死天使の鐘は、されど響き
見えず、聞こえず、話せず。
それでも生きる希望を失わず、多くの人々を励まし続けてきた三重苦の聖人。
ミント・アドネードは母に聞かされたその伝承を、思い出していた。
今自らがおかれた状況が、かの三重苦の聖人と酷似していたからか。
はたまた、三重苦に耐えた彼女の気丈さにあやかりたいと言う、詮無い望みゆえか。
ぼぐ。自らの胸元を蹴り上げられる衝撃。
(いやぁっ!!)
ミントは思わず口元から悲鳴を上げた。悲鳴を上げる時の呼気を吐いた。
『サイレンス』の術式が、空気の震えを禁じているこの部屋。自らの悲鳴さえ、聞こえない。
法術『サイレンス』は魔法封じの術。
周囲の音の発生を完全に止め、更に体内の魔脈に戒めをかける事で、魔術やそれに準じる力の行使を完全に封じる。
ミントには、すなわち音も聞こえない。光を失い、耳も聞こえない。
嗅覚や触覚、味覚といった感覚が退化している人間にとって、視覚と聴覚を奪われること…
それはまさに、永劫の暗黒の世界に監禁されているかのごとき恐怖を、彼または彼女にもたらす。
もはやまともに頼れる感覚は、触覚のみ。
立ち上がり、しゃがみ、這い、この部屋の床や壁をさすって回る。
視覚も聴覚も封じられることがこれほどの恐怖だと、ミントは改めて思い知っていた。
そして、その徘徊の結果として受け取ったのが、先ほどの蹴り。
おそらく、蹴りを入れたのはコレットか。地面に仰向けに倒れこんだミントは、そう推測する。
「自殺しないように監視してろ」とは、つい先ほどこの部屋を去っていったミトスの命。
そしてその命には、無論のこと「ミントの脱走を許すな」という言外の指示も組み込まれている。
原則として何もしないコレットが自身を蹴り倒したということは、コレットのいる側にドアがあるということ。
ミトスが一旦は解いた『サイレンス』。その際聞いた、退出するミトスの足音の向かった方向からしても間違いない。
また、蹴り倒されて以降、家の床には震動が伝わってこない。
つまり、コレットはドアの前で待機し、動かぬままという事か。
そのまま、四つん這いで床を進むミント。時おり、傷付いた左手で宙を描きながら、壁がないかどうか確かめる。
ミトスの剣に貫かれ、そして先ほどは正体不明のマナの塊に焼かれ、ボロボロの左手を。
(この辺りには…『あれ』があるはず…)
そう、窓が。
先ほど床を這いずり回ったとき感じた温もりが、ミントにそう推理せしめていた。
部屋の床の一箇所…ミント自身確証はできないが、それも暖かい部分が四角形をしていた…
ということは、ここはフリーズキールやアーリィのような寒冷地でない以上、床のぬくもりのもとは暖房器具ではなく日光。
そして日光が降り注ぐということは、窓があるはず。
角度的には、この辺りの壁に…
そして、ミントの手には窓のガラスの、冷たい感触が伝わった。
(冷たい?)
冷たい。ミントの手には、あるはずの温もりが感じられない。
そのままあちこちに手を滑らせてみても、同じく。
カーテンのような遮光器具なしにこの冷たさ。ということは、考えられる可能性は…
(まさか…!)
窓の外側に、何か日の光を遮るものがある。
おそらくは、ミトスが外側から大きな木の板か何かを釘で打ちつけ、止めている。
無論、脱走防止用に。おそらく、釘を打ちつける音は『サイレンス』でかき消されていた。
ミントは、そのままへたり込みそうになった。だが、考えてもみればこれくらいは当然のことか。
本性を見せたミトスは、実に狡猾で抜け目がない。
自分のような無力そうな人間にすら、荒縄で四肢を縛り上げ『サイレンス』のかかった部屋に閉じ込めるくらい。
おまけに武装解除の一環として、一度は自分を素裸にするほどの、執拗極まりない身体検査をやってみせた。
そんな彼が窓からの脱走の可能性を見落とすなど、シルヴァラントの月がテセアラの月とぶつかってもありえまい。
(だったら…)
もはや、自身に残された手立てはないのか。
このまま、ミトスの思惑通りにクレスの注意を引くという選択肢以外、手はないのか。
否。そんな手を選べば、待つのは破滅のみ。クレスのみならず、他の参加者までもがミトスの毒牙にかかる。
だが、自らに彼の毒牙を折る術はない。光を失い耳を塞がれ、法術を禁じられ。あまつさえ武装は完全に解除されている。
この状態で、ミトスと渡り合うなどできぬ相談。
アルベイン流稀代の剣匠であるクレスですら、こうなったならどれほどの抵抗が出来ようものか。
(クレスさん…どうすれば……どうすれば…!?)
それでも生きる希望を失わず、多くの人々を励まし続けてきた三重苦の聖人。
ミント・アドネードは母に聞かされたその伝承を、思い出していた。
今自らがおかれた状況が、かの三重苦の聖人と酷似していたからか。
はたまた、三重苦に耐えた彼女の気丈さにあやかりたいと言う、詮無い望みゆえか。
ぼぐ。自らの胸元を蹴り上げられる衝撃。
(いやぁっ!!)
ミントは思わず口元から悲鳴を上げた。悲鳴を上げる時の呼気を吐いた。
『サイレンス』の術式が、空気の震えを禁じているこの部屋。自らの悲鳴さえ、聞こえない。
法術『サイレンス』は魔法封じの術。
周囲の音の発生を完全に止め、更に体内の魔脈に戒めをかける事で、魔術やそれに準じる力の行使を完全に封じる。
ミントには、すなわち音も聞こえない。光を失い、耳も聞こえない。
嗅覚や触覚、味覚といった感覚が退化している人間にとって、視覚と聴覚を奪われること…
それはまさに、永劫の暗黒の世界に監禁されているかのごとき恐怖を、彼または彼女にもたらす。
もはやまともに頼れる感覚は、触覚のみ。
立ち上がり、しゃがみ、這い、この部屋の床や壁をさすって回る。
視覚も聴覚も封じられることがこれほどの恐怖だと、ミントは改めて思い知っていた。
そして、その徘徊の結果として受け取ったのが、先ほどの蹴り。
おそらく、蹴りを入れたのはコレットか。地面に仰向けに倒れこんだミントは、そう推測する。
「自殺しないように監視してろ」とは、つい先ほどこの部屋を去っていったミトスの命。
そしてその命には、無論のこと「ミントの脱走を許すな」という言外の指示も組み込まれている。
原則として何もしないコレットが自身を蹴り倒したということは、コレットのいる側にドアがあるということ。
ミトスが一旦は解いた『サイレンス』。その際聞いた、退出するミトスの足音の向かった方向からしても間違いない。
また、蹴り倒されて以降、家の床には震動が伝わってこない。
つまり、コレットはドアの前で待機し、動かぬままという事か。
そのまま、四つん這いで床を進むミント。時おり、傷付いた左手で宙を描きながら、壁がないかどうか確かめる。
ミトスの剣に貫かれ、そして先ほどは正体不明のマナの塊に焼かれ、ボロボロの左手を。
(この辺りには…『あれ』があるはず…)
そう、窓が。
先ほど床を這いずり回ったとき感じた温もりが、ミントにそう推理せしめていた。
部屋の床の一箇所…ミント自身確証はできないが、それも暖かい部分が四角形をしていた…
ということは、ここはフリーズキールやアーリィのような寒冷地でない以上、床のぬくもりのもとは暖房器具ではなく日光。
そして日光が降り注ぐということは、窓があるはず。
角度的には、この辺りの壁に…
そして、ミントの手には窓のガラスの、冷たい感触が伝わった。
(冷たい?)
冷たい。ミントの手には、あるはずの温もりが感じられない。
そのままあちこちに手を滑らせてみても、同じく。
カーテンのような遮光器具なしにこの冷たさ。ということは、考えられる可能性は…
(まさか…!)
窓の外側に、何か日の光を遮るものがある。
おそらくは、ミトスが外側から大きな木の板か何かを釘で打ちつけ、止めている。
無論、脱走防止用に。おそらく、釘を打ちつける音は『サイレンス』でかき消されていた。
ミントは、そのままへたり込みそうになった。だが、考えてもみればこれくらいは当然のことか。
本性を見せたミトスは、実に狡猾で抜け目がない。
自分のような無力そうな人間にすら、荒縄で四肢を縛り上げ『サイレンス』のかかった部屋に閉じ込めるくらい。
おまけに武装解除の一環として、一度は自分を素裸にするほどの、執拗極まりない身体検査をやってみせた。
そんな彼が窓からの脱走の可能性を見落とすなど、シルヴァラントの月がテセアラの月とぶつかってもありえまい。
(だったら…)
もはや、自身に残された手立てはないのか。
このまま、ミトスの思惑通りにクレスの注意を引くという選択肢以外、手はないのか。
否。そんな手を選べば、待つのは破滅のみ。クレスのみならず、他の参加者までもがミトスの毒牙にかかる。
だが、自らに彼の毒牙を折る術はない。光を失い耳を塞がれ、法術を禁じられ。あまつさえ武装は完全に解除されている。
この状態で、ミトスと渡り合うなどできぬ相談。
アルベイン流稀代の剣匠であるクレスですら、こうなったならどれほどの抵抗が出来ようものか。
(クレスさん…どうすれば……どうすれば…!?)
絶望感と無力感のあまり、ミントは思わず膝からくずおれる。傍らにあったテーブルに、手がぶつかる。
その時。
かしゃりと手に何かが触れた。細くて冷たい、何か。
(?)
ミントは、その手応えに思わず疑問符を浮かばせる。
(これは…何なのでしょうか?)
もしこの時ミントの目が見えていたなら、「それ」の正体はすぐ分かったであろうに。
しかし、盲目・聾唖の聖者と化したミントには、それはただ空しい高望みに過ぎなかった。
その細くて冷たい何かに触れてみる。指でつまみ、つつと表面をしごくように撫でてみる。
曲がっている。やや固い。しかし、比較的弱い力で簡単に別の方向に曲げられる。
そしてそれは、蛇がとぐろを巻くかのようにしてまとめられている。
何か、固い糸のようなもの。そして、表面は冷たい…
(…針金!?)
ミントは、閃いた。
そう、この手ごたえや手でなぞった形。これを「針金」と思えば、確かに自らの触覚のもたらす情報は全て符合する。
そしてミント自身はあずかり知らぬが、今彼女が手にした針金は、ミトスがこの村に敷設した針金の切れ端。
もし今彼女を見張っているコレットに意識があれば…
ミントが悪夢の世界で悶え苦しんでいた内に、ミトスがこの部屋に針金の残りを置いていたことを証言していたであろう。
そして例えば、ミントの仲間であったすずの手にかかれば、これはちょっとした鍵開けの道具にもなっていただろう。
ミントはそのまま、針金の先端まで指を滑らせてみた。
鋭い。おそらくは何らかの金具を用いて、適当な長さに切断されたがゆえだろう。
ふつう工作に慣れた人間であれば、針金の先端を火で炙って、先端を丸くしてからしまうなり何なりの処置をする。
だが、あまり悠長なことをやってられないとでも思ったのだろうか、ミトスはそんな処置を行っていない。
(!!)
だとするなら。
これを使えば、まだ目はある。
ミトスの目論見を突き崩す、一抹の希望が見えてくる。
(…ですが…)
しかしその方法は、あまりにミント・アドネードという人間の自己同一性とかけ離れている。
アセリアの地を旅してきた頃の彼女なら、絶対に選ばなかった…
それ以前に、選択肢として思いつきもしなかったであろう、禁じ手。
ユニコーンにすら選ばれた清き乙女ならば、何があろうと成してはならない不徳。
だが、ミトスの悪夢に精神を陵辱された今の彼女は、「その手」を思いついてしまった。
彼女の強靭なはずの精神力は、確実に崩壊への歩を進めている証左は、その事実にもあった。
だが、それ以外にどうしろと?
ミントはここにはいないはずの第三者に、心の中問いかける。
このままミトスの策が成れば、誰一人として助からない。
大怪我を負った手足を切り落とすことを拒んだがゆえに、血腐れ病を発症し命を落とす患者のように。
しかし、今なら…
怪我を負った手足から、全身に腐った血が流れ出す前。
切り落とせば、患者は助かる。
やってみせる。やらねばならない。
激しい葛藤の中、ミントは決心した。
かくなる上は、「あの札」を切る。
「あの札」を切るには…そのために稼がねばならぬのは、六手。
ミントはいつもの感覚から計算する。
この状況では、己に許されたのは精々が半手と言うところ。
コレットが全力で妨害にかかるこの状況では、そのまま「あの札」を切るなどできまい。
だが、「初手の札」を切れば…「初手の札」をコレットに直撃させられれば、六手の隙は辛うじて作り出せる。
そのためには、自力で「初手の札」を切るための、一手分の隙を自力で作らねばならない。
逆に言えば、その一手分の隙を作り出せれば、あとは一気に「あの札」を切るまでの道筋が出来る。
その時。
かしゃりと手に何かが触れた。細くて冷たい、何か。
(?)
ミントは、その手応えに思わず疑問符を浮かばせる。
(これは…何なのでしょうか?)
もしこの時ミントの目が見えていたなら、「それ」の正体はすぐ分かったであろうに。
しかし、盲目・聾唖の聖者と化したミントには、それはただ空しい高望みに過ぎなかった。
その細くて冷たい何かに触れてみる。指でつまみ、つつと表面をしごくように撫でてみる。
曲がっている。やや固い。しかし、比較的弱い力で簡単に別の方向に曲げられる。
そしてそれは、蛇がとぐろを巻くかのようにしてまとめられている。
何か、固い糸のようなもの。そして、表面は冷たい…
(…針金!?)
ミントは、閃いた。
そう、この手ごたえや手でなぞった形。これを「針金」と思えば、確かに自らの触覚のもたらす情報は全て符合する。
そしてミント自身はあずかり知らぬが、今彼女が手にした針金は、ミトスがこの村に敷設した針金の切れ端。
もし今彼女を見張っているコレットに意識があれば…
ミントが悪夢の世界で悶え苦しんでいた内に、ミトスがこの部屋に針金の残りを置いていたことを証言していたであろう。
そして例えば、ミントの仲間であったすずの手にかかれば、これはちょっとした鍵開けの道具にもなっていただろう。
ミントはそのまま、針金の先端まで指を滑らせてみた。
鋭い。おそらくは何らかの金具を用いて、適当な長さに切断されたがゆえだろう。
ふつう工作に慣れた人間であれば、針金の先端を火で炙って、先端を丸くしてからしまうなり何なりの処置をする。
だが、あまり悠長なことをやってられないとでも思ったのだろうか、ミトスはそんな処置を行っていない。
(!!)
だとするなら。
これを使えば、まだ目はある。
ミトスの目論見を突き崩す、一抹の希望が見えてくる。
(…ですが…)
しかしその方法は、あまりにミント・アドネードという人間の自己同一性とかけ離れている。
アセリアの地を旅してきた頃の彼女なら、絶対に選ばなかった…
それ以前に、選択肢として思いつきもしなかったであろう、禁じ手。
ユニコーンにすら選ばれた清き乙女ならば、何があろうと成してはならない不徳。
だが、ミトスの悪夢に精神を陵辱された今の彼女は、「その手」を思いついてしまった。
彼女の強靭なはずの精神力は、確実に崩壊への歩を進めている証左は、その事実にもあった。
だが、それ以外にどうしろと?
ミントはここにはいないはずの第三者に、心の中問いかける。
このままミトスの策が成れば、誰一人として助からない。
大怪我を負った手足を切り落とすことを拒んだがゆえに、血腐れ病を発症し命を落とす患者のように。
しかし、今なら…
怪我を負った手足から、全身に腐った血が流れ出す前。
切り落とせば、患者は助かる。
やってみせる。やらねばならない。
激しい葛藤の中、ミントは決心した。
かくなる上は、「あの札」を切る。
「あの札」を切るには…そのために稼がねばならぬのは、六手。
ミントはいつもの感覚から計算する。
この状況では、己に許されたのは精々が半手と言うところ。
コレットが全力で妨害にかかるこの状況では、そのまま「あの札」を切るなどできまい。
だが、「初手の札」を切れば…「初手の札」をコレットに直撃させられれば、六手の隙は辛うじて作り出せる。
そのためには、自力で「初手の札」を切るための、一手分の隙を自力で作らねばならない。
逆に言えば、その一手分の隙を作り出せれば、あとは一気に「あの札」を切るまでの道筋が出来る。
(今他に…使えそうなものは…)
ある。ミトスが腰掛けていたベッド…そこにかかったシーツ。これを使う。
まさに紙一重を十に裂いたよりもか細い、成功への道。
もとよりこの状況は、ミント側が圧倒的に劣勢の立場にある。
どこか一箇所でも立ち行かなくなれば、その瞬間「詰み」が確定する。
それでも、やってみせる。やらねばならない。ミトスの凶手を、阻むためにも。
ミントは、強い決意をめしいた瞳に宿した。
そしてそのまま、体を部屋のベッドに投げ出した。
右手には、先ほど手にした針金を、強く握り込みながら。
コレットは、ミントのその動作を、静かに眺めていた。
ミントは、半ば無理やりに自らの意識を夢の中に沈めていた。
もう二度と、あの悪夢の世界への扉をくぐらぬことを、祈りながら。
ある。ミトスが腰掛けていたベッド…そこにかかったシーツ。これを使う。
まさに紙一重を十に裂いたよりもか細い、成功への道。
もとよりこの状況は、ミント側が圧倒的に劣勢の立場にある。
どこか一箇所でも立ち行かなくなれば、その瞬間「詰み」が確定する。
それでも、やってみせる。やらねばならない。ミトスの凶手を、阻むためにも。
ミントは、強い決意をめしいた瞳に宿した。
そしてそのまま、体を部屋のベッドに投げ出した。
右手には、先ほど手にした針金を、強く握り込みながら。
コレットは、ミントのその動作を、静かに眺めていた。
ミントは、半ば無理やりに自らの意識を夢の中に沈めていた。
もう二度と、あの悪夢の世界への扉をくぐらぬことを、祈りながら。
―
どこかとってつけたような爽やかさを帯びた風が、ミトス・ユグドラシルの光翼をふわりと撫ぜた。
さわさわと頬を撫でる金の長髪を、彼は煩わしげにかき上げる。
その髪は、幼い少年の姿によく似合う柔らかな手触りを残し風にほぐれた。
手元の砂時計に残る砂の量は、そろそろ全体の半分を割ろうとしている。
すなわち、次の放送までの折り返し…正午が、近い。
あと10分で、定刻。自らがあの劣悪種に課した決定を、問いただす時刻。
与えた時間はたっぷり4時間。そして、それだけの時間は有意義に使った。
(…勝率、七割ってところかな)
ミトスは慢心も衒(てら)いもない心の中で、己が策の成る率を計算してのけた。
これ以降の作戦の見直し。三度も四度も繰り返し、しつこいくらいまでに己が策の再検討を行った。
そして頭がそれだけの思考で働いている間に、体内の魔力は完全に満ちた。
今なら出せる。まごうことなき全力を。
客賓をもてなす正装は、少年ミトスの姿。初手の『タイムストップ』のための布石。
(やっぱり、最もリスクを低くして『タイムストップ』を撃つためには、ボクはこの姿でいるのが一番いい)
今から約24時間前、そして30時間前に立証された通り、
ミトスはいずれの姿を取ったままでも、己の体得している全ての術技を用いることが可能。
ミトスの姿のまま、『ユグドラシルレーザー』を放つことも。
ユグドラシルの姿のまま、『タイムストップ』を放つことも。
だが、やはり「力」に特化した術技を放つためにはユグドラシルの姿が…
「技」に特化した術技を放つためにはミトスの姿が、それぞれ最も適している。
(この期に及んで無理な力の行使をして、その反動でまた天使術が使えなくなったら、
それこそ目も当てられないからね)
無論天使術なしでも、ミトスがこの村を舞台に戦う限り、彼の優勢はまず覆らないだろう。
初手の『タイムストップ』。そしてそれに続く何らかの広域攻撃魔術。
常識的に考えて、まずこの二手だけでこの村の戦いは決着することに、異論を差し挟むものは存在するまい。
凍りついた時の中で炸裂する魔術が、無防備な犠牲者の急所を穿ち絶命させる。
単純だが、必勝必殺。
この村に自分以外の参加者が全員乗り込んできたなら、この二手で全ては終わる。
ミトスの優勝は確定する。
(だが、時空剣士クレスの手の内には、魔剣エターナルソードがある。
ボクの止まった時の世界に入門してくることは、十分想定しておいていいだろう。
更に、残存しているネレイドは、軍用攻撃魔法の一射すら完全に相殺した上で、
まだリッドを殺すほどの力を残していた。あいつの出鱈目なまでの魔力を以ってすれば、
『タイムストップ』の術式を強引に破壊して無効化するくらい…いや)
この二者には最初から『タイムストップ』が効かないことを前提にして、戦術を組み立てる。
そこまで慎重にリスクを計算しなければ、最悪わずか一撃で優劣逆転の憂き目を見る。
ただでさえ、この戦いには七割の勝率しか期待できないのだ。
本来ならば、この戦いには十割の勝率を見込まねばならないところを。
(そのためには、この贈り物はなかなかに有り難いところだね。
…劣悪種ごときがこのボクに一杯食わせた罪の贖(あがな)いには、遥かに足りないけれども)
ミトスの首で、六茫星の紋章が揺れた。
昨夜、あの劣悪種から受け取った、高速詠唱の紋・ミスティシンボル。
(これで乱戦がやりやすくなる)
ミトスは元来の強靭な『鋼体』と相まって、乱戦下でも上級魔術の詠唱をやり遂げるなどそう困難ではない。
ましてや、これがあれば。ミトスの術の行使に死角はない。
通常の剣技を繰り出す際の闘気の溜めの時間を一瞬とおけば…
ミスティシンボルを用いて繰り出す魔術の詠唱時間は二瞬と言ったところ。
すなわち剣の間合いですら、術の行使の阻止はほぼ何人にも不可能。
可能性があるとすれば、ミトスのあずかり知らぬ奥義『斬光時雨』や『驟雨双破斬』並みの連撃技。
さわさわと頬を撫でる金の長髪を、彼は煩わしげにかき上げる。
その髪は、幼い少年の姿によく似合う柔らかな手触りを残し風にほぐれた。
手元の砂時計に残る砂の量は、そろそろ全体の半分を割ろうとしている。
すなわち、次の放送までの折り返し…正午が、近い。
あと10分で、定刻。自らがあの劣悪種に課した決定を、問いただす時刻。
与えた時間はたっぷり4時間。そして、それだけの時間は有意義に使った。
(…勝率、七割ってところかな)
ミトスは慢心も衒(てら)いもない心の中で、己が策の成る率を計算してのけた。
これ以降の作戦の見直し。三度も四度も繰り返し、しつこいくらいまでに己が策の再検討を行った。
そして頭がそれだけの思考で働いている間に、体内の魔力は完全に満ちた。
今なら出せる。まごうことなき全力を。
客賓をもてなす正装は、少年ミトスの姿。初手の『タイムストップ』のための布石。
(やっぱり、最もリスクを低くして『タイムストップ』を撃つためには、ボクはこの姿でいるのが一番いい)
今から約24時間前、そして30時間前に立証された通り、
ミトスはいずれの姿を取ったままでも、己の体得している全ての術技を用いることが可能。
ミトスの姿のまま、『ユグドラシルレーザー』を放つことも。
ユグドラシルの姿のまま、『タイムストップ』を放つことも。
だが、やはり「力」に特化した術技を放つためにはユグドラシルの姿が…
「技」に特化した術技を放つためにはミトスの姿が、それぞれ最も適している。
(この期に及んで無理な力の行使をして、その反動でまた天使術が使えなくなったら、
それこそ目も当てられないからね)
無論天使術なしでも、ミトスがこの村を舞台に戦う限り、彼の優勢はまず覆らないだろう。
初手の『タイムストップ』。そしてそれに続く何らかの広域攻撃魔術。
常識的に考えて、まずこの二手だけでこの村の戦いは決着することに、異論を差し挟むものは存在するまい。
凍りついた時の中で炸裂する魔術が、無防備な犠牲者の急所を穿ち絶命させる。
単純だが、必勝必殺。
この村に自分以外の参加者が全員乗り込んできたなら、この二手で全ては終わる。
ミトスの優勝は確定する。
(だが、時空剣士クレスの手の内には、魔剣エターナルソードがある。
ボクの止まった時の世界に入門してくることは、十分想定しておいていいだろう。
更に、残存しているネレイドは、軍用攻撃魔法の一射すら完全に相殺した上で、
まだリッドを殺すほどの力を残していた。あいつの出鱈目なまでの魔力を以ってすれば、
『タイムストップ』の術式を強引に破壊して無効化するくらい…いや)
この二者には最初から『タイムストップ』が効かないことを前提にして、戦術を組み立てる。
そこまで慎重にリスクを計算しなければ、最悪わずか一撃で優劣逆転の憂き目を見る。
ただでさえ、この戦いには七割の勝率しか期待できないのだ。
本来ならば、この戦いには十割の勝率を見込まねばならないところを。
(そのためには、この贈り物はなかなかに有り難いところだね。
…劣悪種ごときがこのボクに一杯食わせた罪の贖(あがな)いには、遥かに足りないけれども)
ミトスの首で、六茫星の紋章が揺れた。
昨夜、あの劣悪種から受け取った、高速詠唱の紋・ミスティシンボル。
(これで乱戦がやりやすくなる)
ミトスは元来の強靭な『鋼体』と相まって、乱戦下でも上級魔術の詠唱をやり遂げるなどそう困難ではない。
ましてや、これがあれば。ミトスの術の行使に死角はない。
通常の剣技を繰り出す際の闘気の溜めの時間を一瞬とおけば…
ミスティシンボルを用いて繰り出す魔術の詠唱時間は二瞬と言ったところ。
すなわち剣の間合いですら、術の行使の阻止はほぼ何人にも不可能。
可能性があるとすれば、ミトスのあずかり知らぬ奥義『斬光時雨』や『驟雨双破斬』並みの連撃技。
(けれども…)
それでもまだ必勝には遥かに及ばない。
そもそも、客賓達に自ら戦いを挑むのは、それしか手がないときの最後の手。
ミトスは、かつて緑髪の少女が命を挺しての声を届けた鐘楼より、改めてこの村を見渡した。
初手のタイムストップに続き、数々の罠が張り巡らされたC3の村。
落とし穴、埋設された電流の針金、その他もろもろの死の罠。
先ほど落とし穴の下に槍ぶすまを用意したときは、魔力節約の観点から『アイスニードル』を用いた。
だが、先ほど村を一巡して罠の点検や補完を行った際、今度は『グレイブ』で槍ぶすまを作り直しておいた。
『グレイブ』による岩の槍は、『アイスニードル』のそれなどとは違い時間経過で溶けはしない。
少なくとも、この戦いが終わるまでの間は十二分の持続時間を見込める。
(…まあ、これだとせっかく噛ませ犬として招待するクレス達も、
無差別に巻き込んでしまうのが欠点かな。まあ、その時はその時だ)
どの道、クレスもロイドも始末せねばならない対象であることに変わりはないのだから。
一応ロイドは、コレットを人質としてエターナルソードの力を使わせることを想定に入れてはいる。
だが、クラトスから聞いた話だけでも、彼の意固地さの片鱗は伺えた。
彼の性格なら、ミトスの言うことを聞いてエターナルソードの力を行使するくらいなら、最悪自害の道を選ぶ…
やはりそれくらいの想定はしておいていいだろう。
ロイドにエターナルソードの力を使わせるという目論見が成れば、もっけの幸い程度に考えるべきである。
実姉復活の第一の条件が、ロイドを脅迫してのエターナルソードの強制使用。
そして第二の条件が…胡散臭いことこの上ないので、ミトスははなから信用していないが…
ミクトランの『優勝賞品』に頼ること。
このいずれかが成れば、ミトスにとっては全面勝利となる。
(実質上は、前者一択以外はありえないけどね。それにだ)
今見据えるべきは、今。遠い未来より、近い未来。
ミトスは思い直し、一つ己の金髪をかき上げた。
(さて、この戦いをもう一度だけシミュレートしてみようか)
ミトスは、鐘楼から村を一望し、もう何度目かも分からぬ策の再検討を開始する。
まずは、あれから追加した一枚目の札。
この村での戦いが本格的に始まったならば、村全体に『ディープミスト』をかけ、視界が劣悪な状況を作り出す。
救いの塔の地下を見れば分かる通り、ミトスはまた罠の敷設も得意とする。
本物の罠は可能な限り巧妙に隠蔽し、そしてわざと視認されやすいよう作った、ブラフの設置痕も作った。
虚実織り交ぜての、敵を錯乱するための心理作戦。
よって素人の目ではそうそう見破られぬ自身はあるが、
村のありあわせの道具と魔術で作った罠では、その品質には自ずと上限が見える。
また、残存勢力の中にはミズホの里の『忍者』のように、罠の発見を得意とする者もいるかも分からない。
その可能性を見越しての、『ディープミスト』。罠を見破る眼光を遮るための霧の煙幕。
『ディープミスト』による濃霧は、エルフの血の賜物である夜目や、エクスフィアで強化された眼力をも阻む魔術の霧。
無論『ディスペル』や風属性魔術の使い手がいれば破られる危険もあるが、それもまたよし。
もとより『ディープミスト』は牽制程度にしか考えていないし、
大なり小なり侵入者に魔力を消耗してもらえばそれ以上の釣果は期待しない。
『ディープミスト』による視界の悪化状態が持続すれば、それこそ御の字と言ったところか。
続いて、二枚目の札。
ミトスの目を、ちらほらと焼く輝き。村の民家の屋根から、白い光が届く。
(…こんなこそ泥じみた真似を、この期に及んでしなきゃならないとはね)
民家の屋根に設置したのは、すなわち鏡。針金同様、民家にあった鏡をありったけ持ち出し、設置したものである。
民家の屋根の鏡は、どれもこれもがある特別な角度に調整してある。
すなわち、この村の鐘楼から光を放てば、その光は村のめぼしい道に到達する角度に。
これこそ、『レイ』の曲射のための布石。
(ここから『レイ』を放てば、『レイ』の光線はあの鏡に反射されて、
やってきた侵入者は様々な射角から光線を受ける。侵入者を混乱させるには、打ってつけの策だ)
無論、鐘楼から直接村に出向いてきた敵を『レイ』で狙撃することも、一度は考えた。
だが、あえて鏡による反射を利用して『レイ』を曲射すると言う策を狙ったのは、いくつかの理由がある。
それでもまだ必勝には遥かに及ばない。
そもそも、客賓達に自ら戦いを挑むのは、それしか手がないときの最後の手。
ミトスは、かつて緑髪の少女が命を挺しての声を届けた鐘楼より、改めてこの村を見渡した。
初手のタイムストップに続き、数々の罠が張り巡らされたC3の村。
落とし穴、埋設された電流の針金、その他もろもろの死の罠。
先ほど落とし穴の下に槍ぶすまを用意したときは、魔力節約の観点から『アイスニードル』を用いた。
だが、先ほど村を一巡して罠の点検や補完を行った際、今度は『グレイブ』で槍ぶすまを作り直しておいた。
『グレイブ』による岩の槍は、『アイスニードル』のそれなどとは違い時間経過で溶けはしない。
少なくとも、この戦いが終わるまでの間は十二分の持続時間を見込める。
(…まあ、これだとせっかく噛ませ犬として招待するクレス達も、
無差別に巻き込んでしまうのが欠点かな。まあ、その時はその時だ)
どの道、クレスもロイドも始末せねばならない対象であることに変わりはないのだから。
一応ロイドは、コレットを人質としてエターナルソードの力を使わせることを想定に入れてはいる。
だが、クラトスから聞いた話だけでも、彼の意固地さの片鱗は伺えた。
彼の性格なら、ミトスの言うことを聞いてエターナルソードの力を行使するくらいなら、最悪自害の道を選ぶ…
やはりそれくらいの想定はしておいていいだろう。
ロイドにエターナルソードの力を使わせるという目論見が成れば、もっけの幸い程度に考えるべきである。
実姉復活の第一の条件が、ロイドを脅迫してのエターナルソードの強制使用。
そして第二の条件が…胡散臭いことこの上ないので、ミトスははなから信用していないが…
ミクトランの『優勝賞品』に頼ること。
このいずれかが成れば、ミトスにとっては全面勝利となる。
(実質上は、前者一択以外はありえないけどね。それにだ)
今見据えるべきは、今。遠い未来より、近い未来。
ミトスは思い直し、一つ己の金髪をかき上げた。
(さて、この戦いをもう一度だけシミュレートしてみようか)
ミトスは、鐘楼から村を一望し、もう何度目かも分からぬ策の再検討を開始する。
まずは、あれから追加した一枚目の札。
この村での戦いが本格的に始まったならば、村全体に『ディープミスト』をかけ、視界が劣悪な状況を作り出す。
救いの塔の地下を見れば分かる通り、ミトスはまた罠の敷設も得意とする。
本物の罠は可能な限り巧妙に隠蔽し、そしてわざと視認されやすいよう作った、ブラフの設置痕も作った。
虚実織り交ぜての、敵を錯乱するための心理作戦。
よって素人の目ではそうそう見破られぬ自身はあるが、
村のありあわせの道具と魔術で作った罠では、その品質には自ずと上限が見える。
また、残存勢力の中にはミズホの里の『忍者』のように、罠の発見を得意とする者もいるかも分からない。
その可能性を見越しての、『ディープミスト』。罠を見破る眼光を遮るための霧の煙幕。
『ディープミスト』による濃霧は、エルフの血の賜物である夜目や、エクスフィアで強化された眼力をも阻む魔術の霧。
無論『ディスペル』や風属性魔術の使い手がいれば破られる危険もあるが、それもまたよし。
もとより『ディープミスト』は牽制程度にしか考えていないし、
大なり小なり侵入者に魔力を消耗してもらえばそれ以上の釣果は期待しない。
『ディープミスト』による視界の悪化状態が持続すれば、それこそ御の字と言ったところか。
続いて、二枚目の札。
ミトスの目を、ちらほらと焼く輝き。村の民家の屋根から、白い光が届く。
(…こんなこそ泥じみた真似を、この期に及んでしなきゃならないとはね)
民家の屋根に設置したのは、すなわち鏡。針金同様、民家にあった鏡をありったけ持ち出し、設置したものである。
民家の屋根の鏡は、どれもこれもがある特別な角度に調整してある。
すなわち、この村の鐘楼から光を放てば、その光は村のめぼしい道に到達する角度に。
これこそ、『レイ』の曲射のための布石。
(ここから『レイ』を放てば、『レイ』の光線はあの鏡に反射されて、
やってきた侵入者は様々な射角から光線を受ける。侵入者を混乱させるには、打ってつけの策だ)
無論、鐘楼から直接村に出向いてきた敵を『レイ』で狙撃することも、一度は考えた。
だが、あえて鏡による反射を利用して『レイ』を曲射すると言う策を狙ったのは、いくつかの理由がある。
(ボクはあの愚劣な同族である、デミテルとやらと同じ失態は犯さない。
魔術の射線から、自らの居場所を悟られるような愚はね)
ティトレイから昨晩聞いた、E3の顛末。
すなわち『サウザンドブレイバー』の射角でデミテルは居場所を悟られ、そして足元を掬われたという惨めな最期。
彼は『サウザンドブレイバー』の弱点を過小評価し、慢心でその身を滅ぼしたのだ。
鐘楼から直接『レイ』を撃てば、それと同じ轍を踏みかねない。
(更に、色々な射角からの攻撃の方が、敵を浮き足立たせる効果も大きいしね。
村の引き出しに入っているような安物の鏡じゃ、一回『レイ』を反射させたら粉微塵だろうから、
どの鏡も使い捨てだけれど。
まあ、鏡が壊れるということは、相手に『レイ』の反射軌道を推理する材料を与えないということだから、
あながち下策でもない。
そもそも、この異常な魔力場では『ディープミスト』と『レイ』の相性は評価できない。
下手をすれば『ディープミスト』の濃霧で、『レイ』の光線の威力が減衰してしまう可能性もある)
ゆえに、これもまた必殺の策としての期待はしない。これで排除できる侵入者は、精々が数名と言ったところだろう。
それにこれ以外にも、村には様々な仕掛けを施してある。この罠で侵入者を殺(と)れなくとも、問題はない。
この村での戦いの主力となる札は、やはりこの二枚。
『タイムストップ』から『ジャッジメント』などへの連撃。
『イノセント・ゼロ』による侵入者の弱体化。
しかしそれらすらも、侵入者から『サイレンス』あたりを受ければ、ただの屑札となる。
原則魔術は目標を視認出来ねば、「大雑把にしか」狙いはつけられないという弱点も知っている。
それを利用して、可能な限り侵入者の死角からの攻撃は心がけるつもりだが、
攻め手側に、気配で敵の居場所を知ることの出来る手練がいる可能性も、否定は出来まい。
(まあ、『サイレンス』は受ける前にこちらから見舞ってやるつもりではいるけどね。
もし『サイレンス』を受けたら、魔術を頼りにした攻め手の全てが、屑札に成り下がる)
無論ミトスは魔術を封じられようと、クラトス直伝の種々の剣技という札はある。
また自ら編み出した光属性の剣技、『光星震宙斬撃』の冴えも並みの剣士とは次元が違う。
だが、魔術を封じられればその分必勝の布陣から身は遠のく。
可能な限り、『サイレンス』による先制攻撃を被ることは避けねばなるまい。
(そして…心配な点が二つ。
目下のところ想定しうる範囲内で、こちらを問答無用で『詰み』に追い込む攻め手側の切り札は二枚ある)
一つには、昨夜のE2の城での一件のような過剰殲滅。
この村に何者かが昨夜の『サウザンドブレイバー』のような、軍用攻撃魔術級の超大火力魔術を撃ち込んだ場合。
C3の村を丸ごと灰燼に帰するような桁外れの火力を攻め手側が用いたら、『タイムストップ』も罠もあったものではない。
そんな小細工など、C3の村ごと粉微塵に破砕される。『剛よく柔を断つ』式に、目論見は全て瓦解する。
そして、それだけの大火力を行使できる筆頭候補は、今現在のところまだこの島の生存競争を生き延びている。
『サウザンドブレイバー』を真っ向から相殺できるだけのエネルギーを、昨夜発揮したメルディが。
(リッド達の言うところの…『闇の極光術』だか『フィブリル』だか、ってやつだったかな。
万一あれをこの村に撃ち込まれたなら、それこそ一大事だ。
無論ボクには『粋護陣』があるし、その手の広域殲滅魔法はマナの指向性が皆無。
だから、破壊力を一点集束させて標的を確実に葬るような、細かい芸当は不可能。
直撃さえしなければ、辛うじてではあるが生き延びる自信はある。
だが…)
考えたくはないが、相手がそんな超大火力魔術を連射できるような化け物だったら。
その時は、もうチェスを打つかのごとき繊細な戦術など、弄するだけ無駄。
チェスの盤面そのものを破壊するような化け物に、チェスのルール下での勝負を挑むなど笑劇の題目にもなるまい。
(…まあその可能性は、低いと言えるけどね)
一応、ミトスは自らの懸念にそう注釈を入れる。
メルディがそんな超大火力の攻撃を平然と乱射できるなら、今頃このゲームはゲームとして成立していないだろう。
一方的な虐殺…処刑の舞台に成り下がっているだけだ。
それに昨日の午後から、自らの行動圏とメルディの行動圏はある程度一致しているという考察は、朝の内に行った通り。
メルディが行く先々で破壊の応酬を見舞っていたら、さすがに自らの索敵網にかからぬはずもない。
魔術の射線から、自らの居場所を悟られるような愚はね)
ティトレイから昨晩聞いた、E3の顛末。
すなわち『サウザンドブレイバー』の射角でデミテルは居場所を悟られ、そして足元を掬われたという惨めな最期。
彼は『サウザンドブレイバー』の弱点を過小評価し、慢心でその身を滅ぼしたのだ。
鐘楼から直接『レイ』を撃てば、それと同じ轍を踏みかねない。
(更に、色々な射角からの攻撃の方が、敵を浮き足立たせる効果も大きいしね。
村の引き出しに入っているような安物の鏡じゃ、一回『レイ』を反射させたら粉微塵だろうから、
どの鏡も使い捨てだけれど。
まあ、鏡が壊れるということは、相手に『レイ』の反射軌道を推理する材料を与えないということだから、
あながち下策でもない。
そもそも、この異常な魔力場では『ディープミスト』と『レイ』の相性は評価できない。
下手をすれば『ディープミスト』の濃霧で、『レイ』の光線の威力が減衰してしまう可能性もある)
ゆえに、これもまた必殺の策としての期待はしない。これで排除できる侵入者は、精々が数名と言ったところだろう。
それにこれ以外にも、村には様々な仕掛けを施してある。この罠で侵入者を殺(と)れなくとも、問題はない。
この村での戦いの主力となる札は、やはりこの二枚。
『タイムストップ』から『ジャッジメント』などへの連撃。
『イノセント・ゼロ』による侵入者の弱体化。
しかしそれらすらも、侵入者から『サイレンス』あたりを受ければ、ただの屑札となる。
原則魔術は目標を視認出来ねば、「大雑把にしか」狙いはつけられないという弱点も知っている。
それを利用して、可能な限り侵入者の死角からの攻撃は心がけるつもりだが、
攻め手側に、気配で敵の居場所を知ることの出来る手練がいる可能性も、否定は出来まい。
(まあ、『サイレンス』は受ける前にこちらから見舞ってやるつもりではいるけどね。
もし『サイレンス』を受けたら、魔術を頼りにした攻め手の全てが、屑札に成り下がる)
無論ミトスは魔術を封じられようと、クラトス直伝の種々の剣技という札はある。
また自ら編み出した光属性の剣技、『光星震宙斬撃』の冴えも並みの剣士とは次元が違う。
だが、魔術を封じられればその分必勝の布陣から身は遠のく。
可能な限り、『サイレンス』による先制攻撃を被ることは避けねばなるまい。
(そして…心配な点が二つ。
目下のところ想定しうる範囲内で、こちらを問答無用で『詰み』に追い込む攻め手側の切り札は二枚ある)
一つには、昨夜のE2の城での一件のような過剰殲滅。
この村に何者かが昨夜の『サウザンドブレイバー』のような、軍用攻撃魔術級の超大火力魔術を撃ち込んだ場合。
C3の村を丸ごと灰燼に帰するような桁外れの火力を攻め手側が用いたら、『タイムストップ』も罠もあったものではない。
そんな小細工など、C3の村ごと粉微塵に破砕される。『剛よく柔を断つ』式に、目論見は全て瓦解する。
そして、それだけの大火力を行使できる筆頭候補は、今現在のところまだこの島の生存競争を生き延びている。
『サウザンドブレイバー』を真っ向から相殺できるだけのエネルギーを、昨夜発揮したメルディが。
(リッド達の言うところの…『闇の極光術』だか『フィブリル』だか、ってやつだったかな。
万一あれをこの村に撃ち込まれたなら、それこそ一大事だ。
無論ボクには『粋護陣』があるし、その手の広域殲滅魔法はマナの指向性が皆無。
だから、破壊力を一点集束させて標的を確実に葬るような、細かい芸当は不可能。
直撃さえしなければ、辛うじてではあるが生き延びる自信はある。
だが…)
考えたくはないが、相手がそんな超大火力魔術を連射できるような化け物だったら。
その時は、もうチェスを打つかのごとき繊細な戦術など、弄するだけ無駄。
チェスの盤面そのものを破壊するような化け物に、チェスのルール下での勝負を挑むなど笑劇の題目にもなるまい。
(…まあその可能性は、低いと言えるけどね)
一応、ミトスは自らの懸念にそう注釈を入れる。
メルディがそんな超大火力の攻撃を平然と乱射できるなら、今頃このゲームはゲームとして成立していないだろう。
一方的な虐殺…処刑の舞台に成り下がっているだけだ。
それに昨日の午後から、自らの行動圏とメルディの行動圏はある程度一致しているという考察は、朝の内に行った通り。
メルディが行く先々で破壊の応酬を見舞っていたら、さすがに自らの索敵網にかからぬはずもない。
もちろんそんな真似が出来るのに、あえて敵の戦術的撤退の誘発を防ぐなどの理由で、
メルディが札を切るのをためらっているなどの可能性もある。
案外正気に戻ったふりをして、あの甘ちゃん達の寝首を掻く隙を狙っているのかもしれない。
圧倒的な力を持った上でも、あえて小細工で保険をかけるのは、決して戦術的に考えて間違いではないのだ。
そもそも、自身がその闇の極光とやらの発現の瞬間を目撃したわけではないが…
たとえメルディがネレイドなる神の力を手に入れたとしても、ティトレイに聞かされたほどの力を行使すれば、
媒体であるメルディの肉体への負担は桁外れになるだろう。
ネレイドが誰にでも憑依出来るなら、媒体を「使い潰す」可能性もなくはないが、
昨日この村で漏れ聞いたリッドらの話によると、その可能性はほぼ皆無らしい。
とにかく、闇の極光術の乱射と言う自体はまず埒外としていい。
百歩譲って本当に何者かがこの村に対し、そんな力押しの過剰殲滅を試みてきたなら、無理に抵抗はしないほうが上策。
『粋護陣』で初撃に耐え、混乱に乗じ戦術的撤退。のちに逆襲の機会をうかがうのが、妥当な打ち方であろう。
禁止エリアによる封殺という時間制限は確かに存在するが、どの道完全封殺には最短でも3日の時間を要する。
これだけの時間があれば、万一この村の策を全て粉砕されようと、十分形勢の建て直しは可能だろう。
(そして、次の懸念は…)
シャーリィ。
先刻ミントが触れていた、あの蝶が帯びていた力。間違いなく、シャーリィの固有マナ。
あの蝶は1日目…シャーリィが狂気に堕ちる前に、彼女自身が話してくれていた。
あれは『テルクェス』という、いわば意志を持たない使い魔のようなものらしい。
漠然とではあるが、テルクェスを放てば周囲のものを感知し、その精度はテルクェスがものに触れた瞬間、最大になる。
あれの存在に気付いた瞬間は、思い出しても胃の底が冷たくなる。
(まさか、あいつがテルクェスを偵察に使い始めたなんて、とんでもない計算外だった…!)
そして、シャーリィがテルクェスを使い出したということは、ミトスに一つの恐るべき事実を告げていた。
シャーリィは「エクスフィギュアでありながら」、偵察・索敵などという高度な戦術を見せてくれた。
すなわち、「シャーリィはエクスフィギュアでありながらも知性を保っている」、という事実を。
ミトスはエンジェルス計画の中核に携わってきたことには、今更説明の必要はない。
すなわち、その副産物であるエクスフィギュアについても無論知識はある。
本来、エクスフィギュア化した人間は完全に本能の赴くままに暴れる、知性皆無の怪物に変貌する。
だがシャーリィはどういうわけか、エクスフィギュアの肉体と知性を同時に維持している。
4000年間の中で、ただ一つも見られなかった「例外」が、そこにあった。
しく、とミトスの「そこ」が痛む。
(まさか…あの女!)
代謝活動が停止したはずのミトスの背に、脂汗が一筋流れるような錯覚が起こる。
それともシャーリィは、自力でエクスフィアの毒素に対する免疫を得たとでも言うのか。
エクスフィギュア化した肉体を再び人間のそれに戻して、同時に理性を取り戻したとでも言うのか。
ありえない。
4000年間のエクスフィアの研究は揃いも揃って、人間がエクスフィアの毒素への免疫を得るなど不可能と示唆している。
(けれども…)
ミトスは、2日目朝のあの事件を思い出す。
シャーリィは、ミトスの持つ術技の中で最大級の威力を持つ『ユグドラシルレーザー』…
そしてダオスの放つ『ダオスレーザー』…
これら二者を同時に撃ち放つU・アタック、『ダブルカーラーン・レーザー』の直撃にすら耐えたのだ。
本来ならば、髪の毛一本、血の一滴も残さず消滅していなければおかしいはずなのに。
たとえ『EXスキル』を防御特化型にカスタマイズし、『バリアー』や『フリントプロテクト』などをかけ、
その上から『フォースフィールド』を重ねても、あれが直撃したらどんな英雄も耐えられない。
耐えられない、はずなのに。
ミトスは、無意識のうちに己の股間に手をやった。
恐怖。ミトスの目に揺れる感情は、それ以外適切な名を持つまい。
(ボクは…あんな劣悪種の女1人ごときに怯えているのか?)
シャーリィは厳密には人間ではなく水の民という種族らしいが、ミトスにとっては所詮十把一絡げの劣悪種。
そんな相手に、自分が怯えている…怯えてるというのか?
否定できる材料はなかった。
メルディが札を切るのをためらっているなどの可能性もある。
案外正気に戻ったふりをして、あの甘ちゃん達の寝首を掻く隙を狙っているのかもしれない。
圧倒的な力を持った上でも、あえて小細工で保険をかけるのは、決して戦術的に考えて間違いではないのだ。
そもそも、自身がその闇の極光とやらの発現の瞬間を目撃したわけではないが…
たとえメルディがネレイドなる神の力を手に入れたとしても、ティトレイに聞かされたほどの力を行使すれば、
媒体であるメルディの肉体への負担は桁外れになるだろう。
ネレイドが誰にでも憑依出来るなら、媒体を「使い潰す」可能性もなくはないが、
昨日この村で漏れ聞いたリッドらの話によると、その可能性はほぼ皆無らしい。
とにかく、闇の極光術の乱射と言う自体はまず埒外としていい。
百歩譲って本当に何者かがこの村に対し、そんな力押しの過剰殲滅を試みてきたなら、無理に抵抗はしないほうが上策。
『粋護陣』で初撃に耐え、混乱に乗じ戦術的撤退。のちに逆襲の機会をうかがうのが、妥当な打ち方であろう。
禁止エリアによる封殺という時間制限は確かに存在するが、どの道完全封殺には最短でも3日の時間を要する。
これだけの時間があれば、万一この村の策を全て粉砕されようと、十分形勢の建て直しは可能だろう。
(そして、次の懸念は…)
シャーリィ。
先刻ミントが触れていた、あの蝶が帯びていた力。間違いなく、シャーリィの固有マナ。
あの蝶は1日目…シャーリィが狂気に堕ちる前に、彼女自身が話してくれていた。
あれは『テルクェス』という、いわば意志を持たない使い魔のようなものらしい。
漠然とではあるが、テルクェスを放てば周囲のものを感知し、その精度はテルクェスがものに触れた瞬間、最大になる。
あれの存在に気付いた瞬間は、思い出しても胃の底が冷たくなる。
(まさか、あいつがテルクェスを偵察に使い始めたなんて、とんでもない計算外だった…!)
そして、シャーリィがテルクェスを使い出したということは、ミトスに一つの恐るべき事実を告げていた。
シャーリィは「エクスフィギュアでありながら」、偵察・索敵などという高度な戦術を見せてくれた。
すなわち、「シャーリィはエクスフィギュアでありながらも知性を保っている」、という事実を。
ミトスはエンジェルス計画の中核に携わってきたことには、今更説明の必要はない。
すなわち、その副産物であるエクスフィギュアについても無論知識はある。
本来、エクスフィギュア化した人間は完全に本能の赴くままに暴れる、知性皆無の怪物に変貌する。
だがシャーリィはどういうわけか、エクスフィギュアの肉体と知性を同時に維持している。
4000年間の中で、ただ一つも見られなかった「例外」が、そこにあった。
しく、とミトスの「そこ」が痛む。
(まさか…あの女!)
代謝活動が停止したはずのミトスの背に、脂汗が一筋流れるような錯覚が起こる。
それともシャーリィは、自力でエクスフィアの毒素に対する免疫を得たとでも言うのか。
エクスフィギュア化した肉体を再び人間のそれに戻して、同時に理性を取り戻したとでも言うのか。
ありえない。
4000年間のエクスフィアの研究は揃いも揃って、人間がエクスフィアの毒素への免疫を得るなど不可能と示唆している。
(けれども…)
ミトスは、2日目朝のあの事件を思い出す。
シャーリィは、ミトスの持つ術技の中で最大級の威力を持つ『ユグドラシルレーザー』…
そしてダオスの放つ『ダオスレーザー』…
これら二者を同時に撃ち放つU・アタック、『ダブルカーラーン・レーザー』の直撃にすら耐えたのだ。
本来ならば、髪の毛一本、血の一滴も残さず消滅していなければおかしいはずなのに。
たとえ『EXスキル』を防御特化型にカスタマイズし、『バリアー』や『フリントプロテクト』などをかけ、
その上から『フォースフィールド』を重ねても、あれが直撃したらどんな英雄も耐えられない。
耐えられない、はずなのに。
ミトスは、無意識のうちに己の股間に手をやった。
恐怖。ミトスの目に揺れる感情は、それ以外適切な名を持つまい。
(ボクは…あんな劣悪種の女1人ごときに怯えているのか?)
シャーリィは厳密には人間ではなく水の民という種族らしいが、ミトスにとっては所詮十把一絡げの劣悪種。
そんな相手に、自分が怯えている…怯えてるというのか?
否定できる材料はなかった。
テルクェス発見後、悪態交じりに行った簡易な索敵に、シャーリィは引っかからなかったのに。
それでもまだ、シャーリィはこの村の近くで虎視眈々牙を研いでいるのではないか。
半ば偏執的なまでのその警戒心を、どうやっても理性で抑え切れない。
テルクェスを発見した直後、ミトスはあえて隙だらけの様相を装って、村の周りを何度か回ってみた。
無論、EXスキル『スペルチャージ』を併用し『タイムストップ』をいつでも発動できる状態のまま。
シャーリィから聞いた話では、テルクェスは相当な遠距離まで飛ばすことが出来るらしい。
今シャーリィがどこにいるのかはミトスには分かりかねるが、
隙だらけを装い村の周りを回る「釣り」に、シャーリィが引っかからなかったことだけは事実。
即座には攻め込めないような遠距離にいるのか、それとも「釣り」に乗らずに機会を窺っているのか。
ミトスはおそらく、前者であろうと推理した。
時が経てば、確かにこの村は最高の「狩り場」になるだろう。
そしてマーダーであるシャーリィにとっては、この村が「狩り場」と化してから攻め込む方が、間違いなく上策。
だが、それはこの村が近々「狩り場」になるという事実を知っていなければ、出来ない判断。
そしてこの村が「狩り場」になると知悉している者は、今のところティトレイとあの忌々しい殺人剣士のみ。
ミトスはそれ以外の人間にその事実を知らせていない。
もしシャーリィが独力でその事実を知ったとするなら、この村に自ら偵察に入った以外考えられない。
テルクェスでは、そもそも視覚ではなく「漠然とした気配」しか知ることは出来ないと彼女から聞いたし、
よってテルクェスはこの村に派遣された「密偵」としての資格は不十分。
すなわち、この村の行く末について、確たる情報を持たぬ彼女は、「釣り」にかからないはずがないのだ。
だが、それでもミトスの疑念は晴れなかった。
こちらにだって、一切他者には明かしていない切り札は何枚かある。
シャーリィが『EXスキル』を体得し、テルクェスから視覚的情報を得られるようになったかもしれない。
その危険性を否定できる証拠は、どこにもない。
ミトスは、どうしてもその可能性を否定しきれない。
今この瞬間も、振り返ってみればシャーリィがあの血走った目で、マシンガンを構えているかも知れない。
トーマ、リオン、プリムラ、シャーリィ、メルディ。
いまだ戦力評価の出来ない面々も合わせれば、残る参加者の1/3も、策をひっくり返しかねない危険人物がいる。
特に、リオンからは血なまぐさい狂気を窺えた。
特に、メルディからは暴力的なまでの大魔力を感じた。
特に、シャーリィからは背筋が凍るような恐怖を見た。
(とにかくこいつら3人は、ボクも実際にその力を見て把握している。
こいつらへのマークは、厳しくしなければならない。
おまけに、プリムラとトーマとか言う牛人間…
ボクの手持ちの情報では戦力を評価できない、不確定要素も存在する。
この状況…勝率七割でも、かなり楽観的な計算かもしれないな)
今後の戦いに確たる絵を描けないこの状況。ミトスは、眉間に皺を寄せた。
折りしも、時は正午の半刻前。
ミトスは半ば無意識のうちに、『サイレンス』の解呪の詠唱を始めていた。
今出来ることは、とにかく可能な限りの布石を用意すること。
勝利の女神を振り向かせるための、最善の努力を行うこと。
結びの句を唱えたミトスの横顔は、祈りを捧げる無垢な少年そのものであった。
その祈りは、ただ盲目の祈りではあったけれども。
(さて、あの劣悪種はどんな手に出てくるやら…
器に見張りをやらせている以上、自害などという道はゆめ選ぶまいととは思うけど…)
ミトスが俯き、ミントを監禁した民家を見やる。
刹那。
砂時計の、音が消えた。
砂が、まるで見えない鋲で空中に止められたかのように、ぴたりと動きを止める。
砂の滝の止め絵が、そこにはあった。
ミトスは、絶句した。
やはりエターナルソードを、あの時強引に奪っておけば。
エターナルソードの加護なき今、自らにこれを防ぐことはできない。
灰色の空間が、ミトスの驚愕の表情をたちどころに呑み込み去った。
早くも己は、失策を犯した――。
灰色の空間は、そしてそのミトスの後悔の念をも、凍りつかせる。
『サイレンス』によりもたらされる静寂とはまた異なった静けさが、世界を包み込んだ。
それでもまだ、シャーリィはこの村の近くで虎視眈々牙を研いでいるのではないか。
半ば偏執的なまでのその警戒心を、どうやっても理性で抑え切れない。
テルクェスを発見した直後、ミトスはあえて隙だらけの様相を装って、村の周りを何度か回ってみた。
無論、EXスキル『スペルチャージ』を併用し『タイムストップ』をいつでも発動できる状態のまま。
シャーリィから聞いた話では、テルクェスは相当な遠距離まで飛ばすことが出来るらしい。
今シャーリィがどこにいるのかはミトスには分かりかねるが、
隙だらけを装い村の周りを回る「釣り」に、シャーリィが引っかからなかったことだけは事実。
即座には攻め込めないような遠距離にいるのか、それとも「釣り」に乗らずに機会を窺っているのか。
ミトスはおそらく、前者であろうと推理した。
時が経てば、確かにこの村は最高の「狩り場」になるだろう。
そしてマーダーであるシャーリィにとっては、この村が「狩り場」と化してから攻め込む方が、間違いなく上策。
だが、それはこの村が近々「狩り場」になるという事実を知っていなければ、出来ない判断。
そしてこの村が「狩り場」になると知悉している者は、今のところティトレイとあの忌々しい殺人剣士のみ。
ミトスはそれ以外の人間にその事実を知らせていない。
もしシャーリィが独力でその事実を知ったとするなら、この村に自ら偵察に入った以外考えられない。
テルクェスでは、そもそも視覚ではなく「漠然とした気配」しか知ることは出来ないと彼女から聞いたし、
よってテルクェスはこの村に派遣された「密偵」としての資格は不十分。
すなわち、この村の行く末について、確たる情報を持たぬ彼女は、「釣り」にかからないはずがないのだ。
だが、それでもミトスの疑念は晴れなかった。
こちらにだって、一切他者には明かしていない切り札は何枚かある。
シャーリィが『EXスキル』を体得し、テルクェスから視覚的情報を得られるようになったかもしれない。
その危険性を否定できる証拠は、どこにもない。
ミトスは、どうしてもその可能性を否定しきれない。
今この瞬間も、振り返ってみればシャーリィがあの血走った目で、マシンガンを構えているかも知れない。
トーマ、リオン、プリムラ、シャーリィ、メルディ。
いまだ戦力評価の出来ない面々も合わせれば、残る参加者の1/3も、策をひっくり返しかねない危険人物がいる。
特に、リオンからは血なまぐさい狂気を窺えた。
特に、メルディからは暴力的なまでの大魔力を感じた。
特に、シャーリィからは背筋が凍るような恐怖を見た。
(とにかくこいつら3人は、ボクも実際にその力を見て把握している。
こいつらへのマークは、厳しくしなければならない。
おまけに、プリムラとトーマとか言う牛人間…
ボクの手持ちの情報では戦力を評価できない、不確定要素も存在する。
この状況…勝率七割でも、かなり楽観的な計算かもしれないな)
今後の戦いに確たる絵を描けないこの状況。ミトスは、眉間に皺を寄せた。
折りしも、時は正午の半刻前。
ミトスは半ば無意識のうちに、『サイレンス』の解呪の詠唱を始めていた。
今出来ることは、とにかく可能な限りの布石を用意すること。
勝利の女神を振り向かせるための、最善の努力を行うこと。
結びの句を唱えたミトスの横顔は、祈りを捧げる無垢な少年そのものであった。
その祈りは、ただ盲目の祈りではあったけれども。
(さて、あの劣悪種はどんな手に出てくるやら…
器に見張りをやらせている以上、自害などという道はゆめ選ぶまいととは思うけど…)
ミトスが俯き、ミントを監禁した民家を見やる。
刹那。
砂時計の、音が消えた。
砂が、まるで見えない鋲で空中に止められたかのように、ぴたりと動きを止める。
砂の滝の止め絵が、そこにはあった。
ミトスは、絶句した。
やはりエターナルソードを、あの時強引に奪っておけば。
エターナルソードの加護なき今、自らにこれを防ぐことはできない。
灰色の空間が、ミトスの驚愕の表情をたちどころに呑み込み去った。
早くも己は、失策を犯した――。
灰色の空間は、そしてそのミトスの後悔の念をも、凍りつかせる。
『サイレンス』によりもたらされる静寂とはまた異なった静けさが、世界を包み込んだ。
―
やがて、その時は来た。
静寂の帳が、消え去った。
聾の患者が突然聴覚を取り戻したかのように、暗黒の世界に音が溢れた。
自らの息遣いの音。
今まで身を横たえていたベッドから、身を下ろす時の軋み。
床を踏みしめる己の、控えめな足跡。
解けた。ミトスの『サイレンス』が。
正午の半刻前。約束の10分間が来たのだ。
「クレス…さん……」
ミントは、試しに己が愛する者の名を呼び、もう一度確かめる。
問題ない。世界は音で満ちている。
音のある世界が、これほどに素晴らしかったとは。
音のありがたみを、17年の生涯の中で一番強く噛み締めた瞬間だった。
そして、『サイレンス』が肉体の魔脈にもたらす、あの絡みつくような不快感も消滅している。
すなわちこの10分のみ、ミントは法術の使用を許される。
ミトスに究極の選択を迫られ、そして部屋の中で針金を見つけて以降、自らを半ば無理やりに寝かしつけたのはこのため。
確かに朝の『チャージ』の強要で、ミントの法力は尽きていた。
だが、こうして睡眠をとれば、法力は再び蘇る。
ミントはミトスの口の端々から、それを聞き取っていた。
ミトスの傲岸。ミトスの慢心。
ミトスはミントに執拗な身体検査を行い、コレットを見張りに立たせ、更に家の外から窓を塞いだまでは良かった。
だが、そこまででミトスの警戒は終わり。
それだけで抵抗力を奪い切ったと油断したがゆえに、「その可能性」をこうして見失っていたのだ。
すなわち、自身が即座に眠りにつき法力を回復させた上で、『サイレンス』の解かれる10分間を狙い一矢報いる可能性を。
そしてミントはその慢心を突き、この一撃を繰り出す。
ミントは、纏った白の法衣のポケットの中に、握り締めた針金をしまう。
そして新たに手につかむは、今まで寝ていたベッドのシーツ。
古典的な手段だが、やってみる。
ミントは、大きく息を吸い込んだ。
舌を震わせ、それを始める。
法術の、詠唱。
だん、と床を蹴る音が、それに唱和するかのごとく続いた。足音の主は、コレット。
コレットが「自殺しないように監視してろ」とミトスから命ぜられたからには、おそらくこう来る。
法術の詠唱を始めたからには、その正体が何であれ妨害にかかるであろうことは。
ましてやミントはミトスと違い、『鋼体』を持たないのだ。接近されれば、ひとたまりもない。
それはミントの読み通り。
ミントは、全精神力を法術の行使に、全神経を聴覚に集中させ彼我の間合いをはかる。
この距離、足音。あわよくば牽制なしで間に合ってくれれば良かったが、やはり時間が足りない。間合いが近すぎる。
だが、それもまたミントは心得ている。
ミントは、すかさずその法術の詠唱を中断した。
握り締めるは、ベッドのシーツ。
「これを…!!」
ミントは、足音のした方向に、全力でベッドのシーツを投げた。
ぶわ、とコレットがその身を、シーツに包まれ動きを阻まれる。
ミントのすぐ隣、歩幅にして一歩のところに、コレットはつんのめり倒れこむ。
ミントはそれを確認するや、法術の詠唱を再開。
『EXスキル』を持たぬ彼女は、法術詠唱の中途再開などという真似は出来ない。実質的には一からのやり直しになる。
だが、法術師としてのミントの実力を侮るなかれ。いみじくも時空の六英雄に列席する彼女の腕前を。
「初手の札」を切るための、一手分の時間は、稼げた。
「お願い…届いて!!」
ミントは祈るように言いながら、シーツの中でもがくコレットに、手を触れた。
コレットの居場所は、目が見えなくとも分かる。
シーツを取ろうと暴れるその手足が、ばたばたと床を叩き一目瞭然…否、一聴瞭然とでも言うべきか。
そして、魔術や法術は対象を視認できなければ、「大雑把にしか」狙いをつけられぬのは先述の通り。
だが、その例外はいくつかある。そして、今こそその例外の最たる例。
目標の体に、じかに触れている場合。すなわち、零距離での法術の行使。
静寂の帳が、消え去った。
聾の患者が突然聴覚を取り戻したかのように、暗黒の世界に音が溢れた。
自らの息遣いの音。
今まで身を横たえていたベッドから、身を下ろす時の軋み。
床を踏みしめる己の、控えめな足跡。
解けた。ミトスの『サイレンス』が。
正午の半刻前。約束の10分間が来たのだ。
「クレス…さん……」
ミントは、試しに己が愛する者の名を呼び、もう一度確かめる。
問題ない。世界は音で満ちている。
音のある世界が、これほどに素晴らしかったとは。
音のありがたみを、17年の生涯の中で一番強く噛み締めた瞬間だった。
そして、『サイレンス』が肉体の魔脈にもたらす、あの絡みつくような不快感も消滅している。
すなわちこの10分のみ、ミントは法術の使用を許される。
ミトスに究極の選択を迫られ、そして部屋の中で針金を見つけて以降、自らを半ば無理やりに寝かしつけたのはこのため。
確かに朝の『チャージ』の強要で、ミントの法力は尽きていた。
だが、こうして睡眠をとれば、法力は再び蘇る。
ミントはミトスの口の端々から、それを聞き取っていた。
ミトスの傲岸。ミトスの慢心。
ミトスはミントに執拗な身体検査を行い、コレットを見張りに立たせ、更に家の外から窓を塞いだまでは良かった。
だが、そこまででミトスの警戒は終わり。
それだけで抵抗力を奪い切ったと油断したがゆえに、「その可能性」をこうして見失っていたのだ。
すなわち、自身が即座に眠りにつき法力を回復させた上で、『サイレンス』の解かれる10分間を狙い一矢報いる可能性を。
そしてミントはその慢心を突き、この一撃を繰り出す。
ミントは、纏った白の法衣のポケットの中に、握り締めた針金をしまう。
そして新たに手につかむは、今まで寝ていたベッドのシーツ。
古典的な手段だが、やってみる。
ミントは、大きく息を吸い込んだ。
舌を震わせ、それを始める。
法術の、詠唱。
だん、と床を蹴る音が、それに唱和するかのごとく続いた。足音の主は、コレット。
コレットが「自殺しないように監視してろ」とミトスから命ぜられたからには、おそらくこう来る。
法術の詠唱を始めたからには、その正体が何であれ妨害にかかるであろうことは。
ましてやミントはミトスと違い、『鋼体』を持たないのだ。接近されれば、ひとたまりもない。
それはミントの読み通り。
ミントは、全精神力を法術の行使に、全神経を聴覚に集中させ彼我の間合いをはかる。
この距離、足音。あわよくば牽制なしで間に合ってくれれば良かったが、やはり時間が足りない。間合いが近すぎる。
だが、それもまたミントは心得ている。
ミントは、すかさずその法術の詠唱を中断した。
握り締めるは、ベッドのシーツ。
「これを…!!」
ミントは、足音のした方向に、全力でベッドのシーツを投げた。
ぶわ、とコレットがその身を、シーツに包まれ動きを阻まれる。
ミントのすぐ隣、歩幅にして一歩のところに、コレットはつんのめり倒れこむ。
ミントはそれを確認するや、法術の詠唱を再開。
『EXスキル』を持たぬ彼女は、法術詠唱の中途再開などという真似は出来ない。実質的には一からのやり直しになる。
だが、法術師としてのミントの実力を侮るなかれ。いみじくも時空の六英雄に列席する彼女の腕前を。
「初手の札」を切るための、一手分の時間は、稼げた。
「お願い…届いて!!」
ミントは祈るように言いながら、シーツの中でもがくコレットに、手を触れた。
コレットの居場所は、目が見えなくとも分かる。
シーツを取ろうと暴れるその手足が、ばたばたと床を叩き一目瞭然…否、一聴瞭然とでも言うべきか。
そして、魔術や法術は対象を視認できなければ、「大雑把にしか」狙いをつけられぬのは先述の通り。
だが、その例外はいくつかある。そして、今こそその例外の最たる例。
目標の体に、じかに触れている場合。すなわち、零距離での法術の行使。
「『ピコハン』!!」
コレットの頭部を、被ったシーツ越しに法術の槌が叩いた。
成功。
ミントはすかさず、コレットと大きく間合いを離した。
「初手の札」は、無事に切れた。だが、正念場はここから。
「あの札」を切るための、六手。
ミトスの策を打ち破るための、六手。
失敗は、許されない。
ミントは、すかさず呪を紡ぎ出した。
一手目。
ミントは、喉を震わせ呼びかける。
コレットは、『ピコハン』の影響でか、どう、という音と共に体を投げ出した。
二手目。
ミントは、両の手で印を結ぶ。
コレットは、まだ動けない。
三手目。
ミントは、虚空に紋を刻み付ける。
コレットは、はたと意識を肉体に呼び戻す。
四手目。
ミントは、ありったけの法力を呼び起こす。
コレットは、だんと両手で床を突き、立ち上がる。
五手目。
ミントは、ユニコーンの加護を祈った。
コレットは、とうとうシーツを剥ぎ取った。
六手目。
ミントは、ただ無心に、必死に詠唱を続けた。
コレットは、部屋の隅に動いたミントを捉えた。
ミントの取った間合い。駆ければ、コレットなら一歩半。
コレットは、握り拳を作った。
これを、突き刺す。ミントの鳩尾に。
一歩の間合いが半歩に、四半歩に。コレットの拳は、空を切り裂く。
蹴りつける。床を。遮るものはなし。
コレットの拳は、秋の夕日を呑み込む地平線の如くにじわじわと、しかし急速に迫る。
剣の間合いが拳の間合いに。そして拳の間合いは、柔(やわら)の間合いに。
コレットの拳が、ミントの衣に触れた。
布一枚の厚み。それを越えれば、コレットはミントの呪を阻む。
そして、コレットの拳はミントの鳩尾に触れた。
ミントの口から、悲鳴のような声が上がった。
「――『タイムストップ』!!!」
触れただけ。ただ、触れただけ。
世界が、色彩を失った。
そして時は、凍りつく――。
コレットの頭部を、被ったシーツ越しに法術の槌が叩いた。
成功。
ミントはすかさず、コレットと大きく間合いを離した。
「初手の札」は、無事に切れた。だが、正念場はここから。
「あの札」を切るための、六手。
ミトスの策を打ち破るための、六手。
失敗は、許されない。
ミントは、すかさず呪を紡ぎ出した。
一手目。
ミントは、喉を震わせ呼びかける。
コレットは、『ピコハン』の影響でか、どう、という音と共に体を投げ出した。
二手目。
ミントは、両の手で印を結ぶ。
コレットは、まだ動けない。
三手目。
ミントは、虚空に紋を刻み付ける。
コレットは、はたと意識を肉体に呼び戻す。
四手目。
ミントは、ありったけの法力を呼び起こす。
コレットは、だんと両手で床を突き、立ち上がる。
五手目。
ミントは、ユニコーンの加護を祈った。
コレットは、とうとうシーツを剥ぎ取った。
六手目。
ミントは、ただ無心に、必死に詠唱を続けた。
コレットは、部屋の隅に動いたミントを捉えた。
ミントの取った間合い。駆ければ、コレットなら一歩半。
コレットは、握り拳を作った。
これを、突き刺す。ミントの鳩尾に。
一歩の間合いが半歩に、四半歩に。コレットの拳は、空を切り裂く。
蹴りつける。床を。遮るものはなし。
コレットの拳は、秋の夕日を呑み込む地平線の如くにじわじわと、しかし急速に迫る。
剣の間合いが拳の間合いに。そして拳の間合いは、柔(やわら)の間合いに。
コレットの拳が、ミントの衣に触れた。
布一枚の厚み。それを越えれば、コレットはミントの呪を阻む。
そして、コレットの拳はミントの鳩尾に触れた。
ミントの口から、悲鳴のような声が上がった。
「――『タイムストップ』!!!」
触れただけ。ただ、触れただけ。
世界が、色彩を失った。
そして時は、凍りつく――。
―
灰色の世界の中、ミントは息を震わせた。
『タイムストップ』で、時流を止められた世界の独特の感覚。
間違いない。今や彼女は、時の流れぬ世界にいた。
(これで…)
もはやミトスですら、今のミントを止める事はできない。コレットは言うに及ばず。
「あの札」を…『タイムストップ』という札を切ったミントに、もはや法力は残されていない。
だが、それでも十二分。
この時間のうちに、ミトスの姦計の牙を折る。
コレットに『ピコハン』を見舞ってやった時点で、即座に「事に及ぶ」か。
それとも更にそれを『タイウストップ』にまで繋げ、保険をかけてから反旗を翻すか。
時間と確実性。ミントが針金を見つけ、この策を思い立ってより、秤にかけるべきは時間と確実性であった。
ミントが選択したのは後者。そして、その判断は結果的には正解だった。
このときの凍りついた世界には、何人たりとて手出しは出来ない。
出来るとすれば、エターナルソードの力を得たクレスくらいのものか。
とにもかくにも、これでミトスの策を砕くための王手はかかった。あとはこのまま、王を殺(と)るのみ。
ミントは、先ほどポケットにしまい込んだ針金を取り出した。
慎重に、尖った先端を探し出す。
そして、難なく見つかった。
ミントは、針金を握り締めた両手を、背中側に回す。
両の手は、震えていた。
(ごめんなさい…クレスさん……)
つぷ、と針金の尖った先端を、首の後ろに当てる。俗に「盆の窪」と呼ばれる部位。
医術を知るミントは、その事実を知っている。
人間は、実は鉛筆一本でも殺せる。突くべき急所を突けば。
そして「盆の窪」は、その条件を満たしうる急所の一つ。
医術を学ぶ者たちの長年の研究により、ここは「脳幹」と呼ばれる部位を直撃できる急所だと判明している。
脳幹に何か尖ったものを突き立てれば、たちまちの内に脳幹は破壊されるのだ。
そして脳幹は、生命の維持を司る様々な機能を一手に引き受ける部位。
ここが破壊されれば、どうなるかはもはや言わずと知れたこと。
すなわち、生命の維持機能の停止。速やかなる死。
脳幹を破壊するには、槍の一突きどころか、短剣の一刺しでも十二分。
二流以上の暗殺者なら、針一本でも事足りてしまうのだ。
そんな急所に突き立てる。針金を。
(…………ッ!!)
ミントが選んだのは、すなわち自害の道であった。
人質が人質としての役割を果たすのは、無論人質に命があるから。
クレスがいざミトスと対峙する段になって、自分に命があればどうなるか。
ミトスは必ず、自身を人質にとって立ち回る。そしてあの優しい性格のクレスならば、それだけで剣を捨てかねない。
そうなったなら、後はクレスに残された道はミトスに嬲り殺しにされるのみ。
すなわち、自身は足手まといにしかならないのだ。
だが、今のうちに命を自ら放り捨てれば…
クレスが戦う時、彼には足かせは一つとしてかからない。
歴代アルベイン流伝承者の中でも最強級の実力を持つ彼なら、足かせさえなければミトスをその剣で討ち伏せてくれるはず。
何せクレスの剣は、戦神オーディン…戦いの神すらも、一騎討ちで下したほどの冴えを誇るのだ。
そしてその剣は、この島で罪なき人々を守る戦いで、更に鍛え上げられているはず。
剣匠が剣匠たるゆえんは、戦いを経るごとに…
否。戦場にいる一瞬ごとに成長を続けることにあるのだと、ミントはクレスから聞かされた。
神すらも打ち破ったクレスの剣を、同じく剣で破れる者はこの世に存在しない。
盲信にも似た信頼感が、ミントの手をここまで進ましめていた。
(お願いします…クレスさん……必ず…ミトスを止めて下さい……!)
そのために、己は今この場で命を振り捨てる。
クレスの持つ優しさが、剣を鈍らせないように。
己の死すらも、クレスの剣の鋭さに変えてもらうために。
そして何より、ミトスの策をくじくために。
もうこれ以上、何も出来ないまま人が死ぬのを見たくはないから。
ミトスの策を妨げることが、誰かを救う一助になるなら。
自らの犠牲で、ミトスの毒牙にかかる人間を減らすことが出来るなら。
甘んじて、自ら死を受け入れる。
『タイムストップ』で、時流を止められた世界の独特の感覚。
間違いない。今や彼女は、時の流れぬ世界にいた。
(これで…)
もはやミトスですら、今のミントを止める事はできない。コレットは言うに及ばず。
「あの札」を…『タイムストップ』という札を切ったミントに、もはや法力は残されていない。
だが、それでも十二分。
この時間のうちに、ミトスの姦計の牙を折る。
コレットに『ピコハン』を見舞ってやった時点で、即座に「事に及ぶ」か。
それとも更にそれを『タイウストップ』にまで繋げ、保険をかけてから反旗を翻すか。
時間と確実性。ミントが針金を見つけ、この策を思い立ってより、秤にかけるべきは時間と確実性であった。
ミントが選択したのは後者。そして、その判断は結果的には正解だった。
このときの凍りついた世界には、何人たりとて手出しは出来ない。
出来るとすれば、エターナルソードの力を得たクレスくらいのものか。
とにもかくにも、これでミトスの策を砕くための王手はかかった。あとはこのまま、王を殺(と)るのみ。
ミントは、先ほどポケットにしまい込んだ針金を取り出した。
慎重に、尖った先端を探し出す。
そして、難なく見つかった。
ミントは、針金を握り締めた両手を、背中側に回す。
両の手は、震えていた。
(ごめんなさい…クレスさん……)
つぷ、と針金の尖った先端を、首の後ろに当てる。俗に「盆の窪」と呼ばれる部位。
医術を知るミントは、その事実を知っている。
人間は、実は鉛筆一本でも殺せる。突くべき急所を突けば。
そして「盆の窪」は、その条件を満たしうる急所の一つ。
医術を学ぶ者たちの長年の研究により、ここは「脳幹」と呼ばれる部位を直撃できる急所だと判明している。
脳幹に何か尖ったものを突き立てれば、たちまちの内に脳幹は破壊されるのだ。
そして脳幹は、生命の維持を司る様々な機能を一手に引き受ける部位。
ここが破壊されれば、どうなるかはもはや言わずと知れたこと。
すなわち、生命の維持機能の停止。速やかなる死。
脳幹を破壊するには、槍の一突きどころか、短剣の一刺しでも十二分。
二流以上の暗殺者なら、針一本でも事足りてしまうのだ。
そんな急所に突き立てる。針金を。
(…………ッ!!)
ミントが選んだのは、すなわち自害の道であった。
人質が人質としての役割を果たすのは、無論人質に命があるから。
クレスがいざミトスと対峙する段になって、自分に命があればどうなるか。
ミトスは必ず、自身を人質にとって立ち回る。そしてあの優しい性格のクレスならば、それだけで剣を捨てかねない。
そうなったなら、後はクレスに残された道はミトスに嬲り殺しにされるのみ。
すなわち、自身は足手まといにしかならないのだ。
だが、今のうちに命を自ら放り捨てれば…
クレスが戦う時、彼には足かせは一つとしてかからない。
歴代アルベイン流伝承者の中でも最強級の実力を持つ彼なら、足かせさえなければミトスをその剣で討ち伏せてくれるはず。
何せクレスの剣は、戦神オーディン…戦いの神すらも、一騎討ちで下したほどの冴えを誇るのだ。
そしてその剣は、この島で罪なき人々を守る戦いで、更に鍛え上げられているはず。
剣匠が剣匠たるゆえんは、戦いを経るごとに…
否。戦場にいる一瞬ごとに成長を続けることにあるのだと、ミントはクレスから聞かされた。
神すらも打ち破ったクレスの剣を、同じく剣で破れる者はこの世に存在しない。
盲信にも似た信頼感が、ミントの手をここまで進ましめていた。
(お願いします…クレスさん……必ず…ミトスを止めて下さい……!)
そのために、己は今この場で命を振り捨てる。
クレスの持つ優しさが、剣を鈍らせないように。
己の死すらも、クレスの剣の鋭さに変えてもらうために。
そして何より、ミトスの策をくじくために。
もうこれ以上、何も出来ないまま人が死ぬのを見たくはないから。
ミトスの策を妨げることが、誰かを救う一助になるなら。
自らの犠牲で、ミトスの毒牙にかかる人間を減らすことが出来るなら。
甘んじて、自ら死を受け入れる。
ミントは、大きく息を吸い込んだ。
既に針金の切っ先は、盆の窪にあてがっている。
途中で針金が曲がらぬよう、短く持って突き刺せば、確実に自害できる。
ミントは、針金を力の限り、自らの首に突き刺した。
突き刺そうとした。
手が、止まる。
(…………)
何故、止めねばならない。
『タイムストップ』で時を止められる時間とて、無限ではない。
この『タイムストップ』は、ましてやなけなしの法力を、無理やり振り絞ってまで編み上げた呪なのだ。
ミトスの策を砕く反旗を翻すチャンスは、おそらくこの一度きり。
狐のごときずる賢さを持つミトス相手に、この機を逃せばもう後はない。
突き刺せ…突き刺せ!!
ミント・アドネードは叱咤した。
ダオス軍の繰り出す強大な魔物にも、一歩も退くことなく立ち向かった気丈さはどこに消えた。
今までの戦いを乗り越えてきた、恐怖を克服する勇気はどこに消えた。
非力な上女である己が、クレスと共に最後まで肩を並べ、200年の時空(とき)の旅に耐えてこさしめた強き心は。
(…………ッ!!?)
だが、ミントはそこまで己に言い聞かせて、突然胸の中に黒いものがドロドロと吹き上がってくるのを感じた。
クレスさん。クレス。クレス・アルベイン。
悪夢で見せた彼の狂笑が、再び蘇る。
(…いや…止めて……!!)
違う。こんな殺人鬼は、クレスではない。
剣匠クレス。剣を振るうことの意味を、他者の命を奪うことの意味を知る青年。
そんな彼が、こんな笑みなど浮かべようものか。
命を朱に染め、命の尊厳を踏みにじることを至高の愉悦とするような、人斬りの笑みなど。
これが、今のクレスなのだとミトスは告げた。
(違う! …違います!!)
騙されるな、ミント・アドネード。彼女は己の名を呼び、気を強く持つ。
ミトスの二枚舌に騙されるな。ミトスは昨夜もその甘言と腹芸でカイルをたばかり、そしてリアラを殺した。
ミトスは、ペテン師。
きっと誰かからクレスと自分の関係を聞き取り、そこから話を膨らませて嘘と悪意にまみれた話を聞かせているのだ。
それで、自らの心を砕こうとしているのだ。見たこともないような邪法で、悪夢の世界に己を放り込んだのもその為。
百歩譲って…否、万歩譲って、よしんばもし本当にクレスがそれほどの凶行に及んでいたのならば…
その時は自分が、クレスの心の傷を癒す。それが出来るのは、この世に自分1人しかいない。
法術は、肉体の傷や肉体の病を癒すことはできる。
しかし練達の法術師ですら、いかなる法術を用いても人の心の病までは癒せない。
だから、自分が必要なのだ。自分がいなければ、クレスはどうなる?
ミントの手に握られた針金は、ミントの盆の窪の皮一枚を破ったところで、ぴたりと止まっていた。
死か、生か。どちらを選ぶ?
決めたはずだ。死をもってして、自らはクレスの力になると。
だが自らが死ねば、クレスは一生心の病を引きずったまま生きることになる。
クレスは今、どちらを欲している?
力か?
癒しか?
それとも、血か?
ミントは知っている。クレスは守りたい者のため、譲れないもののため、力を求めるであろうことを。
だからこそ、クレスはアセリアの旅に生きた、全て瞬間を剣客としての実力の練磨に捧げていたことを。
そして強大な力を得たがゆえに、魔王ダオスの計画を砕き去ったのだ。
けれども、ミントはその気持ちを抑えることができない。クレスに、力ではなく癒しを与えたい気持ちを。
それが己の女であるが故の甘さの証左かも知れない。
時には剣の練磨のためとダークボトルを用いて、モーリア坑道やトレントの森などで湧く魔物を片端から斬り伏せるという、
心身の限界に迫る激烈な鍛錬を試みてきたクレス。ミントはそれを、何度も制止したこともある。
だが、文字通り命まで賭けに出すほどの気概と実力と強運が揃っていたからこそ。
クレスは数度型を見ただけに過ぎない、アルベイン流最終奥義『冥空斬翔剣』の極意を、自力で掴んだのだ。
クレスの父ミゲールからの、奥義伝承の儀なくして。
既に針金の切っ先は、盆の窪にあてがっている。
途中で針金が曲がらぬよう、短く持って突き刺せば、確実に自害できる。
ミントは、針金を力の限り、自らの首に突き刺した。
突き刺そうとした。
手が、止まる。
(…………)
何故、止めねばならない。
『タイムストップ』で時を止められる時間とて、無限ではない。
この『タイムストップ』は、ましてやなけなしの法力を、無理やり振り絞ってまで編み上げた呪なのだ。
ミトスの策を砕く反旗を翻すチャンスは、おそらくこの一度きり。
狐のごときずる賢さを持つミトス相手に、この機を逃せばもう後はない。
突き刺せ…突き刺せ!!
ミント・アドネードは叱咤した。
ダオス軍の繰り出す強大な魔物にも、一歩も退くことなく立ち向かった気丈さはどこに消えた。
今までの戦いを乗り越えてきた、恐怖を克服する勇気はどこに消えた。
非力な上女である己が、クレスと共に最後まで肩を並べ、200年の時空(とき)の旅に耐えてこさしめた強き心は。
(…………ッ!!?)
だが、ミントはそこまで己に言い聞かせて、突然胸の中に黒いものがドロドロと吹き上がってくるのを感じた。
クレスさん。クレス。クレス・アルベイン。
悪夢で見せた彼の狂笑が、再び蘇る。
(…いや…止めて……!!)
違う。こんな殺人鬼は、クレスではない。
剣匠クレス。剣を振るうことの意味を、他者の命を奪うことの意味を知る青年。
そんな彼が、こんな笑みなど浮かべようものか。
命を朱に染め、命の尊厳を踏みにじることを至高の愉悦とするような、人斬りの笑みなど。
これが、今のクレスなのだとミトスは告げた。
(違う! …違います!!)
騙されるな、ミント・アドネード。彼女は己の名を呼び、気を強く持つ。
ミトスの二枚舌に騙されるな。ミトスは昨夜もその甘言と腹芸でカイルをたばかり、そしてリアラを殺した。
ミトスは、ペテン師。
きっと誰かからクレスと自分の関係を聞き取り、そこから話を膨らませて嘘と悪意にまみれた話を聞かせているのだ。
それで、自らの心を砕こうとしているのだ。見たこともないような邪法で、悪夢の世界に己を放り込んだのもその為。
百歩譲って…否、万歩譲って、よしんばもし本当にクレスがそれほどの凶行に及んでいたのならば…
その時は自分が、クレスの心の傷を癒す。それが出来るのは、この世に自分1人しかいない。
法術は、肉体の傷や肉体の病を癒すことはできる。
しかし練達の法術師ですら、いかなる法術を用いても人の心の病までは癒せない。
だから、自分が必要なのだ。自分がいなければ、クレスはどうなる?
ミントの手に握られた針金は、ミントの盆の窪の皮一枚を破ったところで、ぴたりと止まっていた。
死か、生か。どちらを選ぶ?
決めたはずだ。死をもってして、自らはクレスの力になると。
だが自らが死ねば、クレスは一生心の病を引きずったまま生きることになる。
クレスは今、どちらを欲している?
力か?
癒しか?
それとも、血か?
ミントは知っている。クレスは守りたい者のため、譲れないもののため、力を求めるであろうことを。
だからこそ、クレスはアセリアの旅に生きた、全て瞬間を剣客としての実力の練磨に捧げていたことを。
そして強大な力を得たがゆえに、魔王ダオスの計画を砕き去ったのだ。
けれども、ミントはその気持ちを抑えることができない。クレスに、力ではなく癒しを与えたい気持ちを。
それが己の女であるが故の甘さの証左かも知れない。
時には剣の練磨のためとダークボトルを用いて、モーリア坑道やトレントの森などで湧く魔物を片端から斬り伏せるという、
心身の限界に迫る激烈な鍛錬を試みてきたクレス。ミントはそれを、何度も制止したこともある。
だが、文字通り命まで賭けに出すほどの気概と実力と強運が揃っていたからこそ。
クレスは数度型を見ただけに過ぎない、アルベイン流最終奥義『冥空斬翔剣』の極意を、自力で掴んだのだ。
クレスの父ミゲールからの、奥義伝承の儀なくして。
ミントは知っている。
クレスは、剣に生まれ剣に生きることを運命付けられた、剣星の子であることを。
癒しよりは力。クレスが求めるものは。
分かっている。
けれども、ミントの母性本能もまた、ミントの理性を妨げるほどに大きな声を上げている。
一歩間違えれば、血みどろの修羅の道にはみ出しかねないクレスを、傍らで支えたいという気持ちが抑えられない。
己がクレスを支えねば、クレスはそのまま修羅道に堕ちるやも分からぬ。
もしもクレスが、自身という足かせから解き放たれたまま、ミトスを屠り去ったとしよう。
だが、そのあとのクレスはどうなる?
神をも下したクレスの剣は、ひとたび殺人剣と化せばたちどころに血の豪雨を降らせる。
その殺人剣は何人たりとて止めるあたわず。
自ら死を選び、そしてその死を糧としてクレスが勝利し、そのまま悪鬼羅刹と化したなら…
今ここで死という選択を選び、その様を冥界から見続ける羽目になったら、その時果たして後悔の念を抱かずに済むのか?
力か、癒しか。
逡巡。決められようものか。
クレスにはどちらも必要なのだ。されど両方を選ぶことは出来ない。
今自らが盆の窪に突き立てた針金が、どちらを選び取るかを決める。
クレスに力を与え、ミトスを屠ってもらった上で、クレスに外道への片道切符を受け取ってもらうのか。
クレスに癒しを与え、その結果クレスに弱点をもたらした上でも、クレスを支えるのか。
クレスの生とミトスの命を犠牲にした上で、この島に残る無辜の人々へ、生への活路を譲るべきか。
それとも、残るこのゲームの参加者の命を犠牲にすることになろうとも、クレスを支えねばならないのか。
ミントがアトワイトのごとく、軍に生きる人間ならば間違いなく前者を選ぶだろう。
ミントがミトスやシャーリィのごとく、傍若無人の極みにあれば、迷わず後者を選ぶだろう。
されど、ミントはそのどちらでもない。
ミント・アドネードの心は、血風死屍を冷やしめるこの島においては、暖か過ぎる。
その心の温もりが、そのまま刃となって彼女自身に突き刺さる。
悪夢に苛まれ力を無くした心は、ただ愛という名の剣に刻まれ、朱の血を散らしてくずおれるのみ。
『このバトル・ロワイアルというゲームは、狂気という名の猛毒に満ち溢れている』
『たとえ心優しき者でも、その優しさゆえに毒を受け、怒りに、憎悪に、その身を焼かれることもある』
『いかに聖人君子たれど、彼や彼女もまた人である以上、この猛毒に蝕まれる危険は常にある』
デリス・カーラーンの王をして、こうまで書かしめたこの「バトル・ロワイアル」。
ユニコーンにまで認められた清き乙女もまたこうして、その猛毒に屈した。
分かっていた。
早く自らを殺めねば、こうなる事を。
『タイムストップ』で止められる時は、されど無限ではないことを。
運命の女神には、後ろ髪はないことを。
灰色の空間にひびが走る。
ミントは、涙を流しながら、血反吐を吐いた。体内の法力は、すでに限界に達していた。
ごめんなさい。ごめんなさい。
ミントはもう、自分でもその心の声を向けた相手が分からなかった。
クレスにか。母メリルにか。カイルにか。リアラにか。
だが、こうしてミントの心が砕けたこと。
それだけはただ一つ、言えた事実であった。
ミントの背から、灰色の空間が砕け去ってゆく。
ミントに与えられた時間は、こうして塵に帰した。
行く川の流れは絶えずして、しかももとの流れにあらず。
絶望と後悔の怒涛がミントの心にのしかかり、すり潰す。
闇夜に辛うじて見つけた一筋の星明りのごとくに、かすかで儚い自害の機を、こうしてミントは失った。
窓に張られた厚手の板を割り、『ファイアボール』の火球がミントの足元に降り注いだ。
そして次の瞬間には、鬼神のごとき形相を浮かべた金髪の少年が、その剣で残った板とガラスを割り砕き。
ミントのいる部屋になだれ込んでいた。
剣を返しざまの突きが、虚空に閃いていた。
ミントの口腔に過たずに飛び込んだ切っ先は、正確無比にミントの舌に突き刺さっていた。
クレスは、剣に生まれ剣に生きることを運命付けられた、剣星の子であることを。
癒しよりは力。クレスが求めるものは。
分かっている。
けれども、ミントの母性本能もまた、ミントの理性を妨げるほどに大きな声を上げている。
一歩間違えれば、血みどろの修羅の道にはみ出しかねないクレスを、傍らで支えたいという気持ちが抑えられない。
己がクレスを支えねば、クレスはそのまま修羅道に堕ちるやも分からぬ。
もしもクレスが、自身という足かせから解き放たれたまま、ミトスを屠り去ったとしよう。
だが、そのあとのクレスはどうなる?
神をも下したクレスの剣は、ひとたび殺人剣と化せばたちどころに血の豪雨を降らせる。
その殺人剣は何人たりとて止めるあたわず。
自ら死を選び、そしてその死を糧としてクレスが勝利し、そのまま悪鬼羅刹と化したなら…
今ここで死という選択を選び、その様を冥界から見続ける羽目になったら、その時果たして後悔の念を抱かずに済むのか?
力か、癒しか。
逡巡。決められようものか。
クレスにはどちらも必要なのだ。されど両方を選ぶことは出来ない。
今自らが盆の窪に突き立てた針金が、どちらを選び取るかを決める。
クレスに力を与え、ミトスを屠ってもらった上で、クレスに外道への片道切符を受け取ってもらうのか。
クレスに癒しを与え、その結果クレスに弱点をもたらした上でも、クレスを支えるのか。
クレスの生とミトスの命を犠牲にした上で、この島に残る無辜の人々へ、生への活路を譲るべきか。
それとも、残るこのゲームの参加者の命を犠牲にすることになろうとも、クレスを支えねばならないのか。
ミントがアトワイトのごとく、軍に生きる人間ならば間違いなく前者を選ぶだろう。
ミントがミトスやシャーリィのごとく、傍若無人の極みにあれば、迷わず後者を選ぶだろう。
されど、ミントはそのどちらでもない。
ミント・アドネードの心は、血風死屍を冷やしめるこの島においては、暖か過ぎる。
その心の温もりが、そのまま刃となって彼女自身に突き刺さる。
悪夢に苛まれ力を無くした心は、ただ愛という名の剣に刻まれ、朱の血を散らしてくずおれるのみ。
『このバトル・ロワイアルというゲームは、狂気という名の猛毒に満ち溢れている』
『たとえ心優しき者でも、その優しさゆえに毒を受け、怒りに、憎悪に、その身を焼かれることもある』
『いかに聖人君子たれど、彼や彼女もまた人である以上、この猛毒に蝕まれる危険は常にある』
デリス・カーラーンの王をして、こうまで書かしめたこの「バトル・ロワイアル」。
ユニコーンにまで認められた清き乙女もまたこうして、その猛毒に屈した。
分かっていた。
早く自らを殺めねば、こうなる事を。
『タイムストップ』で止められる時は、されど無限ではないことを。
運命の女神には、後ろ髪はないことを。
灰色の空間にひびが走る。
ミントは、涙を流しながら、血反吐を吐いた。体内の法力は、すでに限界に達していた。
ごめんなさい。ごめんなさい。
ミントはもう、自分でもその心の声を向けた相手が分からなかった。
クレスにか。母メリルにか。カイルにか。リアラにか。
だが、こうしてミントの心が砕けたこと。
それだけはただ一つ、言えた事実であった。
ミントの背から、灰色の空間が砕け去ってゆく。
ミントに与えられた時間は、こうして塵に帰した。
行く川の流れは絶えずして、しかももとの流れにあらず。
絶望と後悔の怒涛がミントの心にのしかかり、すり潰す。
闇夜に辛うじて見つけた一筋の星明りのごとくに、かすかで儚い自害の機を、こうしてミントは失った。
窓に張られた厚手の板を割り、『ファイアボール』の火球がミントの足元に降り注いだ。
そして次の瞬間には、鬼神のごとき形相を浮かべた金髪の少年が、その剣で残った板とガラスを割り砕き。
ミントのいる部屋になだれ込んでいた。
剣を返しざまの突きが、虚空に閃いていた。
ミントの口腔に過たずに飛び込んだ切っ先は、正確無比にミントの舌に突き刺さっていた。
―
「この……劣悪種がァッ!!!」
ミトスは、ミントの頬に拳を叩き込んでいた。
潰れた蛙か何かのような、汚らしい悲鳴を上げるミント。
口からは赤いものに混じり、白いものが数本宙に待った。
「豚は豚らしく…大人しく天意に沿い生きていればいいものをッ!!!」
既に砕けた右手肘に、邪剣ファフニールを突き刺し抉る。
先ほど「泣き声」を上げてもらうために砕いてやった右手肘。更に傷口の中を切っ先で掻き回してやる。
神経質な猿か何かのような叫び声が、再び迸る。
「家畜はその主人に黙って食われることがその天命だッ!!!」
血が抜け白くなるまで握り込まれた拳を、ミトスはミントの鳩尾に突き刺す。
血の混じった吐瀉物を吹き散らし、ミントの背は壁に叩きつけられた。
「雌豚ごときが…ボクの計画を、邪魔立てするなあああぁぁぁぁっ!!!」
ミトスは、ミントの顔面を握り潰さんばかりにその右手で掴み、更に頭部を壁に叩き付けた。
ミントの後頭部が壁に衝突し、激しい打撃音が響き渡った。
ミントはそのまま、自らの頭を壁に引きずりながらくずおれた。
壁にこすり付けられた血が、さながらミズホの里の筆記用具「毛筆」の筆致を思わせた。
べしゃりと、ミントはその身を床に預ける。もはや、苦痛ゆえにもがく力すら、彼女には残されていなかった。
わなわなと、肩を震わせるミトス。
もう5、6発殴りつけてやれと叫ぶ自らの怒りを、併せ持った理性で最大限に鎮める。
今の状態でそれをやったら、間違いなく怒りの余りこの雌豚を殺してしまう。
激昂に任せて、この女を殺してよいものか。
答えは否。
この場で早々に殺し去るのは下策。この女からは、まだ美味い汁が啜れるから。
そう簡単に、この女を殺してなるものか。
ミトスは眼光だけでミントを刺殺できそうなほどの、狂気の領域にまで達した怒りを以ってして、ミントを睨みつける。
何故ここまでミトスが怒りに燃えているのか。
ミントの自殺という、危うくミトスの計算を狂わせかけた要素が投げ込まれたからか。
否。
ミトスはミントの自殺という事態は、予め想定していた。
ミントに鳴いてもらおうという絵を描いたのは、それが「釣り」に最適だから。
万一ミントに鳴いてもらえるような事態が…具体的にはミントの自殺などという事態が起ころうとも…
ならば次善の策を用いればいいだけのこと。ケーキが食べられなければ、パンでも十分。
何故ここまでミトスが怒りに燃えているのか。
たかが劣悪種ごときが、優良種たる己の計画を打ち崩そうとした、不遜千万な試みに怒っているのか。
否。
劣悪種どもが己の指図通りに動かないことなど、過去4000年の歴史の中でいくらでもあった。
そこをいかにして従わざるを得ない状況に追い込むかが、劣悪種を飼う上での決め手と言える。
そんな事態への対応策など、長年の蓄積のおかげでいくらでも見つかる。
詰まるところ、ミトスが怒りを覚えたのは他ならぬ自分自身。
岩や金属のような、無機物のごとく冷たく冷徹な己の頭脳からしてみれば、あり得ないほどの失策を山のように重ねていた。
その事実が、ミトスをしてここまで激怒させていたのだ。ミントをこうまで痛めつけたのは、所詮はただの八つ当たり。
八つ当たりされる側からすればたまったものではないが、とにかくミトスの怒りはその一点に集約されていた。
ミントを監禁する際の体制。余りにもずさん過ぎる。
まず、何故猿ぐつわを噛ませなかったのか。
即席の猿ぐつわなど、この村にいくらでもあるような布や縄があれば、ものの四半刻もなく作れる。
大した手間なくして大きな効果を上げられる、便利な道具なのだ。
猿ぐつわは、魔術の使い手を監禁する時にはこれ以上ないほど便利な拘束具となる。
普通の捕虜を監禁する際と同じく、監禁した相手の言葉を喋らせなくする、舌を噛み切っての自害を封じる。
そして何より重要なことは、発声を制限することにより、呪文の詠唱を禁じられること。
呪文の詠唱どころか、方陣の描画などを一切省略して、思念のみで魔術を発動させられるような真の達人が相手でなければ、
猿ぐつわをはめて雁字搦めに縛り上げてやれば、魔術師の魔術の使用を、一切禁ずることが出来るのだ。
むしろ、魔術の使い手を拘束した際、顎を砕いたり舌を切り落としたりといった手を使わないなら、
猿ぐつわを噛ませるのは常識。
ミトスは、ミントの頬に拳を叩き込んでいた。
潰れた蛙か何かのような、汚らしい悲鳴を上げるミント。
口からは赤いものに混じり、白いものが数本宙に待った。
「豚は豚らしく…大人しく天意に沿い生きていればいいものをッ!!!」
既に砕けた右手肘に、邪剣ファフニールを突き刺し抉る。
先ほど「泣き声」を上げてもらうために砕いてやった右手肘。更に傷口の中を切っ先で掻き回してやる。
神経質な猿か何かのような叫び声が、再び迸る。
「家畜はその主人に黙って食われることがその天命だッ!!!」
血が抜け白くなるまで握り込まれた拳を、ミトスはミントの鳩尾に突き刺す。
血の混じった吐瀉物を吹き散らし、ミントの背は壁に叩きつけられた。
「雌豚ごときが…ボクの計画を、邪魔立てするなあああぁぁぁぁっ!!!」
ミトスは、ミントの顔面を握り潰さんばかりにその右手で掴み、更に頭部を壁に叩き付けた。
ミントの後頭部が壁に衝突し、激しい打撃音が響き渡った。
ミントはそのまま、自らの頭を壁に引きずりながらくずおれた。
壁にこすり付けられた血が、さながらミズホの里の筆記用具「毛筆」の筆致を思わせた。
べしゃりと、ミントはその身を床に預ける。もはや、苦痛ゆえにもがく力すら、彼女には残されていなかった。
わなわなと、肩を震わせるミトス。
もう5、6発殴りつけてやれと叫ぶ自らの怒りを、併せ持った理性で最大限に鎮める。
今の状態でそれをやったら、間違いなく怒りの余りこの雌豚を殺してしまう。
激昂に任せて、この女を殺してよいものか。
答えは否。
この場で早々に殺し去るのは下策。この女からは、まだ美味い汁が啜れるから。
そう簡単に、この女を殺してなるものか。
ミトスは眼光だけでミントを刺殺できそうなほどの、狂気の領域にまで達した怒りを以ってして、ミントを睨みつける。
何故ここまでミトスが怒りに燃えているのか。
ミントの自殺という、危うくミトスの計算を狂わせかけた要素が投げ込まれたからか。
否。
ミトスはミントの自殺という事態は、予め想定していた。
ミントに鳴いてもらおうという絵を描いたのは、それが「釣り」に最適だから。
万一ミントに鳴いてもらえるような事態が…具体的にはミントの自殺などという事態が起ころうとも…
ならば次善の策を用いればいいだけのこと。ケーキが食べられなければ、パンでも十分。
何故ここまでミトスが怒りに燃えているのか。
たかが劣悪種ごときが、優良種たる己の計画を打ち崩そうとした、不遜千万な試みに怒っているのか。
否。
劣悪種どもが己の指図通りに動かないことなど、過去4000年の歴史の中でいくらでもあった。
そこをいかにして従わざるを得ない状況に追い込むかが、劣悪種を飼う上での決め手と言える。
そんな事態への対応策など、長年の蓄積のおかげでいくらでも見つかる。
詰まるところ、ミトスが怒りを覚えたのは他ならぬ自分自身。
岩や金属のような、無機物のごとく冷たく冷徹な己の頭脳からしてみれば、あり得ないほどの失策を山のように重ねていた。
その事実が、ミトスをしてここまで激怒させていたのだ。ミントをこうまで痛めつけたのは、所詮はただの八つ当たり。
八つ当たりされる側からすればたまったものではないが、とにかくミトスの怒りはその一点に集約されていた。
ミントを監禁する際の体制。余りにもずさん過ぎる。
まず、何故猿ぐつわを噛ませなかったのか。
即席の猿ぐつわなど、この村にいくらでもあるような布や縄があれば、ものの四半刻もなく作れる。
大した手間なくして大きな効果を上げられる、便利な道具なのだ。
猿ぐつわは、魔術の使い手を監禁する時にはこれ以上ないほど便利な拘束具となる。
普通の捕虜を監禁する際と同じく、監禁した相手の言葉を喋らせなくする、舌を噛み切っての自害を封じる。
そして何より重要なことは、発声を制限することにより、呪文の詠唱を禁じられること。
呪文の詠唱どころか、方陣の描画などを一切省略して、思念のみで魔術を発動させられるような真の達人が相手でなければ、
猿ぐつわをはめて雁字搦めに縛り上げてやれば、魔術師の魔術の使用を、一切禁ずることが出来るのだ。
むしろ、魔術の使い手を拘束した際、顎を砕いたり舌を切り落としたりといった手を使わないなら、
猿ぐつわを噛ませるのは常識。
そして二つ目。
何故、朝のうちにこの女の拘束を解いたのか。
捕虜にした相手を縛り上げたなら、捕虜を相手側に引き渡すなり拷問にかけてから殺すなりして用が済むまで、
縄をほどくなど絶対にやってはならない愚策。
もし看守を務めているディザイアンが、捕虜への用が済んでもいない状態でそんな真似をしていたなら、
ミトスは即座にその看守を斬殺する。
これはある種、人間牧場の門を開放して劣悪種を逃げ放題する…それに匹敵するほどの大失策なのだ。
三つ目。
『サイレンス』を一時的にでも解くということは、その隙を狙ってミントが何らかの術を用いる危険性は当然ある。
ミントに自害の機会を与えたということは、その危険性をそっくりそのまま見落としていたことを示している。
これほどまでに精神的に打ちのめし、かつ朝のうちに『チャージ』の強要で法力は全て奪った。
それだけで安心していたのだ。
これほどまでの絶体絶命の窮地にあれど、死中に活を見出さんとするミントの底力…
そして法力は休息や時間経過で自然回復するという要素。
どちらかに気付いていれば、このミントの窮鼠猫を噛むがごとき反逆も潰せていたはずなのに。
致命的なミスが三つ。
せめてもの救いは、これほどの失策を犯したのが、現時点であったことか。
もしも後に予定されているこの村での「宴」の最中にこれほど大きな失策を…
それも三つも犯していたなら、その結果は明白。
どれほど駒に緻密な布陣をとらせようとも無駄なこと。
ミトスはそれが原因で、三回死んでいただろう。
全ては、この女が原因か。
やたらと実姉の面影をちらつかせ、それで冷徹なはずの思考を狂わされたのか。
ミトスは、ミントを見てふと考えた。
そして、おそらくこれほどの手落ちをやった原因はそれで間違いないことを、次の瞬間の確信に近い納得感で知った。
何故だ。
顔立ちはまるで似ていない。
確かに「養殖」せずに生まれた劣悪種にしては、異常過ぎるほど固有マナは似ているが、コレットほどに一致度は高くない。
その法力も、姉に比べればいかほどのものか。
理解出来ない。理屈で似ていないと知ってもなお、心が姉の面影を見る。
やはり、この場で殺めておくべきか。ミトスは己が得物をじゃきりと鳴らしながら、自問する。
この女は、生かしておけば必ず己の布陣に際し災厄を呼び込む。
冷徹な思考の歯車に、この女のもたらす姉の面影というごみが入り込み、歯車の運行を狂わせる。
この女のもたらした姉の面影で、現にミトスは三度も「死んで」いた。
このまま生かしておけば、この村での「宴」で己が「死ぬ」回数は、三度程度では済むまい。
ただでさえ、この島にはどれほど己が策を突き崩す伏兵が忍んでいるか分からないのだ。
潰せる危険は、全て潰さねばならない。
だが、この女は生かしておけば、まだ旨味があることは先述した通り。
この女のもたらす旨味と、この女を生かす事による思考の「ごみ」。
安全策をとるか、あえて劇薬を飲むか。
ミトスは、そこまで考えて決めた。
この戦い、ミトスが求めるものは完全勝利。
通常の戦いにおいては、負けないことこそが肝要。
勝利は無論重要ではあるが、本来負けていた勝負を引き分けや双方痛み分けにまで持ち込むこともまた、名将の力。
だが、この「バトル・ロワイアル」でミトスが求めるものは完全勝利。自らの身に傷一つ負わぬ勝利なのだ。
そのためならば、必要とあらば時には盾を捨て、虎穴に入るがごとき危険を冒さねばならない。
盾を捨てようとも、敵を一刀必殺で葬れば一切の反撃を受けずして、結果として無傷の勝利を飾れる。
ゆえに盾に隠れ反撃の機を窺うか、防御を捨てた大上段の斬撃で瞬殺を狙うか。
無傷の勝利のためには、このギリギリの見極めが鍵となる。
ミトスが逡巡の末に選び取ったのは、劇薬を飲む道であった。
何よりこの劇薬を飲むという道には、追い風が吹いている。
アトワイトが先ほど、己に具申した提案という、追い風が。
ミトスは、傍らの剣に心で呼びかけた。輝石とコアクリスタルを介した、無機質な会話。
何故、朝のうちにこの女の拘束を解いたのか。
捕虜にした相手を縛り上げたなら、捕虜を相手側に引き渡すなり拷問にかけてから殺すなりして用が済むまで、
縄をほどくなど絶対にやってはならない愚策。
もし看守を務めているディザイアンが、捕虜への用が済んでもいない状態でそんな真似をしていたなら、
ミトスは即座にその看守を斬殺する。
これはある種、人間牧場の門を開放して劣悪種を逃げ放題する…それに匹敵するほどの大失策なのだ。
三つ目。
『サイレンス』を一時的にでも解くということは、その隙を狙ってミントが何らかの術を用いる危険性は当然ある。
ミントに自害の機会を与えたということは、その危険性をそっくりそのまま見落としていたことを示している。
これほどまでに精神的に打ちのめし、かつ朝のうちに『チャージ』の強要で法力は全て奪った。
それだけで安心していたのだ。
これほどまでの絶体絶命の窮地にあれど、死中に活を見出さんとするミントの底力…
そして法力は休息や時間経過で自然回復するという要素。
どちらかに気付いていれば、このミントの窮鼠猫を噛むがごとき反逆も潰せていたはずなのに。
致命的なミスが三つ。
せめてもの救いは、これほどの失策を犯したのが、現時点であったことか。
もしも後に予定されているこの村での「宴」の最中にこれほど大きな失策を…
それも三つも犯していたなら、その結果は明白。
どれほど駒に緻密な布陣をとらせようとも無駄なこと。
ミトスはそれが原因で、三回死んでいただろう。
全ては、この女が原因か。
やたらと実姉の面影をちらつかせ、それで冷徹なはずの思考を狂わされたのか。
ミトスは、ミントを見てふと考えた。
そして、おそらくこれほどの手落ちをやった原因はそれで間違いないことを、次の瞬間の確信に近い納得感で知った。
何故だ。
顔立ちはまるで似ていない。
確かに「養殖」せずに生まれた劣悪種にしては、異常過ぎるほど固有マナは似ているが、コレットほどに一致度は高くない。
その法力も、姉に比べればいかほどのものか。
理解出来ない。理屈で似ていないと知ってもなお、心が姉の面影を見る。
やはり、この場で殺めておくべきか。ミトスは己が得物をじゃきりと鳴らしながら、自問する。
この女は、生かしておけば必ず己の布陣に際し災厄を呼び込む。
冷徹な思考の歯車に、この女のもたらす姉の面影というごみが入り込み、歯車の運行を狂わせる。
この女のもたらした姉の面影で、現にミトスは三度も「死んで」いた。
このまま生かしておけば、この村での「宴」で己が「死ぬ」回数は、三度程度では済むまい。
ただでさえ、この島にはどれほど己が策を突き崩す伏兵が忍んでいるか分からないのだ。
潰せる危険は、全て潰さねばならない。
だが、この女は生かしておけば、まだ旨味があることは先述した通り。
この女のもたらす旨味と、この女を生かす事による思考の「ごみ」。
安全策をとるか、あえて劇薬を飲むか。
ミトスは、そこまで考えて決めた。
この戦い、ミトスが求めるものは完全勝利。
通常の戦いにおいては、負けないことこそが肝要。
勝利は無論重要ではあるが、本来負けていた勝負を引き分けや双方痛み分けにまで持ち込むこともまた、名将の力。
だが、この「バトル・ロワイアル」でミトスが求めるものは完全勝利。自らの身に傷一つ負わぬ勝利なのだ。
そのためならば、必要とあらば時には盾を捨て、虎穴に入るがごとき危険を冒さねばならない。
盾を捨てようとも、敵を一刀必殺で葬れば一切の反撃を受けずして、結果として無傷の勝利を飾れる。
ゆえに盾に隠れ反撃の機を窺うか、防御を捨てた大上段の斬撃で瞬殺を狙うか。
無傷の勝利のためには、このギリギリの見極めが鍵となる。
ミトスが逡巡の末に選び取ったのは、劇薬を飲む道であった。
何よりこの劇薬を飲むという道には、追い風が吹いている。
アトワイトが先ほど、己に具申した提案という、追い風が。
ミトスは、傍らの剣に心で呼びかけた。輝石とコアクリスタルを介した、無機質な会話。
(アトワイト…本当にお前に、出来るのか?)
(可能です、マスター)
その声に乗る心は、すでにもとのアトワイトのそれとは、似ても似つかぬものとなっていた。
エクスフィアに意識を侵食され、度重なる罪の意識に苛まれ。
本来ならば感情のぶれの少ないソーディアンであるはずの彼女の心にも、幾筋ものひびが走っている。
その結果が、これ。軍人気質の負の発現形態…上官命令の盲信による、思考放棄。
ミトスは、背徳的な達成感を背に走らせながら、細身の剣に呼びかけた。
(ならまあ、せいぜいやって見せてもらおうか。ただし、あの器はお前に「一時貸与」するだけだ。
分かったか蛆虫?)
(サー、イエッサー)
(それから、必要に応じてだが、さっきの『声』に応じた、腹芸や芝居もやってもらうことになる。
上手いこと、演技し通して見せろ。ボクがこの世でただ一つ我慢できないのは―――ボクの部下の不始末だ)
(サー、イエッサー)
(最後に一つだけ。お前にボクを裏切る権利は無い。ボクの部下は許可なく動くことを許されない)
(サー、イエッサー)
(お前は上官を愛しているか?)
(生涯忠誠。命懸けて。ガンホー・ガンホー・ガンホー)
ミトスはそれだけ聞くと、満足したように一つ頷いた。
(ならば、仕上げを始めようか)
ミトスは、抜き放ったままのソーディアン・アトワイトを左手に持ち替えた。
ソーディアンの中核部位とでも言うべき、コアクリスタル。鼓動するように光を明滅させる。
コアクリスタルに流れ込んだエクスフィアの毒素は、確かに効いている。
ミトスは確信した。これだけ毒素に触れさせておけば、もうエクスフィアを剥がしても大丈夫だろう。
たとえ肉体を蝕む毒素を完全に浄化したとしても、それで衰弱した体力まで回復するわけではないのと同じこと。
アトワイトは、あとはエクスフィアなしでもミトスを盲信するただの奴隷と化す。
(それじゃあ、エクスフィアを剥ぎ取るよ)
ミトスは、へばりついた青い球体に手をかけた。
金属の箔を引き剥がすような奇妙な手応えと共に、青い球体はソーディアンとの別れを経る。
ぽとり。あっけなく、エクスフィアは剥がれ落ちた。
握り締めるミトスの右手。エクスフィアは続けて、ミトスの手に着床しようと試みる。
簡易な術で手を守るミトスに、それは詮無いことではあったのだが。
(お前が張り付くべきは、こっちだ)
ミトスは、ふと首を横に振り、「それ」を眺めた。
そして「それ」に、エクスフィアを押し付ける。
ミントの、盆の窪に。
「ああおあぅ…!?」
まともな言葉を発することを禁じられたミントは、意味不明の言葉を発しながら、首の冷たい感覚に悶える。
(まずは、これでいい)
ミトスは、にやりとほくそ笑む。こうすれば、ミントはより一層駒としての旨味が引き立つ。
要の紋なくして、エクスフィアを体に着床させた者の末路…
それは、マウリッツ・ウェルネスやシャーリィ・フェンネスを見れば明らかである。
すなわち、肉体のエクスフィギュア化。理性をなくし、ただ本能のままに暴れる魔物と化す。
(ミントを人質にとって、更にその前でエクスフィアを剥ぎ取ってやったなら…
あいつらはどう反応するだろうね?)
ミントが目の前でエクスフィギュアと化したなら、果たしてカイルあたりは割り切って剣を向けることが出来るだろうか。
あの忌々しい殺人鬼も怪物を斬り斃して、死の芳香に無心のまま酔うことが出来るだろうか。
想像するだに、面白い。
だが、これは自らの持つ札の中でも、後半戦に切るべき札だろう。
ミントをエクスフィギュア化し、それを連中にけしかけるという手は。
それでも、戦いに理想論だの精神論だのを持ち込むような莫迦どもには、これは相当に効く札となるだろう。
特に、ロイドにはオリジンとの契約がある以上、何が何でもミントを救う手立てを考えようとするはずだ。
たとえ何者かがエクスフィギュアと化したミントと合し、結果切り捨てたとしても問題は無い。
その分だけ、敵の戦力を損耗させることに、変わりはないのだから。
(そして…次はお前だ、アトワイト)
(はい)
ミトスは、今度はエクスフィアの剥がれ落ちたアトワイトのコアクリスタルに手をかけた。
(可能です、マスター)
その声に乗る心は、すでにもとのアトワイトのそれとは、似ても似つかぬものとなっていた。
エクスフィアに意識を侵食され、度重なる罪の意識に苛まれ。
本来ならば感情のぶれの少ないソーディアンであるはずの彼女の心にも、幾筋ものひびが走っている。
その結果が、これ。軍人気質の負の発現形態…上官命令の盲信による、思考放棄。
ミトスは、背徳的な達成感を背に走らせながら、細身の剣に呼びかけた。
(ならまあ、せいぜいやって見せてもらおうか。ただし、あの器はお前に「一時貸与」するだけだ。
分かったか蛆虫?)
(サー、イエッサー)
(それから、必要に応じてだが、さっきの『声』に応じた、腹芸や芝居もやってもらうことになる。
上手いこと、演技し通して見せろ。ボクがこの世でただ一つ我慢できないのは―――ボクの部下の不始末だ)
(サー、イエッサー)
(最後に一つだけ。お前にボクを裏切る権利は無い。ボクの部下は許可なく動くことを許されない)
(サー、イエッサー)
(お前は上官を愛しているか?)
(生涯忠誠。命懸けて。ガンホー・ガンホー・ガンホー)
ミトスはそれだけ聞くと、満足したように一つ頷いた。
(ならば、仕上げを始めようか)
ミトスは、抜き放ったままのソーディアン・アトワイトを左手に持ち替えた。
ソーディアンの中核部位とでも言うべき、コアクリスタル。鼓動するように光を明滅させる。
コアクリスタルに流れ込んだエクスフィアの毒素は、確かに効いている。
ミトスは確信した。これだけ毒素に触れさせておけば、もうエクスフィアを剥がしても大丈夫だろう。
たとえ肉体を蝕む毒素を完全に浄化したとしても、それで衰弱した体力まで回復するわけではないのと同じこと。
アトワイトは、あとはエクスフィアなしでもミトスを盲信するただの奴隷と化す。
(それじゃあ、エクスフィアを剥ぎ取るよ)
ミトスは、へばりついた青い球体に手をかけた。
金属の箔を引き剥がすような奇妙な手応えと共に、青い球体はソーディアンとの別れを経る。
ぽとり。あっけなく、エクスフィアは剥がれ落ちた。
握り締めるミトスの右手。エクスフィアは続けて、ミトスの手に着床しようと試みる。
簡易な術で手を守るミトスに、それは詮無いことではあったのだが。
(お前が張り付くべきは、こっちだ)
ミトスは、ふと首を横に振り、「それ」を眺めた。
そして「それ」に、エクスフィアを押し付ける。
ミントの、盆の窪に。
「ああおあぅ…!?」
まともな言葉を発することを禁じられたミントは、意味不明の言葉を発しながら、首の冷たい感覚に悶える。
(まずは、これでいい)
ミトスは、にやりとほくそ笑む。こうすれば、ミントはより一層駒としての旨味が引き立つ。
要の紋なくして、エクスフィアを体に着床させた者の末路…
それは、マウリッツ・ウェルネスやシャーリィ・フェンネスを見れば明らかである。
すなわち、肉体のエクスフィギュア化。理性をなくし、ただ本能のままに暴れる魔物と化す。
(ミントを人質にとって、更にその前でエクスフィアを剥ぎ取ってやったなら…
あいつらはどう反応するだろうね?)
ミントが目の前でエクスフィギュアと化したなら、果たしてカイルあたりは割り切って剣を向けることが出来るだろうか。
あの忌々しい殺人鬼も怪物を斬り斃して、死の芳香に無心のまま酔うことが出来るだろうか。
想像するだに、面白い。
だが、これは自らの持つ札の中でも、後半戦に切るべき札だろう。
ミントをエクスフィギュア化し、それを連中にけしかけるという手は。
それでも、戦いに理想論だの精神論だのを持ち込むような莫迦どもには、これは相当に効く札となるだろう。
特に、ロイドにはオリジンとの契約がある以上、何が何でもミントを救う手立てを考えようとするはずだ。
たとえ何者かがエクスフィギュアと化したミントと合し、結果切り捨てたとしても問題は無い。
その分だけ、敵の戦力を損耗させることに、変わりはないのだから。
(そして…次はお前だ、アトワイト)
(はい)
ミトスは、今度はエクスフィアの剥がれ落ちたアトワイトのコアクリスタルに手をかけた。
アトワイトは、もはやミトスの成すがまま。コアクリスタルを固定する爪から、あっけなくアトワイトは脱離した。
(着床の仕方は、何となく理解は出来るな? さっきまでエクスフィアに寄生されていた時のあの感覚を…
あれの逆の要領をやると思えばいい)
(はい)
右手の中で輝く結晶に、ミトスは輝石を介して話しかけた。生殺与奪思うままの、裸の存在に。
「器、こっちに来い」
コレットは、今度はその赤い瞳をミトスに向けた。
赤い瞳には、涙が溢れていた。
(…目障りなプログラムエラーだ)
ミトスは頭の片隅にかすかばかりの不快感を浮かべる。だが、この処置を行えば、そのエラーも上書きされて消えるだろう。
コレットは、近付く。ミトスのもとへ。
ミトスは見つめる。コレットの胸の輝石を。
コレットは、とうとうミトスと半歩の距離まで、歩み寄った。
(今から、お前をこの器に着床させる。どうせこの器の意識野はがらんどうだ。お前の好きに使え)
(サー、イエッサー)
ミトスはコアクリスタルを持ち上げ、それをコレットの胸に近づける。
(着床し、意識をその肉体に根ざす際、『異物』があったらそれは好きに処理して構わない。
この女の体に元々あった魂は、あるだけ無駄だ。吸収して栄養分にするなり、強引に破壊するなり好きにしろ)
(サー、イエッサー)
コアクリスタルとクルシスの輝石の間は、もはや指一本分ほどの距離にしか過ぎなかった。
接触。
輝石の表面が、粘土のようにぐにゃりとひしゃげる。
コアクリスタルは輝石の中に潜り込む。輝石を介して、「糸」を伸ばす。
ミトスはその上から、更に呪を紡ぎコレットの胸に刻む。
コレットの意識野への強制侵入。コレットの精神の外殻を穿ち、アトワイトを滑り込ませる道を作る。
液体のように波打つ輝石の表面に、輝石の赤とは別の色彩が混じる。コアクリスタルの色彩が赤一色の世界を染め直す。
それはまるで、コレットを侵すアトワイトという縮図を表しているかのようにさえ思える。
コアクリスタルは、やがてそのまま輝石の中に身を埋めた。
輝石が、再び硬化する。コアクリスタルを呑み込んだまま固まる。
ものの1分もせずして、コレットの胸には奇怪な研磨法を経た、不気味な結晶が出来上がっていた。
ミトスはそれを確認し、満足げに首を縦に振った。
(これで、接続完了。あとは、アトワイトが意識野をこの器の中に無事根ざさせることが出来るかどうか、か)
願わくば、アトワイトがコレットの魂も併呑してくれれば実に有り難い。
コレットの魂をそのまま栄養分としてくれれば、その分アトワイトは強力な力を得る。
更には、元々肉体に宿っていた魂の抵抗もなくなる。
だから土壇場でコレットが再び意識野の支配権を取り戻し、自らの手中から飛び出すような事態もなくなるはず。
まるで熱病に浮かされるかのようにして、体をがくがくと震わせるコレットを見ながら、ミトスは静かに思った。
とにかく、アトワイトが先ほどこの提案をしてくれたのは、またしても僥倖。
姿はコレット、中身は己の部下たるアトワイト。
正気が戻った演技をしてもらって、油断してもらったところを「コレット」に刺されたら…
クラトスの息子のあいつは、どんな泣き声を上げてくれるだろう。
それとも愛する者の手にかかって死ぬなら本望、などというお為ごかしの偽善論を吐いてくれるだろうか。
ロイドの惨めな死に様を思い浮かべ、陰鬱な笑い声を抑えきれないミトス。
エクスフィアを埋め込んだミント、そして今この場に生まれようとする「コレット」。
「宴」の品目は、食前酒や前菜、メインディッシュからデザートまで全て揃った。
だが、油断は出来ない。
これほどの準備をした上でも、先ほども述べたようにいくらでもこの「宴」を台無しにする要素は想定できる。
リオン、プリムラ、トーマ、メルディ。
そして、シャーリィ。『ダブルカーラーン・レーザー』すら耐え切ったあの女。
悔しいが、恐怖は晴れない。
けれども、とミトスは自らに言い聞かせる。
一撃で殺せなければ、相手が死ぬまで殺し続ければいいだけのこと。
灰一粒からでも蘇り再生するなら、灰一粒残さず消せばいい。
この世に真の意味で不死身の存在など、ありえないのだから。
ゆえに不死身の生命力を持つとされたかの九頭の大蛇、ヒュドラも最後は英雄ヘラクレスの策と力の前に敗れ去ったのだ。
(着床の仕方は、何となく理解は出来るな? さっきまでエクスフィアに寄生されていた時のあの感覚を…
あれの逆の要領をやると思えばいい)
(はい)
右手の中で輝く結晶に、ミトスは輝石を介して話しかけた。生殺与奪思うままの、裸の存在に。
「器、こっちに来い」
コレットは、今度はその赤い瞳をミトスに向けた。
赤い瞳には、涙が溢れていた。
(…目障りなプログラムエラーだ)
ミトスは頭の片隅にかすかばかりの不快感を浮かべる。だが、この処置を行えば、そのエラーも上書きされて消えるだろう。
コレットは、近付く。ミトスのもとへ。
ミトスは見つめる。コレットの胸の輝石を。
コレットは、とうとうミトスと半歩の距離まで、歩み寄った。
(今から、お前をこの器に着床させる。どうせこの器の意識野はがらんどうだ。お前の好きに使え)
(サー、イエッサー)
ミトスはコアクリスタルを持ち上げ、それをコレットの胸に近づける。
(着床し、意識をその肉体に根ざす際、『異物』があったらそれは好きに処理して構わない。
この女の体に元々あった魂は、あるだけ無駄だ。吸収して栄養分にするなり、強引に破壊するなり好きにしろ)
(サー、イエッサー)
コアクリスタルとクルシスの輝石の間は、もはや指一本分ほどの距離にしか過ぎなかった。
接触。
輝石の表面が、粘土のようにぐにゃりとひしゃげる。
コアクリスタルは輝石の中に潜り込む。輝石を介して、「糸」を伸ばす。
ミトスはその上から、更に呪を紡ぎコレットの胸に刻む。
コレットの意識野への強制侵入。コレットの精神の外殻を穿ち、アトワイトを滑り込ませる道を作る。
液体のように波打つ輝石の表面に、輝石の赤とは別の色彩が混じる。コアクリスタルの色彩が赤一色の世界を染め直す。
それはまるで、コレットを侵すアトワイトという縮図を表しているかのようにさえ思える。
コアクリスタルは、やがてそのまま輝石の中に身を埋めた。
輝石が、再び硬化する。コアクリスタルを呑み込んだまま固まる。
ものの1分もせずして、コレットの胸には奇怪な研磨法を経た、不気味な結晶が出来上がっていた。
ミトスはそれを確認し、満足げに首を縦に振った。
(これで、接続完了。あとは、アトワイトが意識野をこの器の中に無事根ざさせることが出来るかどうか、か)
願わくば、アトワイトがコレットの魂も併呑してくれれば実に有り難い。
コレットの魂をそのまま栄養分としてくれれば、その分アトワイトは強力な力を得る。
更には、元々肉体に宿っていた魂の抵抗もなくなる。
だから土壇場でコレットが再び意識野の支配権を取り戻し、自らの手中から飛び出すような事態もなくなるはず。
まるで熱病に浮かされるかのようにして、体をがくがくと震わせるコレットを見ながら、ミトスは静かに思った。
とにかく、アトワイトが先ほどこの提案をしてくれたのは、またしても僥倖。
姿はコレット、中身は己の部下たるアトワイト。
正気が戻った演技をしてもらって、油断してもらったところを「コレット」に刺されたら…
クラトスの息子のあいつは、どんな泣き声を上げてくれるだろう。
それとも愛する者の手にかかって死ぬなら本望、などというお為ごかしの偽善論を吐いてくれるだろうか。
ロイドの惨めな死に様を思い浮かべ、陰鬱な笑い声を抑えきれないミトス。
エクスフィアを埋め込んだミント、そして今この場に生まれようとする「コレット」。
「宴」の品目は、食前酒や前菜、メインディッシュからデザートまで全て揃った。
だが、油断は出来ない。
これほどの準備をした上でも、先ほども述べたようにいくらでもこの「宴」を台無しにする要素は想定できる。
リオン、プリムラ、トーマ、メルディ。
そして、シャーリィ。『ダブルカーラーン・レーザー』すら耐え切ったあの女。
悔しいが、恐怖は晴れない。
けれども、とミトスは自らに言い聞かせる。
一撃で殺せなければ、相手が死ぬまで殺し続ければいいだけのこと。
灰一粒からでも蘇り再生するなら、灰一粒残さず消せばいい。
この世に真の意味で不死身の存在など、ありえないのだから。
ゆえに不死身の生命力を持つとされたかの九頭の大蛇、ヒュドラも最後は英雄ヘラクレスの策と力の前に敗れ去ったのだ。
「宴」という策の出来は上々。「宴」を台無しにせんとする闖入者は、力ずくで宴席に着かせればいい。
奇と正、柔と剛は、二つが互いを補い合ってこそ、初めて至高の力に昇華されるのだから。
少年の姿と青年の姿…技と力を兼ね備えた己なら、それが出来る。出来るはずなのだ。
(覚悟しておけ…ボクはこうなった以上、勝つためならばどんな手段でも使ってやる。
死体を微塵に切り刻んでばら撒くような残虐な真似も、泣いて命乞いをするような下衆な真似も。
姉さまのまがい物のこの雌豚も、いくらでも生け贄に捧げてやる。本物の姉さまを蘇らせるための、生け贄に。
ボクは、クルシスの指導者…ミトス・ユグドラシルだ!!)
刹那。
ミトスの前にいた「コレット」の体の震えが、ぴたりと止んだ。
ミトスはその様を、静かに見守っていた。
いつの間にか閉じられていた「コレット」の瞳が、少しずつ開く。
その目は、再び澄んだ青色を取り戻していた。
コレットのものではない、澄んだ青色を。
「意識野への着床、完了しました」
その声は、紛れも無いコレット・ブルーネルのもの。
けれども、声に包まれた魂の形は、根本から異なっていた。
アトワイト・エックスは、こうして肉体を再び得ることになったのだ――。
「ご苦労。言うまでもないが、今この瞬間から、この村は戦場だ。ゆめゆめ、油断するな」
「サー、イエッサー。
ところで、この肉体が元来所持している魂は、どう致しましょう?」
「さっき言ったはずだ。お前の好きにしろと」
吐き捨てたミトスに、「コレット」は淡々と応える。
「サー、イエッサー。
それでは、これよりこの肉体の魂の『消化』に入ります」
「『消化』が無理そうならば、魂はイドの海の最深部に沈めておけ。
もとの魂が暴れ出して、逆にお前が支配権を奪い返されては元も子もない」
「サー、イエッサー」
返答の声は、どこまでも虚ろだった。
奇と正、柔と剛は、二つが互いを補い合ってこそ、初めて至高の力に昇華されるのだから。
少年の姿と青年の姿…技と力を兼ね備えた己なら、それが出来る。出来るはずなのだ。
(覚悟しておけ…ボクはこうなった以上、勝つためならばどんな手段でも使ってやる。
死体を微塵に切り刻んでばら撒くような残虐な真似も、泣いて命乞いをするような下衆な真似も。
姉さまのまがい物のこの雌豚も、いくらでも生け贄に捧げてやる。本物の姉さまを蘇らせるための、生け贄に。
ボクは、クルシスの指導者…ミトス・ユグドラシルだ!!)
刹那。
ミトスの前にいた「コレット」の体の震えが、ぴたりと止んだ。
ミトスはその様を、静かに見守っていた。
いつの間にか閉じられていた「コレット」の瞳が、少しずつ開く。
その目は、再び澄んだ青色を取り戻していた。
コレットのものではない、澄んだ青色を。
「意識野への着床、完了しました」
その声は、紛れも無いコレット・ブルーネルのもの。
けれども、声に包まれた魂の形は、根本から異なっていた。
アトワイト・エックスは、こうして肉体を再び得ることになったのだ――。
「ご苦労。言うまでもないが、今この瞬間から、この村は戦場だ。ゆめゆめ、油断するな」
「サー、イエッサー。
ところで、この肉体が元来所持している魂は、どう致しましょう?」
「さっき言ったはずだ。お前の好きにしろと」
吐き捨てたミトスに、「コレット」は淡々と応える。
「サー、イエッサー。
それでは、これよりこの肉体の魂の『消化』に入ります」
「『消化』が無理そうならば、魂はイドの海の最深部に沈めておけ。
もとの魂が暴れ出して、逆にお前が支配権を奪い返されては元も子もない」
「サー、イエッサー」
返答の声は、どこまでも虚ろだった。
【ミトス=ユグドラシル 生存確認】
状態:TP全快 少年形態をとっている シャーリィへのかすかな恐怖
己の間抜けぶりへの怒り ミントの存在による思考の「エラー」
所持品:S・アトワイト(エクスフィア及びコアクリスタル脱落) ミスティシンボル
大いなる実り 邪剣ファフニール ダオスのマント
基本行動方針:マーテルを蘇生させる
第一行動方針:想定外の事態を警戒しながら、「賓客」を迎撃する
第二行動方針:C3村でティトレイ達とロイド達を戦わせて両サイドを消耗させる(可能ならシャーリィを巻き込む)
第三行動方針:最高のタイミングで横合いから思い切り殴りつけて魔剣を奪い儀式遂行
第四行動方針:蘇生失敗の時は皆殺しにシフト(ただしミクトランの「優勝賞品」はあてにしない)
現在位置:C3の村の民家
状態:TP全快 少年形態をとっている シャーリィへのかすかな恐怖
己の間抜けぶりへの怒り ミントの存在による思考の「エラー」
所持品:S・アトワイト(エクスフィア及びコアクリスタル脱落) ミスティシンボル
大いなる実り 邪剣ファフニール ダオスのマント
基本行動方針:マーテルを蘇生させる
第一行動方針:想定外の事態を警戒しながら、「賓客」を迎撃する
第二行動方針:C3村でティトレイ達とロイド達を戦わせて両サイドを消耗させる(可能ならシャーリィを巻き込む)
第三行動方針:最高のタイミングで横合いから思い切り殴りつけて魔剣を奪い儀式遂行
第四行動方針:蘇生失敗の時は皆殺しにシフト(ただしミクトランの「優勝賞品」はあてにしない)
現在位置:C3の村の民家
【ミント・アドネード 生存確認】
状態:TP0% 失明 帽子なし 重度衰弱 左手負傷(処置済) 左人差指に若干火傷 盆の窪にごく浅い刺し傷
舌を切除された(会話および法術の行使はほぼ不可能) 絶望と恐怖 歯を数本折られた
右手肘粉砕骨折+裂傷 全身にに打撲傷
所持品:サック(ジェイのメモ サンダーマント) 要の紋無しエクスフィア(盆の窪の刺し傷に着床)
基本行動方針:なし。絶望感で無気力化
第一行動方針:…どうすれば…
第ニ行動方針:クレスがとても気になる
第三行動方針:仲間と合流
現在位置:C3の村の民家
状態:TP0% 失明 帽子なし 重度衰弱 左手負傷(処置済) 左人差指に若干火傷 盆の窪にごく浅い刺し傷
舌を切除された(会話および法術の行使はほぼ不可能) 絶望と恐怖 歯を数本折られた
右手肘粉砕骨折+裂傷 全身にに打撲傷
所持品:サック(ジェイのメモ サンダーマント) 要の紋無しエクスフィア(盆の窪の刺し傷に着床)
基本行動方針:なし。絶望感で無気力化
第一行動方針:…どうすれば…
第ニ行動方針:クレスがとても気になる
第三行動方針:仲間と合流
現在位置:C3の村の民家
【アトワイト・エックス@コレット・ブルーネル 生存確認】
状態: 無機生命体化 コレットの肉体への意識寄生 ミトスへの隷属衝動
所持品:苦無(残り1) ピヨチェック ホーリィスタッフ アトワイトのコアクリスタル
基本行動方針:積極的にミトスに従う(何も考えたくない)
第一行動方針:C3の村の闖入者への迎撃体制をとる
第二行動方針:コレットの魂を「消化」し、自らの力とする
現在位置:C3の村の民家
状態: 無機生命体化 コレットの肉体への意識寄生 ミトスへの隷属衝動
所持品:苦無(残り1) ピヨチェック ホーリィスタッフ アトワイトのコアクリスタル
基本行動方針:積極的にミトスに従う(何も考えたくない)
第一行動方針:C3の村の闖入者への迎撃体制をとる
第二行動方針:コレットの魂を「消化」し、自らの力とする
現在位置:C3の村の民家
【コレット・ブルーネル 生存確認?】
状態:アトワイトに寄生されている 魂をアトワイトに「消化」されつつある?
所持品:アトワイト・エックス@コレット・ブルーネルと同じ
基本行動方針:????
現在位置:アトワイト・エックス@コレット・ブルーネルと同じ
状態:アトワイトに寄生されている 魂をアトワイトに「消化」されつつある?
所持品:アトワイト・エックス@コレット・ブルーネルと同じ
基本行動方針:????
現在位置:アトワイト・エックス@コレット・ブルーネルと同じ