彼が願ったこと
こつこつと階段を下りる音が聞こえてくる。
「……ここだと、思ったんだがな……」
青年はそう呟き、首をみしみしと動かし辺りを見渡す。
窓のない薄暗い部屋の中、何からが特に黒い形や陰影を持って存在を主張している。
それらは例えば背を丸めた老人の姿でもあり、まだ幼いのに表情が消えた子供の姿でもあり、
まるで見知らぬ侵入者をじっと鋭く艶かしく見ているようだった。
世界から見捨てられ、切り離された哀れな影の果て。あえて命名するならこんな感じだ。
しかし、彼は1度ぎょっとしただけで、その後は平然と部屋の中に踏み込んでいっていた。
テーブルにイス、棚といったものが目が慣れてきて見え始めた。
その内彼は部屋を散策していて、床に打ち捨てられた人形の影を見つけた。
闇の中で目を引く白さ。それは身に纏う法衣と血の気が引いた陶器のような肌だった。
腰まである金のロングヘアーも精彩を欠いている。何よりもあらゆる箇所の傷跡が痛々しかった。
女なのに傷物にされて、と思う。
彼は転がったまま動こうとしないその人に近付き、しゃがみ込んでぺちぺちと頬を叩いた。
反応はなく、次は医者が行うように瞼を上げて瞳を覗いた。
水気はあるのにどこか乾いたような、枯れた目が彼を捉えた。思わず舌打ち。
「ひでえことする奴もいたモンだな。誰だか見当が付く辺りが特に」
淡々と述べ彼は立ち上がり、部屋の探索を再開した。
ここは恐らくミトスの拠点なのだろう。床の僅かに黒い部分、独特の臭いを発する染みは、未だ乾いていなかった。
つまりつい最近まで使われていたということ。サックも2人分置かれている。
手ぶらで行くということは大した物も入っていないか、後で戻ってくるということか。
彼はそう考え、さして困ってもなさそうな顔をして頭を掻いた。
「……ここだと、思ったんだがな……」
青年はそう呟き、首をみしみしと動かし辺りを見渡す。
窓のない薄暗い部屋の中、何からが特に黒い形や陰影を持って存在を主張している。
それらは例えば背を丸めた老人の姿でもあり、まだ幼いのに表情が消えた子供の姿でもあり、
まるで見知らぬ侵入者をじっと鋭く艶かしく見ているようだった。
世界から見捨てられ、切り離された哀れな影の果て。あえて命名するならこんな感じだ。
しかし、彼は1度ぎょっとしただけで、その後は平然と部屋の中に踏み込んでいっていた。
テーブルにイス、棚といったものが目が慣れてきて見え始めた。
その内彼は部屋を散策していて、床に打ち捨てられた人形の影を見つけた。
闇の中で目を引く白さ。それは身に纏う法衣と血の気が引いた陶器のような肌だった。
腰まである金のロングヘアーも精彩を欠いている。何よりもあらゆる箇所の傷跡が痛々しかった。
女なのに傷物にされて、と思う。
彼は転がったまま動こうとしないその人に近付き、しゃがみ込んでぺちぺちと頬を叩いた。
反応はなく、次は医者が行うように瞼を上げて瞳を覗いた。
水気はあるのにどこか乾いたような、枯れた目が彼を捉えた。思わず舌打ち。
「ひでえことする奴もいたモンだな。誰だか見当が付く辺りが特に」
淡々と述べ彼は立ち上がり、部屋の探索を再開した。
ここは恐らくミトスの拠点なのだろう。床の僅かに黒い部分、独特の臭いを発する染みは、未だ乾いていなかった。
つまりつい最近まで使われていたということ。サックも2人分置かれている。
手ぶらで行くということは大した物も入っていないか、後で戻ってくるということか。
彼はそう考え、さして困ってもなさそうな顔をして頭を掻いた。
弱った。来てみたはいいが、声の主はいない。この女の人かと思ったが、その割には反応が薄い。
何よりあの焦点の定まらない目。見えていないようにも思えるし、見たくないとも思える。
「やっぱ、気のせいだったのかな」
嘲りを込めて呟き、彼は笑った。
自分1人にしか聞こえていなかったということは、それこそ勘違いという可能性も秘めているのだ。
そもそも、か弱い鈴の音が聞こえるということ自体馬鹿げている。
鐘の音ならばこの村には鐘があるから考えられるし、鎮魂の鐘といった、そんな洒落たことも考えられたのに。
鈴なんていう有り得ないものだからこそ、却って気になってしまう。
だが、結局は無意味だったのだ。
「仕方ねぇか。おとなしく退散して……」
そう言いかけて、彼は倒れている女の方へと向いた。
ここにミトスがいたというのなら、あの正午前の悲鳴は目の前の女によるものだったのか。
調整されていない楽器のように、外れに外れた音響。そして連呼されたクレスの名。
彼は再び近付き、傍に座り込む。
床が軋む音に気付いたのか、僅かに首を動かし音源の方へと女は向いた。
綺麗な碧眼に光が宿っていないのは単にこの部屋が暗いからではないだろう。
まるで瞳の中に映される闇を内包しているようだ。映し出される絶望感に、彼は得も言われぬシンパシーを抱いた。
何よりあの焦点の定まらない目。見えていないようにも思えるし、見たくないとも思える。
「やっぱ、気のせいだったのかな」
嘲りを込めて呟き、彼は笑った。
自分1人にしか聞こえていなかったということは、それこそ勘違いという可能性も秘めているのだ。
そもそも、か弱い鈴の音が聞こえるということ自体馬鹿げている。
鐘の音ならばこの村には鐘があるから考えられるし、鎮魂の鐘といった、そんな洒落たことも考えられたのに。
鈴なんていう有り得ないものだからこそ、却って気になってしまう。
だが、結局は無意味だったのだ。
「仕方ねぇか。おとなしく退散して……」
そう言いかけて、彼は倒れている女の方へと向いた。
ここにミトスがいたというのなら、あの正午前の悲鳴は目の前の女によるものだったのか。
調整されていない楽器のように、外れに外れた音響。そして連呼されたクレスの名。
彼は再び近付き、傍に座り込む。
床が軋む音に気付いたのか、僅かに首を動かし音源の方へと女は向いた。
綺麗な碧眼に光が宿っていないのは単にこの部屋が暗いからではないだろう。
まるで瞳の中に映される闇を内包しているようだ。映し出される絶望感に、彼は得も言われぬシンパシーを抱いた。
「多分、あんたはクレスの知り合いなんだよな。目が見えないのは喜ぶべきだよ。きっと、現実は酷過ぎる」
ぴくりと女の身体が動いたように見えた。
だが彼は得心行ったようなしたり顔もせず、無表情のまま女を見つめていた。
「クレスのことは昨日から見てきたけどさ。あんたの知ってるクレスと今のクレスは違うんだろうなって、何となく分かってる」
彼の脳裏に再び海岸での記憶が蘇る。あのクレスが何かに苦悩する姿。
ふと女の顔に付いた両目に視線をやると、涙が零れていた。
素直に彼は驚いた。これだけ生気の失せた姿になっても、誰かを想ってまだ泣けるということに。
「……そうやって泣けるんだな。羨ましいぜ」
言葉に少しだけ付いた色が自分でも憎たらしかった。
早急にその場を離れようとすると、足に何かが触れる感触がした。ろくに握る力もない、女の手だった。
いくら脛とはいえ、人の肉ではない硬さに気付いたのだろうか。
はっとした、驚愕というよりは悲哀を帯びた顔付きを顔面に張っていた。
元からこんなんだよ、と言えばよかっただろうか。
伏せたままの女を見下ろす彼は代わりに嘘の笑顔を浮かべた――――尤も、見えていないだろうが。
彼は座り込み、足を掴む女の手を握り、解こうとした。相手は何も言わず、強く彼の手を握り返した。
線の細い白い手を、その中にあるだろう骨をへし折りたくなる衝動に駆られる。
彼はどことなく分かっていた。
この女が手を掴んだのは、恋人を引き止めるような陣腐なものではないが、待って、という思いからだ。
『……レイ』
突然の女の声、静かだが可憐な声に彼は身体をびくつかせた。
『……レイ、ティトレイ……』
確かに聞いた。あの声だ。目の前の女が出したのかと思って見てみたが、口はまっすぐ直線に閉ざされている。
彼は弾かれたように首を動かし、周囲を見渡し主を探す。
目の前の女は少し不思議そうに彼を見ている。沈黙の中では衣ずれの音や髪が擦れる僅かな音さえ聞こえるのか、彼の異変を感じ取っているようだ。
だが、彼はそれを気にも留めない。
「誰だよ。どこにいんだよ!」
『ここです……ティトレイ』
声を頼りに彼、ティトレイ・クロウはその方向へと顔を動かす。
そこにあったのは配給された袋。ミトスが置いていったサックだった。
中に人が入るのかなどという疑問よりも先に、彼は緩まりつつあった女の手を解き、サックの封を開けた。
彼は分かっていたのかもしれない。迷うことなく、彼は“それ”を取り出した。
両手で包められる程しかないサイズの実、いや種だろうか。それに取り付けられた宝石が一瞬光を放つ。
暗い部屋では目を眩ませるには充分過ぎる光で、彼は思わず目を細めた。
目を元の大きさに戻す頃には、目の前に人影が浮かんでいた。
感情の有無などに関わらず、彼は反射的に身体を跳ね上がらせ種子を落としそうになった。
『やっと届きましたね。来てくれてありがとう、ティトレイ』
新緑の葉のような、鮮やかな緑のロングヘアー。全身を包むローブ。
そして慈愛の微笑みを浮かべた女性が、そこに存在していた。
“居る”ではない。確かに“存在する”なのだ。
それほど目前の女性は、近くで倒れていて目を背けたくなる傷塗れの女と違い、何か超越した存在なのだ。
そう思うのも、彼は目の前の相手を一目見たことがあり、尚且つあまりに想定外の人物だったからである。
健やかな笑みを浮かべている姿が理解し難い。
何故なら、この女性は“死んだ”筈だ。
「何で、あんたがここに」
そして、彼女が――――マーテル・ユグドラシルが殺されるところを、彼は見ていた筈なのだから。
ぴくりと女の身体が動いたように見えた。
だが彼は得心行ったようなしたり顔もせず、無表情のまま女を見つめていた。
「クレスのことは昨日から見てきたけどさ。あんたの知ってるクレスと今のクレスは違うんだろうなって、何となく分かってる」
彼の脳裏に再び海岸での記憶が蘇る。あのクレスが何かに苦悩する姿。
ふと女の顔に付いた両目に視線をやると、涙が零れていた。
素直に彼は驚いた。これだけ生気の失せた姿になっても、誰かを想ってまだ泣けるということに。
「……そうやって泣けるんだな。羨ましいぜ」
言葉に少しだけ付いた色が自分でも憎たらしかった。
早急にその場を離れようとすると、足に何かが触れる感触がした。ろくに握る力もない、女の手だった。
いくら脛とはいえ、人の肉ではない硬さに気付いたのだろうか。
はっとした、驚愕というよりは悲哀を帯びた顔付きを顔面に張っていた。
元からこんなんだよ、と言えばよかっただろうか。
伏せたままの女を見下ろす彼は代わりに嘘の笑顔を浮かべた――――尤も、見えていないだろうが。
彼は座り込み、足を掴む女の手を握り、解こうとした。相手は何も言わず、強く彼の手を握り返した。
線の細い白い手を、その中にあるだろう骨をへし折りたくなる衝動に駆られる。
彼はどことなく分かっていた。
この女が手を掴んだのは、恋人を引き止めるような陣腐なものではないが、待って、という思いからだ。
『……レイ』
突然の女の声、静かだが可憐な声に彼は身体をびくつかせた。
『……レイ、ティトレイ……』
確かに聞いた。あの声だ。目の前の女が出したのかと思って見てみたが、口はまっすぐ直線に閉ざされている。
彼は弾かれたように首を動かし、周囲を見渡し主を探す。
目の前の女は少し不思議そうに彼を見ている。沈黙の中では衣ずれの音や髪が擦れる僅かな音さえ聞こえるのか、彼の異変を感じ取っているようだ。
だが、彼はそれを気にも留めない。
「誰だよ。どこにいんだよ!」
『ここです……ティトレイ』
声を頼りに彼、ティトレイ・クロウはその方向へと顔を動かす。
そこにあったのは配給された袋。ミトスが置いていったサックだった。
中に人が入るのかなどという疑問よりも先に、彼は緩まりつつあった女の手を解き、サックの封を開けた。
彼は分かっていたのかもしれない。迷うことなく、彼は“それ”を取り出した。
両手で包められる程しかないサイズの実、いや種だろうか。それに取り付けられた宝石が一瞬光を放つ。
暗い部屋では目を眩ませるには充分過ぎる光で、彼は思わず目を細めた。
目を元の大きさに戻す頃には、目の前に人影が浮かんでいた。
感情の有無などに関わらず、彼は反射的に身体を跳ね上がらせ種子を落としそうになった。
『やっと届きましたね。来てくれてありがとう、ティトレイ』
新緑の葉のような、鮮やかな緑のロングヘアー。全身を包むローブ。
そして慈愛の微笑みを浮かべた女性が、そこに存在していた。
“居る”ではない。確かに“存在する”なのだ。
それほど目前の女性は、近くで倒れていて目を背けたくなる傷塗れの女と違い、何か超越した存在なのだ。
そう思うのも、彼は目の前の相手を一目見たことがあり、尚且つあまりに想定外の人物だったからである。
健やかな笑みを浮かべている姿が理解し難い。
何故なら、この女性は“死んだ”筈だ。
「何で、あんたがここに」
そして、彼女が――――マーテル・ユグドラシルが殺されるところを、彼は見ていた筈なのだから。
呆然としたような間の抜けたような、空っぽな声だった。
女も僅かに顔を向かせ、何かがいると感じているのか、マーテルの方を見ている。
それでも2人の反応とは正反対に、彼女は笑みを絶やさない。本当に嬉しそうな、安堵したような表情だった。
『私の意識は、死の間際に輝石へと取り込まれ、こうして精神体として生きていたのです。
今のこの姿も、実体を持たない幻のようなものでしかありません』
彼は手の中の種子に目を移し、改めて取り付けられた石を見る。
しげしげと見つめた後、触ってみたりつついてみたりして、彼女に何の影響もないことを確認しテーブルの上へと置いた。
依然、マーテルの微笑に変化はない。
『ですが……私はマーテルであり、マーテルではないのかもしれません』
え、と言わんばかりの顔でマーテルを見つめるティトレイ。
『私の、マーテルという存在は変容しつつあります。
エターナルソード、ひいてはオリジンが本来有らざる事態に対応し契約を凍結させたように、
複数の時代の人物が同時に存在することで、時空間の矛盾が複合によって解消されようとしているのです。
世界というのは脆いものです。大きな矛盾を内包すれば、時空自体が破壊されかね……』
静かに語るマーテルだが、時空などという小難しい概念に縁のない彼は、頭に手をやり唸っていた。
そんな彼に微苦笑を浮かべる彼女。
『マーテル・ユグドラシルという人物は、ある時代ではミトスの手によって永い間大いなる実りの中で眠っていたこともあり、
精霊マーテルの側面の1つでもあるのです。
そしてそこの彼女、ミントの時代でも、マーテルはマナを生み出す樹の精霊として存在している』
「……やっぱりイマイチ分かんねえんですけど」
『マーテルはミトスの姉でもあり、遥か未来まで続く樹の精霊でもある。
私は、精霊としてのマーテルに変わりつつある、ということですよ』
やはり分かっているような分かっていないような、そんな面持ちの彼だが、不意にぽむと手を打った。
「確かに。生きてた時と声が違うよな」
『そうですね。それも変化の1つです』
話し方や大人びた印象は同じなのだが、昨日のシースリ村で聞いたマーテルの声と、今のマーテルの声は違っていた。
生前の方が少しだけ声が低く、平坦な調子だったような気もする。
死ぬだけで声って変わるものなのか、と思ったが、案の定「まあいいや」と竹を割ったように放り出してしまった。
要するに彼にとっての結論は「石に宿って生き延び、精霊になりつつある」というだけのことである。
机の上に浮かぶ彼女を見上げるようにして彼は見ていた。結果的に見下ろされている形になるが不快感はまるでなかった。
感じることが出来ないのではなく、元々彼女にそういったものが滲み出ていないのだ。
むしろ神々しい、荘厳な雰囲気にティトレイは無意識の内に息を呑んでいた。
だが逆に違和感も覚えた。そんな人物が何故自分を選んだのか。ましてや面識などこれっぽっちもないのだ。
女も僅かに顔を向かせ、何かがいると感じているのか、マーテルの方を見ている。
それでも2人の反応とは正反対に、彼女は笑みを絶やさない。本当に嬉しそうな、安堵したような表情だった。
『私の意識は、死の間際に輝石へと取り込まれ、こうして精神体として生きていたのです。
今のこの姿も、実体を持たない幻のようなものでしかありません』
彼は手の中の種子に目を移し、改めて取り付けられた石を見る。
しげしげと見つめた後、触ってみたりつついてみたりして、彼女に何の影響もないことを確認しテーブルの上へと置いた。
依然、マーテルの微笑に変化はない。
『ですが……私はマーテルであり、マーテルではないのかもしれません』
え、と言わんばかりの顔でマーテルを見つめるティトレイ。
『私の、マーテルという存在は変容しつつあります。
エターナルソード、ひいてはオリジンが本来有らざる事態に対応し契約を凍結させたように、
複数の時代の人物が同時に存在することで、時空間の矛盾が複合によって解消されようとしているのです。
世界というのは脆いものです。大きな矛盾を内包すれば、時空自体が破壊されかね……』
静かに語るマーテルだが、時空などという小難しい概念に縁のない彼は、頭に手をやり唸っていた。
そんな彼に微苦笑を浮かべる彼女。
『マーテル・ユグドラシルという人物は、ある時代ではミトスの手によって永い間大いなる実りの中で眠っていたこともあり、
精霊マーテルの側面の1つでもあるのです。
そしてそこの彼女、ミントの時代でも、マーテルはマナを生み出す樹の精霊として存在している』
「……やっぱりイマイチ分かんねえんですけど」
『マーテルはミトスの姉でもあり、遥か未来まで続く樹の精霊でもある。
私は、精霊としてのマーテルに変わりつつある、ということですよ』
やはり分かっているような分かっていないような、そんな面持ちの彼だが、不意にぽむと手を打った。
「確かに。生きてた時と声が違うよな」
『そうですね。それも変化の1つです』
話し方や大人びた印象は同じなのだが、昨日のシースリ村で聞いたマーテルの声と、今のマーテルの声は違っていた。
生前の方が少しだけ声が低く、平坦な調子だったような気もする。
死ぬだけで声って変わるものなのか、と思ったが、案の定「まあいいや」と竹を割ったように放り出してしまった。
要するに彼にとっての結論は「石に宿って生き延び、精霊になりつつある」というだけのことである。
机の上に浮かぶ彼女を見上げるようにして彼は見ていた。結果的に見下ろされている形になるが不快感はまるでなかった。
感じることが出来ないのではなく、元々彼女にそういったものが滲み出ていないのだ。
むしろ神々しい、荘厳な雰囲気にティトレイは無意識の内に息を呑んでいた。
だが逆に違和感も覚えた。そんな人物が何故自分を選んだのか。ましてや面識などこれっぽっちもないのだ。
「で、どうして俺なんだよ?」
思わず聞くと、マーテルの瞼が伏せられた。
『受け取る側の素質があったのが、あなただけだったということです』
長く、柔らかい睫毛がしおらしく動く。
『私は樹の精霊。そして、あなたは樹の力の持ち主。何よりも……あなたの身体自体が、力に蝕まれつつありますね』
一転して表情が険しくなる。
「……優しい顔して痛いトコ突いてくるんだな」
視線を逸らし、そう言った彼は1度短く嗤う。顔を元の向きに戻すと、にへらとした緩んだ表情が浮かんでいた。
「じゃ、俺を呼んだ理由は? あるんだろ、理由?」
明るい調子で尋ねる彼をマーテルは1度だけ寂しげに見つめたが、すぐにふっと元の微笑、慈悲のある笑みに戻した。
視線を黙ったままミントの方へ向けられるのを見て、彼も視線をミントへと移す。
当人は当然気付く筈もなく、光のない目で中空を見つめていた。
『彼女がクレスという男性を想っていることは知っていますか』
「ああ。あんたを殺したあのクレスをだ」
そうですね、とマーテルは言う。
『彼女を、クレスの下へ連れて行って欲しいのです』
彼はマーテルとミントを交互に見て肩を竦めた。
「正気かよ? 何されるか」
堪ったもんじゃ、と続けようとした彼の言葉を、マーテルは首を振って制する。
憂いを秘めた彼女の瞳はミントへと向けられ続け、幻影でしかない手が胸元へと重ねられる。
『それでも、彼女はクレスのことを想い続けています。舌のない口でも彼の名を紡ごうとしていた程に』
唸りを発し、手を口元に当てる。場を少しの沈黙が支配する。
彼はふと感じた違和感を1つずつ解体していった。
「……舌のない? でも、名前呼んで……」
『あれは、私が呼んだのです』
再び沈黙。困惑げな表情を微かに出す彼と、はっとした顔のミントに、マーテルはふふっと笑う。
『混乱して当然です。彼女の想いを感じ取った私は、傍にいた少女の身体を一時的に借りクレスの名を呼んだのですから』
「そんなこと出来んのかよ。声まで同じだったぜ?」
『ええ。コレット達の時代では、同じように別の人の身体に入ったこともあります』
にべもなく言う精霊を前に、彼は腕を組みながら便利なもんだなあと思う。
彼の勤めていた製鉄工場でも幽霊騒ぎはあったが、本当に目の前にいるのは幽霊ではないかと疑いたくなる。
いや、確かに死んだ筈の上に、当人はそれすら超越したとは言っているのだが。
マーテルは常に優しい笑みを浮かべている。引き受けて欲しいからなのか、それとも既に自信のようなものがあるからなのか。
薄闇の中で燐光を発しているかのように彼女の身体は淡い光を発しており、彼女自体が光なのではないかと思った。
そうだとも思う。あの延々と続いた光の糸は彼女、マーテルであり、どこか気になってしまうものはあった。
二元的なもので表せば、間違いなくこの精霊は絶望の権化などではない。それは絶対的だ。
しかし、それならこの胸のしこりは何だ。何故、彼女という存在を素直に受け入れられないのだろう。
何もないのに胸を打つ早鐘が収まらない。
思わず聞くと、マーテルの瞼が伏せられた。
『受け取る側の素質があったのが、あなただけだったということです』
長く、柔らかい睫毛がしおらしく動く。
『私は樹の精霊。そして、あなたは樹の力の持ち主。何よりも……あなたの身体自体が、力に蝕まれつつありますね』
一転して表情が険しくなる。
「……優しい顔して痛いトコ突いてくるんだな」
視線を逸らし、そう言った彼は1度短く嗤う。顔を元の向きに戻すと、にへらとした緩んだ表情が浮かんでいた。
「じゃ、俺を呼んだ理由は? あるんだろ、理由?」
明るい調子で尋ねる彼をマーテルは1度だけ寂しげに見つめたが、すぐにふっと元の微笑、慈悲のある笑みに戻した。
視線を黙ったままミントの方へ向けられるのを見て、彼も視線をミントへと移す。
当人は当然気付く筈もなく、光のない目で中空を見つめていた。
『彼女がクレスという男性を想っていることは知っていますか』
「ああ。あんたを殺したあのクレスをだ」
そうですね、とマーテルは言う。
『彼女を、クレスの下へ連れて行って欲しいのです』
彼はマーテルとミントを交互に見て肩を竦めた。
「正気かよ? 何されるか」
堪ったもんじゃ、と続けようとした彼の言葉を、マーテルは首を振って制する。
憂いを秘めた彼女の瞳はミントへと向けられ続け、幻影でしかない手が胸元へと重ねられる。
『それでも、彼女はクレスのことを想い続けています。舌のない口でも彼の名を紡ごうとしていた程に』
唸りを発し、手を口元に当てる。場を少しの沈黙が支配する。
彼はふと感じた違和感を1つずつ解体していった。
「……舌のない? でも、名前呼んで……」
『あれは、私が呼んだのです』
再び沈黙。困惑げな表情を微かに出す彼と、はっとした顔のミントに、マーテルはふふっと笑う。
『混乱して当然です。彼女の想いを感じ取った私は、傍にいた少女の身体を一時的に借りクレスの名を呼んだのですから』
「そんなこと出来んのかよ。声まで同じだったぜ?」
『ええ。コレット達の時代では、同じように別の人の身体に入ったこともあります』
にべもなく言う精霊を前に、彼は腕を組みながら便利なもんだなあと思う。
彼の勤めていた製鉄工場でも幽霊騒ぎはあったが、本当に目の前にいるのは幽霊ではないかと疑いたくなる。
いや、確かに死んだ筈の上に、当人はそれすら超越したとは言っているのだが。
マーテルは常に優しい笑みを浮かべている。引き受けて欲しいからなのか、それとも既に自信のようなものがあるからなのか。
薄闇の中で燐光を発しているかのように彼女の身体は淡い光を発しており、彼女自体が光なのではないかと思った。
そうだとも思う。あの延々と続いた光の糸は彼女、マーテルであり、どこか気になってしまうものはあった。
二元的なもので表せば、間違いなくこの精霊は絶望の権化などではない。それは絶対的だ。
しかし、それならこの胸のしこりは何だ。何故、彼女という存在を素直に受け入れられないのだろう。
何もないのに胸を打つ早鐘が収まらない。
「クレスは覚えちゃいねえよ。実際そう言ってたし」
ティトレイは重い息をついて言った。傷付けるつもりなど毛頭なかったが、びくりとミントの身体が跳ねて微かに音を立てた。
暗い部屋は風通りがなく、どこか息苦しく、わだかまっていて、
部屋がぐちゃぐちゃに丸められた粘土のようで、暴れ出したくなるような閉塞感と粘性があった。
『それでも構わないのです。彼女はクレスと会うことをひたすらに望んでいます』
「あいつに殺されたなら分かってんだろ? あれと同じようなこと、いや、もっとそれ以上のことをされてもいいのかよ?
この人は会うことを望んでいるだけで、殺されるのを望んでる訳じゃない」
『彼女に、クレスを元に戻せる可能性があるとしたら……』
ぴくり、と彼の髪が動いた。良くも悪くも露骨な反応だった。
そうして彼はしばらく黙り込み、視線をミントへとやった。
「……悪いけどパス。この人の安否とかより、今クレスに戻られちゃ困る」
『何故?』
問い掛けるマーテルの顔には既に悲しみが浮かんでいる。
「殺して欲しい奴がいる」
無表情のまま、簡潔に淡々と語る彼の視線は逸れ、何もない空に投げ出されていた。
頬に張った脈が蠢き、彼の目へと向かっていった。
「呼吸と一緒だよ。あいつにとって人を殺すってのは。
空気が必要で、意味もなく鼻や口から息を吐くみたいに人を殺して、それで時々何かを確かめるように殺す。深呼吸みたいに」
ティトレイは明朗な笑みを浮かべる。
「俺はそんな、ただの呼吸に期待してるんだ。つまんねえエゴだよ」
だが、そうとしか見えないそれを構成する要素は紛れもなく自嘲だった。マーテルもそれを見抜いていた。
『自分の都合で利用することにあなたは何かしらの思いを抱いている。違いますか?』
「さあ。よく分かんねえや」
『何故、そうやってはぐらかすのですか?』
動じず、ティトレイは視線だけをマーテルに向ける。沈黙を守ってはいるが細められた目は鋭い。
『ミトスが海岸であなたと話していた時、私も聞かせてもらいました。
あなたは、1番大切なものを失った。それでいて、あなたは何かに悩んでいるようにも見えます。
知りたいのではありませんか? “気持ち”というものを』
彼女の言葉に一瞬怯むが、何とか顔面に出す前で留まった。
「何も悩んでることなんか」
『そうやって、あなたは自分と向き合うのを恐れてきた』
強く、はっきりとした口調に尚更彼は目を鋭くした。
「あんたは俺に何を求めてるんだ」
『しっかりと向き合って欲しいのです。
あなたのその身体は、自らから生じる迷いの証。このままではあなたの身体は完全に木と化してしまう』
「つまり、この女の人を助けるのにこんなままじゃ困る、ってことか?」
ぶっきらぼうに吐き捨て、彼は無色の瞳でミントを見た。
微かに顎を上に向けてはいるが未だ倒れたままで、その場から全く動いていない。
このままでは自分で動くことすら叶わないだろう。鐘楼台に放置されたまま死ぬことだって有り得る。
動けない、ただ呼吸をしているだけの人間。
ただ生きているだけの人間に、一体マーテルは何の価値を見出しているのか。
どんなにミントのことを助けようとしても、喋れず、動けず、目も見えない――――絶望しかないのに。
ティトレイは重い息をついて言った。傷付けるつもりなど毛頭なかったが、びくりとミントの身体が跳ねて微かに音を立てた。
暗い部屋は風通りがなく、どこか息苦しく、わだかまっていて、
部屋がぐちゃぐちゃに丸められた粘土のようで、暴れ出したくなるような閉塞感と粘性があった。
『それでも構わないのです。彼女はクレスと会うことをひたすらに望んでいます』
「あいつに殺されたなら分かってんだろ? あれと同じようなこと、いや、もっとそれ以上のことをされてもいいのかよ?
この人は会うことを望んでいるだけで、殺されるのを望んでる訳じゃない」
『彼女に、クレスを元に戻せる可能性があるとしたら……』
ぴくり、と彼の髪が動いた。良くも悪くも露骨な反応だった。
そうして彼はしばらく黙り込み、視線をミントへとやった。
「……悪いけどパス。この人の安否とかより、今クレスに戻られちゃ困る」
『何故?』
問い掛けるマーテルの顔には既に悲しみが浮かんでいる。
「殺して欲しい奴がいる」
無表情のまま、簡潔に淡々と語る彼の視線は逸れ、何もない空に投げ出されていた。
頬に張った脈が蠢き、彼の目へと向かっていった。
「呼吸と一緒だよ。あいつにとって人を殺すってのは。
空気が必要で、意味もなく鼻や口から息を吐くみたいに人を殺して、それで時々何かを確かめるように殺す。深呼吸みたいに」
ティトレイは明朗な笑みを浮かべる。
「俺はそんな、ただの呼吸に期待してるんだ。つまんねえエゴだよ」
だが、そうとしか見えないそれを構成する要素は紛れもなく自嘲だった。マーテルもそれを見抜いていた。
『自分の都合で利用することにあなたは何かしらの思いを抱いている。違いますか?』
「さあ。よく分かんねえや」
『何故、そうやってはぐらかすのですか?』
動じず、ティトレイは視線だけをマーテルに向ける。沈黙を守ってはいるが細められた目は鋭い。
『ミトスが海岸であなたと話していた時、私も聞かせてもらいました。
あなたは、1番大切なものを失った。それでいて、あなたは何かに悩んでいるようにも見えます。
知りたいのではありませんか? “気持ち”というものを』
彼女の言葉に一瞬怯むが、何とか顔面に出す前で留まった。
「何も悩んでることなんか」
『そうやって、あなたは自分と向き合うのを恐れてきた』
強く、はっきりとした口調に尚更彼は目を鋭くした。
「あんたは俺に何を求めてるんだ」
『しっかりと向き合って欲しいのです。
あなたのその身体は、自らから生じる迷いの証。このままではあなたの身体は完全に木と化してしまう』
「つまり、この女の人を助けるのにこんなままじゃ困る、ってことか?」
ぶっきらぼうに吐き捨て、彼は無色の瞳でミントを見た。
微かに顎を上に向けてはいるが未だ倒れたままで、その場から全く動いていない。
このままでは自分で動くことすら叶わないだろう。鐘楼台に放置されたまま死ぬことだって有り得る。
動けない、ただ呼吸をしているだけの人間。
ただ生きているだけの人間に、一体マーテルは何の価値を見出しているのか。
どんなにミントのことを助けようとしても、喋れず、動けず、目も見えない――――絶望しかないのに。
彼は滞りなく自分のサックから巨大な斧を取り出した。無闇に大柄で、彼の体躯に合った武器ではない。
相当に重いのか、両刃を下に向け床に当てている。そのすぐ傍にミントがいる。
「例えば、あんたはこの人を助けたい訳だから……俺が今ここで殺したら、何もかも振り出しに戻るよな?」
普段は武器を用いないティトレイが両手で斧を握る姿は異様でもあったが、この慣れない武器で
必死に人を殺そうとする稚出さが妙に彼に似合っていた。
ミントは声の方を向いている。その表情もまた驚きよりも慈悲に近い悲哀に満ち、マーテルによく似ていた。
2人の聖母の間に立つ憔悴した男は、それほど孤独な存在なのだった。
『そうして罪を重ね、一体何の為になるのです?』
「増えるモンはない。でも、減る訳でもない」
落ち着いた声とは逆に胸を打つ鼓動は更に早くなる。気付けば下唇を噛んでいる。
まるで、衝撃に耐えるかのように。
『いいえ。あなたの心は悲鳴を上げるでしょう』
彼に1度震えが走った。頭で理解するより無意識に身体が反射していた。
ぞわぞわと葉脈が広がっていく。それを隠すように彼は顔を俯かせていた。
内側にある空気のようなものが急に生暖かくなり、肌にまとわり付く。
ミントは急に黙りこんだティトレイの方へと顔を向けたままだ。
「……あんたに何が分かるっていうんだよ」
掴んでいた斧が手から離れ、がたりと重厚な音を立てて落ちる。
彼は膝から崩れ落ち、両手で身体を抱え込んだ。顔には苦悶の表情が広がっており、歯を食い縛っている。
「こうなってる原因すら、俺は分かんねえんだぞ……?」
頬の管が身体の軋みと同時に這い、ハイネックに隠された首の表皮が硬くなっていく。
全身緑の服で覆われたティトレイの身体は、とうに頭を残し樹木へと変貌していた。
汗が出ていれば一筋伝いもしたかもしれないが、変わってしまった彼に分泌といった機能は消え失せていた。
マーテルの顔が悲痛に襲われるが、すぐに強い、凛とした表情へと塗り替えられる。
暗い中、光に映える姿はいやでも彼に見せ付けられ、まざまざと網膜に刻まれる。
『答えに至るピースは、全てあなたの中で出ている筈です。
でもそれがあまりにばらばら過ぎて、何よりもあなたが目を向けるのを恐れていて、掴めずにいる。
見えないものを苦しめられる程恐ろしいことはありません……私は、ただその恐怖からあなたを救いたい』
手を組むマーテルは心からそう言った。膝を付けたままの彼は辛辣な面持ちで彼女を見る。
身体を地に付け、苦しむ人間に差し伸べられる女神の手。
彼女が纏う厳かな光は、正に天から下りて来た使いのように思えた。
何故自分はここへ来たのか。苦しみを和らげてくれた鈴の音に、光の糸に、何かを縋り求めていたからではないのか。
無意識の内にではあったのかもしれないが、確かにそんな思いを抱いてはいた。だからこそ足は勝手に動いていた。
自分は、優しい鈴の音に、差し伸べられた手に、救いを見出していたのではないか?
「……救ってどうなるんだよ。俺のことなんか」
一層強くなった全身の痛みを堪えるように、ティトレイは互いの両腕を強く握り、搾り出すような音で言った。
『救える人が目の前にいるのなら、私は救い出したい。それだけです。
あなたが本当にそのままでも構わないのなら、私はそうします。
でも、どうしても私には……あなたは苦しんでいるようにしか見えないのです。今のように』
沈黙する彼。無音の世界が痛々しく、彼は静寂という音が無数の針に思えた。
日が差さず、昼間でも少しひんやりとした空気に心地よさなど全くなかった。
むしろこのまま気温が下がって下がって冬になり、木々は枯れ始め――――自分も枯れるのではとさえ思った。
そう考えてしまう程、胸が詰まった感覚がするのは半植物として光が足りず活力が得られないからだと信じたかった。
相当に重いのか、両刃を下に向け床に当てている。そのすぐ傍にミントがいる。
「例えば、あんたはこの人を助けたい訳だから……俺が今ここで殺したら、何もかも振り出しに戻るよな?」
普段は武器を用いないティトレイが両手で斧を握る姿は異様でもあったが、この慣れない武器で
必死に人を殺そうとする稚出さが妙に彼に似合っていた。
ミントは声の方を向いている。その表情もまた驚きよりも慈悲に近い悲哀に満ち、マーテルによく似ていた。
2人の聖母の間に立つ憔悴した男は、それほど孤独な存在なのだった。
『そうして罪を重ね、一体何の為になるのです?』
「増えるモンはない。でも、減る訳でもない」
落ち着いた声とは逆に胸を打つ鼓動は更に早くなる。気付けば下唇を噛んでいる。
まるで、衝撃に耐えるかのように。
『いいえ。あなたの心は悲鳴を上げるでしょう』
彼に1度震えが走った。頭で理解するより無意識に身体が反射していた。
ぞわぞわと葉脈が広がっていく。それを隠すように彼は顔を俯かせていた。
内側にある空気のようなものが急に生暖かくなり、肌にまとわり付く。
ミントは急に黙りこんだティトレイの方へと顔を向けたままだ。
「……あんたに何が分かるっていうんだよ」
掴んでいた斧が手から離れ、がたりと重厚な音を立てて落ちる。
彼は膝から崩れ落ち、両手で身体を抱え込んだ。顔には苦悶の表情が広がっており、歯を食い縛っている。
「こうなってる原因すら、俺は分かんねえんだぞ……?」
頬の管が身体の軋みと同時に這い、ハイネックに隠された首の表皮が硬くなっていく。
全身緑の服で覆われたティトレイの身体は、とうに頭を残し樹木へと変貌していた。
汗が出ていれば一筋伝いもしたかもしれないが、変わってしまった彼に分泌といった機能は消え失せていた。
マーテルの顔が悲痛に襲われるが、すぐに強い、凛とした表情へと塗り替えられる。
暗い中、光に映える姿はいやでも彼に見せ付けられ、まざまざと網膜に刻まれる。
『答えに至るピースは、全てあなたの中で出ている筈です。
でもそれがあまりにばらばら過ぎて、何よりもあなたが目を向けるのを恐れていて、掴めずにいる。
見えないものを苦しめられる程恐ろしいことはありません……私は、ただその恐怖からあなたを救いたい』
手を組むマーテルは心からそう言った。膝を付けたままの彼は辛辣な面持ちで彼女を見る。
身体を地に付け、苦しむ人間に差し伸べられる女神の手。
彼女が纏う厳かな光は、正に天から下りて来た使いのように思えた。
何故自分はここへ来たのか。苦しみを和らげてくれた鈴の音に、光の糸に、何かを縋り求めていたからではないのか。
無意識の内にではあったのかもしれないが、確かにそんな思いを抱いてはいた。だからこそ足は勝手に動いていた。
自分は、優しい鈴の音に、差し伸べられた手に、救いを見出していたのではないか?
「……救ってどうなるんだよ。俺のことなんか」
一層強くなった全身の痛みを堪えるように、ティトレイは互いの両腕を強く握り、搾り出すような音で言った。
『救える人が目の前にいるのなら、私は救い出したい。それだけです。
あなたが本当にそのままでも構わないのなら、私はそうします。
でも、どうしても私には……あなたは苦しんでいるようにしか見えないのです。今のように』
沈黙する彼。無音の世界が痛々しく、彼は静寂という音が無数の針に思えた。
日が差さず、昼間でも少しひんやりとした空気に心地よさなど全くなかった。
むしろこのまま気温が下がって下がって冬になり、木々は枯れ始め――――自分も枯れるのではとさえ思った。
そう考えてしまう程、胸が詰まった感覚がするのは半植物として光が足りず活力が得られないからだと信じたかった。
「どうとでも思えばいいさ。俺はもう価値なんてねえんだから」
『何故、そう思うのですか?』
マーテルの言葉を鼻で笑う。
「親友を殺そうとしてるんだ。最低だろ?」
『最低と思うのなら殺す意味などないのでは?』
「ある。でなきゃ、俺は俺を殺せない」
光に包まれたマーテルの顔に陰りが落ちたように見えた。
『……そう、あなたは自分が恐ろしいのですね』
びくり、と目で見て取れる程にティトレイの身体が揺れた。
思わずばっと顔を上げてマーテルを見上げるが、彼女は喜ぶような素振りは何も見せない。
1つ核心に迫ったからといって、彼女にとっては論理的なパズルのようなものではないのだろう。
顔の管は頬の全体にまで広がっていた。
それはまるで、リバウンドが彼の内側にある要所を1つずつ陥落させているようだった。
侵略に慌てふためき、何も出来ないままに落とされる。そうして次々と侵攻を受けていく。
尤も、旗を振り、高らかに歌い、士気を鼓舞させているのはマーテルの言葉である。
『あなたが恐ろしいと感じる自分は、きっと親友を殺したくはない筈です』
何も言わず、彼は首を横に振るだけだ。
しかし表情はより苦悶の色が強くなり、腕が掴まれている部分の服のシワが締められ、間の影を濃くする。
無数のシワは荒れ始めた海の波に似ていた。
「違う。俺はバトルブックを燃やそうとした」
『燃やしたくない自分もいた筈です』
彼の長髪が激しく揺れる。
「……俺はしいなを見殺しにした」
『それを悔やむ自分もいる筈です』
急速に強まった痛みに彼は身体を畳んだ。先程夢で感じたのと同じ不快感が襲い掛かる。
しかし、それでも彼は何故自分の身体が悲鳴を発しているのか分からなかった。
事実はあっても、それが何から発露されたものなのか分からないのだ。
自分が恐ろしいと言われても、何故恐ろしいのか分からない。彼は未だ見えないものに苦しめられていた。
声を出すことさえ辛くなってくる。全身から溢れ出す痛みが声の代わりのようだった。誰かが叫ぶ。
『分かりましたか? 2つの柱が、自分の存在が』
マーテルは尚も問い掛ける。けれども彼は返答をしなかった。
彼女の言葉を認めぬ度に隔たっていく世界。様々なものが分解されていき、あちら側とこちら側との境目が見えてくる。
何本も何本も線が引かれていき、その向こうにぼんやりと“ティトレイ”がいる。
無表情で、あまりに澄んだ、どこまでも繋がっていそうな瞳の彼が、じっと微動だにせずに見つめている。
『あなたが罪を重ねるのも』
「……おっさんの、デミテルの恩に応えるためだ!」
『手を汚して、自分を捨てるため。自分を否定するため。自分を分かつため』
2人は別の空間にでもいるのだろう。
どんなに線が引かれても、どれだけ向こうが遠いと感じても、向こう側の自分の位置は変わらず、
鏡映しのように立ってこっちを眺め続けている。
いや、世界が違うのなら誰も見ていないのかもしれない。実は通り抜けて背後を見ているのかもしれない。
その内に分からなくなってくる。
あれ? 目の前にいるのは俺か、ティトレイか?
『でも、汚れが酷くなればなる程、元の白さが際立つ。自分の姿がより鮮明になっていく』
「違う、違う、違う……」
向こうにいるのは一体誰なのか。それとも、誰ですらないのか。
『今のあなたは自分を殺そうとして罪を重ね、しかし逆に自分の存在をより強くしている。悲しいまでの連鎖です』
マーテルは強烈にそう言い、彼は屈ませていた身体を少しだけ起こした。
顔は相変わらず苦しそうだが、目付きだけは新品の剃刀のように鋭利だった。
初めは穏やかというよりは緩やかだった彼の印象も、発せられるものは殺意に似てきていた。
『何故、そう思うのですか?』
マーテルの言葉を鼻で笑う。
「親友を殺そうとしてるんだ。最低だろ?」
『最低と思うのなら殺す意味などないのでは?』
「ある。でなきゃ、俺は俺を殺せない」
光に包まれたマーテルの顔に陰りが落ちたように見えた。
『……そう、あなたは自分が恐ろしいのですね』
びくり、と目で見て取れる程にティトレイの身体が揺れた。
思わずばっと顔を上げてマーテルを見上げるが、彼女は喜ぶような素振りは何も見せない。
1つ核心に迫ったからといって、彼女にとっては論理的なパズルのようなものではないのだろう。
顔の管は頬の全体にまで広がっていた。
それはまるで、リバウンドが彼の内側にある要所を1つずつ陥落させているようだった。
侵略に慌てふためき、何も出来ないままに落とされる。そうして次々と侵攻を受けていく。
尤も、旗を振り、高らかに歌い、士気を鼓舞させているのはマーテルの言葉である。
『あなたが恐ろしいと感じる自分は、きっと親友を殺したくはない筈です』
何も言わず、彼は首を横に振るだけだ。
しかし表情はより苦悶の色が強くなり、腕が掴まれている部分の服のシワが締められ、間の影を濃くする。
無数のシワは荒れ始めた海の波に似ていた。
「違う。俺はバトルブックを燃やそうとした」
『燃やしたくない自分もいた筈です』
彼の長髪が激しく揺れる。
「……俺はしいなを見殺しにした」
『それを悔やむ自分もいる筈です』
急速に強まった痛みに彼は身体を畳んだ。先程夢で感じたのと同じ不快感が襲い掛かる。
しかし、それでも彼は何故自分の身体が悲鳴を発しているのか分からなかった。
事実はあっても、それが何から発露されたものなのか分からないのだ。
自分が恐ろしいと言われても、何故恐ろしいのか分からない。彼は未だ見えないものに苦しめられていた。
声を出すことさえ辛くなってくる。全身から溢れ出す痛みが声の代わりのようだった。誰かが叫ぶ。
『分かりましたか? 2つの柱が、自分の存在が』
マーテルは尚も問い掛ける。けれども彼は返答をしなかった。
彼女の言葉を認めぬ度に隔たっていく世界。様々なものが分解されていき、あちら側とこちら側との境目が見えてくる。
何本も何本も線が引かれていき、その向こうにぼんやりと“ティトレイ”がいる。
無表情で、あまりに澄んだ、どこまでも繋がっていそうな瞳の彼が、じっと微動だにせずに見つめている。
『あなたが罪を重ねるのも』
「……おっさんの、デミテルの恩に応えるためだ!」
『手を汚して、自分を捨てるため。自分を否定するため。自分を分かつため』
2人は別の空間にでもいるのだろう。
どんなに線が引かれても、どれだけ向こうが遠いと感じても、向こう側の自分の位置は変わらず、
鏡映しのように立ってこっちを眺め続けている。
いや、世界が違うのなら誰も見ていないのかもしれない。実は通り抜けて背後を見ているのかもしれない。
その内に分からなくなってくる。
あれ? 目の前にいるのは俺か、ティトレイか?
『でも、汚れが酷くなればなる程、元の白さが際立つ。自分の姿がより鮮明になっていく』
「違う、違う、違う……」
向こうにいるのは一体誰なのか。それとも、誰ですらないのか。
『今のあなたは自分を殺そうとして罪を重ね、しかし逆に自分の存在をより強くしている。悲しいまでの連鎖です』
マーテルは強烈にそう言い、彼は屈ませていた身体を少しだけ起こした。
顔は相変わらず苦しそうだが、目付きだけは新品の剃刀のように鋭利だった。
初めは穏やかというよりは緩やかだった彼の印象も、発せられるものは殺意に似てきていた。
「……苦しめるために俺を呼んだのかよ」
『それが何よりの証拠ではありませんか? どうして苦しいのです?』
「わっかんねえよ、分かってたらこんなことなってねえだろ……!」
『あなたはまだ理解するのが怖いのですね』
言葉を強く吐くものの、それに反し身体は言うことを聞かない。
答のようなものは、あと薄皮1枚破った先にあるのだろう。しかし、彼はそれを頑なに拒む。
空に浮かぶ彼女は彼がそう返すごとに悲痛の色を強くしていく。
それがまるで子供をあしらう大人のようでティトレイは嫌だった。
「何でも分かったような口利いて」
子供っぽく口答えする彼に、マーテルは握る手の力を更に強める。
『あなたが自分自身を強く拒む理由は何なのですか? それはきっと、あなたが求める“気持ち”そのものです。
拒み続け、手を汚し続け……その果てに一体、何があるのですか?』
だが彼女の強い手に反し、声の音階は静かで穏やかなものだった。
不意打ちだった。釣られたように彼は黙り込み、醸し出していた鋭いムードは消えて行った。
痛みは収まりはしなかったが、ふっと波打ちのなくなった頭が彼女の言葉の意味を咀嚼する。
自分を拒む理由。そんなもの、やっぱり分かる訳がない。
「……俺は、俺はティトレイを放棄できれば、それでいいんだ」
『けれども、放棄しようとする度に自分を強く感じているのは事実でしょう』
心はどんなに引き裂こうとしても離れない。磁石のN極とS極のように、別物なのに引き寄せあう。
だが、だからといって簡単に同じ極にはなれない。
同じ極では逆に離れてしまう――――いや、同じになることを拒むからこそ、離れるのではなく“離す”のだろうか?
Nも嫌でSも嫌。ならばどうするのか。
答は簡単だ。壊せばいい。自分でも相手でも構わない。磁石そのものをなくしてしまえば、全ては解決するのだ。
ヤマアラシのジレンマ。触れたくとも触れられない。だからと言って離れることも出来ない。
辛い思いをするなら、初めから自分も相手もいなければいいのだ。果てしなく暴論で、極論だけども。
しかし、彼にはその暴論的極論しか道は残されていないのだ。他のあらゆる解決策や妥協案は全てへし折られてきた。
すうっと全身の穴から熱が抜けて行き、身体の温度が一気に下がった気がした。
内側にある暗い樹海の冷気が膨らんで熱を追い出しているかのようだった。
『それが何よりの証拠ではありませんか? どうして苦しいのです?』
「わっかんねえよ、分かってたらこんなことなってねえだろ……!」
『あなたはまだ理解するのが怖いのですね』
言葉を強く吐くものの、それに反し身体は言うことを聞かない。
答のようなものは、あと薄皮1枚破った先にあるのだろう。しかし、彼はそれを頑なに拒む。
空に浮かぶ彼女は彼がそう返すごとに悲痛の色を強くしていく。
それがまるで子供をあしらう大人のようでティトレイは嫌だった。
「何でも分かったような口利いて」
子供っぽく口答えする彼に、マーテルは握る手の力を更に強める。
『あなたが自分自身を強く拒む理由は何なのですか? それはきっと、あなたが求める“気持ち”そのものです。
拒み続け、手を汚し続け……その果てに一体、何があるのですか?』
だが彼女の強い手に反し、声の音階は静かで穏やかなものだった。
不意打ちだった。釣られたように彼は黙り込み、醸し出していた鋭いムードは消えて行った。
痛みは収まりはしなかったが、ふっと波打ちのなくなった頭が彼女の言葉の意味を咀嚼する。
自分を拒む理由。そんなもの、やっぱり分かる訳がない。
「……俺は、俺はティトレイを放棄できれば、それでいいんだ」
『けれども、放棄しようとする度に自分を強く感じているのは事実でしょう』
心はどんなに引き裂こうとしても離れない。磁石のN極とS極のように、別物なのに引き寄せあう。
だが、だからといって簡単に同じ極にはなれない。
同じ極では逆に離れてしまう――――いや、同じになることを拒むからこそ、離れるのではなく“離す”のだろうか?
Nも嫌でSも嫌。ならばどうするのか。
答は簡単だ。壊せばいい。自分でも相手でも構わない。磁石そのものをなくしてしまえば、全ては解決するのだ。
ヤマアラシのジレンマ。触れたくとも触れられない。だからと言って離れることも出来ない。
辛い思いをするなら、初めから自分も相手もいなければいいのだ。果てしなく暴論で、極論だけども。
しかし、彼にはその暴論的極論しか道は残されていないのだ。他のあらゆる解決策や妥協案は全てへし折られてきた。
すうっと全身の穴から熱が抜けて行き、身体の温度が一気に下がった気がした。
内側にある暗い樹海の冷気が膨らんで熱を追い出しているかのようだった。
「……そうだよ。俺を本当に捨てるなら、死ぬしかないんだ」
結論に至った彼は異常に冷たかった。
「死ねば邪魔なものをまとめて捨てられる。こんな煩わしいもの、感じずに済む」
ひどく低く抑えられた声だった。彼は俯きがちに己の胸に手を当てた。
常に内側で渦巻く、姿の掴めぬ霧は冷たくせせら笑うように存在し、声高に主張する。
自分の行いを冷え切った目で見ている誰かが常にいるのだ。
『それが、あなたの果てなのですね。あなたにとっては全身が木になったとしても、それが本望なのですね』
静かに言うマーテルにティトレイは無言のままだった。
青みがかった光のない部屋は空気中の埃すら全て落ちてしまいそうな、一瞬の静寂に襲われる。
波が一瞬高くなったようなそれは刃よりも尖鋭だった。
沈黙の間を狙ったかのように、葉脈はサークレットに隠れた額にまでかかろうとしていた。脳まで届けば彼の思い通りになるだろう。
『なら、あなたが恐れるあなたは、何を望んでいるのですか?』
「え?」
ならば何故今も尚、根は這い続ける? 問い掛けに思わず上擦った声で返すティトレイ。
『あなたは何故、ここにいるのです? あなたの手や足は何故動いているのです?
何故、今もあなたは苦しみ続けているのです?』
彼の顔に見る見るうちに怯えが満ちていく。
線の向こうにいるティトレイがこちらを見つめている。じっと、逃がしなどしないかのように。
答はあと薄皮1枚の先。それを足を掴んで阻止しているのは誰なのか。
「そ、れは……」
向こう側のティトレイの背後に黒い手が現れ、線を通り越して襲い掛かってくる。
『もう1度聞きます。あなたは、何に迷っているのですか?』
苦しむ彼が避ける術などなく、簡単に手は彼の中へと入り込んだ。
再び襲い来る不快感。しかし流れ込んでくるものが何なのか、今の彼には理解できた。
自分が恐れる自分――――本来のティトレイが持つ全てだ。
親友を殺したくない。本を燃やしたくない。そんなティトレイの思いとでも云うべきものが、彼の中に入り込んできていた。
それを彼は必死に拒み続ける。認めてしまえばどうなってしまうのか分からなかった。
旅の中笑う自分。闇の試練を乗り越える自分。ユリスを倒す自分。
しいなと話す自分。暴走してしまう自分。サウザンドブレイバーを止める自分。
叫び声を上げながら、それらの奔流を否定し続ける。
急速に進行し始めたリバウンドの痛みが彼を支配し、首を越えて樹皮が現れる。
「俺は、お、れは……!!」
このまま死ねるのならどんなに幸せだろう。なのにこの痛みは何だ。
髪が少しずつ葉へと変貌していき、彼の視界が霞み始める。
身体の痛みもどこか遠くへ置いてかれたようだった。このまま死ぬのだと彼は思った。
全身が崩れ、床にうつ伏せになる。
ひんやりとした板張りの床が熱を奪っていき、全部吸われたときに意識も吸われるのだと思った。
それでも氷のように冷え切りもせず、人形のように白い肌になったり手や足の指先がむくんだりはしないのだと思った。
自分はヒトとしての最期は迎えられない。
この光の当らぬ部屋の中で植物となって、水も日光もなくそのまま枯れていくのだ。
リバウンドによるこの痛みがあるのは、死を望んでいるからなのか、何かに迷っているからなのか、理由が分からなくなってくる。
死にたいのに迷いがあって、迷っているのに死にたい。
何度も何度も交わり合っていて、そのようでいて平行線で、よく分からない。
これが矛盾ってやつなのかな、と今更ティトレイは思った。
彼は痛みと騒ぎ立てる2つの柱の濁流に飲み込まれ始めていた。
双方に手を引かれて、真ん中に立つ自分の存在だけがやけに顕わになっている気がした。
結論に至った彼は異常に冷たかった。
「死ねば邪魔なものをまとめて捨てられる。こんな煩わしいもの、感じずに済む」
ひどく低く抑えられた声だった。彼は俯きがちに己の胸に手を当てた。
常に内側で渦巻く、姿の掴めぬ霧は冷たくせせら笑うように存在し、声高に主張する。
自分の行いを冷え切った目で見ている誰かが常にいるのだ。
『それが、あなたの果てなのですね。あなたにとっては全身が木になったとしても、それが本望なのですね』
静かに言うマーテルにティトレイは無言のままだった。
青みがかった光のない部屋は空気中の埃すら全て落ちてしまいそうな、一瞬の静寂に襲われる。
波が一瞬高くなったようなそれは刃よりも尖鋭だった。
沈黙の間を狙ったかのように、葉脈はサークレットに隠れた額にまでかかろうとしていた。脳まで届けば彼の思い通りになるだろう。
『なら、あなたが恐れるあなたは、何を望んでいるのですか?』
「え?」
ならば何故今も尚、根は這い続ける? 問い掛けに思わず上擦った声で返すティトレイ。
『あなたは何故、ここにいるのです? あなたの手や足は何故動いているのです?
何故、今もあなたは苦しみ続けているのです?』
彼の顔に見る見るうちに怯えが満ちていく。
線の向こうにいるティトレイがこちらを見つめている。じっと、逃がしなどしないかのように。
答はあと薄皮1枚の先。それを足を掴んで阻止しているのは誰なのか。
「そ、れは……」
向こう側のティトレイの背後に黒い手が現れ、線を通り越して襲い掛かってくる。
『もう1度聞きます。あなたは、何に迷っているのですか?』
苦しむ彼が避ける術などなく、簡単に手は彼の中へと入り込んだ。
再び襲い来る不快感。しかし流れ込んでくるものが何なのか、今の彼には理解できた。
自分が恐れる自分――――本来のティトレイが持つ全てだ。
親友を殺したくない。本を燃やしたくない。そんなティトレイの思いとでも云うべきものが、彼の中に入り込んできていた。
それを彼は必死に拒み続ける。認めてしまえばどうなってしまうのか分からなかった。
旅の中笑う自分。闇の試練を乗り越える自分。ユリスを倒す自分。
しいなと話す自分。暴走してしまう自分。サウザンドブレイバーを止める自分。
叫び声を上げながら、それらの奔流を否定し続ける。
急速に進行し始めたリバウンドの痛みが彼を支配し、首を越えて樹皮が現れる。
「俺は、お、れは……!!」
このまま死ねるのならどんなに幸せだろう。なのにこの痛みは何だ。
髪が少しずつ葉へと変貌していき、彼の視界が霞み始める。
身体の痛みもどこか遠くへ置いてかれたようだった。このまま死ぬのだと彼は思った。
全身が崩れ、床にうつ伏せになる。
ひんやりとした板張りの床が熱を奪っていき、全部吸われたときに意識も吸われるのだと思った。
それでも氷のように冷え切りもせず、人形のように白い肌になったり手や足の指先がむくんだりはしないのだと思った。
自分はヒトとしての最期は迎えられない。
この光の当らぬ部屋の中で植物となって、水も日光もなくそのまま枯れていくのだ。
リバウンドによるこの痛みがあるのは、死を望んでいるからなのか、何かに迷っているからなのか、理由が分からなくなってくる。
死にたいのに迷いがあって、迷っているのに死にたい。
何度も何度も交わり合っていて、そのようでいて平行線で、よく分からない。
これが矛盾ってやつなのかな、と今更ティトレイは思った。
彼は痛みと騒ぎ立てる2つの柱の濁流に飲み込まれ始めていた。
双方に手を引かれて、真ん中に立つ自分の存在だけがやけに顕わになっている気がした。
腕を触れられる感覚がした。本当に指先で触れただけの静かなコンタクトに、少しだけ顔を上げる。
ぼやけた視界の先には、緑のロングヘアーの綺麗な女性が立っている。
「あね、き……?」
搾り出すように声を出し、何とか顔の向きを固定する。目の前に、大切な姉がいる。
もう1度身体を触れられる感触。
「だめ、だ……ちが、ついち、まうよ……」
怒ったように、それでいて微かに笑みを浮かべてティトレイは言う。
白く靄のかかった視界ではろくに姉の顔を見ることも出来なかった。
「ごめん、あね、き……おいて、って……」
『ティトレイ……もう、戻ってこれないの?』
姉の寂しげな声にふっと彼の表情も沈んだように見えた。
「おれ、は……たくさん、ひと、を、きず、つけた、から……。もう、あともどり、なんて……できない……」
苦しい様子でか細く絶え絶えに言う彼に、姉の雰囲気が柔らかくなる。
『そう思える優しさを、あなたはまだ持ってるのね』
身体にかかっていた手は暖かかった。
肩が触れられ、頭が触れられ、僅かに上げていた頭部が優しく抱えられる。
『ねえティトレイ。木ってね、どんなに葉や花が付かなくても、幹がぼろぼろでも、根が無事なら治せるものなの。
自分だけでは難しいかもしれないけどね、誰かが一生懸命処置してあげれば持ち直すのよ』
耳元で姉の優しい声が聞こえる。
身体が頭に当てられているのが分かった。焦げ茶色の硬い皮膚でもまだ感じることが出来た。
『昔のあなたなら、どんな相手にでも生きろと言った筈だわ。あなたはそう言う意味の大切さを知っている』
(紅茶を濁らせると、何になると思う?)
『あなたは十分、罪の重さに苦しんだ筈よ。もう、自分を許してあげてもいいんじゃない?
許せなくとも、1人で背負い込むのはもうおしまいにしましょう?』
(答えは2つあるの。 1つは、D。 もう1つは――――)
ぼやけた視界の先には、緑のロングヘアーの綺麗な女性が立っている。
「あね、き……?」
搾り出すように声を出し、何とか顔の向きを固定する。目の前に、大切な姉がいる。
もう1度身体を触れられる感触。
「だめ、だ……ちが、ついち、まうよ……」
怒ったように、それでいて微かに笑みを浮かべてティトレイは言う。
白く靄のかかった視界ではろくに姉の顔を見ることも出来なかった。
「ごめん、あね、き……おいて、って……」
『ティトレイ……もう、戻ってこれないの?』
姉の寂しげな声にふっと彼の表情も沈んだように見えた。
「おれ、は……たくさん、ひと、を、きず、つけた、から……。もう、あともどり、なんて……できない……」
苦しい様子でか細く絶え絶えに言う彼に、姉の雰囲気が柔らかくなる。
『そう思える優しさを、あなたはまだ持ってるのね』
身体にかかっていた手は暖かかった。
肩が触れられ、頭が触れられ、僅かに上げていた頭部が優しく抱えられる。
『ねえティトレイ。木ってね、どんなに葉や花が付かなくても、幹がぼろぼろでも、根が無事なら治せるものなの。
自分だけでは難しいかもしれないけどね、誰かが一生懸命処置してあげれば持ち直すのよ』
耳元で姉の優しい声が聞こえる。
身体が頭に当てられているのが分かった。焦げ茶色の硬い皮膚でもまだ感じることが出来た。
『昔のあなたなら、どんな相手にでも生きろと言った筈だわ。あなたはそう言う意味の大切さを知っている』
(紅茶を濁らせると、何になると思う?)
『あなたは十分、罪の重さに苦しんだ筈よ。もう、自分を許してあげてもいいんじゃない?
許せなくとも、1人で背負い込むのはもうおしまいにしましょう?』
(答えは2つあるの。 1つは、D。 もう1つは――――)
『どんなに汚れてしまっても、ティトレイはティトレイなのよ』
声が、頭の中で響き渡る。
姉の体温が抱えられた腕の中で伝わってくる。ごわごわとした表皮と擦れ合う葉を持っていても、ヒトの熱を感じる。
まだ辛うじて人間としての肉を留める眼球から、どうしてか液体が零れる。
彼の瞳の色と同じ、琥珀色の粘り気がある液体だった。
無表情のまま表情筋が固まっていき、起伏のない幹を液が伝っていく。
少しの沈黙。森の中に入ったような静けさが場を包み込む。
1つの木が静かに揺らめき、風に吹かれたように葉の擦れる音が、部屋の中で形を持ったように姿をはっきりとさせて行き渡る。
抱えられる腕の中で、彼は震えていた。
グローブの奥にある木製の指が姉の服をぎゅっと握り締める。
震えを抑えるためのそれは、指先もまた震えていた。
樹皮に覆われた、ヒトではない気味の悪い弟を、姉は優しく抱き止める。
柔らかい身体は震えを吸い取っていくようだった。
葉の茂った頭を、髪を解きほぐすように指を入れて支えている。
暖かい。ヒトの身体って、こんなに暖かかったんだ。
このまま抱き締められて死ぬなんて、何て幸せなんだろう。
そんな権利なんてない筈なのに。沢山の人を傷付け殺してきた筈なのに。
離さないような強い抱擁。離させないような、抱擁。引き止めて、待ってと言いたいかのような。
どうしてこの粘々とした水は止まらないのだろう。
シャッターを下ろすように瞼を落とせば光は消えていく。
気を緩めればこのまどろみに呑まれていく。気を緩めれば――――どうして、緩めないのだろう。
自分が望んだ死はもうすぐそこだ。手を伸ばせば届く距離だ。
なら、どうして自分の手は震え、繋ぎ止めるように服を握り締めているのか。
離さなければならないのだ。掴んでいる権利など消えてしまったのだ。
手を伸ばせばいいじゃないか、死にたいんだから。
なのに止まらない。樹液が、涙が止まらない。
例え無様でも手を離したくない。
姉の体温が抱えられた腕の中で伝わってくる。ごわごわとした表皮と擦れ合う葉を持っていても、ヒトの熱を感じる。
まだ辛うじて人間としての肉を留める眼球から、どうしてか液体が零れる。
彼の瞳の色と同じ、琥珀色の粘り気がある液体だった。
無表情のまま表情筋が固まっていき、起伏のない幹を液が伝っていく。
少しの沈黙。森の中に入ったような静けさが場を包み込む。
1つの木が静かに揺らめき、風に吹かれたように葉の擦れる音が、部屋の中で形を持ったように姿をはっきりとさせて行き渡る。
抱えられる腕の中で、彼は震えていた。
グローブの奥にある木製の指が姉の服をぎゅっと握り締める。
震えを抑えるためのそれは、指先もまた震えていた。
樹皮に覆われた、ヒトではない気味の悪い弟を、姉は優しく抱き止める。
柔らかい身体は震えを吸い取っていくようだった。
葉の茂った頭を、髪を解きほぐすように指を入れて支えている。
暖かい。ヒトの身体って、こんなに暖かかったんだ。
このまま抱き締められて死ぬなんて、何て幸せなんだろう。
そんな権利なんてない筈なのに。沢山の人を傷付け殺してきた筈なのに。
離さないような強い抱擁。離させないような、抱擁。引き止めて、待ってと言いたいかのような。
どうしてこの粘々とした水は止まらないのだろう。
シャッターを下ろすように瞼を落とせば光は消えていく。
気を緩めればこのまどろみに呑まれていく。気を緩めれば――――どうして、緩めないのだろう。
自分が望んだ死はもうすぐそこだ。手を伸ばせば届く距離だ。
なら、どうして自分の手は震え、繋ぎ止めるように服を握り締めているのか。
離さなければならないのだ。掴んでいる権利など消えてしまったのだ。
手を伸ばせばいいじゃないか、死にたいんだから。
なのに止まらない。樹液が、涙が止まらない。
例え無様でも手を離したくない。
「……おれ、だって……」
暗闇の向こうの、線で隔てられた先に“ティトレイ”が立っている。明瞭な姿でこちらを見ている。無表情のままだ。
だが、一体目の前の存在は何者なのだろう。
無表情で透き通った目をしているのに、反対側に立つ自分は、紛れもなく自分が恐れる自分なのだ。
なのに相手は、死を望む自分のようでもあって――――2つの自分を併せ持っているようだった。
……俺は、誰?
彼ははっとして目の前を見る。姉の声が頭の中で響いている。
ティトレイが、“自分”が線を踏み越えてこつこつとこちらへやって来る。
黒い手を背後に持っている。しかし、彼はそれを恐れはしなかった。
“どんなに汚れてしまっても、ティトレイはティトレイなのだ”。
罪を苦しむ正義感溢れる自分も、苦しむが故に罪を重ねティトレイを殺そうとする自分も、
全てはティトレイ・クロウという1人のヒトが持つ心の側面。
決して離れ合った、乖離した存在ではなく、1つの心から生まれる多くの気持ち。
背中合わせのようで面と向き合っている。それが矛盾や葛藤や二律背反である。
「……おれだって……」
“自分”の手が肩に置かれ、すうっと消えていく。
再びシャッターが開けられ、淡い光が差し込む。
暗闇の向こうの、線で隔てられた先に“ティトレイ”が立っている。明瞭な姿でこちらを見ている。無表情のままだ。
だが、一体目の前の存在は何者なのだろう。
無表情で透き通った目をしているのに、反対側に立つ自分は、紛れもなく自分が恐れる自分なのだ。
なのに相手は、死を望む自分のようでもあって――――2つの自分を併せ持っているようだった。
……俺は、誰?
彼ははっとして目の前を見る。姉の声が頭の中で響いている。
ティトレイが、“自分”が線を踏み越えてこつこつとこちらへやって来る。
黒い手を背後に持っている。しかし、彼はそれを恐れはしなかった。
“どんなに汚れてしまっても、ティトレイはティトレイなのだ”。
罪を苦しむ正義感溢れる自分も、苦しむが故に罪を重ねティトレイを殺そうとする自分も、
全てはティトレイ・クロウという1人のヒトが持つ心の側面。
決して離れ合った、乖離した存在ではなく、1つの心から生まれる多くの気持ち。
背中合わせのようで面と向き合っている。それが矛盾や葛藤や二律背反である。
「……おれだって……」
“自分”の手が肩に置かれ、すうっと消えていく。
再びシャッターが開けられ、淡い光が差し込む。
「おれだって……生きたいっ!!」
その叫びは、心からの叫びだった。
大声で叫んだ彼の身体から青い光が溢れ出し、立ち昇る。
蛇口を急に捻ったとき飛び出る水のように、勢いよく、力強く迸る。足元から腰へ、胸へ、腕へ頭へ。
生じた風によって髪が浮き上がり、とにかく上へ上へと向かって昇る。
真っ暗だった視界に光が満ちていく。
この明かりは自分の力による光なのだろうか。それとも、これがユリスと戦う前に感じたヒトの心の光なのかもしれない。
急激に目の前が白ばんでいくが、危険だとは感じられず、むしろ頭は落ち着いていた。
大声で叫んだ彼の身体から青い光が溢れ出し、立ち昇る。
蛇口を急に捻ったとき飛び出る水のように、勢いよく、力強く迸る。足元から腰へ、胸へ、腕へ頭へ。
生じた風によって髪が浮き上がり、とにかく上へ上へと向かって昇る。
真っ暗だった視界に光が満ちていく。
この明かりは自分の力による光なのだろうか。それとも、これがユリスと戦う前に感じたヒトの心の光なのかもしれない。
急激に目の前が白ばんでいくが、危険だとは感じられず、むしろ頭は落ち着いていた。
これが、俺の見たかった景色だ。
自分が出したのであろう光によって、姉の姿が呑まれて消えていく。
姉は最後に笑ったように見えた。
姉は最後に笑ったように見えた。
光が納まり、元の暗い部屋が戻ってくる。
すぐ傍には驚いた様子のミントと、依然空に浮かぶマーテルが佇んでいた。
何事もなかったかのように光景には変化がない。
彼はふと腕に触れて、すぐ何かに気が付いた。今度ははっきりと握る――――その感触は柔らかかった。
目を移しても袖があって確証が持てなかったので、次は髪に触れる。
ぼさぼさで先端が色んな方向に跳ね、つるつるとしていて柔らかで、するっと1本に流れる。
1房摘み顔に寄せる。細く1本1本にほどける緑の糸。針葉などではなかった。
「俺……まさか、元に戻った?」
そう言う彼の中で暴れ狂っていた嵐は、いつの間にか収まり、元からなかったかのように穏やかになっていた。
ふと頬を伝う液体が気になって手で掬ってみる。透明の水がグローブにすっと染みていった。
心底不思議そうな顔をしてマーテルを見、彼女は笑顔でティトレイを見ていた。
『あなたは望みました。迷いを断ち切り、1つの答を選んだのです。その心に偽りはありませんか?』
ティトレイは少しだけ複雑そうな表情で床の方を見た。
左手首に装着された短弓に触れて、そのまま自分の手にも触れ、両手を広げる。
互いの手で感じる体温が、彼には特別で浮いたものに思えた。
「……正直、まだ混乱してる。戻ったって今までみたいには笑えないし、自分の気持ちもまだちゃんと整理出来てない。
自分を許せったって、はいそうですねって許すことも、俺には出来ない。だって俺は人殺しだ」
相応の罪は、彼の背に科せられている。それは変えることのできない事実だ。
広げてみた手を彼は握り締める。
「けど、まずは受け入れることから始めねえと。
人を殺して、身体も心も、元の俺と掛け離れた姿になったって……それでも、生きたいって思ったんだから」
その言葉にマーテルは頷いた。
『その思いが胸にあれば、あなたは道をしっかりと歩めるでしょう。どうか忘れないで下さい』
彼は考え込み、少しして大きく頷いてマーテルの方を向いた。
「……ありがとう。心配するなって!」
胸をぽんと叩き、人好きのする笑顔で言う彼にマーテルも笑みかけた。
心臓が胸を叩くリズムが彼には心地よかった。
「……そう、生きてるんだな、俺……」
すぐ傍には驚いた様子のミントと、依然空に浮かぶマーテルが佇んでいた。
何事もなかったかのように光景には変化がない。
彼はふと腕に触れて、すぐ何かに気が付いた。今度ははっきりと握る――――その感触は柔らかかった。
目を移しても袖があって確証が持てなかったので、次は髪に触れる。
ぼさぼさで先端が色んな方向に跳ね、つるつるとしていて柔らかで、するっと1本に流れる。
1房摘み顔に寄せる。細く1本1本にほどける緑の糸。針葉などではなかった。
「俺……まさか、元に戻った?」
そう言う彼の中で暴れ狂っていた嵐は、いつの間にか収まり、元からなかったかのように穏やかになっていた。
ふと頬を伝う液体が気になって手で掬ってみる。透明の水がグローブにすっと染みていった。
心底不思議そうな顔をしてマーテルを見、彼女は笑顔でティトレイを見ていた。
『あなたは望みました。迷いを断ち切り、1つの答を選んだのです。その心に偽りはありませんか?』
ティトレイは少しだけ複雑そうな表情で床の方を見た。
左手首に装着された短弓に触れて、そのまま自分の手にも触れ、両手を広げる。
互いの手で感じる体温が、彼には特別で浮いたものに思えた。
「……正直、まだ混乱してる。戻ったって今までみたいには笑えないし、自分の気持ちもまだちゃんと整理出来てない。
自分を許せったって、はいそうですねって許すことも、俺には出来ない。だって俺は人殺しだ」
相応の罪は、彼の背に科せられている。それは変えることのできない事実だ。
広げてみた手を彼は握り締める。
「けど、まずは受け入れることから始めねえと。
人を殺して、身体も心も、元の俺と掛け離れた姿になったって……それでも、生きたいって思ったんだから」
その言葉にマーテルは頷いた。
『その思いが胸にあれば、あなたは道をしっかりと歩めるでしょう。どうか忘れないで下さい』
彼は考え込み、少しして大きく頷いてマーテルの方を向いた。
「……ありがとう。心配するなって!」
胸をぽんと叩き、人好きのする笑顔で言う彼にマーテルも笑みかけた。
心臓が胸を叩くリズムが彼には心地よかった。
「……そう、生きてるんだな、俺……」
罪を犯してしまったことは、もう変えられない。正義感に満ちた清廉潔白なティトレイは戻ってこない。
それは、白か黒かの正義を語るティトレイにとっては、アイデンティティーの崩壊に等しいことだった。
彼の対極にある答、死を選び楽になろうとする程、辛いことだ。
それでも彼は自殺だけは拒み、そして生を望んだ。
呵責に苦しむ茨の道でも、彼は生きることに固執した。
受け止めきれていなかった迷いを、罪を受け止める覚悟を決めたのだ。
問題の原因を探る内は問題から離れられない。大切なのは、これからどうするかということだ。
その決断は、どんなものよりも尊い。
生きたいと願うことは、罪でも何でもない筈だ。
それは、白か黒かの正義を語るティトレイにとっては、アイデンティティーの崩壊に等しいことだった。
彼の対極にある答、死を選び楽になろうとする程、辛いことだ。
それでも彼は自殺だけは拒み、そして生を望んだ。
呵責に苦しむ茨の道でも、彼は生きることに固執した。
受け止めきれていなかった迷いを、罪を受け止める覚悟を決めたのだ。
問題の原因を探る内は問題から離れられない。大切なのは、これからどうするかということだ。
その決断は、どんなものよりも尊い。
生きたいと願うことは、罪でも何でもない筈だ。
「本当に声同じなんだな」
『ええ。性質が似ているのかもしれませんね』
こうなるとマーテルとミント、どちらが喋っているのか分からなくなってくる。
実は今まで全部ミントが話していたのでは、という馬鹿らしい考えが頭を過ぎったが、ないないと1人で手を振って否定した。
『気をつけて下さい。ミトスは、大規模な術によって西に光の雨を降らせようとしています』
頭の片隅に僅かに残った馬鹿らしさが一気に吹き飛んだ。
「それって、止めないとマズくないか?」
『はい。ですが……』
言葉の語尾が濁るのを聞いて、いい内容ではないなと思った。
マーテルの深刻そうな面持ちがそれを物語っている。
思わず身体を引き締め、身構えて次の発言を待つ。顔は自然と真剣味の帯びたものとなっていた。
『1人でミトスを相手にするのは危険です。万が一阻止出来たとしても、無傷では済まないでしょう。それに』
「それに?」
彼の疑問にマーテルは困ったような微笑を浮かべた。
『ミトスはあなたに対して、とても怒っていましたよ?』
ティトレイは額に手を遣り溜息を1つついた。
「……どうしたもんかなあ」
そう呟き、彼は親指を口元に、肘を空いた方の手で支え考え込む。
ミントを連れつつミトスも止める、というのがベストなのだろうが、やはり厳しいものがある。
人質にでも取られたらこちらは手を出せなくなるだろう。そうなれば先は簡単に見えてくる。
こういうネガティブな想像は好きではないが、もしミトスに負けた場合のことを考えれば後は悲惨だ。
自分1人でミトスに勝つのも、仮に西の連中が避け切るのも希望的観測だとするならば、どちらが望ましい選択なのか。
限りなく五分五分。2分の1。正直、優劣も何もない。
術が放たれれば危険、しかしクレスは今も誰かを殺しているかもしれない。
傷を負えばミントを助けられなくなる、しかしミトスを無視すればクレスやヴェイグは死ぬかもしれない。
迷いだ。リプレイだ。どちらかを選ばなければいけないのは確かなのだ。
「……あー、うだうだ考えるのってやっぱり俺の柄じゃねえ!」
髪をがしがしと掻き毟りぶんぶんと振る。多分これでも考えられる方になった方だ。
彼は勢いよくマーテルの方へと向き直る。
「あんたの頼みはあくまでミントさんをクレスの所に送り届けることだろ? なら、俺はそっちを尊重するぜ。
もし先に西に着けば避難させることも出来るかもしれねえしな」
拳を握り熱弁するティトレイに彼女は少し唖然としていたが、すぐに表情を和らがせた。
幻の姿で頷いてみせ、手を胸元で組み笑いかける。
『ごめんなさい……いえ、ありがとう』
ちょっとは落ち着いたのか、彼は首を横に振り、マーテルと同じく笑ってみせる。
「それはこっちの台詞だぜ。……助けてくれて、ありがとう」
『いいえ。私はあなたを本当に助けた訳ではありません。私はただ、助言を与えただけ。
答は与えられるものではなく、自分で導き出すものなのですから』
「そっか……うん、そうだよな。じゃ、外すぜ」
『ええ。性質が似ているのかもしれませんね』
こうなるとマーテルとミント、どちらが喋っているのか分からなくなってくる。
実は今まで全部ミントが話していたのでは、という馬鹿らしい考えが頭を過ぎったが、ないないと1人で手を振って否定した。
『気をつけて下さい。ミトスは、大規模な術によって西に光の雨を降らせようとしています』
頭の片隅に僅かに残った馬鹿らしさが一気に吹き飛んだ。
「それって、止めないとマズくないか?」
『はい。ですが……』
言葉の語尾が濁るのを聞いて、いい内容ではないなと思った。
マーテルの深刻そうな面持ちがそれを物語っている。
思わず身体を引き締め、身構えて次の発言を待つ。顔は自然と真剣味の帯びたものとなっていた。
『1人でミトスを相手にするのは危険です。万が一阻止出来たとしても、無傷では済まないでしょう。それに』
「それに?」
彼の疑問にマーテルは困ったような微笑を浮かべた。
『ミトスはあなたに対して、とても怒っていましたよ?』
ティトレイは額に手を遣り溜息を1つついた。
「……どうしたもんかなあ」
そう呟き、彼は親指を口元に、肘を空いた方の手で支え考え込む。
ミントを連れつつミトスも止める、というのがベストなのだろうが、やはり厳しいものがある。
人質にでも取られたらこちらは手を出せなくなるだろう。そうなれば先は簡単に見えてくる。
こういうネガティブな想像は好きではないが、もしミトスに負けた場合のことを考えれば後は悲惨だ。
自分1人でミトスに勝つのも、仮に西の連中が避け切るのも希望的観測だとするならば、どちらが望ましい選択なのか。
限りなく五分五分。2分の1。正直、優劣も何もない。
術が放たれれば危険、しかしクレスは今も誰かを殺しているかもしれない。
傷を負えばミントを助けられなくなる、しかしミトスを無視すればクレスやヴェイグは死ぬかもしれない。
迷いだ。リプレイだ。どちらかを選ばなければいけないのは確かなのだ。
「……あー、うだうだ考えるのってやっぱり俺の柄じゃねえ!」
髪をがしがしと掻き毟りぶんぶんと振る。多分これでも考えられる方になった方だ。
彼は勢いよくマーテルの方へと向き直る。
「あんたの頼みはあくまでミントさんをクレスの所に送り届けることだろ? なら、俺はそっちを尊重するぜ。
もし先に西に着けば避難させることも出来るかもしれねえしな」
拳を握り熱弁するティトレイに彼女は少し唖然としていたが、すぐに表情を和らがせた。
幻の姿で頷いてみせ、手を胸元で組み笑いかける。
『ごめんなさい……いえ、ありがとう』
ちょっとは落ち着いたのか、彼は首を横に振り、マーテルと同じく笑ってみせる。
「それはこっちの台詞だぜ。……助けてくれて、ありがとう」
『いいえ。私はあなたを本当に助けた訳ではありません。私はただ、助言を与えただけ。
答は与えられるものではなく、自分で導き出すものなのですから』
「そっか……うん、そうだよな。じゃ、外すぜ」
オーガアクスを回収し、置かれていたホーリィスタッフも一応ミントのために頂戴し、自分のサックの中へ収めた。
机上にある、輝石を外した大いなる実りを一瞥して、どうするべきかと考える。
マーテルはミントを気に掛けていた。自分の心配はなくなったのだから、
今度はミントを見守るべきだろうと思い、ミントのサックに入れた。
辺りを見渡し、やり残しがないことを確認する。
「んじゃ、ミントさん。おぶってくから……動けるか?」
ミントは1回小さく頷き、ゆっくりではあるがティトレイの肩に手を回し、広い背中に身体を委ねる。
彼はサックを手に持ってミントを背負い立ち上がった。
2人分のサックを持ち苦労する姿は、さながら道端で困っている老婆をかついで助けているようだったが、
彼の人柄を考えればとても似合った姿だった。
机上にある、輝石を外した大いなる実りを一瞥して、どうするべきかと考える。
マーテルはミントを気に掛けていた。自分の心配はなくなったのだから、
今度はミントを見守るべきだろうと思い、ミントのサックに入れた。
辺りを見渡し、やり残しがないことを確認する。
「んじゃ、ミントさん。おぶってくから……動けるか?」
ミントは1回小さく頷き、ゆっくりではあるがティトレイの肩に手を回し、広い背中に身体を委ねる。
彼はサックを手に持ってミントを背負い立ち上がった。
2人分のサックを持ち苦労する姿は、さながら道端で困っている老婆をかついで助けているようだったが、
彼の人柄を考えればとても似合った姿だった。
この状態では3階から蔦を下りていくことは出来ないので1階へと降りる。
ある区画に家具が山積みになっておりバリケードが作られている。この先に入口があるのだろう。
はじめ扉が開かない時点で予想は出来ていたが、ここまで大袈裟で酷いとは思っていなかった。
どうしたのものか、と考え、すぐに安易なアイデアを閃いた。
家具が重ねられていない壁の方へと進む。
フォルス良好。駆動、とりあえず問題なし。
「振り落とされたくなきゃしっかり掴まってろよ……――――空破、墜蓮閃!」
フォルスを足に集中させ、ミントを背負ったまま蹴撃を木の壁へと繰り出す。1発蹴り上げ、それによる跳躍を利用しそして踵落とし。
背負ったままでは大した飛翔も出来なかったが、反して威力はなかなかだった。
地面にではなく壁に落とした足は見事に突き破り、穴を作り出すのに成功したのだった。
本当に単純な作戦だった。
緋桜轟衝牙の方がもっと楽だっただろうが、ミントをわざわざ降ろしてまたおぶるのは面倒なのである。
崩れかけている姿勢を直し、いびつな形の穴をくぐる。
久々の外の空気を吸う。未だに霧は出ていたが澱んでいる訳ではなく、ひんやりとした空気は爽やかさがあった。
「さってと、行きますか。多分まだ西にいると思うんだけど」
そのまま歩いていこうとしてティトレイは思い立ったように足を止めた。
中央広場にカイルがいたことを思い出したのだ。
先程、ここに来る前の敵対行動を考えれば、当然だが自分を敵と思っているだろう。
ましてやミントを背負っている身。どう捉えられるか分からないし、万が一戦闘になったら後手に回る。
カイルもこの村に来ている以上、ミントの救出は目的に入っているのだろう。
「……色んな意味で面倒臭くなりそうだなあ」
溜息をついて身体が上下に揺れるのが分かったのか、ミントは不思議そうにティトレイを見る。
「ちょっと遠回りになるけど、北を迂回して行く。そっちの方が安全だ。大丈夫、クレスはそう簡単にやられねえよ」
僅かに顔を後ろに向け、彼はミントの視線に答えた。
ミントは少しだけ戸惑いがちに頷いてみせた。
クレスは負けないとはいえ、つまりそれは人を殺しているかもしれない、ということだ。懸念はあって普通だ。
「……駆け足で行くからさ。それでイーブンにしてくれ」
顔の向きを戻し、表情に真剣さを帯びさせて言う。
ミントが頷くのを確認して彼は走り出した。
ある区画に家具が山積みになっておりバリケードが作られている。この先に入口があるのだろう。
はじめ扉が開かない時点で予想は出来ていたが、ここまで大袈裟で酷いとは思っていなかった。
どうしたのものか、と考え、すぐに安易なアイデアを閃いた。
家具が重ねられていない壁の方へと進む。
フォルス良好。駆動、とりあえず問題なし。
「振り落とされたくなきゃしっかり掴まってろよ……――――空破、墜蓮閃!」
フォルスを足に集中させ、ミントを背負ったまま蹴撃を木の壁へと繰り出す。1発蹴り上げ、それによる跳躍を利用しそして踵落とし。
背負ったままでは大した飛翔も出来なかったが、反して威力はなかなかだった。
地面にではなく壁に落とした足は見事に突き破り、穴を作り出すのに成功したのだった。
本当に単純な作戦だった。
緋桜轟衝牙の方がもっと楽だっただろうが、ミントをわざわざ降ろしてまたおぶるのは面倒なのである。
崩れかけている姿勢を直し、いびつな形の穴をくぐる。
久々の外の空気を吸う。未だに霧は出ていたが澱んでいる訳ではなく、ひんやりとした空気は爽やかさがあった。
「さってと、行きますか。多分まだ西にいると思うんだけど」
そのまま歩いていこうとしてティトレイは思い立ったように足を止めた。
中央広場にカイルがいたことを思い出したのだ。
先程、ここに来る前の敵対行動を考えれば、当然だが自分を敵と思っているだろう。
ましてやミントを背負っている身。どう捉えられるか分からないし、万が一戦闘になったら後手に回る。
カイルもこの村に来ている以上、ミントの救出は目的に入っているのだろう。
「……色んな意味で面倒臭くなりそうだなあ」
溜息をついて身体が上下に揺れるのが分かったのか、ミントは不思議そうにティトレイを見る。
「ちょっと遠回りになるけど、北を迂回して行く。そっちの方が安全だ。大丈夫、クレスはそう簡単にやられねえよ」
僅かに顔を後ろに向け、彼はミントの視線に答えた。
ミントは少しだけ戸惑いがちに頷いてみせた。
クレスは負けないとはいえ、つまりそれは人を殺しているかもしれない、ということだ。懸念はあって普通だ。
「……駆け足で行くからさ。それでイーブンにしてくれ」
顔の向きを戻し、表情に真剣さを帯びさせて言う。
ミントが頷くのを確認して彼は走り出した。
ミントをクレスの下に連れて行くのはいい。
その後、自分は一体どうすればいいのだろうか。
ヴェイグを殺したいと思っていたのは、ヴェイグを殺すことでティトレイを放棄しようとしていたからだ。
だがもう放棄という目的はない。殺す必要がないということだ。
だからと言って、自分は今まで通りにヴェイグと接してもいいのか。
例え感情を取り戻したとはいえ、以前のように潔白に振る舞うことは許されない。
ヴェイグにあの少年を殺すよう仕向けたのは間違いなく自分であり、その罪も消えるものではない。
相手も相応の感情をこちらに抱いているだろう。
ヴェイグが戦いたくないと言ったのは、あくまでデミテルに操られていると考えたからなのだから。
どんな顔をしていればいいのかまだ分からなかった。
西にはヴェイグがいるだろうが、彼は再び、出会わないことを願った。
でもやはり、願うのは会いたいからなのかもしれない。会って、この胸の靄を消し去りたい。
あのときの海岸での殴り合いのように――――今度は自分が何かを吐き出してしまいたい。
そうすれば、自分の罪をどうすればいいのか分かる気がした。
その後、自分は一体どうすればいいのだろうか。
ヴェイグを殺したいと思っていたのは、ヴェイグを殺すことでティトレイを放棄しようとしていたからだ。
だがもう放棄という目的はない。殺す必要がないということだ。
だからと言って、自分は今まで通りにヴェイグと接してもいいのか。
例え感情を取り戻したとはいえ、以前のように潔白に振る舞うことは許されない。
ヴェイグにあの少年を殺すよう仕向けたのは間違いなく自分であり、その罪も消えるものではない。
相手も相応の感情をこちらに抱いているだろう。
ヴェイグが戦いたくないと言ったのは、あくまでデミテルに操られていると考えたからなのだから。
どんな顔をしていればいいのかまだ分からなかった。
西にはヴェイグがいるだろうが、彼は再び、出会わないことを願った。
でもやはり、願うのは会いたいからなのかもしれない。会って、この胸の靄を消し去りたい。
あのときの海岸での殴り合いのように――――今度は自分が何かを吐き出してしまいたい。
そうすれば、自分の罪をどうすればいいのか分かる気がした。
今はまだ何も考えないでおこう。今はミントのことに専念しよう。
もし出会えば、何らかの形で決着を付けなければならないだろうから。
もし出会えば、何らかの形で決着を付けなければならないだろうから。
【ティトレイ=クロウ 生存確認】
状態:HP50% TP60% リバウンド克服 放送をまともに聞いていない
所持品:フィートシンボル メンタルバングル バトルブック(半分燃焼) オーガアクス
エメラルドリング 短弓(腕に装着) クローナシンボル ミントのサック(ホーリィスタッフ、大いなる実り同梱)
基本行動方針:罪を受け止め生きる
第一行動方針:ミントをクレスの下に連れて行く
第二行動方針:ヴェイグとは何らかの決着をつける?
現在位置:C3村東地区・鐘楼台→西地区(北地区経由)
状態:HP50% TP60% リバウンド克服 放送をまともに聞いていない
所持品:フィートシンボル メンタルバングル バトルブック(半分燃焼) オーガアクス
エメラルドリング 短弓(腕に装着) クローナシンボル ミントのサック(ホーリィスタッフ、大いなる実り同梱)
基本行動方針:罪を受け止め生きる
第一行動方針:ミントをクレスの下に連れて行く
第二行動方針:ヴェイグとは何らかの決着をつける?
現在位置:C3村東地区・鐘楼台→西地区(北地区経由)
【ミント=アドネード 生存確認】
状態:TP15% 失明 帽子なし 重度衰弱 左手負傷 左人差指に若干火傷 盆の窪にごく浅い刺し傷
舌を切除された 歯を数本折られた 右手肘粉砕骨折+裂傷 全身に打撲傷 全て応急処置済み
所持品:サンダーマント ジェイのメモ 要の紋@マーテル(マーテルの輝石装着)
基本行動方針:クレスに会う
第一行動方針:クレスに会いに行く
現在位置:C3村東地区・鐘楼台→西地区(北地区経由)
状態:TP15% 失明 帽子なし 重度衰弱 左手負傷 左人差指に若干火傷 盆の窪にごく浅い刺し傷
舌を切除された 歯を数本折られた 右手肘粉砕骨折+裂傷 全身に打撲傷 全て応急処置済み
所持品:サンダーマント ジェイのメモ 要の紋@マーテル(マーテルの輝石装着)
基本行動方針:クレスに会う
第一行動方針:クレスに会いに行く
現在位置:C3村東地区・鐘楼台→西地区(北地区経由)