AnswerⅡ-懸ける-
「任せとけ。こんなのスグにブッ倒してきてやるよ」
投げかけられた言葉に少女は、シャーリィ=フェンネスは吐き捨てるように返した。
腕も変わらず、化け物としての輪郭もなく、しかして石に侵されてもいない、たった一人の女の子がそこにいた。
「何を言い出すかと思えば……正気なの? それを外して、私のチカラを抑えられると思ってる訳?
それとも、勝てないって分かって体を明け渡す気になった?」
だが、その脅威は何も変わらない。彼女をあの高みまで持ち上げたのは紛れもなく彼女の意思だ。
滄我―――――海そのものを受け止めて尚打ち砕けぬ絶対の自我こそが彼女の真の強さ。
幾らエクスフィギュアを殺そうが焼こうが磨り潰そうが、そんなものは瑣末でしかない。
「だったらサービスしてあげる。痛くしないよう、一呑みで終わらせるから」
だからこそ彼女はこうしてグリッドの意志を喰らおうとしている。
それでもグリッドは目の前の彼女に笑った。哀れむでも嘲るでもなく、ただ笑った。
「生憎とお前なんかに喰えるほど俺の意思は安くないな。帰って何時まで経っても減らないマフィンでも喰ってろ」
――――――――――だからこそ、俺が戦うに相応しいのだと。
「言ってくれるじゃない。力も無いくせに、粋がるなんて恥ずかしいと思わないの?」
「またそれか。“力こそ正義”……飽きもせずによくもまあワンパターンな」
挑発を逆手にとって挑発し返され、シャーリィは怒りに目を見開く。
さっきまで糞虫だったのに。私がこいつを見下していたのに、なんでお前はそんな目をするのよ。
「はっ……それこそ何を今更って話よ。力は正義なの。道徳とかそんな薄っぺらいものじゃ正義と悪は分けられない。
力。単純にして明快な物差しだけが、この世界を分けられる。それこそが“絶対”よ」
シャーリィは迷い無く断言する。それは地面にリンゴが落ちることが不可避であるかのような命題。
覆すことなどできるはずが無く、する意味も無い。それはそういうモノなのだ。
誰がなんと言おうと絶対は絶対、“絶対”に抗うものは何時だって偽善者の戯言。
スカスカの甘い言葉なんかに、彼女の意思が折れるはずが無い。
腕も変わらず、化け物としての輪郭もなく、しかして石に侵されてもいない、たった一人の女の子がそこにいた。
「何を言い出すかと思えば……正気なの? それを外して、私のチカラを抑えられると思ってる訳?
それとも、勝てないって分かって体を明け渡す気になった?」
だが、その脅威は何も変わらない。彼女をあの高みまで持ち上げたのは紛れもなく彼女の意思だ。
滄我―――――海そのものを受け止めて尚打ち砕けぬ絶対の自我こそが彼女の真の強さ。
幾らエクスフィギュアを殺そうが焼こうが磨り潰そうが、そんなものは瑣末でしかない。
「だったらサービスしてあげる。痛くしないよう、一呑みで終わらせるから」
だからこそ彼女はこうしてグリッドの意志を喰らおうとしている。
それでもグリッドは目の前の彼女に笑った。哀れむでも嘲るでもなく、ただ笑った。
「生憎とお前なんかに喰えるほど俺の意思は安くないな。帰って何時まで経っても減らないマフィンでも喰ってろ」
――――――――――だからこそ、俺が戦うに相応しいのだと。
「言ってくれるじゃない。力も無いくせに、粋がるなんて恥ずかしいと思わないの?」
「またそれか。“力こそ正義”……飽きもせずによくもまあワンパターンな」
挑発を逆手にとって挑発し返され、シャーリィは怒りに目を見開く。
さっきまで糞虫だったのに。私がこいつを見下していたのに、なんでお前はそんな目をするのよ。
「はっ……それこそ何を今更って話よ。力は正義なの。道徳とかそんな薄っぺらいものじゃ正義と悪は分けられない。
力。単純にして明快な物差しだけが、この世界を分けられる。それこそが“絶対”よ」
シャーリィは迷い無く断言する。それは地面にリンゴが落ちることが不可避であるかのような命題。
覆すことなどできるはずが無く、する意味も無い。それはそういうモノなのだ。
誰がなんと言おうと絶対は絶対、“絶対”に抗うものは何時だって偽善者の戯言。
スカスカの甘い言葉なんかに、彼女の意思が折れるはずが無い。
「――――――――――――――――――――――――――――――OKだ。“その現実を肯定する”」
だが、それ故にグリッドだけがシャーリィに抗する事ができるのだ。
「え……?」
真逆の言葉にシャーリィは一瞬呆気にとられた。今まで相手にしてきた人間が次々に手を変え品を変え“それは違う”と謳ってきた。
賛同者など一人もいない。それを認めるということはシャーリィに殺されることを意味しているのだから。
「な、何いきなり訳の分からないこと言ってるの? あんた馬鹿になった?」
「訳の分からないって、お前が自分で言った理屈だろ? 俺的にはお前のほうが分かりません先生」
グリッドは調子を崩さずにのびのびと手を伸ばす。無駄極まりない動作に、尋常でない余裕が伺える。軽んじているとすら思えるだろう。
「俺も散々ヘタレ街道まっしぐらに進んできたんだ。“力こそ正義”、その言葉の強さはようく身に染みて分かってるんだよ。
実際、お前と戦ったときも俺は暴力を力と認めないって条件付で肯定してしまっている。
今にして思えば、あれが俺の手痛いミスだ。認めない認めないと否定するだけで、本当に否定しなければならないモノを見落としていたんだよ」
言葉を綴るグリッドの表情が若干翳った。プリムラを見殺しにしてアイデンティティが揺らいでいたとはいえ、間違いは間違いだ。
一手先の危機を凌ぐために逃げた先は、三手先の壊滅だと思うことなく手を指した。
「力は正義……かなり強い攻め手だ。実際ミクトランはおろかディムロスやキールはこの手札を信用している。
いや、見方によっちゃカイルやロイド達もこれを肯定していると取れなくも無い。なんたって多分今も現在進行形で戦っているだろうからな」
「だから何を言ってるのか分からないって言ってるでしょ?! それとも何? それはいけない事だから全員で武器を捨てましょうとでも言いたいの?
ふざけてるのはどっちよ。それこそ滅茶苦茶だわ!! 力無しに正義なんて貫けると思ってるの!?」
「お前はお馬鹿サマか。人の話聞いてたか? 俺は肯定するっていってるだろ。だからこの話はもう“オシマイ”なんだよ」
そういった瞬間、シャーリィは背筋にゾクリとした悪寒を覚えた。
「え……?」
真逆の言葉にシャーリィは一瞬呆気にとられた。今まで相手にしてきた人間が次々に手を変え品を変え“それは違う”と謳ってきた。
賛同者など一人もいない。それを認めるということはシャーリィに殺されることを意味しているのだから。
「な、何いきなり訳の分からないこと言ってるの? あんた馬鹿になった?」
「訳の分からないって、お前が自分で言った理屈だろ? 俺的にはお前のほうが分かりません先生」
グリッドは調子を崩さずにのびのびと手を伸ばす。無駄極まりない動作に、尋常でない余裕が伺える。軽んじているとすら思えるだろう。
「俺も散々ヘタレ街道まっしぐらに進んできたんだ。“力こそ正義”、その言葉の強さはようく身に染みて分かってるんだよ。
実際、お前と戦ったときも俺は暴力を力と認めないって条件付で肯定してしまっている。
今にして思えば、あれが俺の手痛いミスだ。認めない認めないと否定するだけで、本当に否定しなければならないモノを見落としていたんだよ」
言葉を綴るグリッドの表情が若干翳った。プリムラを見殺しにしてアイデンティティが揺らいでいたとはいえ、間違いは間違いだ。
一手先の危機を凌ぐために逃げた先は、三手先の壊滅だと思うことなく手を指した。
「力は正義……かなり強い攻め手だ。実際ミクトランはおろかディムロスやキールはこの手札を信用している。
いや、見方によっちゃカイルやロイド達もこれを肯定していると取れなくも無い。なんたって多分今も現在進行形で戦っているだろうからな」
「だから何を言ってるのか分からないって言ってるでしょ?! それとも何? それはいけない事だから全員で武器を捨てましょうとでも言いたいの?
ふざけてるのはどっちよ。それこそ滅茶苦茶だわ!! 力無しに正義なんて貫けると思ってるの!?」
「お前はお馬鹿サマか。人の話聞いてたか? 俺は肯定するっていってるだろ。だからこの話はもう“オシマイ”なんだよ」
そういった瞬間、シャーリィは背筋にゾクリとした悪寒を覚えた。
グリッドが“力こそ正義”を肯定した。これはこの状況下において二つの意味を持つ。
一つはシャーリィの理屈が認められたということ。
力こそは正義であり、持たざるは悪。痛みの前に偽善は容易く崩壊し、弱者は強者に搾取され骨の髄まで搾り取られる。
暴力は万国共通の絶対言語でありそれを回避したければ対価による妥協点を見つけろ。
正義は無くとも力は肯定され、刑罰は自らを以って其れを肯定する。
虚は実の前にゼロに近似でき、微小誤差はその存在を認めず四捨五入。
数多の怨嗟を地面の下に踏みにじり、ここに新たなる正義は生誕を迎える。
一つはシャーリィの理屈が認められたということ。
力こそは正義であり、持たざるは悪。痛みの前に偽善は容易く崩壊し、弱者は強者に搾取され骨の髄まで搾り取られる。
暴力は万国共通の絶対言語でありそれを回避したければ対価による妥協点を見つけろ。
正義は無くとも力は肯定され、刑罰は自らを以って其れを肯定する。
虚は実の前にゼロに近似でき、微小誤差はその存在を認めず四捨五入。
数多の怨嗟を地面の下に踏みにじり、ここに新たなる正義は生誕を迎える。
以後、グリッドはこれに反論することを許されない。そういう理<ルール>を認めてしまったのだから。
そしてそれを行うということは、逆説的にもう一つの意味を発生させる。
そしてそれを行うということは、逆説的にもう一つの意味を発生させる。
「そう、オシマイなんだ。だからお前も“力こそ正義”を二度と話にだすなよ? 俺はもう正義の定義を取り合う気はないんだから」
―――――グリッドが正義を論点において戦わない限り、シャーリィは強大無比なこの攻め手の使い場所を失った。
「あ、あんたあ……」
「気付くのが遅いな。遅すぎるぜ。“俺の攻め手は百八式まである”。
それを忘れて、俺はずうっとお前が一番強くなる場所で戦っていた。勝てる道理がねえ訳だ」
鮫に海で戦いを挑むようなものだ。それを勇敢と戦えるか無謀と謗るかは別だが、少なくとも今のグリッドに打てる最善はこれだった。
トーマと戦ったときも、コングマンと戦ったときもそうだった。相手のペースを乱し、自分“達”のペースを保つこと。
それが漆黒の翼の戦い方だ。そう、気付くのが遅すぎたのはグリッドの方。
「……だからどうしたってのよ。根っからの正義馬鹿のあんたから正義をとって何が残るっての?
無いでしょなあんにも! だから私を拾って石を付けたんじゃない!! その事実を放って、偉そうなこというんじゃないわよ!!」
シャーリィは自らに架せられた鎖を食い破るようにグリッドに突っかかっる。
これ以上調子付かせると不味い。外交官としての片鱗がシャーリィの危機感を煽った。
「よっぽど正義論戦したいらしいな……だけどさせねえよ。“その理屈も条件付で肯定だ”。
俺は確かに正義に固執していた。漆黒の翼は正義の味方だからな。だが、あの時の俺は正義という意味を問うことを忘れてたんだ」
固執するべき正義を見失っていた。自分を取り繕うことに惑わされ闇雲に正義を追い求め、否定するべきものを考えなしに受け止めた。
それでは駄目なのだ。漆黒の翼は正義の集団であっても正義の奴隷ではないのだから。
「気付くのが遅いな。遅すぎるぜ。“俺の攻め手は百八式まである”。
それを忘れて、俺はずうっとお前が一番強くなる場所で戦っていた。勝てる道理がねえ訳だ」
鮫に海で戦いを挑むようなものだ。それを勇敢と戦えるか無謀と謗るかは別だが、少なくとも今のグリッドに打てる最善はこれだった。
トーマと戦ったときも、コングマンと戦ったときもそうだった。相手のペースを乱し、自分“達”のペースを保つこと。
それが漆黒の翼の戦い方だ。そう、気付くのが遅すぎたのはグリッドの方。
「……だからどうしたってのよ。根っからの正義馬鹿のあんたから正義をとって何が残るっての?
無いでしょなあんにも! だから私を拾って石を付けたんじゃない!! その事実を放って、偉そうなこというんじゃないわよ!!」
シャーリィは自らに架せられた鎖を食い破るようにグリッドに突っかかっる。
これ以上調子付かせると不味い。外交官としての片鱗がシャーリィの危機感を煽った。
「よっぽど正義論戦したいらしいな……だけどさせねえよ。“その理屈も条件付で肯定だ”。
俺は確かに正義に固執していた。漆黒の翼は正義の味方だからな。だが、あの時の俺は正義という意味を問うことを忘れてたんだ」
固執するべき正義を見失っていた。自分を取り繕うことに惑わされ闇雲に正義を追い求め、否定するべきものを考えなしに受け止めた。
それでは駄目なのだ。漆黒の翼は正義の集団であっても正義の奴隷ではないのだから。
「答えを得た今なら断言できるぜ。正義ってのは正しさだ、納得も出来ない正しさが全てだというなら“俺に正義は必要無い!!”」
シャーリィの顔が苦悶の極みと大きく歪む。
肯定すれば、正義を話の引き合いに出せなくなる。否定すれば、グリッドの正義を半ば認めてしまう。
どちらにしてもグリッドを大いに有利な立場にしてしまう。打つ手無しの封殺だ。
「辛そうだなあ? お前の考えていることは手に取るように分かる。
その攻撃一辺倒の攻め手は、俺が正義を掲げなければ成立しない。其の手札、“俺の正義と一緒に道連れにさせて貰う”ぜ?」
グリッドがずいっと体を前に押し出した。シャーリィの体が半歩下がる。
髪ごと手を耳に押し当てながら、シャーリィはかぶりを振った。
「だったらどうしたってのよ……あんたの話を聞いてたらこっちがおかしくなるわ。
あんたが正義をどうこうしようがそんなの私の正義には関係ない!! 私は私の正義を絶対に譲らない。
私はお兄ちゃんに会いに行く。全員バラバラにして、砕いて、磨り潰して、そうして出来た道の向こうに行くの。
例え誰が間違っているって言ったって絶対に聞かないわ!! 私は私と私の力しか信じない!!」
声を張り上げるシャーリィの姿は、誰から見ても必死だった。
自分を否定してくるもの全てを否定してここまで生き抜いた彼女は味わったこと無い攻め手に困惑している。
精神性だけが問われるこの箱の中では物理的実力行使が出来ない、という問題はあるが、
たとえ直接攻撃が可能だったとしても、彼女はその発想に至れたかすら怪しい。
“この場において正義はもはや何の意味も持たないというのに”未だに正義に固執するという矛盾に気付きもしない。
幾人もがそうであったように、彼女もまたグリッドのリズムに狂わされていた。
肯定すれば、正義を話の引き合いに出せなくなる。否定すれば、グリッドの正義を半ば認めてしまう。
どちらにしてもグリッドを大いに有利な立場にしてしまう。打つ手無しの封殺だ。
「辛そうだなあ? お前の考えていることは手に取るように分かる。
その攻撃一辺倒の攻め手は、俺が正義を掲げなければ成立しない。其の手札、“俺の正義と一緒に道連れにさせて貰う”ぜ?」
グリッドがずいっと体を前に押し出した。シャーリィの体が半歩下がる。
髪ごと手を耳に押し当てながら、シャーリィはかぶりを振った。
「だったらどうしたってのよ……あんたの話を聞いてたらこっちがおかしくなるわ。
あんたが正義をどうこうしようがそんなの私の正義には関係ない!! 私は私の正義を絶対に譲らない。
私はお兄ちゃんに会いに行く。全員バラバラにして、砕いて、磨り潰して、そうして出来た道の向こうに行くの。
例え誰が間違っているって言ったって絶対に聞かないわ!! 私は私と私の力しか信じない!!」
声を張り上げるシャーリィの姿は、誰から見ても必死だった。
自分を否定してくるもの全てを否定してここまで生き抜いた彼女は味わったこと無い攻め手に困惑している。
精神性だけが問われるこの箱の中では物理的実力行使が出来ない、という問題はあるが、
たとえ直接攻撃が可能だったとしても、彼女はその発想に至れたかすら怪しい。
“この場において正義はもはや何の意味も持たないというのに”未だに正義に固執するという矛盾に気付きもしない。
幾人もがそうであったように、彼女もまたグリッドのリズムに狂わされていた。
「ダウト! ようやく見つけたぜ。お前の解れ、お前の矛盾。
“お前は自分自身だけを信じるといいながら、ミクトランの言葉を信じている”ッ!!」
「ハ、ハア!? そんなの当たり前じゃない! 全員殺して、願いを叶えて貰うしか生き延びる手は無いのよ!?
今更そんな当然のこと言うなんて、頭オカシイんじゃない!?」
「ミクトランが素直に願いを叶えてくれる保証も無ければ、帰してくれる確証も無い」
優勝後の公約証明不能。その言葉にシャーリィは獲物が隙を晒したのを確認した獣のようにニヤリとした。
「……やっぱりあんたもその程度の奴なのね。ミクトランの言うことが信じられないから、殺さない。
私にしてみればそっちの方が分からないわ。私の世界のカッシェルってやつはもう死んでるはずだった。
でもこの島で私を殺しにきたの! 死んでる人までこの世界にいるのよ、それだけじゃない。
滄我やクライマックスモードを封じたり、ううん、この島を用意したことだけでも凄い力。それを信じない方がおかしいわ」
信じるための材料は幾らでもあるのにそれを信じない。
物証が有る分、ミクトラン肯定のほうが有利である。
「あんた達は殺さなきゃいけない現実に目を背けているだけの弱者の謗りよ。
私だって心の底から信じているわけじゃないけど、そこにしか可能性が残っていないなら私はそこに全部を賭ける!!」
シャーリィは止めていた息を吹き返したように、多く酸素を取り込むためのような大きな声で叫んだ。
「そっちだって十分おかしいわ。それって要するに貴方たちはミクトランが信じられないからこの殺し合いに乗らないってことよね?
それこそおかしいわ。それって逆に言ったら“信じられたら殺し合いに乗る”って意味じゃない! あっは、何ソレ?
ご褒美が目の前にぶら下がってないからやる気が出ません、だから確証を見せてくださいって言ってるようなモンじゃない。
見せられたら貴方たちだって尻尾を振るのよ、舌を突きだしてだらしなくハッハハッハって莫迦みたいに涎垂らすに決まってるわ!」
それでなくても極限の極限に至りもうミクトランに抗う手段が無いと確定すれば、脱出するよりも優勝する方が現実的だと天秤が傾けば、誰しもが狗になる可能性はある。
それはバトルロワイアルというゲームルールにおいて常に付きまとう問題だ。
“お前は自分自身だけを信じるといいながら、ミクトランの言葉を信じている”ッ!!」
「ハ、ハア!? そんなの当たり前じゃない! 全員殺して、願いを叶えて貰うしか生き延びる手は無いのよ!?
今更そんな当然のこと言うなんて、頭オカシイんじゃない!?」
「ミクトランが素直に願いを叶えてくれる保証も無ければ、帰してくれる確証も無い」
優勝後の公約証明不能。その言葉にシャーリィは獲物が隙を晒したのを確認した獣のようにニヤリとした。
「……やっぱりあんたもその程度の奴なのね。ミクトランの言うことが信じられないから、殺さない。
私にしてみればそっちの方が分からないわ。私の世界のカッシェルってやつはもう死んでるはずだった。
でもこの島で私を殺しにきたの! 死んでる人までこの世界にいるのよ、それだけじゃない。
滄我やクライマックスモードを封じたり、ううん、この島を用意したことだけでも凄い力。それを信じない方がおかしいわ」
信じるための材料は幾らでもあるのにそれを信じない。
物証が有る分、ミクトラン肯定のほうが有利である。
「あんた達は殺さなきゃいけない現実に目を背けているだけの弱者の謗りよ。
私だって心の底から信じているわけじゃないけど、そこにしか可能性が残っていないなら私はそこに全部を賭ける!!」
シャーリィは止めていた息を吹き返したように、多く酸素を取り込むためのような大きな声で叫んだ。
「そっちだって十分おかしいわ。それって要するに貴方たちはミクトランが信じられないからこの殺し合いに乗らないってことよね?
それこそおかしいわ。それって逆に言ったら“信じられたら殺し合いに乗る”って意味じゃない! あっは、何ソレ?
ご褒美が目の前にぶら下がってないからやる気が出ません、だから確証を見せてくださいって言ってるようなモンじゃない。
見せられたら貴方たちだって尻尾を振るのよ、舌を突きだしてだらしなくハッハハッハって莫迦みたいに涎垂らすに決まってるわ!」
それでなくても極限の極限に至りもうミクトランに抗う手段が無いと確定すれば、脱出するよりも優勝する方が現実的だと天秤が傾けば、誰しもが狗になる可能性はある。
それはバトルロワイアルというゲームルールにおいて常に付きまとう問題だ。
「フン」
だが、グリッドもそれはようく分かっていることなのだ。最早彼は夢見る子供ではない。
「鬼の首を取ったように嬉しそうな所悪いが…………甘い甘い。“そんなことは関係ないんだよ”」
「なんですって?」
「言葉通りの意味だ。俺はあくまで『全員殺して、願いを叶えて貰うしか生き延びる手は無い』というお前の発言に対し証明が出来ないと間違いを指摘しただけだ。
別に可能性は否定してないんだぜ? 『ミクトランが優勝者の願いを叶える』って可能性はな。
そもそも『自分の力だけを信じる』って話は力こそ正義、『より強大なる力の肯定』と矛盾! お前の発言、殆ど的外れだ」
小馬鹿にするようにグリッドは人差し指を振ってチッチと舌を打った。
「ハッキリさせておこうか。“ミクトランが優勝者の願いを叶えるかどうかは俺達には判別できない”!!
判別出来ない以上、何時どのタイミングで信じるも信じないも個人の自由だ。俺の首輪を爆破しない時点でミクトランがそれを保証していることは証明できる。
したがーって! 他人が幾ら信じなくてもお前は優勝による蘇生を信じて良い。
ただし逆に他人が幾らミクトランを信じようが、お前の正しさを保証する材料にはなりはしない!!“まったくもって関係無しだ”!」
人差し指と中指を突き出してグリッドはその言葉をシャーリィに突きつけた。
赤信号を渡っている人数の多寡は、赤信号を渡って良いことの証明にはならない。
「く……そ、そんなこと……私には関係ない…!」
舌戦では圧倒的不利、それはとっくに痛いほど理解できているがシャーリィには逃げ場がない。
雁字搦めに鎖で縛られた獣のように蠢くが、敵は微かな逃げ道を念入りに潰す。
「いいや、こっちは関係有るね! 俺はお前の言葉に対し指摘しているだけだ。自分で言った言葉に責任持てよ、なあ?
自分で決めた理屈じゃないから俺なんかに崩されるんだよ。そんなスッカスカの理屈、今の俺には通用しないぜ」
「あ、アンタみたいな偽善者が何を!!」
シャーリィはそこまで言ってハッとする。グリッドの目元の笑いが、誘いであることを教えていた。
だが、グリッドもそれはようく分かっていることなのだ。最早彼は夢見る子供ではない。
「鬼の首を取ったように嬉しそうな所悪いが…………甘い甘い。“そんなことは関係ないんだよ”」
「なんですって?」
「言葉通りの意味だ。俺はあくまで『全員殺して、願いを叶えて貰うしか生き延びる手は無い』というお前の発言に対し証明が出来ないと間違いを指摘しただけだ。
別に可能性は否定してないんだぜ? 『ミクトランが優勝者の願いを叶える』って可能性はな。
そもそも『自分の力だけを信じる』って話は力こそ正義、『より強大なる力の肯定』と矛盾! お前の発言、殆ど的外れだ」
小馬鹿にするようにグリッドは人差し指を振ってチッチと舌を打った。
「ハッキリさせておこうか。“ミクトランが優勝者の願いを叶えるかどうかは俺達には判別できない”!!
判別出来ない以上、何時どのタイミングで信じるも信じないも個人の自由だ。俺の首輪を爆破しない時点でミクトランがそれを保証していることは証明できる。
したがーって! 他人が幾ら信じなくてもお前は優勝による蘇生を信じて良い。
ただし逆に他人が幾らミクトランを信じようが、お前の正しさを保証する材料にはなりはしない!!“まったくもって関係無しだ”!」
人差し指と中指を突き出してグリッドはその言葉をシャーリィに突きつけた。
赤信号を渡っている人数の多寡は、赤信号を渡って良いことの証明にはならない。
「く……そ、そんなこと……私には関係ない…!」
舌戦では圧倒的不利、それはとっくに痛いほど理解できているがシャーリィには逃げ場がない。
雁字搦めに鎖で縛られた獣のように蠢くが、敵は微かな逃げ道を念入りに潰す。
「いいや、こっちは関係有るね! 俺はお前の言葉に対し指摘しているだけだ。自分で言った言葉に責任持てよ、なあ?
自分で決めた理屈じゃないから俺なんかに崩されるんだよ。そんなスッカスカの理屈、今の俺には通用しないぜ」
「あ、アンタみたいな偽善者が何を!!」
シャーリィはそこまで言ってハッとする。グリッドの目元の笑いが、誘いであることを教えていた。
「偽善上等。カイルやロイドには効くだろうが俺には効かない。なんつったって俺は“嘘吐き”だからな!!」
嘘吐きが偽ることになんの問題があろうか。だからこそグリッドだけがシャーリィに対抗できる。
今ある状況を直視し、最も有効な手段を用い最高の力を最速で最短距離に届かせるシャーリィ。
彼女という現実の具現に、虚言だけが拮抗できる。
「なあ、不思議だと思わないか? 今俺はお前とサシで勝負してるんだ。何人も集まって二回やって二回負けてるのに、こうして俺一人で互角に戦えているんだぜ?」
「私と互角!? 自惚れてるんじゃないわよ。アンタなんか、身体さえあれば何十回でもぶっ殺せるのよ!?
そうやって何時までも話で説得なんて莫迦なこと考えている内に、私はアンタの身体を奪うんだから、少しは危機感持ったらどうなの!!」
「だからお前はアホなんだぜ! 説得ぅ!? 今更そんなことする訳ねえだろ?
コレこそがお前を倒す最高の選択肢なんだよ。俺達は初手の段階からお前との戦い方を間違っていたのさ」
グリッドが腕を組んで仁王立つ。意味が分からない上に理解もしにくいが、溢れ出す自信だけは分かりやすく伝わる。
「どういう意味よ……」
「さっきも言ったろ? 俺はお前が一番強くなる場所で戦っていたんだ。つまり現実、“力こそ正義”というルール上で戦っていた。
このルールで戦う限り、お前に負けの目が無いんだよ。戦って勝つ時点で、力は正しいってことを認める事になるからなあ!!」
シャーリィは身体を滅ぼしても死こそすれ終わりはしなかった。これは既に判明している。
ならば、シャーリィの心を折る以外にグリッドは勝利条件を規定できない。
ここでシャーリィの拠り所になっている“力こそ正義”が効果を発揮する。
“力こそ正義”という攻め方の最も恐ろしい所がそこだ。
これを証明したければ簡単だ。力を揮って、あらゆる反対意見を粉砕すればいいのだから単純にして明快である。
今ある状況を直視し、最も有効な手段を用い最高の力を最速で最短距離に届かせるシャーリィ。
彼女という現実の具現に、虚言だけが拮抗できる。
「なあ、不思議だと思わないか? 今俺はお前とサシで勝負してるんだ。何人も集まって二回やって二回負けてるのに、こうして俺一人で互角に戦えているんだぜ?」
「私と互角!? 自惚れてるんじゃないわよ。アンタなんか、身体さえあれば何十回でもぶっ殺せるのよ!?
そうやって何時までも話で説得なんて莫迦なこと考えている内に、私はアンタの身体を奪うんだから、少しは危機感持ったらどうなの!!」
「だからお前はアホなんだぜ! 説得ぅ!? 今更そんなことする訳ねえだろ?
コレこそがお前を倒す最高の選択肢なんだよ。俺達は初手の段階からお前との戦い方を間違っていたのさ」
グリッドが腕を組んで仁王立つ。意味が分からない上に理解もしにくいが、溢れ出す自信だけは分かりやすく伝わる。
「どういう意味よ……」
「さっきも言ったろ? 俺はお前が一番強くなる場所で戦っていたんだ。つまり現実、“力こそ正義”というルール上で戦っていた。
このルールで戦う限り、お前に負けの目が無いんだよ。戦って勝つ時点で、力は正しいってことを認める事になるからなあ!!」
シャーリィは身体を滅ぼしても死こそすれ終わりはしなかった。これは既に判明している。
ならば、シャーリィの心を折る以外にグリッドは勝利条件を規定できない。
ここでシャーリィの拠り所になっている“力こそ正義”が効果を発揮する。
“力こそ正義”という攻め方の最も恐ろしい所がそこだ。
これを証明したければ簡単だ。力を揮って、あらゆる反対意見を粉砕すればいいのだから単純にして明快である。
だが、これを否定することは難しい。
既に証明内容が証明方法を含めているのだから、否定側は自らの正しさを力によって証明できない。
例え“力は正義じゃない”といった所で、言いながらそれを賭けてシャーリィと力で戦うのでは意味が分からない。
矛盾ですらない、負けを認めてから争うようなモノだ。力を信奉するシャーリィは力では屈服させられない。
シャーリィが勝てばそれでよし。負けても、それは力による正義を肯定し、シャーリィの信念は保証される。
パワーゲームを開始した時点で、勝敗の如何に関わらずシャーリィの勝ちが確定するのだ。戦わずしてチェックメイトである。
力こそ正義、それは最高の攻撃力を誇る故に最高の守備力を備える無敵の論旨なのだ。“戦いというルールにある限りは”。
「だから俺は反省して“勝負のルールを変える”ことにした。お前を支える正しさはこの戦いに関係がないから、意味を成さない」
既に証明内容が証明方法を含めているのだから、否定側は自らの正しさを力によって証明できない。
例え“力は正義じゃない”といった所で、言いながらそれを賭けてシャーリィと力で戦うのでは意味が分からない。
矛盾ですらない、負けを認めてから争うようなモノだ。力を信奉するシャーリィは力では屈服させられない。
シャーリィが勝てばそれでよし。負けても、それは力による正義を肯定し、シャーリィの信念は保証される。
パワーゲームを開始した時点で、勝敗の如何に関わらずシャーリィの勝ちが確定するのだ。戦わずしてチェックメイトである。
力こそ正義、それは最高の攻撃力を誇る故に最高の守備力を備える無敵の論旨なのだ。“戦いというルールにある限りは”。
「だから俺は反省して“勝負のルールを変える”ことにした。お前を支える正しさはこの戦いに関係がないから、意味を成さない」
グリッドが一歩前に足を踏み出す。甲高い靴底の音が凛と箱を揺らした。
「お前の攻め手は強いが数が少ない。力は正しい、だからより強い力を持つ私は正しいってのが大まかの筋だ」
かつての自分じゃ踏み出せなかった一歩を踏み出す。かつて自分の仲間達を根こそぎ奪っていったモノに相対する。
「生半可な安っぽい不都合は関係ない・知ったことじゃないの一点張り。話をはぐらかして直ぐに話題転換か武力行使で直接逸らす」
だが彼は死者の想いは背負わない。背負っていてはこんな一歩も踏み出せない。
「外交官? 弱かったから悪い? テイク&テイク? 偽善? ぶっちゃけそれ今は関係ないだろ。それは真実じゃない。全部自分を取り繕うための現実だ。
お前を悪と断じて安っぽい線引きを決めつけた俺と同じだよ。真実ってのはそんなあっさり断じられるモノじゃない。」
プリムラの為でも、カトリーヌの為でもない、もちろんトーマの為でもない。漆黒の翼の団長グリッドは敵討ちに一切の興味がない。
グリッドにはそれだけの死を支えられない。俺がそんな情けない奴だとアイツらは分かっている。
「無関係なお喋りのお陰でお前の差し筋はもう読めた。お前が口にする言葉は決まって“第三者による正しさの証明”だ。
裏返せばお前の戦略が読める。なんせかつての俺と今のお前は構造が似ているからな。
空っぽの言葉で取り繕う哀れな道化だよ。お前の手札が言ってるぜ、“どうか私の正しさを揺さぶらないで”ってな」
そしてシャーリィに対する憐憫も欠片すらない。敵として相対したならばやることは勝つことだけだ。
誰の為でもない、自分自身の為に。アイツらが信じてくれた俺自身の為に。
「何で正しさに証明が必要になる。自分一人が信じられるなら、それで何も要らないはずだろ。
簡単に勝てると思うなよ。もうお前を守る腐った現実は俺の前では無意味だ。
力こそ正義、この言葉によって力有るお前が得られるのは“正しさ”だ。つまりお前は何かの“正しさ”を欲しがっている」
眼前に聳え立つは転換点にして通過点、それ以上でもそれ以下でもないグリッドが越えるべき最後にして最初の壁。
「メガグランチャー、エクスフィア、サブマシンガン……いくら力を得てもお前はまだ足りない。お前は未だに正しさを欲している。
お前を打ち倒す鍵はお前の中にあった。お前の圧倒的攻撃が、逆に弱点を浮き彫りにしたッ!!」
「お前の攻め手は強いが数が少ない。力は正しい、だからより強い力を持つ私は正しいってのが大まかの筋だ」
かつての自分じゃ踏み出せなかった一歩を踏み出す。かつて自分の仲間達を根こそぎ奪っていったモノに相対する。
「生半可な安っぽい不都合は関係ない・知ったことじゃないの一点張り。話をはぐらかして直ぐに話題転換か武力行使で直接逸らす」
だが彼は死者の想いは背負わない。背負っていてはこんな一歩も踏み出せない。
「外交官? 弱かったから悪い? テイク&テイク? 偽善? ぶっちゃけそれ今は関係ないだろ。それは真実じゃない。全部自分を取り繕うための現実だ。
お前を悪と断じて安っぽい線引きを決めつけた俺と同じだよ。真実ってのはそんなあっさり断じられるモノじゃない。」
プリムラの為でも、カトリーヌの為でもない、もちろんトーマの為でもない。漆黒の翼の団長グリッドは敵討ちに一切の興味がない。
グリッドにはそれだけの死を支えられない。俺がそんな情けない奴だとアイツらは分かっている。
「無関係なお喋りのお陰でお前の差し筋はもう読めた。お前が口にする言葉は決まって“第三者による正しさの証明”だ。
裏返せばお前の戦略が読める。なんせかつての俺と今のお前は構造が似ているからな。
空っぽの言葉で取り繕う哀れな道化だよ。お前の手札が言ってるぜ、“どうか私の正しさを揺さぶらないで”ってな」
そしてシャーリィに対する憐憫も欠片すらない。敵として相対したならばやることは勝つことだけだ。
誰の為でもない、自分自身の為に。アイツらが信じてくれた俺自身の為に。
「何で正しさに証明が必要になる。自分一人が信じられるなら、それで何も要らないはずだろ。
簡単に勝てると思うなよ。もうお前を守る腐った現実は俺の前では無意味だ。
力こそ正義、この言葉によって力有るお前が得られるのは“正しさ”だ。つまりお前は何かの“正しさ”を欲しがっている」
眼前に聳え立つは転換点にして通過点、それ以上でもそれ以下でもないグリッドが越えるべき最後にして最初の壁。
「メガグランチャー、エクスフィア、サブマシンガン……いくら力を得てもお前はまだ足りない。お前は未だに正しさを欲している。
お前を打ち倒す鍵はお前の中にあった。お前の圧倒的攻撃が、逆に弱点を浮き彫りにしたッ!!」
かつてを超えて、もう一度自分を始めるためにグリッドはこの戦いに勝たなければならない。
「もう五分五分なんだ。ガチのタイマンで使う手じゃねえよ、そんなぬっるいの。
分かったら本気のカードで来い―――――――――――――――――――――――――コール<勝負>だ。
“自分の正しさを信じきれないお前は、どこかで自分を疑っている”!!」
分かったら本気のカードで来い―――――――――――――――――――――――――コール<勝負>だ。
“自分の正しさを信じきれないお前は、どこかで自分を疑っている”!!」
「何がイーブンよ……ふざけないで……」
シャーリィの口がぼそりと呻いた。しかしその文言は地獄の怨嗟のように深くより響く。
「嘘っぱちのアンタが、私の想いに勝てる訳無いじゃない……!!」
折れんばかりに歯を軋ませて彼女は顔に凶相を浮かべる。勝ち誇るな、見下すな。
「私が自分を疑っている、ですって? そんなこと絶対に無いッ!!」
私の願いがお前に劣るなど絶対に認めない。私の、私のたった一ツの願いを、その淡く散った命を。お前なんかに穢させない!
シャーリィの口がぼそりと呻いた。しかしその文言は地獄の怨嗟のように深くより響く。
「嘘っぱちのアンタが、私の想いに勝てる訳無いじゃない……!!」
折れんばかりに歯を軋ませて彼女は顔に凶相を浮かべる。勝ち誇るな、見下すな。
「私が自分を疑っている、ですって? そんなこと絶対に無いッ!!」
私の願いがお前に劣るなど絶対に認めない。私の、私のたった一ツの願いを、その淡く散った命を。お前なんかに穢させない!
「もう一度会うの!! 例え世界中の誰もが私を間違いだと言っても、私はお兄ちゃんに会いに行く!! 私はその絶対を疑わないし、その絶対だけは覆させないッ!!」
彼女を支える本当の信念がついに姿を現した。
「ああ、漸く来やがったな『お兄ちゃん』。俺が最初に指摘した以上いつか来るとは思っていたぜぇ……」
グリッドが唇を笑みに歪める。しかし、眼には一切の余裕が失せていた。
最後にして最大の難関。それといかにして対峙するかが全てと言っても過言ではない。
だからこそグリッドは敢えて序盤からそこを突くことをしなかった。
いきなり本丸を攻めたところで関係ないとはぐらかされ、後はデコイをばら撒かれてするりと抜けられる。
セネルを使えば確かに“力こそ正義”は一瞬で崩せるが、それではシャーリィに兄という逃げ道を残す。
“まずは彼女の中の二つのロジックを切り離すこと”。そうすることで、ようやく本丸への攻撃が可能となる。
「じゃあまずは最初の禅問答に決着をつけようぜ。悪いとは一切思わんが本気で攻めるぞ。
お前の理屈に照らせば12時間以内に死んだお前の兄は弱く無力、従って正義じゃないって話ができるが、お前はこれを認めるか?」
「認めるわけないじゃない! お兄ちゃんは強かった。私なんかよりもずっとずっと!
優しくて、強くて、どんなことがあっても諦めなかった。そんなお兄ちゃんが悪である訳ないでしょ!」
そんなことがあってたまるかと、眼を血走らせてシャーリィはグリッドの言葉を否定する。
彼女にとってセネルは絶対だ。いつも傍にいてくれて、いつも助けてくれた大好きな人。 それが、悪であるなど、彼女にとっては許容できる事実ではない。
「そうよ…お兄ちゃんは誰にだって優しいから、きっと碌でもないゴミクズなんかを庇ったりして、ううん、騙されて死んだのよ!
まともに戦っていたらお兄ちゃんが簡単に死ぬわけないわ!」
「その意見を否定する! それも含めて強さだって言ってたように思うんだがなあ、そこんとこどうよ?
お前が散々言ってきた“力こそ正義”ってのは権謀策術何でもござれの悪逆非道の世界なんだろ?
運が悪かろうが良かろうが生きたもの勝ち! 他でもないお前の言う現実がそれを肯定する!」
「うるさい…、うるさいうるさいうるさいィィ!!!」
シャーリィはたまらず掴み掛ってその首を塞いで黙らせようとするが、元の華奢な腕では届く距離でもない。
否、そもそも“力こそ正義”を限定無効化したこの状況下において物理的排除に意味など存在しないのだ。
「キッツイだろ? 自分の言葉が足枷になるってのは。だが、これがお前が縋った現実だ。
お前はこの現実を隠れ蓑に、散々笑って現実を俺たちに押し付けてきたんだ。ならせめて楽しむのがスジってもんだ」
憐憫の混じったグリッドの声が箱の中を溢れかえる。シャーリィはその手を耳に当て、流れる血流を聴いて少しでも悪魔の嘲笑を退けるより道はない。
ヤダよ……こんなの、ちっとも楽しくなんてない。助けて、誰か。
「お前にはこの状況を打開する手段が二つある。
一つは“力こそ正義”が間違いだったとここで認めること。そうすればお前のお兄ちゃん様が悪である必要は無いんだ」
カチカチと震わせながら仰ぎ見るグリッドの顔は、シャーリィにとってまさに悪魔の囁きだった。
そんなことできる訳無い。力による正義を失ったら、それを失ってしまったら、
“私が化け物になってまで得た力に意味が無くなる”。それだけは絶対駄目、私からタダシサが無くなってしまう。
一人で立てなくなっちゃうよ、誰か、私が倒れる前に、私を支えて。
「お前がそれを選べないことはもう分かってる。じゃあもう一つの手段だ。こっちは簡単だぜ?」
「ああ、漸く来やがったな『お兄ちゃん』。俺が最初に指摘した以上いつか来るとは思っていたぜぇ……」
グリッドが唇を笑みに歪める。しかし、眼には一切の余裕が失せていた。
最後にして最大の難関。それといかにして対峙するかが全てと言っても過言ではない。
だからこそグリッドは敢えて序盤からそこを突くことをしなかった。
いきなり本丸を攻めたところで関係ないとはぐらかされ、後はデコイをばら撒かれてするりと抜けられる。
セネルを使えば確かに“力こそ正義”は一瞬で崩せるが、それではシャーリィに兄という逃げ道を残す。
“まずは彼女の中の二つのロジックを切り離すこと”。そうすることで、ようやく本丸への攻撃が可能となる。
「じゃあまずは最初の禅問答に決着をつけようぜ。悪いとは一切思わんが本気で攻めるぞ。
お前の理屈に照らせば12時間以内に死んだお前の兄は弱く無力、従って正義じゃないって話ができるが、お前はこれを認めるか?」
「認めるわけないじゃない! お兄ちゃんは強かった。私なんかよりもずっとずっと!
優しくて、強くて、どんなことがあっても諦めなかった。そんなお兄ちゃんが悪である訳ないでしょ!」
そんなことがあってたまるかと、眼を血走らせてシャーリィはグリッドの言葉を否定する。
彼女にとってセネルは絶対だ。いつも傍にいてくれて、いつも助けてくれた大好きな人。 それが、悪であるなど、彼女にとっては許容できる事実ではない。
「そうよ…お兄ちゃんは誰にだって優しいから、きっと碌でもないゴミクズなんかを庇ったりして、ううん、騙されて死んだのよ!
まともに戦っていたらお兄ちゃんが簡単に死ぬわけないわ!」
「その意見を否定する! それも含めて強さだって言ってたように思うんだがなあ、そこんとこどうよ?
お前が散々言ってきた“力こそ正義”ってのは権謀策術何でもござれの悪逆非道の世界なんだろ?
運が悪かろうが良かろうが生きたもの勝ち! 他でもないお前の言う現実がそれを肯定する!」
「うるさい…、うるさいうるさいうるさいィィ!!!」
シャーリィはたまらず掴み掛ってその首を塞いで黙らせようとするが、元の華奢な腕では届く距離でもない。
否、そもそも“力こそ正義”を限定無効化したこの状況下において物理的排除に意味など存在しないのだ。
「キッツイだろ? 自分の言葉が足枷になるってのは。だが、これがお前が縋った現実だ。
お前はこの現実を隠れ蓑に、散々笑って現実を俺たちに押し付けてきたんだ。ならせめて楽しむのがスジってもんだ」
憐憫の混じったグリッドの声が箱の中を溢れかえる。シャーリィはその手を耳に当て、流れる血流を聴いて少しでも悪魔の嘲笑を退けるより道はない。
ヤダよ……こんなの、ちっとも楽しくなんてない。助けて、誰か。
「お前にはこの状況を打開する手段が二つある。
一つは“力こそ正義”が間違いだったとここで認めること。そうすればお前のお兄ちゃん様が悪である必要は無いんだ」
カチカチと震わせながら仰ぎ見るグリッドの顔は、シャーリィにとってまさに悪魔の囁きだった。
そんなことできる訳無い。力による正義を失ったら、それを失ってしまったら、
“私が化け物になってまで得た力に意味が無くなる”。それだけは絶対駄目、私からタダシサが無くなってしまう。
一人で立てなくなっちゃうよ、誰か、私が倒れる前に、私を支えて。
「お前がそれを選べないことはもう分かってる。じゃあもう一つの手段だ。こっちは簡単だぜ?」
簡単、その単語に眉根を僅かに緩ませるシャーリィ。
既にグリッドの言葉が脳を冒し始めている今、その後に続く言葉に抵抗はできても対処はできない。
お、ニイ ちゃ ん……
「セネルを悪と許容する。初っ端で死んだどうしようもない不出来な兄は悪者でしたって認めてしまうんだ。
そうすればお前の正しさは守られる。お前のその手で、兄を亡霊にしちまいな。“お前にそれができるというのなら”!」
世界は誰にでも寛容ではあるが、それ故に貴方を愛さないのだから。
「そ、そんな、ダメ……ダメよ、だって、あ、ああ…」
足が震え、呼吸が乱れる。彼女の嗚咽が四十万に消えて沈んでいく。
彼女が築いてきた物が乱れ、弾け、彼女の信じてきたものが砕け飛ぶ無音が聞こえる。
正義を立てれば兄が穢れる、兄を立てれば正義に意味は無い。
ならば彼女が選んだ正しさは、兄の為の正しさとして機能しない。
グリッドと同じく、最初から破綻しているのだ。
「諦めな。手段どうこうの問題じゃないんだよ、“力こそ正義”――――その思想は誰かの為に用いるものじゃないんだ」
「だからって……だからって諦められる訳が、無いじゃない……」
嗚咽は規則正しく音階を渡る。既に盤は詰めに差し掛かったが、それでも彼女は降参を宣言しない。
宣言できるはずも無い。
「私は、お兄ちゃんに会いたいだけなのに。それすら間違いだなんて、ある訳が、無いじゃない……」
最初から決めていたはずだ。否、一度元の姿を取り戻したときに決めたはずだ。
何度殺そうと、何度殺されようと構わない。誰を失おうが何を亡くそうが取り戻すと覚悟した。
それを今更否定するなんて、既に多くのモノを失った今までの私が許さない。
「仕方ないよ。だって、殺さなきゃ、お兄ちゃんに、逢えないんだもの」
もう途中下車などできはしない。それは既に定められた、彼女の運命だ。
既にグリッドの言葉が脳を冒し始めている今、その後に続く言葉に抵抗はできても対処はできない。
お、ニイ ちゃ ん……
「セネルを悪と許容する。初っ端で死んだどうしようもない不出来な兄は悪者でしたって認めてしまうんだ。
そうすればお前の正しさは守られる。お前のその手で、兄を亡霊にしちまいな。“お前にそれができるというのなら”!」
世界は誰にでも寛容ではあるが、それ故に貴方を愛さないのだから。
「そ、そんな、ダメ……ダメよ、だって、あ、ああ…」
足が震え、呼吸が乱れる。彼女の嗚咽が四十万に消えて沈んでいく。
彼女が築いてきた物が乱れ、弾け、彼女の信じてきたものが砕け飛ぶ無音が聞こえる。
正義を立てれば兄が穢れる、兄を立てれば正義に意味は無い。
ならば彼女が選んだ正しさは、兄の為の正しさとして機能しない。
グリッドと同じく、最初から破綻しているのだ。
「諦めな。手段どうこうの問題じゃないんだよ、“力こそ正義”――――その思想は誰かの為に用いるものじゃないんだ」
「だからって……だからって諦められる訳が、無いじゃない……」
嗚咽は規則正しく音階を渡る。既に盤は詰めに差し掛かったが、それでも彼女は降参を宣言しない。
宣言できるはずも無い。
「私は、お兄ちゃんに会いたいだけなのに。それすら間違いだなんて、ある訳が、無いじゃない……」
最初から決めていたはずだ。否、一度元の姿を取り戻したときに決めたはずだ。
何度殺そうと、何度殺されようと構わない。誰を失おうが何を亡くそうが取り戻すと覚悟した。
それを今更否定するなんて、既に多くのモノを失った今までの私が許さない。
「仕方ないよ。だって、殺さなきゃ、お兄ちゃんに、逢えないんだもの」
もう途中下車などできはしない。それは既に定められた、彼女の運命だ。
「……その事実を否定する。お前はとっくの昔に弱音を吐いてるぜ」
その運命に、抗う男がここにいる。
否、抗えることを思い出した男がここにまだ一人残っている。
「俺は前から気になってたんだよ。その“仕方ない”って言葉がな。何が仕方ないんだ?
一人しか生きられないから殺しても仕方ない。願いを叶える方法がそれしかないから殺しても仕方ない。
弱肉強食だから死んでも仕方ない。弱いから欺いても仕方ない。正義の為なら悪を殺しても仕方ない。
マーダーは殺しても仕方ない。生きるためには何をやったって仕方ない。
この島は“仕方ない”でお腹一杯なんだ。いい加減、食い飽きてるんだよ俺は」
誰も彼もが口の端に出す言葉。自分の行為を正当化し、感覚を麻痺させ、疑うことを止める理由を生み出す。
まるで麻薬だ。神の酒にて酔い、その間のあらゆる行為は全て現実という免罪符が肩代わる。
それを罪とはこの際言うまい。現実に勝てるものなど、存在するはずがないのだから。
「…………だからこそ、俺は問わずにはいられない。もしお前に仕方があったのなら、お前はどうしていたっていうんだ。
お前の兄ちゃんが死んでなくてまだ生きていたのなら、お前は今この時何をしていたんだ」
グリッドは体を半身にして指と目線を垂直に合わせた。
シャーリィは押し黙る。それは彼女が最初にも聞かれたこと。
セネルが、もし生きていたら。もし生きて彼女と再会できていたのなら。
一体彼女はこの位置に居ただろうか。化け物に身を窶し力を礼賛して、孤独の覇道を進んでいただろうか?
「そんな、仮定の話なんて意味がないわ! それこそ夢の、嘘の話じゃない!!」
有り得ないIFだ。セネルが死んでしまった以上、それを問う意味などもはや存在しない。
だが、全てを失った果ての終わりで答えを見つけた嘘吐きはそれをこそ必要だと本気で思っていた。
「関係は無いッ! “だからこそ必要なんだ”。
俺たちが仕方ないといって割り切った感情、見捨てた未来。その全てが答えなんだ。
仕方ないってお前言っただろ? 逆に言えば“仕方なくないお前は、絶対に今の自分を嫌がっていたはずなんだ”!!」
その瞳に明らかな同情を浮かべグリッドは唇を噛み締め、悔しそうに言う。
だが依然として憐憫は無い。グリッドは眼に写る少女に自分を重ねていた。
その運命に、抗う男がここにいる。
否、抗えることを思い出した男がここにまだ一人残っている。
「俺は前から気になってたんだよ。その“仕方ない”って言葉がな。何が仕方ないんだ?
一人しか生きられないから殺しても仕方ない。願いを叶える方法がそれしかないから殺しても仕方ない。
弱肉強食だから死んでも仕方ない。弱いから欺いても仕方ない。正義の為なら悪を殺しても仕方ない。
マーダーは殺しても仕方ない。生きるためには何をやったって仕方ない。
この島は“仕方ない”でお腹一杯なんだ。いい加減、食い飽きてるんだよ俺は」
誰も彼もが口の端に出す言葉。自分の行為を正当化し、感覚を麻痺させ、疑うことを止める理由を生み出す。
まるで麻薬だ。神の酒にて酔い、その間のあらゆる行為は全て現実という免罪符が肩代わる。
それを罪とはこの際言うまい。現実に勝てるものなど、存在するはずがないのだから。
「…………だからこそ、俺は問わずにはいられない。もしお前に仕方があったのなら、お前はどうしていたっていうんだ。
お前の兄ちゃんが死んでなくてまだ生きていたのなら、お前は今この時何をしていたんだ」
グリッドは体を半身にして指と目線を垂直に合わせた。
シャーリィは押し黙る。それは彼女が最初にも聞かれたこと。
セネルが、もし生きていたら。もし生きて彼女と再会できていたのなら。
一体彼女はこの位置に居ただろうか。化け物に身を窶し力を礼賛して、孤独の覇道を進んでいただろうか?
「そんな、仮定の話なんて意味がないわ! それこそ夢の、嘘の話じゃない!!」
有り得ないIFだ。セネルが死んでしまった以上、それを問う意味などもはや存在しない。
だが、全てを失った果ての終わりで答えを見つけた嘘吐きはそれをこそ必要だと本気で思っていた。
「関係は無いッ! “だからこそ必要なんだ”。
俺たちが仕方ないといって割り切った感情、見捨てた未来。その全てが答えなんだ。
仕方ないってお前言っただろ? 逆に言えば“仕方なくないお前は、絶対に今の自分を嫌がっていたはずなんだ”!!」
その瞳に明らかな同情を浮かべグリッドは唇を噛み締め、悔しそうに言う。
だが依然として憐憫は無い。グリッドは眼に写る少女に自分を重ねていた。
シャーリィは形容できない思いのほんの一欠けらと共に生唾を飲み込んだ。
「私は、わ、たし、は……」
仕方が無かった。(厭だったけど)
だから痛いのも我慢した。(痛いのは厭)
怪物になる自分を受け入れた。(成りたいなんて思った?)
私を最初に助けてくれた人も殺した。(ただ、手放したくなかっただけなのに)
クロエに似てたから襲った。(友達だって、私が言ったのに)
あのカッシェルも、あいつモ、アイツも、みんなみんな私が殺した。
お兄ちゃんともう一度会うためには仕方が無かった。
仕方が無かったんだよ。“シカタガナカッタ”
「私は、わ、たし、は……」
仕方が無かった。(厭だったけど)
だから痛いのも我慢した。(痛いのは厭)
怪物になる自分を受け入れた。(成りたいなんて思った?)
私を最初に助けてくれた人も殺した。(ただ、手放したくなかっただけなのに)
クロエに似てたから襲った。(友達だって、私が言ったのに)
あのカッシェルも、あいつモ、アイツも、みんなみんな私が殺した。
お兄ちゃんともう一度会うためには仕方が無かった。
仕方が無かったんだよ。“シカタガナカッタ”
グリッドがまるで天地を割る稜線を定めるかのように指を滑らかに動かす。
その指先はシャーリィの眼を掠めその後ろを指差している。
半ば無意識に、彼女はその指す方へ頸をゆっくりと回した。今の彼女は石ではないから、振り向くことが出来る。
彼女は、一度も振り返らなかった。久遠に等しい遥かな距離のその向こうに居るだろう兄だけを信じて駆けてきた。
兄だけを求めた彼女は振り返る必要が無かった。だが、同時に振り返ることが出来なかった。
その指先はシャーリィの眼を掠めその後ろを指差している。
半ば無意識に、彼女はその指す方へ頸をゆっくりと回した。今の彼女は石ではないから、振り向くことが出来る。
彼女は、一度も振り返らなかった。久遠に等しい遥かな距離のその向こうに居るだろう兄だけを信じて駆けてきた。
兄だけを求めた彼女は振り返る必要が無かった。だが、同時に振り返ることが出来なかった。
シカタガナカッタンダヨ、“私は、イヤだったけど”他に仕方が無かったんだから。
振り返ってしまえば、見えてしまう。
彼女が兄の為に切り捨ててきたその悔恨、痛みの全てが白日の下に晒されてしまうことを。
力に因って、正義に酔って忘れようとしてきたことを思い出してしまう。
切り捨ててきたものは確かに兄に比べれば些細かもしれないけれど、かつての彼女にはどれも愛おしいものばかりなのだから。
彼女が兄の為に切り捨ててきたその悔恨、痛みの全てが白日の下に晒されてしまうことを。
力に因って、正義に酔って忘れようとしてきたことを思い出してしまう。
切り捨ててきたものは確かに兄に比べれば些細かもしれないけれど、かつての彼女にはどれも愛おしいものばかりなのだから。
ああ、そうか――――――――――――私は、今の私が、どうしようもなく厭だったのか。
「俺達は、もっと自分に眼を向けるべきなんだ。バトルロワイアルに捻じ曲げられる前の自分を、思い出さなきゃいけないんだ。
ここに来る前、そんな殺したいとか思ったか? 易々と殺せたか? ああ、別に最初っからそういうやつも居るだろうさ。
そいつらには容赦はしねえよ。その殺意にバトルロワイアルは関係ないからな。応じてただ粉砕してやるさ」
グリッドは眼を瞑って拳を硬く握る。
最初は、誰もが自分を持っていたはずだ。だがそれがいつの間にか何処かで摩り替わっている。
バトルロワイアルを肯定、否定する前にまずバトルロワイアルというルールを受け入れてしまう。
「だがな、お前はそうじゃねえだろ。お前はこんな馬鹿げたことが無ければこうはならなかったはずなんだ。
それを思い出せ。お前はセネルの為に殺してたはずなんだ、なのに肝心のお前の感情がどっかすっぽ抜けてる。
仕方ない仕方ないって色んなものを切り捨ててる内に、自分から切り捨ててると思い込んでしまう。
後は最悪だ。セネルの為にバトルロワイアルをしているはずが汚染されて、
言うに事欠いて矛盾したまま“力こそ正義”なんてのたまいやがる始末。
バトルロワイアルをする為にセネルを理由にしちまうお前みたいな駒の出来上がりだ」
対主催? マーダー? 知ったことかボケが。そんなもの全部まとめて“駒”だ。
そんな自称“このゲームをよく理解している”連中どものいう正義や正しさなんて関係ない。
「正義じゃない、正しさでもない。あるのは想いだけだ。
それだけはバトルロワイアルにも侵せない。俺達がたった一つ信じられる原点なんだ!!」
固めたグリッドの拳がシャーリィの艶やかな金糸を滑りながら耳元を掠める。
突き抜けた拳の位置に、皹が入る。
見失うな。バトルロワイアルなんて俺達には関係ない。あるのはただ錯綜する感情のみ。
そこを見失えば、俺達は永久にこの感情の迷路を抜け出せない。
漆黒の翼という役割に縛られていた俺のように。
ここに来る前、そんな殺したいとか思ったか? 易々と殺せたか? ああ、別に最初っからそういうやつも居るだろうさ。
そいつらには容赦はしねえよ。その殺意にバトルロワイアルは関係ないからな。応じてただ粉砕してやるさ」
グリッドは眼を瞑って拳を硬く握る。
最初は、誰もが自分を持っていたはずだ。だがそれがいつの間にか何処かで摩り替わっている。
バトルロワイアルを肯定、否定する前にまずバトルロワイアルというルールを受け入れてしまう。
「だがな、お前はそうじゃねえだろ。お前はこんな馬鹿げたことが無ければこうはならなかったはずなんだ。
それを思い出せ。お前はセネルの為に殺してたはずなんだ、なのに肝心のお前の感情がどっかすっぽ抜けてる。
仕方ない仕方ないって色んなものを切り捨ててる内に、自分から切り捨ててると思い込んでしまう。
後は最悪だ。セネルの為にバトルロワイアルをしているはずが汚染されて、
言うに事欠いて矛盾したまま“力こそ正義”なんてのたまいやがる始末。
バトルロワイアルをする為にセネルを理由にしちまうお前みたいな駒の出来上がりだ」
対主催? マーダー? 知ったことかボケが。そんなもの全部まとめて“駒”だ。
そんな自称“このゲームをよく理解している”連中どものいう正義や正しさなんて関係ない。
「正義じゃない、正しさでもない。あるのは想いだけだ。
それだけはバトルロワイアルにも侵せない。俺達がたった一つ信じられる原点なんだ!!」
固めたグリッドの拳がシャーリィの艶やかな金糸を滑りながら耳元を掠める。
突き抜けた拳の位置に、皹が入る。
見失うな。バトルロワイアルなんて俺達には関係ない。あるのはただ錯綜する感情のみ。
そこを見失えば、俺達は永久にこの感情の迷路を抜け出せない。
漆黒の翼という役割に縛られていた俺のように。
皹は進み亀裂となって、亀裂は走り破砕となって、破砕は崩れ破片となって、終に黒い箱は打ち砕かれる。
後に残るは真白く純粋な輝きと、蒼穹の様にどこまでも広い世界。
「さあ、俺は証明と表明をした。チェックだシャーリィ=フェンネス!!
お前と俺、どちらが間違っているかなんて何時までたっても決まらないが、
今のお前がかつてのお前の価値観に照らして間違っていることは証明できる!!
言い逃れが出来るなら応えてみやがれこのブラコンが!!」
これこそが、グリッドの原点だ。カトリーヌと最初に出会った、あの時のまま。
どこまでも遠くに行ける、一羽の烏がここに在る。
後に残るは真白く純粋な輝きと、蒼穹の様にどこまでも広い世界。
「さあ、俺は証明と表明をした。チェックだシャーリィ=フェンネス!!
お前と俺、どちらが間違っているかなんて何時までたっても決まらないが、
今のお前がかつてのお前の価値観に照らして間違っていることは証明できる!!
言い逃れが出来るなら応えてみやがれこのブラコンが!!」
これこそが、グリッドの原点だ。カトリーヌと最初に出会った、あの時のまま。
どこまでも遠くに行ける、一羽の烏がここに在る。
暫くの間呆然としていた彼女が、憑き物が落ちたかのように乾いた笑いを見せる。
「認めるわ。私に正しさなんて無い。そんなこと、とっくの前に分かってるよ」
何時から彼女は歪んだのだろうか。最初は、ただ気が触れていただけだったはずなのに。
お兄ちゃんに会いたい一心で、罪も罰も考える余裕も暇も無かっただけで、正しいとは思っていなかったはずなのに。
自分の罪を覗いてしまった彼女は、何時しか捩れた。痛みに耐えるのではなく、痛みを心地良いと思い込むようになった。
「認めるわ。私に正しさなんて無い。そんなこと、とっくの前に分かってるよ」
何時から彼女は歪んだのだろうか。最初は、ただ気が触れていただけだったはずなのに。
お兄ちゃんに会いたい一心で、罪も罰も考える余裕も暇も無かっただけで、正しいとは思っていなかったはずなのに。
自分の罪を覗いてしまった彼女は、何時しか捩れた。痛みに耐えるのではなく、痛みを心地良いと思い込むようになった。
そんな私に、幸せな選択肢があっただろうか。
もし、セネルに逢えたなら、その胸で泣いただろうか。
励ましてくれただろうか。頭を撫でてくれただろうか。
その隣にモーゼスさんがいて、お兄ちゃんをからかっていただろうか。
ジェイがそれを呆れた様に、でも楽しそうに眺めていただろうか。
マーテルさんが横に居て、ダオスさんやミトスもいて、和やかに笑っているのだろうか。
もし、セネルに逢えたなら、その胸で泣いただろうか。
励ましてくれただろうか。頭を撫でてくれただろうか。
その隣にモーゼスさんがいて、お兄ちゃんをからかっていただろうか。
ジェイがそれを呆れた様に、でも楽しそうに眺めていただろうか。
マーテルさんが横に居て、ダオスさんやミトスもいて、和やかに笑っているのだろうか。
私はそれを喜んで――――――――――――殺すのだろう。
適当にマシンガンを掃射してジェイを殺すだろう。
腕を奇形に変えてモーゼスを刺し殺すだろう。
磨り潰してダオスを殺すだろう。
滄我砲でミトスを殺すだろう。
剣でマーテルの腹を割いて殺すだろう。
適当にマシンガンを掃射してジェイを殺すだろう。
腕を奇形に変えてモーゼスを刺し殺すだろう。
磨り潰してダオスを殺すだろう。
滄我砲でミトスを殺すだろう。
剣でマーテルの腹を割いて殺すだろう。
そうして、最後には私を否定するお兄ちゃんを殺すのかもしれない。
もう、今の私は、あったかもしれない幸せな私を享受出来ないほどに変わってしまった。
もう、今の私は、あったかもしれない幸せな私を享受出来ないほどに変わってしまった。
力に酔ったところで、誰かの一意的な受け売りの理屈を並べたところで、自分の心は騙せない。
殺せば殺すだけ辛くなる。だから騙して、もっと殺して、もっと騙して。そのループはとっくの前に軋んでいた。
あの石の身体が、きっと何よりの証拠。
認めざるを得ない。かつて最初に居たはずの彼女は、もう間違いに気づいていたのだ。
最後に揚げたあの断末魔に、お兄ちゃんへの思いはあっても、もう私の想いなんて欠片も無かったのだから。
殺せば殺すだけ辛くなる。だから騙して、もっと殺して、もっと騙して。そのループはとっくの前に軋んでいた。
あの石の身体が、きっと何よりの証拠。
認めざるを得ない。かつて最初に居たはずの彼女は、もう間違いに気づいていたのだ。
最後に揚げたあの断末魔に、お兄ちゃんへの思いはあっても、もう私の想いなんて欠片も無かったのだから。
それでも、それでもシャーリィはその歯を剥き出しにして噛み殺すように吼えた。
「でもね、貴方は一つだけ間違えてます。正しさだけじゃ世界は動かない。
例え私が間違いを認めたとしても、私は止まらない。“私はお兄ちゃんに会いに行く”。この意志だけは、絶対に曲げるもんか!!」
毅然、それが今の彼女を表すのにもっとも相応しい言葉だった。
罪への穢れも、殺しへの陶酔も無い。ただただ真っ直ぐに一点を見つめた綺麗な瞳にグリッドは息を呑む。
「へえ……ご自慢の正義ってのはもう要らないのか?」
グリッドが笑って指摘するが、その表情は若干の汗を含んでいた。
狂的な感情を潜めたシャーリィに今までの面影は無かった。そこに有ったのは、少女の浮かべる年相応の覚悟。
「ええ、要らないわ。正義なんて無くても私は殺せる。私は進める。
だって正しくても間違っていても関係ないから。“それが間違いであろうと、私はお兄ちゃんに会いたい”んです」
殺すと明瞭に宣告する彼女にはもう呪いは存在しない。だが、彼女は殺す。
既に体は無い。故に、今更ミクトランに反旗を翻した所で意味が無い。
彼女が彼女として願いを叶える状況を作り出すには、グリッドの体を奪うのが唯一の選択肢だ。
そして残る人間を殺す。それだけが彼女を兄の下へ至らしめる道だった。
彼女はあらゆる状況を吟味し、理性を回転させて改めてその選択肢を選び取った。選ばされること無く。
「殺したいわけじゃない。出来ることなら殺したくない。でも私はお兄ちゃんに会いに行きます」
「エゴイストだな」
「ええ、私、こう見えてもワガママですから」
そうして二人は晴れやかな世界でとても自然に笑いあった。
兄に逢いたいシャーリィ、自由であることを貫きたいグリッド。
両者の目的は既に交じり合うことなく、戦局は拮抗した。残された手段は意地の張り合いによる消耗戦のみ。
今から真っ向勝負の喰い合いをすることと、この笑顔に関係は微塵も無い。
現実に従えば有り得ないことだろうが、笑いながら仲良く殺し合えるくらいがこの世界には丁度良い。
「でもね、貴方は一つだけ間違えてます。正しさだけじゃ世界は動かない。
例え私が間違いを認めたとしても、私は止まらない。“私はお兄ちゃんに会いに行く”。この意志だけは、絶対に曲げるもんか!!」
毅然、それが今の彼女を表すのにもっとも相応しい言葉だった。
罪への穢れも、殺しへの陶酔も無い。ただただ真っ直ぐに一点を見つめた綺麗な瞳にグリッドは息を呑む。
「へえ……ご自慢の正義ってのはもう要らないのか?」
グリッドが笑って指摘するが、その表情は若干の汗を含んでいた。
狂的な感情を潜めたシャーリィに今までの面影は無かった。そこに有ったのは、少女の浮かべる年相応の覚悟。
「ええ、要らないわ。正義なんて無くても私は殺せる。私は進める。
だって正しくても間違っていても関係ないから。“それが間違いであろうと、私はお兄ちゃんに会いたい”んです」
殺すと明瞭に宣告する彼女にはもう呪いは存在しない。だが、彼女は殺す。
既に体は無い。故に、今更ミクトランに反旗を翻した所で意味が無い。
彼女が彼女として願いを叶える状況を作り出すには、グリッドの体を奪うのが唯一の選択肢だ。
そして残る人間を殺す。それだけが彼女を兄の下へ至らしめる道だった。
彼女はあらゆる状況を吟味し、理性を回転させて改めてその選択肢を選び取った。選ばされること無く。
「殺したいわけじゃない。出来ることなら殺したくない。でも私はお兄ちゃんに会いに行きます」
「エゴイストだな」
「ええ、私、こう見えてもワガママですから」
そうして二人は晴れやかな世界でとても自然に笑いあった。
兄に逢いたいシャーリィ、自由であることを貫きたいグリッド。
両者の目的は既に交じり合うことなく、戦局は拮抗した。残された手段は意地の張り合いによる消耗戦のみ。
今から真っ向勝負の喰い合いをすることと、この笑顔に関係は微塵も無い。
現実に従えば有り得ないことだろうが、笑いながら仲良く殺し合えるくらいがこの世界には丁度良い。
グリッドはふと、笑いを止めて言った。
「知ってるよこのガキ――――――――――――――――――――――――“改めてチェックメイト”だ。お前の負けだよ」
「知ってるよこのガキ――――――――――――――――――――――――“改めてチェックメイト”だ。お前の負けだよ」
シャーリィの笑いも止まる。殆ど呼気に近いほど擦れた声で「え」と聞こえた。
「悪いな、俺は嘘を吐いた。お前はまだ大きな勘違いをしてる。だから俺には絶対に勝てない」
金髪を掻き分けて、グリッドの中指がすうっと彼女の額を触った。
「いや真っ向勝負じゃ俺絶対にお前に勝てないからさ、嵌めさせて貰った。お前に気づかれるかどうか、賭けだったが」
親指の腹に中指の爪を食い込ませ、中指に力を蓄える。
「なあ、ワガママなんだろお前? その割にはさ、“お兄ちゃんだけ助けるとか望みがちっさい”よな」
所謂デコピンの態勢。それだけで、もう十分だった。
「悪いな、俺は嘘を吐いた。お前はまだ大きな勘違いをしてる。だから俺には絶対に勝てない」
金髪を掻き分けて、グリッドの中指がすうっと彼女の額を触った。
「いや真っ向勝負じゃ俺絶対にお前に勝てないからさ、嵌めさせて貰った。お前に気づかれるかどうか、賭けだったが」
親指の腹に中指の爪を食い込ませ、中指に力を蓄える。
「なあ、ワガママなんだろお前? その割にはさ、“お兄ちゃんだけ助けるとか望みがちっさい”よな」
所謂デコピンの態勢。それだけで、もう十分だった。
「ここまで悩んで苦しんで、それでも優勝するっていうんならさあ、“優勝の願いでお兄ちゃん以外にも会いに行けばいいだろ”?」
既に勝敗は戦う前から決しているのだから。
既に勝敗は戦う前から決しているのだから。
「あ」
バチン。
体が弾かれ、虚空を見上げる形になったシャーリィの表情は呆然としていた。
なんで気づかなかったんだろう。今になって、なんで気づくんだろう。
モーゼスさんにも、ジェイにも、ダオスさんにも、ミトスにも、マーテルさんにも会えたんだ。
「決まり手はデコピン。敗因は俺みたいな豊かに富んだ想像力の欠如だ。
正義とかバトルロワイアル関係なく、お兄ちゃんと他を掛ける必要もない天秤に勝手に掛けた時点でお前は妥協してたんだよ。
勝手に出来ることを限定して最良の未来しか頭に無い奴が、最高の未来を望む俺に叶う訳がねえ」
なんで気づかなかったんだろう。今になって、なんで気づくんだろう。
モーゼスさんにも、ジェイにも、ダオスさんにも、ミトスにも、マーテルさんにも会えたんだ。
「決まり手はデコピン。敗因は俺みたいな豊かに富んだ想像力の欠如だ。
正義とかバトルロワイアル関係なく、お兄ちゃんと他を掛ける必要もない天秤に勝手に掛けた時点でお前は妥協してたんだよ。
勝手に出来ることを限定して最良の未来しか頭に無い奴が、最高の未来を望む俺に叶う訳がねえ」
呆然としたシャーリィは振り返るグリッドの背中を見て幽かに笑った。
負けは負けかあ……負けちゃったなあ――――――――もし次があったら、今度は良く考えて選ぼう。
そうしてもし殺すことを選んだら、こんどこそ完膚なきまでに殺してやろう♪
負けは負けかあ……負けちゃったなあ――――――――もし次があったら、今度は良く考えて選ぼう。
そうしてもし殺すことを選んだら、こんどこそ完膚なきまでに殺してやろう♪
「悔しかったらそこで見てろ。
この漆黒の翼の団長・音速の貴公子グリッド様が、お前を捻じ曲げた現実<バトルロワイアル>を台無しにする瞬間をな」
この漆黒の翼の団長・音速の貴公子グリッド様が、お前を捻じ曲げた現実<バトルロワイアル>を台無しにする瞬間をな」
バトルロワイアルなんて関係なく、“私が”今凄く怒っているんだから!!
「――――――――――ぶっはぁ!! ア痛ッ」
グリッドが息を吹き返したように起き上がった。若干土の槍が傷に食い込み、痛みが走る。
『その様子では存外上手くやったようだな。(……真逆本気で勝つとは思わなかったが)』
「聞こえてるからな手前。心の声も生の声も殆ど同じく聞こえてるってか聞かせてるだろ」
ユアンの皮肉に応じながら窮屈そうな体勢で傷を摩るグリッドの左腕は、潮が引いたように侵食が治まっていた。
「まあ、本気だされてたら勝てねえよ。アイツはどっかで現実に願いを捻じ曲げられてた。
その分気持ちが鈍ってたから、俺の気持ちの方が強かった……それだけだ」
グリッドは自分が彼女に言った覚悟を忘れぬように、噛み締める風に言った。
言ったからには為すしかない。たとえ嘘でもハッタリでも、グリッドはそういう風に出来ているのだから。
グリッドが息を吹き返したように起き上がった。若干土の槍が傷に食い込み、痛みが走る。
『その様子では存外上手くやったようだな。(……真逆本気で勝つとは思わなかったが)』
「聞こえてるからな手前。心の声も生の声も殆ど同じく聞こえてるってか聞かせてるだろ」
ユアンの皮肉に応じながら窮屈そうな体勢で傷を摩るグリッドの左腕は、潮が引いたように侵食が治まっていた。
「まあ、本気だされてたら勝てねえよ。アイツはどっかで現実に願いを捻じ曲げられてた。
その分気持ちが鈍ってたから、俺の気持ちの方が強かった……それだけだ」
グリッドは自分が彼女に言った覚悟を忘れぬように、噛み締める風に言った。
言ったからには為すしかない。たとえ嘘でもハッタリでも、グリッドはそういう風に出来ているのだから。
「で、約束通り黙らせてきたけど、後はどうするんだ?」
グリッドがユアンに尋ねた。その為には生きなければならないが、詳しい手法はユアンからまだ一言も聞いていなかった。
『ああ、紋を外さねば新しい要の紋を着けられんからな……グリッド、私の輝石から紋を外して装備しろ』
「……? あ、ああ……」
意図の掴めないまま浮遊したユアンの輝石を震える右手で掴み、グリッドは要の紋を外した。
何をするつもりなのだろうか一抹の影を引きながら、グリッドは新たな紋を左手に備えた。
グリッドがユアンに尋ねた。その為には生きなければならないが、詳しい手法はユアンからまだ一言も聞いていなかった。
『ああ、紋を外さねば新しい要の紋を着けられんからな……グリッド、私の輝石から紋を外して装備しろ』
「……? あ、ああ……」
意図の掴めないまま浮遊したユアンの輝石を震える右手で掴み、グリッドは要の紋を外した。
何をするつもりなのだろうか一抹の影を引きながら、グリッドは新たな紋を左手に備えた。
『あの小娘のエクスフィアはな、如何な咬み合わせがあったかは分からないが確かにハイエクスフィアへの扉を叩きかけた』
それを私が止めたのだがな、と自嘲するユアンの顔を見てグリッドは更に眼を細めた。
『後一歩で開く扉に、鍵を差し込めば……お前次第では奇跡の模倣に至るかも知れん』
「何を、言って」
厭な影が、実体に成りかける様な暗澹たる思いに駆られたグリッドの言葉を、ユアンは遮った。遮らなければならなかった。
それを私が止めたのだがな、と自嘲するユアンの顔を見てグリッドは更に眼を細めた。
『後一歩で開く扉に、鍵を差し込めば……お前次第では奇跡の模倣に至るかも知れん』
「何を、言って」
厭な影が、実体に成りかける様な暗澹たる思いに駆られたグリッドの言葉を、ユアンは遮った。遮らなければならなかった。
『グリッド――――――――――――――――――私の輝石を壊せ』
然程遠からぬ決別の瞬間。それはグリッドに与えられた、奇跡の条件にして、最後の試練だった。