Still,the remaining one
人の死なんてものは、その人物の命の重さとは無関係に唐突に突き付けられるものだ。
その程度の事は旅をしてきた事とは微塵も関係無く理解していた事。
それはまるで天災の様に、その悲惨さや時間帯に関係無く、その時の思考に左右されず訪れる。
空に投げられた林檎が地に落ちるという絶対の解答の様に、決して揺るぎない事実なのだ。
話は逸脱するが……日々には、毎日を懸命に生きる事で充実さを見出す事が出来るものだ、と彼女は思っている。
後悔が無い様に生を完する事が何より大切な事だとも思っている。そして、彼女は今この時まで自分がそうしていると思ってきた。
我々もそうであると考えていただろう。
少なくとも彼女の直向さの前では“何故ベストを尽くさないのか?”などと云う無粋な疑問は意味を成さないと。
何故なら彼女は透き通る水晶の様な純粋さを以て、常に前を向き頑張っていたのだから。
“何故過去形か?” 良い質問だ……勿論理由は在る。
“それは昔の話だから?”―――残念、正解に非ずだ。
現実は時として残酷だ、などという実に軽薄な言葉は屡々耳に挟むが実はそうでは無い。
現実は何時であろうと甘くは無く、例えそれが楽園の中であろうと常に残酷で在るものなのだから。
その程度の事は旅をしてきた事とは微塵も関係無く理解していた事。
それはまるで天災の様に、その悲惨さや時間帯に関係無く、その時の思考に左右されず訪れる。
空に投げられた林檎が地に落ちるという絶対の解答の様に、決して揺るぎない事実なのだ。
話は逸脱するが……日々には、毎日を懸命に生きる事で充実さを見出す事が出来るものだ、と彼女は思っている。
後悔が無い様に生を完する事が何より大切な事だとも思っている。そして、彼女は今この時まで自分がそうしていると思ってきた。
我々もそうであると考えていただろう。
少なくとも彼女の直向さの前では“何故ベストを尽くさないのか?”などと云う無粋な疑問は意味を成さないと。
何故なら彼女は透き通る水晶の様な純粋さを以て、常に前を向き頑張っていたのだから。
“何故過去形か?” 良い質問だ……勿論理由は在る。
“それは昔の話だから?”―――残念、正解に非ずだ。
現実は時として残酷だ、などという実に軽薄な言葉は屡々耳に挟むが実はそうでは無い。
現実は何時であろうと甘くは無く、例えそれが楽園の中であろうと常に残酷で在るものなのだから。
さて、前座は終いだ。ここでスポットライトを彼女の内面に向けてみよう。
彼女は、ドジを除けば実に完璧で善良的な人間に見えていた。
現に見られていた。
しかし彼女には穴があった。小さな、だが決して両手で覆い隠せぬ穴。
だがそれは針の穴の様に小さいが故に普段は気付かない。
それは流砂の如く、例えそこにあるのが小さな穴であろうと、時として外面に多大な被害を招く原因となると言うのにである。
彼女の決定的な弱点―――それは自分を優先出来ない事。
極端に言えば彼女は深層意識で自分がすべき事を無意識の内に拒んでいるとも言える。
その点では“彼”と酷似していたとも言えるだろう。
つまりは一言で言ってしまえば、彼女には自己主張が絶望的と言える程に足りないのだ。
自分よりも世界を優先する、それが彼女のやり方であるし、彼女はそれを正しいと信じて居た。
無論、確かに旅を経て彼女は成長した。以前よりは自己主張をする様にはなっている。
が、しかしである。バトルロワイアルという現実は純粋な彼女には酷過ぎたのだ。
残酷なリアルは彼女の周囲に殻を構築するには充分過ぎた。
現に見られていた。
しかし彼女には穴があった。小さな、だが決して両手で覆い隠せぬ穴。
だがそれは針の穴の様に小さいが故に普段は気付かない。
それは流砂の如く、例えそこにあるのが小さな穴であろうと、時として外面に多大な被害を招く原因となると言うのにである。
彼女の決定的な弱点―――それは自分を優先出来ない事。
極端に言えば彼女は深層意識で自分がすべき事を無意識の内に拒んでいるとも言える。
その点では“彼”と酷似していたとも言えるだろう。
つまりは一言で言ってしまえば、彼女には自己主張が絶望的と言える程に足りないのだ。
自分よりも世界を優先する、それが彼女のやり方であるし、彼女はそれを正しいと信じて居た。
無論、確かに旅を経て彼女は成長した。以前よりは自己主張をする様にはなっている。
が、しかしである。バトルロワイアルという現実は純粋な彼女には酷過ぎたのだ。
残酷なリアルは彼女の周囲に殻を構築するには充分過ぎた。
確かにそれを穴と呼ぶか否かは甚だ疑問ではある。正解と不正解の狭間は常に揺らいでいるのだ。
明と昼との境界線の様にそれは曖昧であり、だが言葉で捉えると明白過ぎる違いだ。
しかし個々の主観によってそれすらも異なる。
だがここは敢えて穴と言おう。
何故なら彼女は今、己の過失を、いや、取り返しが付かぬ大罪を犯した事に気付いたのだから。
本人がそれを罪と認識した以上は、我々傍観者はその選択に逆らう事は決して出来無い。それは当然の事である。
しかしだからこそ愉しいのだと、傍観者の一人―――メルヘンチックな部屋に立つ彼は考える。
今まで培ってきたもの、宝物と信じていたもの。それがふとした瞬間にゴミへと変わる。それが溜まらなく愉快なのだと。
これだけ聴くと非常に悪趣味な人物像しか浮かばないが、何も不幸への変化にだけ彼は喜ぶのでは無い。
何故ならば絶望の淵から希望へ這い上がる様、華麗な逆転劇。それら全てを彼は同等に愛でるからだ。
正義や悪、正解や間違いなどは問題では無い。
極端に言えばそう、どうでもいい。
生きようが死のうが滅びようが救われようが、彼にとっては道端ですれ違った他人の血液型よりもどうだっていい事なのだ。
それは私も―――目の前の貴方もきっと一緒だろう。
愉しいから見る。それが貴方に否定出来るだろうか。
興味があるのだろう?
さぁ、ならば殺人ゲームの続きといこう。
更に深みへ、深みへ―――。
明と昼との境界線の様にそれは曖昧であり、だが言葉で捉えると明白過ぎる違いだ。
しかし個々の主観によってそれすらも異なる。
だがここは敢えて穴と言おう。
何故なら彼女は今、己の過失を、いや、取り返しが付かぬ大罪を犯した事に気付いたのだから。
本人がそれを罪と認識した以上は、我々傍観者はその選択に逆らう事は決して出来無い。それは当然の事である。
しかしだからこそ愉しいのだと、傍観者の一人―――メルヘンチックな部屋に立つ彼は考える。
今まで培ってきたもの、宝物と信じていたもの。それがふとした瞬間にゴミへと変わる。それが溜まらなく愉快なのだと。
これだけ聴くと非常に悪趣味な人物像しか浮かばないが、何も不幸への変化にだけ彼は喜ぶのでは無い。
何故ならば絶望の淵から希望へ這い上がる様、華麗な逆転劇。それら全てを彼は同等に愛でるからだ。
正義や悪、正解や間違いなどは問題では無い。
極端に言えばそう、どうでもいい。
生きようが死のうが滅びようが救われようが、彼にとっては道端ですれ違った他人の血液型よりもどうだっていい事なのだ。
それは私も―――目の前の貴方もきっと一緒だろう。
愉しいから見る。それが貴方に否定出来るだろうか。
興味があるのだろう?
さぁ、ならば殺人ゲームの続きといこう。
更に深みへ、深みへ―――。
妙な音が聞こえた気がした。
少女はそれはもう目を覆いたくなる程、盛大に地面に倒れ込んだ。
如何に怪力を持つ少女と言えど、力と天然要素意外は一般的な少女だ。
……その一般的な少女とやらに羽が生えていてチャクラムが使えるか否かはこの際スルーして欲しい。
兎にも角にも、少女は何の前触れも無く天使に突き飛ばされた。
それも手加減無しでだ。
完全に不意打ちをされた彼女は、故にそれは素晴らしい程綺麗に顔面から地面にダイブしたと言う訳である。
「……ッ」
ウェーブが掛かった金色の髪を泥で汚した少女は、地に左腕を突き身体を中途半端に起こす。
右手で目を擦りながら、彼女は思考の整理を試みた。
如何に怪力を持つ少女と言えど、力と天然要素意外は一般的な少女だ。
……その一般的な少女とやらに羽が生えていてチャクラムが使えるか否かはこの際スルーして欲しい。
兎にも角にも、少女は何の前触れも無く天使に突き飛ばされた。
それも手加減無しでだ。
完全に不意打ちをされた彼女は、故にそれは素晴らしい程綺麗に顔面から地面にダイブしたと言う訳である。
「……ッ」
ウェーブが掛かった金色の髪を泥で汚した少女は、地に左腕を突き身体を中途半端に起こす。
右手で目を擦りながら、彼女は思考の整理を試みた。
―――自分は何で地面に倒れたんだっけ?
目に入った土に瞳を潤しながら、彼女は頭に先ずその疑問を浮かべる。
倒れた際、鼻に傷を負ったのだろうか。少し鼻の頭が痛んだ気がした。
倒れた際、鼻に傷を負ったのだろうか。少し鼻の頭が痛んだ気がした。
「……ロイド?」
えっと……そうだった、何故だか分からないけれどロイドにいきなり身体を突き飛ばされたんだ。
少女は周りに聞こえぬ様に小さく悪態を吐きつつ彼の名を呼ぶ。
視界が大分明瞭としてはいるが、まだ目に入った土の違和感があり、再び目を擦る。
本来は回復を待ちたい処ではあるが、しかし彼女は先程突き飛ばされた瞬間、何か並々ならぬものをロイドの表情から感じ取っていた。
一体、如何したと言うのだろ―――
「やっとだ」
少女は唐突に低く響いた第三者の声に肩をびくんと揺らし、腰を捻った。
ロイドが先程居た方を、もとい“彼”の声が聞こえた方を向く。
ぽつり、と何かどろりとした滴が少女の絹の様にきめが細かい白い肌を打った。
瞬間、嫌に生温い風が髪を、いや全身を舐める様に撫でて行く。
彼女は嫌悪の余り、まるで自分が生暖かい粘液の中に居るかの様な趣味が悪く訳の分からない違和感を覚えた。
目の前の事象による判断能力の低下だろう、と脳が結論付ける。
「漸く君の元に行く事が出来た」
少女は酸素を求める魚の様に口をぱくぱくと動かし、瞳孔を開いた。
目線はその景色から離さぬまま、ゆっくりと全身を濡らしたその液体を指先で掬う。
それを更にゆっくりとした動作で視界へと収めようと試みた―――コレは何かの間違い、そうだよね。
こんなの嘘だよね。ねぇ、ロイド。
嘘だって言ってよ。
ねぇってば。
如何して、ロイドは、動かないの?
「ごめんね、随分待ったかい?」
視界の端に現れた紅色に、喉が小さく、しかし強く音を立てる。
血液が赤いのはヘモグロビンと酸素が結合しているからで、血液中の酸素が減ると血液は暗くなるとリフィル先生が生物学の授業で言っていた。
……ああ、そっか。成程。
「大丈夫」
少女はゆっくりと顔を上げた。
乱れた金髪の奥で光を失った暗い蒼の瞳が覗く。
淡く煌めく蒼炎が彼の紅のバンダナと共に虚空に揺らいだ。
やがてそれは残滓となり、ザンシとなり、惨死と。
「もう大丈夫だから」
つまり、これは、そう、つまり、つまり、つまり、やっぱり。
だから、つまり、その、つまり、ロイドは。
ロイドは?
落ち着け、私。何を今更言っているのだろう。
ロイドは今目の前に居るじゃないか。
「ただいま」
蒼に包まれた刃はいとも容易く胸元から彼の喉元まで上がり、そしてぐるりと縦と横を入れ替える。
えっと……そうだった、何故だか分からないけれどロイドにいきなり身体を突き飛ばされたんだ。
少女は周りに聞こえぬ様に小さく悪態を吐きつつ彼の名を呼ぶ。
視界が大分明瞭としてはいるが、まだ目に入った土の違和感があり、再び目を擦る。
本来は回復を待ちたい処ではあるが、しかし彼女は先程突き飛ばされた瞬間、何か並々ならぬものをロイドの表情から感じ取っていた。
一体、如何したと言うのだろ―――
「やっとだ」
少女は唐突に低く響いた第三者の声に肩をびくんと揺らし、腰を捻った。
ロイドが先程居た方を、もとい“彼”の声が聞こえた方を向く。
ぽつり、と何かどろりとした滴が少女の絹の様にきめが細かい白い肌を打った。
瞬間、嫌に生温い風が髪を、いや全身を舐める様に撫でて行く。
彼女は嫌悪の余り、まるで自分が生暖かい粘液の中に居るかの様な趣味が悪く訳の分からない違和感を覚えた。
目の前の事象による判断能力の低下だろう、と脳が結論付ける。
「漸く君の元に行く事が出来た」
少女は酸素を求める魚の様に口をぱくぱくと動かし、瞳孔を開いた。
目線はその景色から離さぬまま、ゆっくりと全身を濡らしたその液体を指先で掬う。
それを更にゆっくりとした動作で視界へと収めようと試みた―――コレは何かの間違い、そうだよね。
こんなの嘘だよね。ねぇ、ロイド。
嘘だって言ってよ。
ねぇってば。
如何して、ロイドは、動かないの?
「ごめんね、随分待ったかい?」
視界の端に現れた紅色に、喉が小さく、しかし強く音を立てる。
血液が赤いのはヘモグロビンと酸素が結合しているからで、血液中の酸素が減ると血液は暗くなるとリフィル先生が生物学の授業で言っていた。
……ああ、そっか。成程。
「大丈夫」
少女はゆっくりと顔を上げた。
乱れた金髪の奥で光を失った暗い蒼の瞳が覗く。
淡く煌めく蒼炎が彼の紅のバンダナと共に虚空に揺らいだ。
やがてそれは残滓となり、ザンシとなり、惨死と。
「もう大丈夫だから」
つまり、これは、そう、つまり、つまり、つまり、やっぱり。
だから、つまり、その、つまり、ロイドは。
ロイドは?
落ち着け、私。何を今更言っているのだろう。
ロイドは今目の前に居るじゃないか。
「ただいま」
蒼に包まれた刃はいとも容易く胸元から彼の喉元まで上がり、そしてぐるりと縦と横を入れ替える。
頭部を繋ぐ糸が切れてしまった操り人形の様に、ロイド=アーヴィングは全身を一度びくりと動かし、頭部をだらりと斜め後ろに情けなく垂れた。
無機質極まりなく、味がこれと言って無い音が彼女の鼓膜を打つ。
剣が抜かれ、操り人形が宛らボロ雑巾の様にぐちゃりと地に崩れ落ちる。
その向こう側には、紅に染まる陽を背負う血塗れの彼。
決して忘れる事無き王子様、少女がファーストキスを捧げた相手―――クレス=アルベイン。
「迎えに来たよ、ミント」
どれだけ残酷であろうと、世界は廻る。ひたすらに廻るのだ。
止まる事無く先へ先へと急く様に。
ゆっくりと濃い蒼を纏う刃が奇妙な音を立て、彼の脳天に侵入する。
嗚呼、空が、とても紅くて、赤くて、赫くて、あかくて―――――蒼い。
無機質極まりなく、味がこれと言って無い音が彼女の鼓膜を打つ。
剣が抜かれ、操り人形が宛らボロ雑巾の様にぐちゃりと地に崩れ落ちる。
その向こう側には、紅に染まる陽を背負う血塗れの彼。
決して忘れる事無き王子様、少女がファーストキスを捧げた相手―――クレス=アルベイン。
「迎えに来たよ、ミント」
どれだけ残酷であろうと、世界は廻る。ひたすらに廻るのだ。
止まる事無く先へ先へと急く様に。
ゆっくりと濃い蒼を纏う刃が奇妙な音を立て、彼の脳天に侵入する。
嗚呼、空が、とても紅くて、赤くて、赫くて、あかくて―――――蒼い。
少女の悲痛な絶叫が、黄昏時の世界を抱擁した。
小さく華奢な身体を抱き寄せる学士は目を細め、更に強く下唇を噛んだ。
ただでさえ徹夜がちの彼の血行が悪く薄紫色の唇は、血液を遮られ更に蒼白く変色している。
「……メルディ」
ただでさえ徹夜がちの彼の血行が悪く薄紫色の唇は、血液を遮られ更に蒼白く変色している。
「……メルディ」
言いつつ己の無力さに絶望する。
散々掛ける語句を考えた挙句がこれだ。笑えよ。
自分には慰めの言葉一つ言えない。
今メルディの名を呼んだ処で何も解決しないなんて事は疾うの昔に理解している。
そう、“最初から理解してるんだ。何もかもを”。
だけど、だけどあんな詭弁に今更、今更、今更!
もう、全て遅いと分かっているのに僕はッ!
如何してこんなにも苦痛を味わっているんだよッ!
「……そか」
汚れたローブを更に涙で汚しながら、少女は拳を握り締めた。
可能性と絶望の狭間で、少女はどちらも選択出来ず、どうしようも無く葛藤し苦悩する。
選ぶ事すら止めてしまう程に、今の少女は疲れきっていた。
ポットラビッチヌスがちょこんと脇に座り、心配そうに少女を無垢な瞳で見上げる。
「メル、ディ?」
少女の自嘲気味な呟きを聞き、学士は彼女の顔を覗き込んだ。
諦観にも似た乾ききった笑いは、此処に居る筈の彼女の、だがしかし決して触れられぬ虚像の微笑の様な気がして。
幻で無い事を確認するかの様に、彼は彼女の肩に置く手に少しばかりの力を込めた。
そして痛い程に理解出来るのだ。
“彼女はそれでも今此所に立って居る”。
「メルディ、自惚れてたな」
虚ろな少女はローブに埋めていた頭を離す。
だらりと頭を項垂れ、その影に隠れた表情は学士からは窺い知れない。
散々掛ける語句を考えた挙句がこれだ。笑えよ。
自分には慰めの言葉一つ言えない。
今メルディの名を呼んだ処で何も解決しないなんて事は疾うの昔に理解している。
そう、“最初から理解してるんだ。何もかもを”。
だけど、だけどあんな詭弁に今更、今更、今更!
もう、全て遅いと分かっているのに僕はッ!
如何してこんなにも苦痛を味わっているんだよッ!
「……そか」
汚れたローブを更に涙で汚しながら、少女は拳を握り締めた。
可能性と絶望の狭間で、少女はどちらも選択出来ず、どうしようも無く葛藤し苦悩する。
選ぶ事すら止めてしまう程に、今の少女は疲れきっていた。
ポットラビッチヌスがちょこんと脇に座り、心配そうに少女を無垢な瞳で見上げる。
「メル、ディ?」
少女の自嘲気味な呟きを聞き、学士は彼女の顔を覗き込んだ。
諦観にも似た乾ききった笑いは、此処に居る筈の彼女の、だがしかし決して触れられぬ虚像の微笑の様な気がして。
幻で無い事を確認するかの様に、彼は彼女の肩に置く手に少しばかりの力を込めた。
そして痛い程に理解出来るのだ。
“彼女はそれでも今此所に立って居る”。
「メルディ、自惚れてたな」
虚ろな少女はローブに埋めていた頭を離す。
だらりと頭を項垂れ、その影に隠れた表情は学士からは窺い知れない。
「ロイドがメルディと一瞬だと思ってたよ。ロイドもメルディと同じ景色が見えてたと思ってたよ。
実際……やっぱり、ロイドは月までは届かなかったよ」
「お前、何を言って」
少女は力無く学士の胸板に手を添え、彼の抱擁から自ら離れる。
痛い程に此所に居ると分かっているのに、学士は身体から少女が離れるだけでどうしようも無い不安に駆られた。
「じゃあ、どうしてロイドは笑えるか? メルディには、メルディには……“笑っても笑えない”よ」
飽和した感情が少女の口から弾かれる様に次々と溢れる。
いや、少女にとっては感情とすら言えない、純粋な疑問なのだろうか。
では、一体何なのだろうと少女は思う。
この止まらぬ涙は、一体何の捌口なのだろうか。
それが知りたいのだと悲しそうに少女は笑う。
涙は枯らしたと思っていた。思考は無くしたと思っていた。
それなのに。
「希望なんて無かったな。光なんて何処にも無かったな。
メルディとロイド空っぽだったよ。何も出来ないって分かってたよ」
学士にはそれを理解出来ると思った。だから少女はゆっくり話した。
自分達にはもう何も出来ない。何も救えない。
何かしたって結局は皆死んでゆく。辛そうに戦って、辛そうに死んで。
敵を倒しても辛そうな顔をしている。
何をしても辛いなら、だったら、“何もしない方がいい”!
「もう歩けないって、分かってたよ」
目を細めて自分の握られた拳の中を見る。少し汚れた指先が、ぴくりと動いた。
それが少し厭で、少女はきゅっと強く瞼を閉じる。
漠然と全てに疲れていた。何も見たくないし何もしたくない。
そもそも何も出来ない。
生きるとか死ぬとか、正解だとか間違いだとか、どうでもいい事だ。
“それでも、まだ、自分の指は彼の様にこんなにも未練がましく動いている”。
「違う、メルディは「違わないよ」
それは如何してか。
茫漠と目前に横たわる生なんてものに興味は無いのに。
“それでも涙はずっと止まらない”。
「……違わないよ」
見上げてくるその瞳は、はっきりと何かを否定していた。
その瞳は、しかし暗い紫の奥に確かに―――。
実際……やっぱり、ロイドは月までは届かなかったよ」
「お前、何を言って」
少女は力無く学士の胸板に手を添え、彼の抱擁から自ら離れる。
痛い程に此所に居ると分かっているのに、学士は身体から少女が離れるだけでどうしようも無い不安に駆られた。
「じゃあ、どうしてロイドは笑えるか? メルディには、メルディには……“笑っても笑えない”よ」
飽和した感情が少女の口から弾かれる様に次々と溢れる。
いや、少女にとっては感情とすら言えない、純粋な疑問なのだろうか。
では、一体何なのだろうと少女は思う。
この止まらぬ涙は、一体何の捌口なのだろうか。
それが知りたいのだと悲しそうに少女は笑う。
涙は枯らしたと思っていた。思考は無くしたと思っていた。
それなのに。
「希望なんて無かったな。光なんて何処にも無かったな。
メルディとロイド空っぽだったよ。何も出来ないって分かってたよ」
学士にはそれを理解出来ると思った。だから少女はゆっくり話した。
自分達にはもう何も出来ない。何も救えない。
何かしたって結局は皆死んでゆく。辛そうに戦って、辛そうに死んで。
敵を倒しても辛そうな顔をしている。
何をしても辛いなら、だったら、“何もしない方がいい”!
「もう歩けないって、分かってたよ」
目を細めて自分の握られた拳の中を見る。少し汚れた指先が、ぴくりと動いた。
それが少し厭で、少女はきゅっと強く瞼を閉じる。
漠然と全てに疲れていた。何も見たくないし何もしたくない。
そもそも何も出来ない。
生きるとか死ぬとか、正解だとか間違いだとか、どうでもいい事だ。
“それでも、まだ、自分の指は彼の様にこんなにも未練がましく動いている”。
「違う、メルディは「違わないよ」
それは如何してか。
茫漠と目前に横たわる生なんてものに興味は無いのに。
“それでも涙はずっと止まらない”。
「……違わないよ」
見上げてくるその瞳は、はっきりと何かを否定していた。
その瞳は、しかし暗い紫の奥に確かに―――。
はっきりとした否定。断言された言葉。
しかしどうしようもない迷いを彼は彼女の瞳から感じた。
否定されているのは自分なのか。彼女自身なのか。
断言するのは可能性を断ち切る為なのか、それともそれが真実故になのか。
しかしどうしようもない迷いを彼は彼女の瞳から感じた。
否定されているのは自分なのか。彼女自身なのか。
断言するのは可能性を断ち切る為なのか、それともそれが真実故になのか。
呟かれた力強い言葉は、説得と納得の境界線上を揺らいでいた。
「違わないのに」
そう、違わない。
違わないのだ。
それなのに。
「なのにメルディ、変な気持ち」
自分には何も出来ない。天使が死ぬまでそう信じてきた。
実際そうだとも思う。自分にはもう何も出来ない。
でも、はっきりとは言えないけれど。ロイドは確かに此所に何かを遺した。
ならば自分は。
「“何がしたい”か分からないよ」
少女は頭を抱えて蹲る。
自らの奥底で、何かが蠢いている。どうしようもなく空っぽの筈であった心の中で、何かが跳ねている。
それはとても暖かい光の中に居る様に心地良くて。
けれども古傷を刃物で抉られる様に果てしなく不快で痛かった。
今にでも内側から皮を突破って爆発してしまいそうな何かが、彼女の中でカタチを成そうとしていた。
それが堪らなく不安で、彼女は呻く。
何かを、何処かで、見落としている――そんなの嘘だ!――少々は瞼をゆっくりと上げ――違う!――縋る様に強く粗暴に握った手を、けれども優しく開く。
涙がぼろぼろと零れ落ち――信じるな、見るな! どうせまた辛い想いに苛まれるんだ!――色褪せた景色が少しだけ鮮やかに変化する。
もしかしたら――何を今更! もう何もしない方がいいに決まっているじゃないかッ!――彼女の中を忘れかけていた感情が逆流する。
「違わないのに」
そう、違わない。
違わないのだ。
それなのに。
「なのにメルディ、変な気持ち」
自分には何も出来ない。天使が死ぬまでそう信じてきた。
実際そうだとも思う。自分にはもう何も出来ない。
でも、はっきりとは言えないけれど。ロイドは確かに此所に何かを遺した。
ならば自分は。
「“何がしたい”か分からないよ」
少女は頭を抱えて蹲る。
自らの奥底で、何かが蠢いている。どうしようもなく空っぽの筈であった心の中で、何かが跳ねている。
それはとても暖かい光の中に居る様に心地良くて。
けれども古傷を刃物で抉られる様に果てしなく不快で痛かった。
今にでも内側から皮を突破って爆発してしまいそうな何かが、彼女の中でカタチを成そうとしていた。
それが堪らなく不安で、彼女は呻く。
何かを、何処かで、見落としている――そんなの嘘だ!――少々は瞼をゆっくりと上げ――違う!――縋る様に強く粗暴に握った手を、けれども優しく開く。
涙がぼろぼろと零れ落ち――信じるな、見るな! どうせまた辛い想いに苛まれるんだ!――色褪せた景色が少しだけ鮮やかに変化する。
もしかしたら――何を今更! もう何もしない方がいいに決まっているじゃないかッ!――彼女の中を忘れかけていた感情が逆流する。
“お前は俺より強い。生き方を選べるお前のほうが、俺なんかよりずっと強いんだ。
お前は今、自分の意志で立っているじゃないか。まだ坐りこんじゃいない”
お前は今、自分の意志で立っているじゃないか。まだ坐りこんじゃいない”
少女は無言で立ち上がり、学士のローブの端を握る。
「……キール」
メルディ、と目の前の学士が心配そうに呟いた。
足元で尻尾を立てるポットラビッチヌスは彼女の影に隠れたその目を見つめる。
少しだけ、本の少しだけ、彼女の表情が世界に溶け込む。
あの日あの時あの場所で、確かに景色と乖離していた彼女が少しずつ、しかし確かに溶け込んでゆく。
「……キール」
メルディ、と目の前の学士が心配そうに呟いた。
足元で尻尾を立てるポットラビッチヌスは彼女の影に隠れたその目を見つめる。
少しだけ、本の少しだけ、彼女の表情が世界に溶け込む。
あの日あの時あの場所で、確かに景色と乖離していた彼女が少しずつ、しかし確かに溶け込んでゆく。
―――もしも生き方がこんな自分にも選べるとするならば。
「メルディあと少しだけ、ほんの少しだけだけど」
勇気を振り絞り乱れた前髪に指を掛ける。
少女は眩しい光に怯える事無く空を仰いだ。
地平線の向こうに陽が沈む。茜雲は形を変えながら泳ぐ。
そう、こんなにも世界は綺麗だったのだ。
前髪が風に揺らぎ額のエラーラが橙を映す。
勇気を振り絞り乱れた前髪に指を掛ける。
少女は眩しい光に怯える事無く空を仰いだ。
地平線の向こうに陽が沈む。茜雲は形を変えながら泳ぐ。
そう、こんなにも世界は綺麗だったのだ。
前髪が風に揺らぎ額のエラーラが橙を映す。
少女は右手でラシュアン染めのスカートを、彼女が自分にくれたそれを強く握った―――全て消してもこれだけは消したくなかった。
一拍置いて“それ”を呟き、夕陽を拝む。
「……メルディ」
学士にはただ莫迦みたいに彼女の名を繰り返す事しか出来なかった。
……彼女のラシュアン染めの橙が世界を染めているのだろうか、あの陽が世界を染めているのか。
馬鹿馬鹿しくて彼らしからぬ事この上無い妄言だが、一瞬学士はそう思う。意味が分からない疑問だ。
しかし自分にしか分からない程度の、いや自分でさえ本当にそうであるか分からない程の小さい、しかし“大きな”変化がそこにあった。
確かに今この瞬間が、少なくとも彼女にとってのターニングポイントである事への疑いを浮かべる余地は無かった。
「メルディ、お前……!?」
少女は少しだけぎこちない笑みを浮かべると、口を半開きにした学士の袖から手を離し、腕を後ろで組む。
一拍置いて“それ”を呟き、夕陽を拝む。
「……メルディ」
学士にはただ莫迦みたいに彼女の名を繰り返す事しか出来なかった。
……彼女のラシュアン染めの橙が世界を染めているのだろうか、あの陽が世界を染めているのか。
馬鹿馬鹿しくて彼らしからぬ事この上無い妄言だが、一瞬学士はそう思う。意味が分からない疑問だ。
しかし自分にしか分からない程度の、いや自分でさえ本当にそうであるか分からない程の小さい、しかし“大きな”変化がそこにあった。
確かに今この瞬間が、少なくとも彼女にとってのターニングポイントである事への疑いを浮かべる余地は無かった。
「メルディ、お前……!?」
少女は少しだけぎこちない笑みを浮かべると、口を半開きにした学士の袖から手を離し、腕を後ろで組む。
月まではもう行けないけれど。
だけど自分にも、もしかしたら、まだ月に向かって一歩だけなら歩ける余力はあるのかもしれない。
なら、歩いてみて何が変わるのかをこの目で見るのもまた手では無いのだろうか。
無論、何も変わらないかもしれない。
彼、ロイドは勿論それを理解していただろう。自分に見えるものは彼にも見えていた筈だから。
それでも彼は、月までは飛べなかったけど。あんなにも幸せそうに笑ってみせた。
灯台下暗しという言葉がある。案外、大切なものはすぐそこにあるのかもしれない。
だけど自分にも、もしかしたら、まだ月に向かって一歩だけなら歩ける余力はあるのかもしれない。
なら、歩いてみて何が変わるのかをこの目で見るのもまた手では無いのだろうか。
無論、何も変わらないかもしれない。
彼、ロイドは勿論それを理解していただろう。自分に見えるものは彼にも見えていた筈だから。
それでも彼は、月までは飛べなかったけど。あんなにも幸せそうに笑ってみせた。
灯台下暗しという言葉がある。案外、大切なものはすぐそこにあるのかもしれない。
冷たい空気を一度だけ肺に満たし、大きな一歩を踏み出す。
それに伴い堪え難い恐怖が彼女の心を抉り取ってゆく。
(どれ程勇気が要っただろうか)
まるで未踏のジャングルにでも踏み込んでいるかの様な錯覚に苛まれた。
(今直ぐに止めてしまいたい)
鐘の音を耳元で鳴らされているかの様に心音が五月蠅い。
(絶望に身を委ね傍観者となればどれ程楽か)
後ろで組んだ腕が、痛みと不安に震える。
それに伴い堪え難い恐怖が彼女の心を抉り取ってゆく。
(どれ程勇気が要っただろうか)
まるで未踏のジャングルにでも踏み込んでいるかの様な錯覚に苛まれた。
(今直ぐに止めてしまいたい)
鐘の音を耳元で鳴らされているかの様に心音が五月蠅い。
(絶望に身を委ね傍観者となればどれ程楽か)
後ろで組んだ腕が、痛みと不安に震える。
少女は誰にも見られない様に掌の中のそれを指で弾いた。
(それでもメルディは、ロイドが見た景色を見てみたいよ)
最高に意味が無く下らないだけの石細工が、少しだけ紫が差した橙を浴びて煌めいていた。
(それでもメルディは、ロイドが見た景色を見てみたいよ)
最高に意味が無く下らないだけの石細工が、少しだけ紫が差した橙を浴びて煌めいていた。
数分経過しただろうか。
過呼吸気味だった少女は恐怖に震えるが、しかし落ち着きを取り戻しつつあった。
が、相も変わらず頭はだらりと下げ、血の海には滴を落とし続けていた。
過呼吸気味だった少女は恐怖に震えるが、しかし落ち着きを取り戻しつつあった。
が、相も変わらず頭はだらりと下げ、血の海には滴を落とし続けていた。
「……どう、して」
戸惑いを隠せずただ黙す騎士を尻目に、消え入りそうな声で少女は呟く。
項垂れた頭はぴくりとも動かさず、しかしそれは独り言でなく確実に少年へと向けられた言葉だった。
「どうして……?」
二度目のそれに少年は弾かれる様にびくんと身体を震わせ、何かを拒絶する様に一歩後退る。
何故自分が責められているのか、少年にはそれが理解出来なかった。
「ミン、ト……?」
よろける彼の口から零れ落ちた言葉は、驚く程に弱々しかった。
目の前の彼女へは手を伸ばせば届く距離なのに。何か巨大な壁が自分達の間に在る様な錯覚。
吹き抜ける旋風が彼女の髪を流した。
揺れ踊る血塗れの金の中を幾千もの影が掛けてゆく。
戸惑いを隠せずただ黙す騎士を尻目に、消え入りそうな声で少女は呟く。
項垂れた頭はぴくりとも動かさず、しかしそれは独り言でなく確実に少年へと向けられた言葉だった。
「どうして……?」
二度目のそれに少年は弾かれる様にびくんと身体を震わせ、何かを拒絶する様に一歩後退る。
何故自分が責められているのか、少年にはそれが理解出来なかった。
「ミン、ト……?」
よろける彼の口から零れ落ちた言葉は、驚く程に弱々しかった。
目の前の彼女へは手を伸ばせば届く距離なのに。何か巨大な壁が自分達の間に在る様な錯覚。
吹き抜ける旋風が彼女の髪を流した。
揺れ踊る血塗れの金の中を幾千もの影が掛けてゆく。
“……どうして?”
先の彼女の言葉を脳内で繰り返し、彼はまた一歩後退った。
何度繰り返してもせれは確実に己に向けられた強い言葉。
しかし諄い様だが彼には矢張りその真意が全くと言って良い程理解が出来なかった。
何を意味しているのか分からない。故に“怖い”。
半ば理不尽とも言える一方的なエゴの押し付け。
彼はそれを理解していないが、しかし彼女の言葉は彼の心を確実に壊死させて行く。
彼の思考には“拒否”の二文字は全くの埒外だったのだ。
「あ……ああ…」
少年は頭を抱え現実を否定する様に強く瞳を閉じた。
タイムリミットを知らせる鈴の音が、扉を乱暴に叩き出す。
「はは、嘘だそんなの……ミントは、ミントはそんな事を言わない……」
目の前の少女は如何して褒めてくれない?
如何しておかえりと言ってくれない?
僕はこんなにも苦労した末、漸く君を救い出したのに。
僕の苦労は何だったんだ?
真逆、僕が間違っているとでも?
そうじゃないならば如何して笑顔を見せてくれないッ!?
「……何故「どうしてッ!!?」
半ば悲鳴に近い三度目のそれを彼女は放つ。
その言葉を理解出来ず畏縮する彼を尻目に、彼女は自責の念に駆られていた。
彼はこれが自分に向けられた言葉と思っているが、実はこれは彼女から彼女自身への言葉だった。
故に決して噛み合う事の叶わぬ会話。
元から彼女は彼の答えなど埒外であり、期待すらもしていない。
その事実を知る我々からすれば、これは実に滑稽な構図だった。
「うっ……ロイドっ、ごめんね。ごめん、なざいっ、ごめんなさぃ……ごめんなさいッ!」
指を絡ませ、合わさった手を項垂れた頭に乱暴に当てながら少女は血の池に崩れ落ちた。
何度繰り返してもせれは確実に己に向けられた強い言葉。
しかし諄い様だが彼には矢張りその真意が全くと言って良い程理解が出来なかった。
何を意味しているのか分からない。故に“怖い”。
半ば理不尽とも言える一方的なエゴの押し付け。
彼はそれを理解していないが、しかし彼女の言葉は彼の心を確実に壊死させて行く。
彼の思考には“拒否”の二文字は全くの埒外だったのだ。
「あ……ああ…」
少年は頭を抱え現実を否定する様に強く瞳を閉じた。
タイムリミットを知らせる鈴の音が、扉を乱暴に叩き出す。
「はは、嘘だそんなの……ミントは、ミントはそんな事を言わない……」
目の前の少女は如何して褒めてくれない?
如何しておかえりと言ってくれない?
僕はこんなにも苦労した末、漸く君を救い出したのに。
僕の苦労は何だったんだ?
真逆、僕が間違っているとでも?
そうじゃないならば如何して笑顔を見せてくれないッ!?
「……何故「どうしてッ!!?」
半ば悲鳴に近い三度目のそれを彼女は放つ。
その言葉を理解出来ず畏縮する彼を尻目に、彼女は自責の念に駆られていた。
彼はこれが自分に向けられた言葉と思っているが、実はこれは彼女から彼女自身への言葉だった。
故に決して噛み合う事の叶わぬ会話。
元から彼女は彼の答えなど埒外であり、期待すらもしていない。
その事実を知る我々からすれば、これは実に滑稽な構図だった。
「うっ……ロイドっ、ごめんね。ごめん、なざいっ、ごめんなさぃ……ごめんなさいッ!」
指を絡ませ、合わさった手を項垂れた頭に乱暴に当てながら少女は血の池に崩れ落ちた。
指の間に爪を立てる。白い手袋に血が滲んだ―――ロイドが感じた痛みはこんな程度では足元にさえ及ばない。
嗚呼、自分は何て罪深い神子なのだろうか。
何故こんなにも汚くて愚かな私がロイドよりも長く生きているのだろう。
大切な友を、リアラをこの手で殺し、自分を閉じ込め、クレスさんをこんな風になるまで追い詰めて。
挙句、ロイドの前で笑う事も出来ず。
何がごめんね、だ。何が泣かないで、だ。
私は何も分かってない!
私は何も!
私は、ロイドにただ、“ありがとう”と笑って見せればよかったのに!
なのに、もうっ―――
嗚呼、自分は何て罪深い神子なのだろうか。
何故こんなにも汚くて愚かな私がロイドよりも長く生きているのだろう。
大切な友を、リアラをこの手で殺し、自分を閉じ込め、クレスさんをこんな風になるまで追い詰めて。
挙句、ロイドの前で笑う事も出来ず。
何がごめんね、だ。何が泣かないで、だ。
私は何も分かってない!
私は何も!
私は、ロイドにただ、“ありがとう”と笑って見せればよかったのに!
なのに、もうっ―――
「ミント」
少女はその低く落ち着いた声に今度こそ思考を停止せざるを得なかった。
びくりと畏縮する様に身体を反応させ、はっとした様に少年を見上げる。
鮮血の様に生温い風が戦場を吹き抜けた。
黄昏に染まったかの様な血塗れのマントを靡かせながら、少年は髪の隙間から少女を“見ていた”。
焦点が定まらぬ血走った目で、しかし彼は少女をただじっと見つめている。
期待とも脅迫とも取れる視線に少女は何を言う訳でも無く見とれ、口を半開きにした。
「……っ」
少女はその瞳に耐え兼ね、一度目を逸らし俯く。
(自由でいるより何かに束縛されている方が楽で)
―――でも、もう、絶対に。
(未知の恐怖より知っている絶望の方がずっと心地良くて)
赤に染まった衣を右手で強く握り、迷わぬ様に左手で約束の紋をなぞる。
一抹の静寂が戦場を駆け抜けた。
ただ自分が唾を飲む音だけが聞こえた気がした。
それは自分の覚悟を試されているかの様でもあり、少女の顔に少しだけ陰を落とす。
(でも、本当は分かってる)
―――後悔はしたくないよ。
(何時までもこのままでいい筈も無いって事)
三拍程の間を取って、少女は陽に輝く青い瞳を少年に向けた。
「クレスさん」
ごめんねロイド。今はまだ、悲しくしか笑えないよ。
びくりと畏縮する様に身体を反応させ、はっとした様に少年を見上げる。
鮮血の様に生温い風が戦場を吹き抜けた。
黄昏に染まったかの様な血塗れのマントを靡かせながら、少年は髪の隙間から少女を“見ていた”。
焦点が定まらぬ血走った目で、しかし彼は少女をただじっと見つめている。
期待とも脅迫とも取れる視線に少女は何を言う訳でも無く見とれ、口を半開きにした。
「……っ」
少女はその瞳に耐え兼ね、一度目を逸らし俯く。
(自由でいるより何かに束縛されている方が楽で)
―――でも、もう、絶対に。
(未知の恐怖より知っている絶望の方がずっと心地良くて)
赤に染まった衣を右手で強く握り、迷わぬ様に左手で約束の紋をなぞる。
一抹の静寂が戦場を駆け抜けた。
ただ自分が唾を飲む音だけが聞こえた気がした。
それは自分の覚悟を試されているかの様でもあり、少女の顔に少しだけ陰を落とす。
(でも、本当は分かってる)
―――後悔はしたくないよ。
(何時までもこのままでいい筈も無いって事)
三拍程の間を取って、少女は陽に輝く青い瞳を少年に向けた。
「クレスさん」
ごめんねロイド。今はまだ、悲しくしか笑えないよ。
ねぇ。思えば、色んな事があったね。
旅をして、精霊と契約して、世界を統合して―――私は、貴方に恋をしてた。
ロイドは、私が嘘を吐いた時も、私が感情を失った時も、私があんな身体になった時も、何時でも私を信じてくれたよね。
本当言うとね、えへへ。ごめんね、それが辛かった時もあったんだ。
でもそれが私の弱さ。ロイドはきっとそれも分かってたんだよね。
分かってたくせして私に“強くなれ”とは絶対に言わなかった。ただ何時も教えてくれるだけ……優し過ぎるよ、ロイドは。
旅をして、精霊と契約して、世界を統合して―――私は、貴方に恋をしてた。
ロイドは、私が嘘を吐いた時も、私が感情を失った時も、私があんな身体になった時も、何時でも私を信じてくれたよね。
本当言うとね、えへへ。ごめんね、それが辛かった時もあったんだ。
でもそれが私の弱さ。ロイドはきっとそれも分かってたんだよね。
分かってたくせして私に“強くなれ”とは絶対に言わなかった。ただ何時も教えてくれるだけ……優し過ぎるよ、ロイドは。
そんな貴方ももう手の届かない所に居る。
勿論今も苦しいよ、悲しいよ?
こんなにも、心が、痛いよ?
でもね。
……これだけ罪に絶望しても、やっぱりロイドへの想いは消せないんだ。ううん、消えないんだ。
貴方が、こんなにも、愛しいんだ。
それはね、何でだと思う?
勿論今も苦しいよ、悲しいよ?
こんなにも、心が、痛いよ?
でもね。
……これだけ罪に絶望しても、やっぱりロイドへの想いは消せないんだ。ううん、消えないんだ。
貴方が、こんなにも、愛しいんだ。
それはね、何でだと思う?
「貴方はどれだけ人を殺して来たんですか」
ロイドへの思慕で心が痛むのはね?
きっと、この世界では、まだ。
やらなきゃならない事があるからだ、って思うの。
勿論ただの依存かも知れないね。
でも本音を言うと、それでも私は構わないと思ってるんだよ。
きっと大事なのは、進んで行く事で善し悪しに関係無く私達は変化していけるって事だと思うから。
その切っ掛けがロイドだって事は事実だよ。だから誰にも否定出来ない。
だから。
私は。
進まなくちゃならない。
自分の罪と向き合わなくちゃならない。
きっと、この世界では、まだ。
やらなきゃならない事があるからだ、って思うの。
勿論ただの依存かも知れないね。
でも本音を言うと、それでも私は構わないと思ってるんだよ。
きっと大事なのは、進んで行く事で善し悪しに関係無く私達は変化していけるって事だと思うから。
その切っ掛けがロイドだって事は事実だよ。だから誰にも否定出来ない。
だから。
私は。
進まなくちゃならない。
自分の罪と向き合わなくちゃならない。
何時か、心の底から笑える様に。
「こんな事、誰も望んで無いです。
ごめんなさい……そして、お願いします。昔のクレスさんに、戻って」
ごめんなさい……そして、お願いします。昔のクレスさんに、戻って」
彼女の哀願に一瞬の静寂が訪れる。
クレス=アルベインはその言葉に反応せず無表情のまま、静かに口を開いた。
上擦った声が彼の喉から吐き出される。
「な、何を言ってるんだ、ミント? 僕はただ強くなりたかっただけで、君を救い出したかっただけで「私は!」
「私は、そんなクレスさんを見たくないです!」
少年はぎこちなく笑い、掲げていた剣をだらしなくだらりと下ろし俯く。
少女はそんな血塗れた彼に怯える事無く更に続けた―――此所で逃げていては意味が無いのだ。
何故なら目の前の少年をこうしてしまったのは自分なのだから。
ならば、自分の言葉で彼を終わらせるのが筋と云うものだ。
そして何よりここで逃げれば……また私は罪を繰り返してしまう。それだけは避けたいから。
「お願いです、クレスさん……もう、良いんです。だから、止めて下さい」
覚束無い足取りで少年は二、三歩後退り、顔面を左手で覆った。
そしてまるで何かを畏れるかの如く奇声を上げ、剣を誰に向ける訳でも無く目茶苦茶に振るい出す。
少女は少年の変わり果てた憐れな姿に下唇を噛み目を細めた。しかし決して目を逸らそうとはしない。
「ひいぃいぃぃあぁあああああぁぁぁッ!」
少年は頭を掻き毟り血を撒き散らす。
クレス=アルベインはその言葉に反応せず無表情のまま、静かに口を開いた。
上擦った声が彼の喉から吐き出される。
「な、何を言ってるんだ、ミント? 僕はただ強くなりたかっただけで、君を救い出したかっただけで「私は!」
「私は、そんなクレスさんを見たくないです!」
少年はぎこちなく笑い、掲げていた剣をだらしなくだらりと下ろし俯く。
少女はそんな血塗れた彼に怯える事無く更に続けた―――此所で逃げていては意味が無いのだ。
何故なら目の前の少年をこうしてしまったのは自分なのだから。
ならば、自分の言葉で彼を終わらせるのが筋と云うものだ。
そして何よりここで逃げれば……また私は罪を繰り返してしまう。それだけは避けたいから。
「お願いです、クレスさん……もう、良いんです。だから、止めて下さい」
覚束無い足取りで少年は二、三歩後退り、顔面を左手で覆った。
そしてまるで何かを畏れるかの如く奇声を上げ、剣を誰に向ける訳でも無く目茶苦茶に振るい出す。
少女は少年の変わり果てた憐れな姿に下唇を噛み目を細めた。しかし決して目を逸らそうとはしない。
「ひいぃいぃぃあぁあああああぁぁぁッ!」
少年は頭を掻き毟り血を撒き散らす。
少女の一言一句が、まるで自分の全身を図太い矢で打ち抜いてゆくようだった。
しかもその矢は抜ける事無く身体に突き刺さったまま堪え難い苦痛を累乗的に心に与える。
結果、身体が腐敗して行くのだ。肉が蕩け、白骨から零れ落ちて行くのだ。
嗚呼、鈴の音が耳の直ぐ側まで来ている。
来ている。
来ている来ている。
来ている来ている来ている。
来ている来ている来ている来ている来てぃいぃいいぃぁああぁあぁあああぁぁあぁあぁぁッ!
しかもその矢は抜ける事無く身体に突き刺さったまま堪え難い苦痛を累乗的に心に与える。
結果、身体が腐敗して行くのだ。肉が蕩け、白骨から零れ落ちて行くのだ。
嗚呼、鈴の音が耳の直ぐ側まで来ている。
来ている。
来ている来ている。
来ている来ている来ている。
来ている来ている来ている来ている来てぃいぃいいぃぁああぁあぁあああぁぁあぁあぁぁッ!
「……クレスさん、私は、それでも貴方に敢えて言います」
指の間から見える景色が遠くに映る陽炎の如く揺らいで行く。
赤と黒とが渾沌とした幻の扉は、目の前に自分を誘惑するかの様に開いていた。
がらがらと足元から何かが崩れ落ちて、墜ちて行く―――そんな感覚に苛まれた。
赤と黒とが渾沌とした幻の扉は、目の前に自分を誘惑するかの様に開いていた。
がらがらと足元から何かが崩れ落ちて、墜ちて行く―――そんな感覚に苛まれた。
“哀れな姿ね、クレス=アルベイン”
幻想の少女が彼を見下し、蔑む様に嗤う。
小刻みに肩を震わせながら、少年は膝を折った。
……溶けてゆくんだ。全てが壊死し再び暗闇に溶けてゆく。
何もかもが、自分さえもが等しく無に還って逝く。
小刻みに肩を震わせながら、少年は膝を折った。
……溶けてゆくんだ。全てが壊死し再び暗闇に溶けてゆく。
何もかもが、自分さえもが等しく無に還って逝く。
「貴方は、」
この闇の中には、果たして終着点と言える様な場所は存在するのだろうか。
絶対に存在するのだと、僕は極めて愚かしくもそう思って来た。
行き着く先が分からぬ迷路程怖いモノは無いだろう。だから終点を決めた。間違っても阻喪とならぬ様に。
だってそうだろう? 人はゴールがあるから必死にそこに向かい歩けるんだ。
終点がそこに在るから迷わず僕達は生きる事が出来るんだ。
“だが、本当にこの世界に地平線はあるのだろうか?”
くく。
嗚呼、僕は何と愚かな生物なのだろうか。
此所が出口だと疑わなかった。疑う事すら忘れていた。憐れだとしか思えない。
“もしも終点が存在しないとしたら?”
さぁ、改めて見渡してみろよ僕。
目の前は未だに闇だ。行き止まりなど何処にも存在しない。
此所は、無限の地平線を繰り返しているだけなんだ。
“もしこれが妄想と幻想に過ぎないのだとしたら?”
現実など何処にも在りはしないのではないのか? ならば探すだけ徒労に過ぎない。
在るのはきっと、腐敗したリアルと言う名を騙る幻想だけなのだ。
“目に映る全てが虚像に過ぎないとしたら?”
理由なんて下らない。所詮は歩き続ける為の言い訳に過ぎなかったのだ。
嘘っぺらい正義感の持ち主の方便にしか過ぎない。
僕はもっと早くその事実に気付くべきだった。
絶対に存在するのだと、僕は極めて愚かしくもそう思って来た。
行き着く先が分からぬ迷路程怖いモノは無いだろう。だから終点を決めた。間違っても阻喪とならぬ様に。
だってそうだろう? 人はゴールがあるから必死にそこに向かい歩けるんだ。
終点がそこに在るから迷わず僕達は生きる事が出来るんだ。
“だが、本当にこの世界に地平線はあるのだろうか?”
くく。
嗚呼、僕は何と愚かな生物なのだろうか。
此所が出口だと疑わなかった。疑う事すら忘れていた。憐れだとしか思えない。
“もしも終点が存在しないとしたら?”
さぁ、改めて見渡してみろよ僕。
目の前は未だに闇だ。行き止まりなど何処にも存在しない。
此所は、無限の地平線を繰り返しているだけなんだ。
“もしこれが妄想と幻想に過ぎないのだとしたら?”
現実など何処にも在りはしないのではないのか? ならば探すだけ徒労に過ぎない。
在るのはきっと、腐敗したリアルと言う名を騙る幻想だけなのだ。
“目に映る全てが虚像に過ぎないとしたら?”
理由なんて下らない。所詮は歩き続ける為の言い訳に過ぎなかったのだ。
嘘っぺらい正義感の持ち主の方便にしか過ぎない。
僕はもっと早くその事実に気付くべきだった。
ほぉら、否定するつもりなら探してみなよクレス=アルベイン。
闇意外に何があるんだい?
後ろを見てみなよ。“最初”なんて、もう何処にも存在しないじゃないか。
歩かなくても変わらない。何も変わらない。何も、何も、何も、何も、何も、何も。
得るモノさえ何も無い。あるのは、喪失と忘却と絶望だけ。
その狭間に何時しか堕ち、もがき、苦しみ、痛み続ける。そう。もう永遠に僕は此所から抜け出せない。
帰る道は、疾うの昔に忘れてしまったのだから当然だ。
“自分自身すら偽者だとしたら?”
オワリなんて無く、この闇は永遠にハジマリの世界なのだ。
ならば僕は、俺は今まで何をして来たのだろうか。
……分かっている。僕は、ただリアルの虚像に踊らされていただけだった。
それは何もしていない事と同義だ。
虚偽の世界で見苦しく足掻く事は無意味だった。
闇意外に何があるんだい?
後ろを見てみなよ。“最初”なんて、もう何処にも存在しないじゃないか。
歩かなくても変わらない。何も変わらない。何も、何も、何も、何も、何も、何も。
得るモノさえ何も無い。あるのは、喪失と忘却と絶望だけ。
その狭間に何時しか堕ち、もがき、苦しみ、痛み続ける。そう。もう永遠に僕は此所から抜け出せない。
帰る道は、疾うの昔に忘れてしまったのだから当然だ。
“自分自身すら偽者だとしたら?”
オワリなんて無く、この闇は永遠にハジマリの世界なのだ。
ならば僕は、俺は今まで何をして来たのだろうか。
……分かっている。僕は、ただリアルの虚像に踊らされていただけだった。
それは何もしていない事と同義だ。
虚偽の世界で見苦しく足掻く事は無意味だった。
「……貴方のしてきた事は、間違っています」
ああ、何だ。そうだったのか。成程。
やっぱり間違ってたんだ。
でももう遅い。この闇からはもう、永遠に……逃げられない。
僕は何度でも、何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度此所に戻って来る。
笑い種だ。実に滑稽な構図じゃないか。
くく。
はは。
はははは。
ははは。あはははは。
ほら、また僕はハジマリに立っている。物語は終わらない。
やっぱり間違ってたんだ。
でももう遅い。この闇からはもう、永遠に……逃げられない。
僕は何度でも、何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度でも何度此所に戻って来る。
笑い種だ。実に滑稽な構図じゃないか。
くく。
はは。
はははは。
ははは。あはははは。
ほら、また僕はハジマリに立っている。物語は終わらない。
だったら、いっそ、こんなせかいなんか、ぜんぶ、こわれてしまえばいい。
けたけたと箍の外れた嗤いが戦場を包み込む。
しかしその様子が与えるものは恐怖でなく憐憫。
どこか哀愁を纏うそれは少年が黄昏時の世界から浮いている様な印象を少女達に擦り付けていった。
少年は世界を、少女を、己すらをも嗤う。―――何も変わらぬのならば、全てが偽者ならば、自分はただの道化にしか過ぎなかったとでも言うのか。
へたりと座り込み、空を仰ぎながら少年は壊れる。
その姿を少女は悲しそうに見つめた。
俯き少年の名を呟くが、それを遮るかの様に発狂した少年の悍ましいまでの嗤い声は続く。
少女は何か声を掛けようとするが、それらしい言葉が思い浮かばず、堪らず目を地に滑らせた。
そして目を細め悲哀の滴を落とす。もう彼には、自分の言葉さえ届かないのかと。
そんな筈は無い、と地に爪を立てた。
何故ならば、彼は強いからだ。
そう、自分なんかよりも、よっぽど強い。
しかしその様子が与えるものは恐怖でなく憐憫。
どこか哀愁を纏うそれは少年が黄昏時の世界から浮いている様な印象を少女達に擦り付けていった。
少年は世界を、少女を、己すらをも嗤う。―――何も変わらぬのならば、全てが偽者ならば、自分はただの道化にしか過ぎなかったとでも言うのか。
へたりと座り込み、空を仰ぎながら少年は壊れる。
その姿を少女は悲しそうに見つめた。
俯き少年の名を呟くが、それを遮るかの様に発狂した少年の悍ましいまでの嗤い声は続く。
少女は何か声を掛けようとするが、それらしい言葉が思い浮かばず、堪らず目を地に滑らせた。
そして目を細め悲哀の滴を落とす。もう彼には、自分の言葉さえ届かないのかと。
そんな筈は無い、と地に爪を立てた。
何故ならば、彼は強いからだ。
そう、自分なんかよりも、よっぽど強い。
こんなにも弱い自分に出来て彼に出来ない事なんてある筈が無いのだ!
「お願い……!」
少女が神に縋る様に呟いた―――――その瞬間だった。
血の池に映る夕陽が形を歪める。
少女の碧眼に、幾つもの円が波状に広がる像が映し出された。
目を見開き、何事かと息を呑みつつ少女は顔を上げる。
「お願い……!」
少女が神に縋る様に呟いた―――――その瞬間だった。
血の池に映る夕陽が形を歪める。
少女の碧眼に、幾つもの円が波状に広がる像が映し出された。
目を見開き、何事かと息を呑みつつ少女は顔を上げる。
少し、語弊がある。
何事かと息を呑みつつ、とは書いたが、彼女は全く理由が理解出来なかった訳では無い。
確信に近い推量は確かに少女の中にあった。
しかしそんな筈が無いと、少女は半ば無意識の内にそれを否定していたのだ。
今の彼がそんな行為に出るなんて、信じられないと。
だがその推量は実に見事に的の中心を射ていた事を少女は自らの碧眼をして知る。
……勿体振らずに事実を述べよう。
何事かと息を呑みつつ、とは書いたが、彼女は全く理由が理解出来なかった訳では無い。
確信に近い推量は確かに少女の中にあった。
しかしそんな筈が無いと、少女は半ば無意識の内にそれを否定していたのだ。
今の彼がそんな行為に出るなんて、信じられないと。
だがその推量は実に見事に的の中心を射ていた事を少女は自らの碧眼をして知る。
……勿体振らずに事実を述べよう。
黄昏時の廃墟の中、発狂したクレス=アルベインは大声で虚偽の世界を嗤いながら――――――泣いていたのだ。
零れ落ちる大粒の涙を視界に収めて少女は全てを理解する。同時に、激しい憐憫の情を催した。
「クレスさん……」
彼は狂いながらも悲しんでいたのだ。
激しい失望と諦観を抱いているのだ、この世界に。
しかしだからこそ、と少女は強く確信する。
悲しみがある内は、きっとまだやり直しが利くのだ、と。
少女は肩の力を抜き、紡いでいた口を開く。
「……貴方にまだ渇かぬ涙がある内は、きっとやり直せます、クレスさん。だって私もそうだったから。
流せる涙がある時が、一番“生きている”時なんです。
だから同じ様に貴方もきっと……だからお願いッ!」
少女の悲痛な叫びに少年は初めて反応し声を止めた。
ゆっくりと輝きを失った瞳が少女を見つめる。
私を信じて? と少女は頭を傾ける―――そう、罪を見つめ直す事が出来れば。
時間はとても掛かるかもしれないけれど、それでもいつか笑える日が来るかも知れないのだから。
そうして唾を飲み込み、少女はぎこちなく笑いながらゆっくりと口を開く。
「……だから、私の話を聞いて。ね?」
少女は口を半開きにして自分を見つめるクレスの手を取り、優しく、言い聞かせる様に呟く。
その言葉はまるで人類全ての母を連想させる様な不思議な包容力を持っていた。
変わり果てた様に怯える事無く、真直ぐな彼女の二つの青い瞳が彼の血塗れた顔を覗き込む。
……どうか、祈りが届きます様に。
「お願い。私達ならきっと何時の日か――――」
「クレスさん……」
彼は狂いながらも悲しんでいたのだ。
激しい失望と諦観を抱いているのだ、この世界に。
しかしだからこそ、と少女は強く確信する。
悲しみがある内は、きっとまだやり直しが利くのだ、と。
少女は肩の力を抜き、紡いでいた口を開く。
「……貴方にまだ渇かぬ涙がある内は、きっとやり直せます、クレスさん。だって私もそうだったから。
流せる涙がある時が、一番“生きている”時なんです。
だから同じ様に貴方もきっと……だからお願いッ!」
少女の悲痛な叫びに少年は初めて反応し声を止めた。
ゆっくりと輝きを失った瞳が少女を見つめる。
私を信じて? と少女は頭を傾ける―――そう、罪を見つめ直す事が出来れば。
時間はとても掛かるかもしれないけれど、それでもいつか笑える日が来るかも知れないのだから。
そうして唾を飲み込み、少女はぎこちなく笑いながらゆっくりと口を開く。
「……だから、私の話を聞いて。ね?」
少女は口を半開きにして自分を見つめるクレスの手を取り、優しく、言い聞かせる様に呟く。
その言葉はまるで人類全ての母を連想させる様な不思議な包容力を持っていた。
変わり果てた様に怯える事無く、真直ぐな彼女の二つの青い瞳が彼の血塗れた顔を覗き込む。
……どうか、祈りが届きます様に。
「お願い。私達ならきっと何時の日か――――」
―――――ぐるりと、視界が反転した。
唐突なそれに三半規管が機能しているのかどうかすら分からなくなる。
一体何が起きたのだろうか。
視界からの少な過ぎる情報ではまるで判断出来ず、少女は落ち着くまで身体を預ける事を選択した。
薄く伸びた茜雲は地を流れ、血濡れた廃墟が空に浮かぶ。
と思えばまた反転し、再び逆になり。七、八回それを繰り返した末、彼女は漸く己の身に何が降り懸かったのかを理解した。
同時に激しい吐き気を催し口から酸味掛かった液体を撒き散らす。
「んっ…ケホッ…ぁ、はっ」
前触れ無しに己を襲った喉を焼く様な激しい不快感と下腹部の痛みに、堪らず彼女は身体を丸めた。
自ら吐いた酸の臭いにより、少女を更なる強い嘔吐感が襲う。
少女は口から糸を引き溢れる唾液を拭う事すら忘れ、口元を必死に押さえた。……気持ちが悪い。
生理的嫌悪による涙が少女の頬を伝う。
少女の中で混沌としていた最悪の予想、それが起きてしまったのだ。
と、焼ける様な茜色が差していた筈の視界が唐突に暗闇に包まれた。
乱れた呼吸と髪を整える暇すら無く、少女は半ば反射的に顔を上げる。
「もういい。お前の声は一々勘に障る。実に癪だ」
低く、小刻みに怒りに揺れる言葉が虚空に轟く。
紫の大剣を携える少年は、口元を歪ませとても愉快そうに自分を見降ろしていた。
「……僕は、な!」
鈍く湿った音が辺りに響く。頬を爪先で強打され、少女はただ成す術無く崩れた家屋へと吹き飛ばされる。
少年は剣を地に引き摺りながらその構図を鼻で嗤った。
嗚呼、何と滑稽なのだろうか。
この汚らわしい屑女は、まだやり直せるなどとふざけた戯言を吠える。気持ちが悪い事この上無い。
全てが幻想で成る世界で何をしようと無駄だと云う事がまだ理解出来ないのだろうか。
実におめでたい頭の奴だ。
「あ……っ、うっ…ぐ、ゲホッ! あぐぅ…」
いや。或いは、滑稽なのは自分なのだろうか。
少年は目を細め、土煙の向こうで顔を鮮血で濡らした少女を見て歯を軋ませた。
こんな愚かな紛い物に自分は踊らされたのだ。
何と情けないのか。情けなさ過ぎて泣けてくる程だ。
少年は眉間に皺を寄せ少女の腹に容赦無く蹴りを入れる。
蛙が潰れた様を連想させる情けない声を吐き出し、少女は身体を丸め蹲った。
「ずっと君に会いたかったんだ。それなのに“お前”は僕を間違っている、だと?」
少年は瓦礫に情けなく埋まる少女の腕を掴み無理矢理身体を引き上げた。
一体何が起きたのだろうか。
視界からの少な過ぎる情報ではまるで判断出来ず、少女は落ち着くまで身体を預ける事を選択した。
薄く伸びた茜雲は地を流れ、血濡れた廃墟が空に浮かぶ。
と思えばまた反転し、再び逆になり。七、八回それを繰り返した末、彼女は漸く己の身に何が降り懸かったのかを理解した。
同時に激しい吐き気を催し口から酸味掛かった液体を撒き散らす。
「んっ…ケホッ…ぁ、はっ」
前触れ無しに己を襲った喉を焼く様な激しい不快感と下腹部の痛みに、堪らず彼女は身体を丸めた。
自ら吐いた酸の臭いにより、少女を更なる強い嘔吐感が襲う。
少女は口から糸を引き溢れる唾液を拭う事すら忘れ、口元を必死に押さえた。……気持ちが悪い。
生理的嫌悪による涙が少女の頬を伝う。
少女の中で混沌としていた最悪の予想、それが起きてしまったのだ。
と、焼ける様な茜色が差していた筈の視界が唐突に暗闇に包まれた。
乱れた呼吸と髪を整える暇すら無く、少女は半ば反射的に顔を上げる。
「もういい。お前の声は一々勘に障る。実に癪だ」
低く、小刻みに怒りに揺れる言葉が虚空に轟く。
紫の大剣を携える少年は、口元を歪ませとても愉快そうに自分を見降ろしていた。
「……僕は、な!」
鈍く湿った音が辺りに響く。頬を爪先で強打され、少女はただ成す術無く崩れた家屋へと吹き飛ばされる。
少年は剣を地に引き摺りながらその構図を鼻で嗤った。
嗚呼、何と滑稽なのだろうか。
この汚らわしい屑女は、まだやり直せるなどとふざけた戯言を吠える。気持ちが悪い事この上無い。
全てが幻想で成る世界で何をしようと無駄だと云う事がまだ理解出来ないのだろうか。
実におめでたい頭の奴だ。
「あ……っ、うっ…ぐ、ゲホッ! あぐぅ…」
いや。或いは、滑稽なのは自分なのだろうか。
少年は目を細め、土煙の向こうで顔を鮮血で濡らした少女を見て歯を軋ませた。
こんな愚かな紛い物に自分は踊らされたのだ。
何と情けないのか。情けなさ過ぎて泣けてくる程だ。
少年は眉間に皺を寄せ少女の腹に容赦無く蹴りを入れる。
蛙が潰れた様を連想させる情けない声を吐き出し、少女は身体を丸め蹲った。
「ずっと君に会いたかったんだ。それなのに“お前”は僕を間違っている、だと?」
少年は瓦礫に情けなく埋まる少女の腕を掴み無理矢理身体を引き上げた。
目の前の少女の目には涙が滲み、恐怖の色が浮かんでいる。
それが寒気を覚える程に堪らなく快感で、己の顔面を目と鼻の先まで接近させた。
お前に、僕の何が分かるんだ。
お前に、何が出来ると言うのか。
分かってるさ。何も分からないのだろう? 何も出来ない、そうだろう?
それでも貴様はそんな低俗な世迷い事を吐くのか、女!
「……挙句、僕の手を握ってやり直そう、だとッ!?」
「クレ……さ、や、め……んはぅッ」
ふつふつと募る怒りを飽和させては、身を任せる様に鳩尾に膝を繰り返し叩き込む。
少女はその暴力に抵抗も出来ず、血を吐きながら瓦礫に転がり込んだ。
それが寒気を覚える程に堪らなく快感で、己の顔面を目と鼻の先まで接近させた。
お前に、僕の何が分かるんだ。
お前に、何が出来ると言うのか。
分かってるさ。何も分からないのだろう? 何も出来ない、そうだろう?
それでも貴様はそんな低俗な世迷い事を吐くのか、女!
「……挙句、僕の手を握ってやり直そう、だとッ!?」
「クレ……さ、や、め……んはぅッ」
ふつふつと募る怒りを飽和させては、身を任せる様に鳩尾に膝を繰り返し叩き込む。
少女はその暴力に抵抗も出来ず、血を吐きながら瓦礫に転がり込んだ。
少女は朧気な視界の中必死に少年に一瞥を投げる―――突然、訳の分からぬ奇声を上げ彼が頭を抱えた。
「あぁあAaぁああaaaぁaあAaAあぁああaあぁぁAAぁあaaあぁぁぁッ!」
脳内を何かが過ぎてゆく。
ただ無言で自分を哀しそうに見るもう一人の自分が、硝子の反対側に居た。
しかしサディスティックな思考はそれを歯牙にも掛けず己を昂揚させ、ブレーキを確実に破壊してゆく。
駄目、だ。
もう、止め、ら、れない。
ただ無言で自分を哀しそうに見るもう一人の自分が、硝子の反対側に居た。
しかしサディスティックな思考はそれを歯牙にも掛けず己を昂揚させ、ブレーキを確実に破壊してゆく。
駄目、だ。
もう、止め、ら、れない。
“……クレスさんはまだ負けてませんッ!”
(そうだ、僕は今何をしているのだろう)
黙れ。
(俺は、でも、何も、もう)
黙れ。
(こんな筈じゃ、無かったのに)
黙れッ!
黙れ。
(俺は、でも、何も、もう)
黙れ。
(こんな筈じゃ、無かったのに)
黙れッ!
“クレスさん”
「う、五月蠅い! 黙れ黙れ黙れッ!
汚い手で触るな、触るなよおぉぉッ! 俺に話し掛けるなああぁぁッ!」
汚い手で触るな、触るなよおぉぉッ! 俺に話し掛けるなああぁぁッ!」
幻想の城の中の少女の言葉に苛まれ、少年は剣を振り回す。
しかし第三者から見ればそれはさながら狂人の一人芝居であり、少女コレット=ブルーネルは全身の血が凍り付く様な未知の恐怖に震える。
暫く頭を抱え譫言の様に何かを繰り返した後、少年は態度を一辺し満面の笑みで少女の前にちょこんと腰を降ろした。
「……ねぇ、ミントは僕の事を忘れてしまったのかい? ははは……真逆そんな筈は無いよね。
……ねぇミント、僕がどれだけ君に会いたかったか知ってる?」
寒気を覚える程優しく甘い声で少年は呟く。
しかし第三者から見ればそれはさながら狂人の一人芝居であり、少女コレット=ブルーネルは全身の血が凍り付く様な未知の恐怖に震える。
暫く頭を抱え譫言の様に何かを繰り返した後、少年は態度を一辺し満面の笑みで少女の前にちょこんと腰を降ろした。
「……ねぇ、ミントは僕の事を忘れてしまったのかい? ははは……真逆そんな筈は無いよね。
……ねぇミント、僕がどれだけ君に会いたかったか知ってる?」
寒気を覚える程優しく甘い声で少年は呟く。
左手で彼女の血と土に絡まった髪の一本一本を梳きながら、しかし右手に持つ剣の切っ先は、甘い響きの言葉とは裏腹に少女の喉元に冷酷なまでに強く突き付けられていた。
これ程までの恐怖がこの世に在っていいものなのかと、少女は涙を浮かべる。
確かに自分は大罪を犯した。が、しかしだ。それにしても少々罰が不釣り合いではないだろうか?
「い……いや…いや、嫌ッ」
嫌という言葉も虚しく、紫の鋭利な刃先は少しづつ肉に喰い込んで行く。
妙な汗を背中に垂らしながら、彼女は懇願する様に少年を見る―――仔猫をあやす様な笑顔の中に言い様の無い冷酷さが見え隠れしていた。
彼女は懇願が無駄だと理解するや否や必死に抵抗を試みるが、背後には瓦礫があり後退りは出来ない。
おまけに追い討ちを掛ける様に――何とも情けない事だが――腰がそれは見事に抜けていた。
「ねぇ、どんなに君を助けたかったか知ってる? ねぇ?」
ぷつ、と鋭利な刃先が少女の喉元の皮を1ミリ程破る。
真紅の宝石の様な鮮血は玉となりじわりじわりと彼女の脈の動きに従い大きさを増した。
尤も、少女が天使化すればそれは解決する問題なのだが、今、少女に精神的余裕は一抹程も無かったのだ。
極度の恐怖はそれだけで少女の脈と呼吸数を増加させ、精神的に追い込み、朱玉はやがて剣を伝い少年の手を濡らした。
少年はさも不快そうにそれを目線だけで追う。
その様子に今にも喉を撥ねられるのでは、と全身の血液がシャーベット状になり爪先から脳天まで駆けてゆく様な感覚が少女を襲っていた。
「お、お願い、お願いします。やめて……く、クレスさ―――ッあん!」
「あぁぁあぁああぁあぁぁあッ!」
少年は子供の様に地団駄を踏み、左手で乱暴に少女の金色の髪を握り上げる。
数十の汚れた金糸が少年の握り拳の隙間から散った。
「お前、が! その名でッ! ぼ、俺をッ! 呼ぶな、よぉおおぁああぁぁッ!」
逆上した少年は少女を崩れ損ないの廃墟の壁に力尽くで何度も叩き付ける。
血で顔面を濡らしながら苦痛に喘ぎ痙攣し始める少女に、さも先程何も無かったかの様に唐突に少年は笑顔になり、続けた。
「……知ってる訳、無いよね?」
その到底正気の沙汰とは思えぬギャップが彼女を更に恐怖の深淵に突き落とす。
「うっ……ぁふ…んッ」
真っ赤に染まり騒がしく動く視界の奥で嫌らしい嘲笑と共に少年は再び訳の分からぬ金切声を上げた。
これ程までの恐怖がこの世に在っていいものなのかと、少女は涙を浮かべる。
確かに自分は大罪を犯した。が、しかしだ。それにしても少々罰が不釣り合いではないだろうか?
「い……いや…いや、嫌ッ」
嫌という言葉も虚しく、紫の鋭利な刃先は少しづつ肉に喰い込んで行く。
妙な汗を背中に垂らしながら、彼女は懇願する様に少年を見る―――仔猫をあやす様な笑顔の中に言い様の無い冷酷さが見え隠れしていた。
彼女は懇願が無駄だと理解するや否や必死に抵抗を試みるが、背後には瓦礫があり後退りは出来ない。
おまけに追い討ちを掛ける様に――何とも情けない事だが――腰がそれは見事に抜けていた。
「ねぇ、どんなに君を助けたかったか知ってる? ねぇ?」
ぷつ、と鋭利な刃先が少女の喉元の皮を1ミリ程破る。
真紅の宝石の様な鮮血は玉となりじわりじわりと彼女の脈の動きに従い大きさを増した。
尤も、少女が天使化すればそれは解決する問題なのだが、今、少女に精神的余裕は一抹程も無かったのだ。
極度の恐怖はそれだけで少女の脈と呼吸数を増加させ、精神的に追い込み、朱玉はやがて剣を伝い少年の手を濡らした。
少年はさも不快そうにそれを目線だけで追う。
その様子に今にも喉を撥ねられるのでは、と全身の血液がシャーベット状になり爪先から脳天まで駆けてゆく様な感覚が少女を襲っていた。
「お、お願い、お願いします。やめて……く、クレスさ―――ッあん!」
「あぁぁあぁああぁあぁぁあッ!」
少年は子供の様に地団駄を踏み、左手で乱暴に少女の金色の髪を握り上げる。
数十の汚れた金糸が少年の握り拳の隙間から散った。
「お前、が! その名でッ! ぼ、俺をッ! 呼ぶな、よぉおおぁああぁぁッ!」
逆上した少年は少女を崩れ損ないの廃墟の壁に力尽くで何度も叩き付ける。
血で顔面を濡らしながら苦痛に喘ぎ痙攣し始める少女に、さも先程何も無かったかの様に唐突に少年は笑顔になり、続けた。
「……知ってる訳、無いよね?」
その到底正気の沙汰とは思えぬギャップが彼女を更に恐怖の深淵に突き落とす。
「うっ……ぁふ…んッ」
真っ赤に染まり騒がしく動く視界の奥で嫌らしい嘲笑と共に少年は再び訳の分からぬ金切声を上げた。
嗚呼、自分は此所で生きたまま身体を開かれ殺されるのだろうか。
激痛と恐怖に度々飛び掛ける意識の中で少女は死を覚悟した。
「だって“こいつ”は、偽者なんだから、よぉおおぉッ!」
少年は再び表情を鬼の様に歪ませて喚き散らす。
勢い良く振り上げられた拳は矢張り少女へと注がれた。
破壊され損なっていた壁を衝撃で容易く微塵に破壊し、再び鳩尾を突かれた少女は地面に胸を強打する。
意識は薄れつつあるものの、半ば反射的に胃液と飲み込み損ないの空気を体内から吐き出し、痛みに喘ぐ。
少年は無表情でその様子を見下しながら、ゆっくりと足を少女の元へと運んでいた。
「騙し通せるとでも思ったのか? ……甘いな」
幻影の大理石製の廻廊を進みながらクレス=アルベインは剣を、“ダマスクスソードを”握り直す。
激痛と恐怖に度々飛び掛ける意識の中で少女は死を覚悟した。
「だって“こいつ”は、偽者なんだから、よぉおおぉッ!」
少年は再び表情を鬼の様に歪ませて喚き散らす。
勢い良く振り上げられた拳は矢張り少女へと注がれた。
破壊され損なっていた壁を衝撃で容易く微塵に破壊し、再び鳩尾を突かれた少女は地面に胸を強打する。
意識は薄れつつあるものの、半ば反射的に胃液と飲み込み損ないの空気を体内から吐き出し、痛みに喘ぐ。
少年は無表情でその様子を見下しながら、ゆっくりと足を少女の元へと運んでいた。
「騙し通せるとでも思ったのか? ……甘いな」
幻影の大理石製の廻廊を進みながらクレス=アルベインは剣を、“ダマスクスソードを”握り直す。
魔力が収束する。男が導いた答えを、生きた証を守りたい女が意を決し走る。
『クレスさん……』
ああ、そこに居たんだね。随分探したんだよ?
お陰で苦労したんだからね。え? あはは、そんな顔しないでくれ。
何々? 怒ってるんじゃないかって?
はは。馬鹿だな……それに怒られるなら僕の方なんだ。
紛い物と君を間違えるなんて失礼だった、本当にごめん。
……待っててねミント。
もう直ぐだから。
大丈夫。心配は要らないよ。
僕には出来る。だからそんな顔は止してくれ。
うん。そうだね。
じゃあ、また。
僕は何もかもを壊してから、君の元へ行くよ。
ああ、そこに居たんだね。随分探したんだよ?
お陰で苦労したんだからね。え? あはは、そんな顔しないでくれ。
何々? 怒ってるんじゃないかって?
はは。馬鹿だな……それに怒られるなら僕の方なんだ。
紛い物と君を間違えるなんて失礼だった、本当にごめん。
……待っててねミント。
もう直ぐだから。
大丈夫。心配は要らないよ。
僕には出来る。だからそんな顔は止してくれ。
うん。そうだね。
じゃあ、また。
僕は何もかもを壊してから、君の元へ行くよ。
「僕は“この城”の地下へ行って“本物のミント”に会いに行く。大丈夫、下から僕を呼ぶ声が聞こえる。
ほら、こんなにも手に取る様に分かるじゃないか。
だから今度は間違無く本物だ。ミントは僕を否定したりはしない」
少年は幸せそうに微笑みつつ剣に蒼い炎を乗せる。
足元に転がる少女に向けそれを大きく振り被って、
ほら、こんなにも手に取る様に分かるじゃないか。
だから今度は間違無く本物だ。ミントは僕を否定したりはしない」
少年は幸せそうに微笑みつつ剣に蒼い炎を乗せる。
足元に転がる少女に向けそれを大きく振り被って、
男は女に言われた言葉を保留する。作戦やその言葉を放り出してでも守りたい人が危機に晒されようとしているのだから。
微笑みが崩れる。一瞬だけ覗いた表情は、般若の様に冷酷だった。
「だから偽者、お前は僕の為に逝け」
眩暈がする程の血の臭いに顔を顰める事無く淡々と少年はそう言い放ち、そして―――。
「だから偽者、お前は僕の為に逝け」
眩暈がする程の血の臭いに顔を顰める事無く淡々と少年はそう言い放ち、そして―――。
“信じていた”。
それを嘘だと疑う事すら忘れていたし、そもそも身体は疲労し尽くし精神はこの上無い程に困憊して居た。
いや、正直に言えばどうでも良かったのだろうか。
それを嘘だと疑う事すら忘れていたし、そもそも身体は疲労し尽くし精神はこの上無い程に困憊して居た。
いや、正直に言えばどうでも良かったのだろうか。
“信じる”なんて陳腐な言葉よりもそっちの方がよっぽどしっくりくる。
ただ、どうでもいいからだと割り切るよりは疲労困憊の所為だと、そう思っている方がずっと楽だった。
だからどうでもいいからだとは思わないようにしていたし、だがしかしそれとは裏腹に自分には何も出来ないのだと“思っていたかった”。
だってもう限界だったのだから。
ただ、どうでもいいからだと割り切るよりは疲労困憊の所為だと、そう思っている方がずっと楽だった。
だからどうでもいいからだとは思わないようにしていたし、だがしかしそれとは裏腹に自分には何も出来ないのだと“思っていたかった”。
だってもう限界だったのだから。
話は脱線するが、願った事全てが叶う世界では無い事は疾うに理解している。
ただ、分かっていても矢張り、人の辛そうな姿を見るのが厭だった。
それがエゴだと言う事は充分過ぎる程に身に染みている。
しかしそれでも如何にもならない。嫌でも皆の疲れきった顔が視界に入るのだから。
そして気付いてしまったのだ。見てしまった。
“生きて居る”内では決して辿り着けぬ禁断の地平線の先の景色を。
そして全てに絶望した。
中でも何より、人の疲れる顔を嫌がっていた自分の顔が一番疲れた表情をしていた事に絶望を覚えた。
そして、ふと思う。
ただ、分かっていても矢張り、人の辛そうな姿を見るのが厭だった。
それがエゴだと言う事は充分過ぎる程に身に染みている。
しかしそれでも如何にもならない。嫌でも皆の疲れきった顔が視界に入るのだから。
そして気付いてしまったのだ。見てしまった。
“生きて居る”内では決して辿り着けぬ禁断の地平線の先の景色を。
そして全てに絶望した。
中でも何より、人の疲れる顔を嫌がっていた自分の顔が一番疲れた表情をしていた事に絶望を覚えた。
そして、ふと思う。
だったら、何も考えず“何もしない方が”ずっといいと。
これならば人の疲れた顔に鬱になる事も無ければ、自分がこれ以上疲れる事も無い。
何と素敵な考えだろうか。
何と素敵な考えだろうか。
―――だが、本当は全て分かっていたのだ。
本当は痛い程に理解していた。そこにある大きな矛盾を。
言っている事と本音の差異。どれだけ差別化を謀ろうと、自分はそれだけは消せなかった。
どれだけ感情を消そうと、どれだけ形を消そうと、自分はこの服のカタチだけを消せなかった様に。
本当は痛い程に理解していた。そこにある大きな矛盾を。
言っている事と本音の差異。どれだけ差別化を謀ろうと、自分はそれだけは消せなかった。
どれだけ感情を消そうと、どれだけ形を消そうと、自分はこの服のカタチだけを消せなかった様に。
人は、道を二つ同時に選ぶ事は出来ない。
そんな事、子供でも理解している。
唐突に何の話かって?
……取り敢えず、だ。先走らず耳を傾けておいて欲しい。
話を戻そう。
くどいようだが人は二つの事象を同時に選択する事が出来ない。
しかし、理解していながら私は未だに廻っているのだ。二本の平行線を無理矢理に繋げてしまっている。
交わる事は永遠に無いと理解しながら、平行線のずっと先が見えぬ事に安堵していた。
もしかするとと、在りもしない希望を持っていたのだ。
無論心の底では、どちらかを早く選ばなければならない事を理解していた。
この世は曖昧な返事ではありとあらゆる事象が成し得無いのだ。
だがしかし、選択する事への恐怖は一向に緩和しなかった。
どうしようもなく私は臆病だった。だから理解しながらも選択が出来ない。
何処かで何かが、撞着していた。
そんな事、子供でも理解している。
唐突に何の話かって?
……取り敢えず、だ。先走らず耳を傾けておいて欲しい。
話を戻そう。
くどいようだが人は二つの事象を同時に選択する事が出来ない。
しかし、理解していながら私は未だに廻っているのだ。二本の平行線を無理矢理に繋げてしまっている。
交わる事は永遠に無いと理解しながら、平行線のずっと先が見えぬ事に安堵していた。
もしかするとと、在りもしない希望を持っていたのだ。
無論心の底では、どちらかを早く選ばなければならない事を理解していた。
この世は曖昧な返事ではありとあらゆる事象が成し得無いのだ。
だがしかし、選択する事への恐怖は一向に緩和しなかった。
どうしようもなく私は臆病だった。だから理解しながらも選択が出来ない。
何処かで何かが、撞着していた。
“何も出来ない”と語る外面の自分と、“何もしない方が良い”と語る内面の自分。
どちらがどちらを語っていて、どちらがどちらを騙っているのか。
(それも本当は分かっていたのに)
何もしない方が良い、それは即ち何かが出来ると云う事であり何も出来ない事とは似て非なるものだ。
(ただそれを認める事は決意を壊してしまう行為だったから)
しかしその矛盾を認めてしまえば、誓いの両刃と約束の十字架はどうなる―――それは遁辞に過ぎない。
何の為に消したのか―――その行為にも矛盾があった。
それでも消せなかったものが、確かに此所に在る。
(だから、曖昧な境界線上を揺らぎ続ける方がずっと心地良かった)
矛盾だらけの世界。しかしその景色を見る事が出来るのは恐らくはある意味で達観してしまった自分だけ。
……仲間が、欲しかった。
同じ景色をその目で見て欲しかった。
しかしそうして話した彼は、自分とは違った。だが確かに彼は同じものを見ていたと思う。
それでも彼は醜くも足掻いていた。それはそれは最高に疲れきった笑顔で。
その表情を見た瞬間に全てを理解した。嗚呼。彼は、縛られているだけなのだ、と。
だから少しの好奇心が沸いた。例え原動力が何であろうと動ける事は素敵な事だと思うから。
雁字搦めにされた翼で何処まで飛べるのか、それを見てみたかった。
しかし、
しかし彼は。
どちらがどちらを語っていて、どちらがどちらを騙っているのか。
(それも本当は分かっていたのに)
何もしない方が良い、それは即ち何かが出来ると云う事であり何も出来ない事とは似て非なるものだ。
(ただそれを認める事は決意を壊してしまう行為だったから)
しかしその矛盾を認めてしまえば、誓いの両刃と約束の十字架はどうなる―――それは遁辞に過ぎない。
何の為に消したのか―――その行為にも矛盾があった。
それでも消せなかったものが、確かに此所に在る。
(だから、曖昧な境界線上を揺らぎ続ける方がずっと心地良かった)
矛盾だらけの世界。しかしその景色を見る事が出来るのは恐らくはある意味で達観してしまった自分だけ。
……仲間が、欲しかった。
同じ景色をその目で見て欲しかった。
しかしそうして話した彼は、自分とは違った。だが確かに彼は同じものを見ていたと思う。
それでも彼は醜くも足掻いていた。それはそれは最高に疲れきった笑顔で。
その表情を見た瞬間に全てを理解した。嗚呼。彼は、縛られているだけなのだ、と。
だから少しの好奇心が沸いた。例え原動力が何であろうと動ける事は素敵な事だと思うから。
雁字搦めにされた翼で何処まで飛べるのか、それを見てみたかった。
しかし、
しかし彼は。
これはどういった風の吹き回しなのだろうと思った。彼は―――歩いてみせたのだ。
巻かれたゼンマイは既にして止まっていたのに。
彼はそれを無視し、無理矢理に歩き出したのだ。
自分の考えが藪睨みだったのだろうか。いや、そうだとしても有り得ない。
有り得ない事だと思った。疲れ果て、自分と同様に色褪せた世界を見つめる彼が、歩いて見せたのだ。
巻かれたゼンマイは既にして止まっていたのに。
彼はそれを無視し、無理矢理に歩き出したのだ。
自分の考えが藪睨みだったのだろうか。いや、そうだとしても有り得ない。
有り得ない事だと思った。疲れ果て、自分と同様に色褪せた世界を見つめる彼が、歩いて見せたのだ。
一抹の光が、差し込んだ気がした。
確かに結果は散々たるものだった。
見るに耐えない程残酷で汚く、何も知らぬ側の人間から言ってしまえば恐らく惨め極まった情けない最後だった。
それでも。
それでも彼は遺したのだ。少女の心と――――この腐敗した心に一筋の、だが確かに強く照らす光を。
本当はとても簡単な事だったのかも知れない。
だって、高が一筋の光が一方の地平線を照らすだけで、自分はそちらに向き直せたのだから。
見るに耐えない程残酷で汚く、何も知らぬ側の人間から言ってしまえば恐らく惨め極まった情けない最後だった。
それでも。
それでも彼は遺したのだ。少女の心と――――この腐敗した心に一筋の、だが確かに強く照らす光を。
本当はとても簡単な事だったのかも知れない。
だって、高が一筋の光が一方の地平線を照らすだけで、自分はそちらに向き直せたのだから。
―――こうして少女は、一歩を踏み出す。
自分は彼と違い、今何がしたいのかは善く分からない。
ゼンマイを巻く螺子が無い分彼よりも余計に進まなければならないだろう。
それでも、視点を変えるだけでこんなにも世界は広くなると教えてくれた。
それでも、視点を変えるだけでこんなにも世界は広くなると教えてくれた。
思えば、自分は何故彼に声を掛けたのだろうか。
あんな思いをするのは一人でいい筈じゃないか。
疲れる顔を見るのが厭じゃなかったのか。
確かに仲間が欲しかったからだとは言ったが、彼にこの景色を見せて何を期待していたのだろう。
自らの力で動いてみせるというこの奇跡を?
それとも敵を倒す事を?
はたまた、彼の無残な死を見る事により本当の諦めを得る為?
ううん、きっと、全部違う。
期待なんて、多分してなかった。
途方に暮れていた私は、何か切っ掛けが欲しかったのだ。
(どれだけ、自分を偽って来ただろうか)
そして……何よりも。
あんな思いをするのは一人でいい筈じゃないか。
疲れる顔を見るのが厭じゃなかったのか。
確かに仲間が欲しかったからだとは言ったが、彼にこの景色を見せて何を期待していたのだろう。
自らの力で動いてみせるというこの奇跡を?
それとも敵を倒す事を?
はたまた、彼の無残な死を見る事により本当の諦めを得る為?
ううん、きっと、全部違う。
期待なんて、多分してなかった。
途方に暮れていた私は、何か切っ掛けが欲しかったのだ。
(どれだけ、自分を偽って来ただろうか)
そして……何よりも。
どんなに罪を犯しても。
どんなに己に苛まれても。
どんなに厭なモノを消そうとも。
どんなに世界に絶望しようとも。
どんなに諦観の狭間に居場所を造ろうとも。
どんなに己に苛まれても。
どんなに厭なモノを消そうとも。
どんなに世界に絶望しようとも。
どんなに諦観の狭間に居場所を造ろうとも。
それでも、
一人じゃ、
寂しかったんだ。
「ま、待てよメルディ!」
血相を変えて走り出そうとした少女の腕を学士は力任せに掴む。
そこで初めて自分の掌が汗ばんでいた事を知り、学士は気付くのだ。こんなにも自分が動揺している事を。
「今出て行けば危険だ! お前、晶霊術士なんだぞ? 自覚してるのか?
その態で単身でクレスに挑むつもりか?
それにそもそもだ。これは一体何の冗談だ!? そんな愚行をしてる場合か!
無関係なお前が容喙する理由は何処にも無いだろう!
僕達がすべき事は奴等に仲良く馴れ合う事じゃないだろうッ!?」
思わずヒステリックな声で学士は叫ぶ。
一瞬の静寂と赤い光が辺りを包み、学士の荒い息だけが音となり互いの鼓膜を刺激した。
学士はここで漸く自分の喧しい事この上無かった声に焦りを覚え唇を指でなぞった。
少し不安になり辺りを目線だけで見渡すが、変化は無く再び少女を見据えた。
上手く自分の立場を弁えぬ声が少年の絶叫により掻き消えてくれたようで安堵する。
「……ごめんなキール。メルディ、行かなくちゃ」
幼き晶霊技師は透き通る様な目で学士を真直ぐに見つめた。
血相を変えて走り出そうとした少女の腕を学士は力任せに掴む。
そこで初めて自分の掌が汗ばんでいた事を知り、学士は気付くのだ。こんなにも自分が動揺している事を。
「今出て行けば危険だ! お前、晶霊術士なんだぞ? 自覚してるのか?
その態で単身でクレスに挑むつもりか?
それにそもそもだ。これは一体何の冗談だ!? そんな愚行をしてる場合か!
無関係なお前が容喙する理由は何処にも無いだろう!
僕達がすべき事は奴等に仲良く馴れ合う事じゃないだろうッ!?」
思わずヒステリックな声で学士は叫ぶ。
一瞬の静寂と赤い光が辺りを包み、学士の荒い息だけが音となり互いの鼓膜を刺激した。
学士はここで漸く自分の喧しい事この上無かった声に焦りを覚え唇を指でなぞった。
少し不安になり辺りを目線だけで見渡すが、変化は無く再び少女を見据えた。
上手く自分の立場を弁えぬ声が少年の絶叫により掻き消えてくれたようで安堵する。
「……ごめんなキール。メルディ、行かなくちゃ」
幼き晶霊技師は透き通る様な目で学士を真直ぐに見つめた。
良い意味で――学士にとっては悪い意味かも知れないが――変化し始めているその瞳に何もかもを見透かされている様で、学士は少し圧倒され尻込みをする。
その隙に腕を引き抜こうと少女は抵抗するが、そうは行かないと学士も必死に押さえ付けた。
如何にキール=ツァイベルが非力と言えど、少なくとも目前の少女よりは力があるであろう事は学士は自負していた。
「待てよ、そんなの……そんなの! お前まで失ったら僕は如何すればいいんだよ馬鹿!
僕は……僕は、ただお前と一緒に……」
「それでもメルディは、行かなきゃならないよ……ロイドが守ったものを、メルディ守りたい」
「ロイド、だと? 何を毒されたかは知らないがあんな夢見がちな馬鹿で愚かな主人公気取りの奴の為なんかにッ!
良いか? あんな阿呆共に付き合ってる暇は無いんだよ!
奴等は何もかもを理解して居ない! 平気で奇跡を起こせると思ってるッ!
何が奇跡だ。僕らをその身勝手な行動で突き落とし、そして現実はどうだよ! それがあの様だッ!」
「キールの分からず屋……!
ロイドは、あのロイドは違うんだよぅ……」
「分からず屋はお前だろうッ! あのロイドがどうであろうが茶番の末死んだ、その事実は変わらない! クレスだってもう死にかけだ!
奴を屠れば全てが終わる、それが分からないのかメルディッ!」
「違う……違うよ、メルディには分からないよキール」
「……ッ! 何にせよお前は僕に付いてくれば大丈夫なんだよ! 僕の計画は完璧、ああ、そうさ! 僕の計画は完璧だッ!
欠点なんか何処を探しても有りはしない……それの何が分からないんだ!」
「メルディはキールのお人形さんじゃないよッ!」
空に吸い込まれて行く金切声にはっとした様に目を見開く。
息を吐く間が無い程の怒濤の争いが止み静寂が辺りを包んだ。
何かを反論しろ、と命令が学士の脳から発せられるが上手く言葉が口から出ない。
学士は口を紡ぎ地面に目を泳がせた。
何時の間にだろうか、肩で息をしているのは目の端に涙を溜めた少女となっていた。
「……メルディには、メルディ自身のやりたい事があるよ」
辺りを重い空気が包み込む。
成体のポットラビッチヌス、もといクィッキーはそんな空気を気にも止めず足で耳の裏を掻いていた。
現れた静寂をタイミングを計ったかの様に切り裂いたのは瓦礫が崩れる音。
その隙に腕を引き抜こうと少女は抵抗するが、そうは行かないと学士も必死に押さえ付けた。
如何にキール=ツァイベルが非力と言えど、少なくとも目前の少女よりは力があるであろう事は学士は自負していた。
「待てよ、そんなの……そんなの! お前まで失ったら僕は如何すればいいんだよ馬鹿!
僕は……僕は、ただお前と一緒に……」
「それでもメルディは、行かなきゃならないよ……ロイドが守ったものを、メルディ守りたい」
「ロイド、だと? 何を毒されたかは知らないがあんな夢見がちな馬鹿で愚かな主人公気取りの奴の為なんかにッ!
良いか? あんな阿呆共に付き合ってる暇は無いんだよ!
奴等は何もかもを理解して居ない! 平気で奇跡を起こせると思ってるッ!
何が奇跡だ。僕らをその身勝手な行動で突き落とし、そして現実はどうだよ! それがあの様だッ!」
「キールの分からず屋……!
ロイドは、あのロイドは違うんだよぅ……」
「分からず屋はお前だろうッ! あのロイドがどうであろうが茶番の末死んだ、その事実は変わらない! クレスだってもう死にかけだ!
奴を屠れば全てが終わる、それが分からないのかメルディッ!」
「違う……違うよ、メルディには分からないよキール」
「……ッ! 何にせよお前は僕に付いてくれば大丈夫なんだよ! 僕の計画は完璧、ああ、そうさ! 僕の計画は完璧だッ!
欠点なんか何処を探しても有りはしない……それの何が分からないんだ!」
「メルディはキールのお人形さんじゃないよッ!」
空に吸い込まれて行く金切声にはっとした様に目を見開く。
息を吐く間が無い程の怒濤の争いが止み静寂が辺りを包んだ。
何かを反論しろ、と命令が学士の脳から発せられるが上手く言葉が口から出ない。
学士は口を紡ぎ地面に目を泳がせた。
何時の間にだろうか、肩で息をしているのは目の端に涙を溜めた少女となっていた。
「……メルディには、メルディ自身のやりたい事があるよ」
辺りを重い空気が包み込む。
成体のポットラビッチヌス、もといクィッキーはそんな空気を気にも止めず足で耳の裏を掻いていた。
現れた静寂をタイミングを計ったかの様に切り裂いたのは瓦礫が崩れる音。
二人は肩をびくんと震わせ音源の方向を一瞥する。華奢な少女が狂った少年に今にも殺されようとしていた。
少女はその景色に歯を軋ませ、血を流し痙攣する彼女から目線を学士に戻す。
「駄目だよキール、コレットが死んじゃうよ……お願い、早く離してよぅ」
「嫌だッ!」
声を裏返してまで叫んでおいて、嗚呼何と自分は餓鬼なのかと情けなくなった。
これではただの駄々を捏ねる子供じゃないか。
正面な反駁も出来ずこの程度の低俗な言葉しか言えないのか僕は。
少女はその景色に歯を軋ませ、血を流し痙攣する彼女から目線を学士に戻す。
「駄目だよキール、コレットが死んじゃうよ……お願い、早く離してよぅ」
「嫌だッ!」
声を裏返してまで叫んでおいて、嗚呼何と自分は餓鬼なのかと情けなくなった。
これではただの駄々を捏ねる子供じゃないか。
正面な反駁も出来ずこの程度の低俗な言葉しか言えないのか僕は。
不意に、自分の目が少女のずっと後方に伏す馬鹿を認める。
何と間抜けな姿だろうか―――でも、ならば今の僕は何だ。
何と間抜けな姿だろうか―――でも、ならば今の僕は何だ。
はは。全く情けない。これじゃあ僕の言葉に反駁出来ず飛び出したあの凡人と同じじゃないか。
散々奴を馬鹿にしていた僕がこの様では世話が無い。
笑いたければ笑うが良い。
それでも、それでも僕は……この腕を手放す訳には行かないんだ。
……もう、嫌なんだ。
これ以上何も喪いたくは無いんだッ!
「僕達力の無い凡人達には道は残されていないんだよ! 如何してそれが理解出来ない!
奇跡なんて期待する権利は一抹さえ無いんだよ僕達にはッ!
見下される存在、無意味な存在、“何も出来ない”無力な存在ッ! あぁそれが僕達さ!
だからもうこうするしか無いッ!
そうさこれがラストチャンスなんだよメルディ、ミステイクは一度足りとも赦されないッ!」
「……キールは」
一旦唾を飲み込み、荒く息をする少女は続けた。
「キールは、皆がキールが同じかそれ以下じゃないと認められないの?」
腕を掴む学士の手がその言葉にびくりと反応し緩む。
少女はそれに目敏く反応し力尽くで腕を引き抜いた。
成す術無く学士は掴むものを失った腕をだらりと垂れる。
夕陽を浴びた少女は、瓦礫の影に埋もれた自分と対の存在の様で、学士は言葉を失った。
これから自分に言われるであろう決定的な一打への確信に近い推量を持ちながらも、学士は黙す。
「だったら本当に人を見下してるのは……」
頭を垂れた少女は拳を強く握りながら涙を零す。
一瞬の戸惑いを経て、だがしかしそれでも少女は容赦無くその言葉を学士に突き付けた。
散々奴を馬鹿にしていた僕がこの様では世話が無い。
笑いたければ笑うが良い。
それでも、それでも僕は……この腕を手放す訳には行かないんだ。
……もう、嫌なんだ。
これ以上何も喪いたくは無いんだッ!
「僕達力の無い凡人達には道は残されていないんだよ! 如何してそれが理解出来ない!
奇跡なんて期待する権利は一抹さえ無いんだよ僕達にはッ!
見下される存在、無意味な存在、“何も出来ない”無力な存在ッ! あぁそれが僕達さ!
だからもうこうするしか無いッ!
そうさこれがラストチャンスなんだよメルディ、ミステイクは一度足りとも赦されないッ!」
「……キールは」
一旦唾を飲み込み、荒く息をする少女は続けた。
「キールは、皆がキールが同じかそれ以下じゃないと認められないの?」
腕を掴む学士の手がその言葉にびくりと反応し緩む。
少女はそれに目敏く反応し力尽くで腕を引き抜いた。
成す術無く学士は掴むものを失った腕をだらりと垂れる。
夕陽を浴びた少女は、瓦礫の影に埋もれた自分と対の存在の様で、学士は言葉を失った。
これから自分に言われるであろう決定的な一打への確信に近い推量を持ちながらも、学士は黙す。
「だったら本当に人を見下してるのは……」
頭を垂れた少女は拳を強く握りながら涙を零す。
一瞬の戸惑いを経て、だがしかしそれでも少女は容赦無くその言葉を学士に突き付けた。
「……キールの方だよ」
残酷な言葉と共に少女は踵を返し路地裏から飛び出した。
学士には少女が涙を袖で拭い泣きじゃくりながら走り去って行く様を見届ける事しか出来ず、唇の端から血を流す。
学士には少女が涙を袖で拭い泣きじゃくりながら走り去って行く様を見届ける事しか出来ず、唇の端から血を流す。
「はは……。何なんだよ……何も分かって無いくせによくそんな大口が叩けるよな。
……僕は、僕はただ! お前と居たかっただけなのにッ!!」
崩壊した涙腺と自らを支えてきた柱の破片は、彼の中を目茶苦茶に掻き回してゆく。
この戦場がこれからどうなるのか、それは彼の混乱とは無関係に、予想が出来無い程の境地に達していた。
……僕は、僕はただ! お前と居たかっただけなのにッ!!」
崩壊した涙腺と自らを支えてきた柱の破片は、彼の中を目茶苦茶に掻き回してゆく。
この戦場がこれからどうなるのか、それは彼の混乱とは無関係に、予想が出来無い程の境地に達していた。
敢えてこの行動に出たのは何故かと訊かれれば言葉を失ってしまう自信がある。
これと言って特に理由は無いのだ。
言うならば理由よりは断然使命感の方を強く感じていた。
自分はコレットを守るべきだ、と。
ロイドが奇跡を起こしてまで――奇跡なんて言ってしまえば陳腐な言葉になってしまうけど――遺した証を失う訳にはいかないのだ。
だってロイドが自分の中に遺したこの気持ちはこんなにも輝いてるじゃないか。
ならばもう一つの、この少女の中のそれも輝いてるいる筈だ―――そんな根拠も無い確信が何処かに有った。
「駄目ええええぇぇぇぇぇぇぇッ!」
少女は学士の裏返った絶叫を背に自らも叫び、剣を振りかぶる騎士の背中へと己の身体を丸めて投げ出した。
錯乱していた騎士は予想外の攻撃に見事に吹き飛ばされ、瓦礫に突っ伏す。
これと言って特に理由は無いのだ。
言うならば理由よりは断然使命感の方を強く感じていた。
自分はコレットを守るべきだ、と。
ロイドが奇跡を起こしてまで――奇跡なんて言ってしまえば陳腐な言葉になってしまうけど――遺した証を失う訳にはいかないのだ。
だってロイドが自分の中に遺したこの気持ちはこんなにも輝いてるじゃないか。
ならばもう一つの、この少女の中のそれも輝いてるいる筈だ―――そんな根拠も無い確信が何処かに有った。
「駄目ええええぇぇぇぇぇぇぇッ!」
少女は学士の裏返った絶叫を背に自らも叫び、剣を振りかぶる騎士の背中へと己の身体を丸めて投げ出した。
錯乱していた騎士は予想外の攻撃に見事に吹き飛ばされ、瓦礫に突っ伏す。
「だ、大丈夫だったか……?」
手を胸の辺りで握りながら目の前の褐色の肌をした少女は心配そうにそう言った。
妙な青い宝石のような物が額に着いているけど、エクスフィア、だろうか?
「あ、え…えと……?」
私はさぞ目をぱちくりさせていただろうと思う。
それは当然の反応なのかもしれない。だって私はこの少女が誰なのか、全く知らなかったのだから。
手を胸の辺りで握りながら目の前の褐色の肌をした少女は心配そうにそう言った。
妙な青い宝石のような物が額に着いているけど、エクスフィア、だろうか?
「あ、え…えと……?」
私はさぞ目をぱちくりさせていただろうと思う。
それは当然の反応なのかもしれない。だって私はこの少女が誰なのか、全く知らなかったのだから。
「どいつもこいつも……」
ゆらり、と少年は低く唸りながら瓦礫の山から身体を起こす。
青筋を額に浮かべながら、少年は乱れた前髪を乱暴に払った。
「そんなに殺されたいのかよ……?」
どうしてこいつらはこう何時も僕の邪魔をする。
路傍の石の分際で、そんなに僕に殺されたいのかこの自殺志願者共はッ!
いいだろう、ならお望み通り一撃で叩き割ってやるよッ!
「そんなに俺の邪魔をしたいのかよおぉぉおああぁぁぁあぁぁッ!」
ゆらり、と少年は低く唸りながら瓦礫の山から身体を起こす。
青筋を額に浮かべながら、少年は乱れた前髪を乱暴に払った。
「そんなに殺されたいのかよ……?」
どうしてこいつらはこう何時も僕の邪魔をする。
路傍の石の分際で、そんなに僕に殺されたいのかこの自殺志願者共はッ!
いいだろう、ならお望み通り一撃で叩き割ってやるよッ!
「そんなに俺の邪魔をしたいのかよおぉぉおああぁぁぁあぁぁッ!」
少年は血走った鷹の様な目で自らを吹き飛ばした少女を睨む。
少女はその人間とは程遠い鬼の様な表情に畏縮し鳥肌を立てるが、唾を飲み込み何とか口を開いた。
「……メルディ、何とかするから、コレットが早く逃げて」
え、と動揺する血塗れの少女。
少女はその人間とは程遠い鬼の様な表情に畏縮し鳥肌を立てるが、唾を飲み込み何とか口を開いた。
「……メルディ、何とかするから、コレットが早く逃げて」
え、と動揺する血塗れの少女。
それを尻目に訳の分からぬ悲鳴を上げつつ、騎士は大剣を振り上げた。
学士は自分を分析出来ない程に混乱していた。
冷静にならねばと考えれば考える程、焦躁は累乗的に蓄積し、心の中の糸は絡まってゆく。
解いているつもりが更に複雑に絡めてしまっているのだ、全く以て世話も無い。
彼の中では今、確実な悪循環が生じていた。
「ちくしょう……畜生!」
今出来る最善を早く考えろ―――違う。
僕が今すべき事は何だ、思い出せ―――違う!
優先すべき事を考えろ―――違うッ!
クレスをインディグネイションで討つんだろう!? ―――違うって言ってんだろうッ!
今、この頭を使わないで何時使うんだよ!
なぁ、そうだろキール=ツァイベル!
何も違わないだろうッ!
ああ良いから冷静になれ! そう、素数を数えてクールになるんだ!
1、3、5、7、11……!
大丈夫だ。お前ならやれるさキール=ツァイベルッ!
この程度のエラー、屁でも無いさ。想定内だ。ああ想定内だね。バックアップで何とかなるさッ!
「いいから冷静になれって言ってるだろ、畜生おぉぉッ!!」
今更奇跡なんか信じないんだろ!?
馬鹿か僕は! それとも阿呆か!?
みすみす最後のチャンスを棒に振るとでも言うのかッ!?
なぁ、はっきりしろよ!
なあおいッ!
ミステイクは赦されないんだぞッ!
分かってる。それも分かってるんだよ! じゃあ、如何してだよこんちくしょうッ!
誰でも良いから教えろよ―――答えは分かってるだろう馬鹿野郎!
“だからまだ間に合う。引き返せ!”
「……メルディを、」
ああそうさ、僕は願いの為なら優勝をも考えてる最低な人間だッ! そうだろ!?
ロイドという手札を捨て、カイルとヴェイグを戦場に送り込み! ミトスに付け入ろうとした。そういう奴だよ僕は!
そうするしか無かったッ!
仕方が無かったッ!
もう止められない所まで来てしまった……鬼になる覚悟だって勿論在るさ!
此所でクレスを殺せば後は苦労せず一直線だ! そうだろうッ!?
何も違わないだろうッ!?
冷静にならねばと考えれば考える程、焦躁は累乗的に蓄積し、心の中の糸は絡まってゆく。
解いているつもりが更に複雑に絡めてしまっているのだ、全く以て世話も無い。
彼の中では今、確実な悪循環が生じていた。
「ちくしょう……畜生!」
今出来る最善を早く考えろ―――違う。
僕が今すべき事は何だ、思い出せ―――違う!
優先すべき事を考えろ―――違うッ!
クレスをインディグネイションで討つんだろう!? ―――違うって言ってんだろうッ!
今、この頭を使わないで何時使うんだよ!
なぁ、そうだろキール=ツァイベル!
何も違わないだろうッ!
ああ良いから冷静になれ! そう、素数を数えてクールになるんだ!
1、3、5、7、11……!
大丈夫だ。お前ならやれるさキール=ツァイベルッ!
この程度のエラー、屁でも無いさ。想定内だ。ああ想定内だね。バックアップで何とかなるさッ!
「いいから冷静になれって言ってるだろ、畜生おぉぉッ!!」
今更奇跡なんか信じないんだろ!?
馬鹿か僕は! それとも阿呆か!?
みすみす最後のチャンスを棒に振るとでも言うのかッ!?
なぁ、はっきりしろよ!
なあおいッ!
ミステイクは赦されないんだぞッ!
分かってる。それも分かってるんだよ! じゃあ、如何してだよこんちくしょうッ!
誰でも良いから教えろよ―――答えは分かってるだろう馬鹿野郎!
“だからまだ間に合う。引き返せ!”
「……メルディを、」
ああそうさ、僕は願いの為なら優勝をも考えてる最低な人間だッ! そうだろ!?
ロイドという手札を捨て、カイルとヴェイグを戦場に送り込み! ミトスに付け入ろうとした。そういう奴だよ僕は!
そうするしか無かったッ!
仕方が無かったッ!
もう止められない所まで来てしまった……鬼になる覚悟だって勿論在るさ!
此所でクレスを殺せば後は苦労せず一直線だ! そうだろうッ!?
何も違わないだろうッ!?
なら、何で!
なら何で僕は今!
―――メルディを庇ってクレスの目の前に立ってるんだよ畜生おおぉぉぉぉぉッ!
「……メルディを傷付ける奴は」
紺碧の空を思わせる髪が風に掠われる。
俯かれた顔からは表情を到底伺い知れない。
「喩え誰だろうと、この僕が」
学士は意を決して顔を上げる―――“もう一人の鬼”の顔が、目前にあった。
「……許さない!」
収束した魔力が解放される。圧縮された水の刃が、弧を描き空気を裂きながら鬼へと飛翔した。
俯かれた顔からは表情を到底伺い知れない。
「喩え誰だろうと、この僕が」
学士は意を決して顔を上げる―――“もう一人の鬼”の顔が、目前にあった。
「……許さない!」
収束した魔力が解放される。圧縮された水の刃が、弧を描き空気を裂きながら鬼へと飛翔した。
あらゆる思惑の糸が絡み合い、彼等は一点に収束する。
葛藤の渦中の鬼達は、果たしてこの死闘の末に何を見出だすのか。
葛藤の渦中の鬼達は、果たしてこの死闘の末に何を見出だすのか。
【クレス=アルベイン 生存確認】
状態:HP20% TP20% 善意及び判断能力の喪失 薬物中毒による禁断症状発症
戦闘狂 殺人狂 殺意が禁断症状を上回っている 放送を聞いていない
背部大裂傷×2 全身装甲無し 全身に裂傷 背中に複数穴 軽度の痺れ
重度疲労 調和した錯乱 幻覚・幻聴症状
所持品:エターナルソード クレスの荷物
基本行動方針:全てを壊す
第一行動方針:キールを殺す。その後コレットとメルディを殺す
第二行動方針:本物のミントを救う
第二行動方針:その後コングマン(=グリッド)の遺体を完璧に消す?
第三行動方針:ティトレイはまだ殺さない?
現在位置:C3村西地区・ファラの家焼け跡前
※今のクレスにはコレットとミントの区別が付きません
※数点のキーワードからグリッドをコングマンと断定しました
※クレスは天使化を知らない為、彼が左胸を刺したグリッドは死んだと思っています
状態:HP20% TP20% 善意及び判断能力の喪失 薬物中毒による禁断症状発症
戦闘狂 殺人狂 殺意が禁断症状を上回っている 放送を聞いていない
背部大裂傷×2 全身装甲無し 全身に裂傷 背中に複数穴 軽度の痺れ
重度疲労 調和した錯乱 幻覚・幻聴症状
所持品:エターナルソード クレスの荷物
基本行動方針:全てを壊す
第一行動方針:キールを殺す。その後コレットとメルディを殺す
第二行動方針:本物のミントを救う
第二行動方針:その後コングマン(=グリッド)の遺体を完璧に消す?
第三行動方針:ティトレイはまだ殺さない?
現在位置:C3村西地区・ファラの家焼け跡前
※今のクレスにはコレットとミントの区別が付きません
※数点のキーワードからグリッドをコングマンと断定しました
※クレスは天使化を知らない為、彼が左胸を刺したグリッドは死んだと思っています
【コレット=ブルーネル 生存確認】
状態:HP70% TP15% 罪を認め生きる決意 全身に痣や傷
昏睡寸前 深い悲しみ
所持品(サック未所持):苦無×1 ピヨチェック 要の紋@コレット
基本行動方針:何時か心の底から笑う
第一行動方針:目の前の男性と女性の真意を探る
第三行動方針:クレスをこうしてしまった責任を取りたい
第四行動方針:リアラを殺してしまった事をカイルに打ち明ける
現在位置:C3村西地区・ファラの家焼け跡前
状態:HP70% TP15% 罪を認め生きる決意 全身に痣や傷
昏睡寸前 深い悲しみ
所持品(サック未所持):苦無×1 ピヨチェック 要の紋@コレット
基本行動方針:何時か心の底から笑う
第一行動方針:目の前の男性と女性の真意を探る
第三行動方針:クレスをこうしてしまった責任を取りたい
第四行動方針:リアラを殺してしまった事をカイルに打ち明ける
現在位置:C3村西地区・ファラの家焼け跡前
【メルディ 生存確認】
状態:TP50% 色褪せた生への失望?(TP最大値が半減。上級術で廃人化?)
神の罪の意識 キールにサインを教わった 何かが見えている? 微かな心情の変化
所持品:スカウトオーブ・少ない トレカ カードキー ウグイスブエ BCロッド C・ケイジ@C(風・光・元・地・時)
ダーツセット クナイ×3 双眼鏡 クィッキー(バッジ装備中)漆黒の翼のバッジ
基本行動方針:ロイドが遺したもの(=コレット、自分のこの気持ち)を守る
第一行動方針:自分が何をしたいのかを見つける
第二行動方針:ロイドが見たものを見る
現在位置:C3村西地区・ファラの家焼け跡前
状態:TP50% 色褪せた生への失望?(TP最大値が半減。上級術で廃人化?)
神の罪の意識 キールにサインを教わった 何かが見えている? 微かな心情の変化
所持品:スカウトオーブ・少ない トレカ カードキー ウグイスブエ BCロッド C・ケイジ@C(風・光・元・地・時)
ダーツセット クナイ×3 双眼鏡 クィッキー(バッジ装備中)漆黒の翼のバッジ
基本行動方針:ロイドが遺したもの(=コレット、自分のこの気持ち)を守る
第一行動方針:自分が何をしたいのかを見つける
第二行動方針:ロイドが見たものを見る
現在位置:C3村西地区・ファラの家焼け跡前
【キール・ツァイベル 生存確認】
状態:TP50% 「鬼」になる覚悟? 裏インディグネイション発動可能 ミトスが来なかった事への動揺
ロイドの損害に対する憤慨 メルディにサインを教授済み 先行きに対する不安
正しさへの葛藤 メルディの変化と自分の行動への戸惑い
所持品:ベレット セイファートキー キールのレポート ジェイのメモ ダオスの遺書 首輪×3
ハロルドメモ1 2(1は炙り出し済) C・ケイジ@I(水・雷・闇・氷・火) 魔杖ケイオスハート マジカルポーチ
ハロルドのサック(分解中のレーダーあり) 実験サンプル(燃える草微量以外詳細不明) ミラクルグミ
ハロルドの首輪 スティレット 金のフライパン ウィングパック(メガグランチャーとUZISMG入り)
基本行動方針:願いを叶える?
第一行動方針:クレスからメルディを守る
第二行動方針:カイル・ヴェイグを利用してミトス・ティトレイを対処?
第三行動方針:磨耗した残存勢力を排除?
現在位置:C3村西地区・ファラの家焼け跡前
状態:TP50% 「鬼」になる覚悟? 裏インディグネイション発動可能 ミトスが来なかった事への動揺
ロイドの損害に対する憤慨 メルディにサインを教授済み 先行きに対する不安
正しさへの葛藤 メルディの変化と自分の行動への戸惑い
所持品:ベレット セイファートキー キールのレポート ジェイのメモ ダオスの遺書 首輪×3
ハロルドメモ1 2(1は炙り出し済) C・ケイジ@I(水・雷・闇・氷・火) 魔杖ケイオスハート マジカルポーチ
ハロルドのサック(分解中のレーダーあり) 実験サンプル(燃える草微量以外詳細不明) ミラクルグミ
ハロルドの首輪 スティレット 金のフライパン ウィングパック(メガグランチャーとUZISMG入り)
基本行動方針:願いを叶える?
第一行動方針:クレスからメルディを守る
第二行動方針:カイル・ヴェイグを利用してミトス・ティトレイを対処?
第三行動方針:磨耗した残存勢力を排除?
現在位置:C3村西地区・ファラの家焼け跡前
【グリッド 生存確認】
状態:HP5% TP15% プリムラ・ユアンのサック所持 天使化 心臓喪失
左脇腹から胸に掛けて中裂傷 右腹部貫通 左太股貫通 右手小指骨折 全身に裂傷及び打撲
左胸部、右胸部貫通 右腕損失 全身にリバウンドによる痙攣と痺れ、吐血
習得スキル:『通常攻撃三連』『瞬雷剣』『ライトニング』『サンダーブレード』
『スパークウェブ』『衝破爆雷陣』『天翔雷斬撃』
所持品:リーダー用漆黒の翼のバッジ 漆黒の輝石
ソーサラーリング@雷属性モード リバヴィウス鉱 マジックミスト 漆黒の翼バッジ×4
基本行動方針:バトルロワイアルを否定する
第一行動方針:何とかして体を動かす
第二行動方針:???
現在位置:C3村西地区・ファラの家焼け跡前
状態:HP5% TP15% プリムラ・ユアンのサック所持 天使化 心臓喪失
左脇腹から胸に掛けて中裂傷 右腹部貫通 左太股貫通 右手小指骨折 全身に裂傷及び打撲
左胸部、右胸部貫通 右腕損失 全身にリバウンドによる痙攣と痺れ、吐血
習得スキル:『通常攻撃三連』『瞬雷剣』『ライトニング』『サンダーブレード』
『スパークウェブ』『衝破爆雷陣』『天翔雷斬撃』
所持品:リーダー用漆黒の翼のバッジ 漆黒の輝石
ソーサラーリング@雷属性モード リバヴィウス鉱 マジックミスト 漆黒の翼バッジ×4
基本行動方針:バトルロワイアルを否定する
第一行動方針:何とかして体を動かす
第二行動方針:???
現在位置:C3村西地区・ファラの家焼け跡前