「……-ルっっ!!」
「ぱぱぁっ!?」
耳の端に幾つかの声を引っ掛けながら、僕の視界はまるで夜道で躓いてしまったように暗転した……。
僕は眠ってしまったんだろうか……
最後に眠ったのは、いつのことだっただろう。
真っ白な一面の雪の上に熱い朱色の華が咲いたあの日の夢を、押し込められた穴蔵の暗がりよりも暗い色の瞳で膝を抱えた、あの日の僕の姿を夢に見るのが怖くて……
たくさん、たくさん……僕が掬いあげてこなきゃいけなかったはずものを繰り返し見せる夢から逃れていたくて、眠ることをやめてどれくらい経つだろう。
あぁ、ちがうな。
一度は夢を見ることを恐れなくたっていい、そう思えたのに……
それは、怖いものじゃないって……夢の中で自分を殺そうとしちゃいけない、そう言って寝かしつけてくれた小さな手があったから。
あの手を握っていれば……怖くて目を開いた時にあの瞳が微笑んでくれていたら僕はまた眠れるかもしれない、そう思えたのに。
でも僕はまた、かけがえのないそれを喪ってしまった。
僕のこの手はやっぱり届かない……あの人は『ちゃんと届いたよ』って、そう笑ってくれたけれど、でも掴めなかった。
だから、僕はまた眠るのを拒むようになってしまった。
こんなにも会いたいのに、でもあの人を掴めなかったあの日を夢に見るのが怖くて。
光の壁に遮られて音の届かない向こう側から唇の動きで伝えられた別離の言葉と、奔流のような光に姿を変えたぼろぼろのあの人。
空へと立ち昇る緑の光条が裂けようとする天空を縫い取りながら弾け消え、ふわふわと輝く雪のように世界に降り注いだあの日。
もう一度あの光景を見てしまったら僕は……自分の中で低く唸り声を上げて解放されるのを待つ獣に、何もかも喰い破られてしまうんじゃないか。
そうして箍の外れてしまった僕は、張り裂けそうな思いのままに、あの人が大切にしたものを傷つけようと走り出してしまうんじゃないか。
そう、あの日あの人と一緒に光の中に消えた、あの悲しい魔導師と同じように。
僕はなによりもそれが怖くて、自分自身を信じることができなくって……眠らない、眠れない。
なのに……
僕は眠ってしまったんだろうか。
いや、眠ってしまったんだろう。だって……これは夢だ。
なぜなら、いま僕の目の前には遠く離れたあの学び舎の、どこにあるのかも分からない入口のないあの部屋が仄かな灯りに照らされて佇まいをなし、何度も何度も訪れては目にした、書きかけの名簿を拡げたままのマホガニーの机の向こうに……いるはずのない、あの人が腰を掛けて僕を見つめていたから。
「やっと会えたね」
そう言って掛けられた声は僕の耳に今もこだまする声よりも幾分低く、破願する顔は、あの日見た傷だらけのそれが本来結んだであろう輪郭。
その瞳は僕が良く知っていたのとは異なる赤い色味。
僕がずっと探し続ける姿とは異なる、僕の知らない人。いつか学院開祖の遠い記憶の中に見ただけの姿、この幻の部屋の一番奥で白布を被されたカンバスに描かれた姿……
でも、それは間違いなくあの人だと感じる僕の心が、万力に挟まれたように締めつけてくる痛みに喘ぐ。
「どこに……ずっと、ずっと探してるんです。……どこにいるんですか」
夢の中だというのに、張り付いて上手く声の出ない喉。
搾り出した声は自分でもびっくりするくらいに掠れ、どこにも消えぬようにと近づいて掴みたいのに意に反してそれを拒絶するつまさき。
割れそうに痛む胸を服ごと握り締め、直視することもできなくて俯いた髪先で視線を遮る。
そうしていないと……僕は。
「……ずっと近くにいたよ」
「そんなはずないっ……だって!」
あんなにも捜し求めるあの人を、僕が感じられないはずがない……
子供騙しのような言葉に思わず反駁し、強く首を横に振りながら上げた視線の先で、あの人は少し困ったように小首を傾げて微笑み続けていた。
あぁ、その仕草は……よく憶えている。
難しい質問をされたときに、なんと答えようか少し考えているときの表情だ。
「いいえ。ずっといたわ。確かに姿は見えなかったかもしれないけれど……ずっと近くにいる。……それを伝えたかったけれど、ニールったらちっとも眠ってくれないんだもの」
頬を緩めて、ふわっと笑うその表情も……よく憶えている。いや、忘れられない。
「うそです……だって、どこにも……どこにもいない……じゃないですか。先生……僕は」
貴方に会いたい……
春には花びら舞う木立の間を風とともに走り抜けていく貴方を見たい。
夏には水際に陣取って、僕に苦手な水飛沫を投げつけてくる貴方を、秋には両手いっぱいに抱えた鮮やかな木の葉を空に投げて笑う貴方を、全ての音を吸い取って降る雪に、世界に自分ひとりしか存在しないんじゃないかと錯覚してしまう夜に窓硝子を雪玉で揺らした、鼻先を真っ赤にして白い吐息の向こうで笑う貴方を……ずっと探してるのに見つからない。
貴方のいない世界はまるで……色彩のない牢獄みたいに僕を責め、託された調和の名を持つ小さな小さな世界の架け橋となる為に生まれた女の子に、僕は何を見せてあげればいいのか分からない。
分からないんです、先生。
きっと歪んでいるだろう僕を見つめる仄かに赤い瞳は、ほんの少しきゅっと痛んだように絞られたけれど、一つゆっくりと瞬いて柔らかに、でも真っ直ぐに僕を見つめる。
「うそじゃないよ……。そうね、姿は見えないし、きっと声も聴こえないし……触れることもできないかも知れない。でもあたしはどこにでもいるよ」
どこにもいない代わりに……世界のどこにでも……
世界のみなしごだった冥魔は、かつて世界の全てを憎み、見続けることに倦み、見送り続けた日々にいつしかそれを愛した。
大切に抱いた願いの果てに、人のように生き、その営みを終わらせたくない祈りによって彼女は世界になれた。彼女はそう言った……。
それは、"守ろう"だなんて勢い込んだものなんかじゃなくて、ただそこに在り続けるようにという、ささやかで慎ましやかな、小さな小さな願い。
だとしたら、それはとても優しくて、素敵なことなんだと理解できる。でも、それでも僕は……
「でも僕は……っ。貴方を感じられない、何を見ても、どこを見ても貴方を感じないんです。探すものが見つからない風景を、世界を見るたびに僕は……」
とても悲しくて……見るのが辛くて……だからもう目を背けていられたらと思うのに、貴方を探すことをやめられない……
なら壊してしまおうか。時折そんな声が耳もとで囁くように感じられて、とてもあの『調和』の名を持つ子の手を引く資格なんてなくって……
「……いいんだよ。ごめんね、ありがとう……悲しんでくれて」
僕の中で茨に覆われたこの気持ちごと、『分かるよ』とでも言うように、彼女は『構わないよ』そう言葉を紡ぐ。
「でも、お願いニール。あたしを探すなら過去を探しちゃダメ……そこにあたしを見つけることはできないわ。……今のニールが探すあたしとは違うかもしれないけれど、あたしはいつだって、どこにだって見つけられるわ。ううん……」
あぁ……この顔もよく知っている……。『アンタが泣かないからでしょ!!』そういって緑の眼を腫らして、僕の目の前で、わんわんと泣いたあの日の小さな教導師と同じ顔。
僕はいま、どんな顔で彼女を見つめているのだろう。
ダメな自分を曝け出して、本当は大丈夫だよって安心させたかったはずなのに、なりきれない自分を見せるのが居た堪れなくて、張り裂けそうに胸が苦しい……もしも僕が涙を失わずに居たとしたら、今この瞬間に、みっともなく泣き喚いたろうか。
でも、目の前で僕よりずっと大人に見える輪郭を描く顔は、まるで小さな子供のように、今にも泣き出しそうなのを堪えるように、ぐっと笑う。
「あたしを見つけて。あたしが大好きになったものの中に、あたしを見つけてニール。そして、いつかはあたしが見つけられたように……。ニールが大好きといえるものを見つけて欲しいの」
「……そんなこと」
できるはずがない。
見つけたものを失ってしまったのに……もう一度見つけることなんて……。
あの魔道師だって、それができなかったから……世界を造り直そうとしたじゃないか……張り裂けそうな心を癒す方法をこの世界で見つけることができなかったから……
……あの人だって僕と同じように貴方の生徒だった……あの人にできなかったのに、どうしてそれが僕にできるというんだろう。
「……できる気がしない?」
そう問い返す声に、無言で肯定を示そうとする僕を困った生徒を見つめた時のように、でも『そうかしら』と悪戯っぽく笑った時のように唇を小さく吊り上げる。
「できるわ。だって……」
泣きそうになったかと思えば、花が咲いたように笑う。
雷が落ちたように怒ったかと思えば、草原を風が渡るように笑いさざめく、くるくると変わる表情……先生と呼んだ僕が大好きだった人と異なる姿で、同じように振舞う彼女がふんわりと微笑んで、ツ…と唇に指を一本あてがって僕を見つめる。『ホラ、聴いて……』まるでそう伝えるかのように。
「……だって、ニール。あなたは一人じゃない。言祝ぐ相手も、祈る相手も……手を伸ばしさえすれば世界中にいるわ。それに世界にはアタシもいる……一人じゃないよ。いつも見てるから……」
背後から……あるいは頭上から……響いてくるたくさんの小さな声。振り返れば、そこに幻の部屋の壁はなく、真っ暗な空が拡がっていたけれど、一点だけ煌々と輝く星のような光点。そこから一層にはっきり聞き取れるそれは僕の名前を口々に呼ぶ声。
声の持ち主一人ひとりの顔が見えたような気がした瞬間、ぐらりと黒い空が揺らめいて、咄嗟に彼女の方を振り返れば湖面を風が吹いて揺らすように空間に凪が走って、僕と彼女を別とうとする。
あの日と同じように。
「待って! 嫌だ、まだ話したいことが、聞きたい事だってまだいっぱい!」
いっぱい、いっぱいあるんです……先生。
なのに、また行ってしまうんですか。僕をまた置いて……。
「もう、目覚める時間だよ、ニール」
そんな僕を困った顔で見つめた彼女は、『一つだけ』そう言うように、揺らぐマホガニーの机の向こうで、指を一つだけ立てて首を傾げた。『言ってごらん』と……
「本当にっ……本当にまた会えますか?」
瞳をゆっくりと閉じて、唇で笑みを結ぶ彼女はゆっくりと、でも深く肯く。
「どうすれば!どこに行けばいいんです!ここにくればいんですか!?」
「……ひとつだけって言ったのに仕方のない子ねぇ……」
くすりと笑った彼女に被さるように、緑色の大きな瞳、ニっと笑った大きな口、小さな身体でやれやれと腰に握り拳を添えた姿が、あの穏やかな学び舎の日々のままに見える……。
今度はゆっくりとかぶりを振る彼女。
「もうあたしがどこにいるかは伝えたでしょう?……だから……だからいつだって、どこでだって会えるわ」
だんだんと遠くなる声が、『フフン、すごいでしょ』そう笑う。
「ねぇ、ニール、あたしを忘れないで、この世界ごといなかったことにしないで。……お願い、いつかあたしにもニールの大切なこと、大切な人、大好きといえるものを見せて……約束よ」
それが僕にとってどんなに難しいことかなんて、きっと彼女にはわかっている。
"忘れる"ということができない僕に、"忘れないで"と彼女が求めたものは、彼女が愛したものを忘れないで欲しいという祈り。
空間を隔てる凪はいまや波のようで、もう彼女を輪郭でしか見ることができない。
本当は今すぐ駆け寄って、この手を差し入れたいのに、なぜか一歩も動けないまま、輪郭の彼女をただ瞳に焼き付けていた。
「ねぇ、ニール。あたしにも一つ教えて……ニールはこの世界がすき?」
最後に聞こえた声に応じる暇もなく、水面を一滴たたくような音と共に空間の揺らぎは消え、マホガニーの机も、あの出口のない部屋の幻も掻き消える。
ただ、真っ暗な空が緞帳を落とすように僕の身体の横を通り過ぎ、中天に煌いた星から伸びた光にザァっと包まれるような感覚を覚えて……。
「いいから、いい加減そこから降りなさい。ハーモニー!」
「だって!パパ、いま『ウウン』って言ったもん! いま呼ばないと、ずっと起きないかったらヤだもん!!」
ゆっくりと開けた視界にまず目に入ってきたのは、ぼんやりとした白黒のコントラスト。
僕の胸の上に跨った真っ白い肌に漆黒の髪を揺らした女の子が紅の眦を吊り上げて、僕の古い友人に首根っこを掴まれようとしている光景。
ぱちりぱちりとゆっくり瞬いた僕に友人が気づいて、引っ張り上げていた女の子の襟を離したものだから、ぐっと胸部に落ちてきた少女の体重にむせ返る。
慌てて謝罪する友人に水を一杯求めると、彼は僕の首根っこにしがみついて離れない少女に、くれぐれも無茶なことをしないよう釘を差して、寝台の脇から踵を返す。
僕の寝台を取り囲む、幾つもの馴染んだ顔ぶれが口々に僕の名を呼ぶ。
開け放たれた窓から、柔らかな春の風が舞い込み、僕の頬を撫でると、『ほら、ね』耳もとでクスリと笑われた気がした。
あぁ……本当だ。
こんなに近くにいたのに、耳を塞ぎ、彼女を過去に探していた僕はちっとも気づけなかった……
本当に、世界に……この大地に迎え入れられたんですね、先生。
まるで手離したら僕がいなくなってしまうんじゃないかとでも言うように、身体を起こした僕の首元にぎゅっとしがみつく少女の髪をそっと撫でる。
僕は、この子にあの人が愛した世界をどれくらい見せて上げられるだろうか……その思いのままに伝えて上げられるだろうか……。
本当に、僕にできるだろうか……
そっと窓から吹き込む風に触れるように伸ばした手のひらを、繻子織りの布が撫でるような感触で空気が撫で、風とともに舞い込んだ白い花びらが一枚手のひらの上に留まり、僕はそれを拳に握りこむ。
『できるわ。……だってあたしの自慢の生徒だもの……そうでしょ、ニール』
そう届く声が『もう行くわ』と、もう一度舞い込んだ風となって僕の頬を撫でてゆく。
でも、やっぱり僕は……まだしばらくは貴方を過去の中にも探してしまうかもしれません……
でもいつかは……約束を果たしたいと思います。
だから……もうしばらくは、そんな感傷に浸るときがあってもいいですよね……先生。
『仕方のない子ねぇ……』そう笑う声はもう聞こえなかったけれど、ゆっくりと開いた手の上で花びらが二度三度くるくると踊ったかと思うと、再び舞い込んだ風にさらわれて、別の窓の向こうへと消えていくのを僕はじっと見守った。
首根っこにしがみついた少女の腰を抱いて膝の上に座らせ直すと、紅の瞳をのぞきこむ。
「ねぇ、ハルモニア……旅をしようか。いろんなものを一緒に探して……見つけよう」
彼女が愛したものを。僕と、君の目で……
「ハルモニアはこの世界が好きかい?」
僕の提案に瞳をまんまるにして手を叩いて喜んだ少女に、ふと問いかける。
あの幻の部屋で、途切れゆく最後の声が僕に尋ねたそのままに……
少女はキョトンとした表情を一瞬浮かべたけれど、すぐにニコリと笑んでこう答えた。
「うん!ハーモニー、土も空も樹も鳥もシカもウサギも……水も風も大好きだよ。だってね、みんないっぱいお声をかけてくれるし、いっぱい色んなお話をしてくれるんだよ? たぶんねー、ママがいたらきっとそんな感じなの」
少し恥ずかしげに指先を組み合わせながら、『あ、お話できるの内緒なんだった』と周囲を気にする少女の言葉に、胸の下のほうから何かが熱くこみ上げるような感覚を覚えて、思わず少女を抱きすくめる。
熱い息とともに吐き出す声が嗚咽のように上擦って、腕のうちの少女が驚いたように身じろぎする。
「どうしたのパパ? お怪我まだイタイの?」
「うん……痛かったんだ……いっぱい。でも……」
小さな手を伸ばして、僕の髪に触れる小さな希望を腕に抱いて、僕は『もうだいじょうぶだから』と繰り返し、熱く上下する胸をそのままに、咳き込むようにして嗚咽を漏らした。
僕も……ぼくも好きです。この世界が……先生。
その日、僕が涙をこぼしたかどうかは分からない。
けれど、ずっと滓のように溜まり続けてきた全てのものが溶け出すように、誰を憚ることもなく、僕はただ何かを吐き出すように背を丸め、子供みたいに身体を折ったのだった。
怪我が癒えた僕は、少女を伴って久方ぶりに学院を訪れた。
"彼女"を隠す必要の無くなった学院は以前よりも卒業生に開く区画が広まり、寮塔内や一部の区画以外は自由に出入りが許されるようになった。
もちろん教導師見習いの肩書きを許された僕には、そもそも非開放区画は無いし、僕を含めた数人以外には入れないような場所も多々ある……
人気のない回廊の突き当りで左拳を翳せば、わずかな唸りとともに壁面が歪み、瞬時に僕の身体を目的地へと転移させる。
どこに存在するのかも分からない、出口のない秘密の部屋へと。
来訪者を感じ取り自動で灯された魔晶灯に照らされた室内は、最後に訪れた日と同じように、あの夢に見た光景と同じように、マホガニーの机と壁いっぱいの棚。
机へと歩み寄ると、やはり開かれたままの名簿と、元の台にも戻されずに転がった羽根ペン。
そっとペンを手に取り先端を拭うと、傍らのインク壺を引き寄せる。
何がしか呪が掛けられているのだろう、乾くことのないインクに筆先を浸けると、見開かれた名簿の末尾にそっとそれを宛がって走らせる。
彼女の名と、そして自分の名を。
自らの名前の下の部分を何度か書き直しては線を引きを数度繰り返したが、まぁいいかと呟き、ブロッターにインクを吸わせるとそっとペンを台座へと差し戻す。
寸暇考えるように名簿を見つめるけれど、やはり元のように見開いたまま机にそれを残して踵をかえすと、チラと部屋の最奥……白布の掛けられた画架に目をやって、ふっと微笑む。
「じゃあ、行って来ますね、先生」
踵を返して再び左手の紋章を起動させると、窓の無いはずの部屋の奥から、ふわと風が吹いて僕の黒髪をわずかに掻き混ぜた。
『行ってらっしゃい、ニール』と。
ウィスタリア帝国中央に位置する
魔道学院。国家に帰属せず、全ての国、全ての人種、全ての必要とするものにその門戸を開く、魔術と魔術を備えながら世界と人と生きることを伝えるその学び舎には、幾つもの言い伝えがある。
そんな言い伝えの一つにある『出入り口のない秘密の部屋』。そこには、ある途方も無い期間に在籍した卒業生の名前と、彼らがどんな人となりであったのかを書き記した名簿が棚一杯に並び、それらの本棚に囲まれて置かれたマホガニーの作業机には、その最後の一冊が、まるで部屋の主の帰りを待つかのように、書きかけのまま見開かれて置かれているという。
嘘か真か、書きかけのまま開かれた最後のページには、ある秘密の文体で何事か記載されており、ある人々にだけそれは読み取ることができるなどと、まことしやかに学生たちの間で噂されている。
ステラ=リリア
魔道学院に最も長く在籍した"生徒"にして、最もこの学院と世界を愛した教導師
ニール
彼女の自慢の生徒(その一人)
最終更新:2013年07月11日 01:19