AnswerⅢ-応える者-
――――――それで君、名前は?その様子だと大分疲れてるだろう。入団を断るのは得策ではないぞ?
あまり良い出会いではなかったとは思う。
偶々三人目が空から降ってきたので、ここぞとばかりに仲間にした。
本当に偶々だ。カトリーヌは出現場所が偶々近くに居たのだから遅かれ早かれ出会っていただろうけど、
正真正銘、この空から堕ちて来た天使は偶々俺達の近くに落ちてきた。
これが落ちて来たのが女の子ならちょっとした冒険の幕開けに相応しかったかもしれない。
もちろんこれはファンタジーやメルヘンじゃないからそんなパワフル全開な冒険は始まらない。
本当ならば、少し抜けた所のあるジョンがいるべき席に座ったのはお気楽とは懸け離れた堅物にして難物だ。
あったのは皮肉と、愚痴と、少しばかりの助言だけ。
正直、反りは合っていなかった。
偶々三人目が空から降ってきたので、ここぞとばかりに仲間にした。
本当に偶々だ。カトリーヌは出現場所が偶々近くに居たのだから遅かれ早かれ出会っていただろうけど、
正真正銘、この空から堕ちて来た天使は偶々俺達の近くに落ちてきた。
これが落ちて来たのが女の子ならちょっとした冒険の幕開けに相応しかったかもしれない。
もちろんこれはファンタジーやメルヘンじゃないからそんなパワフル全開な冒険は始まらない。
本当ならば、少し抜けた所のあるジョンがいるべき席に座ったのはお気楽とは懸け離れた堅物にして難物だ。
あったのは皮肉と、愚痴と、少しばかりの助言だけ。
正直、反りは合っていなかった。
「…ユアンだ」
本当に反りが合わなかっただけだから困る。
魂の奥底から反発や前世で因縁があったとか。そういう先天的な相性が悪いというほど合わないわけでもない。
相当の修羅場を潜ってきたのだろうあいつに比べれば、俺の切り抜けてきた伝説的危機なんて無いも同じなんだろう。
そんなことは一言も言わなかったけど、ハーフエルフがどういう立場なのかはロイドから聞いている。
ユアンというハーフエルフがどういう立場であったかも。
魂の奥底から反発や前世で因縁があったとか。そういう先天的な相性が悪いというほど合わないわけでもない。
相当の修羅場を潜ってきたのだろうあいつに比べれば、俺の切り抜けてきた伝説的危機なんて無いも同じなんだろう。
そんなことは一言も言わなかったけど、ハーフエルフがどういう立場なのかはロイドから聞いている。
ユアンというハーフエルフがどういう立場であったかも。
だからこれは、ただ単純に生きてきた環境の違いなのだと思う。
あいつはガッチガチのリアリストで、俺は見事なまでにロマンチストだった。
後天的な在り方からして、カトリーヌやプリムラ、俺とは決定的な隔たりがある。
でも一日ほど過ごしてみて一つ分かったことがある。
そんな隔たりを持っていながら、俺達は曲がりなりにも共にあれたと言うことだ。
多分――恐ろしく自分に都合のいい多分だが――あいつの根っこの部分は結構ロマンチストなのかもしれない。
村にトーマがやってきた時も、シャーリィに襲われたときも。
俺達みたいなお荷物を捨てずにあれだけ命を懸けてくれるなんて、一番あいつらしくないしな。
や、それに、だってなあ……イニシャルつけた指輪じいっと見つめるって……どんだけ青春なんだよって。
なんつうか、大本ではきっと熱くて噎せ返るほど青臭い奴なんだと思う。
あいつはガッチガチのリアリストで、俺は見事なまでにロマンチストだった。
後天的な在り方からして、カトリーヌやプリムラ、俺とは決定的な隔たりがある。
でも一日ほど過ごしてみて一つ分かったことがある。
そんな隔たりを持っていながら、俺達は曲がりなりにも共にあれたと言うことだ。
多分――恐ろしく自分に都合のいい多分だが――あいつの根っこの部分は結構ロマンチストなのかもしれない。
村にトーマがやってきた時も、シャーリィに襲われたときも。
俺達みたいなお荷物を捨てずにあれだけ命を懸けてくれるなんて、一番あいつらしくないしな。
や、それに、だってなあ……イニシャルつけた指輪じいっと見つめるって……どんだけ青春なんだよって。
なんつうか、大本ではきっと熱くて噎せ返るほど青臭い奴なんだと思う。
だからこそ、やっぱり俺と反りが合わなかったのかも知れない。
俺の根っこには弱さというコンプレックスを抱えたリアリストがいたから。
このまま二律背反に蝕まれていたらいつかきっと俺も壊れていただろう。
壊れて芯まで崩されて、俺はここで終わっていた。
あとは夢と現実の破片を後生大事に抱えて、ありもしない夢を追いかけるフリをし続ける人形だったかもしれない。
お前がいなかったら、きっと俺は今ここに立てなかった。
お前は自分がいなくても俺は立ち直ってたというけれど、
やっぱり、お前がいなかったら俺は立ち上がっていなかったと思うんだ。
誰かが見ていてくれたほうが張り切れるんだよ、俺は男の子かつガキ大将だからな。
俺の根っこには弱さというコンプレックスを抱えたリアリストがいたから。
このまま二律背反に蝕まれていたらいつかきっと俺も壊れていただろう。
壊れて芯まで崩されて、俺はここで終わっていた。
あとは夢と現実の破片を後生大事に抱えて、ありもしない夢を追いかけるフリをし続ける人形だったかもしれない。
お前がいなかったら、きっと俺は今ここに立てなかった。
お前は自分がいなくても俺は立ち直ってたというけれど、
やっぱり、お前がいなかったら俺は立ち上がっていなかったと思うんだ。
誰かが見ていてくれたほうが張り切れるんだよ、俺は男の子かつガキ大将だからな。
泣いてないぞ。俺は泣かないからな。団長ともあろうものが、濫りに泣くわけが無かろう。
お前を犠牲にしていいのかとか、これっぽっちも思わんからな。
結局力を求めているんじゃないのかとかの煩悶も無い。
泣かない。俺は、もう前しか見ない。
お前を犠牲にしていいのかとか、これっぽっちも思わんからな。
結局力を求めているんじゃないのかとかの煩悶も無い。
泣かない。俺は、もう前しか見ない。
そんな嘘と一緒に、もう一度俺は飛ぶ。
だから壊す。お前と共に、俺は往く。
お前だけじゃない。カトリーヌと、プリムラと、トーマもだ。お前達にとってカッコいい様に、駆けていく。
背負うんじゃない、役割を演じるんじゃない。俺が俺自身の意思で、まだカッコつけたいんだ。
だから往く。俺達が出会えたことこそが最高の奇跡だと思えるように。
お前だけじゃない。カトリーヌと、プリムラと、トーマもだ。お前達にとってカッコいい様に、駆けていく。
背負うんじゃない、役割を演じるんじゃない。俺が俺自身の意思で、まだカッコつけたいんだ。
だから往く。俺達が出会えたことこそが最高の奇跡だと思えるように。
お前は最後まで認めないかもしれないけれど、云わせてくれ。
ユアン、俺の最ッッ高の親友よ。
ユアン、俺の最ッッ高の親友よ。
ありがとう――――――――――――“俺達”は此処より独り立つ。
六割五分。
ミトスは舞い散る光の羽の中で舌打ちをした。
苛立った所で時計の針が進むことなど無いことはミトスも十全に了解している。
身体をユグドラシルから本来の姿に戻し、より術の行使に適当な姿になって詠唱を限りなく高速で行う。
これ以上の速度は望むべくも無い。
しかし、これが現状における最速だと分かっていながらもミトスは焦燥を抑えきれない。
先程現れた不確定要素……と呼べるか怪しいほどのゴミにかけた時間が、心の中に大きな陰りを落としている。
儀式工程そのものの予定所要時間と比較すれば、実際のタイムロスはそれほどでもないはずだ。
しかし実際に時計を見て測っていない以上、ミトスが推定するロスはその精神状態によって大きく水増しされていた。
唸るような歯軋りに、頬の焼け跡が大きく歪む。
充血した右目がある筈の無い痛みを幻視する。
(あんな劣悪種が……あんな奴までが、僕に抗うなんて……)
あの顔には覚えがあった。確かあれはリアラを殺しに洞窟に向かう途中に会った奴だ。
筋力もさほど無く得意とは言い難い僕程度の体術も持ち合わせず、魔力の欠片もない、まったくの素人のはずだ。
そんな輩に、傷を負わされた。
そんな輩を、完全に圧殺することが出来なかった。
そんな輩の運命を、弄び切ることが叶わなかった。
本来ならば手傷一つ負うことの無く惨殺できて然りの実力差だ。
それが叶わなかったという事実が、ミトスの心を大きく揺さぶっていた。
最終的に勝てたのだから、などというのは完全勝利を目指すミトスには戯言でしかない。
あの程度の雑魚を捩じ伏せられない今、流れは自分にあるといえるのだろうか?
最小の労力でC3残党とそして城の連中を消耗させ、コレットという駒を得た。
そしてティトレイとクレスという不確定要素すら巻き込める奇策を以って、この村に必殺の状況を生み出したはずだ。
今日の午前中までは確かに、流れはミトスにあったはずだ。
後はロイドとクレスが磨耗した後で、ゆるりと奴らの戦力を奪えばそれで自分の勝利は確定する。そのはずだった。
(だった? 違う。今尚盤面は僕が優勢を誇っているはずだ)
今の段階だけで言うならば、ティトレイとカイルが仕掛けに巻き込まれなかったことで若干の不利が生まれただけに過ぎない。
その僅かな隙間を埋めるために、こうして計を進めているのだ。これは起死回生の為ではなく、磐石を期す為の策。
“まだ『決定的な何か』は何も起こっていない筈”。だから、有利こそあっても、不利などあるはずが無い。
ミトスは舞い散る光の羽の中で舌打ちをした。
苛立った所で時計の針が進むことなど無いことはミトスも十全に了解している。
身体をユグドラシルから本来の姿に戻し、より術の行使に適当な姿になって詠唱を限りなく高速で行う。
これ以上の速度は望むべくも無い。
しかし、これが現状における最速だと分かっていながらもミトスは焦燥を抑えきれない。
先程現れた不確定要素……と呼べるか怪しいほどのゴミにかけた時間が、心の中に大きな陰りを落としている。
儀式工程そのものの予定所要時間と比較すれば、実際のタイムロスはそれほどでもないはずだ。
しかし実際に時計を見て測っていない以上、ミトスが推定するロスはその精神状態によって大きく水増しされていた。
唸るような歯軋りに、頬の焼け跡が大きく歪む。
充血した右目がある筈の無い痛みを幻視する。
(あんな劣悪種が……あんな奴までが、僕に抗うなんて……)
あの顔には覚えがあった。確かあれはリアラを殺しに洞窟に向かう途中に会った奴だ。
筋力もさほど無く得意とは言い難い僕程度の体術も持ち合わせず、魔力の欠片もない、まったくの素人のはずだ。
そんな輩に、傷を負わされた。
そんな輩を、完全に圧殺することが出来なかった。
そんな輩の運命を、弄び切ることが叶わなかった。
本来ならば手傷一つ負うことの無く惨殺できて然りの実力差だ。
それが叶わなかったという事実が、ミトスの心を大きく揺さぶっていた。
最終的に勝てたのだから、などというのは完全勝利を目指すミトスには戯言でしかない。
あの程度の雑魚を捩じ伏せられない今、流れは自分にあるといえるのだろうか?
最小の労力でC3残党とそして城の連中を消耗させ、コレットという駒を得た。
そしてティトレイとクレスという不確定要素すら巻き込める奇策を以って、この村に必殺の状況を生み出したはずだ。
今日の午前中までは確かに、流れはミトスにあったはずだ。
後はロイドとクレスが磨耗した後で、ゆるりと奴らの戦力を奪えばそれで自分の勝利は確定する。そのはずだった。
(だった? 違う。今尚盤面は僕が優勢を誇っているはずだ)
今の段階だけで言うならば、ティトレイとカイルが仕掛けに巻き込まれなかったことで若干の不利が生まれただけに過ぎない。
その僅かな隙間を埋めるために、こうして計を進めているのだ。これは起死回生の為ではなく、磐石を期す為の策。
“まだ『決定的な何か』は何も起こっていない筈”。だから、有利こそあっても、不利などあるはずが無い。
(だが、僕は焦っている……事態が噛み合ってないからだ。ならば何が噛み合ってないっていうんだ?)
思惑から外れたティトレイ。呼応して型から外れたカイル。
ツキが翳っていることくらいは、鐘楼から飛び立つ前から了解していたはずだ。
流れが無いから、あの劣悪種も僕の所に現れたと捉えることが出来るだろう。だからそれはいい。
だがその劣悪種を満足に潰せないというのは、もはや流れを失ったという段階を超えてないだろうか?
これは運否天賦ではなく、ミトス自身の実力で思いのままになるべきの話のはずだ。
その実力差と流れを総合して、あの結果ならば……ミトスの流れは果てしなく悪い、と見て不思議ではない。
(馬鹿な。どうしてこうも一気に覆る。しかも、まだ何も起こっていない段階で)
一気に運気が翳るとなれば、絶対にそれに対応するべき現象があるはずだ。
ティトレイとカイルが何がしかの予兆であったとしても、それは結果ではない。
まだ『決定的な何か』は何も起こっていない。しかし、ミトスの流れが悪くなっているのは間違いない。
まるで僕の気づかないうちに『決定的な何か』が起こっていたみたいじゃ―――――
(待て……? 何か、何かおかしくないか?)
そもそも、ツキが翳っていたとしたらどこからだ。この頭痛は、一体何時から始まっていた。
劣悪種が儀式を妨害しに来たところから?
カイルが僕を意識して守勢に入ったあたりから?
ティトレイが何を思ったか戦線を離れたからか?
否、その前からだ。
思惑から外れたティトレイ。呼応して型から外れたカイル。
ツキが翳っていることくらいは、鐘楼から飛び立つ前から了解していたはずだ。
流れが無いから、あの劣悪種も僕の所に現れたと捉えることが出来るだろう。だからそれはいい。
だがその劣悪種を満足に潰せないというのは、もはや流れを失ったという段階を超えてないだろうか?
これは運否天賦ではなく、ミトス自身の実力で思いのままになるべきの話のはずだ。
その実力差と流れを総合して、あの結果ならば……ミトスの流れは果てしなく悪い、と見て不思議ではない。
(馬鹿な。どうしてこうも一気に覆る。しかも、まだ何も起こっていない段階で)
一気に運気が翳るとなれば、絶対にそれに対応するべき現象があるはずだ。
ティトレイとカイルが何がしかの予兆であったとしても、それは結果ではない。
まだ『決定的な何か』は何も起こっていない。しかし、ミトスの流れが悪くなっているのは間違いない。
まるで僕の気づかないうちに『決定的な何か』が起こっていたみたいじゃ―――――
(待て……? 何か、何かおかしくないか?)
そもそも、ツキが翳っていたとしたらどこからだ。この頭痛は、一体何時から始まっていた。
劣悪種が儀式を妨害しに来たところから?
カイルが僕を意識して守勢に入ったあたりから?
ティトレイが何を思ったか戦線を離れたからか?
否、その前からだ。
チラついて消えることの無い姉の幻影。壊し潰し叩こうとも影は消えずその脳裏にて雑音をかき鳴らす。
ミント=アドネード。
あれを抱えてからだ。僕のノイズが酷くなったのは。
ミントを一度御するだけで三度もミスを撃ってしまうほどのノイズ。
とても姉さまに及ばぬ贋作が、何故あそこまで僕の心を千路に乱すのだろうか。
(糞……分かってるんだよ。分かってるんだよ、頭では!)
コレットは限りなくマーテルと固有マナが……言ってみれば姉さまに最も近い存在といっていい。
だが“限りなくあっている”ということは決して同じではないということ。1を幾ら割っても0にはならないように。
当然だ。あくまで求めたのは姉さまの器であって、姉さまの魂ではない。姉さまの複製など必要ないのだ。
だがミントは、あの僕にすら哀れみを投げる女は、どうしようもなく似ていないくせに姉さまを思い出させるのだ。
頭では分かっていても、何処かで手を抜いてしまう。完全に叩き潰すことに躊躇する。
認めるしかない。ミントは、ありえるはずの無い0に届き得る存在であることを。
(あのノイズが、もし他に何かミスを隠していたとしたらどうだ……4番目の失策に気づかないままだったとしたら……)
だが、他に何が有り得る。
鐘は鳴った。ティトレイ達もロイド達も村に入った後はともかく、村に入るまではミトスの思惑通りのはずだ。
ギリギリでミントの自害を阻止した以上は、確実に鐘は高く響き遍く伝わったはずだ。
(待て。おかしいぞ)
術を編みながらも、ミトスはその思考に後ろ髪を引かれた。
明確な疑問点は無くても、決して見逃すべきではない違和感がある。
何だ、何がおかしい。鐘は鳴った。それに何の問題がある。
僕のミスは全てミントにタイムストップを放たせる隙を作ったことに集約されるはずだ。
それを阻止した。そして二度と術が撃てないように舌を切った。
その後で、僕は鐘を。
そこに至ったとき、一瞬のこととはいえジャッジメントの作業進捗が6割落ちた。
ミント=アドネード。
あれを抱えてからだ。僕のノイズが酷くなったのは。
ミントを一度御するだけで三度もミスを撃ってしまうほどのノイズ。
とても姉さまに及ばぬ贋作が、何故あそこまで僕の心を千路に乱すのだろうか。
(糞……分かってるんだよ。分かってるんだよ、頭では!)
コレットは限りなくマーテルと固有マナが……言ってみれば姉さまに最も近い存在といっていい。
だが“限りなくあっている”ということは決して同じではないということ。1を幾ら割っても0にはならないように。
当然だ。あくまで求めたのは姉さまの器であって、姉さまの魂ではない。姉さまの複製など必要ないのだ。
だがミントは、あの僕にすら哀れみを投げる女は、どうしようもなく似ていないくせに姉さまを思い出させるのだ。
頭では分かっていても、何処かで手を抜いてしまう。完全に叩き潰すことに躊躇する。
認めるしかない。ミントは、ありえるはずの無い0に届き得る存在であることを。
(あのノイズが、もし他に何かミスを隠していたとしたらどうだ……4番目の失策に気づかないままだったとしたら……)
だが、他に何が有り得る。
鐘は鳴った。ティトレイ達もロイド達も村に入った後はともかく、村に入るまではミトスの思惑通りのはずだ。
ギリギリでミントの自害を阻止した以上は、確実に鐘は高く響き遍く伝わったはずだ。
(待て。おかしいぞ)
術を編みながらも、ミトスはその思考に後ろ髪を引かれた。
明確な疑問点は無くても、決して見逃すべきではない違和感がある。
何だ、何がおかしい。鐘は鳴った。それに何の問題がある。
僕のミスは全てミントにタイムストップを放たせる隙を作ったことに集約されるはずだ。
それを阻止した。そして二度と術が撃てないように舌を切った。
その後で、僕は鐘を。
そこに至ったとき、一瞬のこととはいえジャッジメントの作業進捗が6割落ちた。
ミトスは思い出せる限りの当時の、『声』を思い出す。
『クレスさん……』『クゥ……レ……さん』『――――くれすさん――――』
(何で、何でこんな簡単なことに気づかなかったんだ……鐘の音が高い……“活舌が、良過ぎた”)
舌を切っても発音が出来なくなる訳じゃないし、声は紛れも無くミントそのものだった。
それに、殴りに殴って磨耗していく中であの衰弱と錯乱は当然あってしかるべきだ。
だがそれを差し引いても、これは明らかに異常だ。舌を無くしてあそこまで正確な発音ができるわけが無い。
近すぎで、逆に見逃した盲点。
拡声器の大音量では逆に天使の聴覚が仇になって方向が分からない上、殴っている本人が一々相手の悲鳴なんて考えない。
血を頭に上らせ、ミントの方向へ視野狭窄に陥っていた故。アトワイトも、僕の方に注視していたのだろう。
(何より、成功していることに変わりはないから……僕がそれを疑問に思う理由が無い!)
もしその違和感が失敗に繋がっていたのなら、ミトスは徹底的に原因を究明しそれを見つけ出していたはずだ。
だが、その違和感が成功に繋がっている場合、ヒトの思考は失敗のときよりも大きく鈍る。
所謂『結果オーライ』である。鐘を鳴らすという実際的な成功が、思索する意味の無い違和感を掻き消した。
しかし、誰だ。誰がそれを為し得るというのか?
あの場にいたヒトはミントとミトスと、コレットだけだ。アトワイトの声は拡声器には乗らないからこの三人だけ。
ミントは無い、僕の声も入っていたような気がする……消去法でコレットしかない。
あの段階ではまだアトワイトはコレットを支配していなかったから、有り得ない話ではないが……
だが、要の紋の無いコレットは天使疾患の最終段階にかかっているようなものだ。
4の封印を開放している以上まともな手段では喋ることなど出来るわけがない。
『クレスさん……』『クゥ……レ……さん』『――――くれすさん――――』
(何で、何でこんな簡単なことに気づかなかったんだ……鐘の音が高い……“活舌が、良過ぎた”)
舌を切っても発音が出来なくなる訳じゃないし、声は紛れも無くミントそのものだった。
それに、殴りに殴って磨耗していく中であの衰弱と錯乱は当然あってしかるべきだ。
だがそれを差し引いても、これは明らかに異常だ。舌を無くしてあそこまで正確な発音ができるわけが無い。
近すぎで、逆に見逃した盲点。
拡声器の大音量では逆に天使の聴覚が仇になって方向が分からない上、殴っている本人が一々相手の悲鳴なんて考えない。
血を頭に上らせ、ミントの方向へ視野狭窄に陥っていた故。アトワイトも、僕の方に注視していたのだろう。
(何より、成功していることに変わりはないから……僕がそれを疑問に思う理由が無い!)
もしその違和感が失敗に繋がっていたのなら、ミトスは徹底的に原因を究明しそれを見つけ出していたはずだ。
だが、その違和感が成功に繋がっている場合、ヒトの思考は失敗のときよりも大きく鈍る。
所謂『結果オーライ』である。鐘を鳴らすという実際的な成功が、思索する意味の無い違和感を掻き消した。
しかし、誰だ。誰がそれを為し得るというのか?
あの場にいたヒトはミントとミトスと、コレットだけだ。アトワイトの声は拡声器には乗らないからこの三人だけ。
ミントは無い、僕の声も入っていたような気がする……消去法でコレットしかない。
あの段階ではまだアトワイトはコレットを支配していなかったから、有り得ない話ではないが……
だが、要の紋の無いコレットは天使疾患の最終段階にかかっているようなものだ。
4の封印を開放している以上まともな手段では喋ることなど出来るわけがない。
可能性があるとすれば、アトワイトのように外部からコネクトして操作するしかない。
かといってアトワイトが知らない以上他に出来る人間が、
かといってアトワイトが知らない以上他に出来る人間が、
いる。
その瞬間、ミトスは全身の血が一気に重くなるような錯覚を覚えた。
儀式に回していた魔力が崩れかけてミトスの中で戦慄く。
有り得ない、まったく以って有り得ない。それは在ってはいけないことなのだから。
だが、果てしなく0に近い可能性が一つだけある。
ミントに相似する因子を持った人物で、器を乗っ取るなんて四大天使並にエクスフィアを扱える人物。
“そしてミントは、ある四大天使の面影を引いている”。
儀式に回していた魔力が崩れかけてミトスの中で戦慄く。
有り得ない、まったく以って有り得ない。それは在ってはいけないことなのだから。
だが、果てしなく0に近い可能性が一つだけある。
ミントに相似する因子を持った人物で、器を乗っ取るなんて四大天使並にエクスフィアを扱える人物。
“そしてミントは、ある四大天使の面影を引いている”。
真逆……そんな、莫迦な話があってたま……
その恐るべき思考に至る寸前、ミトスの耳は何かが砕ける音を知った。
目だけで後ろを振り返ろうとするが、自らの髪に隠れて足元しか見えない。
ミトスは肩を捻る。何処までも、何処までも上手く行かないとは思う。
金髪の簾の向こうに立つ二本の足と、一本の刀身が地面に垂直に立っている。
「……お前、どうして……?」
驚愕に目を見開いたミトスの瞳には、一人の男が写っていた。
馬鹿のように疑問を投げかけてしまうのも無理からぬことだった。
あの傷であの槍衾の穴の中に落とされて、起き上がってくるはずがない。
脇と片足に相当の重傷を負っている、他の各所も致命傷こそなくても失血で死んで不思議ではない程だ。
そんなことがあってはならない。常識的に考えれば、これは確実に起こってはいけないこと。
しかし、ミトスはこの現実を否定したいわけではない。
在り得るのだ。常識の埒外で気紛れの様に風が風車を回すことが。
人はそれを完全に解明する語る言葉を持たぬ故に、一つの単語にそれを集約させた。
目だけで後ろを振り返ろうとするが、自らの髪に隠れて足元しか見えない。
ミトスは肩を捻る。何処までも、何処までも上手く行かないとは思う。
金髪の簾の向こうに立つ二本の足と、一本の刀身が地面に垂直に立っている。
「……お前、どうして……?」
驚愕に目を見開いたミトスの瞳には、一人の男が写っていた。
馬鹿のように疑問を投げかけてしまうのも無理からぬことだった。
あの傷であの槍衾の穴の中に落とされて、起き上がってくるはずがない。
脇と片足に相当の重傷を負っている、他の各所も致命傷こそなくても失血で死んで不思議ではない程だ。
そんなことがあってはならない。常識的に考えれば、これは確実に起こってはいけないこと。
しかし、ミトスはこの現実を否定したいわけではない。
在り得るのだ。常識の埒外で気紛れの様に風が風車を回すことが。
人はそれを完全に解明する語る言葉を持たぬ故に、一つの単語にそれを集約させた。
「どう、して……だってか?」
その名を、奇跡という。
だからこそこの奇跡はミトスにとってあってはならなかった。
「ッッ! 工程凍結<キープスペル>……儀式中断!!」
あれ程に時間を気にしていたジャッジメントを止めて、ミトスは魔術を編成する。
起き上がった男を殺さなければいけないのではない。起き上がったところで、雑魚の実力は高が知れている。
無かった事にしなければならないのは命では無く、男が起き上がったという事実そのもの。
潰さなければならない奇跡だ。ミトスは思考が曖昧なままそれを確信した。
この奇跡は、気付かぬままに翳ったミトスの流れを完全に断ち切り得る『決定的な何か』だ。
故に力で捩じ伏せてでもここで止めなければならない。
奇跡を隠蔽してしまわねばならない。今ならばまだ誤魔化せる。流れは自分にあるのだと。
「雑魚は大人しく墓で寝てろ。ライトニング!!」
詠唱完了から攻撃判定発生までの最も短い、回避不可能の雷魔術。
あの損傷ならば、これでも十分に致命傷にもっていけるだろうことを踏まえて、
ミトスは威力より確実性をとった。
雷光が男の頭上で輝き、その背骨を通りうる軌道で一閃する。
土煙が巻き上がり、ミトスが完全に振り向いたときには男の姿は白い影の中だった。
「やった……か? ハハハ……驚かすなよ。今更舞い戻るなんて奇跡、お前みたいな雑魚には分不相応なんだから」
嘲るように言う言葉とは裏腹に、その表情は息切れたように青褪めている。
もしこれで潰せていなければ、もう―――
だからこそこの奇跡はミトスにとってあってはならなかった。
「ッッ! 工程凍結<キープスペル>……儀式中断!!」
あれ程に時間を気にしていたジャッジメントを止めて、ミトスは魔術を編成する。
起き上がった男を殺さなければいけないのではない。起き上がったところで、雑魚の実力は高が知れている。
無かった事にしなければならないのは命では無く、男が起き上がったという事実そのもの。
潰さなければならない奇跡だ。ミトスは思考が曖昧なままそれを確信した。
この奇跡は、気付かぬままに翳ったミトスの流れを完全に断ち切り得る『決定的な何か』だ。
故に力で捩じ伏せてでもここで止めなければならない。
奇跡を隠蔽してしまわねばならない。今ならばまだ誤魔化せる。流れは自分にあるのだと。
「雑魚は大人しく墓で寝てろ。ライトニング!!」
詠唱完了から攻撃判定発生までの最も短い、回避不可能の雷魔術。
あの損傷ならば、これでも十分に致命傷にもっていけるだろうことを踏まえて、
ミトスは威力より確実性をとった。
雷光が男の頭上で輝き、その背骨を通りうる軌道で一閃する。
土煙が巻き上がり、ミトスが完全に振り向いたときには男の姿は白い影の中だった。
「やった……か? ハハハ……驚かすなよ。今更舞い戻るなんて奇跡、お前みたいな雑魚には分不相応なんだから」
嘲るように言う言葉とは裏腹に、その表情は息切れたように青褪めている。
もしこれで潰せていなければ、もう―――
「当たり前な……ことを、聞くとは、思ったより情け……ない奴だな……ん?」
砂塵が地面にゆっくりと呑まれ、曖昧な影が明瞭とした稜線を描く。
眼球が圧力で割れてしまいそうなほどに、ミトスの目は引ん剥かれた。
影から浮かび上がった有り得ない光景がミトスの前で展開される。
男の眼前で、かつてライトニングであったであろう雷の半分ほどが中空で男を守るように球状に帯電していた。
ミトスはびくりと術を撃った手を押さえた。何かで魔術を減衰させたのだろうか。
せめてインディグネイションならば突き破れたかもしれないと思うと、詮無き事とはいえ後悔に似た感情が沸く。
「耐雷性? それとも耐術のアクセサリでも持っていたのか? ……いや、違う!?」
ミトスは目を細めて凝視した。アクセサリでも男の特性でもない。
男の前に何かが広がって、キラキラと輝いていた。
破片……いったい何を壊した破片だ……まるで、宝石……ッ!?
クラトスとロイドの輝石は確認してある。マーテル、コレット、そして自分の輝石は手中。
ならばそれは誰の輝石だというのか。消去法で有り得るのは一つしかない。
眼球が圧力で割れてしまいそうなほどに、ミトスの目は引ん剥かれた。
影から浮かび上がった有り得ない光景がミトスの前で展開される。
男の眼前で、かつてライトニングであったであろう雷の半分ほどが中空で男を守るように球状に帯電していた。
ミトスはびくりと術を撃った手を押さえた。何かで魔術を減衰させたのだろうか。
せめてインディグネイションならば突き破れたかもしれないと思うと、詮無き事とはいえ後悔に似た感情が沸く。
「耐雷性? それとも耐術のアクセサリでも持っていたのか? ……いや、違う!?」
ミトスは目を細めて凝視した。アクセサリでも男の特性でもない。
男の前に何かが広がって、キラキラと輝いていた。
破片……いったい何を壊した破片だ……まるで、宝石……ッ!?
クラトスとロイドの輝石は確認してある。マーテル、コレット、そして自分の輝石は手中。
ならばそれは誰の輝石だというのか。消去法で有り得るのは一つしかない。
「お前……エクスフィア……いや、その輝き……“輝石を砕いたのか”!?」
「言っただろうが。この俺の死に方を…………お前如きが決められるはず、無かろうと!!」
「言っただろうが。この俺の死に方を…………お前如きが決められるはず、無かろうと!!」
その判断にミトスが至る一手先にグリッドが左手を掲げ、力強く握られた拳は高く突き上がる。
その心中から溶岩のように粘り、そして猛烈に熱いそれが殻を割って湧き上がる。
この衝動の命ずるままにグリッドは吼えた。
「疾風のカトリーヌッ!!」
声が聞こえる。昨日のことのはずなのに、随分懐かしいものになっちまった。
―――――行きましょう、グリッドさん。
周りを浮遊する輝石の欠片が、グリッドの左手に収束する。
「大食らいのユアンッ!!」
唯の妄想だと笑わば笑え。それでもこの黄金よりも輝かしい36時間は、俺の中でしっかりと息づいている。
―――――もたもたするな。置いていくぞ、リーダー。
その左手の中心に座すは埋め込まれた菱形のネルフェス・エクスフィア。しかしその中にはもうFesの三文字は浮かばない。
「迷…いや、名探偵プリムラッ!!」
俺がお前らを忘れない限り、俺はお前たちが信じてくれると心から信じよう。
―――――ちゃっちゃと行くわよ大将ッ ううん、グリッド!!
エクスフィアがその破片分の容積を埋めるように変わっていく。
「……あとついでにトーマ!!」
だから、見ていてくれ。お前らの期待に、俺は応えてみせる!!
―――――……いや、まあ、いいけどよ……成してみな。世界を騙してでも、テメェ自身の理想をな。
それと同時に、グリッドの周囲に光が奔る。光とは呼べぬ、有り得ない色をした光りを。
その心中から溶岩のように粘り、そして猛烈に熱いそれが殻を割って湧き上がる。
この衝動の命ずるままにグリッドは吼えた。
「疾風のカトリーヌッ!!」
声が聞こえる。昨日のことのはずなのに、随分懐かしいものになっちまった。
―――――行きましょう、グリッドさん。
周りを浮遊する輝石の欠片が、グリッドの左手に収束する。
「大食らいのユアンッ!!」
唯の妄想だと笑わば笑え。それでもこの黄金よりも輝かしい36時間は、俺の中でしっかりと息づいている。
―――――もたもたするな。置いていくぞ、リーダー。
その左手の中心に座すは埋め込まれた菱形のネルフェス・エクスフィア。しかしその中にはもうFesの三文字は浮かばない。
「迷…いや、名探偵プリムラッ!!」
俺がお前らを忘れない限り、俺はお前たちが信じてくれると心から信じよう。
―――――ちゃっちゃと行くわよ大将ッ ううん、グリッド!!
エクスフィアがその破片分の容積を埋めるように変わっていく。
「……あとついでにトーマ!!」
だから、見ていてくれ。お前らの期待に、俺は応えてみせる!!
―――――……いや、まあ、いいけどよ……成してみな。世界を騙してでも、テメェ自身の理想をな。
それと同時に、グリッドの周囲に光が奔る。光とは呼べぬ、有り得ない色をした光りを。
失望なんてさせはしない。させる訳が無い。
「御初に目見るは一世一代の飛び六方ッ! 一か八か当たるは八卦ッ!
これが俺の出した答だ。どいつもこいつも目ェかっぽじって見て見さらせッ!!」
これが俺の出した答だ。どいつもこいつも目ェかっぽじって見て見さらせッ!!」
こんだけ素敵な奴らが俺を見ていてくれるんなら……俺にできないことなんて何も無いッ!!
「行くぞ……漆 ・ 黒 ・ 合 ・ 体 !!」
グリッドの体が、一瞬だけ輝きに包まれる。
刹那にも満たぬその瞬間こそが確かに、何かが変わったターニングポイントだった。
刹那にも満たぬその瞬間こそが確かに、何かが変わったターニングポイントだった。
ミトスは光りを遮る為に覆った腕をずらし、目をゆっくりと開ける。
それが眩しさに目が眩んだ故なのか、最後の最後まで有り得ない状況を拒む故なのか自身にも判別がつかない。
「真逆、こんな馬鹿な方法で……有り得ない、有り得るはずが無い!!」
癇癪のように叫ぶミトスを無視するかのように、その眼下で光は収まりグリッドの姿がハッキリと映っていく。
そう、ミトスにとってこれは有り得ない。
しかしその有り得ない手法を顕現させたのは、その先にあったはずのミトスとロイドなのだ。
限りなく輝石に近しいハイエクスフィアと一度はその門を自力で破壊しかけたネルフェスエクスフィア。
ミトスの輝石とユアンの輝石。
そして、喰われかけて尚立ち上がれる程の適応素体。
たとえみすぼらしくとも、聊かに見てくれが悪かろうとも、“コールできる手役はここに揃っている”。
それが眩しさに目が眩んだ故なのか、最後の最後まで有り得ない状況を拒む故なのか自身にも判別がつかない。
「真逆、こんな馬鹿な方法で……有り得ない、有り得るはずが無い!!」
癇癪のように叫ぶミトスを無視するかのように、その眼下で光は収まりグリッドの姿がハッキリと映っていく。
そう、ミトスにとってこれは有り得ない。
しかしその有り得ない手法を顕現させたのは、その先にあったはずのミトスとロイドなのだ。
限りなく輝石に近しいハイエクスフィアと一度はその門を自力で破壊しかけたネルフェスエクスフィア。
ミトスの輝石とユアンの輝石。
そして、喰われかけて尚立ち上がれる程の適応素体。
たとえみすぼらしくとも、聊かに見てくれが悪かろうとも、“コールできる手役はここに揃っている”。
「はーはっはっは!!! 有り得ない上等。君達のカワイソウな頭では理解できないのも当然。
だがしか~っし! 俺にかかればこの程度のこと、普通すぎて日常茶飯事よ!!」
だがしか~っし! 俺にかかればこの程度のこと、普通すぎて日常茶飯事よ!!」
グリッドは笑う。馬鹿っぽく、それでいて何処までも突き抜けたように清清しく。
体に変化は無く、傷も消えていない。
無くなったのは止め処なく流れていた血液。
あるのは意気揚々とその背中に負った、黒き羽根々々。
体に変化は無く、傷も消えていない。
無くなったのは止め処なく流れていた血液。
あるのは意気揚々とその背中に負った、黒き羽根々々。
「そう、なぜなら俺は! 世界最高の猛者が集った漆黒の翼の団長! 音速の貴公子・グリッド様だからだ!!」
翼はあらねども、文字通り漆黒を背負った一人の天使がここに産声を上げた。
穴の在る十数メートル先でグリッドの切った大見得を前にして、ミトスは彼を見据えたまま絶句した。
傍目に見れば、ミトスがその大見得に感動して動けないのか、
或いはその余りに酷い場違い振りに唖然としているかのように思える。
無論そのどちらでもない。眼を離せないのはグリッドではなく、その羽根だ。
霧の白の中でも、その黒色ははっきりと自己主張をしていた。
輝石は十数年単位の年月の培養で生まれる微少確率の突然変異でしか生成できないはず。
それを、たったの数分で為すなどという話は聞いたことが無い。
ミトスはグリッドを睨み付けるが、グリッドはダブルセイバーを背に乗せてニヤニヤしているだけだ。
仮に有り得るとしても、それを今この瞬間に成功させるなどという確率がどれほど乏しいか。
それがどれほど奇跡的な現象だというのか。
そしてお前がそれに至るというのか、ユアン。よりにもよってお前が。
「うん? さっきから唖然としてどうした? ああ、そうか。この俺のカッコいい姿に見蕩れて動けないか」
うんうんと勝手に頷くグリッドを目の前にして、ミトスは邪剣を抜いた。
上手く立ち行かない現状、その全てがこの雑魚に集約されるようにミトスは苛々としながら思った。
折角、折角上手くいっていたのに、どいつもこいつも僕を腹立たせる。鬱陶しいことこの上ない。
「おう、そうだったそうだった。さっき聞いたな? “そんなに死にたくて堪らないか?”って」
先程まで蔓延っていたある予感も混ざって、最早無色の砂嵐に近いノイズは頭痛と呼べるレベルに達している。
「もう一度はっきりと言ってやる。“死にたくないに決まってる”だろ。と、言う訳で殺さないで下さいッ!」
そういってグリッドはダブルセイバーを一振りして前傾に構える。足指がぎゅうっと音を立てて土を力強く踏んだ。
「だから大人しく悪巧みを止めてくれると、俺としては非常にエコロジックで助かるんだが……」
返事とばかりにミトスが剣をグリッドに向け、辛うじて笑いと取れる表情を作った。
「残念だけど、気が変わった。お前の意見なんかどうでもいいよ」
眉間に何本も皺を寄せ、その瞳には怯懦にも似た殺意が吹き上がっている。
これは奇跡なんかじゃない。
あれだけの傷を負って失血死していないのは、血の流れが止まったから。
痛みなど無い様に振舞えるのは、痛覚を切っているから。何のことは無い、全て自らの知識で説明がつく。
神が介在する程の不可思議など無い。奇跡など無い、在るのは唯の輝石だ。
それに、仮に奇跡だとしても、殺せばまだ間に合う。
幾ら無機生命体となったからといって、所詮はただの素人。捌いて縊り、もう一度穴に埋めてしまえばいい。
その穴に自らの不安も埋め立てることを想像するだけで、ミトスはほんの少しだけ安堵を覚えられた。
「此処で死ぬ以外の選択肢は無いと思――――――――――ッッ!!??」
だが、その安堵は一瞬で崩れ去る。
傍目に見れば、ミトスがその大見得に感動して動けないのか、
或いはその余りに酷い場違い振りに唖然としているかのように思える。
無論そのどちらでもない。眼を離せないのはグリッドではなく、その羽根だ。
霧の白の中でも、その黒色ははっきりと自己主張をしていた。
輝石は十数年単位の年月の培養で生まれる微少確率の突然変異でしか生成できないはず。
それを、たったの数分で為すなどという話は聞いたことが無い。
ミトスはグリッドを睨み付けるが、グリッドはダブルセイバーを背に乗せてニヤニヤしているだけだ。
仮に有り得るとしても、それを今この瞬間に成功させるなどという確率がどれほど乏しいか。
それがどれほど奇跡的な現象だというのか。
そしてお前がそれに至るというのか、ユアン。よりにもよってお前が。
「うん? さっきから唖然としてどうした? ああ、そうか。この俺のカッコいい姿に見蕩れて動けないか」
うんうんと勝手に頷くグリッドを目の前にして、ミトスは邪剣を抜いた。
上手く立ち行かない現状、その全てがこの雑魚に集約されるようにミトスは苛々としながら思った。
折角、折角上手くいっていたのに、どいつもこいつも僕を腹立たせる。鬱陶しいことこの上ない。
「おう、そうだったそうだった。さっき聞いたな? “そんなに死にたくて堪らないか?”って」
先程まで蔓延っていたある予感も混ざって、最早無色の砂嵐に近いノイズは頭痛と呼べるレベルに達している。
「もう一度はっきりと言ってやる。“死にたくないに決まってる”だろ。と、言う訳で殺さないで下さいッ!」
そういってグリッドはダブルセイバーを一振りして前傾に構える。足指がぎゅうっと音を立てて土を力強く踏んだ。
「だから大人しく悪巧みを止めてくれると、俺としては非常にエコロジックで助かるんだが……」
返事とばかりにミトスが剣をグリッドに向け、辛うじて笑いと取れる表情を作った。
「残念だけど、気が変わった。お前の意見なんかどうでもいいよ」
眉間に何本も皺を寄せ、その瞳には怯懦にも似た殺意が吹き上がっている。
これは奇跡なんかじゃない。
あれだけの傷を負って失血死していないのは、血の流れが止まったから。
痛みなど無い様に振舞えるのは、痛覚を切っているから。何のことは無い、全て自らの知識で説明がつく。
神が介在する程の不可思議など無い。奇跡など無い、在るのは唯の輝石だ。
それに、仮に奇跡だとしても、殺せばまだ間に合う。
幾ら無機生命体となったからといって、所詮はただの素人。捌いて縊り、もう一度穴に埋めてしまえばいい。
その穴に自らの不安も埋め立てることを想像するだけで、ミトスはほんの少しだけ安堵を覚えられた。
「此処で死ぬ以外の選択肢は無いと思――――――――――ッッ!!??」
だが、その安堵は一瞬で崩れ去る。
言い終わる瞬間の光景はミトスの想像を遥かに絶していた。
否、想像と現実が見事に絶たれ懸け離れていた。
遥か向こうにいたはずのグリッドが、“既に2m先の所にいた”。
「見逃す気は無いってか……気が合うな。俺もだ、よ!」
グリッドがその一言と共にダブルセイバーを振り下ろす。ミトスが半ば反射的に飛び退いて剣撃を避ける。
しかしダブルセイバーの重量の振り回されたグリッドの体は上手く刃に力を伝えず、スピードが鈍る。
「アワーグラス!?」
数秒時間を止められた、或いは吹き飛ばされたかと一瞬思ったが、ミトスは直ぐにその可能性を否定する。
無詠唱でタイムストップは有り得ない。そしてアワーグラスを使えるならば、穴に落ちる前から使っていたはずだ。
それに、ミトスはこの村の戦いが起こる前より時間停止系の手段には細心の注意を向けている。
ミトスはグリッドの足元から後ろに続く、足跡とは最早呼べない土の隆起を見た。ならばこれは、単純に。
「スピードだと……チャチな真似をする」
「自慢だが足の速さだけは、負けたことはねえッ! 最早音速どころか光速ッ!!」
顔を顰めるミトスと対照的に、グリッドは薄らと笑いながら再び突進する。
まるで牛だな、とミトスはグリッドを見て思った。
不意を撃たれれば確かに尋常ならざる移動に思えたが、こうして初動から意識して見れば何のことはない。
ただ恐ろしく速いだけだ。大地を砕く程の脚力、それが恐らくこの雑魚の取り柄なのだろう。
輝石と言えどもエクスフィア。そしてエクスフィアは被寄生者の長所をより重点的に強化する。
「だけど、幾ら速かろうがその腕じゃ意味が無い」
先程見た剣の振りがその証拠だ。エクスフィアは素質を伸ばす性質を持つが、決してインスタントに超人を生み出す万能兵器ではない。
素人剣術、況してや手に持つ得物は扱いにくいダブルセイバー。勝負は眼に見えている。
否、想像と現実が見事に絶たれ懸け離れていた。
遥か向こうにいたはずのグリッドが、“既に2m先の所にいた”。
「見逃す気は無いってか……気が合うな。俺もだ、よ!」
グリッドがその一言と共にダブルセイバーを振り下ろす。ミトスが半ば反射的に飛び退いて剣撃を避ける。
しかしダブルセイバーの重量の振り回されたグリッドの体は上手く刃に力を伝えず、スピードが鈍る。
「アワーグラス!?」
数秒時間を止められた、或いは吹き飛ばされたかと一瞬思ったが、ミトスは直ぐにその可能性を否定する。
無詠唱でタイムストップは有り得ない。そしてアワーグラスを使えるならば、穴に落ちる前から使っていたはずだ。
それに、ミトスはこの村の戦いが起こる前より時間停止系の手段には細心の注意を向けている。
ミトスはグリッドの足元から後ろに続く、足跡とは最早呼べない土の隆起を見た。ならばこれは、単純に。
「スピードだと……チャチな真似をする」
「自慢だが足の速さだけは、負けたことはねえッ! 最早音速どころか光速ッ!!」
顔を顰めるミトスと対照的に、グリッドは薄らと笑いながら再び突進する。
まるで牛だな、とミトスはグリッドを見て思った。
不意を撃たれれば確かに尋常ならざる移動に思えたが、こうして初動から意識して見れば何のことはない。
ただ恐ろしく速いだけだ。大地を砕く程の脚力、それが恐らくこの雑魚の取り柄なのだろう。
輝石と言えどもエクスフィア。そしてエクスフィアは被寄生者の長所をより重点的に強化する。
「だけど、幾ら速かろうがその腕じゃ意味が無い」
先程見た剣の振りがその証拠だ。エクスフィアは素質を伸ばす性質を持つが、決してインスタントに超人を生み出す万能兵器ではない。
素人剣術、況してや手に持つ得物は扱いにくいダブルセイバー。勝負は眼に見えている。
グリッドの突進を、今度は見逃す形でミトスは待った。
確実に剣撃を捌いて、素早く頚動脈か気道を裂けばそれで一切に始末がつく。
「甘い!」
しかしミトスの期待は裏切られた。ダブルセイバーの斬撃範囲に入って尚グリッドは構えを取らず突進を続ける。
「しまっ……」
ダブルセイバーを後ろに持ったまま、その体を当てる様に突撃する。
剣撃を待ち構えていたミトスにとってこれは完璧に虚を突かれた形だった。
扱いきれないダブルセイバーで、なおも同じように切り込んで来るなどとどうして思えるのだろうか。
体ごとぶつかるのであれば、剣の腕など関係ないと言わんばかりにグリッドが脇を絞めて右拳を固める。
テレポートが間に合わぬ超接近戦でカウンターのタイミングを逸したミトスに、これを避け切る術は無い。
グリッドの拳は殴るというよりも、背負い投げのように体ごと“投げる”というのが正しいようなフォームだった。
体に蓄えられた速度全てをエネルギーに変えて叩きつけるような渾身の右ストレートを、ミトスは首を回して間一髪威力を去なす。
しかしユグドラシルならばともかくミトスの矮躯では威の全てを捌くことなど出来るはずも無く、退くように数メートル吹き飛んだ。
「見逃す気は無いってのは俺も同意見だ。陰険そうな奴の悪巧みを黙って見過ごすほど、伊達に正義のレンズハンターやってないんでなァ!」
確実に剣撃を捌いて、素早く頚動脈か気道を裂けばそれで一切に始末がつく。
「甘い!」
しかしミトスの期待は裏切られた。ダブルセイバーの斬撃範囲に入って尚グリッドは構えを取らず突進を続ける。
「しまっ……」
ダブルセイバーを後ろに持ったまま、その体を当てる様に突撃する。
剣撃を待ち構えていたミトスにとってこれは完璧に虚を突かれた形だった。
扱いきれないダブルセイバーで、なおも同じように切り込んで来るなどとどうして思えるのだろうか。
体ごとぶつかるのであれば、剣の腕など関係ないと言わんばかりにグリッドが脇を絞めて右拳を固める。
テレポートが間に合わぬ超接近戦でカウンターのタイミングを逸したミトスに、これを避け切る術は無い。
グリッドの拳は殴るというよりも、背負い投げのように体ごと“投げる”というのが正しいようなフォームだった。
体に蓄えられた速度全てをエネルギーに変えて叩きつけるような渾身の右ストレートを、ミトスは首を回して間一髪威力を去なす。
しかしユグドラシルならばともかくミトスの矮躯では威の全てを捌くことなど出来るはずも無く、退くように数メートル吹き飛んだ。
「見逃す気は無いってのは俺も同意見だ。陰険そうな奴の悪巧みを黙って見過ごすほど、伊達に正義のレンズハンターやってないんでなァ!」
「……成程。どういう手品を使ったかは知らないがその羽根、紛れも無く天使と見るしかないか」
手の甲で口を擦り、ミトスは皮肉っぽい調子で言った。
「だけど、真逆天使になっただけで僕に勝てるとでも思ってるわけじゃないよね?」
受身に回ればあの突進は少々面倒だ。距離を潰して攻めようとミトスが剣を構え直す。
「その前に…言っておくことがある」
グリッドが右手を突き出して、手相を見せるように手のひらを広げた。
若干の警戒をしたのか、腰を落としミトスの重心が少し下がる。
手を裏返し、首級を掲げるように拳の甲を見せてグリッドはおどけた。その甲にはべっとりと赤い血がついている。
「いいからさっさと鼻血拭いたらどうだ?
この音速の異名を持ちダブルセイバーを自在に操る高貴なる俺の拳に血が付いてしまったではないか」
ミトスがとっさに鼻に手を当てかけるが、先程顔を拭った手には血が付いていない。
それがあの拳に付けられた血が自分のものではなく、殴った本人が後から自らに付けたものだと発想するまでに二秒を要した。
その二秒間の思考の断線は、グリッドが距離を詰めるのに十分すぎる時間だった。
「お前らの力なんかで、俺の運命簡単に決められると思うな!!」
だが、それでも殴り飛ばすにはグリッドとミトスの間には隔たりが大きすぎる。
グリッドの拳が音と共に空を切る。
「決められるさ。負け犬が馬の骨になった程度で、何かが変わると思う?」
瞬間移動したミトスは既にグリッドの背後に回っていた。
「例え天使になったところで、この経験の差は埋まらないんだよ……瞬迅剣!」
ミトスの鋭利な刺突が無防備なグリッドの背後に襲い掛かる。
その獰猛な一撃は背骨を抉り取ることを可能とする速力だった。
「~~~~ッ!!」
大きな金属音と袋に溜めた水が漏れるような音がした。
無我夢中で動かした後ろ手のダブルセイバーが短剣と交差し、皮膚より数mmの所でミトスの技は危うい均衡の上で止められている。
「チッ……運だけはいいようだな。だが、如何ともし難いこの実力差ではこれが限界。
幾らハードをバージョンアップしようが、それを用いるソフトが腐ってるんじゃ仕方が無い」
手首を捻じ込んでミトスは短剣に力を込めた。皮膚を抜いて肉に刃がかかり、血がにじむ。
「ユアンも莫迦な真似をした。何の心得も無い素人にはそれは過ぎた玩具だ。
どうにも、愚かな性分は歴史を変えようとも変わらないらしい」
ミトスがそういった瞬間、ギリと押し込んだ刃先が逆に押し返される。
「黙れシスコン。あいつの名前を気安く呼ぶなと言わなかったか…・・・それに、これは玩具などではない!」
背中をミトスに向けたままの体勢からグリッドはミトスを睨んだ。眼光は鋭く、しかし表情には笑みが残っている。
手の甲で口を擦り、ミトスは皮肉っぽい調子で言った。
「だけど、真逆天使になっただけで僕に勝てるとでも思ってるわけじゃないよね?」
受身に回ればあの突進は少々面倒だ。距離を潰して攻めようとミトスが剣を構え直す。
「その前に…言っておくことがある」
グリッドが右手を突き出して、手相を見せるように手のひらを広げた。
若干の警戒をしたのか、腰を落としミトスの重心が少し下がる。
手を裏返し、首級を掲げるように拳の甲を見せてグリッドはおどけた。その甲にはべっとりと赤い血がついている。
「いいからさっさと鼻血拭いたらどうだ?
この音速の異名を持ちダブルセイバーを自在に操る高貴なる俺の拳に血が付いてしまったではないか」
ミトスがとっさに鼻に手を当てかけるが、先程顔を拭った手には血が付いていない。
それがあの拳に付けられた血が自分のものではなく、殴った本人が後から自らに付けたものだと発想するまでに二秒を要した。
その二秒間の思考の断線は、グリッドが距離を詰めるのに十分すぎる時間だった。
「お前らの力なんかで、俺の運命簡単に決められると思うな!!」
だが、それでも殴り飛ばすにはグリッドとミトスの間には隔たりが大きすぎる。
グリッドの拳が音と共に空を切る。
「決められるさ。負け犬が馬の骨になった程度で、何かが変わると思う?」
瞬間移動したミトスは既にグリッドの背後に回っていた。
「例え天使になったところで、この経験の差は埋まらないんだよ……瞬迅剣!」
ミトスの鋭利な刺突が無防備なグリッドの背後に襲い掛かる。
その獰猛な一撃は背骨を抉り取ることを可能とする速力だった。
「~~~~ッ!!」
大きな金属音と袋に溜めた水が漏れるような音がした。
無我夢中で動かした後ろ手のダブルセイバーが短剣と交差し、皮膚より数mmの所でミトスの技は危うい均衡の上で止められている。
「チッ……運だけはいいようだな。だが、如何ともし難いこの実力差ではこれが限界。
幾らハードをバージョンアップしようが、それを用いるソフトが腐ってるんじゃ仕方が無い」
手首を捻じ込んでミトスは短剣に力を込めた。皮膚を抜いて肉に刃がかかり、血がにじむ。
「ユアンも莫迦な真似をした。何の心得も無い素人にはそれは過ぎた玩具だ。
どうにも、愚かな性分は歴史を変えようとも変わらないらしい」
ミトスがそういった瞬間、ギリと押し込んだ刃先が逆に押し返される。
「黙れシスコン。あいつの名前を気安く呼ぶなと言わなかったか…・・・それに、これは玩具などではない!」
背中をミトスに向けたままの体勢からグリッドはミトスを睨んだ。眼光は鋭く、しかし表情には笑みが残っている。
「原理は全然分からんが、一つだけ確実に言える。この羽根もこの刃も、“俺達の信念の形”だ。見縊るなよ。
現に俺は現在進行形で、お前に殺される運命を回避し続けてるんだからな。力で出来ることなんて高が知れてるんだよ」
現に俺は現在進行形で、お前に殺される運命を回避し続けてるんだからな。力で出来ることなんて高が知れてるんだよ」
ミトスは目の前の愚者を心底嘲笑するように吐き捨てる。
「信念の形? 笑わせるな。お前が手に入れたものも所詮は、戦争によって戦争のために生み出された下法。
とどのつまり力だ。それを以って力を否定するなど反吐が出る偽善だ」
「…………どっかでやった話だがな、別に力は否定しない。ただ俺は、お前らの力とやらで勝手に型に嵌められるのが心底厭なだけだ。
俺の運命は俺が決める。人の気持ちを勝手に捻じ曲げるようなこの現実<バトルロワイアル>を、俺は認めない。それだけだ」
「大言壮語も此処まで来ると滑稽だな。ユアンの猿真似程度の力では、現実はおろか僕すら止められない」
グリッドの言葉にミトスは頭痛を強めながら噛み付いた。
現実を否定するなどという愚想が、何処かしらに癇に障った。
一体この僕がどれだけの間、現実に苦しんできたと思っている。
それでも足掻いて、有り得ぬ夢を叶える為にどれほどの犠牲を出してきたと思っている。
この僕の行為を、お前如きが否定できるという―――
ミトスはそこで気づいた。何故グリッドは否定できるのか、拮抗できるのか。
現実などと抽象的なものにではない。“ミトスの剣と”である。
剣と剣がぶつかったのは偶然だとしても、この体勢でこれほど支えるなど素人にはとても出来るはずがない。
「ならば俺がその第一号決定!!」
グリッドが空いた手でスナップを利かせながら小瓶を投げる。
咄嗟のことに半ば反射的に短剣でそれを斬る。
切り抜く直前になってその禍々しい暗色からようやくそれが毒であると悟ったミトスは飛び散る液を避け切れないと判断し、
自らが天使であることを失念したまま、瞬間移動で退いた。例え失念していなかったとしても、恐らくは避けざるを得なかったが。
「信念の形? 笑わせるな。お前が手に入れたものも所詮は、戦争によって戦争のために生み出された下法。
とどのつまり力だ。それを以って力を否定するなど反吐が出る偽善だ」
「…………どっかでやった話だがな、別に力は否定しない。ただ俺は、お前らの力とやらで勝手に型に嵌められるのが心底厭なだけだ。
俺の運命は俺が決める。人の気持ちを勝手に捻じ曲げるようなこの現実<バトルロワイアル>を、俺は認めない。それだけだ」
「大言壮語も此処まで来ると滑稽だな。ユアンの猿真似程度の力では、現実はおろか僕すら止められない」
グリッドの言葉にミトスは頭痛を強めながら噛み付いた。
現実を否定するなどという愚想が、何処かしらに癇に障った。
一体この僕がどれだけの間、現実に苦しんできたと思っている。
それでも足掻いて、有り得ぬ夢を叶える為にどれほどの犠牲を出してきたと思っている。
この僕の行為を、お前如きが否定できるという―――
ミトスはそこで気づいた。何故グリッドは否定できるのか、拮抗できるのか。
現実などと抽象的なものにではない。“ミトスの剣と”である。
剣と剣がぶつかったのは偶然だとしても、この体勢でこれほど支えるなど素人にはとても出来るはずがない。
「ならば俺がその第一号決定!!」
グリッドが空いた手でスナップを利かせながら小瓶を投げる。
咄嗟のことに半ば反射的に短剣でそれを斬る。
切り抜く直前になってその禍々しい暗色からようやくそれが毒であると悟ったミトスは飛び散る液を避け切れないと判断し、
自らが天使であることを失念したまま、瞬間移動で退いた。例え失念していなかったとしても、恐らくは避けざるを得なかったが。
毒素が浸み込む大地の上に残ったリヴァヴィウス鉱を懐に入れたグリッドは再び剣を構え直す。
「甘く見ると後悔するぞ。俺はユアンには成れないが、ユアンの生き様はここにある。たとえ模倣だろうとアイツが残した力だ」
グリッドの輝石が一見では気づけないほど淡く輝いたのをミトスは見逃さなかった。
4度突進し、グリッドは剣を振り翳す。突進からの剣拳二択ではなく、最初から剣撃モーション。
ミトスが一歩踏み込んで応戦の構えを取る。初手の鈍ら剣術から判断すれば、それが一番賢い手に見えた。
だが先程の変則鍔迫り合いを脳裏が思い出し、名状しがたい悪寒に晒されたミトスは半歩下がって守勢の構えに切り替えた。
甲高い音が劈くように鳴り響く。
(やっぱり…さっきの防御も、途中から鋭くなってたのは…偶然じゃない)
グリッドの袈裟斬りがミトスの短剣を弾く。その鋭さは先程までの比ではなかった。
(こいつ……この攻撃モーションは紛れも無く…ユアンの)
その振り抜きの円運動を保ったまま、回し蹴りをミトスに浴びせる。
脇腹を掠めただけでも、エクスフィアで強化された脚力は凄まじい。
(真逆……ユアンの技術を、模倣しきってる!?)
そしてそのまま一回転したときには、縦斬りの体勢がグリッドの中で整っていた。
弾かれていた短剣を引き寄せてミトスは刀身に手を合わせ、盾としてその三撃目を辛うじて食い止める。
「そういうことか……エクスフィアによる宿主への寄生、乗っ取り。
天使の座だけでは足らずその四千年の経験をもこの劣悪種に残したのか、あいつは」
素体が虚偽により人生を構築してきた男だからか、
土台となったエクスフィアが想い出だけで魔神拳を可能足らしめる異質のエクスフィアだからか、
それら全てを知らないミトスには全容こそは掴めずとも本質はそれだと悟った。
四大天使ならば、適当な器に寄生しその体を操ることも不可能ではないのだから。
アトワイトとコレットのような完全なる隷属ではなく、同調と呼ぶべき寄生形態。有り得ない話ではない。
「甘く見ると後悔するぞ。俺はユアンには成れないが、ユアンの生き様はここにある。たとえ模倣だろうとアイツが残した力だ」
グリッドの輝石が一見では気づけないほど淡く輝いたのをミトスは見逃さなかった。
4度突進し、グリッドは剣を振り翳す。突進からの剣拳二択ではなく、最初から剣撃モーション。
ミトスが一歩踏み込んで応戦の構えを取る。初手の鈍ら剣術から判断すれば、それが一番賢い手に見えた。
だが先程の変則鍔迫り合いを脳裏が思い出し、名状しがたい悪寒に晒されたミトスは半歩下がって守勢の構えに切り替えた。
甲高い音が劈くように鳴り響く。
(やっぱり…さっきの防御も、途中から鋭くなってたのは…偶然じゃない)
グリッドの袈裟斬りがミトスの短剣を弾く。その鋭さは先程までの比ではなかった。
(こいつ……この攻撃モーションは紛れも無く…ユアンの)
その振り抜きの円運動を保ったまま、回し蹴りをミトスに浴びせる。
脇腹を掠めただけでも、エクスフィアで強化された脚力は凄まじい。
(真逆……ユアンの技術を、模倣しきってる!?)
そしてそのまま一回転したときには、縦斬りの体勢がグリッドの中で整っていた。
弾かれていた短剣を引き寄せてミトスは刀身に手を合わせ、盾としてその三撃目を辛うじて食い止める。
「そういうことか……エクスフィアによる宿主への寄生、乗っ取り。
天使の座だけでは足らずその四千年の経験をもこの劣悪種に残したのか、あいつは」
素体が虚偽により人生を構築してきた男だからか、
土台となったエクスフィアが想い出だけで魔神拳を可能足らしめる異質のエクスフィアだからか、
それら全てを知らないミトスには全容こそは掴めずとも本質はそれだと悟った。
四大天使ならば、適当な器に寄生しその体を操ることも不可能ではないのだから。
アトワイトとコレットのような完全なる隷属ではなく、同調と呼ぶべき寄生形態。有り得ない話ではない。
ミトスは焦れた様に舌打ちをした。
(まだ詠唱は七割……これ以上小細工で時間を潰されるわけには往かない。さっさと潰したいが……)
ミトスは内心で歯噛みした。多少足が速いだけで、総合的に見ればグリッドは弱い。
この勝負は数値的に見れば圧倒的にミトスが優位な出来レースだ。
しかし目の前の劣悪種がユアンの技法を得ているとなると、始末が難しい。
ジャッジメントを控え魔術を碌に使えない上、二刀が無い今受け流すことは出来ても反撃に転じるのは骨だ。
唯でさえ時間が無いというのに、目の前の雑魚は雑魚ではあるが小骨が多い。一口で食うには手間だ。
「だけど失策だね。過ぎた力は身を滅ぼす。ユアンの技能全てを継承するには、お前というOSは余りにも虚弱だ」
その言葉をミトスが言うと同じくしてグリッドの鼻から血が流れる。グリッドは黙って鼻を啜った。
グリッドの様を見てミトスが満足そうに言う。
「基本モーションだけでそれだ。四千年と二十数年かそこらの容量、混ぜればどうなるか予想も付かないぞ?」
グリッドはそれでも黙ってダブルセイバーを握り直した。
「まあ、それで留めて置くのが正解だ。どの道ハーフエルフでもなく魔導注入もされていないお前じゃ魔術は使えない。
そもそもの前提からして、お前がユアンの術剣技を模倣するには無理がある。
現実を受け入れろ、劣悪種。背伸びをしても人は神には成れないんだから」
ミトスの言葉に一瞬グリッドは怯えたように震え、そしてそれを収めてから言った。
「じゃあその現実、否定してみせようかい……それに、俺は最初から神様以上だ!」
大喝と同時にグリッドが剣を弾く。
足首を回転させて遠心力を生み、攻撃モーションを作る。
ミトスはスタンスを大きく広げて一瞬屈み、先手を取ろうと一気に間合いを詰めた。
相手取るのがユアンの斬撃ならば、カウンターなどと甘いことを考えるわけにはいかない。
ダブルセイバーと短剣ではリーチに差があり過ぎる中で先手を取るには、こちらから呵成に攻めるしかない。
斬撃有効圏ギリギリから、一気に加速して仕留めようとミトスが思った時だった。
グリッドが左拳をミトスのほうに向ける。その指にはソーサラーリングが嵌っていた。
(何かと思えば……その手はもう見ている)
ミトスはグリッドを穴に落とすときに一矢報いられたことを思い出して目を細める。
しかし速度は落とさずに切り込みを続ける。手の内が知れている以上、ソーサラーリングは所詮小細工だ。
「と、思うからダメダメなんだよ!」
放たれた球体を見てミトスは驚愕に目を見開いた。
(火球じゃない……雷球だと!?)
ミトスの予想を裏切り、装飾部分より放たれたのは通常の炎ではなく、帯電した雷の球だった。
何時の間に性質を変えていたというのか? 一体どこで電気を補充したのか…!!
その疑問に思い至ったとき、ミトスはグリッドが現れたときのことを思い出した。
(まだ詠唱は七割……これ以上小細工で時間を潰されるわけには往かない。さっさと潰したいが……)
ミトスは内心で歯噛みした。多少足が速いだけで、総合的に見ればグリッドは弱い。
この勝負は数値的に見れば圧倒的にミトスが優位な出来レースだ。
しかし目の前の劣悪種がユアンの技法を得ているとなると、始末が難しい。
ジャッジメントを控え魔術を碌に使えない上、二刀が無い今受け流すことは出来ても反撃に転じるのは骨だ。
唯でさえ時間が無いというのに、目の前の雑魚は雑魚ではあるが小骨が多い。一口で食うには手間だ。
「だけど失策だね。過ぎた力は身を滅ぼす。ユアンの技能全てを継承するには、お前というOSは余りにも虚弱だ」
その言葉をミトスが言うと同じくしてグリッドの鼻から血が流れる。グリッドは黙って鼻を啜った。
グリッドの様を見てミトスが満足そうに言う。
「基本モーションだけでそれだ。四千年と二十数年かそこらの容量、混ぜればどうなるか予想も付かないぞ?」
グリッドはそれでも黙ってダブルセイバーを握り直した。
「まあ、それで留めて置くのが正解だ。どの道ハーフエルフでもなく魔導注入もされていないお前じゃ魔術は使えない。
そもそもの前提からして、お前がユアンの術剣技を模倣するには無理がある。
現実を受け入れろ、劣悪種。背伸びをしても人は神には成れないんだから」
ミトスの言葉に一瞬グリッドは怯えたように震え、そしてそれを収めてから言った。
「じゃあその現実、否定してみせようかい……それに、俺は最初から神様以上だ!」
大喝と同時にグリッドが剣を弾く。
足首を回転させて遠心力を生み、攻撃モーションを作る。
ミトスはスタンスを大きく広げて一瞬屈み、先手を取ろうと一気に間合いを詰めた。
相手取るのがユアンの斬撃ならば、カウンターなどと甘いことを考えるわけにはいかない。
ダブルセイバーと短剣ではリーチに差があり過ぎる中で先手を取るには、こちらから呵成に攻めるしかない。
斬撃有効圏ギリギリから、一気に加速して仕留めようとミトスが思った時だった。
グリッドが左拳をミトスのほうに向ける。その指にはソーサラーリングが嵌っていた。
(何かと思えば……その手はもう見ている)
ミトスはグリッドを穴に落とすときに一矢報いられたことを思い出して目を細める。
しかし速度は落とさずに切り込みを続ける。手の内が知れている以上、ソーサラーリングは所詮小細工だ。
「と、思うからダメダメなんだよ!」
放たれた球体を見てミトスは驚愕に目を見開いた。
(火球じゃない……雷球だと!?)
ミトスの予想を裏切り、装飾部分より放たれたのは通常の炎ではなく、帯電した雷の球だった。
何時の間に性質を変えていたというのか? 一体どこで電気を補充したのか…!!
その疑問に思い至ったとき、ミトスはグリッドが現れたときのことを思い出した。
最初に当てたライトニング、半分は帯電して、“もう半分は何処に消えた”?
「自分で考えて悩んで苦しんで、それで出た答えなら例え間違いだろう別に関係ない!!
その自由を邪魔する何か、そいつを俺は叩いて砕く。ミクトランなんてもう知ったことか。
俺が否定する敵は、この捩れた現実<バトルロワイアル>唯一つ! これが俺の選んだ道だ!」
解答にいたる過程を得たときには、既にグリッドが突進を始めていた。
土を掻き分けるようにして雷球に追いつく。
グリッドが渾身のパンチを打ち込むように、剣を前に突き出した。
(突き!? いやこれは)
ミトスが間髪で避ける。しかし、その剣先には雷球が貫かれていた。
その自由を邪魔する何か、そいつを俺は叩いて砕く。ミクトランなんてもう知ったことか。
俺が否定する敵は、この捩れた現実<バトルロワイアル>唯一つ! これが俺の選んだ道だ!」
解答にいたる過程を得たときには、既にグリッドが突進を始めていた。
土を掻き分けるようにして雷球に追いつく。
グリッドが渾身のパンチを打ち込むように、剣を前に突き出した。
(突き!? いやこれは)
ミトスが間髪で避ける。しかし、その剣先には雷球が貫かれていた。
「分かったら退いてしまえ! グリッド様の御通りだッ、瞬雷剣!!」
「ッッッ!!!!!!!」
帯電した電気が刃を通ってミトスの体内に侵入する。
外部からの電気信号に筋肉が勝手に痙攣を起こし、既に役目を終えている血液が沸騰する錯覚を覚える。
リアルタイムで麻痺していく中で、ミトスは世界を呪う様に歯軋りをした。
「儀式解凍…………そのまま、強制起動開始」
何が悩んで苦しんで、だ。答えが出ればそれでその悩み苦しみが解放されるとでも思うのか。
本当の苦しみは答えを出した後にこそ訪れるのだ。常に過去の自分を現在の自分が批判し続ける責め苦。
――――――――輝く御名の下
「もうまどろっこしいこと終わりだ。先に用事を済ませてから全力で葬る」
しかし過去は変えられず、その解答が正しかったかどうかの証明は未来にしかない。
その一歩だったのだ。後一歩でその未来に辿り着けるのだ。
――――――――地を這う穢れし魂に
「安心しろ……お前も直ぐにロイド達の所に送ってやるよ」
マーテルさえ甦れば、姉さまさえ戻ってきてくれれば、ありとあらゆる過去の自分が悩み続けた責め苦も終わる。
正しかったのだと、僕は間違ってなかったと、よく頑張ったと、
姉さまが言ってくれればただそれだけでこの地獄のような四千年が報われるのだ。
――――――――裁きの光を雨と降らせん
「お前らなんかに邪魔をさせるか……道を退くのはお前の方だよ、劣悪種」
それが、こんな薄っぺらい信念などに道を譲れ、だと? ふざけるにも程が在る。
――――――――安息に眠れ、罪深き者よ
お前のような災厄の奇跡は、必ず後で禍根を残す。故に、今此処で死ねよ罪人。
「ッッッ!!!!!!!」
帯電した電気が刃を通ってミトスの体内に侵入する。
外部からの電気信号に筋肉が勝手に痙攣を起こし、既に役目を終えている血液が沸騰する錯覚を覚える。
リアルタイムで麻痺していく中で、ミトスは世界を呪う様に歯軋りをした。
「儀式解凍…………そのまま、強制起動開始」
何が悩んで苦しんで、だ。答えが出ればそれでその悩み苦しみが解放されるとでも思うのか。
本当の苦しみは答えを出した後にこそ訪れるのだ。常に過去の自分を現在の自分が批判し続ける責め苦。
――――――――輝く御名の下
「もうまどろっこしいこと終わりだ。先に用事を済ませてから全力で葬る」
しかし過去は変えられず、その解答が正しかったかどうかの証明は未来にしかない。
その一歩だったのだ。後一歩でその未来に辿り着けるのだ。
――――――――地を這う穢れし魂に
「安心しろ……お前も直ぐにロイド達の所に送ってやるよ」
マーテルさえ甦れば、姉さまさえ戻ってきてくれれば、ありとあらゆる過去の自分が悩み続けた責め苦も終わる。
正しかったのだと、僕は間違ってなかったと、よく頑張ったと、
姉さまが言ってくれればただそれだけでこの地獄のような四千年が報われるのだ。
――――――――裁きの光を雨と降らせん
「お前らなんかに邪魔をさせるか……道を退くのはお前の方だよ、劣悪種」
それが、こんな薄っぺらい信念などに道を譲れ、だと? ふざけるにも程が在る。
――――――――安息に眠れ、罪深き者よ
お前のような災厄の奇跡は、必ず後で禍根を残す。故に、今此処で死ねよ罪人。
「さよなら――――――――ジャッジメント!!」
左指を打ち鳴らし、今まで構築してきた儀式をミトスは全て開放する。
白き霧の村、その全てを魔力の闇黒が包みこんだ。その黒を打ち破りより強大な白が舞い降りる。
否、輝きそのものが威力となって降り注ぐ。
その光が地上の鏡面へと届き、鏡はそれを定められた屈折によって光を散らす。
東西南北遍く散光は行き渡り、地表の穢れた咎を全て駆逐せんと駆け巡る。
乱反射によって満たされた地上と、天を貫くような光の柱。
焼ける土、崩れ落ちる脆い木造壁面、火が回った一部の木々。霧は既に跡形も無く散った。
それはまるで、遠からず枯渇することを定められた神に見放された土地のよう。
光が降り注いでいるはずなのに、まるで光が天に昇っていくかのような異様の極致たる光景だった。
白き霧の村、その全てを魔力の闇黒が包みこんだ。その黒を打ち破りより強大な白が舞い降りる。
否、輝きそのものが威力となって降り注ぐ。
その光が地上の鏡面へと届き、鏡はそれを定められた屈折によって光を散らす。
東西南北遍く散光は行き渡り、地表の穢れた咎を全て駆逐せんと駆け巡る。
乱反射によって満たされた地上と、天を貫くような光の柱。
焼ける土、崩れ落ちる脆い木造壁面、火が回った一部の木々。霧は既に跡形も無く散った。
それはまるで、遠からず枯渇することを定められた神に見放された土地のよう。
光が降り注いでいるはずなのに、まるで光が天に昇っていくかのような異様の極致たる光景だった。
「は、ハハ、アハハハハハハハハハ!!!!!!!!」
その光景を自分が引き起こしたことがまるで世界の全てを支配できたかのように思えるほどの征服感を以って、ミトスは高笑いをする。
そうだ、奇跡など何を恐れることがあろうか。流れなど腕ずくで引っ張ってしまえばいい。
こんなに簡単に引っ繰り返る程世界は脆いのだから。
七割五分しか構築できていなかったものの、混乱を引き起こすには十分だ。
アトワイトはその程度には信頼できるし、別にこの村を焦土にしたい訳じゃないのだから。
全力で撃って灰に変えてしまってもよかったか、と想像するほどの狂気を携えてミトスは光が止みかけた世界で目を凝らした。
これで気兼ね無く術を撃てる。お望み通り、僕の道から消し飛ばしてやろうじゃないか。
「悪かったなあ…続きを始めようじゃないか……って」
振り向いたその場で、ミトスの目が狼狽して泳いだ。
発動前とは打って変わって全体的に荒廃しているが、建物やオブジェクトの位置はそう変わっていない。
だが、その中で一つの要素だけが欠如していた。生きた人間が、その風景画から消え失せていた。
ミトスはあちらこちらを振り向いて当たりをがむしゃらに警戒する。
あの劣悪種は奇襲が大好きのようだから、何処かから機を伺っているはずだ。
ミトスはそうして目を瞑り、耳を澄ます。
所詮は素人、上手く隠れたつもりでも何れは何処かに音を放つだろう。
そこを逆に喰らい付いて、徹底的に逆襲してお仕舞いだ。
そうして直ぐにミトスは音を拾う。
(何だ? ドカドカ煩い足音だな……小さくなってる? こちらから、離れるように……!?)
その内容を考えてミトスが愕然、というよりは落胆に近いような気分を覚えざるを得なかった。
推測を言い聞かせて自分で確かめるかのように、ミトスは言葉を紡ぐ。
そうだ、奇跡など何を恐れることがあろうか。流れなど腕ずくで引っ張ってしまえばいい。
こんなに簡単に引っ繰り返る程世界は脆いのだから。
七割五分しか構築できていなかったものの、混乱を引き起こすには十分だ。
アトワイトはその程度には信頼できるし、別にこの村を焦土にしたい訳じゃないのだから。
全力で撃って灰に変えてしまってもよかったか、と想像するほどの狂気を携えてミトスは光が止みかけた世界で目を凝らした。
これで気兼ね無く術を撃てる。お望み通り、僕の道から消し飛ばしてやろうじゃないか。
「悪かったなあ…続きを始めようじゃないか……って」
振り向いたその場で、ミトスの目が狼狽して泳いだ。
発動前とは打って変わって全体的に荒廃しているが、建物やオブジェクトの位置はそう変わっていない。
だが、その中で一つの要素だけが欠如していた。生きた人間が、その風景画から消え失せていた。
ミトスはあちらこちらを振り向いて当たりをがむしゃらに警戒する。
あの劣悪種は奇襲が大好きのようだから、何処かから機を伺っているはずだ。
ミトスはそうして目を瞑り、耳を澄ます。
所詮は素人、上手く隠れたつもりでも何れは何処かに音を放つだろう。
そこを逆に喰らい付いて、徹底的に逆襲してお仕舞いだ。
そうして直ぐにミトスは音を拾う。
(何だ? ドカドカ煩い足音だな……小さくなってる? こちらから、離れるように……!?)
その内容を考えてミトスが愕然、というよりは落胆に近いような気分を覚えざるを得なかった。
推測を言い聞かせて自分で確かめるかのように、ミトスは言葉を紡ぐ。
「まさか……逃げ出すなんて、そんなの……」
在り得るのか、という言葉をミトスは辛うじて飲み込む。
無い、などという法はこのバトルロワイアルでは存在しない。
そして、ミトスとグリッドの戦力差は歴然としていることは、先程から自分自身が認めていた。
なればこそグリッド側からしてみれば逃げて当然の戦いなのだ。
在り得るのか、という言葉をミトスは辛うじて飲み込む。
無い、などという法はこのバトルロワイアルでは存在しない。
そして、ミトスとグリッドの戦力差は歴然としていることは、先程から自分自身が認めていた。
なればこそグリッド側からしてみれば逃げて当然の戦いなのだ。
―――――――じゃあその現実、否定してみせようかい。
グリッドの勝利条件は、最初から生き延びて死を否定することだ。
見逃さないとは言ったが、ミトスを倒すとは言っていない。
「最初から、逃げることが狙いだったのか……僕が油断して確実に逃げられる一点を待って!!」
ミトスとグリッドの実力差では唯逃げるだけでは、逃げられない。其処かで確実に捕まってしまう。
だからこそ、グリッドは持てる限りの全力で戦ってミトスをその気にさせたのだ。
その思考から逃亡の一択が完全に消し飛ぶその瞬間を、唯ひたすら耐え抜いた。
そしてあのジャッジメントを、恐怖で足が竦むよりも先に逃亡の好機と捉えたのか。
ミトスはグリッドが逃げたと思しき西に向かって意識を集中する。
既に距離は大分離され、しかも妙にグリッドの気配を掴みにくい。
恐らくはマジックミストかそれに準ずる逃亡補助のアイテムを持っているのだろう。
見逃さないとは言ったが、ミトスを倒すとは言っていない。
「最初から、逃げることが狙いだったのか……僕が油断して確実に逃げられる一点を待って!!」
ミトスとグリッドの実力差では唯逃げるだけでは、逃げられない。其処かで確実に捕まってしまう。
だからこそ、グリッドは持てる限りの全力で戦ってミトスをその気にさせたのだ。
その思考から逃亡の一択が完全に消し飛ぶその瞬間を、唯ひたすら耐え抜いた。
そしてあのジャッジメントを、恐怖で足が竦むよりも先に逃亡の好機と捉えたのか。
ミトスはグリッドが逃げたと思しき西に向かって意識を集中する。
既に距離は大分離され、しかも妙にグリッドの気配を掴みにくい。
恐らくはマジックミストかそれに準ずる逃亡補助のアイテムを持っているのだろう。
詐術に引っかかってしまった怒りの余り無理にでも追撃したい衝動に駆られるが、
大型のジャッジメントを放った疲れはその気負いだけでは無視することが出来ないほどの大きさだった。
それに、ミトスが西に出てしまえばジャッジメントの意味が無くなってしまう。それだけは避けるべきだ。
「……今更何が出来る。もう遅い。既に流れは僕の下に戻ったんだ」
悪態を付いてミトスは北を向き、遠くに高く聳える鐘楼を向いた。
「帰ろう……帰って、休まないと」
グリッドを始末できなかったことに際してか、再び頭痛を意識し始めたミトスは頭を片手で抑えながらよろめく様に歩き出した。
帰って、それで姉さまを、姉さまと一緒に……
大型のジャッジメントを放った疲れはその気負いだけでは無視することが出来ないほどの大きさだった。
それに、ミトスが西に出てしまえばジャッジメントの意味が無くなってしまう。それだけは避けるべきだ。
「……今更何が出来る。もう遅い。既に流れは僕の下に戻ったんだ」
悪態を付いてミトスは北を向き、遠くに高く聳える鐘楼を向いた。
「帰ろう……帰って、休まないと」
グリッドを始末できなかったことに際してか、再び頭痛を意識し始めたミトスは頭を片手で抑えながらよろめく様に歩き出した。
帰って、それで姉さまを、姉さまと一緒に……
「帰る……? 何処に? ……どうやって……?」
グリッドと出会う直前に浮かんだ最悪の妄想が吹き返す。
ミトスの投げかけた言葉は、虚空に浮かんで直ぐに泡沫と消えた。
その問いに答えられる神など、今しがた葬ったこの場所にいるはずもない。
ミトスの投げかけた言葉は、虚空に浮かんで直ぐに泡沫と消えた。
その問いに答えられる神など、今しがた葬ったこの場所にいるはずもない。
グリッドは全速力で走りながら心臓に手を当てて鼓動を聞いていた。
天使となったその心臓は実際的には動いていないのだが、それでも動いているのではないかと錯覚するほどに神経が高ぶっている。
「生き延びた……生き延びたぞ俺!!」
あの悪魔のような子供から逃げ切ることが出来ただけで、それはグリッドにとって勝利よりも尊いものだった。
まだ抗える。まだ何も終わってはいないことを心より実感できる。
団員が心の中でまだ自分を支えてくれているような気がして、グリッドは涙があふれた。
但しそれは感動を端にした美しい涙などではなく、眼球と骨の間から漏れ出す血涙だった。
グリッドは無言でそれを拭き、言い聞かせるように言う。
「ビビるな……こんなもん、全然大丈夫だ。怖くなんて無い……こんなもん…こんなもん!!」
一頻り血が治まってから、グリッドは面を上げて西を向く。
軽度の破壊の爪跡が万遍無く村中を駆け巡っている中で、グリッドは行動を考える。
バトルロワイアルを否定する。口では簡単に言えるが、どうすればそれが可能なのか、
或いはどういう状況になればそれが否定したといえるのか、その明確なヴィジョンが立たない。
しかしグリッドは悩む前に答えを決めた。自分ひとりで考えたところでどうしようもない。
「最初はロイドだ。とりあえずこの要の紋を帰して、その後決めよう。
どいつもこいつも勝手な行動ばかりで、このグリッドがいなければ何も纏まらんからな!!」
仲間をもう一度集めればきっと打開策は見つかるはずだ。
そう思うと同時に、つい先程キールやメルディに拒絶されたことを思い出して腹の中に苦いものを感じた。
それを癒すようにグリッドは懐に入れたリヴァヴィウス鉱のずっしりとした質感を服の上から確かめる。
この石と同じだ。黒い物を黒いと割り切るだけじゃその中に或る白いものを見逃してしまう。
死に際だろうが現実だろうが極限だろうが、それは見逃してはならないのだ。
まだ、全てを拒絶するには俺は余りにも物を知らなさ過ぎる。方針なんて立てる理由も必要もない。
“まずは好き勝手にやることが大事だ”。
そう吹っ切った烏は、風を抜けてこの現実を走り抜ける。
天使となったその心臓は実際的には動いていないのだが、それでも動いているのではないかと錯覚するほどに神経が高ぶっている。
「生き延びた……生き延びたぞ俺!!」
あの悪魔のような子供から逃げ切ることが出来ただけで、それはグリッドにとって勝利よりも尊いものだった。
まだ抗える。まだ何も終わってはいないことを心より実感できる。
団員が心の中でまだ自分を支えてくれているような気がして、グリッドは涙があふれた。
但しそれは感動を端にした美しい涙などではなく、眼球と骨の間から漏れ出す血涙だった。
グリッドは無言でそれを拭き、言い聞かせるように言う。
「ビビるな……こんなもん、全然大丈夫だ。怖くなんて無い……こんなもん…こんなもん!!」
一頻り血が治まってから、グリッドは面を上げて西を向く。
軽度の破壊の爪跡が万遍無く村中を駆け巡っている中で、グリッドは行動を考える。
バトルロワイアルを否定する。口では簡単に言えるが、どうすればそれが可能なのか、
或いはどういう状況になればそれが否定したといえるのか、その明確なヴィジョンが立たない。
しかしグリッドは悩む前に答えを決めた。自分ひとりで考えたところでどうしようもない。
「最初はロイドだ。とりあえずこの要の紋を帰して、その後決めよう。
どいつもこいつも勝手な行動ばかりで、このグリッドがいなければ何も纏まらんからな!!」
仲間をもう一度集めればきっと打開策は見つかるはずだ。
そう思うと同時に、つい先程キールやメルディに拒絶されたことを思い出して腹の中に苦いものを感じた。
それを癒すようにグリッドは懐に入れたリヴァヴィウス鉱のずっしりとした質感を服の上から確かめる。
この石と同じだ。黒い物を黒いと割り切るだけじゃその中に或る白いものを見逃してしまう。
死に際だろうが現実だろうが極限だろうが、それは見逃してはならないのだ。
まだ、全てを拒絶するには俺は余りにも物を知らなさ過ぎる。方針なんて立てる理由も必要もない。
“まずは好き勝手にやることが大事だ”。
そう吹っ切った烏は、風を抜けてこの現実を走り抜ける。
「じゃあ……行って来るぞ!!」
その先に、求める自分があると信じて。
【ミトス=ユグドラシル@ミトス 生存確認】
状態:HP95% TP40% 拡声器に関する推測への恐怖 状況が崩れた事への怒り 大きな不安 タイムロスが気になる 若干の痺れ
ミントの存在による思考のエラー グリッドが気に入らない 左頬に軽度火傷 精神的疲労
所持品(サック未所持):ミスティシンボル 邪剣ファフニール ダオスのマント 地図(鏡の位置が記述済み)
基本行動方針:マーテルを蘇生させる
第一行動方針:鐘楼台に帰還する
第二行動方針:最高のタイミングで横合いから思い切り殴りつけて魔剣を奪い儀式遂行
第三行動方針:蘇生失敗の時は皆殺し(ただしミクトランの優勝賞品はあてにしない)
現在位置:C3村南東地区→C3村東地区・鐘楼台
状態:HP95% TP40% 拡声器に関する推測への恐怖 状況が崩れた事への怒り 大きな不安 タイムロスが気になる 若干の痺れ
ミントの存在による思考のエラー グリッドが気に入らない 左頬に軽度火傷 精神的疲労
所持品(サック未所持):ミスティシンボル 邪剣ファフニール ダオスのマント 地図(鏡の位置が記述済み)
基本行動方針:マーテルを蘇生させる
第一行動方針:鐘楼台に帰還する
第二行動方針:最高のタイミングで横合いから思い切り殴りつけて魔剣を奪い儀式遂行
第三行動方針:蘇生失敗の時は皆殺し(ただしミクトランの優勝賞品はあてにしない)
現在位置:C3村南東地区→C3村東地区・鐘楼台
【グリッド 生存確認】
状態:HP25% TP95% プリムラ・ユアンのサック所持 天使化
左脇腹から胸に掛けて中裂傷 右腹部貫通 左太股貫通 右手小指骨折 全身に裂傷及び打撲
習得スキル:『通常攻撃三連』『瞬雷剣』(要雷属性アイテム)
所持品:リーダー用漆黒の翼のバッジ 漆黒の輝石 ダブルセイバー 要の紋@コレット
ソーサラーリング@雷属性モード リバヴィウス鉱 マジックミスト
基本行動方針:バトルロワイアルを否定する
第一行動方針:ロイドにコレットの要の紋を返す
第二行動方針:仲間をもう一度集める
現在位置:C3村南東地区→C3村西地区
状態:HP25% TP95% プリムラ・ユアンのサック所持 天使化
左脇腹から胸に掛けて中裂傷 右腹部貫通 左太股貫通 右手小指骨折 全身に裂傷及び打撲
習得スキル:『通常攻撃三連』『瞬雷剣』(要雷属性アイテム)
所持品:リーダー用漆黒の翼のバッジ 漆黒の輝石 ダブルセイバー 要の紋@コレット
ソーサラーリング@雷属性モード リバヴィウス鉱 マジックミスト
基本行動方針:バトルロワイアルを否定する
第一行動方針:ロイドにコレットの要の紋を返す
第二行動方針:仲間をもう一度集める
現在位置:C3村南東地区→C3村西地区
【ルール追加:グリッドの戦闘スキルについて】
- グリッドは天使化しましたが、あくまでも肉体的にそこそこ強くなっただけで技能的には今まで通りです。
- ど素人のグリッドはネルフェスエクスフィアとユアンの輝石から生まれた漆黒の輝石よりユアンの戦闘スキルを引き出せます。
- 引き出せるのは『ユアン用剣技』及び『雷属性魔術』の二種類。但し、習得は系統順列を守ること。
- ユアンはPCキャラではないのでT・Sの系統は無視できます。
- 引き出せるのはあくまで技術です。アイオニトスの無いグリッドは通常、術を行使できません。
- ステータスはあくまでグリッド準拠。天使化したからって調子に乗るなよ。
- 引き出せるのは一度に一回。引き出し時に『対価』を支払って下さい。
Ex:AnswerⅣ -?-
或る神話に曰く、それはある神に魔術師より与えられた一振り。
その剣は抜こうと思うだけでひとりでに鞘から抜け、持ち主に収まるという。
また敵に向かって投げれば剣自らが敵を倒し、手元に戻ってくる。
さらに、その剣によってつけられた傷は治癒されない。
返す一撃でどんな鎧や武器でも貫き通す魔の十字剣、その名を魔剣フラガラッハ。別名―――――――
その剣は抜こうと思うだけでひとりでに鞘から抜け、持ち主に収まるという。
また敵に向かって投げれば剣自らが敵を倒し、手元に戻ってくる。
さらに、その剣によってつけられた傷は治癒されない。
返す一撃でどんな鎧や武器でも貫き通す魔の十字剣、その名を魔剣フラガラッハ。別名―――――――
「魔剣アンサラー(Answerer)……『回答者』か。まるでお前のようだな、グリッド」
ユアンはそんな下らないことを思い出しながらクスリと笑った。
別に後より出でて先に立つ訳でも、空間の断層が生み出す超鋭利な刃を生み出せる訳でもない。
持たざる者故に自らは何も生み出せないが、誰かがいればそれに応じ、問いがあればそれに答え、そして途方も無い力を発揮する。
まるで触媒のような男だ。単体では無意味だが、そこに誰かがま交われば何かが変わると期待したくなる。
別に後より出でて先に立つ訳でも、空間の断層が生み出す超鋭利な刃を生み出せる訳でもない。
持たざる者故に自らは何も生み出せないが、誰かがいればそれに応じ、問いがあればそれに答え、そして途方も無い力を発揮する。
まるで触媒のような男だ。単体では無意味だが、そこに誰かがま交われば何かが変わると期待したくなる。
「そんな奴に……どうやら随分と手酷く叩きのめされたようだな、餓鬼」
振り向いたユアンの先には蹲った少女がいた。金の髪が吹き抜ける風にふわりと揺れる。
「ちょっとドジっただけです。あと、私にはシャーリィって名前があります。今度ガキっていったら……」
「言ったらどうする? 小娘」
鼻を鳴らすユアンを見上げて、シャーリィは頬を赤く膨らませたが暫く時間を置いてゆっくりと気を沈めた。
「…………今度にします」
「剣呑剣呑。少しは成長した…というよりは、成長していたことを思い出したか」
シャーリィは足を抱えたまま上を見上げる。何処までも遠く青い空。海のように澄んだ世界。
思えば、こうして空を見上げるゆとりも無かったような気がする。
「勝てると思ってます? 正直、あんまり期待しないほうがいいですよ」
何とはなしにシャーリィはユアンに言った。悪意は無く、単純に話を繋ぐ為である。
もうじき此処は溶けて無くなるとユアンは言った。部屋を…エクスフィアの構造を組み直すらしい。
シャーリィも、そしてユアンも自我という境界線を無くし溶けてしまうのだろう。そして終わる。
振り向いたユアンの先には蹲った少女がいた。金の髪が吹き抜ける風にふわりと揺れる。
「ちょっとドジっただけです。あと、私にはシャーリィって名前があります。今度ガキっていったら……」
「言ったらどうする? 小娘」
鼻を鳴らすユアンを見上げて、シャーリィは頬を赤く膨らませたが暫く時間を置いてゆっくりと気を沈めた。
「…………今度にします」
「剣呑剣呑。少しは成長した…というよりは、成長していたことを思い出したか」
シャーリィは足を抱えたまま上を見上げる。何処までも遠く青い空。海のように澄んだ世界。
思えば、こうして空を見上げるゆとりも無かったような気がする。
「勝てると思ってます? 正直、あんまり期待しないほうがいいですよ」
何とはなしにシャーリィはユアンに言った。悪意は無く、単純に話を繋ぐ為である。
もうじき此処は溶けて無くなるとユアンは言った。部屋を…エクスフィアの構造を組み直すらしい。
シャーリィも、そしてユアンも自我という境界線を無くし溶けてしまうのだろう。そして終わる。
「まともな勝負ならアイツに賭ける気はしない。だが、“まともな勝負じゃなかったら”話は変わる」
え、とシャーリィはユアンを見返した。ユアンは色々考え込んだ風に真面目な表情を作っている。
「矢張り…普通のエクスフィアだ。少なくとも最初は、唯のエクスフィアだったはずだ。
……おい、小娘。お前に支給されたのは確かにエクスフィアなんだな?」
シャーリィは黙って頷く。紛れも無くその石こそが彼女に渡された悪魔のチケットだ。
「ならば何故要の紋が無い……正気とは思えん。これでは本来の使い方で使うことができんではないか。
まるで最初からエクスフィギュアにしたかったとしか考えられない。これの説明書は無かったのか? 支給品には付いているはずだ」
シャーリィは頭を振って否定した。ユアンは頭に指を当てて考え込む。
最初から無かった。こんな危険なものを何故説明書も無しに?
否、それでは更に意味が分からない。説明書でもない限りは“エクスフィギュアにする方法”も分からないはずだ。
これでは唯の石ころ。誰か使い方を知っているものでも居ない限りは、支給品だと思うかも怪しい。
え、とシャーリィはユアンを見返した。ユアンは色々考え込んだ風に真面目な表情を作っている。
「矢張り…普通のエクスフィアだ。少なくとも最初は、唯のエクスフィアだったはずだ。
……おい、小娘。お前に支給されたのは確かにエクスフィアなんだな?」
シャーリィは黙って頷く。紛れも無くその石こそが彼女に渡された悪魔のチケットだ。
「ならば何故要の紋が無い……正気とは思えん。これでは本来の使い方で使うことができんではないか。
まるで最初からエクスフィギュアにしたかったとしか考えられない。これの説明書は無かったのか? 支給品には付いているはずだ」
シャーリィは頭を振って否定した。ユアンは頭に指を当てて考え込む。
最初から無かった。こんな危険なものを何故説明書も無しに?
否、それでは更に意味が分からない。説明書でもない限りは“エクスフィギュアにする方法”も分からないはずだ。
これでは唯の石ころ。誰か使い方を知っているものでも居ない限りは、支給品だと思うかも怪しい。
「いや……そうか、マーテルがいる。あいつに見せればそれが危険なものであることは分かるはずだ」
マーテルもエクスフィアを用いる。もしシャーリィがそれを誰かに見せていれば、
マーテルはそれを危険と判断し、使わないように……いや、安全をそれが唯の石ころだと言い含めるはず。
結果、どう転んでもシャーリィが序盤でこの石の正体に気付くことは無い。
「……一体、何がおかしいって言うんです?」
「……本来、エクスフィギュアに成る条件は“要の紋を着けていないエクスフィアを装備し、外すこと”だ。
だが、お前はエクスフィアを装備しただけでエクスフィギュアへと転じた。これは本来、有り得ないことなのだ」
実際の戦闘では気にする余裕など無かったが、今にして思えば根本的なことが酷く間違っている。
「仮に、お前がそういうイレギュラーな素体だとして、それにエクスフィアが支給される確率がどれほどだ?」
相当低いはずだ。しかも、要の紋を抜いて支給するあたりにえもいわれぬ意思を感じる。
「……ミクトランが、私を最初からあんな風に変えてしまうつもりだったって、いうんですか?」
シャーリィが立ち上がってユアンを見つめる。目は覚めたとはいえ、此処で培った眼光の鋭さは衰えない。
「……私が輝石となってグリッドと南西エリアを移動しているときだ。ミトスに出会った。
そこに、リアラという少女が居た。その者が持っていた杖に、エクスフィアが嵌めこまれていた……
要の紋があったなら態々武器に装備する必要は無い。恐らく“あれも要の紋が無かったんだ”」
マーテルもエクスフィアを用いる。もしシャーリィがそれを誰かに見せていれば、
マーテルはそれを危険と判断し、使わないように……いや、安全をそれが唯の石ころだと言い含めるはず。
結果、どう転んでもシャーリィが序盤でこの石の正体に気付くことは無い。
「……一体、何がおかしいって言うんです?」
「……本来、エクスフィギュアに成る条件は“要の紋を着けていないエクスフィアを装備し、外すこと”だ。
だが、お前はエクスフィアを装備しただけでエクスフィギュアへと転じた。これは本来、有り得ないことなのだ」
実際の戦闘では気にする余裕など無かったが、今にして思えば根本的なことが酷く間違っている。
「仮に、お前がそういうイレギュラーな素体だとして、それにエクスフィアが支給される確率がどれほどだ?」
相当低いはずだ。しかも、要の紋を抜いて支給するあたりにえもいわれぬ意思を感じる。
「……ミクトランが、私を最初からあんな風に変えてしまうつもりだったって、いうんですか?」
シャーリィが立ち上がってユアンを見つめる。目は覚めたとはいえ、此処で培った眼光の鋭さは衰えない。
「……私が輝石となってグリッドと南西エリアを移動しているときだ。ミトスに出会った。
そこに、リアラという少女が居た。その者が持っていた杖に、エクスフィアが嵌めこまれていた……
要の紋があったなら態々武器に装備する必要は無い。恐らく“あれも要の紋が無かったんだ”」
「あれが、もし同じ悪意を端として支給されていたとしたら……恐らくはお前と同様だ。同族は今回の名簿に何人いる?」
「……マウリッツさん……」
要の紋の無いエクスフィアが二つが水の民が二人に支給された偶然。
そして、彼らが知らない二つのエクスフィギュアの共通点は物語に刻まれている。“要の紋無しで人間の姿に戻っていた”、と。
だが彼らはそれに意味を見出せない。二つのエクスフィギュアは、現に途中で無残に敗退しているのだから。
そして、既にマウリッツの情報を知る術が“ほとんど”残されていない。
この支給には悪意がある。だが、その意図が分からない。
時間は無常にも時の針を進め、二人を泡と変えていく。
「……一体、何が起こってるの? 違う、私達に何が起こってたの?」
「分からん。エクスフィギュアを使って殺しを加速させたかった? にしては詰めが杜撰過ぎる。
まるで、最初からどうでもよかったとしか思えん。
最悪、“弄ぶだけ弄んで、残ったゴミに興味が無いのか?”まるで創造主気取りだな……」
ユアンは皮肉をありったけ込めて笑った。既に胸より下は無くなっている。
既にシャーリィから得られた情報を誰かに伝える手段は無い。そして、その情報に脱出への糸口は無い。
語られずとも物語りは問題なく廻る。廻る。誰かが回し続けている。
「……マウリッツさん……」
要の紋の無いエクスフィアが二つが水の民が二人に支給された偶然。
そして、彼らが知らない二つのエクスフィギュアの共通点は物語に刻まれている。“要の紋無しで人間の姿に戻っていた”、と。
だが彼らはそれに意味を見出せない。二つのエクスフィギュアは、現に途中で無残に敗退しているのだから。
そして、既にマウリッツの情報を知る術が“ほとんど”残されていない。
この支給には悪意がある。だが、その意図が分からない。
時間は無常にも時の針を進め、二人を泡と変えていく。
「……一体、何が起こってるの? 違う、私達に何が起こってたの?」
「分からん。エクスフィギュアを使って殺しを加速させたかった? にしては詰めが杜撰過ぎる。
まるで、最初からどうでもよかったとしか思えん。
最悪、“弄ぶだけ弄んで、残ったゴミに興味が無いのか?”まるで創造主気取りだな……」
ユアンは皮肉をありったけ込めて笑った。既に胸より下は無くなっている。
既にシャーリィから得られた情報を誰かに伝える手段は無い。そして、その情報に脱出への糸口は無い。
語られずとも物語りは問題なく廻る。廻る。誰かが回し続けている。
――――でも、生き返らせたいなんて思わなかったわ。だって、歴史は変えられないもの。
全てが無くなる瞬間、シャーリィは誰かの言葉を思い出した。
誰だったかはもう思い出せない。だけど、その言葉が、とて、 も、 兄
誰だったかはもう思い出せない。だけど、その言葉が、とて、 も、 兄
――――――――――――――――――――――――――――――――――――変えようと思えば変えられたけど、ね。