい。空の青が尚も輝かしい。
手で遮ろうにも、思ったとおりに手は動いてくれない。それでも、何とか左手で遮った。
甲に填められた宝石も空と同じように青く、煌いた。太陽と空の共有。
ただ青と相反する赤だけが、少しだけ仲間外れだった。
「ロイド! 大丈夫か!?」
もう1つ、仲間外れな声。
翼散れども地を翔る正義の成年。やや明るめの茶髪に、水色のバンダナがよく目立つ。
服装はどこかの義勇兵のような…まあ一般的な冒険者としては普通の格好をしている。
それもその筈、彼は最強のレンズハンター集団(自称)、漆黒の翼のリーダーなのである。(それなのに普通の格好とはこれいかに)
最早これ以上の説明も必要ない、そう、グリッドだ。
心配げな音を含む、どことなく子供じみたような声に、こいつ何歳だよどう見ても俺より年上だろ、と少しばかりの苦笑を浮かべた。
「そんなすぐ治る訳ないっつーの!」
名前を呼ばれているので誰かは承知の上だとは思われるが、返事をしたのは鳶色のつんつんオールバック、ロイドだ。
現在、彼は防空壕の床に寝かせられており、地上から覗くグリッドの姿は黒い影に覆われている。
それでも分かるのは、まあ仲間だからと言えば当たり前だが、特徴的な喋り方からだろう。
何でこうも自信満々な口調で喋ることができるのだろうか。
ちなみにグリッドはただ今見張り中だ。
「団員を心配するのは、リーダーの務めだからな!」
そうグリッドは意気揚々として言うが、気疲れしないのだろうかとロイドは思う。
大丈夫かという声が、これが初めてではないからだ。もう3回目くらいだろうか。しかも大して間隔は空いていない。
確かにキールのナースのお陰で少し楽になった気もするが、所詮気だけだろう。完治までは程遠い。
何かしていなくては気が済まない。落ち着かない。
日常の行為をしなければ、不安を思い出してしまいそうだ。
しかし今できることは、ただこうして地面に寝そべることだけ。包帯を見るたびに無力さに苛まれる。
無力感。
…あの時のコレットの声。ひょっとして、あれはミトスから助け出して欲しいという悲痛な願いだったのではないだろうか?
放送で名前は呼ばれなかったが、ミトスの下にいる以上、心配でたまらない。
グリッドの話やキールの推察を聞く限り、リアラという人を殺したのは、限りなくミトスの可能性が高いのだ。
カイルやスタンにも嘘を吹き込んでいたきらいもある。
不安は、不安を増幅させる。疑念は更なる闇しか呼ばない。
今からでも遅くはない。待ってろコレット。ロイドはゆっくりと、しかし急ぎがちに体を起こした。
が。
「こら、動くな! 傷が開くだろう!」
いつの間にやら防空壕に入ってきたグリッドが、起き上がろうとするロイドを制する。
歯を食いしばりながら、ロイドはきっ、とグリッドを見返す。
「コレットはミトスの所にいるんだろ? 俺は放っておけない!」
「だがお前は動ける程に治っていないだろう!? そんな辛そうなのを耐えてまで動くのか。
とりあえず今はじっとしておけ。もしミトスに会う前にシャーリィやクレスに会ったら、お前は戦えるのか?」
珍しくグリッドにしてはまともな意見だった。
口がへの字に締まる。返す言葉が見つからない。
情けないが実に正論だ。こんな死に掛けの傷で戦いに行く方が馬鹿げている。誰にも勝てない。
言葉の代わりに、沈痛そうに俯くロイド。
「…命を賭けてとか、そういうのは絶対に許さん」
グリッドは鼻息を荒く、真剣に、しかしどこか悲しげに言う。
心なしか息が震えているような感がするのは気のせいではないだろう。
「仲間だからかよ?」
「それもあるが、…そうしてまで助けてくれようとした奴がいたのだ。それこそもう、ボロボロになるまでな。
だが、俺は結果的にカトリーヌを死なせてしまい、プリムラを人殺しとさせてしまった。
命を賭けてまで守ってくれたのに…俺は」
その言葉にロイドははっとする。
「もしかして…ユアンのことか?」
先程聞いた、シャーリィと遭遇した時の話。
D5で襲撃されて、グリッドは2人の仲間、ユアンとカトリーヌを失ったと言っていた。
詳しくは言っていなかった。しかし、もしどちらかがグリッド達をシャーリィから守ろうとしたのなら――。
今のグリッドの発言に、ユアンの名前は出てきていない。
彼は何も答えない。ただ、歯を食い縛って、双眼の潤みを見せまいと瞼を伏せている。
それは黙認ともとれた。
「…だから俺は、あいつに顔向けが出来なくなるようなことはしたくないのだ。あいつと同じ様には、もうさせたくない。
その為に、俺はリーダーとして団員達を守らなくてはならないのだ」
グリッドらしからぬ、真摯な言葉。それは確かに漆黒の翼の長たる男のものだった。
何故ここまで仲間思いなのだろう? そうロイドは考える。
リーダーとしての責任感か、何かを守りたいという正義感か、仲間を失うことへの恐怖か。
答えは1番最後。仲間を求める寂しさ。しかしロイドはそれを考えても、本当にそれだとは気付かず。
ただ、グリッドの真っすぐな思いは、しかと伝わっていた。それを無碍にすることはできまい。
「…分かった。傷を治すのに専念するよ」
今は、コレットの無事を信じよう。それしか手はない。
こんなゲームで信じることはとても難しいけど、だからこそ、信じたい。
うんうんと満足げにグリッドは頷いた。そしてロイドはおもむろにグリッドに尋ねる。
「こら、動くな! 傷が開くだろう!」
いつの間にやら防空壕に入ってきたグリッドが、起き上がろうとするロイドを制する。
歯を食いしばりながら、ロイドはきっ、とグリッドを見返す。
「コレットはミトスの所にいるんだろ? 俺は放っておけない!」
「だがお前は動ける程に治っていないだろう!? そんな辛そうなのを耐えてまで動くのか。
とりあえず今はじっとしておけ。もしミトスに会う前にシャーリィやクレスに会ったら、お前は戦えるのか?」
珍しくグリッドにしてはまともな意見だった。
口がへの字に締まる。返す言葉が見つからない。
情けないが実に正論だ。こんな死に掛けの傷で戦いに行く方が馬鹿げている。誰にも勝てない。
言葉の代わりに、沈痛そうに俯くロイド。
「…命を賭けてとか、そういうのは絶対に許さん」
グリッドは鼻息を荒く、真剣に、しかしどこか悲しげに言う。
心なしか息が震えているような感がするのは気のせいではないだろう。
「仲間だからかよ?」
「それもあるが、…そうしてまで助けてくれようとした奴がいたのだ。それこそもう、ボロボロになるまでな。
だが、俺は結果的にカトリーヌを死なせてしまい、プリムラを人殺しとさせてしまった。
命を賭けてまで守ってくれたのに…俺は」
その言葉にロイドははっとする。
「もしかして…ユアンのことか?」
先程聞いた、シャーリィと遭遇した時の話。
D5で襲撃されて、グリッドは2人の仲間、ユアンとカトリーヌを失ったと言っていた。
詳しくは言っていなかった。しかし、もしどちらかがグリッド達をシャーリィから守ろうとしたのなら――。
今のグリッドの発言に、ユアンの名前は出てきていない。
彼は何も答えない。ただ、歯を食い縛って、双眼の潤みを見せまいと瞼を伏せている。
それは黙認ともとれた。
「…だから俺は、あいつに顔向けが出来なくなるようなことはしたくないのだ。あいつと同じ様には、もうさせたくない。
その為に、俺はリーダーとして団員達を守らなくてはならないのだ」
グリッドらしからぬ、真摯な言葉。それは確かに漆黒の翼の長たる男のものだった。
何故ここまで仲間思いなのだろう? そうロイドは考える。
リーダーとしての責任感か、何かを守りたいという正義感か、仲間を失うことへの恐怖か。
答えは1番最後。仲間を求める寂しさ。しかしロイドはそれを考えても、本当にそれだとは気付かず。
ただ、グリッドの真っすぐな思いは、しかと伝わっていた。それを無碍にすることはできまい。
「…分かった。傷を治すのに専念するよ」
今は、コレットの無事を信じよう。それしか手はない。
こんなゲームで信じることはとても難しいけど、だからこそ、信じたい。
うんうんと満足げにグリッドは頷いた。そしてロイドはおもむろにグリッドに尋ねる。
「なぁ、ユアンは…どうだった?」
「どうって、どうだ」
「どうだよ。何て言うかなぁ、あいつが…お前に従ってるのが想像付かないんだよな」
「作戦を積極的に出してくれたり、1人で敵を食い止めてくれたり、素晴らしい団員だったぞ」
「頼りっぱなしじゃねぇか」
ぐ、とグリッド。
「…確かに、俺達はいつもユアンに助けられてばかりだった。戦う力のない俺達をどうして見捨てなかったのか不思議だ」
「見捨ててれば死なずに済んだのに、とか?」
図星だろう。再び流れ始めた沈黙が、それを示している。
ロイドは所在なさげに髪を弄くる。
「ほかの2人はどうなんだよ。お前はともかく、生きたいって思ってたかもしれないじゃんか。
というか悪ぃけど、あいつは負傷して1人で逃走するなんてこと、あいつのプライドが許さねえと思う。
何が何でも戦ってただろうな。
…いや、そんなことより、根本的にお前らのことを守りたかったんじゃないか?
ほら、何だかんだで、あいつ組織のリーダーだし」
張り詰めていたものが一気にぷつりと途切れたのか、グリッドの目からぼろぼろと涙がこぼれ出し、嗚咽が混じり始める。
小刻みに体は震え、鼻をすする音がいやに響く。
大粒の涙は地に落ちて、小さな染みを浮かび上がらせる。1つ、また1つ。
「な、何泣いてんだよ! 鼻水垂れてるっつーの!」
ロイドはまるで自分が泣かせたような、いじめっ子になったようなバツの悪い気分になり、慌ててグリッドをなだめる。
それでもグリッドの涙は止まらない。
人が次々と倒れていく不条理なこのゲームは、一般人のグリッドには特に異常なのだ。
故に彼は一般人らしい、強さと弱さを持っている。
それは、人の死に素直に泣けること。死の悲しみに打ちひしがれ、優しさから悲しみに暮れられること。
泣かない強さと、泣く強さは同意義である。その根底にあるのは、相手への慈しみ。
そしてどうやら、彼は強さの方が少しばかり上回っているらしい。
「俺は! 絶対に生きてみせるぞ! お前の死を無駄にするものか!」
高々と上げられた宣誓は響く。洞内に、そして空に。
「どうって、どうだ」
「どうだよ。何て言うかなぁ、あいつが…お前に従ってるのが想像付かないんだよな」
「作戦を積極的に出してくれたり、1人で敵を食い止めてくれたり、素晴らしい団員だったぞ」
「頼りっぱなしじゃねぇか」
ぐ、とグリッド。
「…確かに、俺達はいつもユアンに助けられてばかりだった。戦う力のない俺達をどうして見捨てなかったのか不思議だ」
「見捨ててれば死なずに済んだのに、とか?」
図星だろう。再び流れ始めた沈黙が、それを示している。
ロイドは所在なさげに髪を弄くる。
「ほかの2人はどうなんだよ。お前はともかく、生きたいって思ってたかもしれないじゃんか。
というか悪ぃけど、あいつは負傷して1人で逃走するなんてこと、あいつのプライドが許さねえと思う。
何が何でも戦ってただろうな。
…いや、そんなことより、根本的にお前らのことを守りたかったんじゃないか?
ほら、何だかんだで、あいつ組織のリーダーだし」
張り詰めていたものが一気にぷつりと途切れたのか、グリッドの目からぼろぼろと涙がこぼれ出し、嗚咽が混じり始める。
小刻みに体は震え、鼻をすする音がいやに響く。
大粒の涙は地に落ちて、小さな染みを浮かび上がらせる。1つ、また1つ。
「な、何泣いてんだよ! 鼻水垂れてるっつーの!」
ロイドはまるで自分が泣かせたような、いじめっ子になったようなバツの悪い気分になり、慌ててグリッドをなだめる。
それでもグリッドの涙は止まらない。
人が次々と倒れていく不条理なこのゲームは、一般人のグリッドには特に異常なのだ。
故に彼は一般人らしい、強さと弱さを持っている。
それは、人の死に素直に泣けること。死の悲しみに打ちひしがれ、優しさから悲しみに暮れられること。
泣かない強さと、泣く強さは同意義である。その根底にあるのは、相手への慈しみ。
そしてどうやら、彼は強さの方が少しばかり上回っているらしい。
「俺は! 絶対に生きてみせるぞ! お前の死を無駄にするものか!」
高々と上げられた宣誓は響く。洞内に、そして空に。
[真と偽に悩む人のお話。]
生きたいのに、生きることが出来なかった人達。
40人の内どれだけが該当するかは分からないが、恐らくほとんどだろう。
そして彼は、間違いなくそれに当たる2人を殺した。
青がかった銀髪が風に揺れる。1本1本ほどかれた前髪の合間から、自責の瞳が見える。
その碧眼もまた、風に揺れる金髪を見ていた。
「俺は…あんたの妻となる人を殺してしまった。
彼女のために償おうと…でも、何もできずにいた。その時、あんたやカイルの話を聞いて、俺は会って謝ろうと思っていた。
…ただ、謝りたかった」
手を組まれた赤いグローブ。何を祈っているのだろうか。
優しく伏せられた瞳。その目は何を見ているのだろうか。
少なくとも、今目の前にいる青年、ヴェイグ・リュングベルの存在は認識していないだろう。
「すまない…もう、遅いかもしれないが…すまない…。
許してもらおうなんて思っていない…恨んでもいい…だが…今の俺には、謝ることしかできない…」
安らかな死顔が全て許してくれているように思うのは傲慢だろうか。
そもそも死人に口なし、何も語らないただのモノに謝ること自体がおかしいのだ。
償う者がもっとも恐れること、罵られることを決してされはしないのだから。
要するに、謝った気分、少しでも償えた気分になれる自己満足だ。
まあ、魂などというスピリチュアルな概念があるとすれば彼の懺悔も届いているかもしれないが、
少なくとも現実的な彼はそんなのを信じるタイプではないだろう。
「…まだ、償いは足りていない。終わりはしない。俺はまだカイルにも会えていない。
もし許してくれるのなら…見守っていてほしいと思う」
目を閉じ、まだ終わりじゃないと言い聞かす。
ルーティへの償いはおろか、ジェイへの償いもしていないのだ。これで終わりだと、誰がそんな甘ったれたことを言えるだろうか。
だが、未だ見えない償いの形。自分はどうすればいいのか。これでは、偽善だ。
生きたいのに、生きることが出来なかった人達。
40人の内どれだけが該当するかは分からないが、恐らくほとんどだろう。
そして彼は、間違いなくそれに当たる2人を殺した。
青がかった銀髪が風に揺れる。1本1本ほどかれた前髪の合間から、自責の瞳が見える。
その碧眼もまた、風に揺れる金髪を見ていた。
「俺は…あんたの妻となる人を殺してしまった。
彼女のために償おうと…でも、何もできずにいた。その時、あんたやカイルの話を聞いて、俺は会って謝ろうと思っていた。
…ただ、謝りたかった」
手を組まれた赤いグローブ。何を祈っているのだろうか。
優しく伏せられた瞳。その目は何を見ているのだろうか。
少なくとも、今目の前にいる青年、ヴェイグ・リュングベルの存在は認識していないだろう。
「すまない…もう、遅いかもしれないが…すまない…。
許してもらおうなんて思っていない…恨んでもいい…だが…今の俺には、謝ることしかできない…」
安らかな死顔が全て許してくれているように思うのは傲慢だろうか。
そもそも死人に口なし、何も語らないただのモノに謝ること自体がおかしいのだ。
償う者がもっとも恐れること、罵られることを決してされはしないのだから。
要するに、謝った気分、少しでも償えた気分になれる自己満足だ。
まあ、魂などというスピリチュアルな概念があるとすれば彼の懺悔も届いているかもしれないが、
少なくとも現実的な彼はそんなのを信じるタイプではないだろう。
「…まだ、償いは足りていない。終わりはしない。俺はまだカイルにも会えていない。
もし許してくれるのなら…見守っていてほしいと思う」
目を閉じ、まだ終わりじゃないと言い聞かす。
ルーティへの償いはおろか、ジェイへの償いもしていないのだ。これで終わりだと、誰がそんな甘ったれたことを言えるだろうか。
だが、未だ見えない償いの形。自分はどうすればいいのか。これでは、偽善だ。
「ヴェイグ、こんな所にいたのか」
彼は唐突に声がした方へと振り向く。歩み寄る影は、キールと彼に連き添うメルディ。彼女の肩に乗るクィッキー。
2人とも改めてE2城の地下を見てくると言っていたが、終わったのだろうか。
キールの手にはクレーメルケイジが飾りのように取り付けられた、大いなる力を秘めた聖なる杖、BCロッドが握られている。
声色はやや非難の色。理由はすぐに分かる。
本来なら自分も治療を受けなければいけない立場なのだ。ただ氷で止血しているだけの簡易的な措置しか行っていないのである。
しかし分かってはいても、ヴェイグは何も言わず、ただ申し訳なさげに俯いていた。
別に治療を拒む子供じみた行為をしている訳ではない。今まで会えなかったスタンを一目見ておきたかった。
それともう1つ、「拒絶」からだった。
感情はフォルスの暴走により生まれるのではない。その感情が頂点まで昂ぶったからこそ、暴走するのだ。
つまり、拒絶は普段のヴェイグから生まれた感情。暴走が収まった後も、いびつな形で残っている。
いくら許してもらえたとはいえ、どこか自分を許すことができない自分がいるのも確かだった。
ロイドやグリッドを見る度、それを思い出す。それなら離れていたいと思うのは当然の論理だ。
ただ、それを口に出して言うことは今後ないのだろう、と彼は思う。
そして喧嘩した相手と顔を合わせたくないなんて、それこそ子供じみた行動だとも。
「謝っていたのか?」
何も言わないのに痺れを切らしたのか、先にキールが口を開く。やや、演技がかった口調で。
謝るなんてことを言っている時点で、どこか影から眺めていたのは見え見えだ。残念ながら。
ヴェイグはその点には触れず、ただ無言で頷く。
彼の経歴から考えて謝る理由はただ1つ、殺した者に何らかの関係があったのだろう。
きっとキールはそうとでも考えているに違いない。言葉に頭は回らなくとも推察には頭が回るようだ。
というよりは、あの言葉もわざとだろう。彼は頭がいいのだから。
ジェイが書いていたメモと、預かっていたダオスの荷物は、既にキールに託してある。
1度キールはメモを見ているが、ほかに書かれたフォルスの記述までは見ていないだろう、と思ってだった。
ダオスの荷物は…何のことはない、ジェイに託したものなのだから、
彼がいない今、似たようなタイプであるキールに渡した方がいいと思ったからだ。
何か用途を見出すかもしれない。
(もっとも、ダオスが荷物を託したのは頭脳などそういう点ではないのだが、彼はあずかり知らない)
とまあ、話は外れたが、とにかく彼はこの中では1番の頭脳の持ち主なのだ。
彼は唐突に声がした方へと振り向く。歩み寄る影は、キールと彼に連き添うメルディ。彼女の肩に乗るクィッキー。
2人とも改めてE2城の地下を見てくると言っていたが、終わったのだろうか。
キールの手にはクレーメルケイジが飾りのように取り付けられた、大いなる力を秘めた聖なる杖、BCロッドが握られている。
声色はやや非難の色。理由はすぐに分かる。
本来なら自分も治療を受けなければいけない立場なのだ。ただ氷で止血しているだけの簡易的な措置しか行っていないのである。
しかし分かってはいても、ヴェイグは何も言わず、ただ申し訳なさげに俯いていた。
別に治療を拒む子供じみた行為をしている訳ではない。今まで会えなかったスタンを一目見ておきたかった。
それともう1つ、「拒絶」からだった。
感情はフォルスの暴走により生まれるのではない。その感情が頂点まで昂ぶったからこそ、暴走するのだ。
つまり、拒絶は普段のヴェイグから生まれた感情。暴走が収まった後も、いびつな形で残っている。
いくら許してもらえたとはいえ、どこか自分を許すことができない自分がいるのも確かだった。
ロイドやグリッドを見る度、それを思い出す。それなら離れていたいと思うのは当然の論理だ。
ただ、それを口に出して言うことは今後ないのだろう、と彼は思う。
そして喧嘩した相手と顔を合わせたくないなんて、それこそ子供じみた行動だとも。
「謝っていたのか?」
何も言わないのに痺れを切らしたのか、先にキールが口を開く。やや、演技がかった口調で。
謝るなんてことを言っている時点で、どこか影から眺めていたのは見え見えだ。残念ながら。
ヴェイグはその点には触れず、ただ無言で頷く。
彼の経歴から考えて謝る理由はただ1つ、殺した者に何らかの関係があったのだろう。
きっとキールはそうとでも考えているに違いない。言葉に頭は回らなくとも推察には頭が回るようだ。
というよりは、あの言葉もわざとだろう。彼は頭がいいのだから。
ジェイが書いていたメモと、預かっていたダオスの荷物は、既にキールに託してある。
1度キールはメモを見ているが、ほかに書かれたフォルスの記述までは見ていないだろう、と思ってだった。
ダオスの荷物は…何のことはない、ジェイに託したものなのだから、
彼がいない今、似たようなタイプであるキールに渡した方がいいと思ったからだ。
何か用途を見出すかもしれない。
(もっとも、ダオスが荷物を託したのは頭脳などそういう点ではないのだが、彼はあずかり知らない)
とまあ、話は外れたが、とにかく彼はこの中では1番の頭脳の持ち主なのだ。
「別に僕は責めはしないよ。…仕方ないことかもしれないんだ。誰かを殺さなきゃ、生き残れない」
彼の回答にヴェイグは面食らう。
発言がやけに飛躍していることではなく、ここまで割り切っているとは思っていなかったからだ。
マーダーを殲滅すると言ってはいたが、ここまで確固とした答えを持っていたとは。
甘さの入り込んでいない、何も交じり合っていない、水平を保った視線。
恐らくキールは何らかの答えを見つけているのだろう。それを羨ましいとヴェイグは思った。羨ましい?
「…この世界では、何が正義で何が悪なんだ? どうすることが正しい?」
何故こんなことを聞いたのか、自分でも分からないほどその問いは輪郭が曖昧で。
「率直に言えば、ここには正義も悪もないよ。無法状態ってやつさ」
そして相手のぼやけたその輪郭を少しでも明確にしようと、しかし当人にそんな考えは更々なく、キールは答える。
「例えば、今いるマーダー達。あいつらがもし単純に人殺しに快楽を覚えて殺しているのなら、悪と言っても間違いじゃあない」
彼が言っているのはクレスのことだろう。
「というよりは、殺人自体、悪だろうさ。
だが…生きるために殺し合うというこの世界では、単純に殺人イコール悪とは言い切れない。
大切な人が殺されて、ミクトランの言葉に乗って蘇生させようとしているとしたら、見方も少しは変わってくるだろう?」
「そんなもの、自己中心的な…」
そう言ってから口をつぐむ。それなら自分も十分、自己中心的だ。
待っている人達、クレアの下へ帰るための凶行を実行した自分は、嘘ではない。確かに自分の手は血で塗れている。
あの時、確かに自分は正しいと思ったのだ。
「正義と悪ってのは、客観的な物差しに見えて、実はすごく主観的なものなんだ。
そもそも、自分を悪だと自覚してる人はめったにいないよ。
自分は常に正しいことを、正義を全うしていると思っていて、それに歯向かうものは悪だ。
…だからこう言うのも何だが、元の世界にだって、正義と悪の明確な区分はないと思うな。ただそこに倫理的なものがあるだけで。
さっき述べた例は他にもあるさ。全員を殺して全員の復活を願うとか、
…ひょっとして元いた世界が危機に瀕していた奴もいるかもしれない。
それらが全て善とも、悪とも言い切れるか?」
キールは自らの理論、ここでは正しくは思考か、それに付け入る隙も与えず一気に語る。
「なら…」
ヴェイグはキールの傍らにいる少女を見やる。何の気持ちもない、無機質な表情。
そこに彼は悠久の紫電を放とうとした青年の影を見出す。あの時あいつも、こんな顔をしていた。
「ティトレイは、悪じゃないのか? 今人を殺そうとしているあいつは、ここでは悪じゃないのか?」
何か1つの答えを求めるヴェイグの瞳は、やけに切羽詰り、悲哀を秘めていた。
低音は1オクターブ上がっている。
「殺人という事象を単純に許せないものとするなら、ティトレイも悪だろうさ。そしてお前も悪で、僕も悪に成りうる。
だが、その根本にあるもの…目的や考えによっては、完全に悪だと、間違っていると言い切ることは不可能かもしれない。
ここでは生きたいから殺すという気持ちさえ、罰することはできない。殺すことが生きる手段で、誰だって生きたいんだ。
…もっとも、デミテルの呪術の影響下にあるのなら、ただの命令で殺しているだけだろう。
それを正義と言うことは、僕にはできない」
「あれは…」
彼の回答にヴェイグは面食らう。
発言がやけに飛躍していることではなく、ここまで割り切っているとは思っていなかったからだ。
マーダーを殲滅すると言ってはいたが、ここまで確固とした答えを持っていたとは。
甘さの入り込んでいない、何も交じり合っていない、水平を保った視線。
恐らくキールは何らかの答えを見つけているのだろう。それを羨ましいとヴェイグは思った。羨ましい?
「…この世界では、何が正義で何が悪なんだ? どうすることが正しい?」
何故こんなことを聞いたのか、自分でも分からないほどその問いは輪郭が曖昧で。
「率直に言えば、ここには正義も悪もないよ。無法状態ってやつさ」
そして相手のぼやけたその輪郭を少しでも明確にしようと、しかし当人にそんな考えは更々なく、キールは答える。
「例えば、今いるマーダー達。あいつらがもし単純に人殺しに快楽を覚えて殺しているのなら、悪と言っても間違いじゃあない」
彼が言っているのはクレスのことだろう。
「というよりは、殺人自体、悪だろうさ。
だが…生きるために殺し合うというこの世界では、単純に殺人イコール悪とは言い切れない。
大切な人が殺されて、ミクトランの言葉に乗って蘇生させようとしているとしたら、見方も少しは変わってくるだろう?」
「そんなもの、自己中心的な…」
そう言ってから口をつぐむ。それなら自分も十分、自己中心的だ。
待っている人達、クレアの下へ帰るための凶行を実行した自分は、嘘ではない。確かに自分の手は血で塗れている。
あの時、確かに自分は正しいと思ったのだ。
「正義と悪ってのは、客観的な物差しに見えて、実はすごく主観的なものなんだ。
そもそも、自分を悪だと自覚してる人はめったにいないよ。
自分は常に正しいことを、正義を全うしていると思っていて、それに歯向かうものは悪だ。
…だからこう言うのも何だが、元の世界にだって、正義と悪の明確な区分はないと思うな。ただそこに倫理的なものがあるだけで。
さっき述べた例は他にもあるさ。全員を殺して全員の復活を願うとか、
…ひょっとして元いた世界が危機に瀕していた奴もいるかもしれない。
それらが全て善とも、悪とも言い切れるか?」
キールは自らの理論、ここでは正しくは思考か、それに付け入る隙も与えず一気に語る。
「なら…」
ヴェイグはキールの傍らにいる少女を見やる。何の気持ちもない、無機質な表情。
そこに彼は悠久の紫電を放とうとした青年の影を見出す。あの時あいつも、こんな顔をしていた。
「ティトレイは、悪じゃないのか? 今人を殺そうとしているあいつは、ここでは悪じゃないのか?」
何か1つの答えを求めるヴェイグの瞳は、やけに切羽詰り、悲哀を秘めていた。
低音は1オクターブ上がっている。
「殺人という事象を単純に許せないものとするなら、ティトレイも悪だろうさ。そしてお前も悪で、僕も悪に成りうる。
だが、その根本にあるもの…目的や考えによっては、完全に悪だと、間違っていると言い切ることは不可能かもしれない。
ここでは生きたいから殺すという気持ちさえ、罰することはできない。殺すことが生きる手段で、誰だって生きたいんだ。
…もっとも、デミテルの呪術の影響下にあるのなら、ただの命令で殺しているだけだろう。
それを正義と言うことは、僕にはできない」
「あれは…」
何故か、ティトレイのあの矢を放った時の瞳を思い出した。
確かに笑っていなかった。デミテルの言うように、感情はなかった。だが、あの瞳の光は嘘ではない。
あの光が、キールのいう目的に繋がるのだとしたら、あれは。
「…あいつの意志だ。呪術なんかに操られていない」
庇うことに何の意味があるのだろう。
結局は、親友が悪だと認めたくない…拒絶からなのだろうか。
そして認めてもらいたくないから、誰にも聞こえない程の小声で言ったのだろうか。
意志? それじゃあ、あいつは、
「結局はそれぞれさ。いつも何かを恐れ、それを間違いだと言って常に修正していれば、
今度はただ付和雷同してるだけだと思われて終わりだ。
…さて、お喋りはそろそろ終わりにしよう。大事なものを見つけたんだ」
キールは髪を掻きあげる。弁論を終えた学士の様相だった。
「…分かった。でも、もう少しだけいさせてくれ。終わったらすぐ行く」
それにヴェイグは小さく頷いた。
キールは短く返事をし、メルディを促すと、防空壕の方へと戻っていった。
それを見届けたヴェイグは、再びスタンの方へと向いた。相も変わらず朗笑を浮かべている。
この笑顔を見る度、死ぬことは本当に苦しいのだろうかと、錯覚する。
確かに笑っていなかった。デミテルの言うように、感情はなかった。だが、あの瞳の光は嘘ではない。
あの光が、キールのいう目的に繋がるのだとしたら、あれは。
「…あいつの意志だ。呪術なんかに操られていない」
庇うことに何の意味があるのだろう。
結局は、親友が悪だと認めたくない…拒絶からなのだろうか。
そして認めてもらいたくないから、誰にも聞こえない程の小声で言ったのだろうか。
意志? それじゃあ、あいつは、
「結局はそれぞれさ。いつも何かを恐れ、それを間違いだと言って常に修正していれば、
今度はただ付和雷同してるだけだと思われて終わりだ。
…さて、お喋りはそろそろ終わりにしよう。大事なものを見つけたんだ」
キールは髪を掻きあげる。弁論を終えた学士の様相だった。
「…分かった。でも、もう少しだけいさせてくれ。終わったらすぐ行く」
それにヴェイグは小さく頷いた。
キールは短く返事をし、メルディを促すと、防空壕の方へと戻っていった。
それを見届けたヴェイグは、再びスタンの方へと向いた。相も変わらず朗笑を浮かべている。
この笑顔を見る度、死ぬことは本当に苦しいのだろうかと、錯覚する。
『気持ちは、誰にも罰することは出来ない』
あの時ロイドに言われた言葉。
それは、自分に限らずともティトレイにも言えるのではないだろうか?
あいつが何を望み、何を求めて動いているかは分からない。だがそれは、ティトレイの純粋な思いであり、咎めることなどできない。
この世界に真も偽もないのは、それは気持ちが厭というほどに露出しているからだ。
元の世界なら、自らの気持ちを封殺して動いている者もいるかもしれない。
だが、この世界では何かのために、皆が気持ちに…心に従って動いている。各々の気持ちがぶつかって、戦いが起こる。
そこには、正義も悪もない。云わば、双方が正義であり、双方が悪だ。
それは、自分に限らずともティトレイにも言えるのではないだろうか?
あいつが何を望み、何を求めて動いているかは分からない。だがそれは、ティトレイの純粋な思いであり、咎めることなどできない。
この世界に真も偽もないのは、それは気持ちが厭というほどに露出しているからだ。
元の世界なら、自らの気持ちを封殺して動いている者もいるかもしれない。
だが、この世界では何かのために、皆が気持ちに…心に従って動いている。各々の気持ちがぶつかって、戦いが起こる。
そこには、正義も悪もない。云わば、双方が正義であり、双方が悪だ。
真も偽もない。それなら、ティトレイが見たものを見ることだって、間違いでは…
「…?」
何故、俺はこんなことを考えている。
あいつは悪でないにしても、今は俺達とは対極の位置にいる、敵なんだ。
俺が考えているのは、ティトレイに同調することじゃなく、負の感情を取り除いて、呼び覚ますことだ。
突如現れたロジックを、ヴェイグは不思議に思いながらも取り払った。
そして改めてスタンを見やる。
「ルーティが死んだ時、あんたは怒ったのか? 悲しんだのか?」
もちろん、彼は笑ってるだけだ。
何故、俺はこんなことを考えている。
あいつは悪でないにしても、今は俺達とは対極の位置にいる、敵なんだ。
俺が考えているのは、ティトレイに同調することじゃなく、負の感情を取り除いて、呼び覚ますことだ。
突如現れたロジックを、ヴェイグは不思議に思いながらも取り払った。
そして改めてスタンを見やる。
「ルーティが死んだ時、あんたは怒ったのか? 悲しんだのか?」
もちろん、彼は笑ってるだけだ。
[真と偽に悩む人のお話。-Another]
頭では分かっている。
相手にだって事情、何か目的があってこのゲームに乗っていることを。
それを単純に悪だと言い切るなどできないことを。
だが、リッドの命を奪った奴を、メルディの心を奪っていった奴を、何故擁護しなくちゃならない?
ネレイドは悪だ。
ただ自分の世界を取り戻すために、エターニアをバテンカイトスに還そうとした邪神。シゼルを操っていた諸悪の根源。
相手にだって事情、何か目的があってこのゲームに乗っていることを。
それを単純に悪だと言い切るなどできないことを。
だが、リッドの命を奪った奴を、メルディの心を奪っていった奴を、何故擁護しなくちゃならない?
ネレイドは悪だ。
ただ自分の世界を取り戻すために、エターニアをバテンカイトスに還そうとした邪神。シゼルを操っていた諸悪の根源。
『ひょっとして元いた世界が危機に瀕していた奴もいるかもしれない』
同じかもしれない。
バテンカイトス、自分の世界を取り戻したかっただけだ。じゃあ、ネレイドは悪じゃないとでも?
嘘だ。あいつが正しいかもしれないなんて、認められるはずがない。だってあいつは、リッドやメルディを奪ったんだ。
もともと自分は融通の利かない頑固な奴なんだと言い聞かせる。そして論理を重んじる性格だ。
解がない問題など、大嫌いだ。別に問題の途中で解が分からないのはいい。だが白と黒は許しても、灰色は認めない。
じゃあ何であんなことを言ったのか? それは、この世界の「客観的に見た真実」だからだ。
認めることが主観なら、認めないことも主観。
曖昧すぎる、白と黒のボーダーライン。しかし、やはり彼は灰色の境界線上に乗ることを拒む。
頭がもやもやする。こんな時に考えたってロクな答えは出ないのが条理だ。
憂さ晴らしにでも荷物を漁ってみる。
「? これは…」
ヴェイグから預かったダオスの荷物を確かめていると、紐で留められた…手紙だろうか? 何枚か束ねられた紙が出てきた。
目に留まったのは、紙の至るところに付着した血。
結われた留め紐もどことなく弱々しいことから、かなりの怪我を負っている時に書かれた物だと、想像は容易につく。
キールはゆっくりと、紐を解いていく。丸められた紙を開いていく。
バテンカイトス、自分の世界を取り戻したかっただけだ。じゃあ、ネレイドは悪じゃないとでも?
嘘だ。あいつが正しいかもしれないなんて、認められるはずがない。だってあいつは、リッドやメルディを奪ったんだ。
もともと自分は融通の利かない頑固な奴なんだと言い聞かせる。そして論理を重んじる性格だ。
解がない問題など、大嫌いだ。別に問題の途中で解が分からないのはいい。だが白と黒は許しても、灰色は認めない。
じゃあ何であんなことを言ったのか? それは、この世界の「客観的に見た真実」だからだ。
認めることが主観なら、認めないことも主観。
曖昧すぎる、白と黒のボーダーライン。しかし、やはり彼は灰色の境界線上に乗ることを拒む。
頭がもやもやする。こんな時に考えたってロクな答えは出ないのが条理だ。
憂さ晴らしにでも荷物を漁ってみる。
「? これは…」
ヴェイグから預かったダオスの荷物を確かめていると、紐で留められた…手紙だろうか? 何枚か束ねられた紙が出てきた。
目に留まったのは、紙の至るところに付着した血。
結われた留め紐もどことなく弱々しいことから、かなりの怪我を負っている時に書かれた物だと、想像は容易につく。
キールはゆっくりと、紐を解いていく。丸められた紙を開いていく。
この手紙を見る者へ…
願わくば貴公が、ロイド・アーヴィングやリッド・ハーシェルのような、他者の幸せを願える優しき者であることを――
願わくば貴公が、ロイド・アーヴィングやリッド・ハーシェルのような、他者の幸せを願える優しき者であることを――
それから始まる手紙。
内容は壮絶たるものだった。
パレスセダムとパレスグドラの戦争。マナを使う兵器により一瞬にして失われた、15万の命とマナ。失われつつある、10億の命。
それを救うために降り立った、ある男がアセリアという名の地で犯した大罪。
言葉が出ない。こんな簡略な言葉でしか表せくて恥ずかしい限りだが、本当に言葉が何も浮かんでこないのだ。
ただ、今自分は呼吸をしているだけ。あまりの重さに言葉までもが引っ張られ、沈んでいき、
必死にもがいても息をするしか手立てはない。
ああ。いたんだ。元の世界が危機に瀕していた奴が、もう1人。しかも、ネレイドとは正反対の。
10億、そんな途方もない命と責任を背負っていた男。
そしてそれと釣り合うほどの大罪を犯してきた男。
内容は壮絶たるものだった。
パレスセダムとパレスグドラの戦争。マナを使う兵器により一瞬にして失われた、15万の命とマナ。失われつつある、10億の命。
それを救うために降り立った、ある男がアセリアという名の地で犯した大罪。
言葉が出ない。こんな簡略な言葉でしか表せくて恥ずかしい限りだが、本当に言葉が何も浮かんでこないのだ。
ただ、今自分は呼吸をしているだけ。あまりの重さに言葉までもが引っ張られ、沈んでいき、
必死にもがいても息をするしか手立てはない。
ああ。いたんだ。元の世界が危機に瀕していた奴が、もう1人。しかも、ネレイドとは正反対の。
10億、そんな途方もない命と責任を背負っていた男。
そしてそれと釣り合うほどの大罪を犯してきた男。
彼の名は、ダオス。
前まで普通に話していたのに、突然あまりに遠すぎる存在になってしまった。
どんな心持でいたのかも分からない。あまりに重過ぎる、命と罪。それをたった1人、孤独に背負っている。
本来ならダオスもこのゲームに乗る立場なのだ。彼には、生き残らねばならぬ理由がある。
しかし彼はマーテルを守る抜くことを決めた。彼女が、希望だったから。
その両方の理由の根底にあるものが、
前まで普通に話していたのに、突然あまりに遠すぎる存在になってしまった。
どんな心持でいたのかも分からない。あまりに重過ぎる、命と罪。それをたった1人、孤独に背負っている。
本来ならダオスもこのゲームに乗る立場なのだ。彼には、生き残らねばならぬ理由がある。
しかし彼はマーテルを守る抜くことを決めた。彼女が、希望だったから。
その両方の理由の根底にあるものが、
このバトル・ロワイアルというゲームは、狂気という名の猛毒に満ち溢れている。
たとえ優しき者でも、その優しさゆえに毒を受け、怒りに、憎悪に、その身を焼かれることもある。
私もこの目で、その末路を辿った者を見た。いかに聖人君子たれど、彼や彼女もまた人である以上、この猛毒に蝕まれる危険は常にある。
自分だけは大丈夫と、狂気などには屈しないなどと油断するなど、ゆめゆめあってはならない。
人が自らを、他者を愛する限り、いつでも人は猛毒を注がれる余地を持つ。
されど、人を愛する気持ちを忘れるべからず。愛なくして、人は刃を握るべからず。
たとえ優しき者でも、その優しさゆえに毒を受け、怒りに、憎悪に、その身を焼かれることもある。
私もこの目で、その末路を辿った者を見た。いかに聖人君子たれど、彼や彼女もまた人である以上、この猛毒に蝕まれる危険は常にある。
自分だけは大丈夫と、狂気などには屈しないなどと油断するなど、ゆめゆめあってはならない。
人が自らを、他者を愛する限り、いつでも人は猛毒を注がれる余地を持つ。
されど、人を愛する気持ちを忘れるべからず。愛なくして、人は刃を握るべからず。
「愛する気持ち…」
多くの人が持ち得る感情、優しさ。何かを思いやる気持ち。
傷付けるのも、守るのも、全ては優しさ――愛からだ。
「マーダーのあいつらも、やっぱり優しさを持ってたっていうのか」
キールは小さく笑う。自嘲か、嘲笑か、それとも違うのかは本人にも分からなかった。
優しさ。それは、目的。そして戦う意味。信念。
僕は揺るがない。ただ、自分の思いを突き通すだけ。それが優しさで、みんなを守ることに繋がる。
多くの人が持ち得る感情、優しさ。何かを思いやる気持ち。
傷付けるのも、守るのも、全ては優しさ――愛からだ。
「マーダーのあいつらも、やっぱり優しさを持ってたっていうのか」
キールは小さく笑う。自嘲か、嘲笑か、それとも違うのかは本人にも分からなかった。
優しさ。それは、目的。そして戦う意味。信念。
僕は揺るがない。ただ、自分の思いを突き通すだけ。それが優しさで、みんなを守ることに繋がる。
『気持ちは、誰にも罰することは出来ない』
だからこそ、人が争うのは必然なのだ。
人が愛する気持ちを、揺るがない信念を持つ限り、争いは止まらない。気持ちの対象の相違はすれ違いを生み、対立を生む。
そしてそれを解決するのは、今は残念ながら言葉ではなく、力だ。
言葉で穏便に納まる相手では到底ないのだ。
ダオスも、アセリアの民の多くの可能性を奪ってきた。
そのアセリアの民全てが、優しさを持っていないというのはまず在り得ないだろう。彼らもまた人なのだから。
ダオスはそれを知っていながらも、己の目的のために戦い続けたのだろう。
そして今気付いた。
ゲームに乗っているか、乗っていないかじゃない。積極的か、消極的かなんかじゃない。理由や目的の有無も関係ない。
ここでは、否、どの世界でも戦うと決めた時点で、既に人はマーダーだ。
人は常に、誰かの命を摂取して生きている。
人が愛する気持ちを、揺るがない信念を持つ限り、争いは止まらない。気持ちの対象の相違はすれ違いを生み、対立を生む。
そしてそれを解決するのは、今は残念ながら言葉ではなく、力だ。
言葉で穏便に納まる相手では到底ないのだ。
ダオスも、アセリアの民の多くの可能性を奪ってきた。
そのアセリアの民全てが、優しさを持っていないというのはまず在り得ないだろう。彼らもまた人なのだから。
ダオスはそれを知っていながらも、己の目的のために戦い続けたのだろう。
そして今気付いた。
ゲームに乗っているか、乗っていないかじゃない。積極的か、消極的かなんかじゃない。理由や目的の有無も関係ない。
ここでは、否、どの世界でも戦うと決めた時点で、既に人はマーダーだ。
人は常に、誰かの命を摂取して生きている。
相手も思いやる気持ちを持って、この地で戦っているというのなら…
それを切り捨てる覚悟を、僕らも持たなくてはならない。
それを切り捨てる覚悟を、僕らも持たなくてはならない。
BCロッドに取り付けられたクレーメルケイジが光を放ったのを、メルディは確かに見た。
[空へ旅立った人達のお話。]
「ユアンは強かったよ。ダブルセイバーぶんぶん振り回してさ。おまけに術も使えるし」
「ほう。話では聞いていたが…一体どういうものなのだ?」
「ダブルセイバーか? 両方に大剣がついてるようなやつだよ」
「両方? 普通、剣は両刃じゃないか?」
何だこの会話は、とお思いの方もいるだろう。
簡単な経緯を説明すれば、グリッドが仲間の話をしている内に、元々どんな奴だったんだ、という話になったのだ。
そしてグリッドとロイドに共通する人物はユアンしかいないため、彼の話をしているのである。
以後はこの会話の流れに順ずる。
現物がなくとも想像はつきそうなのだが、まあこの2人はそう簡単にはいかないということだろう。
ロイドは左手で髪を弄くる。次第にスピードは早くなっていく。
それでもオールバックが崩れないのは、余程のくせっ毛だからだろうか。
「そうじゃなくて、柄の両方に刃が…あーもう、今度作ってやるよ! 説明すんのも面倒くさくなってきた」
「お、それは本当か!」
口で説明するより現物見せてやるよ、という思考が何とも俺らしいかな、とロイドは思う。手先が器用だという自信でもある。
これでバッジといいダブルセイバーといい、約束したのは2つ目だ。果たして作れるのか。
しかし、この全身の包帯――。
「怪我治んないとどうしようもないけど」
「よし、じゃあ治せ!」
「材料もあんまないけど」
「よし、じゃあ俺が集める!」
「…お前単純だなあ」
「褒め言葉感謝するぞ」
どうしてここまで楽観的な思考でいられるか分からない。
ヴェイグもグリッドを見習ってほしいが、グリッドもヴェイグを見習ってほしい。
2人を足して2で割ったくらいが丁度いいんじゃないだろうか。
ああ、だからか。ヴェイグとグリッドの相性がよさげに見えるのは。噛み砕いて言えば、ボケとツッコミの関係に近い。
そんな一抹の考えに駆られつつ、ロイドは「やっぱりユアンがリーダーぽかったんだろうな」とぽつり呟く。
むっ、とグリッドは体を乗り出してロイドを睨みつける。
「ほう。話では聞いていたが…一体どういうものなのだ?」
「ダブルセイバーか? 両方に大剣がついてるようなやつだよ」
「両方? 普通、剣は両刃じゃないか?」
何だこの会話は、とお思いの方もいるだろう。
簡単な経緯を説明すれば、グリッドが仲間の話をしている内に、元々どんな奴だったんだ、という話になったのだ。
そしてグリッドとロイドに共通する人物はユアンしかいないため、彼の話をしているのである。
以後はこの会話の流れに順ずる。
現物がなくとも想像はつきそうなのだが、まあこの2人はそう簡単にはいかないということだろう。
ロイドは左手で髪を弄くる。次第にスピードは早くなっていく。
それでもオールバックが崩れないのは、余程のくせっ毛だからだろうか。
「そうじゃなくて、柄の両方に刃が…あーもう、今度作ってやるよ! 説明すんのも面倒くさくなってきた」
「お、それは本当か!」
口で説明するより現物見せてやるよ、という思考が何とも俺らしいかな、とロイドは思う。手先が器用だという自信でもある。
これでバッジといいダブルセイバーといい、約束したのは2つ目だ。果たして作れるのか。
しかし、この全身の包帯――。
「怪我治んないとどうしようもないけど」
「よし、じゃあ治せ!」
「材料もあんまないけど」
「よし、じゃあ俺が集める!」
「…お前単純だなあ」
「褒め言葉感謝するぞ」
どうしてここまで楽観的な思考でいられるか分からない。
ヴェイグもグリッドを見習ってほしいが、グリッドもヴェイグを見習ってほしい。
2人を足して2で割ったくらいが丁度いいんじゃないだろうか。
ああ、だからか。ヴェイグとグリッドの相性がよさげに見えるのは。噛み砕いて言えば、ボケとツッコミの関係に近い。
そんな一抹の考えに駆られつつ、ロイドは「やっぱりユアンがリーダーぽかったんだろうな」とぽつり呟く。
むっ、とグリッドは体を乗り出してロイドを睨みつける。
「プリムラやカトリーヌと同じことを言うな」
「だって実質そうじゃん」
だって じっしつ そうじゃん
たった12字の言葉の威力は破格だったらしい。
あの勢いは何だったのか、グリッドは一転しゅん、として急に黙り込んでしまった。
「言い過ぎたって」と慌てて謝る、が、
「違う、団員達のことを思い出していたんだ」
ややグズつき気味。またか。急にシリアスムードか。
ころころと感情が入れ替わって疲れたりしないのか、と思ったが、そんな風に思うのは不謹慎だろう。
彼には、彼なりの想いがあるのだ。
切り取られた空を見上げる。ここに来てから、空の青さがとてもよく目に染みて、綺麗に思える。
ふとした1つの情景が、こんなに愛おしく思えるなんて。
「みんな一緒だよ」
「え?」
グリッドの間が抜けた声がしても、ロイドは振り向かない。
「仲間を失ってない奴なんていないと思うぜ。悲しいのはみんな一緒だ」
彼にしてはやけに言葉の抑揚がない。
表情は見えないが、グリッドはその向こうに目を細め歯を食い縛るロイドの姿を想像する。
何人、とグリッドは小さく低く抑えた声で問う。
「コレット以外はみんな第三回放送までに呼ばれたよ。さっきはこの島で初めて会って、一緒に行動してた奴が呼ばれた。
それにリッドやジェイも入れれば…7人、かな」
左手で薬指まで折り、小指も折り、そして2本開く。
命を数える行為は何て簡単なのだろう。それは、結局人は死ねばモノになってしまうからなのか。
グリッドは恐縮して身を縮こませる。自分は2人程度(程度、と言ってしまうのは何とも腹立たしいが)亡くしただけ。
しかし、ロイドはそれの実に3倍近い仲間を亡くしているのだ。
なのに自分は馬鹿みたいに泣いて、わめいて。無神経すぎる。
「す、すまん」
「いいよ別に。気にすんなって。
だからさ、みんな悲しいのは一緒だから、俺だけ挫けてる訳にはいかない、って思ってんだ」
それでもロイドはにか、と笑う。つられてグリッドも笑ってしまった。
「だって実質そうじゃん」
だって じっしつ そうじゃん
たった12字の言葉の威力は破格だったらしい。
あの勢いは何だったのか、グリッドは一転しゅん、として急に黙り込んでしまった。
「言い過ぎたって」と慌てて謝る、が、
「違う、団員達のことを思い出していたんだ」
ややグズつき気味。またか。急にシリアスムードか。
ころころと感情が入れ替わって疲れたりしないのか、と思ったが、そんな風に思うのは不謹慎だろう。
彼には、彼なりの想いがあるのだ。
切り取られた空を見上げる。ここに来てから、空の青さがとてもよく目に染みて、綺麗に思える。
ふとした1つの情景が、こんなに愛おしく思えるなんて。
「みんな一緒だよ」
「え?」
グリッドの間が抜けた声がしても、ロイドは振り向かない。
「仲間を失ってない奴なんていないと思うぜ。悲しいのはみんな一緒だ」
彼にしてはやけに言葉の抑揚がない。
表情は見えないが、グリッドはその向こうに目を細め歯を食い縛るロイドの姿を想像する。
何人、とグリッドは小さく低く抑えた声で問う。
「コレット以外はみんな第三回放送までに呼ばれたよ。さっきはこの島で初めて会って、一緒に行動してた奴が呼ばれた。
それにリッドやジェイも入れれば…7人、かな」
左手で薬指まで折り、小指も折り、そして2本開く。
命を数える行為は何て簡単なのだろう。それは、結局人は死ねばモノになってしまうからなのか。
グリッドは恐縮して身を縮こませる。自分は2人程度(程度、と言ってしまうのは何とも腹立たしいが)亡くしただけ。
しかし、ロイドはそれの実に3倍近い仲間を亡くしているのだ。
なのに自分は馬鹿みたいに泣いて、わめいて。無神経すぎる。
「す、すまん」
「いいよ別に。気にすんなって。
だからさ、みんな悲しいのは一緒だから、俺だけ挫けてる訳にはいかない、って思ってんだ」
それでもロイドはにか、と笑う。つられてグリッドも笑ってしまった。
「そうだな…泣いてばかりいては、天国のあいつらも不安になるな」
「そうそう! 元気なところ見せてやろうぜ!」
まだ、こんなところで終わる訳にはいかないのだ。
こんなゲームで死んでいった者達の声なき思いを、無駄にする訳には。
本来なら、まだ死ななかったはずなのだ。それをミクトランは運命を無理矢理にでも弄くり、生命の時計を一気に進行させたのだ。
それは、死んだ者だけではなく、生きている者にも影響を及ぼして。
「そうそう! 元気なところ見せてやろうぜ!」
まだ、こんなところで終わる訳にはいかないのだ。
こんなゲームで死んでいった者達の声なき思いを、無駄にする訳には。
本来なら、まだ死ななかったはずなのだ。それをミクトランは運命を無理矢理にでも弄くり、生命の時計を一気に進行させたのだ。
それは、死んだ者だけではなく、生きている者にも影響を及ぼして。
力を合わせて戦ってきたことも。
みんなで海に行って泳いだことも。
先生の料理を誰が食べるか決めたことも。
あの日の沈みゆく夕日を見たことも。
みんなで海に行って泳いだことも。
先生の料理を誰が食べるか決めたことも。
あの日の沈みゆく夕日を見たことも。
勉強で分からないところを教えてもらったことも。
最初は敵だったのに協力しあったことも。
裏切ったフリして戻ってきてくれたことも。
剣の稽古を一緒にしたことも。
最初は敵だったのに協力しあったことも。
裏切ったフリして戻ってきてくれたことも。
剣の稽古を一緒にしたことも。
気絶したのをおぶったことも。
皮肉を何回も言われたことも。
皮肉を何回も言われたことも。
協力しようと言ってくれたことも。
意見が対立したことも。
嫌いな食べ物はトマトだニンジンだとか、そんな他愛ない話をしたことも。
意見が対立したことも。
嫌いな食べ物はトマトだニンジンだとか、そんな他愛ない話をしたことも。
もう、手が届かないほど遠くにまで行ってしまって。
「…みんな、いい奴だったよ」
再び首をこてんと傾け、グリッドから覆い隠すようにして、ロイドは耳を地に付ける。
グリッドは僅かに首をもたげさせるだけで、上目遣いに瞳をロイドに向ける。
想像する表情は、先程と同じだ。ただ、怒りと悲しみを増して。
今更気付く。こいつは、自分に似ている気がする。そして不憫さに少し苛立つ。
ロイドが先刻言ったばかりではないか。悲しくない奴などいない、と。
再び首をこてんと傾け、グリッドから覆い隠すようにして、ロイドは耳を地に付ける。
グリッドは僅かに首をもたげさせるだけで、上目遣いに瞳をロイドに向ける。
想像する表情は、先程と同じだ。ただ、怒りと悲しみを増して。
今更気付く。こいつは、自分に似ている気がする。そして不憫さに少し苛立つ。
ロイドが先刻言ったばかりではないか。悲しくない奴などいない、と。
「いい奴を奪っていくのが、このゲームなんだよな」