理想の終わり -Hero's Dead
どこで道を間違えたのだろう。
ロイドが、まるで十数年恋焦がれてきた男に再会する少女のような面持ちで青年を見つめる。
「それがコレット――――――マーテルの器か」
笑みを親指と人差し指で曲げて止め、ローブを靡かせた青年は短い嘆息をつきながらロイドに近づく。
ロイドは唇を噛んで、感慨を堪えた。ここで、このタイミングで救いの手があるなんて。
「え?ああ、そうだけど」
「……説教をしている時間は無さそうだな」
雲に日が遮られ、ロイドの無邪気な表情に一瞬の翳りが入る。
何を言っているのか分からないといった表情をしているロイドを尻目に、
激闘の後に残った更地をねめつける様に目を左右に動かしながらロイドの傍に辿り着く。
直ぐに大地への注ぎを再開する太陽は先ほどと変わらない日の光を注ぐが、世界は冷え切ったように何かが変わっていた。
先ほどよりも色濃く浮かび上がった陽の翳りと青い前髪は二人の視線が交差するのを拒んでいる。
「と、とにかく、コレットが命と引き換えの術を使っちまって、頼む。何とかしてくれ!!」
「そこを置け。状態が分からないと術も使えない。邪魔だから退け」
曖昧なロイドの懇願を、青年は右から左へ流しながら聞く。
話を聞き終える前に指示をするように顎を上げて、青年はロイドを促す。
ロイドはそれに従いコレットを置いて一、二歩と下がる。満面の笑みで、嬉々として。
まるで、その救いを疑わないようにと自分に言い聞かせるように。
その疑いを忘れ去るかのように退いた。
「それがコレット――――――マーテルの器か」
笑みを親指と人差し指で曲げて止め、ローブを靡かせた青年は短い嘆息をつきながらロイドに近づく。
ロイドは唇を噛んで、感慨を堪えた。ここで、このタイミングで救いの手があるなんて。
「え?ああ、そうだけど」
「……説教をしている時間は無さそうだな」
雲に日が遮られ、ロイドの無邪気な表情に一瞬の翳りが入る。
何を言っているのか分からないといった表情をしているロイドを尻目に、
激闘の後に残った更地をねめつける様に目を左右に動かしながらロイドの傍に辿り着く。
直ぐに大地への注ぎを再開する太陽は先ほどと変わらない日の光を注ぐが、世界は冷え切ったように何かが変わっていた。
先ほどよりも色濃く浮かび上がった陽の翳りと青い前髪は二人の視線が交差するのを拒んでいる。
「と、とにかく、コレットが命と引き換えの術を使っちまって、頼む。何とかしてくれ!!」
「そこを置け。状態が分からないと術も使えない。邪魔だから退け」
曖昧なロイドの懇願を、青年は右から左へ流しながら聞く。
話を聞き終える前に指示をするように顎を上げて、青年はロイドを促す。
ロイドはそれに従いコレットを置いて一、二歩と下がる。満面の笑みで、嬉々として。
まるで、その救いを疑わないようにと自分に言い聞かせるように。
その疑いを忘れ去るかのように退いた。
「この大裂傷は?」
青年はなぞる様にして、コレットの体に刻まれた大きな傷を確かめる。
血は出てこないとはいえ、その様はあまり見ていて気持ちのいい色合いではない。
「ああ、それはクレスが……」
それを平然と捉える青年の冷静さに、薄ら寒い何かを思いながらもロイドは彼の質問に答えていく。
ヴェイグ達と合流したが、再び別れたこと。
一度負けたこと。
コレットの存在を確認してもう一度立ち上がったこと。
クレスに追い詰められたが、そこをコレットに助けられたこと。
まるで今まで起こっていたことを“確認”するかのように、ロイドは答えていく。
ロイドは青年から目を離せなくなっていた。
笑顔が、見ずとも分かるほどに乾いていくのが実感できる。
だがその表情を崩すことは出来ないと、ロイドは直感できた。
崩してしまえば、何もかもが終わる。終わってしまう。そうしたら。
ロイドの砕けた右手が強く握り締められる。砕けた骨が擦れ合った音は、実に不快だった。
青年はなぞる様にして、コレットの体に刻まれた大きな傷を確かめる。
血は出てこないとはいえ、その様はあまり見ていて気持ちのいい色合いではない。
「ああ、それはクレスが……」
それを平然と捉える青年の冷静さに、薄ら寒い何かを思いながらもロイドは彼の質問に答えていく。
ヴェイグ達と合流したが、再び別れたこと。
一度負けたこと。
コレットの存在を確認してもう一度立ち上がったこと。
クレスに追い詰められたが、そこをコレットに助けられたこと。
まるで今まで起こっていたことを“確認”するかのように、ロイドは答えていく。
ロイドは青年から目を離せなくなっていた。
笑顔が、見ずとも分かるほどに乾いていくのが実感できる。
だがその表情を崩すことは出来ないと、ロイドは直感できた。
崩してしまえば、何もかもが終わる。終わってしまう。そうしたら。
ロイドの砕けた右手が強く握り締められる。砕けた骨が擦れ合った音は、実に不快だった。
「なあ、そんなことはどうでもいいだろ!!今なら、今ならまだきっと何とかなる。だから、早く!!」
もはやそれは懇願とは程遠い命令形の口調だったが、青年はそうだなと応じるだけで何ら動揺することもない。
立ち上がった青年は左手にクレーメルケイジを、右手に魔杖ケイオスハートを握る。
渋々と言った形容がよく似合う、苛々する程に鈍重な動きだった。
杖と籠から放たれる鬱陶しい程の魔力の光が、術者たる青年を輝かせる。
その光と振る舞いが、神のように荘厳であるとロイドは思った。
荘厳たれと信じ込もうとした。
内側から膨れ上がる一つの感情を信仰で覆い隠す。
俺たちは仲間だっただろう?そう言いたくなる口を押さえ込むようにして唇を噛む。
コレットの体に陽光にも似た、それでいて慈愛を淵まで満たした光が降り注ぐ。
もはやそれは懇願とは程遠い命令形の口調だったが、青年はそうだなと応じるだけで何ら動揺することもない。
立ち上がった青年は左手にクレーメルケイジを、右手に魔杖ケイオスハートを握る。
渋々と言った形容がよく似合う、苛々する程に鈍重な動きだった。
杖と籠から放たれる鬱陶しい程の魔力の光が、術者たる青年を輝かせる。
その光と振る舞いが、神のように荘厳であるとロイドは思った。
荘厳たれと信じ込もうとした。
内側から膨れ上がる一つの感情を信仰で覆い隠す。
俺たちは仲間だっただろう?そう言いたくなる口を押さえ込むようにして唇を噛む。
コレットの体に陽光にも似た、それでいて慈愛を淵まで満たした光が降り注ぐ。
今だけでいい。この光が止み切るまでいい。
俺が間違っている。
大した理由もないのにこんな事を考える俺の方が間違っている。
第一、最初に飛び出していった俺の方が悪いに決まっている。
多少は、いや、かなり怒っていても不思議ではないだろ?
俺が間違っている。
大した理由もないのにこんな事を考える俺の方が間違っている。
第一、最初に飛び出していった俺の方が悪いに決まっている。
多少は、いや、かなり怒っていても不思議ではないだろ?
青年の唱える術の句は台本を読み上げるかのように淀みがない。
癒しの光が、少女の肉体に纏いながら漂う。
癒しの光が、少女の肉体に纏いながら漂う。
それに、こうしてコレットを助けようとしてくれているんだ。そうに“決まっている”。
この光が止んで、コレットが目を覚ませば、それでこんなふざけた気持ちもパッと消えてしまう、その程度のものだろう?
だから、だから“疑う”な。
疑ってしまえば、この光を見失ってしまったら、
この光が止んで、コレットが目を覚ませば、それでこんなふざけた気持ちもパッと消えてしまう、その程度のものだろう?
だから、だから“疑う”な。
疑ってしまえば、この光を見失ってしまったら、
今度こそ俺は何処に飛べばいい?
ロイドの緊張が極限に達したのと同じくして、スイッチを押すような気軽さでその光は断絶した。
「レイズデッドでは無理だな」
青年の言葉はとても無機質で無感動。しかく紛れも無く血の通った声だった。
疑うな。信じろ。彼を信じろ。とにかく信じろ。なんとしてでも信じろ。でも、
「どうして、だよ……」
呻く様な声と共に、ロイドは笑った。今生最後の笑みといわんばかりの、瞳以外は朗らかな笑顔だった。
「それはな、ロイド」
再び発光する杖。乗せられた意思は、闇を意味し素早く紡がれて行く。
だから、信じろって、でも、でも、信じるから、一つだけ教えてくれよ、なあ。
「こういうことだからだ。――――ダークフォース!!」
「レイズデッドでは無理だな」
青年の言葉はとても無機質で無感動。しかく紛れも無く血の通った声だった。
疑うな。信じろ。彼を信じろ。とにかく信じろ。なんとしてでも信じろ。でも、
「どうして、だよ……」
呻く様な声と共に、ロイドは笑った。今生最後の笑みといわんばかりの、瞳以外は朗らかな笑顔だった。
「それはな、ロイド」
再び発光する杖。乗せられた意思は、闇を意味し素早く紡がれて行く。
だから、信じろって、でも、でも、信じるから、一つだけ教えてくれよ、なあ。
「こういうことだからだ。――――ダークフォース!!」
どうしてそんな真っ赤なんだよ、キール?
発動と共に地の底より幾つもの闇が槍となって沸く。
笑顔のままだったが、ロイドの右手が既に左手に掛かっている。
槍は矛先を空から地面へと変えてロイドの下へ襲い掛かり、その闇の波動は爆散した。
人外の剣戟によって粗方煙立つものを吹き飛ばしたその地に湧き上がるほどの砂塵は起たなかった。
キールは横目でコレットの方を向くが、その金髪の一本も見当たらない。
「なあ、何でだよ。何かの冗談か?」
向いた先の右、つまり後ろからの声は蓄音機のように緻密で、何処かズレた音だった。
キールは呆れた様な溜息を一つ付いて、そちらを向く。
その腕に金色の人形を抱えて、その顔はあらゆる言語化された感情のカテゴリに当てはまらない。
その視線が、キールからその奥に向けられる。一つだけの足音に、キールは振り向かずに二人の来訪を認識した。
褐色肌の少女は、伏目がちに俯いてその肌の色よりも黒い色で其処にいた。
純白の、穢れ一つ無い大天使は薄ら笑いを浮かべながらロイドを睥睨して其処にいた。
笑顔のままだったが、ロイドの右手が既に左手に掛かっている。
槍は矛先を空から地面へと変えてロイドの下へ襲い掛かり、その闇の波動は爆散した。
人外の剣戟によって粗方煙立つものを吹き飛ばしたその地に湧き上がるほどの砂塵は起たなかった。
キールは横目でコレットの方を向くが、その金髪の一本も見当たらない。
「なあ、何でだよ。何かの冗談か?」
向いた先の右、つまり後ろからの声は蓄音機のように緻密で、何処かズレた音だった。
キールは呆れた様な溜息を一つ付いて、そちらを向く。
その腕に金色の人形を抱えて、その顔はあらゆる言語化された感情のカテゴリに当てはまらない。
その視線が、キールからその奥に向けられる。一つだけの足音に、キールは振り向かずに二人の来訪を認識した。
褐色肌の少女は、伏目がちに俯いてその肌の色よりも黒い色で其処にいた。
純白の、穢れ一つ無い大天使は薄ら笑いを浮かべながらロイドを睥睨して其処にいた。
「まあ、とどのつまり。こういうことだ」
キール=ツァイベルの貌に、空想しうる限りの邪悪さが刻まれる。
日差しは、既に白から赤に変じつつある頃合だった。
キール=ツァイベルの貌に、空想しうる限りの邪悪さが刻まれる。
日差しは、既に白から赤に変じつつある頃合だった。
膝と背を腕で支えてコレットの身体を抱えながら、ロイドは目の前の光景に息を呑む。
親指と人差し指の合間を顎に当てて、冷ややかな目でこちらを見ているキール。
鬱屈そうな顔で、その丸い瞳に輝きの欠片も無いメルディ。
そして、振り払った昔日の残照が、自分の影が現実として結実している。
親指と人差し指の合間を顎に当てて、冷ややかな目でこちらを見ているキール。
鬱屈そうな顔で、その丸い瞳に輝きの欠片も無いメルディ。
そして、振り払った昔日の残照が、自分の影が現実として結実している。
「ここで分かれて、丁度丸一日といったところか。久しいな、ロイド」
「ミトス……ミトス=ユグドラシル!!」
「ミトス……ミトス=ユグドラシル!!」
12枚の赤い羽と純白の出たちに流れる金髪は艶やかで、
この場の中でも碌な傷の見当たらぬその在り様は、この戦場から掛け離れた別種の存在にも思える。
微かについた汚れと返り血のような小さな血痕だけが、目の前の存在を御伽噺の天使などではなく、
この現実に存在する“脅威”だと否応にも認識させられる。
24時間振りに見えた人物の変容がその外見の変質に留まらない事は、ロイドの目にも明らかだった。
この場の中でも碌な傷の見当たらぬその在り様は、この戦場から掛け離れた別種の存在にも思える。
微かについた汚れと返り血のような小さな血痕だけが、目の前の存在を御伽噺の天使などではなく、
この現実に存在する“脅威”だと否応にも認識させられる。
24時間振りに見えた人物の変容がその外見の変質に留まらない事は、ロイドの目にも明らかだった。
「この姿を識っているのか。どうやら、これであの娘の話が眉唾である可能性は無くなったと見ていいのだろうな」
鼻を鳴らして一人で納得するユグドラシルは一見する限り無手で、何処に置いたのかサックも無かった。
“ミトス”だった時に持っていた邪剣もロングソードもその手には握られていない。
そして、“ユグドラシル”に剣が必要無いこともロイドは良く分かっていた。
「暫く見ないうちに随分面白い変わり方をしたな。まさかお前のエクスフィアが輝石だとは思わなかったぞ。
ましてや、翼を持った天使など、私が知る限りでは存在しない。どう思う? キール=ツァイベル」
だが、そんなことは今のロイドにはどうでも良かった。
既に積載量を超えたロイドの思考に於いて、ミトスの単体としての意味は余計なものとして切り捨てるしかなかった。
「異なる空間から集められたのなら、異なる時間から集められても不思議じゃあない。
平行世界というほどの話でもないし、現に存在しているんだからそれで十分だろう。手段はともかく意図には興味がない」
嫌そうな顔ではあるが、律儀に答えるキール。
何気ない会話に、まるで自分が異物であるように感じてしまう。
鼻を鳴らして一人で納得するユグドラシルは一見する限り無手で、何処に置いたのかサックも無かった。
“ミトス”だった時に持っていた邪剣もロングソードもその手には握られていない。
そして、“ユグドラシル”に剣が必要無いこともロイドは良く分かっていた。
「暫く見ないうちに随分面白い変わり方をしたな。まさかお前のエクスフィアが輝石だとは思わなかったぞ。
ましてや、翼を持った天使など、私が知る限りでは存在しない。どう思う? キール=ツァイベル」
だが、そんなことは今のロイドにはどうでも良かった。
既に積載量を超えたロイドの思考に於いて、ミトスの単体としての意味は余計なものとして切り捨てるしかなかった。
「異なる空間から集められたのなら、異なる時間から集められても不思議じゃあない。
平行世界というほどの話でもないし、現に存在しているんだからそれで十分だろう。手段はともかく意図には興味がない」
嫌そうな顔ではあるが、律儀に答えるキール。
何気ない会話に、まるで自分が異物であるように感じてしまう。
「なんだよ…何かの冗談か?それともなんかの作戦か?」
震える身体に、軋む言葉。早鐘を打つは既に無き心臓。
心中とは裏腹な楽観論を口にするロイドの顔は、乾きすぎた砂のように崩れていく。
「アレと同じことを言う。どういうことかと聞かれて、こういうことだと答えただろう。人の話は一回で聞け」
その言葉を口にしても尚微動だにしないキールの視線にロイドはただ射抜かれてしまうしかなかった。
くすんで汚れた顔の中で、瞳だけが黒く意思を輝かせている。
どこまでも細くいつまでも鋭い貴き意思は、万の言葉よりも重くそれだけで自分に本気だということを伝えるのに十全だった。
軽蔑するような視線は鋭く、言葉にするよりも現実を教えていた。
「何やってるんだよ……おい、答えろ!!」
ロイドは叫んだ。腹に溜め込んだ疑惑を全て吐き出すような叫びだった。
それだけで納得できるほどロイドは、物分りが良くは無い。
だがこの世はとかく曖昧で、言葉で括らなければ嚥下する事も侭ならない。
杖を突きつけたキールはロイドが今見る異常な世界を形にする為に、その言葉を紡いだ。
震える身体に、軋む言葉。早鐘を打つは既に無き心臓。
心中とは裏腹な楽観論を口にするロイドの顔は、乾きすぎた砂のように崩れていく。
「アレと同じことを言う。どういうことかと聞かれて、こういうことだと答えただろう。人の話は一回で聞け」
その言葉を口にしても尚微動だにしないキールの視線にロイドはただ射抜かれてしまうしかなかった。
くすんで汚れた顔の中で、瞳だけが黒く意思を輝かせている。
どこまでも細くいつまでも鋭い貴き意思は、万の言葉よりも重くそれだけで自分に本気だということを伝えるのに十全だった。
軽蔑するような視線は鋭く、言葉にするよりも現実を教えていた。
「何やってるんだよ……おい、答えろ!!」
ロイドは叫んだ。腹に溜め込んだ疑惑を全て吐き出すような叫びだった。
それだけで納得できるほどロイドは、物分りが良くは無い。
だがこの世はとかく曖昧で、言葉で括らなければ嚥下する事も侭ならない。
杖を突きつけたキールはロイドが今見る異常な世界を形にする為に、その言葉を紡いだ。
「僕はミトスに手を貸すことにする。それが、僕の望みを繋ぐ最良の手段だ」
ロイドの腕から力が抜け、危うく抱える少女を落としそうになる。
それをギリギリの所で力を入れ直し、ロイドは両足に力を込めた。
「落とすなよ。万が一傷でも付いたら堪ったものじゃない」
杖を肩に乗せて、見物をするように言うキールをロイドは強く睨み返す。
「コレットを物みたいに云うな!」
「お前の世界じゃ死体は物とは云わないのか。まあ、過去の人格を認める場合は一人二人と数えもするが、
そういう意味合いでもそれはもうコレットじゃあないだろうよ」
「キール、手ん前ェェェ……」
滾る怒りよりも早く崩れていく自分の足場を前にして、
ロイドはコレットを抱えたまま大地に自分を立たせることだけで精一杯だった。
温かみの抜けたキールの瞳に、そして、俯きながらも自分をじぃっと見つめる幼い双眸に、寄る辺を崩されていく。
「あれか、メルディを人質に取られてんのか?だったら俺が何とかする。信じろ!!」
最後の救いだと言わんばかりに、ロイドは願いにも似た言葉を投げかける。
投げかけられたにそれに、三者三様の反応が出るがロイドの願いを叶える者は一人としていない。
一人は口に手を当てて隠しているが、その笑いは上半分の表情だけでも十分に伝わっている。
一人は、目を見開いて、その怒りのような感情を更に徹しながら後ろに手を回す。
それをギリギリの所で力を入れ直し、ロイドは両足に力を込めた。
「落とすなよ。万が一傷でも付いたら堪ったものじゃない」
杖を肩に乗せて、見物をするように言うキールをロイドは強く睨み返す。
「コレットを物みたいに云うな!」
「お前の世界じゃ死体は物とは云わないのか。まあ、過去の人格を認める場合は一人二人と数えもするが、
そういう意味合いでもそれはもうコレットじゃあないだろうよ」
「キール、手ん前ェェェ……」
滾る怒りよりも早く崩れていく自分の足場を前にして、
ロイドはコレットを抱えたまま大地に自分を立たせることだけで精一杯だった。
温かみの抜けたキールの瞳に、そして、俯きながらも自分をじぃっと見つめる幼い双眸に、寄る辺を崩されていく。
「あれか、メルディを人質に取られてんのか?だったら俺が何とかする。信じろ!!」
最後の救いだと言わんばかりに、ロイドは願いにも似た言葉を投げかける。
投げかけられたにそれに、三者三様の反応が出るがロイドの願いを叶える者は一人としていない。
一人は口に手を当てて隠しているが、その笑いは上半分の表情だけでも十分に伝わっている。
一人は、目を見開いて、その怒りのような感情を更に徹しながら後ろに手を回す。
そして少女はキールの背中を見て、数秒の間を空けた後、懐から一つの小さな笛を取り出した。
(ウグイスブエ……)
ロイドが直して手渡したそれが、彼女の唇に当てられる。
鳥の音が小さく響き、一つの小さな影がゆっくりとロイドの前に現れた。
「クィッキー……お前」
目の前に現れた小動物にいつものような軽快さは無く、目を瞑ったまま彼女とロイドを隔てるように立っていた。
愛らしい瞳は不本意そうな光を宿しているが、逆立つ毛並みは対立の意思を示している。
メルディがもう一吹きすれば、クィッキーは望むと望まずとも攻勢に乗り出すであろうことが嫌でも伝わってしまう。
クィッキーが力無く一鳴きする。いつものような明るさはまったく無く、有ったのは何を信じればいいのかを自問するかのように心許なさだけだった。
キールを排除するでもなく、ロイドを攻撃するでもなく、彼女を脅かす敵を定められない。
それでも、メルディだけは守り抜いてみせるというような、悲壮な声に、ロイドはクィッキーとその飼い主を責める事は出来なかった。
(ウグイスブエ……)
ロイドが直して手渡したそれが、彼女の唇に当てられる。
鳥の音が小さく響き、一つの小さな影がゆっくりとロイドの前に現れた。
「クィッキー……お前」
目の前に現れた小動物にいつものような軽快さは無く、目を瞑ったまま彼女とロイドを隔てるように立っていた。
愛らしい瞳は不本意そうな光を宿しているが、逆立つ毛並みは対立の意思を示している。
メルディがもう一吹きすれば、クィッキーは望むと望まずとも攻勢に乗り出すであろうことが嫌でも伝わってしまう。
クィッキーが力無く一鳴きする。いつものような明るさはまったく無く、有ったのは何を信じればいいのかを自問するかのように心許なさだけだった。
キールを排除するでもなく、ロイドを攻撃するでもなく、彼女を脅かす敵を定められない。
それでも、メルディだけは守り抜いてみせるというような、悲壮な声に、ロイドはクィッキーとその飼い主を責める事は出来なかった。
キールが一瞬メルディの方へ視線を向けて睨むのを、ロイドは見逃さなかった。
タイミングから考えて、キールがメルディに指示を送ったのだろう。
午前中にそんなことを訓練していたことを記憶している。
メルディが今行った行為がキールの意図にそぐわないものだったのだろう。
傍観を決め込むかのように黙ったユグドラシルは気付いているのかどうかハッキリしない微笑を作ったままだ。
この三人の意思は同調されていない。
それだけが、今のロイドに理解できた平穏だった。
「なんだ……もしかして、結構行き当たりばったりで思いついたんじゃないだろうな?
先に来てた二人も知らなかったみたいだし、何考えてるんだよ?」
「そうでもない。考えていたから二人が先に来たんだよ。おかげで話が早く済んだ」
揺さぶりを掛けようとしたロイドの言葉を流しキールは淡々と、謝辞の様な皮肉を返す。
「なんだよ、話って…………ッ!!」
ロイドの言葉が詰まる。
生き残った丘の6人、先遣隊二人、キールとメルディ、そして“済んだ話”。
嫌な疑惑の塊が、射殺すように脳裏を直撃する。
「グリッドを、どうした」
一言一句を舌で転がして、ロイドはそれだけを聞いた。
「殺したよ」
帰ってきた返答は、問いに込められた思いに比べてあまりにもぞんざいだった。
タイミングから考えて、キールがメルディに指示を送ったのだろう。
午前中にそんなことを訓練していたことを記憶している。
メルディが今行った行為がキールの意図にそぐわないものだったのだろう。
傍観を決め込むかのように黙ったユグドラシルは気付いているのかどうかハッキリしない微笑を作ったままだ。
この三人の意思は同調されていない。
それだけが、今のロイドに理解できた平穏だった。
「なんだ……もしかして、結構行き当たりばったりで思いついたんじゃないだろうな?
先に来てた二人も知らなかったみたいだし、何考えてるんだよ?」
「そうでもない。考えていたから二人が先に来たんだよ。おかげで話が早く済んだ」
揺さぶりを掛けようとしたロイドの言葉を流しキールは淡々と、謝辞の様な皮肉を返す。
「なんだよ、話って…………ッ!!」
ロイドの言葉が詰まる。
生き残った丘の6人、先遣隊二人、キールとメルディ、そして“済んだ話”。
嫌な疑惑の塊が、射殺すように脳裏を直撃する。
「グリッドを、どうした」
一言一句を舌で転がして、ロイドはそれだけを聞いた。
「殺したよ」
帰ってきた返答は、問いに込められた思いに比べてあまりにもぞんざいだった。
「ふ……ざけってんじゃ、ねええ!!何でだ!何で殺す必要があるんだよ!!」
「人を殺人快楽者のように言うなよ。何度も言っていただろう。“敵”達を倒すためなら、どんな卑劣な手段でも使ってやると。
あいつは僕を殺そうとして、メルディを傷つけた。それだけで十分に定義を満たしていたよ」
キールの言葉にロイドはメルディの方を向いて確認する。
治療が済んでいて気付かなかったが、右肩に生傷が増えていた。
「だからって、だからって、グリッドにも何か理由があったんだろ?なあ!!」
それが事実としても、このキールの状況を考えればグリッド一人に理由があるとも思えない。
キールは少しだけこめかみを掻いた後、目を細めた。
「あいにくと、僕は敵と面向かって一々理由を聞いている程暇じゃあないんでね。
況してやこの身は唯の人。対価として心臓を差し出すような豪胆も持ち合わせが無い」
「なん、だと……」
あまりにも露骨な皮肉にロイドは失った臓器のあたりに、幻の痒さを覚える。
恥も後ろめたさも感じないような、或いは何処かに捨て去ったようなキールに抱いたロイド=アーヴィングとして当然の感情だった。
「どうして……何があったんだよ。何でお前を変えたんだよ? なあ、キール!!」
だが、今まで積み上げてきた彼との過去は、激情一つでひっくり返せる様な安いものではない。
ロイドは、もう一度問う。全てを明らかにしなければ、自分の立っている位置すら分からない。
この足を踏み出して戦うにせよ逃げるにせよ、もう一度だけは聞かなければならないと、己の甘さが命じた。
「人を殺人快楽者のように言うなよ。何度も言っていただろう。“敵”達を倒すためなら、どんな卑劣な手段でも使ってやると。
あいつは僕を殺そうとして、メルディを傷つけた。それだけで十分に定義を満たしていたよ」
キールの言葉にロイドはメルディの方を向いて確認する。
治療が済んでいて気付かなかったが、右肩に生傷が増えていた。
「だからって、だからって、グリッドにも何か理由があったんだろ?なあ!!」
それが事実としても、このキールの状況を考えればグリッド一人に理由があるとも思えない。
キールは少しだけこめかみを掻いた後、目を細めた。
「あいにくと、僕は敵と面向かって一々理由を聞いている程暇じゃあないんでね。
況してやこの身は唯の人。対価として心臓を差し出すような豪胆も持ち合わせが無い」
「なん、だと……」
あまりにも露骨な皮肉にロイドは失った臓器のあたりに、幻の痒さを覚える。
恥も後ろめたさも感じないような、或いは何処かに捨て去ったようなキールに抱いたロイド=アーヴィングとして当然の感情だった。
「どうして……何があったんだよ。何でお前を変えたんだよ? なあ、キール!!」
だが、今まで積み上げてきた彼との過去は、激情一つでひっくり返せる様な安いものではない。
ロイドは、もう一度問う。全てを明らかにしなければ、自分の立っている位置すら分からない。
この足を踏み出して戦うにせよ逃げるにせよ、もう一度だけは聞かなければならないと、己の甘さが命じた。
しかし、半分先程までと同様に杜撰に返されるものだと思っていた予測は、まったく意外な所から砕かれる。
「そうだな……それは実に興味深い」
ユグドラシルがキールを鑑定するかのように視線を向けた。
「あの場はあまりにも滑稽だったからそのままお前の願望を聞いたが、私もお前の腹の内は聞いてみたいと思っていた。
話してみろ。包み隠してもいいが、面白くなければ命が落ちるぞ?」
「……いいだろう。生き死になんてどうでもいいグリッドにはそれなりの説明しかしなかったからな。
“絶対に死んでもらわなければ困る”ロイドには、語っても問題ないか。冥途の船賃には些か大きすぎるけど」
恐るべき言葉をさも数式を語るように、キールはロイドに背を向けて、息を吸い込んだ。
「そうだな……それは実に興味深い」
ユグドラシルがキールを鑑定するかのように視線を向けた。
「あの場はあまりにも滑稽だったからそのままお前の願望を聞いたが、私もお前の腹の内は聞いてみたいと思っていた。
話してみろ。包み隠してもいいが、面白くなければ命が落ちるぞ?」
「……いいだろう。生き死になんてどうでもいいグリッドにはそれなりの説明しかしなかったからな。
“絶対に死んでもらわなければ困る”ロイドには、語っても問題ないか。冥途の船賃には些か大きすぎるけど」
恐るべき言葉をさも数式を語るように、キールはロイドに背を向けて、息を吸い込んだ。
「少し組み立てが複雑になるが、お前のような手合いには時系列に語った方がわかりやすいだろう。
ことの始まりは、シャーリィだ。あの滄我砲が全ての始まりだよ」
南の空を向いたキールは、四則と命を等式にして解を語り始めた。
「ロイド、お前はあの一撃を見てどう思った?」
「どう、って……怖かったさ」
フラッシュバックする、原初の恐怖を呼び起こす光にロイドは唾を飲んだ。
そして、その恐怖に冒されたキールの叫びとも笑いともつかない姿も付随して思い出される。
「感情論の話じゃない。あの時点でお前は迷わず仲間を助けに行くと言ったな。覚えているか?」
キールの言う意図を飲み込めず、ロイドは思い出すのに一拍子腰を折った。
仲間を助けに行くなんて、当たり前過ぎて、逆に思い出せない。
「全くお前は正真正銘、骨の髄までヒーローだよ。故に見逃してはならない問題を知覚しない。
それが問題であるということを認識できないんだ」
「何だよ、何が分かってないっていうんだ」
ロイドが怪訝そうに問いながら、フラフラと歩くキールとミトスの奇襲に神経を注いだ。
過去を振り返っても、あの時点で自分に迷いも落ち度もなかったと思う。
「そこがお前の限界だよ、ロイド。あそこにいた参加者が“自分たちが辿り着くまで生きている”なんてどうして確信できるんだ?」
キールの一言に一瞬の空白を空けた後、ロイドは片足から力が抜けるような錯覚を覚えた。
砂を落とすように過去を洗い落とし、その時の記憶を検索する。
恐怖を堪えて自らを奮い立たせ、仲間の無事を願い駆け出した。
一分一秒でも早く間に合えと、考えうる限りの速さを以ってあの丘を駆けた。
そこに一片の躊躇も微塵の後悔も無い。
「そう。お前はそうやって自らの願いを押し付けた。“どうか無事であってくれ、何が何でも生き延びていてくれと”
勝手に都合の良い未来を現実に押し付けた。何処をどう解釈すれば、あの一撃で“全滅している可能性”をそこまでスッパリ忘却できる?
これだからお前のような存在は、子供のような夢を荒涼とした現実に押し付ける恥を知らない。
自分が助けに来るまで、怪人が人質を生かしておくことを疑わない。否、生かしておけと怪人に強制する。
“敵”に己の未来を託すこと莫迦にすら気付かない。なあ、滑稽だとは思わないか?」
キールの口には諧謔味が浮かんでいた。言葉の持つ酒精に身を委ねる様に酒を飲み干していく。
「お前らのような非凡は、自分たちの持つ世界を疑わず凡人にその非凡の理を強要する。
現実的に考えて、あの砲撃を生き延びて五体満足で生き延びられると誰が思う?
常識的に考えて、よしんば生き延びた連中が砲撃を見た後にまともに戦えると誰が思う?
理論的に考えて、僕達が駆けつけるまでの十数分、生き延びられると誰が思う!?
少しは最悪の事態に恐怖する脳味噌位残す気は無いのかッ!!」
ロイドはキールの鬼気迫る言葉に窮した。
それは、目の前の彼が人の変わったように叫ぶことに窮したからでも、自らが反論できないほど巧緻な理屈だったからでも無い。
青年が放つ理の皮を被った獣の言葉がこのまま続けば、
今まで見なかったものを、知らなくてよかったもの覗いてしまうという予感が、ロイドを強張らせていた。
「キール、お前の言ってることはそうかもしれねえ。でも、でもよ、無事だったんだ。間に合ったんだ。
それでよかっただろ?それで済んだじゃねえか。何が気に入らないっていうんだよ!!」
ロイドが、不変の極致である過去を依代として反論を繰り出す。
過去のミスを指摘されるのはこの際甘んじて受けるにしても、現実として彼らは死人一人の状況で間に合い、
そこでシャーリィ=フェンネスを打倒する大きな要因となった事実は変わらない。そして、今の話に何処にもこの裏切りと繋がる点が見えてこない。
ことの始まりは、シャーリィだ。あの滄我砲が全ての始まりだよ」
南の空を向いたキールは、四則と命を等式にして解を語り始めた。
「ロイド、お前はあの一撃を見てどう思った?」
「どう、って……怖かったさ」
フラッシュバックする、原初の恐怖を呼び起こす光にロイドは唾を飲んだ。
そして、その恐怖に冒されたキールの叫びとも笑いともつかない姿も付随して思い出される。
「感情論の話じゃない。あの時点でお前は迷わず仲間を助けに行くと言ったな。覚えているか?」
キールの言う意図を飲み込めず、ロイドは思い出すのに一拍子腰を折った。
仲間を助けに行くなんて、当たり前過ぎて、逆に思い出せない。
「全くお前は正真正銘、骨の髄までヒーローだよ。故に見逃してはならない問題を知覚しない。
それが問題であるということを認識できないんだ」
「何だよ、何が分かってないっていうんだ」
ロイドが怪訝そうに問いながら、フラフラと歩くキールとミトスの奇襲に神経を注いだ。
過去を振り返っても、あの時点で自分に迷いも落ち度もなかったと思う。
「そこがお前の限界だよ、ロイド。あそこにいた参加者が“自分たちが辿り着くまで生きている”なんてどうして確信できるんだ?」
キールの一言に一瞬の空白を空けた後、ロイドは片足から力が抜けるような錯覚を覚えた。
砂を落とすように過去を洗い落とし、その時の記憶を検索する。
恐怖を堪えて自らを奮い立たせ、仲間の無事を願い駆け出した。
一分一秒でも早く間に合えと、考えうる限りの速さを以ってあの丘を駆けた。
そこに一片の躊躇も微塵の後悔も無い。
「そう。お前はそうやって自らの願いを押し付けた。“どうか無事であってくれ、何が何でも生き延びていてくれと”
勝手に都合の良い未来を現実に押し付けた。何処をどう解釈すれば、あの一撃で“全滅している可能性”をそこまでスッパリ忘却できる?
これだからお前のような存在は、子供のような夢を荒涼とした現実に押し付ける恥を知らない。
自分が助けに来るまで、怪人が人質を生かしておくことを疑わない。否、生かしておけと怪人に強制する。
“敵”に己の未来を託すこと莫迦にすら気付かない。なあ、滑稽だとは思わないか?」
キールの口には諧謔味が浮かんでいた。言葉の持つ酒精に身を委ねる様に酒を飲み干していく。
「お前らのような非凡は、自分たちの持つ世界を疑わず凡人にその非凡の理を強要する。
現実的に考えて、あの砲撃を生き延びて五体満足で生き延びられると誰が思う?
常識的に考えて、よしんば生き延びた連中が砲撃を見た後にまともに戦えると誰が思う?
理論的に考えて、僕達が駆けつけるまでの十数分、生き延びられると誰が思う!?
少しは最悪の事態に恐怖する脳味噌位残す気は無いのかッ!!」
ロイドはキールの鬼気迫る言葉に窮した。
それは、目の前の彼が人の変わったように叫ぶことに窮したからでも、自らが反論できないほど巧緻な理屈だったからでも無い。
青年が放つ理の皮を被った獣の言葉がこのまま続けば、
今まで見なかったものを、知らなくてよかったもの覗いてしまうという予感が、ロイドを強張らせていた。
「キール、お前の言ってることはそうかもしれねえ。でも、でもよ、無事だったんだ。間に合ったんだ。
それでよかっただろ?それで済んだじゃねえか。何が気に入らないっていうんだよ!!」
ロイドが、不変の極致である過去を依代として反論を繰り出す。
過去のミスを指摘されるのはこの際甘んじて受けるにしても、現実として彼らは死人一人の状況で間に合い、
そこでシャーリィ=フェンネスを打倒する大きな要因となった事実は変わらない。そして、今の話に何処にもこの裏切りと繋がる点が見えてこない。
キールはロイドの種々の疑問入り混じった感情をハンッと鼻で笑った。
「聞いたかメルディ? この傷だらけの莫迦者は、それで済んだんだから良いだろと、結果オーライだとでも言い放ったぞ?
全く以って、自らに与えられる未来が常に最良だと確信していなければ到底口にするのも憚られる御伽噺の主人公の言葉だ。
雛鳥が親鳥に餌を与えられることを疑わないように幼い言の葉。
こんな言葉の中で安穏と身を守っていたのなら、成程全てに甘えて全てを守り通すなどと謡うのも納得だ。
これを無知と言わずしてッ、無恥と謳わずして何だッ!!」
「―――――――――――――――ッ」
臓腑を握り潰されるような息苦しさに、ロイドは危うくコレットを落としそうになる。
それを制したのは、他ではないキールだった。
「まだだロイド。しっかり支えなければ、何もかも落とすぞ。
さて、話を続けようか。成程、確かにお前の言う通り、この状況とあの時点での僕の思考に直結したものは無い。
あの時僕はこの計画の骨格を空想しただけだ。最悪の状況を打破する為の策を練るしかなかった。
さて、ここで問いだ。この状況下で想定される最悪とは何だ?」
問いかけるキールの目は、爬虫類のように湿っていた。
今更ここまで自分の最善を否定しておいてよくも言う。こいつの言うところの最悪とは詰まる所、
「グリッドやヴェイグ達の全滅って言いたいんだろ」
「及第だが不完全だ。損害10割の殲滅がこの場合正しいのだろうが、まあこの際言葉遊びは良い。
問題はそこに対する対処、僕とメルディそしてお前、残存勢力三名での勝利への方策だ。
さて問の二。この状況を打破するのにもっとも有効な手段は?」
ロイドは深みに嵌りながらキールの問いに耳を傾けてしまう。
塞いでしまえば済む話なのに、その両手は彼女を支えて塞がっていた。
もし、ヴェイグもカイルもグリッドも誰も彼もあの場で死んでいたとして、どうなっていたか。
まずシャーリィを倒せるかどうかが怪しい。三人では残存する敵を一人倒せるかどうかといった、お話にならない状況である。
戦力を確保して、再編しなければ再起も適わない。だが、その戦力を集める役割だったグリッド達が死んでしまうのだから、
もう志を同じくして、などという仲間は存在しないと見ていいだろう。名簿から分かる差し引きだ。
ならば、残された手段は、
「寝返って、甘い汁を啜ろうって胆か!!」
「赤点だな。僕の立つ位置はそんな悠長な場所ではないよ。そもそも僕は未だに己の道を誤っていないから寝返ってもいない」
「どの口がそう言うッ!!」
「無論、最初はそう思ったさ。これは紛れも無い正真正銘の“裏切り”だとね。今までの信念を真逆に圧し折る行為だと。
だから、この考えは封印した。元々机上の空論、使おうと思って身命を託すような手札じゃない。
だからこそお前に、考え得る対シャーリィへの戦法と心構えを口を酸っぱくして伝えたはずだ。
今更信じろなどという気は端から無いが、あの時は、仮に三人だけが生き残ってもお前に未来を託すつもりだったんだよ」
キールの瞳が少しだけ翳った。
「じゃあ、どうしてだよ。尚更おかしいじゃねえか!! 皆、皆生きてたじゃないか! これから、これからこの道を続けていけば良かっただろ!?」
「黙れ。莫迦者」
恫喝に近い静止に、ロイドは叩き潰すような重圧を感じた。鉛のような怨嗟が、呪いに込められていた。
「ああ、生きていたさ。カイルの傷も、ヴェイグの傷も、殆ど無傷だったグリッドも含めて、重症こそ負えどもまだ誰も瀬戸際には居なかった。
あの瞬間、お前があんな莫迦なことをしなければ、こんなことする必要も無かっただろうさ。お前が心臓を溝に捨てるまではな!!」
「なん、だと」
「聞いたかメルディ? この傷だらけの莫迦者は、それで済んだんだから良いだろと、結果オーライだとでも言い放ったぞ?
全く以って、自らに与えられる未来が常に最良だと確信していなければ到底口にするのも憚られる御伽噺の主人公の言葉だ。
雛鳥が親鳥に餌を与えられることを疑わないように幼い言の葉。
こんな言葉の中で安穏と身を守っていたのなら、成程全てに甘えて全てを守り通すなどと謡うのも納得だ。
これを無知と言わずしてッ、無恥と謳わずして何だッ!!」
「―――――――――――――――ッ」
臓腑を握り潰されるような息苦しさに、ロイドは危うくコレットを落としそうになる。
それを制したのは、他ではないキールだった。
「まだだロイド。しっかり支えなければ、何もかも落とすぞ。
さて、話を続けようか。成程、確かにお前の言う通り、この状況とあの時点での僕の思考に直結したものは無い。
あの時僕はこの計画の骨格を空想しただけだ。最悪の状況を打破する為の策を練るしかなかった。
さて、ここで問いだ。この状況下で想定される最悪とは何だ?」
問いかけるキールの目は、爬虫類のように湿っていた。
今更ここまで自分の最善を否定しておいてよくも言う。こいつの言うところの最悪とは詰まる所、
「グリッドやヴェイグ達の全滅って言いたいんだろ」
「及第だが不完全だ。損害10割の殲滅がこの場合正しいのだろうが、まあこの際言葉遊びは良い。
問題はそこに対する対処、僕とメルディそしてお前、残存勢力三名での勝利への方策だ。
さて問の二。この状況を打破するのにもっとも有効な手段は?」
ロイドは深みに嵌りながらキールの問いに耳を傾けてしまう。
塞いでしまえば済む話なのに、その両手は彼女を支えて塞がっていた。
もし、ヴェイグもカイルもグリッドも誰も彼もあの場で死んでいたとして、どうなっていたか。
まずシャーリィを倒せるかどうかが怪しい。三人では残存する敵を一人倒せるかどうかといった、お話にならない状況である。
戦力を確保して、再編しなければ再起も適わない。だが、その戦力を集める役割だったグリッド達が死んでしまうのだから、
もう志を同じくして、などという仲間は存在しないと見ていいだろう。名簿から分かる差し引きだ。
ならば、残された手段は、
「寝返って、甘い汁を啜ろうって胆か!!」
「赤点だな。僕の立つ位置はそんな悠長な場所ではないよ。そもそも僕は未だに己の道を誤っていないから寝返ってもいない」
「どの口がそう言うッ!!」
「無論、最初はそう思ったさ。これは紛れも無い正真正銘の“裏切り”だとね。今までの信念を真逆に圧し折る行為だと。
だから、この考えは封印した。元々机上の空論、使おうと思って身命を託すような手札じゃない。
だからこそお前に、考え得る対シャーリィへの戦法と心構えを口を酸っぱくして伝えたはずだ。
今更信じろなどという気は端から無いが、あの時は、仮に三人だけが生き残ってもお前に未来を託すつもりだったんだよ」
キールの瞳が少しだけ翳った。
「じゃあ、どうしてだよ。尚更おかしいじゃねえか!! 皆、皆生きてたじゃないか! これから、これからこの道を続けていけば良かっただろ!?」
「黙れ。莫迦者」
恫喝に近い静止に、ロイドは叩き潰すような重圧を感じた。鉛のような怨嗟が、呪いに込められていた。
「ああ、生きていたさ。カイルの傷も、ヴェイグの傷も、殆ど無傷だったグリッドも含めて、重症こそ負えどもまだ誰も瀬戸際には居なかった。
あの瞬間、お前があんな莫迦なことをしなければ、こんなことする必要も無かっただろうさ。お前が心臓を溝に捨てるまではな!!」
「なん、だと」
「全く、お前という奴は大した道化だよ。あの瞬間、僕を含めた誰もが夢に魅せられた。
死者一名で、あのシャーリィを撃破。隙の無いハッピーエンドの後のお前の所作だ。
誰もが欲をかいた。“敵すら救って大団円”をお前の中に見てしまった。その末路が、そこの穴だ」
キールがロイドの胸に指を指した。指の先は体を貫いて向こう側の地面を示している。
「あの時の自分の絶叫を覚えているか? 耳を劈き天を割るかのような騒音。
自らの望む結末を得られなかったその心にはさぞや癒しだっただろうな。
他人の未来までをチップに賭けたギャンブルの失敗だ。負けるにしても痛快だったろうよ。やっている本人はな」
「なん、だと」
「そうだろう。あそこでシャーリィを諦めていれば、全てはお前の望む形で収まったはずだ。
僕もこんな真似で手を汚す必要も無かっただろうしな。さて、ここで問の三だ。
“お前はあの莫迦な真似をしようと思ったとき、少しだけでも他の仲間のことを慮ったか?”」
ロイドの歯が、ガチガチと噛み合わぬ不快な音を立てた。
聞いてはいけない。これは解なんかじゃない。
(陳腐な昔話で同情を誘って、少しくらいの死期を延ばして、あれ?)
毒を耳から注いで腐らせ崩すかのような、
死者一名で、あのシャーリィを撃破。隙の無いハッピーエンドの後のお前の所作だ。
誰もが欲をかいた。“敵すら救って大団円”をお前の中に見てしまった。その末路が、そこの穴だ」
キールがロイドの胸に指を指した。指の先は体を貫いて向こう側の地面を示している。
「あの時の自分の絶叫を覚えているか? 耳を劈き天を割るかのような騒音。
自らの望む結末を得られなかったその心にはさぞや癒しだっただろうな。
他人の未来までをチップに賭けたギャンブルの失敗だ。負けるにしても痛快だったろうよ。やっている本人はな」
「なん、だと」
「そうだろう。あそこでシャーリィを諦めていれば、全てはお前の望む形で収まったはずだ。
僕もこんな真似で手を汚す必要も無かっただろうしな。さて、ここで問の三だ。
“お前はあの莫迦な真似をしようと思ったとき、少しだけでも他の仲間のことを慮ったか?”」
ロイドの歯が、ガチガチと噛み合わぬ不快な音を立てた。
聞いてはいけない。これは解なんかじゃない。
(陳腐な昔話で同情を誘って、少しくらいの死期を延ばして、あれ?)
毒を耳から注いで腐らせ崩すかのような、
(もしかして、唯の、自己満足?)
「結果を語る前に、原因を明らかにしておかねば因果は立ち行かないからな」
「結果を語る前に、原因を明らかにしておかねば因果は立ち行かないからな」
壊だ。
「“仲間が無事で生き残っているか”というギャンブルに勝って、お前は逆上せ上がった。
自らを主人公と錯覚したお前は自分の選択が常に最善になることを疑わない。
故に、欲をかいて、掛け金を上乗せして更なるギャンブルに身を投じ、結果、何もかもを巻き添えに破産した。
それだけの、それだけがお前の罪であり、この状況の原因だ。但し極刑モノの罪で、直に執行だけどな」
冷ややかなキールの瞳に映るロイドは、口を半開きにして、失意を絵に書いたような表情だった。
穢された。そんな気分だった。
ここまで来た道程は、反省はあっても後悔は無い。そう立ち止まったはずだった。
なのに、言葉の雨が欠損に染み入って痛む。
肉体の命を失い、希望を失い、最後の最後まで残ったたった一つのモノ。
それすら、唯の逆上せ上がった三流の博徒の莫迦と穢されてしまう。
根が腐るのが、リアルタイムで実感できた。
自らを主人公と錯覚したお前は自分の選択が常に最善になることを疑わない。
故に、欲をかいて、掛け金を上乗せして更なるギャンブルに身を投じ、結果、何もかもを巻き添えに破産した。
それだけの、それだけがお前の罪であり、この状況の原因だ。但し極刑モノの罪で、直に執行だけどな」
冷ややかなキールの瞳に映るロイドは、口を半開きにして、失意を絵に書いたような表情だった。
穢された。そんな気分だった。
ここまで来た道程は、反省はあっても後悔は無い。そう立ち止まったはずだった。
なのに、言葉の雨が欠損に染み入って痛む。
肉体の命を失い、希望を失い、最後の最後まで残ったたった一つのモノ。
それすら、唯の逆上せ上がった三流の博徒の莫迦と穢されてしまう。
根が腐るのが、リアルタイムで実感できた。
「さて、お前を語り準備が整った所でお望み通り僕を語ろうか。
詰まるところ原因はお前なんだよ。言っただろう。お前が死ねば全てが終わると」
キールは囁く様に語るが、瞳孔が開ききったロイドには碌に聞こえなかった。
突如として信念から裏返った罪悪が鼓膜の向こう側まで押し寄せていた。
「だが、これには語弊がある。お前が死んでも、実の所それはゲームオーバーを意味しない」
「何……?」
「問の四。この盤上から一早く抜け出すその勝利条件は何か」
ロイドが苦悶する顔をキールに向ける。手に感じる彼女の重さの幻だけが、現実を彼に繋ぎ止めていた。
勝利条件、それは即ち脱出条件に他ならない。
ならばそれは何か。その一翼を担っているロイドには直ぐに理解できる。
一つ、時の魔剣エターナルソード。これを以ってミクトランが居たあの最初の場所に道を開く。
一つ、自分自身、ロイド=アーヴィング。時の魔剣は契約者にしか使えない。
そして、最後は……
「そう、船と繰り手を以って外つ国に旅立つには切符が要る」
キールは自らの指で、己の首に輝く首輪を指した。
首輪を解体せねば、向こう側に行くことすらままならない。
詰まるところ原因はお前なんだよ。言っただろう。お前が死ねば全てが終わると」
キールは囁く様に語るが、瞳孔が開ききったロイドには碌に聞こえなかった。
突如として信念から裏返った罪悪が鼓膜の向こう側まで押し寄せていた。
「だが、これには語弊がある。お前が死んでも、実の所それはゲームオーバーを意味しない」
「何……?」
「問の四。この盤上から一早く抜け出すその勝利条件は何か」
ロイドが苦悶する顔をキールに向ける。手に感じる彼女の重さの幻だけが、現実を彼に繋ぎ止めていた。
勝利条件、それは即ち脱出条件に他ならない。
ならばそれは何か。その一翼を担っているロイドには直ぐに理解できる。
一つ、時の魔剣エターナルソード。これを以ってミクトランが居たあの最初の場所に道を開く。
一つ、自分自身、ロイド=アーヴィング。時の魔剣は契約者にしか使えない。
そして、最後は……
「そう、船と繰り手を以って外つ国に旅立つには切符が要る」
キールは自らの指で、己の首に輝く首輪を指した。
首輪を解体せねば、向こう側に行くことすらままならない。
「だが、それでは少し完璧とは言い難いな。ロイド、お前は言っていたぞ。
“ミトスは魔剣を用いて、コレットをマーテルに降ろす”と。ならばそれは魔剣を使えるという確信がミトスにあるという話だ。
同時に、魔剣を持って遁走したクレスも担い手であることはお前の口から聞いている。
だから二番目の正解は魔剣の担い手、“時空剣士”だ」
キールはカツカツと足音を立てながらミトスとロイドから等距離の点を集めたような線を歩いた。
「つまり、この三枚のカードを手札に揃えること。
この三枚で役を作ってこそ和了りということになる点で、これはポーカーと言えるだろうな。望むならこれよりも更なる役を目指せばいい」
山札よりカードを引き当て、要らないカードを棄て、役を作る。正しくギャンブルと言える。如何様を含めて良いのならば。
そして何より、これがポーカー足る最大の理由は、
「そう、絵柄はどうでも良いんだ。お前だろうがミトスだろうが、極論さえしてしまえばクレスだろうが。“時空剣士”という数字でさえあればいい。
時空剣士だけに限った話じゃない。“フォルス使い”“ソーディアン”などの他のカードにも通ずるものがある」
「人を、トランプ扱いするな!!」
「自分の絶対性を崩されて癇に障ったか?
そうだな、お前の我が許されていたのも、偏にそのレアスキルが有ったのは事実だ」
「舐めるなよキール!! 俺はそんなこと思ったことは一度もない!!」
ロイドは頭を振って否定を試みる。しかし、内側には幾らかの恐れがあった。
メルディの姿を一瞥し、過失の記憶が揺り起こされる。
正しいと思った信念に裏切られて、俺達は堕ちている。
「まあ、そうだな」
しかしキールの口から出てきた言葉は口だけの反論に同意する。
いっそ、否定してくれれば、どれほど楽かとロイドは思った。
首を絞める言葉の縄が少しだけ緩み、ほう、と一息を付いたところにタイミングを見計らったように縄が絞られる。
「主人公は得てしてそういうものだ。極点に立つものが地軸の回転を自覚する訳がない。
自分の正しさを疑うことは出来ないのだから、何、それを恥じることはない」
そこで一拍を置いて、キールはだが、と論を転換させた。
「残念な事にこの世界の中心には既に“王”が居座っている。ならばお前もただの一人なんだロイド。
それを自覚できなかったお前の傲慢と過失が、ここに結実している。それさえあれば、心臓一つ位は節約できたろうよ」
キールは額を指でコツコツと叩き、次の責め句を考えるかのように笑った。
「そう、お前の存在の希少性の無価値化。三人で勝つことだけを考えて考えてあのときに僕が気づいたのはそこだ」
キールはそこでミトスの方を向いた。
ミトスもそちらを向いて、ロイドの位置からでは前髪で目元が分からない。
だが、唇の卑しさに、その感情はロイドにも簡単に読み取れた。
「生き残るには、敵だろうが何だろうが戦力を掻き集めるしかない。
あの時点で考えられる候補は三つしかなかった。
未だ名前しか知らないリオンは情報が足りなさ過ぎるので却下。
単体局地戦力として最強であろうクレスとティトレイはデミテルを裏切った事実から戦力として当てにならん。
そしてミトス、いやユグドラシル。お前だけが残った」
ユグドラシルの唇が喜悦を納めるように歪みを正した。
「劣悪種に必要とされても、困るがな……一体、何がお前の条件を満たしたと?」
抑揚はない。自らが答えに確信を持っている音だった。
“ミトスは魔剣を用いて、コレットをマーテルに降ろす”と。ならばそれは魔剣を使えるという確信がミトスにあるという話だ。
同時に、魔剣を持って遁走したクレスも担い手であることはお前の口から聞いている。
だから二番目の正解は魔剣の担い手、“時空剣士”だ」
キールはカツカツと足音を立てながらミトスとロイドから等距離の点を集めたような線を歩いた。
「つまり、この三枚のカードを手札に揃えること。
この三枚で役を作ってこそ和了りということになる点で、これはポーカーと言えるだろうな。望むならこれよりも更なる役を目指せばいい」
山札よりカードを引き当て、要らないカードを棄て、役を作る。正しくギャンブルと言える。如何様を含めて良いのならば。
そして何より、これがポーカー足る最大の理由は、
「そう、絵柄はどうでも良いんだ。お前だろうがミトスだろうが、極論さえしてしまえばクレスだろうが。“時空剣士”という数字でさえあればいい。
時空剣士だけに限った話じゃない。“フォルス使い”“ソーディアン”などの他のカードにも通ずるものがある」
「人を、トランプ扱いするな!!」
「自分の絶対性を崩されて癇に障ったか?
そうだな、お前の我が許されていたのも、偏にそのレアスキルが有ったのは事実だ」
「舐めるなよキール!! 俺はそんなこと思ったことは一度もない!!」
ロイドは頭を振って否定を試みる。しかし、内側には幾らかの恐れがあった。
メルディの姿を一瞥し、過失の記憶が揺り起こされる。
正しいと思った信念に裏切られて、俺達は堕ちている。
「まあ、そうだな」
しかしキールの口から出てきた言葉は口だけの反論に同意する。
いっそ、否定してくれれば、どれほど楽かとロイドは思った。
首を絞める言葉の縄が少しだけ緩み、ほう、と一息を付いたところにタイミングを見計らったように縄が絞られる。
「主人公は得てしてそういうものだ。極点に立つものが地軸の回転を自覚する訳がない。
自分の正しさを疑うことは出来ないのだから、何、それを恥じることはない」
そこで一拍を置いて、キールはだが、と論を転換させた。
「残念な事にこの世界の中心には既に“王”が居座っている。ならばお前もただの一人なんだロイド。
それを自覚できなかったお前の傲慢と過失が、ここに結実している。それさえあれば、心臓一つ位は節約できたろうよ」
キールは額を指でコツコツと叩き、次の責め句を考えるかのように笑った。
「そう、お前の存在の希少性の無価値化。三人で勝つことだけを考えて考えてあのときに僕が気づいたのはそこだ」
キールはそこでミトスの方を向いた。
ミトスもそちらを向いて、ロイドの位置からでは前髪で目元が分からない。
だが、唇の卑しさに、その感情はロイドにも簡単に読み取れた。
「生き残るには、敵だろうが何だろうが戦力を掻き集めるしかない。
あの時点で考えられる候補は三つしかなかった。
未だ名前しか知らないリオンは情報が足りなさ過ぎるので却下。
単体局地戦力として最強であろうクレスとティトレイはデミテルを裏切った事実から戦力として当てにならん。
そしてミトス、いやユグドラシル。お前だけが残った」
ユグドラシルの唇が喜悦を納めるように歪みを正した。
「劣悪種に必要とされても、困るがな……一体、何がお前の条件を満たしたと?」
抑揚はない。自らが答えに確信を持っている音だった。
「お前が殺し手ではあっても“敵”じゃないからだ」
「ふ、ふっざけんなあああああああああ!!!!!!!!!!!」
ロイドが怒号でキールに割り込む。唾は飛ばなかった。
「言うに事欠いて何言ってるんだよ! こいつはリアラって女の子を殺したって、お前が言ったじゃねえか!!
敵は一人残らず殺すって、容赦しないって、お前が言ったんだろうが!
今更こいつが敵じゃ有りませんって、お前の理屈に都合が良すぎだろ!!」
今までとは打って変わってロイドの声に迷いがない。
他人事ならば、自らに疑う理由も持ち得ない分、ようやく開けた弱点を必死で突くような矮小さが反動に出ていた。
しかし、キールの返答は僅か一秒で帰ってくる。
待ち伏せされたと確信したときに、ようやくロイドは深みに嵌ったと知った。
「莫迦を言うな。お前の「“敵”は人を殺す」という定義を真として「故に“敵”は殺さなければならない」を真とすれば、
論者を包括した場合パラドックスに陥るだろう。僕は殺し手ではあるが生憎と全滅は好みじゃないんでね。
僕は唯僕の“敵”の定義に従って、あの時ユグドラシルが限定条件込みで“敵”ではないことに気付いただけだよ」
ロイドは口をあんぐりと開いて顎を外す努力しかできなかった。
それが明らかな詭弁か屁理屈であることは頭では分かっても罠に掛かったロイドには論に反する力は残されていなかった。
「ロイド、お前が気付かせてくれたんだよ。お前が言ったミトスの目的に従って僕はこの結論を出した」
目まぐるしく回転している様でその実既に碌として噛み合っていない脳で、ロイドは自分の喋った言葉を半ば自動的に思い出そうと試みた。
何時ミトスを語った? 今日の朝、城跡で。
ミトスの何を語った? ユグドラシル化について、ミトスの戦術スキルについて、あと、
「ふ、ふっざけんなあああああああああ!!!!!!!!!!!」
ロイドが怒号でキールに割り込む。唾は飛ばなかった。
「言うに事欠いて何言ってるんだよ! こいつはリアラって女の子を殺したって、お前が言ったじゃねえか!!
敵は一人残らず殺すって、容赦しないって、お前が言ったんだろうが!
今更こいつが敵じゃ有りませんって、お前の理屈に都合が良すぎだろ!!」
今までとは打って変わってロイドの声に迷いがない。
他人事ならば、自らに疑う理由も持ち得ない分、ようやく開けた弱点を必死で突くような矮小さが反動に出ていた。
しかし、キールの返答は僅か一秒で帰ってくる。
待ち伏せされたと確信したときに、ようやくロイドは深みに嵌ったと知った。
「莫迦を言うな。お前の「“敵”は人を殺す」という定義を真として「故に“敵”は殺さなければならない」を真とすれば、
論者を包括した場合パラドックスに陥るだろう。僕は殺し手ではあるが生憎と全滅は好みじゃないんでね。
僕は唯僕の“敵”の定義に従って、あの時ユグドラシルが限定条件込みで“敵”ではないことに気付いただけだよ」
ロイドは口をあんぐりと開いて顎を外す努力しかできなかった。
それが明らかな詭弁か屁理屈であることは頭では分かっても罠に掛かったロイドには論に反する力は残されていなかった。
「ロイド、お前が気付かせてくれたんだよ。お前が言ったミトスの目的に従って僕はこの結論を出した」
目まぐるしく回転している様でその実既に碌として噛み合っていない脳で、ロイドは自分の喋った言葉を半ば自動的に思い出そうと試みた。
何時ミトスを語った? 今日の朝、城跡で。
ミトスの何を語った? ユグドラシル化について、ミトスの戦術スキルについて、あと、
『魔剣を持って、追って来い。僕は、いつでも待っている』
――――――――――――あいつは、マーテルを…あいつの姉さんを復活させようとしてるんだ。コレットの体に乗り移らせて!
――――――――――――――――――…それにはかなりの力、つまりエターナルソードが必要なんだ。
――――――――――――――――――…それにはかなりの力、つまりエターナルソードが必要なんだ。
「あ゛」
喉を潰したような声に、キールの目が手応えを確かめるようにピクリと反応した。
「これが真であるならばある命題が隠れている。確かに、ミトスを倒すべき相手と考える限りは到底思いつかないし、思いつく必要すら無いことだ。
故に敢えて今問おうユグドラシル。“ミトスの現状での目的はコレットにマーテルを降ろすことだ”という命題。真か偽か?」
まるで小芝居のように、実質小芝居と同価値の大仰さでキールはミトスに問いを投げかける。
ロイドは黙ってそれを見逃すしかなかった。
「ああ、真だ。故にお前の手札は通る。私は今の所、お前と同様にあらゆる手段を用いてでも“複数人での攻略”を目指す存在だ」
歯を噛みしめて悔しむが、ロイドには奥歯を割るほどの気力は残っていない。
呼応してユグドラシルが脱出を敢えて攻略と言い換える辺りにロイドは限りなく嫌悪を覚える。
キールの虚のような行為が現実と結びつくのをロイドは実感した。
喉を潰したような声に、キールの目が手応えを確かめるようにピクリと反応した。
「これが真であるならばある命題が隠れている。確かに、ミトスを倒すべき相手と考える限りは到底思いつかないし、思いつく必要すら無いことだ。
故に敢えて今問おうユグドラシル。“ミトスの現状での目的はコレットにマーテルを降ろすことだ”という命題。真か偽か?」
まるで小芝居のように、実質小芝居と同価値の大仰さでキールはミトスに問いを投げかける。
ロイドは黙ってそれを見逃すしかなかった。
「ああ、真だ。故にお前の手札は通る。私は今の所、お前と同様にあらゆる手段を用いてでも“複数人での攻略”を目指す存在だ」
歯を噛みしめて悔しむが、ロイドには奥歯を割るほどの気力は残っていない。
呼応してユグドラシルが脱出を敢えて攻略と言い換える辺りにロイドは限りなく嫌悪を覚える。
キールの虚のような行為が現実と結びつくのをロイドは実感した。
「ならばこそ、お前に切符を託した意味がある。これでリーチだ」
キールの闇を湛えながらも溌剌とした顔には一切の迷いも喜悦も浮かんでいなかった。
少なくとも、ロイドにはおよそ後悔と呼べる所作は感じ取られなかった。
「この三枚の内、重要なのは実は時空剣士だ。切符に関しては少々てこずるだろうが、大凡の理論体系が確立している。
魔剣は原則としてモノだからな。多少知恵と時間があれば手に入れることは難しくない」
だが、と止めて、キールは息を吸い込んだ。
「時空剣士だけはこの二つと異なり、全てが捨て山に行く可能性がある。それだけは何としても避けたかった。
その点から見ても……ロイド、お前の先行は矢張り大罪だよ。お前には致命的に、想像したくない未来を想像できない」
膝を小刻みに震わせたロイドの表情は、もう聞いているのか聞いていないのか分からないほどに崩れかかっていた。
自分の最後の領域を固守する為に、その他全てを捨て去ったような諦観だった。
「問いの六。お前は、自分が死んだ後のことをどう思っていたんだ?」
無言のまま、ロイドは繰り糸に手繰り寄せられるように思考をそちらに寄せる。
あの時、何を思って走ったのだろうか。
少なくとも、ロイドにはおよそ後悔と呼べる所作は感じ取られなかった。
「この三枚の内、重要なのは実は時空剣士だ。切符に関しては少々てこずるだろうが、大凡の理論体系が確立している。
魔剣は原則としてモノだからな。多少知恵と時間があれば手に入れることは難しくない」
だが、と止めて、キールは息を吸い込んだ。
「時空剣士だけはこの二つと異なり、全てが捨て山に行く可能性がある。それだけは何としても避けたかった。
その点から見ても……ロイド、お前の先行は矢張り大罪だよ。お前には致命的に、想像したくない未来を想像できない」
膝を小刻みに震わせたロイドの表情は、もう聞いているのか聞いていないのか分からないほどに崩れかかっていた。
自分の最後の領域を固守する為に、その他全てを捨て去ったような諦観だった。
「問いの六。お前は、自分が死んだ後のことをどう思っていたんだ?」
無言のまま、ロイドは繰り糸に手繰り寄せられるように思考をそちらに寄せる。
あの時、何を思って走ったのだろうか。
ああ、そうだ“諦め”だ。
後は、皆が何とかしてくれるだろうと思って、だから、俺に出来ることを、俺にしか出来ないことをしようと思って。
「詰る所玉砕、三文芝居も良い所だな。お前は満足げにそこで舞台を降りるから考えたこともないだろうが…
だが、その後の芝居を見て逝かないのは損というものだろう」
キールはそういって、顎でミトスの方を示した。
「構造が単純だからな。お前の筋書きは見当が付く。
大方、自らが血路を開いてクレスとミトスをボロボロになりながらも打ち倒してコレットと魔剣エターナルソードを奪い返し、
最後には後から駆けつけてきた、“自分が守った”連中に見守られながら傷だらけの体を押して船を漕いで天への道を拓く。
そうして、後は泣きながら去っていく僕達を満足気に見送って、Finといったところだろう?」
子供の夢物語を侮蔑する大人のようにキールは、厭な顔をした。
既に、疲弊したロイドには過去の自分とキールが語る自分の区別が付かなかった。
本物が薄まれば、贋物にも意味がでてくるように、影が光を侵食する。
―――――――子供だな、と吐き捨てるキールの口撃にロイドは無抵抗だった。
「幻想と茶番の区別も付かないのでは仕様が無いじゃないか。
お前が他の時空剣士と最後まで争って死ねば、対立の図式は更にその濃度を増す。
もうミトスも僕の話は聞かなかっただろう。そうなれば、どのような形であれ時空剣士という札は一つとして僕の札の下には来なかった。
例えお前の言う所の“敵”を討ち果たしたところで、その後に待っているのはお前の想像するような活劇じゃあない。
全ての望みを絶たれた達による最後の椅子に賭けさせられた、仲間の肉を喰らい信じた者たちを殴殺するとびっきりの惨劇か、
良くて永久に等しい24時間の果てに精魂を抜かれたように憔悴しきった無表情のまま首を刎ねられて散る喜劇ッ」
その足を糸の上で支えろ。たった一つの光明を逃せば後は絶望だけだ。
「ならば最後に問おうロイド、ロイド=アーヴィングッ!!
そのか細い奇跡の塵山、その天辺の宝は、その麓の黒い結末を塗り潰すほど真実に輝いているのかッ!!」
だが、絶望の中のたった一つの光明、その構図そのものが“完成した絶望”なのではないだろうか?
「一の希望で得られる対価は百、九十九の絶望で失う欠損は万。ならばこれはもう玉砕なんて高尚なものですらない。
調子に乗るなよ奇跡の申し子。こんな下らない自己満足にまでにまだ奇跡を欲するのならばそれはもう、唯の浪費。
ならばお前は、富める故に奇跡の価値を知らない唯の成金!
現に今の相場では、お前の手持ちじゃこの窮地を脱する奇跡すら買えないさ」
既に痛みを覚えないロイドの肉体が、苦痛に悲鳴を上げた。
痛みを覚えて、漸くロイドは思い立った。キールはこの体が傷まないことを知っている。
だからこそ言霊で心を傷めるのだ。そしてそれはつまり、本気でキールは殺そうとしているということだ。
「詰る所玉砕、三文芝居も良い所だな。お前は満足げにそこで舞台を降りるから考えたこともないだろうが…
だが、その後の芝居を見て逝かないのは損というものだろう」
キールはそういって、顎でミトスの方を示した。
「構造が単純だからな。お前の筋書きは見当が付く。
大方、自らが血路を開いてクレスとミトスをボロボロになりながらも打ち倒してコレットと魔剣エターナルソードを奪い返し、
最後には後から駆けつけてきた、“自分が守った”連中に見守られながら傷だらけの体を押して船を漕いで天への道を拓く。
そうして、後は泣きながら去っていく僕達を満足気に見送って、Finといったところだろう?」
子供の夢物語を侮蔑する大人のようにキールは、厭な顔をした。
既に、疲弊したロイドには過去の自分とキールが語る自分の区別が付かなかった。
本物が薄まれば、贋物にも意味がでてくるように、影が光を侵食する。
―――――――子供だな、と吐き捨てるキールの口撃にロイドは無抵抗だった。
「幻想と茶番の区別も付かないのでは仕様が無いじゃないか。
お前が他の時空剣士と最後まで争って死ねば、対立の図式は更にその濃度を増す。
もうミトスも僕の話は聞かなかっただろう。そうなれば、どのような形であれ時空剣士という札は一つとして僕の札の下には来なかった。
例えお前の言う所の“敵”を討ち果たしたところで、その後に待っているのはお前の想像するような活劇じゃあない。
全ての望みを絶たれた達による最後の椅子に賭けさせられた、仲間の肉を喰らい信じた者たちを殴殺するとびっきりの惨劇か、
良くて永久に等しい24時間の果てに精魂を抜かれたように憔悴しきった無表情のまま首を刎ねられて散る喜劇ッ」
その足を糸の上で支えろ。たった一つの光明を逃せば後は絶望だけだ。
「ならば最後に問おうロイド、ロイド=アーヴィングッ!!
そのか細い奇跡の塵山、その天辺の宝は、その麓の黒い結末を塗り潰すほど真実に輝いているのかッ!!」
だが、絶望の中のたった一つの光明、その構図そのものが“完成した絶望”なのではないだろうか?
「一の希望で得られる対価は百、九十九の絶望で失う欠損は万。ならばこれはもう玉砕なんて高尚なものですらない。
調子に乗るなよ奇跡の申し子。こんな下らない自己満足にまでにまだ奇跡を欲するのならばそれはもう、唯の浪費。
ならばお前は、富める故に奇跡の価値を知らない唯の成金!
現に今の相場では、お前の手持ちじゃこの窮地を脱する奇跡すら買えないさ」
既に痛みを覚えないロイドの肉体が、苦痛に悲鳴を上げた。
痛みを覚えて、漸くロイドは思い立った。キールはこの体が傷まないことを知っている。
だからこそ言霊で心を傷めるのだ。そしてそれはつまり、本気でキールは殺そうとしているということだ。
ロイドの耳に、パンパンと乾いた音が入る。
「成程、成程。流石劣悪種。悪性の呪も中々どうして堂に入っているじゃないか。
しかし、些か性急だな。これでは痛みすら感じまい。緩急もまた、苦しみの一つと知るべきだ。
ここは一つ筆休めに、私の問いに答えてもらおうか。お前の話を聞く限り――――――――貴様、遅れて到着したのは偶然ではないだろう?」
拍手を止めたミトスが、凄みを利かせてキールに笑う。
対するキールは――――ロイドが見る限りでは――――変化は見られない。
「当然だ。南に向かったはずのお前がこの村にいるならば、道中で僕達の結果を調べない訳がない。
幾ら餌でクレスを釣ろうと試みても、狂人が来る確率はどれほど楽観しても精々が五割。それはお前も昨日の内に知っていたはずだ。
ならばこの大掛かりで迂遠極まりない仕掛けは“確実に来るであろう魔剣を持っていない僕達に用が無くては割に合わない”。
そこに、先ほどの仮説を組み合わせれば、朧気ながらに目的像が浮かんでくる。
お前は最終的にクレスから魔剣を、僕達から切符を得るつもりだったことは想像に難くない。だったら、それを逆手に取れば活路はある」
ユグドラシルが余裕を満たした笑いを見せた。キールはまだティトレイとミトスが裏で繋がっていた事を知らない。
だからこそ、ユグドラシルにとって滑稽だったのだろうが、今のロイドにはその情報を開いたところで意味があるとは思えず口を噤んだ。
何より、キールの思惑もそれが誰にとっての活路なのかも、ロイドは分からなかった。
「つまり最初に来たロイドと追ってきたあの二人はあの狂犬共に対する囮か」
「同時に、お前を後続に誘う為の布石でもあった。あいつ等の戦いが激化すればするほど、お前も僕も影で動きやすい。
クレスに当てる鉄砲玉が切符を持っているはずが無いと考えたお前は、読み通り影を縫って僕達を突いてきた」
まんまと思惑に乗せられた形になってしまったからか、ユグドラシルが少し面白くないといった顔をした。
ロイドはおろかカイルもヴェイグも道具するキールへの嫌悪感か、メルディの表情が更に沈んだ。
そんなことを分析するロイドは、怒ろうにも燃やす物が無くなりつつある炎のような白さだった。
「まてよ…おかしいだろ、じゃあ、なんでグリッドをころす必要があるんだ?」
素直な疑問だった。ここまで全部をコケにして踏み躙るキールが、グリッドを手元に置いた理由が分からない。
素朴過ぎて、問いの前提にある昏いモノの捩れを無視した素直さだった。
「いや、グリッドはグリッドで必要だった」
なんだ、そんなことかと、キールは呆れた様に言う。
「ミトスと交渉を持つ為の切欠が欲しかったんだよ。
一発で出来るだけ判り易く“寝返る”ことを示さなければ話が拗れる。この計画はタイミングが全てを握るんだよ。
お前達とクレス達の抗争を俯瞰するミトス、少しでも早くこの状況が動いていたら…交渉の機はおろか僕の命も危うい」
なるほど、とロイドは莫迦の様に納得してしまった。ミトスにしてみればキールの行動など座興程度の意味しかない。
状況が動きすぎて、座興に首を突っ込むほどの余裕が無くなってしまえば、キールに勝ち目は無い。
「道化すら余すところ無く使い切るか。三文芝居にしては、上出来だった」
ロイドが知らないその場景を振り返っているのだろうか、ミトスの瞳が遠くを見つめた。
「しかし、だとしたら些か軽率ではないか?」
重みを増した言葉と共に、ミトスの周囲に方陣が現れた。
コレットを持つ手が、無自覚にきゅうと絞られる。
「芝居は終わり、切符の正体も手に入れた。お前の好む理屈に沿ってこの場を流すならば、“用の済んだお前達を生かしておく道理も無いのではないか?”」
空いた手でミトスがキールの懐を示した。
「成程、成程。流石劣悪種。悪性の呪も中々どうして堂に入っているじゃないか。
しかし、些か性急だな。これでは痛みすら感じまい。緩急もまた、苦しみの一つと知るべきだ。
ここは一つ筆休めに、私の問いに答えてもらおうか。お前の話を聞く限り――――――――貴様、遅れて到着したのは偶然ではないだろう?」
拍手を止めたミトスが、凄みを利かせてキールに笑う。
対するキールは――――ロイドが見る限りでは――――変化は見られない。
「当然だ。南に向かったはずのお前がこの村にいるならば、道中で僕達の結果を調べない訳がない。
幾ら餌でクレスを釣ろうと試みても、狂人が来る確率はどれほど楽観しても精々が五割。それはお前も昨日の内に知っていたはずだ。
ならばこの大掛かりで迂遠極まりない仕掛けは“確実に来るであろう魔剣を持っていない僕達に用が無くては割に合わない”。
そこに、先ほどの仮説を組み合わせれば、朧気ながらに目的像が浮かんでくる。
お前は最終的にクレスから魔剣を、僕達から切符を得るつもりだったことは想像に難くない。だったら、それを逆手に取れば活路はある」
ユグドラシルが余裕を満たした笑いを見せた。キールはまだティトレイとミトスが裏で繋がっていた事を知らない。
だからこそ、ユグドラシルにとって滑稽だったのだろうが、今のロイドにはその情報を開いたところで意味があるとは思えず口を噤んだ。
何より、キールの思惑もそれが誰にとっての活路なのかも、ロイドは分からなかった。
「つまり最初に来たロイドと追ってきたあの二人はあの狂犬共に対する囮か」
「同時に、お前を後続に誘う為の布石でもあった。あいつ等の戦いが激化すればするほど、お前も僕も影で動きやすい。
クレスに当てる鉄砲玉が切符を持っているはずが無いと考えたお前は、読み通り影を縫って僕達を突いてきた」
まんまと思惑に乗せられた形になってしまったからか、ユグドラシルが少し面白くないといった顔をした。
ロイドはおろかカイルもヴェイグも道具するキールへの嫌悪感か、メルディの表情が更に沈んだ。
そんなことを分析するロイドは、怒ろうにも燃やす物が無くなりつつある炎のような白さだった。
「まてよ…おかしいだろ、じゃあ、なんでグリッドをころす必要があるんだ?」
素直な疑問だった。ここまで全部をコケにして踏み躙るキールが、グリッドを手元に置いた理由が分からない。
素朴過ぎて、問いの前提にある昏いモノの捩れを無視した素直さだった。
「いや、グリッドはグリッドで必要だった」
なんだ、そんなことかと、キールは呆れた様に言う。
「ミトスと交渉を持つ為の切欠が欲しかったんだよ。
一発で出来るだけ判り易く“寝返る”ことを示さなければ話が拗れる。この計画はタイミングが全てを握るんだよ。
お前達とクレス達の抗争を俯瞰するミトス、少しでも早くこの状況が動いていたら…交渉の機はおろか僕の命も危うい」
なるほど、とロイドは莫迦の様に納得してしまった。ミトスにしてみればキールの行動など座興程度の意味しかない。
状況が動きすぎて、座興に首を突っ込むほどの余裕が無くなってしまえば、キールに勝ち目は無い。
「道化すら余すところ無く使い切るか。三文芝居にしては、上出来だった」
ロイドが知らないその場景を振り返っているのだろうか、ミトスの瞳が遠くを見つめた。
「しかし、だとしたら些か軽率ではないか?」
重みを増した言葉と共に、ミトスの周囲に方陣が現れた。
コレットを持つ手が、無自覚にきゅうと絞られる。
「芝居は終わり、切符の正体も手に入れた。お前の好む理屈に沿ってこの場を流すならば、“用の済んだお前達を生かしておく道理も無いのではないか?”」
空いた手でミトスがキールの懐を示した。
「メモを全部…渡したのか!? 何考えてるんだよ!!」
ロイドは素直に驚いた。キールは首輪というカードを頼みの綱としてミトスに交渉を持ち出したはずだ。
逆に言えば、キール個人が持つ手札はそれしかない。それを、完全にミトスに渡したというのはミトスとの均衡を保つ上であってはならないミスのはずだ。
認められずともようやく飲み込めてきた物語を再び崩されてロイドは更に混乱に落とされる。
もしかして、半分だけ渡したか或いは虚実を隠しているか、そうでもなければ説明がつかない。
呆れたように、莫迦に馬鹿と言われるとはな、と言ってキールは諭すようにロイドの方を向いた。
「残念ながら隠し事は無い、というよりも隠し事をする意味が無い。
嘘を付くにはリスクが高すぎる上に、手順の関係上最終的には僕が先に札を切らないと向こうが切ってくれないんでね。
こちら側はどう転んでもユグドラシルの善意に期待するより手段が無い。ならば、小手先に囚われて印象を損なうような真似は慎むべきだ」
首輪を解除しなければ、脱出は出来ない。ならば最終的な生殺与奪は時空剣士が握る。
叛意を疑わせるくらいなら最初から服従したほうがマシだという事だろう。ロイドにはとてもそうは思えなかったが。
「それに全てを揃えるにはやはりまだ僕の力が必要だ。だからこそお前は僕達を殺さない。
それとも、望みを果たす前にネレイドと一戦交えることを所望するのか?」
そんな、どう聞いても不遜極まりない音律の服従宣言にミトスは溜飲を下げたのか、にやりと笑った。
メルディは何も言わない。それだけで、今の半ば崩壊したロイドでも察するには十分だった。
自分も、ヴェイグも、カイルも、グリッドも、メルディさえも今のキールには手段でしかない。
ロイドは素直に驚いた。キールは首輪というカードを頼みの綱としてミトスに交渉を持ち出したはずだ。
逆に言えば、キール個人が持つ手札はそれしかない。それを、完全にミトスに渡したというのはミトスとの均衡を保つ上であってはならないミスのはずだ。
認められずともようやく飲み込めてきた物語を再び崩されてロイドは更に混乱に落とされる。
もしかして、半分だけ渡したか或いは虚実を隠しているか、そうでもなければ説明がつかない。
呆れたように、莫迦に馬鹿と言われるとはな、と言ってキールは諭すようにロイドの方を向いた。
「残念ながら隠し事は無い、というよりも隠し事をする意味が無い。
嘘を付くにはリスクが高すぎる上に、手順の関係上最終的には僕が先に札を切らないと向こうが切ってくれないんでね。
こちら側はどう転んでもユグドラシルの善意に期待するより手段が無い。ならば、小手先に囚われて印象を損なうような真似は慎むべきだ」
首輪を解除しなければ、脱出は出来ない。ならば最終的な生殺与奪は時空剣士が握る。
叛意を疑わせるくらいなら最初から服従したほうがマシだという事だろう。ロイドにはとてもそうは思えなかったが。
「それに全てを揃えるにはやはりまだ僕の力が必要だ。だからこそお前は僕達を殺さない。
それとも、望みを果たす前にネレイドと一戦交えることを所望するのか?」
そんな、どう聞いても不遜極まりない音律の服従宣言にミトスは溜飲を下げたのか、にやりと笑った。
メルディは何も言わない。それだけで、今の半ば崩壊したロイドでも察するには十分だった。
自分も、ヴェイグも、カイルも、グリッドも、メルディさえも今のキールには手段でしかない。
ロイドが、重みに耐えかねるように膝を付く。コレットを抱えたままそれはそれで器用な行為だった。
はは、はは、と乾いた笑いが自分自身で痛々しく思える。
心臓の有無なんて瑣末なことじゃないか、とっくに、全部無くなってた訳だ。
「決まったか。さて、どうするつもりだ? 先程と同じように憎悪を燃やしてどす黒く染め上げるのか?」
ユグドラシルが愉しそうにキールに尋ねた。暗に誰のことを言っているのかはすぐに見当が付いた。
「……勿論殺すさ。先程とは違い、こいつの死はプロセスに組み込まれているのだから」
キールがロイドの方を向く。戦慄を走らせてロイドは反射的に立ち上がった。
その瞳には一切の感情が篭っていなかった。本当に、殺したいとか殺したくないというムラの混じっていない、
“殺さなければならない”から殺すという数式で解析できそうな殺意だった。
ロイドの膝が少し曲がり、一足飛びで飛び退く算段をしていた。
奥歯を割りかねないほどに顎に力を集める。既に怒りだったものは、よく分からない振動となってロイドの体を浸していた。
「別に悲しむことも無い。僕は可能な限り多くを生かした上でミクトランを打ち倒し、時の針を戻す。朝と大差ない話だ」
キールは至極当然といった表情で、ロイドを見下す。
「ただ、使えなくなったお前の位置にミトスを据える。それだけで全ては丸く収まるんだ。
お前がコレットを欲し、ミトスがマーテルを欲する以上この二つは並び立たない。どちらかは捨てなければならない。
そして寄り添うならば大樹のほうがいいに決まっている。
そして、“お前以外の人間にとってコレットの中身など関係ない”のだから、お前さえ折れれば諍いは無くなる。これが一番効率のいい手段だ」
「ヴェイグと、カイルが、お前なんかの言うことなんか聞くか…」
「問題ないさ。最初は納得しないだろうが、時空剣士が一人しかいないと知れば最後には首を振らざるを得ない。
逆らうとしても、多少の無理を通す程度には札もそろっている。而して世はことも無し、だよ」
ヴェイグの名前を出した瞬間、キールの顔に硬直が走ったことをロイドは見逃さなかった。
しかし、それを理解する程の余裕は、キール本人の手で奪われている。
キールの弱気を種火にして、唸る様に噛み付くように、ロ太い声でキールを呪うしかロイドにはできない。
はは、はは、と乾いた笑いが自分自身で痛々しく思える。
心臓の有無なんて瑣末なことじゃないか、とっくに、全部無くなってた訳だ。
「決まったか。さて、どうするつもりだ? 先程と同じように憎悪を燃やしてどす黒く染め上げるのか?」
ユグドラシルが愉しそうにキールに尋ねた。暗に誰のことを言っているのかはすぐに見当が付いた。
「……勿論殺すさ。先程とは違い、こいつの死はプロセスに組み込まれているのだから」
キールがロイドの方を向く。戦慄を走らせてロイドは反射的に立ち上がった。
その瞳には一切の感情が篭っていなかった。本当に、殺したいとか殺したくないというムラの混じっていない、
“殺さなければならない”から殺すという数式で解析できそうな殺意だった。
ロイドの膝が少し曲がり、一足飛びで飛び退く算段をしていた。
奥歯を割りかねないほどに顎に力を集める。既に怒りだったものは、よく分からない振動となってロイドの体を浸していた。
「別に悲しむことも無い。僕は可能な限り多くを生かした上でミクトランを打ち倒し、時の針を戻す。朝と大差ない話だ」
キールは至極当然といった表情で、ロイドを見下す。
「ただ、使えなくなったお前の位置にミトスを据える。それだけで全ては丸く収まるんだ。
お前がコレットを欲し、ミトスがマーテルを欲する以上この二つは並び立たない。どちらかは捨てなければならない。
そして寄り添うならば大樹のほうがいいに決まっている。
そして、“お前以外の人間にとってコレットの中身など関係ない”のだから、お前さえ折れれば諍いは無くなる。これが一番効率のいい手段だ」
「ヴェイグと、カイルが、お前なんかの言うことなんか聞くか…」
「問題ないさ。最初は納得しないだろうが、時空剣士が一人しかいないと知れば最後には首を振らざるを得ない。
逆らうとしても、多少の無理を通す程度には札もそろっている。而して世はことも無し、だよ」
ヴェイグの名前を出した瞬間、キールの顔に硬直が走ったことをロイドは見逃さなかった。
しかし、それを理解する程の余裕は、キール本人の手で奪われている。
キールの弱気を種火にして、唸る様に噛み付くように、ロ太い声でキールを呪うしかロイドにはできない。
「やってみろよ…絶対、お前なんかに殺されるか……殺されてやるもんか」
必ず殺す? ふざけるな。死ねない。死にたくない。
どんな理屈を捏ねられようがそれだけは譲れない。ここまで来たのに、こんな所で終われない。
絶望と焦燥と、ほんの少しの喜悦の混じった感情が、生きろと体に告げる。
諦めるな。絶対に、絶対に諦めるな。
もう少し足掻くのを見てみたいから諦めるなと、脳が笑う。
逃げて、どうする? ヴェイグか、カイルに会って、こいつらが裏切ったことを言わないと、
ああ、でも、あいつらもこいつの言葉に乗せられたらどうしよう?
コレットさえ居なくなれば、あいつらは素直に脱出できるのなら、俺のことなんて、どうでもいいんじゃないか?
コレットを救いたいのは俺だけで、もう俺しか居なくて、
俺の居た場所にはミトスが座っていて、キールはその痕跡を消そうとして、
必ず殺す? ふざけるな。死ねない。死にたくない。
どんな理屈を捏ねられようがそれだけは譲れない。ここまで来たのに、こんな所で終われない。
絶望と焦燥と、ほんの少しの喜悦の混じった感情が、生きろと体に告げる。
諦めるな。絶対に、絶対に諦めるな。
もう少し足掻くのを見てみたいから諦めるなと、脳が笑う。
逃げて、どうする? ヴェイグか、カイルに会って、こいつらが裏切ったことを言わないと、
ああ、でも、あいつらもこいつの言葉に乗せられたらどうしよう?
コレットさえ居なくなれば、あいつらは素直に脱出できるのなら、俺のことなんて、どうでもいいんじゃないか?
コレットを救いたいのは俺だけで、もう俺しか居なくて、
俺の居た場所にはミトスが座っていて、キールはその痕跡を消そうとして、
ああ、そうかと、そこまで追い詰められてロイドは納得した。
俺、もうひとりぼっちか。
俺、もうひとりぼっちか。
逃げよう。そう思うのに然程時間は要らなかった。
「どうするつもりだ?」
諦めないために逃げよう。彼女を抱えてどこまでも遠くに。
ミトスが尋ねる。
彼女を守れるのは、守りたいのは俺しかもう居ない。ミトスもキールもクレスも、もう知ったことじゃない。
俺にはもうコレットしか居ない。
両足に力を込めた。
「別に、どうもしないさ。確認と時間稼ぎはとっくに終わってる」
キールが、当然のように答えた。
コレットにも俺しか居ない。
諦めるな。みっともなくとも、絶対に、終わることを受け容れるな。
彼女を抱く腕に力が篭もる。
絶対に、絶対に、絶対に諦めない。
一足飛びで安全圏。詠唱の間も与えない。
「そうだな、では――――――――」
ミトスの言葉を聞く前に、足が大地から離れた。
逃げろ逃げろ生きろ生きる絶対に死ぬな死ぬな俺が俺がここでここで、
「どうするつもりだ?」
諦めないために逃げよう。彼女を抱えてどこまでも遠くに。
ミトスが尋ねる。
彼女を守れるのは、守りたいのは俺しかもう居ない。ミトスもキールもクレスも、もう知ったことじゃない。
俺にはもうコレットしか居ない。
両足に力を込めた。
「別に、どうもしないさ。確認と時間稼ぎはとっくに終わってる」
キールが、当然のように答えた。
コレットにも俺しか居ない。
諦めるな。みっともなくとも、絶対に、終わることを受け容れるな。
彼女を抱く腕に力が篭もる。
絶対に、絶対に、絶対に諦めない。
一足飛びで安全圏。詠唱の間も与えない。
「そうだな、では――――――――」
ミトスの言葉を聞く前に、足が大地から離れた。
逃げろ逃げろ生きろ生きる絶対に死ぬな死ぬな俺が俺がここでここで、
「――――――――――――――――とりあえず抉れ、アトワイト」
ロイドの体が何かに引っかかって、ガクリと傾く。
「え?」
その感覚は、ロイドには未知の体験だった。
痛みはない。嫌悪も無い。現実など何処にもない。
ただ、不思議だった。
「え?」
その感覚は、ロイドには未知の体験だった。
痛みはない。嫌悪も無い。現実など何処にもない。
ただ、不思議だった。
まてよ、オイ。
華奢で白い手がにゅうと胸に伸びていく幻視。
これはなんのじょうだんだ。
肩を掴んで引き止めるかのように、肋骨を割って進む指の幻覚。
『…………了解』
『…………了解』
「人の話は聞くものだろ。最初に言っただろう。レイズデッドでは無理だと」
なにがどうなってるんだよ。
なにがどうなってるんだよ。
彼女から放たれる彼女じゃない女の幻聴。
「当然だ。コレットの肉体は死んではいなかったんだから。生きてるものにレイズデッドが効く訳がない」
コレットはどこにいる。おれがまもるべきものはどこにいる。
コレットはどこにいる。おれがまもるべきものはどこにいる。
「お前の強さはようく知っているからな。もしその天使の身体で逃げに徹されては些か面倒だ」
ここにはいない。どこにも、だれもいない。
右手が右手としての形を失い、左手が背中を支えたままコレットの足が地面に付く。
ここにはいない。どこにも、だれもいない。
右手が右手としての形を失い、左手が背中を支えたままコレットの足が地面に付く。
「だから少しばかり、時間と隙間を稼がせてもらった」
あれ? まてよ、じゃあおれはなんでこんなくしざしになってるんだ?
あれ? まてよ、じゃあおれはなんでこんなくしざしになってるんだ?
ロイドの右腕を割って、コレットの白い手が赤く咲き乱れる光景。
それら全てをひっくるめて、右腕を内側から抉り抜かれる現実に吹き飛ばされた。
なんのためにしにながらいきている。いきながらしんでいる。
「座興の報酬だ。お前の好みに答えてやろう。圧殺か、挽き殺しか、捻り飛ばすか、好きな瀕死を選べ」
それら全てをひっくるめて、右腕を内側から抉り抜かれる現実に吹き飛ばされた。
なんのためにしにながらいきている。いきながらしんでいる。
「座興の報酬だ。お前の好みに答えてやろう。圧殺か、挽き殺しか、捻り飛ばすか、好きな瀕死を選べ」
おれはなにをあきらめないんだっけ?
コレットだったものが剣を目の前に出す。青い光が、おれを見ていて。
キールが強く歯を噛んで、その口の端が切れた。
淀んだ目を瞑って血を拭い、再び開いて元の嗜虐的な瞳を見せる。
「頭と左腕は残してくれ。後は飛沫だ」
「だ、そうだ。手法は任す。やれ」
怖い話がぜんぜん怖くない。この後の自分の姿も怖くない。
『……了解しました。アイスニードル・射出開始』
空中に出現した氷が、足の甲を貫いた。血が出るが吹き出ないうえ、鮮血でもないので見栄えは良くなかった。
膝を横から射抜かれて思わず転ぶが、この身体には傷みはない。
腹に六、左の二の腕に二つ、腿は各三本、肩には比較的大きなモノが使われたようだ。
実感の無い串刺し刑を客観的に感じながら、ロイドはコレットだったものを呆然と見つめる。
怖くはない。死ぬことも、傷つくことも、終わることも。どんな苦しみも俺を壊せない。でも、
キールが強く歯を噛んで、その口の端が切れた。
淀んだ目を瞑って血を拭い、再び開いて元の嗜虐的な瞳を見せる。
「頭と左腕は残してくれ。後は飛沫だ」
「だ、そうだ。手法は任す。やれ」
怖い話がぜんぜん怖くない。この後の自分の姿も怖くない。
『……了解しました。アイスニードル・射出開始』
空中に出現した氷が、足の甲を貫いた。血が出るが吹き出ないうえ、鮮血でもないので見栄えは良くなかった。
膝を横から射抜かれて思わず転ぶが、この身体には傷みはない。
腹に六、左の二の腕に二つ、腿は各三本、肩には比較的大きなモノが使われたようだ。
実感の無い串刺し刑を客観的に感じながら、ロイドはコレットだったものを呆然と見つめる。
怖くはない。死ぬことも、傷つくことも、終わることも。どんな苦しみも俺を壊せない。でも、
見つめ返す瞳達は、莫迦にしているようで、哀れんでいるようで、悲しんでいるようで、光の入らない万華鏡のようにどうしようもない。
ただ、その中に混じる何一つ変わらない赤い瞳の無機質さだけがおれのぜんぶをこわしてしまいそうで。
ただ、その中に混じる何一つ変わらない赤い瞳の無機質さだけがおれのぜんぶをこわしてしまいそうで。
それだけがこわかった。
キールはロイドの頭を杖で小突くが、ロイドはピクリとも動かない。
顔と左腕以外の全てに氷の針が地面と縫い付けられた赤い針鼠のような有様で、体を動かす隙間はどこにも無かった。
それでも天使の体は死を知らず、苦しそうな形だけの息は間断無く続く。
しかし、例え天使の体が動いたとしても、最後の拠り所を失ったロイドには体を動かす理由も無かった。
「お前とクレスの戦いは途中から見させて貰っていたんでな。
もしコレットが生きているのならば、態々死んだフリをする必要性も無い。確信には時間はかからなかった。
ロイドの口から壊れたように、コレットの名前が繰り返される。
「心配するなよ。コレットは生きている。まあ、果たしてコレットは生きているといえるのかは知らないけどな」
「ふむ…どうだ、アトワイト? その様子だと」
ミトスがアトワイトに聞いた。
『コレット=ブルーネルの精神、既にあの天使術の対価として消失しています。
本来魂が朽ちれば肉体も維持出来ませんが、“あの時、この体には私も居ましたので”』
コレットの血に染まっていない方の手に握られたアトワイトが怪しく輝いた。
「状況が状況だ。任務を達し切れなかったことは不問に処そう。その体は保つのか?」
『とりあえず運用自体は問題ありません。ですが、私の意識は所詮ただの複製データです。
加えて本来天上の技術である書き込みをエクスフィアによる強化で無理に行っている以上……』
「それは後でいい。結論を先にしてくれ」
キールが割り込んだ。アトワイトは少しだけ不満げな間を空けてから答える。
『…………私という存在はあくまでソーディアンにあるの。だから、外部端末でコレットという機械を動かしているようなもの』
「つまり、一度コレットの体からソーディアンを手放せば、その瞬間にコレットは事切れると?」
『いくらなんでも死体を乗っ取る事は出来ない。一度切れれば、その瞬間コレットは唯の死体になるわよ』
アトワイトはキールとミトスを明確に境界で分けた語調で言った。
キールは意にも介さず咀嚼に専念する。
「運転を続ける電力は有っても、起動させる電力はないということか。どうする…………一本で足りるか…?」
没頭するように口を押さえたキールを尻目にアトワイトはミトスの前に直立した。
「何、姉様さえ器に入れてしまえば問題はない。とはいえ、油断は出来ないか」
『彼との関係は先ほどの話でおおよそ理解しましたが、念のため。ミトス、もう一つ問題が』
アトワイトが別周波数でミトスに囁くのを、ロイドは左腕を介して聞いた。
『なんだ。何か問題が?』
『結論から報告します。私の本体はもう長くはありません。保って日没までかと』
抑揚も恐れもない天使の声だった。
『クレスを排撃するのに、エクスフィアで機能拡張したのが裏目に出たようです。既に侵食が始まっています』
『いや、人間と違い無機物にエクスフィアとの融合はない。だが、材質のエクスフィア化による故障は避けられない。
しかし早いな……異世界の機材とは合わなかったか。で、お前はそれを外したいと?』
アトワイトと呼ばれる存在に対し感慨の感じられない言葉を放つミトスに、いいえ、とアトワイトが返す。
『いいえ、今外せばコレットを操ることも適いません。任務を達せられないのならば、この身体に意味はありません』
それに、今外したところでもう戻らないでしょう。私はヒトではないのですから。
そんな悲しい言葉を悲しまずに言うコレットだったモノは、ヒトを捨てようとかつてコレットが望んだモノだった。
ああ、なんだ、はは、ははは、あー、まいったなあ。
俺一人で空回りしてたんだな、うん。
顔と左腕以外の全てに氷の針が地面と縫い付けられた赤い針鼠のような有様で、体を動かす隙間はどこにも無かった。
それでも天使の体は死を知らず、苦しそうな形だけの息は間断無く続く。
しかし、例え天使の体が動いたとしても、最後の拠り所を失ったロイドには体を動かす理由も無かった。
「お前とクレスの戦いは途中から見させて貰っていたんでな。
もしコレットが生きているのならば、態々死んだフリをする必要性も無い。確信には時間はかからなかった。
ロイドの口から壊れたように、コレットの名前が繰り返される。
「心配するなよ。コレットは生きている。まあ、果たしてコレットは生きているといえるのかは知らないけどな」
「ふむ…どうだ、アトワイト? その様子だと」
ミトスがアトワイトに聞いた。
『コレット=ブルーネルの精神、既にあの天使術の対価として消失しています。
本来魂が朽ちれば肉体も維持出来ませんが、“あの時、この体には私も居ましたので”』
コレットの血に染まっていない方の手に握られたアトワイトが怪しく輝いた。
「状況が状況だ。任務を達し切れなかったことは不問に処そう。その体は保つのか?」
『とりあえず運用自体は問題ありません。ですが、私の意識は所詮ただの複製データです。
加えて本来天上の技術である書き込みをエクスフィアによる強化で無理に行っている以上……』
「それは後でいい。結論を先にしてくれ」
キールが割り込んだ。アトワイトは少しだけ不満げな間を空けてから答える。
『…………私という存在はあくまでソーディアンにあるの。だから、外部端末でコレットという機械を動かしているようなもの』
「つまり、一度コレットの体からソーディアンを手放せば、その瞬間にコレットは事切れると?」
『いくらなんでも死体を乗っ取る事は出来ない。一度切れれば、その瞬間コレットは唯の死体になるわよ』
アトワイトはキールとミトスを明確に境界で分けた語調で言った。
キールは意にも介さず咀嚼に専念する。
「運転を続ける電力は有っても、起動させる電力はないということか。どうする…………一本で足りるか…?」
没頭するように口を押さえたキールを尻目にアトワイトはミトスの前に直立した。
「何、姉様さえ器に入れてしまえば問題はない。とはいえ、油断は出来ないか」
『彼との関係は先ほどの話でおおよそ理解しましたが、念のため。ミトス、もう一つ問題が』
アトワイトが別周波数でミトスに囁くのを、ロイドは左腕を介して聞いた。
『なんだ。何か問題が?』
『結論から報告します。私の本体はもう長くはありません。保って日没までかと』
抑揚も恐れもない天使の声だった。
『クレスを排撃するのに、エクスフィアで機能拡張したのが裏目に出たようです。既に侵食が始まっています』
『いや、人間と違い無機物にエクスフィアとの融合はない。だが、材質のエクスフィア化による故障は避けられない。
しかし早いな……異世界の機材とは合わなかったか。で、お前はそれを外したいと?』
アトワイトと呼ばれる存在に対し感慨の感じられない言葉を放つミトスに、いいえ、とアトワイトが返す。
『いいえ、今外せばコレットを操ることも適いません。任務を達せられないのならば、この身体に意味はありません』
それに、今外したところでもう戻らないでしょう。私はヒトではないのですから。
そんな悲しい言葉を悲しまずに言うコレットだったモノは、ヒトを捨てようとかつてコレットが望んだモノだった。
ああ、なんだ、はは、ははは、あー、まいったなあ。
俺一人で空回りしてたんだな、うん。
ミトスが割ったようにキールに話題を切り込んだ。
「…さて、これからどうする?」
クレスを追う、とキールは明快に答える。
「役まであと一手。クレスは呪いを発症した上重傷。向かった方角も捕捉できている―――――――――これを逃す手はない」
クレスを殺すことを期待しているのだろうか。ミトスが横目で西を向き、凶暴かつ獰猛な笑みを漏らした。
『ミトス。彼は……どうするのですか?』
アトワイトが俺の方を向いた。寂しそう、というには余りに複雑な表情だった。
「……何? どういう意味だ。アトワイト、貴様よもや」
『そう言う意味ではありません。ですが、既に武器もなく動かせる身体もなく、回復手段を我々が独占した以上、
もう打つ手もないでしょう。放置しても問題はないと思われますが。それに、“出来ることならば彼女との契約は果たしたいと思います”。
この身体を受け渡す際に、彼女が願った条件です。ロイド=アーヴィングの生存を彼女は最後まで願っていました」
ロイドの左の五指がピクリと動いた。文字通りに最後の滴を絞り出すように微かな動きで、指が彼女の方を向く。
「ご、れど。おえう、を」
届けと願う声は、どこまで行っても届かない。喉にも氷が差し込まれている。
涙を流さない天使の身体が、ロイドにはどこまでも憎ましかった。
今更、そんなこと知りたくはなかった。
だって、だったら、おれはなにをしていた。コレットのねがいをうけて、おれがしたことはなんだ。
コレットはおれのために、すべてをなげだしたってのに、おれは、うけとったものすべてをつかって、
「…さて、これからどうする?」
クレスを追う、とキールは明快に答える。
「役まであと一手。クレスは呪いを発症した上重傷。向かった方角も捕捉できている―――――――――これを逃す手はない」
クレスを殺すことを期待しているのだろうか。ミトスが横目で西を向き、凶暴かつ獰猛な笑みを漏らした。
『ミトス。彼は……どうするのですか?』
アトワイトが俺の方を向いた。寂しそう、というには余りに複雑な表情だった。
「……何? どういう意味だ。アトワイト、貴様よもや」
『そう言う意味ではありません。ですが、既に武器もなく動かせる身体もなく、回復手段を我々が独占した以上、
もう打つ手もないでしょう。放置しても問題はないと思われますが。それに、“出来ることならば彼女との契約は果たしたいと思います”。
この身体を受け渡す際に、彼女が願った条件です。ロイド=アーヴィングの生存を彼女は最後まで願っていました」
ロイドの左の五指がピクリと動いた。文字通りに最後の滴を絞り出すように微かな動きで、指が彼女の方を向く。
「ご、れど。おえう、を」
届けと願う声は、どこまで行っても届かない。喉にも氷が差し込まれている。
涙を流さない天使の身体が、ロイドにはどこまでも憎ましかった。
今更、そんなこと知りたくはなかった。
だって、だったら、おれはなにをしていた。コレットのねがいをうけて、おれがしたことはなんだ。
コレットはおれのために、すべてをなげだしたってのに、おれは、うけとったものすべてをつかって、
クレスなんかをころすためにつかいきっちまった。
だれかが、おまえはむだづかいをしていたといっていた。そうだよ、おれは、なにをしてたんだ。
ミトスはさして気にしては居ない様子で、一応の苦言らしきモノを言った。
「フン。契約を進めるのは勝手だが、履行内容は自己の責任で負える範囲にしてもらいたいものだな」
申し訳ありません、とアトワイトが答える中でもそれは変わらない。
「だが私も同意はしておこうか。私が魔剣を使えなかった場合、保険としてこいつは残しておかなければならない」
ミトスはあらかじめ用意していたような間の無さで話を継いだ。
最初から殺す気はなかったのかよ、最悪だなお前ら。
しかし、それは一人の青年の言葉で閉ざされた。
「いや、残念だが見逃す気はない。希望が二つあっては何れ状況が混乱する。
獲物を前にして慢心し、無惨な最後を遂げた奴も遂げさせられた奴も散々見てきた。同じ轍を踏む気は毛頭無いよ」
キールがそう言って、ミトスに近づく。
見定めるような瞳と、精一杯に燃えるような瞳がぶつかった。
「そこまで割り切る殊勝な態度は買うが、時空の理を知らないお前にとっては埒外の話だ。
こいつにしかオリジンが応えない場合の対応策は用意せねばならない。殺すことは許さん」
「逸るなよユグドラシル。それは先ほどここに来るまでに聞いた。僕に考えがある。その短剣をくれ」
どんな思惑があったのか。暫く考え込んだユグドラシルは差し出された手に邪剣を置いた。何かが命を欲して脈を打っている。
キールはその質感を確かめるようにゆっくり握り、ユグドラシルに向かいロイドの方へ歩き出した。
「フン。契約を進めるのは勝手だが、履行内容は自己の責任で負える範囲にしてもらいたいものだな」
申し訳ありません、とアトワイトが答える中でもそれは変わらない。
「だが私も同意はしておこうか。私が魔剣を使えなかった場合、保険としてこいつは残しておかなければならない」
ミトスはあらかじめ用意していたような間の無さで話を継いだ。
最初から殺す気はなかったのかよ、最悪だなお前ら。
しかし、それは一人の青年の言葉で閉ざされた。
「いや、残念だが見逃す気はない。希望が二つあっては何れ状況が混乱する。
獲物を前にして慢心し、無惨な最後を遂げた奴も遂げさせられた奴も散々見てきた。同じ轍を踏む気は毛頭無いよ」
キールがそう言って、ミトスに近づく。
見定めるような瞳と、精一杯に燃えるような瞳がぶつかった。
「そこまで割り切る殊勝な態度は買うが、時空の理を知らないお前にとっては埒外の話だ。
こいつにしかオリジンが応えない場合の対応策は用意せねばならない。殺すことは許さん」
「逸るなよユグドラシル。それは先ほどここに来るまでに聞いた。僕に考えがある。その短剣をくれ」
どんな思惑があったのか。暫く考え込んだユグドラシルは差し出された手に邪剣を置いた。何かが命を欲して脈を打っている。
キールはその質感を確かめるようにゆっくり握り、ユグドラシルに向かいロイドの方へ歩き出した。
「戦局を支配するためには、ロイドは殺さなければならない」
歩く速度は等速、加速度無し。
「しかし、時の理屈に沿ってロイドは生かさなければならない」
ロイドの前に立った。
「これは相反する条件を連立する、いわば無理解といえるだろう」
言葉を止めることなく屈む。
「だが、それは実数平面に於いてのみの話だ。複素数平面という世の中には虚数解が存在する。そしてロイドは紛れもなく虚ろの住人だ。
死にながら生き、生きながら死ぬ、正しく虚実綯い交ぜの存在だ。
そして、その軸になっているモノについては、ロイドからタップリ聞かされている訳で―――――こうすればいい」
歩く速度は等速、加速度無し。
「しかし、時の理屈に沿ってロイドは生かさなければならない」
ロイドの前に立った。
「これは相反する条件を連立する、いわば無理解といえるだろう」
言葉を止めることなく屈む。
「だが、それは実数平面に於いてのみの話だ。複素数平面という世の中には虚数解が存在する。そしてロイドは紛れもなく虚ろの住人だ。
死にながら生き、生きながら死ぬ、正しく虚実綯い交ぜの存在だ。
そして、その軸になっているモノについては、ロイドからタップリ聞かされている訳で―――――こうすればいい」
地面とキスをするような体勢から、ロイドはゆっくり顔を上げた。
キールがロイドの左手を掴む。キールの顔を見た。
キールがロイドの左手を掴む。キールの顔を見た。
ザク。肉が切れた。
「言ってたな。ドワーフの誓い、第7番」
小声でロイドにしか聞こえない声が聞こえる。
ロイドの耳で、これほどまでに聞こえないのなら本人が自覚しているかも怪しい。
さらに二回切って、骨以外は輪切りのようになった。
ロイドの耳で、これほどまでに聞こえないのなら本人が自覚しているかも怪しい。
さらに二回切って、骨以外は輪切りのようになった。
「正義と愛は必ず勝つんだろう? だから、心配するな」
ゴリ、ゴリ、ガリガリガリガリ、
繋がりが絶たれていく。こっちとあっちがわかってくる。
あちらに、とおく、とおく。
いちどだけミトすたちの砲をむいて、せなかに画すように市て、yうびわがぶきとらへる。
繋がりが絶たれていく。こっちとあっちがわかってくる。
あちらに、とおく、とおく。
いちどだけミトすたちの砲をむいて、せなかに画すように市て、yうびわがぶきとらへる。
「ならば“僕達”は既にして勝者だ」
そんなことを宣げんするキールのかおには、IMあにもnaきそうな絵がおがhあつい手ゐた。
ゴトリ。
―――――それがお前のザザ、ザザ…覚悟か……いいだろう。オリジンもこのルールの穴は読んでいまい。
読んでいたとしても、認めずには居られまい。ザザ、ザザ…精霊はとかく契約を重んじるからな。
アトワイト、念のためだ。ザザ、ザザ…その腕を凍らせておけ。ザザ、ザザ…
読んでいたとしても、認めずには居られまい。ザザ、ザザ…精霊はとかく契約を重んじるからな。
アトワイト、念のためだ。ザザ、ザザ…その腕を凍らせておけ。ザザ、ザザ…
音はとおく、色はうすく、世界はひどくせまい。
―――――行くぞ。そこを封ぜられる前に、剣で飛ばねばならない。日没までにケリを付ける。
ざっざっざザザと行進する音。ヒトの数よりも音の数の方が少ない。
だれかが、おれのまえにたっている。こがらなしょうじょが、りょううでをうしろにまわして。
おれは、かのじょをしっている。おれに絶望のいみをおしえてくれた、かのじょを。
めるでぃがおれをみている。
おれは、かのじょをしっている。おれに絶望のいみをおしえてくれた、かのじょを。
めるでぃがおれをみている。
―――――ここまでっぽいな、ロイド。
あー、そうだな、もうむりっぽいな。なんもみえねえよ。
まっくらだ。どこにもきぼうなんてない。おれがこわしたんだ。
まっくらだ。どこにもきぼうなんてない。おれがこわしたんだ。
―――――じゃあ、約束はここまで。
やくそく? なんの?
―――――ロイドは、諦めないことを選んだよ。
―――――諦めないロイドは、ここまで足掻いたよ。
―――――そうして足掻いたロイドは、やっぱり届かなかった。
―――――諦めないロイドは、ここまで足掻いたよ。
―――――そうして足掻いたロイドは、やっぱり届かなかった。
ああ、そうか、見届けてくれたのか。“キールがなにするかわかってて、さいしょからわかってて”、それでも俺を見届けてくれたんだ。
ごめん。せめてるわけじゃないんだ。いまなら、なんとなくあいつのきもちがわかるきがする。
はは、ぜんぶおわらないときづけないんだよな、いつだって、しったときにはておくれで。
はは、ぜんぶおわらないときづけないんだよな、いつだって、しったときにはておくれで。
―――――うん。
ああ、くやしいな、ここまできたのに、ここまでいろんなものをなくしたのに。
ちくしょう。
ちくしょう。
ちくしょう。
―――――大丈夫だよ、ロイド。メルディの希望はここにおいていくから。
え?
ことりとこいしがおちる。
ことりとこいしがおちる。
―――――もうロイドを赦すことは出来ないけれど。ロイドは知ってる。
何をしても、ロイドがなにをしても、キールが何をしても“なにをしてもおしまいは同じ”。だれもなにも救えないし赦せない。
だから、メルディもどうしたいのかわかったよ。ありがとな、ロイド。
何をしても、ロイドがなにをしても、キールが何をしても“なにをしてもおしまいは同じ”。だれもなにも救えないし赦せない。
だから、メルディもどうしたいのかわかったよ。ありがとな、ロイド。
あるのはぜんぶ絶望だけ、ってか…………もうくびふるげんきもねー。
うん、がんばれ。たぶんろくなことにならないだろうけどがんばれ。
おれのせなかはろくなおことをおしえないな、ほんとうに。
うん、がんばれ。たぶんろくなことにならないだろうけどがんばれ。
おれのせなかはろくなおことをおしえないな、ほんとうに。
―――――じゃあな、ロイド。ロイドに助けられて、よかったよ。
うん。クィッキーもげんきでな。
とことことあるいていくうしろすがたがさびしくてかなしくて、でももうそのいみをしらなくて。
もう、なにもしらなくて。
もう、なにもしらなくて。
ザザ、ザザ…ザザ、ザザ…景色はぐちゃぐちゃ。
一本一本消えていく蝋燭。腕のないザザ、ザザ…天使。ザザ、ザザ…
きえていく、おれがきえていく。しんでるものがただしくあるようにもどっていく。
一本一本消えていく蝋燭。腕のないザザ、ザザ…天使。ザザ、ザザ…
きえていく、おれがきえていく。しんでるものがただしくあるようにもどっていく。
ジーニアス……先生……しいな……リーガル……プレセア……ゼロス……親父……父さん……コレット。
ザザ、ザザ…ザザ、ザザ…ザザ、ザザ…べったん。
なにかがみえた。ザザ、ザザ…べったり、べったり、ずるずるずーるずーる。
這ザザ、ザザ…い寄るように、深ザザ、ザザ…淵からゆっくりよザザ、ザザ…
だれだよ、いや、“なんだあれ”? べたべたべた。
ガチガチガチ。はがふるえた。そとがわのしんどうでふるわされた。
おおザザ、ザザ…きい。ザザ、ザザ…とってもおおきい。こわいな、とってもザザ、ザザ…こわいな。
こんザザ、ザザ…なざまになってザザ、ザザ…もこわいな。もうどうでもいいけど。ザザ、ザザ…
こんザザ、ザザ…なざまになってザザ、ザザ…もこわいな。もうどうでもいいけど。ザザ、ザザ…
まるいあたま、ザザ、ザザ…ゆうきてきないろみ、ザザ、ザザ…ひらいたくだ。ザザ、ザザ…でもあれのたしかなうみのあお、そうだ。ああ、おもいだした。
やっとわかった。ガッシ。あたまつザザ、ザザ…かまれる。おおきなてだなあ。ザザ、ザザ…
たいふうですたいふうです。ろうそくがぜんぶきえます。ひとつのこらずきえます。ようしゃなし、くうきよんでません。
いきてたんだなあ。いや、わかってるよ。ごめん。ザザ、ザザ…そりゃおこるよなあ。“心臓一ザザ、ザザ…つ”じゃあいかりもおさまらないよなあ。
きらりとひかる、くろザザ、ザザ…いやいば。しらないひとにおザザ、ザザ…兄ちゃんのかわりですって、そりゃおこってもしかたないよ。
おれはまちザザ、ザザ…がってたんだ。うでをザザ、ザザ…おおきくあげて。あたまはこてい。ザザ、ザザ…いや、なにがただしいかはしらないけど。
しらなザザ、ザザ…いけどいちおザザ、ザザ…ういっておく。ザザ、ザザ…ごめん、シャザザ、ザザ…ーリザザ、ザザ…ィ。
ゴロゴロゴロ。ぶちゃ。
地面にこつりと捨て置かれた石を拾うついでに踏み潰す。
遠く、低く、怪物が東に啼いた。
遠く、低く、怪物が東に啼いた。
【メルディ 生存確認】
状態:HP75% TP45% 右肩刺傷(治療済) 色褪せた生への失望(TP最大値が半減。上級術で廃人化?)
神の罪の意識 キールにサインを教わった キールの“道具”発言への悲しみ
所持品:スカウトオーブ・少ない トレカ カードキー ウグイスブエ BCロッド C・ケイジ@C(風・光・元・土・時)
ダーツセット クナイ(3枚)双眼鏡 クィッキー
基本行動方針:キールの話を聞く
第一行動方針:もうどうでもいいので言われるままに
現在位置:C3村・西地区→東方向
状態:HP75% TP45% 右肩刺傷(治療済) 色褪せた生への失望(TP最大値が半減。上級術で廃人化?)
神の罪の意識 キールにサインを教わった キールの“道具”発言への悲しみ
所持品:スカウトオーブ・少ない トレカ カードキー ウグイスブエ BCロッド C・ケイジ@C(風・光・元・土・時)
ダーツセット クナイ(3枚)双眼鏡 クィッキー
基本行動方針:キールの話を聞く
第一行動方針:もうどうでもいいので言われるままに
現在位置:C3村・西地区→東方向
【キール・ツァイベル 生存確認】
状態:TP15% 「鬼」になる覚悟 裏インディグネイション発動可能 覚悟
ロイドの損害に対する憤慨 メルディにサインを教授済み グリッドに対する複雑な気持ち
所持品:ベレット セイファートキー ジェイのメモ ダオスの遺書 首輪×3 凍らせたロイドの左腕 邪剣ファフニール
C・ケイジ@I(水・雷・闇・氷・火) 魔杖ケイオスハート マジカルポーチ 分解中のレーダー
実験サンプル(燃える草微量以外詳細不明) ミラクルグミ ハロルドメモ1・2 フェアリィリング(hiding)
ハロルドの首輪 スティレット 金のフライパン ウィングパック(メガグランチャーとUZISMGが入っている)
基本行動方針:脱出
第一行動方針:ミトスと協力してエターナルソード、ヴェイグ=リュングベル、ソーディアン・ディムロスの確保
第二行動方針:マーテル蘇生と首輪解除
第三行動方針:カイルは比較的容易なら仲間に取り込む
現在位置:C3村・西地区→東方向
状態:TP15% 「鬼」になる覚悟 裏インディグネイション発動可能 覚悟
ロイドの損害に対する憤慨 メルディにサインを教授済み グリッドに対する複雑な気持ち
所持品:ベレット セイファートキー ジェイのメモ ダオスの遺書 首輪×3 凍らせたロイドの左腕 邪剣ファフニール
C・ケイジ@I(水・雷・闇・氷・火) 魔杖ケイオスハート マジカルポーチ 分解中のレーダー
実験サンプル(燃える草微量以外詳細不明) ミラクルグミ ハロルドメモ1・2 フェアリィリング(hiding)
ハロルドの首輪 スティレット 金のフライパン ウィングパック(メガグランチャーとUZISMGが入っている)
基本行動方針:脱出
第一行動方針:ミトスと協力してエターナルソード、ヴェイグ=リュングベル、ソーディアン・ディムロスの確保
第二行動方針:マーテル蘇生と首輪解除
第三行動方針:カイルは比較的容易なら仲間に取り込む
現在位置:C3村・西地区→東方向
【首輪解除プラン概略】
1:D5・山岳地帯にある監視装置にソーディアンを同調させる(解除に必要な情報を取得)
2:データを取得したソーディアンによる解除信号を発信、解除・停止(ジャミングによる機能妨害)
3:物理的解除・分解
4:術的要素が有った場合はヴェイグのフォルスを用いて解除する
1:D5・山岳地帯にある監視装置にソーディアンを同調させる(解除に必要な情報を取得)
2:データを取得したソーディアンによる解除信号を発信、解除・停止(ジャミングによる機能妨害)
3:物理的解除・分解
4:術的要素が有った場合はヴェイグのフォルスを用いて解除する
【ミトス=ユグドラシル@ユグドラシル 生存確認】
状態:TP90% 恐怖 己の間抜けぶりへの怒り ミントの存在による思考のエラー
所持品:ミスティシンボル 大いなる実り ダオスのマント キールのレポート
基本行動方針:マーテルを蘇生させる
第一行動方針:キール達と行動する
第二行動方針:蘇生失敗の時は皆殺しにシフト(但しミクトランの優勝賞品はあてにしない)
現在位置:C3村・西地区→東方向
状態:TP90% 恐怖 己の間抜けぶりへの怒り ミントの存在による思考のエラー
所持品:ミスティシンボル 大いなる実り ダオスのマント キールのレポート
基本行動方針:マーテルを蘇生させる
第一行動方針:キール達と行動する
第二行動方針:蘇生失敗の時は皆殺しにシフト(但しミクトランの優勝賞品はあてにしない)
現在位置:C3村・西地区→東方向
【アトワイト=エックス@コレット 生存確認】
状態:HP30% TP20% コレットの精神への介入 ミトスへの羨望と同情 エクスフィア侵食 “コレット”消失
思考を放棄したい クレスに対する恐怖 胸部に大裂傷(処置済)
所持品:苦無(残り1) ピヨチェック ホーリィスタッフ エクスフィア強化S・A(エクスフィア侵食中)
基本行動方針:積極的にミトスに従う
第一行動方針:キール達と行動する
第二行動方針:エターナルソードの確保
現在位置:C3村・西地区→東方向
状態:HP30% TP20% コレットの精神への介入 ミトスへの羨望と同情 エクスフィア侵食 “コレット”消失
思考を放棄したい クレスに対する恐怖 胸部に大裂傷(処置済)
所持品:苦無(残り1) ピヨチェック ホーリィスタッフ エクスフィア強化S・A(エクスフィア侵食中)
基本行動方針:積極的にミトスに従う
第一行動方針:キール達と行動する
第二行動方針:エターナルソードの確保
現在位置:C3村・西地区→東方向
特記事項:エクスフィア強化S・Aを装備解除した時点でコレット死亡
【ロイド=アーヴィング 死亡確認】
【残り6人】
【残り6人】